舞台・ライブ

2024年4月21日 (日)

音語りx舞語り「春」日本舞踊編

(全体の目次はこちら


音語りx舞語り「春」日本舞踊編

- 芸は人を大きく見せる? -

 

(2024年5月6日 更新版)

(a) ヴィヴァルディ作曲/「四季」より「夏」
の音楽に
(b) 能 土蜘蛛
(c) オリエンタルダンス

を合わせるという大胆な企画を
2023年9月に実現した「音語りx舞語り」。

「こんな異質なものが合うの?」の
当初の疑念というか戸惑いを払拭した
驚きのパフォーマンスについては
こちらに記事として書いたが
今度は、

(c1) コラボ1
 ヴィヴァルディ x 日本舞踊

(c1-a) ヴィヴァルディ作曲/
    「四季」より「春」
(c1-b) 日本舞踊

(c2) コラボ2
 バッハ x 謡「吉野天人」x 日本舞踊

(c2-a) バッハ作曲/
    無伴奏ヴァイオリンのための
    パルティータ
(c2-b) 謡:吉野天人
(c2-c) 日本舞踊

に挑戦するという。
企画の本郷幸子さんの挑戦心、
イマジネーションには驚かされるばかりだ。

というわけで、
さっそく聴きに(観に)行ってきた。
印象的だったことを
忘れないうちに書いておきたい。
2404s

開催は、2024年4月13日。

(1) 会場
会場は東京・上野の
東京藝術大学のすぐ横にある
市田邸。

この市田邸、
築100年を越える木造建築で、
明治時代の日本橋・布問屋
市田善兵衛の私邸だったらしく
国登録有形文化財建造物になっている。

今回はここの
1階の和室8畳間を公演用ステージに、
隣接する和室6畳間を観客席にと、
まさに演者と観客の間に隔たりのない
アットホームなセッティング。

座布団または小さな丸椅子に座って
観覧する。

床の間の前の畳の間、
会場選択からして日本舞踊を活かすための
配慮が行き届いている。

 

(2) 計14畳の和室の空間
主宰の本郷幸子さんは企画のほか、
当日もヴァイオリン、お話と大活躍。

小学校5年生の時から教えているという
教え子の森永かんなさんとの共演
 ルクレール作曲
 2つのヴァイオリンのためのソナタ
で演奏会が幕を開けた。

上に書いた通り、観客含め全員が
(外廊下部分もあるとはいえ)
計14畳の和室の空間の中にいるので、
2台のヴァイオリンが、
お互い聞き合って合わせようとする
視線や息遣いまで細かく伝わってくる。

絶妙な2台のバランス、
先生にとっても、教え子にとっても
感無量の時間だろう。


さてさて、コラボ企画に関しては
前回同様、それぞれの分野の演者から
曲だけではなく各分野についての
初心者向けの解説があった。

解説して下さったのは演者でもある
 ヴァイオリン:本郷幸子さん
 日本舞踊:坂東三奈慧(みなえい)さん
 謡:大金智さん


(3) 語りから音楽へ
清元、長唄の披露のあと、
 (s1) 義太夫
 (s2) 常磐津 (ときわづ)
 (s3) 清元 (きよもと)
 (s4) 長唄
の違いについて、
三奈慧さんはこんな説明をしてくれた。

語りの要素が一番強いのが義太夫。
(s2),(s3)と語りが洗練されていき、
音楽の要素が強くなってくる。
聞く音楽として発展したのが長唄。

厳密な定義や分類はわからなくても
「語り」と「音楽」のある種の比重で
分類や推移があることを知るだけでも
三味線音楽への関心の度合いが
ぐっと深くなる。


(4) 型の存在
「型の存在」についても
たいへん興味深い話があった。

クラシックバレエには
1番、2番と番号がついている
足のポジジョンを始めとして、
最初に学ぶべき基本的な型がある。

能にも、
「サシ込開(さしこみひらき)」の
組合せのように型はあります、と
大金さん。

一方、日本舞踊のほうは、
型だけをくり返しお稽古したり、
型をマスターしてから
作品に入ったりはしない。

作品をお稽古しながら
型を自然に覚えていく、
という世界らしい。

とは言え、時代とともに、
お稽古の回数が少なくなってきたり、
畳がない暮らしなど
生活環境も変わってきている。
なので
日本舞踊にも型をお稽古するような
お稽古の仕方があってもよいのではないか

という意見も
昨今聞かれるようになってきた、とのこと。

芸の伝承とはどうあるべきなのだろう?

