舞台・ライブ

2018年4月29日 (日)

オーストリア旅行記 (36) シュテファン大聖堂

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オーストリア旅行記 (36) シュテファン大聖堂

- 聖堂内での夜のコンサート -

 

 

【シュテファン大聖堂】

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市壁に守られていた旧市街にある
ゴシック様式の大聖堂。


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旧市街の
まさにど真ん中にあるこの聖堂は、
自然史博物館や歌劇場のような
リンク通り建設に伴った
都市拡張開発によって
建てられたものではない。

完成は古く、1356年。
136メートルにおよぶ塔の建設には
65年もかかったという。

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ハプスブルク家歴代君主の墓所でもある。

特徴あるモザイク屋根。

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北側に回って見上げると
ちょっと見えにくいものの、
こんなところにも鷲の紋章が。

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モーツァルトの結婚式、
そして葬儀
が行われた場所としても
知られている。

P7148786s

 

旧市街の中心地ということもあって
ひっきりなしに観光客が訪れるせいか、
聖堂前には
「観光客向けコンサート」の客引き
妙に多い。

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皆、
モーツァルトを思わせる衣装を身に纏い、
次々と観光客に声をかけている。

何人かの客引きの話を
興味本位で聞いてみた。
私が聞いた範囲ではこんな特徴がある。

【曲目】
 夜のコンサートのプログラムは、
 モーツァルトやヨハン・シュトラウスを
 中心に超有名曲ばかり。
 クラシックファンでなくとも
 気軽に楽しめる選曲になっている。

【パフォーマンス】
 楽器による演奏だけでなく、バレエや
 オペラのアリアを一部組合せたりして
 エンターテイメント性に
 めいっぱい傾いた
 プログラムになっている。

【会場】
 どこも100-200名程度の
 小規模な公演ながら、
 会場はかなり魅力的。
 王宮の中の一部屋であったり、
 シェーンブルン宮殿の一室であったり、
 楽友協会内の小ホールであったり、
 ウィーン市内の魅力ある場所を
 フル活用している感じ。

【ドレスコード】
 会場は宮殿の一室であったりしても、
 ドレスコードはゆるゆる。
 ジーパン、スニーカでもOKと言っている。

【料金】
 定価(?)はあってないようなもの。
 「通常はコレだが、夫婦2枚なら」とか
 「同じ値段でワンランク上の席に」とか
 「お得感」を強調した提案を
 次々としてくる。
 本気で買う気ならかなり交渉できそう。

というわけで、
これはこれでエンターテイメントとして
十分楽しめそうではあった。
実際に行ったわけではないので、
肝心な演奏の質まではわからないが。

 

我々夫婦はと言えば、
こういった客引きとは全く関係のない
別な演奏会を聴きに行くことにした。

目の前、
シュテファン大聖堂内で開催される
室内楽。

【夜の演奏会前の大聖堂内】

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ちょうどこちらの都合にハマった
一晩だけの演奏会だったとは言え、
メインの曲が
ヴィバルディの「四季」となっていたので
これもまた観光客向けのプログラムの
ひとつだったのだろう。

それでも、気分としては
「いい演奏を」というよりも、
大聖堂内で音楽がどう響くのか、
その響きの中に身を置いてみることを
最優先にしてみたかった。

音響的に言えば
残響がありすぎであろうことは
容易に想像できたが、
そういったことも承知のうえで、
現地ならではの空気感に
浸ってみたかったのだ。

【リラックスした気分で集まる聴衆】

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実際の演奏を聴いてみて、
その思いは充分満たされた。

残響が多いとはいえ、
頭のずーっと高いところに
響きが浮遊するように残る感じは、
天井の高い大聖堂ならでは、だ。

モーツァルトの結婚式の時は
どんな響きで満ちていたのだろう、
と考えるだけでも楽しい。

ちなみに演奏のほうは、
ビオラの方がほんとうにうまかった。

小さな合いの手的旋律を
実に丁寧に演奏していて、
彼が弾くと、音楽がそこで
キュッと引き締まると同時に
グッと深まる感じもして
なんともいえず心地よかった。

やはりプロはすごい。
そしてどんな環境であれ、
生の演奏はいい。

 

 

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2018年2月18日 (日)

オーストリア旅行記 (26) ウィーン国立歌劇場(1)

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オーストリア旅行記 (26) ウィーン国立歌劇場(1)

- 2280席中「1/4」は立ち見席 -

 

次の場所を訪問する前に、
ウィーン自然史博物館ネタから
ひとつだけ、読者の皆様の協力を
仰ぎたいと思っていることがある。

ウィーン自然史博物館の
ミュージアムショップで買った絵葉書に、
これがある。

Natur4s

絵葉書には、独語・英語で一行説明があり
英語部分は
Darwin ape -
 Detail from the frieze in the dome

となっている。
「ダーウィン(の)猿
 ドームの帯状彫刻から」

中央ドームの彫刻の一部と思われるが
実物を見た記憶はない。

それなのにわざわざ写真を買った
ということは、
なにか手にしたきっかけがあったはずだ。
ショップ内で
なんらかの説明文を目にし、
それを「おもしろい」と
思ったからとか。

ところが、旅行から
半年以上も経ってしまったせいか
そのきっかけを全く思い出せない。

旅行中のメモにも何も残っていない。

ただ単に
「おもしろい構図だから買った」
ということだってもちろんあるが
どうもスッキリせず気持ち悪い。

「Darwin ape」などの言葉で
検索もしてみたのだが、
きっかけに結びつくような
解説も見つからない。
そもそもこの彫刻は
何を表したものなのだろう?
Googleの類似画像検索でも収穫なし。

ダーウィンの進化論と
どんな関係があるのだろう?

というわけで、
この彫刻や、Darwin apeについて
なにかご存知の方がいらっしゃいましたら
コメントやメール等で
ぜひ教えて下さい。
よろしくお願いします。

 

さて、話を戻して
ウィーン観光を続けることにしよう。

次は、これまたウィーンを代表する
建築物のひとつ。
ここで書いた
リンク通りの整備と共に建てられた
建築物のひとつでもある。

【ウィーン国立歌劇場】

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訪問が7月で
オペラの季節ではなかったため、
残念ながらオペラを見ることは
できなかったのだが、
その劇場は圧倒的な存在感を放っていた。

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公演はないものの、
バックステージを案内してくれる
ガイドツアーがあるという。
それに参加してみることにした。

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ガイドツアーは、ドイツ語以外にも
時間を選べば、
英語、イタリア語、日本語など
各言語で案内してもらうことができる。
日本語があるのはほんとうにうれしい。

集合場所に行くと
言語の書かれたプラカードが立っており、
言語別の集団ができていた。

今回、
日本語ガイドを担当してくれたのは、
流暢な日本語を操る現地の女性。

「ガイドツアー中の写真撮影は、
 フラッシュも含めてOKです」
とのうれしいコメントからスタート。

メモと写真を取りながらの
楽しい劇場内ツアーが始まった。

 

まずは、観客席側。
通常通り劇場に入り、
舞台を正面に見ながら
その歴史と概要を聞く。

舞台には豪華な緞帳がおりている。

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この劇場は、
1869年に6年の歳月をかけて完成。
当初は宮廷歌劇場だった。

