死をおだやかに
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死をおだやかに
- 「江戸前の鰻重」 -
14日、俳優の三國連太郎さんが亡くなった。
訃報はいつ聞いても悲しいが、90歳と聞くと、
「天寿を全うしたことだろう」と
心静かに送ることができるような気がする。
「何歳だろうとそれがその人にとっての天寿だ」
は理窟としては正しいのかもしれないが、
あまりに若いと、気持ちのほうがそれを受け入れられない。
その点、90歳は聞いた人にやさしい。
「誰でも死ぬ」は100%確実なことだけれど、だからこそ、
送る方も送られる方もおだやかに迎えられれば、と願わずにはいられない。
死をおだやかに、と言うと思い出す文章がある。
作家の神崎照子さんが書いていた「江戸前の鰻重」。
(2005年「岡山県エッセイスト・クラブ作品集」第三号)
こんな書出しだ。(以下水色部 引用)
死ぬ前に江戸前の鰻重(うなじゅう)を食べたい。
それが私の密かな願望だ。
密かなといっても実はすでに家族に宣言してある。が、笑って聞き流された。
それはそうだ。直前に鰻重が食べられるような、
そんな都合のいい死に方などめったにできるもんじゃない。
病気で衰弱していって、ついに流動食も喉を通らなくなれば鰻重の出番はないし、
健康でも事故で即死したらその場に鰻重の出前は間に合わない。
しかし私はかなり本気だ。
執念にしてもいいと思っている。密かに。
本文では、鰻重への思い出が綴られているが、そこは全部省略。
とにかく「この願望」だけを家族や担当医に、しつこいくらいに徹底する。
もう一度、家族に宣言しよう。
特に子供たちにきっぱりインプットしておこう。
私が死にそうになったら鰻重だぞ、と。
老いてボケて入院したら担当医師にもそのことを伝えてほしいと念を押す。
そして、いよいよその時を迎える。
あるうららかな日、沈痛な面持ちで医師が子供たちの前に立つ。
「残念ですが鰻重です」
「……… やっぱり鰻重ですか」
子供たちは来るべきものが来たという思いで唇を噛む。
なんなんだ、この雰囲気は。 思わず笑みがこぼれてしまいそうだ。
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