当日の内容と
のちに三奈慧さんから補足していただいた
「型」の説明とを合わせて考えると、
素人の私にもそんな疑問が浮かんでくる。

作品や技術の伝承のみが
その本質ではないとはいえ、
伝えるための工夫は
時代に合わせて必要なのかもしれない。


(5) 鏡の存在
理論ではなく、体が覚えるまで繰り返し
身につけるのが日本舞踊。

近年、稽古の環境が変わり、
鏡やビデオを使うこともあるけれど、
基本はご法度。

客観視しないで自分の身体感覚だけで
脳内の像を表現できるようにするのが
日本舞踊という芸。

能でも (「鏡の間」はあるけれど)、
稽古で鏡は使わない。

鏡を使う  :クラシックバレエ
鏡を使わない:日本舞踊、能


鏡を使うと鏡がないと稽古ができなくなる、
という言葉はいろいろ考えさせられる。
何も見なくても表現できる、が大事と。


(6) 扇とおもり
日本舞踊で使う「扇」と
能で使う「扇」との違いについても
実物を並べて丁寧に説明してくれた。
初めて知ったのは、
日本舞踊で使う扇には
要(かなめ)の部分に
「おもり」が埋め込まれている

ということ。

当日の舞踏の中でも
風であったり、花びらであったり、
さまざまな表現に使われていた扇。
その自然でなめらかな動きは、
単に手首の動きだけではなく、
おもりの重力をうまく活かして
作り出されたものだったようだ。


(7) 芸は人を大きく見せる
他にも、
西洋のものは舞踏と言われるように
大地を蹴って跳躍、が基本。
日本のものは下に下に、で田植えの感覚、
といった比較もおもしろい。

跳躍の気分あふれる今回の音楽「春」の
上にひっぱられないように
踊るのがむつかしいところ、と三奈慧さん。

上にの西洋音楽、下にの日本舞踊、能。

「対極のものをぶつけるのがおもしろい」
と企画の本郷さん。

各分野における基本事項や関連事項、
考え方の背景を教えていただいたうえで、
いよいよコラボを体験することとなった。

(c1) コラボ1
 ヴィヴァルディ x 日本舞踊

(c1-a) ヴィヴァルディ作曲/
    「四季」より「春」
(c1-b) 日本舞踊

(c2) コラボ2
 バッハ x 謡「吉野天人」x 日本舞踊

(c2-a) バッハ作曲/
    無伴奏ヴァイオリンのための
    パルティータ
(c2-b) 謡:吉野天人
(c2-c) 日本舞踊


音語り事務局が、(c1)を14秒だけ
ここで公開してくれている。

個人的に印象的だったのは、
(c1)の日本舞踊における
「春」のユニークな解釈と、
(c2)におけるバッハの選曲。

選曲のセンスには敬服しかないが、
バッハの偉大さも改めて痛感。
音楽と謡の融合により
今自分がどこにいるのか
わからなくなるような
独特なトリップ感を味わえる。


もうひとつ、今回の大きな発見は
踊っているときの坂東三奈慧さんが
すごく大きく見えたこと。

小さな空間で集中して観たから
よけいそう感じたのかもしれないが、
踊っているときと、
語りで解説してくれているときの
体格というか、纏う空気の大きさが
あまりにも違っていてびっくりした。

芸は人を大きく見せる、ということか。

もちろん私個人の感触で
物理的にはなにも変わってはいないけれど。

 

くつろいだ空気の中、
今回もほんとうに楽しい演奏会だった。
その場でのパフォーマンスはもちろん、
型の話だって、鏡の話だって、
おもりを活かした表現だって、
上にの西洋音楽、
下にの日本舞踊、能 の話だって、
その先に大きな世界が広がっている
その入口を示してもらえただけでも
大きな価値がある。

「夏」と「春」を経験できた。
本郷さんは
「四季をcompleteしたい」と
おっしゃっていたので、
ぜひまた次回にも期待したい。

 

 

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2023年11月12日 (日)

バコーンってビッグになる

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バコーンってビッグになる

- 菅原小春さんの言葉 -

 

録画したTV番組を見ていたら
印象的な言葉に出会ったので
今日はそれを残しておきたい。

番組は、毎週3人のゲストが
司会を介さずにトークを展開する
「ボクらの時代」

「ボクらの時代」フジテレビ
2023年10月29日放送
菅原小春×森山未來×関口メンディー

(以下水色部は放送からの文字起こし)

ダンサーとして大活躍の3人。

私は普段、ダンスを積極的に
見る方ではないのだが、
ナン年か前、偶然TVで見かけた
たったひとりの踊りに、
思わず釘付けになってしまったことがある。

「えっ!いったい誰?この人」
その時、初めて知った名前が
「菅原小春」だった。

最初の衝撃が大きかったせいか、以降
自分の中ではちょっと特別な存在に。
その後も、世界的な活躍の話を聞く度に
「さすが、菅原小春さん」
と妙に嬉しい気分になっていた。

その菅原さんが、
ダンスなしにトークだけで登場。

芸能界デビューへのきっかけを
こんなふうに語っていた。

「小6の時に、
 それこそここら辺の原宿で
 スカウトとか
 いっぱいあったんですよ。
 今、どうなんですかね?」

「今もあると思う」

「そん時、当時、
 一回こうやって歩いたら
 7個くらいから・・・」

「すごい、私芸能人になれる!
 と思って。
 芸能人になれる!