こけら落としの演目は
モーツァルトの「ドン・ジョバンニ」。
日本では
ちょうど明治が始まったころ
のことだ。

観客席側はこんな感じ。
5層のボックス席が美しい。
真ん中に見えるのが、
かつては皇帝も使っていたロイヤルボックス。

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完成から76年後の1945年、
第二次世界大戦の空襲は
この劇場にも大きな被害をもたらす。
ごく一部を残すだけ、という大破。
3月12日のこと。

東京大空襲の日付を思うと
東京もここウィーンもまさに同じ頃、
空からの襲撃により
大きな被害を受けていたことになる。

その後、
外観はオリジナル通りに復元
内装のほうは50年代の好みを反映し
作り直された。

修復完成は1955年11月、
カール・ベームの指揮による
ベートーヴェンの「フィデリオ」が
修復完成記念の演目。

天井と照明はこんな感じ。
ワイングラスで有名な
ロブマイヤー製のシャンデリアらしい。

P7158896s

座席数は「1709」、
立ち見席は「567」、
合わせて約2280名が
オペラ/バレエを楽しむことができる。

立ち見席の比率にビックリ!
全体の1/4が立ち見席とは!

「シーズン中、
 高い席は日本円で2~3万円程度です」

この雰囲気の中、
ハイレベルな演奏が保証されて
「高い席で2~3万円」の説明に
話を聞いていた人たちが、
ちょっとどよめく。
「えっ、それなら安いじゃない」
のつぶやきがきこえる。

日本で有名オペラの来日公演を
聴くことと比較しているのであろう。
試しに、2017年バイエルン国立歌劇場の
来日公演の値段を見てみると
NHKホールのS席で6万5千円になっていた。

「立ち見席であれば 
 3ユーロから4ユーロ、
 つまり500円、600円程度で
 観ることができます。
 
 ただし、
 立ち見席は前売りがないため、
 公演80分前の売出しに
 並ぶ必要があります」

「立ち見席の数百円」にも
驚きの声がもれる。

P7158898s

「7月の今はオーケストラメンバは
 ザルツブルク音楽祭に忙しく、
 多くはウィーンにいないのです」

シーズンは9月から翌年6月末まで。
年間約300回の
オペラまたはバレエの公演がある。
基本的に毎日演目が変わる

「毎日!?」
そりゃ、裏方も忙しいことだろう。
裏方は2チームで
18時間体制でサポートしているとのこと。

この劇場では、
オペラまたはバレエの公演しかやらない
ミュージカルや演劇の公演はなし。
唯一の例外が、
ヨハン・シュトラウスの
オペレッタ「こうもり」。

 

劇場ツアーはまだまだ続く。

 

 

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2017年3月26日 (日)

Kaleidoscope (万華鏡)

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Kaleidoscope (万華鏡)

- タワーレコード渋谷店で -

 

東京渋谷の大型CD店「HMV」が
閉店したのは2010年だったが、
渋谷に限らず大型のCD店は、東京ですら
ほんとうに数が少なくなってしまった。

そんな中、
なんとか踏ん張ってくれているのが、
「タワーレコード渋谷店」
"No Music, No Life"を
キャッチコピーにしている
黄色が印象的なあのビルだ。

ビルに入ると、1階から7階まで
CDを中心に音楽関連グッズがぎっしり。
関連書籍も幅広く揃っている。

推薦盤の試聴コーナも充実しているので、
時間の余裕があるときに、
手書きのPOP広告を読みながら
試聴コーナをゆっくり回るのは
ほんとうに楽しい。

ネットの検索とは違う
意外な出遭いがあることが
(CDに限らず)
リアルな店の大きな魅力だ。

試聴コーナのヘッドフォンを通じて、
実際の演奏も思う存分
確認することができるし。

 

先日、7階のクラシック音楽のフロアで
かなり魅力的な2枚のCDに出遭ったので、
今日はそれを紹介したい。

新譜というわけではないので、
すでにご存知の方も多いと思うが、
寡聞にして私自身は、この2月に
試聴コーナにて初めて知った新録音だ。

(1) Tchaikovsky:Violin Concerto
  ヴァイオリン:コパチンスカヤ
  指揮:クルレンツィス
  オーケストラ:ムジカエテルナ

  チャイコフスキー作曲:
   ヴァイオリン協奏曲
  ストラヴィンスキー作曲:
   バレエ・カンタータ「結婚」

 

(2) カレイドスコープ(kaleidoscope)
  ピアノ:カティア・ブニアティシヴィリ

  ムソルグスキー作曲:展覧会の絵
  ラヴェル作曲:ラ・ヴァルス
  ストラヴィンスキー作曲:
   『ペトルーシュカ』からの3楽章


(1)は、
モルドバ出身のヴァイオリニスト
パトリツィア・コパチンスカヤ 1977年生。

(2)は、
グルジア(現ジョージア)出身のピアニスト
カティア・ブニアティシヴィリ 1987年生。

30代、20代の瑞々しい演奏だ。

おふたりとも、超有名曲を舞台に、
奔放に踊るダンサーのようで
まさに目が離せない。

初めて聴いたときは、
「ここまで自由に演奏しちゃって、
 いったいこの先、どうなるのだろう?」
と思わず試聴コーナのヘッドフォンを
外せなくなってしまった。

コパチンスカヤは、
意図的とも思える濁った音も入れて
挑戦的に迫ってくるし、
ブニアティシヴィリのテンポの取り方、
響きの作り方は、新鮮なだけでなく美しい。

とにかくどちらも
過去の演奏に縛られていない
その自由さが眩しい。

その後、家でのCDではもちろん、
持ち歩いている
ポータブルオーディオプレーヤででも
ここひと月ほどは
繰返し繰返し聞いているのだが、
何度聞いても飽きることがない。

録音も秀逸。

それにしても後者、
アルバム・タイトルに
カレイドスコープ(kaleidoscope)とは、
うまい名前をつけたものだ。

日本語で「万華鏡」。
ラヴェル、ストラヴィンスキーも含めて、
まさに、
万華鏡のような演奏が展開されている。

私が偶然一緒に知ったというだけで
直接は何のつながりもない2枚のCDだが、
どちらも「万華鏡」という言葉がピッタリだ。

ここのところクラシック音楽の世界で
活躍が目覚ましい
コパチンスカヤとブニアティシヴィリ。
YouTubeでも少し覗いてみよう。

 

(AA) パトリツィア・コパチンスカヤ
まずは、(1)を
ソニー自身がUpしている音で、どうぞ。
4分35秒のダイジェスト版。
下の図またはここをクリックすると
YouTubeで聴くことができる。

Kopatchin1

CDのライナーノーツには

「実は、私にとって
 チャイコフスキーの
 ヴァイオリン協奏曲は
 長いこと無縁の作品でした。

 私の耳には、今のこの時代と
 関連のある音楽とは
 聴こえなかったからです。

 練習熱心なピアニストによって
 必要以上にかみくだかれ、
 指の器用さの訓練用として濫用され、
 コンクールでも粗製濫造されています。

 愚鈍なヴァイオリニズム、
 というのが私の抱いた印象でした」

とのコパチンスカヤ自身の
かなり激しい言葉が載っているが、
その曲が彼女によってどうなったのか。
それに立ち会うことができる。

なお、CDの演奏は、
ガット弦を使った弦楽器と
作曲当時の管楽器によって行われている。

 

