「円くなって穏やかに同じものを食べる」
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「円くなって穏やかに同じものを食べる」
- ヒトが、故郷がもっているもの -
少し前に録音した
NHKのカルチャーラジオの講義を聞いていたら、
ゴリラの専門家、
京都大学学長の山極寿一(やまぎわ・じゅいち)さんが、
たいへん興味深い話をしていた。
今日はそれを紹介したい。
(以下水色部、2014年12月7日の放送から)
まず、話全体の大前提となる、
ヒトとゴリラは、サルとゴリラよりも近いという話から。
ゴリラやチンパンジーやオラウータンと一緒に
「ヒト科」という分類群にいます。
重要なのは、
サルとゴリラの違いよりも、
ゴリラと人間の違いのほうが小さい、ということなんですね。
私たちもゴリラも同じくサルとは違う存在なんです。
これをヒト科と言うんですが、
ダーウィンの進化論と言うのは、昔共通の祖先がいて、
それから順を追って分岐をして
いろんな種に分かれたという話ですよね。
サルはずっと前に分かれました。
ゴリラやチンパンジーは最近になって人間と分かれました。
だから、人間とゴリラは、サルと人間よりも、
サルとゴリラよりも近いということなんですね。
ゴリラだってチンパンジーだってサルじゃないか、
と思って聞くと話がわからなくなってしまう。
山極さんの話の中では、
「ヒト、ゴリラ、チンパンジー、オラウータン、ボノボ」は
「ヒト科」と呼ばれるグループで、
たとえばニホンザルなどの「サル」とは
区別して話が進んでいる。ここはぜひ混乱なきよう。
さて、では
サルであるニホンザルと、ヒト科のゴリラとの違いは、
どんなところにあるのだろうか。
特に食事のシーンに興味深い違いがある。
ニホンザルは餌を間において
両方が一緒に手をのばすということはありえません。
両方手をのばしたらケンカになっちゃうんですね。
だから弱い方のサルが手を引っ込めます。
尻尾をあげて強そうな態度を示している強いサルがやってきて
その餌を独占します。
その時に、強いサルは相手の顔をジーっと見つめて
「お前オレに挑戦する気か」というふうに
相手にシグナルを送るわけですね。
そうすると弱い方のサルは、歯茎をむき出してニッと笑う、
これグリメイスっていう顔の表情なんですが、
「私はあなたと戦う気持ちはありません、
私はあなたより弱いです」
っていうふうに言うわけですね。
つまりニホンザルは、瞬時のうちに勝ち負けを決めてしまって、
勝ったほうが餌を横取りする、あるいは独占するという
社会的なルールを設けているわけです。
だから、サルはいつも、相手と自分のどちらが強いか弱いか
よくわきまえて行動しています。
強いサルの前では遠慮、
弱いサルの前では堂々と自分の権利を主張します。
そういう社会なんですね。
強いサルが餌を独占する、
これがサルの世界のルール。
では、この餌の独占、
ヒト科の世界では、どうなっているのだろう。
ボノボを見てみよう。
そしてゴリラ、
私が研究しているゴリラの食物を介する行動です。
私たち人間はこっちのほうに属しているんですよ。
今、左側のボノボはですね、サトウキビ持っていますね。
右端のボノボが強いボノボなんです。
自分で餌を独占しようとして持っています。
ところがそこに子連れのお母さんがやってきた。
これ、オスより弱いです。
でも、手を差し出して「頂戴」って言うと
この餌が渡ります。
これを分配行動って言うんですね。
もう背中のほうにいる子どもは
すでに分けてもらって食べてます。
だからボノボの社会では、ニホンザルとはまったく真逆に
弱い方の立場のものが強い方の立場のものに、
餌の分配を要求するんですね。
それを断りきれない。
餌を持っている強い方のボノボはね。
ゴリラの場合でも同じような光景が見られる。
おんなじことが起こっています。
200キロを越える背中の白い大きなオス、
これをシルバーバックと言うんですが、
これが今、美味しい木の皮を食べています。
そこに子どもがやってきて、
食べている木の皮とそのオスゴリラの顔を
交互に覗き込むわけですね。
そうすると、その圧力に要求に耐えかねて
その場所を譲ってやる。
ここでも、弱い方の立場のものが、
餌の、餌場を譲り渡すことを要求して、
強い方の立場のものがそれを譲るということが起こります。
これ、まったくサルとは違うんです。
私たち人間は、こっちの方に属しているわけですね。
さて、その結果、ニホンザルでは見られない、
ある食事の光景が現れることになる。
ここに出ていると思いませんか。
つまり円くなって向き合いながら
一緒に同じものを食べる、っていう光景です。
ニホンザルでは、こういう光景生まれないんですよ。
強いサルが独占しちゃいますから。
でも、チンパンジーでもゴリラでもボノボでも
こういう光景が生まれる。
つまり人間の食事と同じような光景が生まれるわけです。
そもそも「向き合って」
つまり「対面」という行為は、
サルでは穏やかにできないらしい。
サルでは相手に対する脅しになります。
だから、相手の顔を見つめるのは
強いサルの特権になります。
弱い方は、見つめられたら
ちょっと視線を逸らさないといけない。
あるいはニッと笑って歯茎を見せて、
笑ったような顔をしなくちゃいけないわけですね。
人間にとっては毎日繰り返される
「向き合って穏やかに同じものを食べる」
これは、ごく自然で簡単なことのような気がするが、
実は、食べ物を強いほうが独占しないとか、
対面が威嚇にならないとか、
いくつかのハードルを乗り越えてはじめて
実現できるものなのだ。
そう言えば、故郷の「郷」という字は、
「ふたりが食物をはさんで向かい合っている様子」を
表している、と聞いたことがある。
確かによく見るとそんな形、構成になっている。
そこにある「音」が「響」であり、
そういった飲食のもてなしが「饗」であると。
「円くなって向き合いながら
一緒に同じものを穏やかに食べられる場所」
それがまさに、ふるさと(故郷)。
ゴリラの話を聞いてから見直すと、
「郷」の字が一段と味わい深くなる。
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