 で、すっげぇ上からなんですけど、
 選ばせてもらって、
 スターダストさんに
 入ったんですよ」

「へぇ、えっ、はいったの?」

原宿でスカウトされ大手芸能事務所に。

小6で、歩いているだけで
7箇所から声をかけられるくらいだから
当時から独特なオーラがあったのだろう。

そんな菅原さん、
入った事務所の演技レッスンを
どんな気持ちで受けていたのか。
今日、書き残したかったのは
こんなかっこいい菅原さんの言葉だ。

「入って演技レッスンに行った時に、
 なんか子どもたちが頑張って
 なんか、
 これを覚えることによって、
 大人たちを喜ばせなきゃ

 っていうのが、感じちゃって。

 もし自分が
 バコーンってビッグになるなら
 この大人の人たちを
 ギャフンて言わせないと・・・

 でもそれは、私はこれを覚えて、
 じゃないんだな、って思って

 やめて・・・」

菅原さんにしか表現できない
独特な踊りの世界を切り拓き、
まさに大人たちをギャフンと言わせて、
バコーンってビッグになった菅原さん。

「私はこれを覚えてじゃないんだな」
って思えるなんて。
ビッグになる人は最初から違う。
まさに「さすが、菅原小春さん」。

 

 

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2023年10月29日 (日)

「音語りx舞語り」が見せてくれた世界

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「音語りx舞語り」が見せてくれた世界

- 全体を味わう、分解しない -

 

もうひと月ほど前のことになるが、
主催している本郷幸子さんにお誘いいただき

2023年9月30日
音語りx舞語り (おとがたりxまいがたり)
Vol.2 オリエンタルダンス編


というミニコンサートに行ってきた。

230930otogatari

演奏曲目のひとつは、有名な
ヴィヴァルディ作曲/「四季」より「夏」

この曲、
ヴァイオリン協奏曲「四季」
の名の通り主役はヴァイオリンだが、
今回はそれにヴィオラとチェロが加わる
弦楽三重奏のスタイルで
演奏される予定になっていた。

本来の編成に比べれば
ずいぶん小編成にはなるが、
それはそれでどんな響きになるか楽しみだ。

と、これだけなら
よくあるミニコンサートのひとつだが、
今回のこのコンサート、
単なる弦楽合奏にとどまらない、
驚くべき企画をブチ込んでいた。
そう、まさに
「ブチ込む」と表現したくなるような
大胆な企画だった。

それはどんな企画か。

(1) ヴィヴァルディ作曲/「夏」
(2) 能 土蜘蛛
(3) オリエンタルダンス

この3つを同時に重ねて
公演しようというのだ


能とは日本の伝統芸能であるあの「能」。
オリエンタルダンスとは、
おへそを出した衣装で踊る
ベリーダンスで知られるあれだ。

「えっ!?ちょっと頭が混乱して
 何を言っているのだか?」
と思った方、
ハイ、私も最初にこの企画を聞いたとき、
まさにそんな感じでした。

このコンサート
音語りx舞語り (おとがたりxまいがたり)
というタイトルにある通り、
多くのクラシックコンサートとは違い、
演奏曲目についての丁寧な語りがある。

特に今回は上記(1)(2)(3)について
それぞれ演奏者の方から
個別に詳しい解説があった。
要点のみを書くと・・・

(1) ヴィヴァルディ作曲/「夏」
ソネット(14行詩)に基づいて
作曲されたもの。

曲の中から様々なフレーズを抜き出して
その部分を演奏しながら、
メロディーであったり、
奏法であったり、
和音であったりが
どんな情景を描いているのか、
クイズ形式で解説。

夏独特の空気感、木々や鳥や虫たち、
羊飼いの心情、天気の急変、
ひとつひとつの説明がわかりやすい。

(2) 能 土蜘蛛
能の謡(うたい)の方が、
「ヴィヴァルディの「夏」に合う能を」
と相談された時の戸惑いから話が始まる。
やはり「そんなのあるわけない」
と思ったようだ。

ところが(1)の曲と
ソネットの内容を見るうち、羊飼いの
「ぐったりしている、眠れない、
 暗闇で怯える」
などが印象に残り
「それなら『土蜘蛛』かも」
と思いついた経緯が明かされる。

土蜘蛛の内容説明のあと、
「謡(うたい)は、初めて聞くと
 何を言っているのか
 わからないと思いますが、
 一度、声に出して読んでおくと
 聞こえるようになります。
 なので、皆さんで冒頭部分だけ
 声に出して読んでみましょう」

中学校の英語の授業よろしく
「repeat after me」
が始まったのだが、

謡(うたい)の方のお手本のあと
会場内の全員で

「いろを盡(つく)して夜昼の。
 いろを盡(つく)して夜昼の。
 境も知らぬ有様の。
 時の移るをも。・・・」

と声に出して読んでみたのは、
特によかった。

あとで本物を聞いた時、確かに
「聞こえる、聞き取れる!」のだ。
自分で声に出して読んだところは
聞き取れるのに、なぜか他はダメ。
体感を伴ううれしい初体験だった。

(3) オリエンタルダンス
ダラブッカという
民族打楽器(太鼓)とともに
その歴史と、
オリエンタルダンスの
基本的な動き、
ベリーダンスの種類、
などが紹介された。

ここでも基本的な動きについては
会場内の人も立ち上がって
体を動かしてみることに。

ダラブッカ(太鼓)に張ってある皮と
能で使われる鼓(つづみ)との対比も
興味深いものだった。

 