コパチンスカヤの演奏では、
これも外せない。
ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。
彼女自身が編曲したという
驚きのカデンツァは、19:48あたりから。

最後まで見れば、
噂通り裸足で演奏していることも
確認できる。

このカデンツァを含めて
CDでちゃんと聴いてみたいという方は
2009年暮れに発売された下のCDでどうぞ。

 

たった3分の演奏ながら、
聴衆はもちろん共演者までも、
みごとなまでに彼女に引き込まれている
こんな動画もある。

 

(BB) カティア・ブニアティシヴィリ
こちらはライブ版。
曲はCDと同じ「展覧会の絵」

 

森の中で弾く
バッハのカンタータから始まる
こんな素敵な動画もある。
下の図またはここをクリックすると
YouTubeで聴くことができる。

Khatia1

この雰囲気がお気に召すようであれば
これがお薦め。

 

 

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2017年2月12日 (日)

NODA・MAP 第21回公演「足跡姫」

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NODA・MAP 第21回公演「足跡姫」

- 肉体の芸術ってつらいね -

 

NODA・MAP 第21回公演「足跡姫」
~時代錯誤冬幽霊~
(じだいあやまってふゆのゆうれい)
を観てきた。

1702_ashiato

主演は、同じNODA・MAPの作品
「透明人間の蒸気」の演技を観て以来、
私の中では別格扱いになっている
一番楽しみな女優・宮沢りえさん。

他にも、妻夫木聡さん、古田新太さん、
鈴木杏さん、池谷のぶえさん、
佐藤隆太さん、中村扇雀さんら、
ワクワクする役者さんがいっぱい。

NODA・MAP 第20回公演「逆鱗」
でも書いた通り、
事前情報の流出に
いつもは厳しい野田さんが、
今回の公演については、自ら自筆の文章で、
こんなメッセージを発信している。
(以下水色部、公演パンフレットの
 野田さん自筆部分からの引用)

舞台は江戸時代です。
作品は、中村勘三郎へのオマージュです。

彼から、最後の病床で
「俺が治ったら、この姿
 (医療器具でかんじからめの彼の姿)を
 舞台にしてよ」と言われた。

それを、彼の遺言とも思っていないし、
彼は冗談半分のつもりだったように
思うのだけれども、ずっと気になっていた。

今年の十二月五日で、
彼が逝ってから、四年になります。

「あの姿」を書こうとは思わないけれども、
彼の葬式の時に、
坂東三津五郎が弔事で語ったコトバ、

「肉体の芸術ってつらいね、
 死んだら何も残らないんだものな」


が私の脳裏に残り続けています。

同じ歌舞伎の世界で生きる
三津五郎さんのコトバだからこそ
力がある。

その三津五郎も、
後を追うように他界してしまいました。
あれから

肉体を使う芸術、
 残ることのない形態の芸術


について、いつか書いてみたいと
思い続けていました。

もちろん作品の中に、
勘三郎や三津五郎が
出てくるわけではありませんが、

「肉体の芸術にささげた彼ら」のそばに、
わずかな間ですが、
いることができた人間として、
その「思い」を
作品にしてみようと思っています。

劇場の情報誌
「芸劇BUZZ」vol.18 2017にも
インタビュー記事が出ていて
三津五郎さんのコトバについて聞かれ
野田さんは、
以下のようなコメントをしている。

「なるほど、上手いこと言うな」と。
自分は書くという仕事があるから
まだ残るけれど、
彼らはそういう仕事なんだなあと
改めて感じました。

 今は(舞台も)映像で残せますが、
それが余計にいやなんです


映像に上手く残せる人と
本当に上手い人はまったく違うんですよ。
そして、上手く残せることに
長けている人が上手いふうに
残るじゃないですか。

こっちがいくら

「そんなんじゃないよ、
 ビデオでは良く残っていないけど、
 この人のほうが全然すごいんだよ

と言っても、
当のすごい人が死んでしまっていたら、
そのままになってしまう。

「基本的に、映像は別物」
とよく言っている野田さんの映像感だ。

勘三郎の、こういう言い方は
誤解を生むかもしれないけれど、
下品なアドリブをビデオで撮っても
つまらないと思うんですよ。

落語家の先代の林家三平さんが
持っていたようなサービス精神に近い、
目の前にいる人たちの
空気を温めさえすれば、
まずはいいんだという迫力


芸術家ではなく
芸能人(げいのうびと)の精神を持っていて、
そこから発せられる言葉ですよね。

あれをビデオに撮って残してねと言っても、
その場に生まれた温かみ
-ばかばかしさも含めて-や
客席とのやり取りの空気は
映るはずがない


そういうことをはじめとして、
不満なんです。

その人たちが生でやったものが
映っていない映像が
本物だと思われることは・・・


「足跡姫」は
そういう話ではありませんけど、
舞台をやり続ける限りは
そのことは常に
言っていきたい
と思っています。

NODA・MAP 第18回公演「MIWA」にも書いたが、
野田さんの舞台を観ると、
「生」でこそ、の魅力が溢れていて、
「映像では残せない」を
ほんとうに実感できる。

なので、直接舞台を観た人には
野田さんの思いは
通じていると思うのだが。

 

で、「足跡姫」。
三、四代目出雲阿国が宮沢りえ。
彼女とその弟サルワカ(妻夫木聡)を
中心とする女歌舞伎一座の顛末と
由井正雪をからめた
江戸時代を舞台にした物語。

大岡越前戯の守忠相兵衛
(おおおかえっちぜんぎのかみ
 ただすけべえ)
なんていう
ふざけた名前の登場人物がいたり、

 あの一座は脱いでいるのではなくて、
 偶々(たまたま)はだけている、
 裸じゃない、ハダケです。

とか、

 そう思うと、あたし近頃、
 股に、手で、ブルーになっちゃう。
 『股に手でブルー!』

とか、例によって
台詞の言葉遊びも健在だ。

一方で、

 三、四代目出雲阿国:
  でも、声がなくなってからも、
  病の床で母さんは唇を動かした。

  母のコトバは、
  やがて母の音になった。

  母音という母の音
  おえあええ、あえっえいあ。
  それだけで喋っていた。

 サルワカ:
  母の音は、最後になんて言った?

 三、四代目出雲阿国:
  い、い、あ、い。

 サルワカ:
  い、い、あ、い?

 三、四代目出雲阿国:
  その母の音は子供の耳に入ると、
  子供の音、子音になって聞こえた


 サルワカ:
  姉さんの耳には、母の音は、
  どんな子供の音になって
  聞こえたんだ?