と、個別の説明が終わっていよいよ公演。
もう一度書いておこう。

(1) ヴィヴァルディ作曲/「夏」
  *ヴァイオリン *ヴィオラ *チェロ
(2) 能 土蜘蛛
  *謡(うたい)
(3) オリエンタルダンス
  *オリエンタルダンス *ダラブッカ

*印6人による同時公演が始まった


その時の私の正直な気持ちは
「こんなに異質なものが、
 本当に合うのだろうか?」
という
「合う/合わない」に興味がある
「?」であった。

そもそも(1)と(2)は
テンポやリズムの観点で見れば
合いようがない。

いったいどんな演奏だったのか?
演奏のごく一部、1分弱だけだが
「音語り事務局」から
当日の様子が公開されている。
ご興味があればこちらをどうぞ。

1分の動画だけでは
よくわからないだろうな、と
ちょっともどかしくも思いつつ
現場で生の音に触れたひとりとして
感想を書き留めておきたい。

これだけ異質なものが
「ほんとうに合うのだろうか?」
というある種の疑念をもって
聞き始めたのに、
いざ演奏が始まって(1)に
(2)や(3)が重なりだすと、
当初の私の疑念は
完全に私の中から消えていた。

(1)(2)(3)が重なることで、
(1)でも(2)でも(3)でもない
「新しいなにか」が立ち上がってくる
その瞬間の緊張感と
それに立ち会えた喜びに
精神が集中して、
「合うか、合わないか」なんて
全く気にならなくなっていたのだ。

たとえて言えば、
とても合うとは思えない
 Aという食材、
 Bという食材、
 Cという食材、
3種の食材を使った料理を食べてみたら、
どの食材の味でもない
予想外の美味しい料理ができあがっていて
驚いた、みたいな感じだろうか。

混ざり合って響いてくる音は、
混ざり合って目に飛び込んでくる光景は、
それ全体がひとつになって
「新しい世界」を見せてくれていた。

特に、謡(うたい)の声量に
すべてが包みこまれるような一体感には
不思議な快感があった。
新しい料理として味わう。
全体を味わう、分解しない


もちろん、ベタに3つを重ねても
そんな世界はできあがらない。
周到な準備とその重ね方、間(ま)にみえる
芸術家としてのプロのセンスには
まさに敬服しかない。

クラシック音楽、能、オリエンタルダンス
そういう既成概念によるカテゴリーや
分類そのものが、芸術の幅を
狭めてしまっている面が
あるのかもしれない、とさえ
思えるような夜だった。

本郷幸子さんを始め、
音語りx舞語りの関係者の皆様には、
新しい世界に興奮させてもらったこと、
心から感謝している。

今後の活動にも期待しつつ、
「初めての世界に触れた」
自分自身への記録として
ここに残しておきたいと思う。



 

 

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2023年10月15日 (日)

作家はカタルシス

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作家はカタルシス

- 言葉あそびでお別れの言葉 -

 

雑誌新潮 2023年5月号が
【追悼】永遠の大江健三郎文学
という特集を組んでいたが、
その中で野田秀樹さんが書いていた

野田秀樹
作家はカタルシス
雑誌新潮 2023年5月号

(以下水色部、本からの引用)

から、メモを残しておきたい。
雑誌の記事って
なぜかすぐに記憶に埋もれてしまうし、
あとから探そうと思っても
難しいことが多いので。

 

野田さんは、ある時、
舞台の新作の
当日パンフレットにおける対談を
大江健三郎さんにお願いし、
快諾を得た。

そして今、敢えてその対談を
読み返さずとも思い出せる
大江さんが残してくれた
強烈な言葉が「触媒」であった。

大江さんは
「カタルシス」= catalysis
という英語の単語でしきりに
「触媒」について語った。

日本語として知っている
「カタルシス」= catharsis
(浄化作用)
とは、
別の単語だ。

野田さんのお芝居は、生の舞台にある
独特なカタルシス(浄化作用)が
最大の魅力だと思っているが、
ここで語られたのは
「触媒」の方のようだ。

(英語の音をカタカナで書くなら、
 「触媒」のほうが近い、と言えるだろう。
 「浄化作用」のほうは、あえて書くなら
 「カサーシス」だろうから)

もちろん、
通常の会話でカタルシスというと
「浄化作用」のことを指すけれど。

何か私は、それ自体が
暗号染みていて嬉しかった。

わかるな、野田、
「カタルシス」だそ。
と言われているようで。

この
「カタルシス」=「触媒」
というコトパは、
私のその作品が「海人」という
能を下敷きにした
現代の犯罪の話ゆえに
出てきたものである。

能の構造も、その私の作品も
いわゆる「依り代」
誰かが取り付くことで生まれる
世界だったからだ。

当日パンフの時点で、
大江さんは私の舞台は
まだ見ていなかったが、
すでに構造を言い当ててしまった。

依り代(よりしろ)」とは、
「神霊が依り憑く対象物のこと。
 御神木、岩石や山など」
注連縄(しめなわ)
囲まれていることも多い領域だ。

舞台の内容までは知らなかった大江さんが、
「依り代」の世界の舞台について
「触媒」をキーに語ったというのだから
偶然とはいえ、
野田さんもさぞ驚いたことだろう。

「読み返さずとも思い出せる」はずだ。

そんな大江さんに野田さんは、
実に野田さんらしい言葉あそびで
お別れの言葉を送っている。

どういうお別れの言葉を
最後にしようと考えていたら、
あ、と思いつきました。

それはきっとあの対談の時に
語っていた大江さんの言葉の
エッセンスでもあります。

作家はカタルシス、
 すなわち、語る、死す、
 そんな触媒。

 だから、作家自身は死んでも
 何も変わらないんですよ
。」

作家は触媒か。

* catalysis = 触媒
* catharsis = 浄化作用
* 依り代(よりしろ)
* 注連縄(しめなわ)

などのキーワードとともに
時々、思い返したい、と
ここにメモを残すことにした。



 

 

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2021年1月10日 (日)

「一人で芝居なんかできませんよ」

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「一人で芝居なんかできませんよ」

- あるときは観客、あるときは演者 -

 

新年2021年1月3日の朝日新聞に
俳優片桐はいりさんへの
インタビュー記事があった。

A210103_katagiri

その中に
残しておきたい言葉があったので
今日はその部分を紹介したい。

 

(以下水色部、記事からの引用)

5~6月、
リモートで演劇を作りました。
稽古が終わると同時に
自分の生活に戻れて無駄がない。

でも演劇も映画も、現場にいて、
ああだこうだ言いながら
作っていくもの。

私は稽古場では
すごく笑ってるんですけど、
笑い声って、
「賛成!」「私これ好き!」という
意見の表明
だと思うんです。

でも、リモートでは
出番ではない時は音声も映像もオフ。

無駄に見えるコミュニケーションが
いかに重要か気づかされました。

笑いと言うと、どうしても
「おもしろいか?」
に視点が行ってしまうが
むしろ
「私これ好き!」の意思表明
と言ったほうが腑に落ちることが多い。

「おもしろいのに笑えない」のは
「賛成」でも「好き」でもないからだ。

笑い声の意味を
いい言葉で表現してくれている。

 

もうひとつ。

本番は配信でした。
もちろん生とは別物です。

以前、一人芝居で全国を回りました。

「よく一人でやるね」
と言われましたが、
一人で芝居なんかできませんよ。
お客さんがいるからできるんです

お客さんの波動が芝居をつくる。

だから一人芝居を経験したあと、
客として観劇する時は
緊張するようになりました。

パフォーマンスを左右するのは
観客である私なんです

演者だけでなく
観客→演者→観客→演者のサイクルが
いい芝居を作る好循環を生み出していく。

芝居に限らず、
我々はだれでも社会のあらゆるところで
あるときは観客であり、
あるときは演者なのだ。

片桐さんのような意識が
もう少し「観客」の側に広がれば
まさに社会のあらゆるところで
好循環を生み出すことができるのに、と
静かな正月、
雑煮を食べながら考えていた。

 

 

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2019年11月17日 (日)

ブリュッセル・レクイエム

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ブリュッセル・レクイエム

- 壁をつくってかぎをかけなければ -

 

初めてベスト8にまで進出した
日本代表の活躍もあって
ラグビーワールドカップ2019が
おおいに盛り上がっていた
ちょうどそのころ、
第67回全日本吹奏楽コンクール
全国大会も開催されていた。

 中学校   2019年10月19日
 高等学校  2019年10月20日
 大学    2019年10月26日
 職場・一般 2019年10月27日

全国大会の出場校と結果、
自由曲のリストはここにある。

全国大会 中学の部
全国大会 高校の部

このリストでの注目すべきは自由曲。
コンクールの自由曲なんて
それこそ数多(あまた)ある中から
自由に選べるのに、
中学の30校中なんと7校がこの曲。

B.アッペルモント作曲
「ブリュッセル・レクイエム」


全国大会は、
吹奏楽の甲子園、とも呼ばれるように
支部の予選を勝ち抜いた
強豪校ばかりによる戦いの場だが、
そこまで勝ち上がってきた学校が
選んでいたのが
なぜか7校も揃ってこの曲、
ということになる。

 

結果を報じる新聞も「自由曲で大人気」
の見出しをつけて
以下のような記事を掲載していた。

2019年10月20日の朝日新聞の記事。
(以下水色部は記事からの引用)

A1910202bs

「ブリュッセル・レクイエム」が、
一大旋風を巻き起こしている。

初出場3団体を含む、
中学校から大学までの計11団体が選択。

自由曲としては過去最高だ。
なかでも中学校の部では
7校がこの曲を選び、
19日の晴れ舞台への切符を勝ち取った。

 

この曲、1973年生まれのベルギーの作曲家
ベルト・アッペルモント(Bert Appermont)
によって2016年に作曲された
新しい楽曲らしい。

曲は、
ベルギーの作曲家アッペルモントが、
2016年に母国で発生したテロを題材に、
犠牲者の鎮魂歌として作曲した。

フランス民謡の美しい旋律が象徴する
穏やかな日常を、テロが切り裂く。
逃げ惑う人々。
愛する人を奪われた慟哭(どうこく)。
再び平和を目指して歩き出す人々-。
そんな場面が昔でつづられる。

 