 三、四代目出雲阿国:
  い、い、あ、いは、
  『死、に、た、い』
  そう聞こえた。

それが弟のサルワカには
『生きたい』に聞こえた、
というエピソードなど、
深みのあるネタには
姉弟を実にうまく使っている。

最後、
芝居と幕、肉体と筋を絡めて、
サルワカの長台詞がみごとに
混乱した物語を締めている。

「その場に生まれた温かみ
 -ばかばかしさも含めて-」
を、ぜひ、生の舞台で。
お薦め。

 

 

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2016年2月14日 (日)

NODA・MAP 第20回公演「逆鱗」

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NODA・MAP 第20回公演「逆鱗」

- 作品の予習ってなんだ -

 

NODA・MAP 第20回公演「逆鱗」
を観てきた。

Gekirin1

主演松たか子さんは、
09年の「パイパー」以来7年ぶり。

瑛太さん、井上真央さんは
13年の「MIWA」以来3年ぶり。

そして、そして
04年の「透明人間の蒸気」で
宮沢りえさんとともに
圧倒的な存在感を放っていた阿部サダヲさんが、
12年ぶりにNODA・MAPに帰ってきた。

Gekirin2

それに、池田成志さん、
満島真之介さん、銀粉蝶さん、らも加わり、
まさに贅沢なキャスティング。

3年ぶりの新作に
期待が高まらないわけはない。

 

物語は、
NINGYO役の松たか子さんの
こんな美しいセリフから始まる。

NINGYO:
・・・
  それがたぶん、あなた方にとって
  「泣く」ということだ。

  鳥も鳴く。
  虫も鳴く。
  でも魚は泣けない。

  泣くためには空気がいる。

  あなたたちが
  生きるために空気が必要なように、
  泣こうと思った人魚は気がついた。

  海面に顔を出して
  初めて泣き声を出すことができる。

  けれども海の底から、
  海の面(おもて)までは、
  塩で柱ができるくらい遠かった。

  だからやっと海面(うみづら)に出て、
  泣き声を出せたその時は、
  嬉しさのあまり、
  人魚の泣き声は甘く清(さや)かな
  歌声に変わった。

・・・

  なんで私は歌っていたの?
  なんで私は泣こうとしたの?

この最初のモノローグに、
物語のすべてが詰まっている。

主な舞台は、水族館と海底。
人魚ショー実現にむけた
やり取りから始まった話は、
後半、
思いもしなかった方向に展開していく。

とはいえ、前半は例によって
言葉遊びも健在で、
チクリとした皮肉とともに、
笑えるシーンも多い。

サキモリ:
  はい。

  「人魚ショー」でも
  「イルカショー」でもない、
  それでいて人魚は実在するのか、
  その根源を問う
  「人魚はいるか?ショー」というのは。

イルカ君:
  なんですかそれ。

サキモリ:
  だからイルカ君、
  いきなりイルカショーをなくすわけじゃない。

  むしろ、あれ?
  人魚はいるか?ショーって、
  人魚はいるの?
  それとも本当はイルカショーなの?
  どっちなのって、

  もやもやっとしているうちに
  人魚ショーに変わっていく。

  きわめて日本的でしょう?

で、このあと話は・・・
と書こうとしていたところ、

2016年2月11日
TBS系「NEWS23」で、
作者の野田秀樹さんが
膳場貴子さんのインタビューに応じている、
という情報が入ってきたので
ちょっと見てみた。

ついていたタイトルは
「説明過多」な時代に…

下記HTML5のaudioタグによるMP3 Player
(ブラウザによって表示形式は違うようです)

野田秀樹:
  説明してもらわないとつらい、とか
  いうことになってきて、

  まぁ、特に今度の芝居なんかも、
  わざと内容を伏せていたンですね。

  観に来た人が何の話が始まるのか、
  全くわからない。

  その衝撃って、やっぱりぜんぜん違って。

  やはり、作るっていうのは、
  それを観た人との
  瞬間の出会いのはずなんで。

  よく、お客さんの中で、
  今回、予習をしないで来てしまいました、
  みたいな言葉を言う人がいるのね。

  予習ってなんだよ。

  作品の予習ってなんだ

  今、これから見せるのに、
  とか思うんですよね。

膳場貴子:
  あ、でも言っちゃうかもしれない。

野田秀樹:
  多いですよね。

膳場貴子:
  もう、そういう姿勢に
  なっているかもしれないですね。

野田秀樹:
  ものを先にガードしておかないと
  怖いみたいな。

なるほど。

もともと野田さんは、
ここでも紹介した通り、

観た時には完璧に理解されず、
 『あれはなんだったんだろう』
 ということがあっても、
 それをため込んで
 持っていてくれればいい


と言っているくらいで、
自分の作品をわかりやすく解説する
なんてことはしないけれど、
今回、
事前情報が少なかったのも、
まさに、意図的だったということか。

というわけで、作者の意図を尊重し、
まだ公演中ということもあり、
これ以上、
物語の内容について書くことは
控えておこうと思う。

興味のある方は、ぜひ劇場で体験下さい。
劇場のみでのトリップ感、お薦めです。
まさに、一席の空きもない、
超満員状態でしたが、
全公演、当日券があるのも
NODA・MAPのありがたいところですので。

 

最後に、当日券、
または何らかの方法で、
これからチケットを
ゲットしようとしている方に
ひとつだけアドバイスを。

メインキャストだけでなく、
アンサンブルがすばらしいのも
NODA・MAPの魅力のひとつですが、
今回も期待を裏切りません。

ただ、演出の関係もあって、
できるだけセンタ、
つまり正面で観たほうが、
その効果がわかりやすいかも。

舞台から遠くても、
中心に近い方を優先、
をお薦めします。

 

 

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2015年9月20日 (日)

「イグ・ノーベル賞」授賞式と講演会

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「イグ・ノーベル賞」授賞式と講演会

- たった1分と5分に笑いも -

 

「イグ・ノーベル賞」の発表が2015年9月17日、
米ハーバード大であり、
キスをするとアトピー性皮膚炎患者の
アレルギー反応が弱まる
ことを示した
大阪府の木俣肇さんが医学賞を
スロバキアの研究者らと共同受賞した。

「情熱的なキスの生物医学的な利益
 あるいは影響を研究するための実験」
が受賞理由。

いい医者に巡り会えたので今は完治しているが、
私もアトピー性皮膚炎で一時期たいへん苦労した。
なるほど、
「情熱的なキス」が足りなかったのかもしれない。
と、バカな冗談はさておき、
日本人の受賞は9年連続という。

ニュースには
「木俣さんは授賞式には出席せず、
 19日にマサチューセッツ工科大である
 講演会に参加する」
とあった。

この、授賞式と講演会、
ニュースで詳しく報じられることはないが、
イグ・ノーベル賞を2度も受賞した
中垣俊之さんが書いた
「粘菌 偉大なる単細胞が人類を救う」文春新書

の第一章を読むと、
「出るのもなかなかたいへんだなぁ」
ということがよくわかる。

どうたいへんか。

ちょっと覗いてみよう。
(以下水色部、本書からの引用)

著者中垣俊之さんは、
2008年に
「単細胞生物の粘菌という生物が、
 迷路などのパズルを解くことを証明した」

ことで、イグ・ノーベル賞を受賞している。
その後2010年にも。

本書は2回の受賞の対象となった
粘菌の不思議さやおもしろさについてだけでなく
「不安定化」についても丁寧に語っている
読みやすいながらも
かなり深い内容を含んだ本なのだが、
今日は、
「第一章 イグ・ノーベル賞顛末記」だけに
フォーカスして紹介したい。