そんな新しい曲が、2018年
一気にブレークするきっかけは、
まさに吹奏楽コンクール全国大会だった。

全国大会では
昨年「初演」されたばかり。
北斗市立上磯中(北海道)や
精華女子高(福岡)など
演奏した3団体すべてが金賞という
鮮烈デビューを飾り、
一気にブレークした。

 

そもそもどんな曲なのだろう?
昨年の演奏がYouTubeにあったので
ちょっと聴いてみたい。

イチオシはこれ!
(吹奏楽に興味のある方はもちろん
 興味のない方も約8分半、
 全国大会レベルの演奏に
 ぜひ耳を傾けてみて下さい)

【演奏:精華女子高校吹奏楽部(2018年)】

正直言って、
ほんとうにびっくりしてしまった。
「ナンなんだ、この曲!」
「ナンなんだ、この演奏!」
進化しているのはラグビーだけではない。

コンクールでは演奏時間の制約があるため、
制限時間内に入るよう
各校原曲を編曲のうえ参加してきている。
なので、学校によって曲のつなぎ方と
演奏部分がすこし違う。
中学生の演奏でも聴いてみよう。

【演奏:北斗市立上磯中学吹奏楽部(2018年)】

中学校でこのレベルの演奏をされたら
いったいどんな学校が
ここに勝てるというのだろう?

「難所」の練習の回数は4桁に達した。と
記事にもあるが、どちらの演奏も、
このレベルになるまでの
練習過程を想像すると
まさに気が遠くなる。

もちろん達成できたときの
到達感も一入(ひとしお)だろうけれど。

 

曲や演奏に驚くと同時に、
この新聞記事には
すごくいい言葉がふたつあったので、
ここに残しておきたい。

ひとつ目は、北上市立上野中(岩手)教諭の
柿沢香織さんの言葉。

こちらが限界という
 壁をつくってかぎをかけなければ、
 今の中学生は
 どこまでも伸びていきます

中学生だからこの程度、
と勝手に壁を作ってしまうのは
まさに大人のほう。
チャンスと動機さえ与えれば
そしてその可能性を信じて
グングン引き上げてくれる
すぐれた指導者に恵まれれば
実は「どこまでも伸びる」のだ。

 

ふたつ目は、高岡市立芳野中(富山)教諭の
大門尚(なお)さんの言葉。

この曲を好きだからこそ
 よく練習したし、
 吹けたのだと思います。
 曲に育てていただきました

今回記事を書くために、
多くの演奏を繰り返し聴いてみたが、
知れば知るほど
単に難曲、というだけでなく
「好き」になるような
魅力に溢れている作品であることが
よくわかる。

そもそも「好き」になれなければ、
4桁回もの練習には耐えられない。

一方で「好き」になれば
まさに世界はどんどん広がっていく。
「好き」はまさに「育てて」くれるのだ。

 

最後に「ブリュッセル・レクイエム」の
ノーカット版、原曲演奏を貼っておきたい。
この曲、
原曲は金管バンドのための曲らしい。
英国の名門「The Cory Band」の演奏。

コンクール自由曲の
演奏時間内に収めるために、
曲の魅力を失うことなく
各校いかに上手にカットしているか、も
よくわかる。

ここのところ、個人的に
ヘビーローテーションとなっている
各演奏だ。
何度聴いてもそれぞれに新しい発見があり、
飽きることがない。

 

 

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2019年1月27日 (日)

エレキギターが担うもの

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エレキギターが担うもの

- 椎名林檎さんの言葉 -

 

おくればせながら
映画「ボヘミアン・ラプソディ」を
観てきた。

映画自体は、
ロックバンド「クイーン」のメンバ、
フレディ・マーキュリー
個人に焦点をあてた物語だったが、
後半にたっぷり流れた
「アフリカ難民救済」を目的とした
大規模なチャリティーコンサート
「ライブ・エイド」での
演奏シーンを観ていたら
ロックやライブについて
いろいろな思いが喚起された。

 

「ライブ・エイド」が
実際に開催されたのは1985年。
いまから34年も前だ。

CDプレーヤが世に出たのが
そのわずか3年前の1982年。
レコードからCDへの移行期の
大イベントだったことになる。

その後、隆盛を極めたCDだったが、
そのCDも
いまや殲滅の危機に瀕している。

ロック音楽そのものも、
ロックを取り巻く環境も
この34年で大きく変化した。

 

そう言えば、昨年(2018年)は、
米の老舗ギターブランドだった
「ギブソン」が経営破綻したことも
音楽雑誌では大きな話題になっていた。
若者のロック離れが、
その背景にあるのだろうか?