最初に、イグ・ノーベル賞とは、を確認しておこう。

 イグ・ノーベル賞とは、
本家ノーベル賞のパロディとされており、
毎年ユニークで風変わりな研究を行った
数名の人に与えられるものです。

主催しているのは
マーク・エイブラハムズ(Marc Abrahams)という
元ハーバード大学の研究者(応用数学専攻)で、
『ありえない研究年鑑』
(Annals of Improbable Research)という、
ユニークな研究を紹介する、
ややふざけた雑誌の編集長でもあります。

彼の他にもハーバード大学の研究者が
大勢賛同して運営体をなしていて、
その中には本物のノーベル賞を受けた人が
何人もいます


 賞の方針は、
「まずもって人々を笑わせ、
 次に考えさせる研究成果」
 
に与えることであり、
ともすれば権威主義的になりがちな
科学というものに
警鐘を鳴らしているかのようにも
受けとめられるのですが、
賞のセレモニーには
そのような構えた雰囲気は一切なく、
むしろ科学ネタで盛り上がる
演芸大会のようで、
人々は大いに笑っていました。

もらえるのは、
「賞状とトロフィーと総額零円の賞金」
そう賞金はないのだ。

まず、授賞式。

 式典では、どの受賞者も
1分間のスピーチをすることになっていました。

受賞内容を分かり易く
伝えなければいけないのはもちろんなのですが、
必ず笑いを取るようにと
念を押されていることについて、
どうしたものかと話し合いました。

与えられるのはわずか1分のみ。
しかも、笑いまで取らないといけない。

言うまでもなく、笑いを取るのはむつかしい。

そう言えば、ブラックアングル等で永年
数々の「笑い」を提供してきた山藤章二さんも、
近著「老いては自分に従え」岩波書店
こんなことを言っている。
(以下緑色部、本からの引用)

「ユーモアに国境はない」という格言が
通用した時代もあった。
大ウソである。

ユーモアほど民族や因習や知的レベルを
限定するものはない。
国境のないユーモアは"下ネタ"くらいのものだ。

 

1分のスピーチの中に、研究内容の説明と
まさか下ネタを並べるわけにも行かないだろうし。

いずれにせよ、1分なんてあっという間だ。
超過することだってあるだろう。
もしそうなってしまうと...

 スピーチの1分間も
非常に厳格に測定されていて、
万が一にも時間オーバーしようものなら、
それがたとえ1秒であったとしても、
舞台の袖からかわいらしい
ミス・スイーティー・プーと呼ばれる
8歳の女の子が演壇までやってきて、
「もうやめて! 私退屈したわ。
 もうやめて! 私退屈したわ。
 もうやめて! 私退屈したわ…」
(Please stop. I'm bored.) 
といつまでも同じ調子で言い続けます。

やっている方はこりゃたまらんが、
実際の様子はこんな感じ。

 

中垣さんが、授賞式において
どのようなネタで笑いをとったか、
についてはここでは省略したい。
ご興味のある方は、新書のほうをどうぞ。

そして、授賞式の翌々日には、
マサチューセッツ工科大学(MIT)で、
インフォーマルなレクチャーをしなければならない。
これが「講演会」ということになるのだろう。

一人あたりの持ち時間は
式典のスピーチの5倍の5分
そしてここでもまた、本式典と同じように
笑いをとるようにとの要望がありました。

それでも持ち時間は、たったの5分。
ここでは、会場との質疑応答が
ユーモアたっぷりでいい。

レクチャーを終えると、会場からの質問を受けます。
質問もユーモアいっぱいで、
答えもまたユーモアで返すというしきたりです。

これは大盛り上がり。さながらユーモア合戦です。
MITの学生なぞに負けてたまるか。
英語なぞ分からなくたって、
武士道精神で臨戦態勢です。
さあ諸君、かかってらっしゃい! 
そんな心持ちでした。

 初めの質問は、
パズル愛好家だという女子学生さんから、

「パズルがうまく解けることがあれば、
 また解けなかったりするのだけれど、
 粘菌のパズル解きから何かアドバスをもらえないか?」

というもの。これには

「粘菌に直接聞いた方がよろしい」

と返答。見事返り討ち成功です。


 2番目の質問は、

「粘菌が株価変動を予測できると思いますか?」

というもの。粘菌の知性がどこまで賢いものなのか、
と問う質問ですね。これには

「あなたには、教えたくない」と返答。

切れ味冴え渡ってまたしても返り討ち。


 3番目は、

「グーグルなどが、
 サーチ(探索)アルゴリズムの改善目的で、
 あなたもしくは粘菌に
 コンタクトをとってきましたか?」という質問。

「カーナビヘの応用は考えている。
 将来、カーナビのコントロールボックスをあけると
 粘菌がいる、そうなることが私の夢だ」。

おお、なんという余裕のあしらい。
実際、粘菌の迷路解きを応用して
カーナビヘの展開をも研究しているのです。

なかなかこういう対応はできないものだ。
もちろんこれは、中垣さん自身のセンスに
支えられてのものだけれど、
読んでいると、会場の雰囲気全体が、
その場に隠れていたおもしろさを
引き出してきているのではないか
と思わせるようなシーンが多々ある。

会場のノリが作り出す「いいライブ演奏」は、
そのとき限り、演奏者も驚くような
ある到達点を示すことがある。

そんなことをふと思い出す
ライブ感あふれる授賞式と講演会の
「イグ・ノーベル賞顛末記」になっている。

 

 

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2015年7月26日 (日)

「ここで働きたいとは思わない」

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「ここで働きたいとは思わない」

- 3日やそこら休める社会に -

 

先日、欧州、数カ国の人と
日本についていろいろ話をする機会があった。

皆さん、日本のことをベタ褒め。

どこに行っても、清潔だし、安全だし、
電車は正確だし、
商品は多彩で溢れているし、
人はちゃんと列を作って並ぶし、
店員は笑顔で親切だし、
約束は守るし、相手のことを気遣うし。

まぁ、お世辞もあるだろうし、
日本で巡りあった人が、たまたまよかった、
ということもあるとは思うが、
褒められれば悪い気はしない。

 

ただ、一方で、
皆が口を揃えて言ったのは

「日本はいい国だし、
 住んでみたいとも思うけれど、
 ここで働きたいとは思わない」


だった。

長時間労働、長時間通勤、満員電車、
残業の多さや休暇の少なさ、
仕事自体のアウトプットよりも、
会社への忠誠心を見せることのほうが、
評価される傾向にある違和感。

体調が悪ければ、
本人のパフォーマンスは落ちるし、
場合によっては近くの人に
感染することもあるのだから、
仕事の成果を中心に考えれば、
どう考えてもちゃんと休んだほうがいいのに、
すぐに休まずに、無理して働くことが
「がんばって働いている」と
思われる価値観の不思議さ。