ニュースを受けて
多くのミュージシャンや音楽関係者が、
ギターへの思いを熱く語っていたが、
そんな中、椎名林檎さんの言葉
抜群によかった。

すてきな言葉が溢れていたので、
今日はそれを紹介したい。
(2018年5月15日の朝日新聞の記事
 以下、水色部記事からの引用)

A180515_eguitar

椎名さんがエレキギターに
最初に触れたのは中学3年生のとき。
高校では同時に8つほどのバンドを
掛け持ちしていたという。

私がエレキギターに
担ってほしい役割というのは、
当時からはっきりしていました。

「いらだち」とか「怒り」「憎しみ」…。
「やり場のない悲しみ」とか、
そんな「負の感情」の表現をするときに
登場するのがエレキギター。
ひずんだ音色、ノイズが必須です


そうすると声も共鳴して、
「エレキ声」になる。
そこに気づいていたので、
曲づくりでも「負の感情」を書くんだと
認識していました。

いまでもエレキギターはそういう役割、
もしくは「軋轢(あつれき)」役でしか
登場させていません。

もちろん近年の音楽シーンにおける
ギターそのものの存在感の変容も
椎名さんの目には入っているが、
それを認めつつも、こう言葉を繋いでいる。

でも私は、
時代が移り変わろうと廃れない、
エレキギターそのものの本来の美点を
いつも第一に考えています


それは音符に書けない表現、
あるいは楽譜に記す理屈以前の、
初期衝動」です。

エレキのプレーは
音符に表した途端に面白みを失います

音色一発の魅力ありきだから。
実際にはあらゆるタイミングが合致して、
授かりもののような音が生まれます


録音で珍しいテイクがとれて、
写譜屋さんに預けると、
肝心の箇所が「XX」と記されて
返ってきたりします。

口でいうと「ヴヲア!」みたいな
感じ
かもしれないけど、
カタカナで書くわけにもいかない。

そこにこそエレキの本質が
宿る
と思います。

であるからこそ、

生々しいボーカル
エレキギターのプレーだけは、
今後もコンピュータでは
再現できないでしょう。

 

「型」と「型破り」についても、
簡潔にポイントを突いて触れている。

幼いころからピアノや
クラシックバレエを習っており、
「型」に背中を押されてきました。
時に縛られたりしながらも、
やっていてよかった。

一方、エレキギターには、
それ以前のただの情動がある。

型を学べば学ぶほど、
「型破り」の尊さ、難しさを
思い知ります


そのはざまが面白いからこそ、
私としてのエレキギターの「型」を
提示し続ける
のかも知れません。

 

日本のバンド「SEKAI NO OWARI」の
ボーカル深瀬さんが
今時、まだギター使ってんの?
と言い放って話題になっていたのは
もう数年前だが、私個人としては、
「ロックはギターだ」と思っている。

椎名さんはその真髄を
うまく言葉にしてくれていたと思う。

打ち込みの隆盛は止めようがないし、
いわゆるヒット曲においては
ギターよりもキーボードが
活躍しているものが多い、
という現実は確かにあるが、まさに
「楽譜に書けぬ情動」の表現には
ギターがなければ・・・。

そして
「あらゆるタイミングが合致して、
 授かりもののような音が生まれ」る。

ロックに限らず、生演奏つまりライブの
再現できない魅力はまさにこの点にある。

 

 

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2018年4月29日 (日)

オーストリア旅行記 (36) シュテファン大聖堂

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オーストリア旅行記 (36) シュテファン大聖堂

- 聖堂内での夜のコンサート -

 

 

【シュテファン大聖堂】

P7179700s

市壁に守られていた旧市街にある
ゴシック様式の大聖堂。


P7179712s

旧市街の
まさにど真ん中にあるこの聖堂は、
自然史博物館や歌劇場のような
リンク通り建設に伴った
都市拡張開発によって
建てられたものではない。

完成は古く、1356年。
136メートルにおよぶ塔の建設には
65年もかかったという。

P7148785s

ハプスブルク家歴代君主の墓所でもある。

特徴あるモザイク屋根。

P7179713s

北側に回って見上げると
ちょっと見えにくいものの、
こんなところにも鷲の紋章が。

P7179716s

モーツァルトの結婚式、
そして葬儀
が行われた場所としても
知られている。

P7148786s

 

旧市街の中心地ということもあって
ひっきりなしに観光客が訪れるせいか、
聖堂前には
「観光客向けコンサート」の客引き
妙に多い。

P7148809s

皆、
モーツァルトを思わせる衣装を身に纏い、
次々と観光客に声をかけている。

何人かの客引きの話を
興味本位で聞いてみた。
私が聞いた範囲ではこんな特徴がある。

【曲目】
 夜のコンサートのプログラムは、
 モーツァルトやヨハン・シュトラウスを
 中心に超有名曲ばかり。
 クラシックファンでなくとも
 気軽に楽しめる選曲になっている。

【パフォーマンス】
 楽器による演奏だけでなく、バレエや
 オペラのアリアを一部組合せたりして
 エンターテイメント性に
 めいっぱい傾いた
 プログラムになっている。

【会場】
 どこも100-200名程度の
 小規模な公演ながら、
 会場はかなり魅力的。
 王宮の中の一部屋であったり、
 シェーンブルン宮殿の一室であったり、
 楽友協会内の小ホールであったり、
 ウィーン市内の魅力ある場所を
 フル活用している感じ。

【ドレスコード】
 会場は宮殿の一室であったりしても、
 ドレスコードはゆるゆる。
 ジーパン、スニーカでもOKと言っている。

【料金】
 定価(?)はあってないようなもの。
 「通常はコレだが、夫婦2枚なら」とか
 「同じ値段でワンランク上の席に」とか
 「お得感」を強調した提案を
 次々としてくる。
 本気で買う気ならかなり交渉できそう。