その場でいちいち確認を求めてきたが、
日本の労働環境・価値観・倫理観の情報は、
興味深い対象として、かなり詳しいことまで
伝わってしまっている。

そりゃ、ぜんぜん違うよ、と
完全否定出来ないところがつらい。

 

それにしたって、

「ここで働きたいとは思わない」は

あまりにも悲しいじゃないか。

 

ちょうど、一昨日(7月24日)から苗場スキー場で
2015年のフジロックが始まった。
規模も多彩なアトラクションも
他のフェスとは一線を画す大イベントだが、
このフジロック、以前
「3日間通し券」しか発売せずに
話題になったことがある。

そのことについて、
「フジロックフェスティバル」を
1997年に始めた会社、スマッシュの社長
日高正博さんはこんなコトを言っていた。

2006年7月22日の朝日新聞の記事から紹介したい。
(以下水色部は記事からの引用)

A060722_1s

日高さん、

高校へ通ったのは一週間ほど。
その後は
近くの公園で寝泊まりするホームレス同然の生活だ。
ただ、都会の景気は右肩上がり。
「工員求む」と掲げた働き口には事欠かず、
寮にも入れた。

(中略)

部品工場、氷屋、野菜市場、運転手・・・。
全国を転々とし、21歳までに100近い仕事を経験した。

というすごい経歴の持ち主だ。

A060722_2s

-社員も激務ですね。

日高
   ほんとにきつい仕事をさせている。
   でもそれを通して、
   よそから引き抜かれる人間をつくりたい。
   そうすれば会社がつぶれても大丈夫だから

なんておもしろいことも言っている。

で、3日間通し券について。

-04年には3日間通し券だけを発売、論議を呼びました。

日高 
   日本の夏って高温多湿なのに、
   みんな無理やり会社に行き、
   まとまった休暇はなかなかとれない。

   生意気なようだけれど、
   「休みを取りなさいよ」と言いたい

   いまだにロックフェスに行くために
   会社を辞めなきゃいけない子がいる。

   音楽好きな人たちが、
   3日やそこら休める社会にならないと

 

生きるために仕事はしないといけないし、
そこにはつらいことばかりではなく、
達成による充実感ももちろんある。
それでも人間は、
仕事をするために生きているわけではない

「3日やそこら休める社会にならないと」

 

 

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2015年4月26日 (日)

フィドラー アイリーン・アイヴァース(Eileen Ivers)

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フィドラー アイリーン・アイヴァース(Eileen Ivers)

- アイルランドの音楽と -

 

Riverdance関連の話、もう一回だけ続けたい。

Riverdanceは、
舞台を構成するどの要素をとっても次元が高く、
それらが同時にひとつの舞台のために集結できたことは、
前回書いた、プロデューサである
モヤ・ドハーティ(Moya Doherty)や
ジョン・マコルガン(John McColgan)
の力による
まさにある種の「奇跡」だと思うのだが、
その骨格となって全体の魅力を支えているものは、
驚異的なタップダンスと
やはりあの音楽だと思う。

作曲はビル・ウィーラン(Bill Whelan)
全曲、名曲揃い。ハズレが一曲もない。

 

変拍子かつ速いパッセージも含む
難しい曲なのに、
最近は中学や高校の吹奏楽部でも
演奏したりするというのだから、
学生バンドのレベルって、
ずいぶん高くなっているンだなぁ、とは
高校、大学と吹奏楽を続けてきた私の
全く私的な感想だが、
それはともかく、何度聴いても
不思議と飽きることがない。

 

アイルランドの音楽と言うと
日本ではおそらくU2エンヤ
知名度の点では高いと思われるが、
リールやジグといった舞踏系の音楽は、
あまり知られていなかったかもしれない。


舞踏系の音楽を圧倒的に広めたのは、
映画「タイタニック」のあの踊りのシーン

形式的で退屈な上流階級のパーティから、
ジャックが
"So, you wanna go to a real party?"
と言って、ローズを三等船室での
「本当のパーティ」に連れ出す。

そのパーティで奏でられる音楽がこれ。
動画なしだが、1:30位からのメロディを聞くと、
あのシーンがそのまま思い出せる人も
多いのではないだろうか。

 

その後、2006年のトリノオリンピック、
フィギュアスケート金メダリストの荒川静香さんが、
エキシビションで
シークレット・ガーデン(Secret Garden)の楽曲を
セルティック・ウーマン(Celtic Woman)がカバーした
「ユー・レイズ・ミー・アップ(You Raise Me Up)」
を使い、イナバウアーという言葉と共に、
Celticという言葉も多くの人の耳に届くことになる。
(なつかしい、と言うか美しいエキシビション、
 下の写真またはここをクリックするとYouTubeに移って再生されます)

Arakawa

 

アイルランド音楽に興味を持ち、
ザ・チーフタンズ(The Chieftains)
ルナサ(Lunasa)
アルタン(Altan)
クラナド(Clannad)
といったバンドを聴き比べるようになると、
ますますその独自の世界から抜けられなくなる。
CDもたくさんあるが私のお気に入りはこれ。

 

さて、話をRiverdanceに戻したい。
前回、 私は、DVDの中では、
ニューヨーク公演版がお薦めだ、と書いた。

女性プリンシパル
ジーン・バトラー(Jean Butler)が好きだから、と。

実はこのニューヨーク公演版、
もうひとつ、他のDVDにはない魅力がある。

フィドル(バイオリン) を
アイリーン・アイヴァース (Eileen Ivers)
がやっているのだ。
青い楽器がトレードマークの彼女。

まさにそのニューヨーク公演版(1996)から、
まずは一曲、Slip Into Springをどうぞ。

 

アイリーン、
もちろん今はRiverdanceを離れてしまっているが、
アイリッシュのフィドラーとして
精力的にライブ活動を続けている。

そんな中、かなり珍しい
貴重なライブ演奏を一つ紹介したい。

フィドラーのアイリーンが
クラシックのヴァイオリニスト
  ナージャ(Nadja Salerno Sonnenberg)、
ジャズのヴァイオリニスト
  レジーナ(Regina Carter)、
の三人で

Chris Brubeckが作曲した
Interplay for Three Violins and Orchestra
を演奏したもの。

聴いていただければわかるが、すごい演奏だ。
テクニック的にもハーモニック的にも難曲なのに、
クラシック、アイリッシュ、ジャズの三者が、
それぞれの持ち味をちゃんと活かしながら、
お互いを尊重し合い、譲り合い、重なり合って、
新しい音楽が生まれている。

三人の真ん中がアイリーン。
ソリスト間での小さな信号のやりとりや
表情が見られるのも動画ならでは。

 

こんなにスリリングで、
こんなにプロフェッショナルな演奏を、
生で聴けた人はほんとうに運がいい。

それにしてもやはりライブの人だ、
アイリーン・アイヴァース (Eileen Ivers)。

今度来日するときには、ぜひライブに足を運びたい、
そう思って楽しみに待っている演奏者のひとりだ。

 

 

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2015年4月19日 (日)

Riverdanceの軌跡

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Riverdanceの軌跡

- Riverdance と Lord of the Dance -

 

「リバーダンス20周年記念ツアー」の舞台
観に行ったことを機に、
手許にある過去の映像を観返している。

ユーロビジョン・ソング・コンテストの幕間の
たった7分間のパフォーマンスから
「全世界で1万1000公演達成」まで来たRiverdance。

最初の構想、ダブリンの初演からロンドンへの進出、
そして記録的な興行成績を上げた
ニューヨーク公演までのいきさつについては、
このDVDに詳しい。
「リバーダンスの軌跡 (Riverdance - a Journey)」

Riverdance_journey

プロデューサーである
モヤ・ドハーティ(Moya Doherty)
ジョン・マコルガン(John McColgan)による
制作裏話、思い出話を中心に、
ドキュメント番組の手法で話は進んでゆくのだが、
貴重な映像が随所に溢れており、
Riverdanceファンには、かなり魅力的な一枚だ。

主役であるマイケル・フラットレー(Michael Flatley)
ジーン・バトラー(Jean Butler)がラフな練習着で
振りをつけている様子をはじめ
各演目の練習風景も短時間ながら観られるし、
主要メンバの舞台を下りたときの素顔もいい。

怪我と戦う痛々しいジーンの足先やら、
床の木の硬さや平滑さに問題があることが
リハーサルで踊ってみて
初めて明らかになるニューヨークでのシーンなど
舞台裏でのヒヤヒヤネタも満載。

それらを次々と的確にさばいていくモヤとジョンは、
仕事人としてもほんとうに魅力的だ。

 

そんな中、一番のヒヤヒヤは、
2度目のロンドン公演の直前になっても、
主役のマイケルと契約更新ができていなかったこと。
長時間の交渉を重ねたが「振付の権利」の件で、
合意に至っていなかったらしい。

双方共、大人のコメントになっていて、
具体的にどんな条件で揉めていたのか
詳細まではわからないが、
公平かつ冷静な視点での編集になっているので
互いの主張の意図するところは十分伝わってくる。

結局、なんと公演2日前に交渉決裂。
主役交代という事態を迎える。

あれだけの踊りの主役を
短期間に代われる人がいること自体驚きだけれど
そのとき選ばれたのがコリン・ダン(Colin Dunne)
9度のアイリッシュ・ダンス世界チャンピオン。
ニューヨーク公演でのDVDで
その踊りをたっぷりと観ることができる。

ジーンもパートナーの突然かつ直前の降板に、
「右腕を失ったよう」とショックを語っている。
一方で、新しいパートナーとなるコリンのことは、
「以前から知っていたし、地上最強のダンサーだ。
 動きにまとまりがある」
とコメントしている。

 

というわけで、映像作品の方も、

Riverdancedublin

 作曲 ビル・ウィーラン (Bill Whelan)
 主役(プリンシパル)
  男性 マイケル・フラットレー (Michael Flatley)
  女性 ジーン・バトラー (Jean Butler)
 フラメンコダンサー マリア・パヘス (Maria Pages)
 合唱 アヌーナ (Anuna)

というポイント劇場、初演最強の組合せは、
男性プリンシパルだけがコリンに代わって、

 作曲 ビル・ウィーラン (Bill Whelan)
 主役(プリンシパル)
  男性 コリン・ダン (Colin Dunne)
  女性 ジーン・バトラー (Jean Butler)
 フラメンコダンサー マリア・パヘス (Maria Pages)
 合唱 アヌーナ (Anuna)

というニューヨーク公演のDVDに引き継がれることになる。

 

単なる技術だけでなく、
マイケルの華、ジーンの気品が感じられる
最初のダブリン公演のVHSビデオカセットは
内容的には一押しなのだが、
残念ながら今では手に入りにくくなっているようだ。
(再生できるデッキそのものも減ってきているだろうし)

舞台を収めたDVDで現在、比較的簡単に手に入るのは、
(1) ニューヨーク -1996-
(2) ジュネーブ -2002-
(3) 北京 -2010-
の三本。

カメラやマイクの進歩もあるのだろう、
映像やタップの音の捉え方等は、
もちろん新しい収録のほうがいい。

ただ、この中で一枚だけ選べと言われたら、
私の好みは、一番古い(1)ニューヨーク公演版だ。

理由はいろいろあるが、正直に言えば、単に
ジーン・バトラー(Jean Butler)が好き、
ということなのだろうと思う。

(2)ジュネーブ公演版のオマケ映像には、
来日時の日本での様子も少し入っている。

 

なお、DVDには他に、これまでの録画映像を、
まさに切り貼りして作った「ベスト版」もあるが、
こちらはどの公演であれ、舞台を一回は通して観た、
という人向け。
いくらベストでもカタログ的寄せ集め映像では、
あの舞台の魅力が半減してしまう。

喧嘩別れしてしまったマイケルのRiverdanceが、
DVDの映像で観られる、という点では貴重だが。

 

なお、上に書いた通り、2度目のロンドン公演直前に
Riverdanceと決別してしまった
初代の主役マイケル・フラットレー(Michael Flatley)は
同じアイリッシュ・ダンスを核に
「Lord of the Dance」という
全く新しい舞台を立ち上げる。

タップ自体も全開で、見所もいくつもあるのだが、
舞台のテーストはRiverdanceとは全く違う。

フィナーレ部分、一部ご覧あれ。

そして、
このハデハデの「Lord of the Dance」は、
ロンドン、ハイドパークでの
「Feet of Flames」の公演に繋がっていく。

それにしたって
ダンサーの数を増やせばいいってものじゃぁない。
マイケルの踊りも
他の人にはないオーラというかカリスマ性も大好きだが、
舞台の方は、少なくとも私の好みとは違う方向に
進んでしまった。

ロンドン、ハイドパークでの「Feet of Flames」
人数だけにご注目あれ。
(下の写真またはここをクリックすると
 YouTubeに移って再生されます)

Feetofflames

 

なお、「Lord of the Dance」「Feet of Flames」は、
DVDでも手に入るが、下記2点は
リージョンコードに注意が必要。

 

以上、どっぷりと
Riverdanceとタップダンスに浸った
週末だった。

 

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2015年4月12日 (日)

Riverdance 20years

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Riverdance 20years

- リバーダンス20周年記念ツアー -

 

これまで最も多く繰り返し観たビデオは何か?
と聞かれれば、私の場合は迷わずこれだ。

Riverdancedublin

 

リバーダンス(Riverdance)という舞台を収録したもの。
その後、まさに世界中で成功を収めることになる舞台の、
発祥の地アイルランド、ダブリンでの公演を収録したもので、
今となっては懐かしいVHSのビデオカセットだ。

まさに擦り切れるほど観た。

 

唐突に話を始めてしまったが、
リバーダンス(Riverdance)って何?
という方もたくさんいらっしゃることだろう。

百聞は一見に如かず。
言葉による説明の前に、
まずは、その舞台の一部をご覧下さい。
(上に紹介したビデオの一部が
 そのままYouTubeにありました)

 

如何でしょうか?

Riverdanceが初めて上演されたのは1994年4月30日。

それは完成された大きなショウではなく、
ユーロビジョン・ソング・コンテストの幕間に、
ホスト国であったアイルランドが披露した
たった7分間のパフォーマンスだった。

日本では放送されていない、このときの映像も
ありがたいことにYouTubeで見ることができる。

世の中の人が初めて目にしたRiverdanceはこれ。

 

ダンスの主役(プリンシパル)は、
男性 マイケル・フラットレー (Michael Flatley)
女性 ジーン・バトラー (Jean Butler)

作曲 ビル・ウィーラン (Bill Whelan)
合唱 アヌーナ (Anuna)

驚異的なタップダンスの振付も
プリンシパルのふたりがやっている。

最後の字幕にあるように、
このパフォーマンス、幕間のショウなのに
メインイベントを凌駕してしまったらしい。
そのことは、
興奮している観客や司会者の様子を見てもよくわかる。

この評判がきっかけとなり、そのわずか9ヶ月後、
1995年2月9日、Riverdanceは
フルステージのショウとなって
アイルランド・ダブリンのポイント劇場で幕を開ける。

追加された演目をちょっと覗いてみよう。

 

一切の音楽なし。
男性だけの力強いタップのみで演じきる
Thunderstorm

 

フラメンコダンサー マリア・パヘス (Maria Pages)の
独自世界に引き込まれるFiredance

 

アクロバティックな部分よりも、
6人のみごとな足の動きの完璧さが、
緊張感の中からある種の快感を生むロシアの踊り
The Russian Dervish

ほんとうは全演目を並べたいくらいなのだが、
とにかく、よくぞ短期間に
ここまでハイレベルなものを集めたものだ、と
そのプロデュース力にも驚くばかりだ。
(YouTubeの映像はすべて最初に紹介したビデオ、
 ダブリンでの公演から)

 

このRiverdance、フルステージのショウとなってから
今年2015年で20年。
20周年を記念して、7年ぶりに再来日した。

Riverdance2015_1s

 

全世界で1万1000公演達成、2400万人が堪能!

20年での1万1000公演達成がいかにすごいことなのかは、
毎日一公演、一日も休まずにやったとしても
20年で7300公演にしかならないことを考えるとよくわかる。

英語版のWikipediaを見ると、
Each production company is named after an Irish river:
Liffey, Lee, Lagan, Avoca, Shannon,
Boyne, Corrib, Foyle, Moy and Bann.
とあり、アイルランドの川にちなんだ名前のcompanyが
実に10も挙がっている。

複数のcompanyが同時に世界中を回っていたからこそ
実現できる公演数というわけだが、
こんなハイレベルのパフォーマンス集団を
複数組めること自体が驚きだ。


「堪能」した2400万人のうち、4人は私の家族。
1999年、米国カリフォルニアでの公演を観た。

それからすでに16年。
プリンシパルもソリストもすっかり変わってしまったが、
あの生の靴音の迫力を再度味わいたくて、
今回の来日公演を、4月4日、渋谷に観に行った。
すこしだけ感想を添えておきたい。

 

プリンシパルやソリストは、
私にとってはもちろん初対面で、
最初のうちはどうしても
繰り返し観たビデオのパフォーマンスと
比較してしまうのだが、
新しい主役としての
独自の味が伝わってくるようになると、
まさにその世界に吸い込まれてしまう。

やはり、「舞台は生で観なきゃ」

全メンバのダンスのキレ、動きのメリハリは、
ほんとうに目を見張るもので
よくぞこれだけのクオリティを維持しながら
若手を育て続けられるものだ、と
層の厚さを実感せざるを得ない。

Riverdanceは、
上半身は直立不動、下半身は驚異的な速さのタップ、
と捉えられがちだ。

事実、1996年のニューヨークでの公演DVDには、
自由なスタイルで踊る
アメリカの黒人タップダンサーと対決する
コミカルな演目も入っているのだが、そこでも
アイリッシュスタイルのこの「上半身直立不動」が、
ちょっとおちょくられているような演出になっている。

(笑いを誘うこの演目には、今回も拍手喝采)

ところが、
今回舞台を観て特に印象的だったのは、
下半身のタップのすばらしさはもちろんだが、
上半身の動きの柔らかさというか美しさだった。

わずかに腕や肩が動くときの、
流れるような線が
ほんとうに柔らかくて美しい。


上半身と言えば、
クラシックバレエの経験が長い知人に
Riverdanceの映像を観てもらったことがある。

そのときの彼女の感想は、
「普段バレエばかり観ているので、とても新鮮でした。
 タップは完全に素人の私でも、
 主役の男性の方のすごさが分かりました!
 出てきた時のオーラ、身体のキレがすばらしいですね。

 上半身をあれだけ固定して踊れるっていうのは、
 よっぽど腹筋背筋がしっかりしてるんだな・・・などと
 色々なことを考えながら観ていました」

それこそダンス素人の私は、タップばかり見ていて
「腹筋背筋が」というのは思ってもみないことだった。

さすがにタップ・ダンサーの筋肉までは
服を着ているのでよくわからなかったが、
一緒に観ていた妻は、
背中の大きく開いたドレスで踊っていた
フラメンコ・ダンサーの背中の筋肉に気づいて、
ずいぶん驚いていた。

下半身の力強いステップを支えているのは、
しなやかで強い上半身なのかもしれない

 

とにかく、
どれほどタップやステップの技がすごくても、
美しさは、
全身のバランスの中から生まれる
、ということを
改めて強く感じた夜だった。

 

パフォーマンスそのもの以外で、
16年前と比べて「ずっとよくなっている」と思ったことは、
タップの靴音を拾うマイクの仕組み。

詳しいことはよくわからないが、
本来の床よりも数センチ高い位置に作られた
ショウ用の床が、タップの音を響かせるだけでなく、
とにかく音を鮮明に拾う。

舞台中央に床を狙ったマイクがあったが、
それで拾った音だけとは思えないレベル。
まさに1万1000公演で得たノウハウなのだろう。

というわけで、密かに心配していた
「衣装や演出が華美になっていたらィヤだな」も
杞憂に終わり、
20周年の記念来日公演は心から楽しむことができた。

 

ただ、一点だけ、どうしても残念な点があったので、
それだけは記録として書いておきたい。

作曲ビル・ウィーラン(Bill Whelan)の音楽は、
まさに名曲揃いで、踊りと共にこのショウを支えている
大事な大事な要素だ。
でも、と言うかだからこそ、
ライブではライブでなければ意味がないと思う。

そう、小編成であっても
必要な楽器とプレーヤはすべて揃えて欲しかった。
パーカッション(打楽器)はたったひとりで
多くの楽器を飛び回る大活躍だったし、
イリアン・パイプス、フィドル、ソプラノ・サックスも
それぞれに見せ場があり、
演奏もビデオのようなノリノリ系ではなかったものの、
それぞれのスタイルとして十分楽しめるものだった。

がしかし、いくら上手なマルチプレーヤでも、
4人ではあの音楽のすべては支えられない。
一部の楽器の音に録音を使っていたことはほんとうに残念。
ほかの楽器が生でも、録音に合わせたのでは
ライブのグルーブ感は生まれようがないのだから。
ライブを大事にしているアイリッシュゆえに
余計にさみしい。

まぁ、それでも最後はかなり興奮して、
スタンディングオベーションをしている
自分があったのだけれど。

 

 

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