というわけで、
これはこれでエンターテイメントとして
十分楽しめそうではあった。
実際に行ったわけではないので、
肝心な演奏の質まではわからないが。

 

我々夫婦はと言えば、
こういった客引きとは全く関係のない
別な演奏会を聴きに行くことにした。

目の前、
シュテファン大聖堂内で開催される
室内楽。

【夜の演奏会前の大聖堂内】

P7148813s

ちょうどこちらの都合にハマった
一晩だけの演奏会だったとは言え、
メインの曲が
ヴィバルディの「四季」となっていたので
これもまた観光客向けのプログラムの
ひとつだったのだろう。

それでも、気分としては
「いい演奏を」というよりも、
大聖堂内で音楽がどう響くのか、
その響きの中に身を置いてみることを
最優先にしてみたかった。

音響的に言えば
残響がありすぎであろうことは
容易に想像できたが、
そういったことも承知のうえで、
現地ならではの空気感に
浸ってみたかったのだ。

【リラックスした気分で集まる聴衆】

P7148814s

実際の演奏を聴いてみて、
その思いは充分満たされた。

残響が多いとはいえ、
頭のずーっと高いところに
響きが浮遊するように残る感じは、
天井の高い大聖堂ならでは、だ。

モーツァルトの結婚式の時は
どんな響きで満ちていたのだろう、
と考えるだけでも楽しい。

ちなみに演奏のほうは、
ビオラの方がほんとうにうまかった。

小さな合いの手的旋律を
実に丁寧に演奏していて、
彼が弾くと、音楽がそこで
キュッと引き締まると同時に
グッと深まる感じもして
なんともいえず心地よかった。

やはりプロはすごい。
そしてどんな環境であれ、
生の演奏はいい。

 

 

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2018年2月18日 (日)

オーストリア旅行記 (26) ウィーン国立歌劇場(1)

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オーストリア旅行記 (26) ウィーン国立歌劇場(1)

- 2280席中「1/4」は立ち見席 -

 

次の場所を訪問する前に、
ウィーン自然史博物館ネタから
ひとつだけ、読者の皆様の協力を
仰ぎたいと思っていることがある。

ウィーン自然史博物館の
ミュージアムショップで買った絵葉書に、
これがある。

Natur4s

絵葉書には、独語・英語で一行説明があり
英語部分は
Darwin ape -
 Detail from the frieze in the dome

となっている。
「ダーウィン(の)猿
 ドームの帯状彫刻から」

中央ドームの彫刻の一部と思われるが
実物を見た記憶はない。

それなのにわざわざ写真を買った
ということは、
なにか手にしたきっかけがあったはずだ。
ショップ内で
なんらかの説明文を目にし、
それを「おもしろい」と
思ったからとか。

ところが、旅行から
半年以上も経ってしまったせいか
そのきっかけを全く思い出せない。

旅行中のメモにも何も残っていない。

ただ単に
「おもしろい構図だから買った」
ということだってもちろんあるが
どうもスッキリせず気持ち悪い。

「Darwin ape」などの言葉で
検索もしてみたのだが、
きっかけに結びつくような
解説も見つからない。
そもそもこの彫刻は
何を表したものなのだろう?
Googleの類似画像検索でも収穫なし。

ダーウィンの進化論と
どんな関係があるのだろう?

というわけで、
この彫刻や、Darwin apeについて
なにかご存知の方がいらっしゃいましたら
コメントやメール等で
ぜひ教えて下さい。
よろしくお願いします。

 

さて、話を戻して
ウィーン観光を続けることにしよう。

次は、これまたウィーンを代表する
建築物のひとつ。
ここで書いた
リンク通りの整備と共に建てられた
建築物のひとつでもある。

【ウィーン国立歌劇場】

P7158842s

訪問が7月で
オペラの季節ではなかったため、
残念ながらオペラを見ることは
できなかったのだが、
その劇場は圧倒的な存在感を放っていた。

P7158844s

公演はないものの、
バックステージを案内してくれる
ガイドツアーがあるという。
それに参加してみることにした。

P7158849s

ガイドツアーは、ドイツ語以外にも
時間を選べば、
英語、イタリア語、日本語など
各言語で案内してもらうことができる。
日本語があるのはほんとうにうれしい。

集合場所に行くと
言語の書かれたプラカードが立っており、
言語別の集団ができていた。

今回、
日本語ガイドを担当してくれたのは、
流暢な日本語を操る現地の女性。

「ガイドツアー中の写真撮影は、
 フラッシュも含めてOKです」
とのうれしいコメントからスタート。

メモと写真を取りながらの
楽しい劇場内ツアーが始まった。

 

まずは、観客席側。
通常通り劇場に入り、
舞台を正面に見ながら
その歴史と概要を聞く。

舞台には豪華な緞帳がおりている。

P7158897s

この劇場は、
1869年に6年の歳月をかけて完成。
当初は宮廷歌劇場だった。

こけら落としの演目は
モーツァルトの「ドン・ジョバンニ」。
日本では
ちょうど明治が始まったころ
のことだ。

観客席側はこんな感じ。
5層のボックス席が美しい。
真ん中に見えるのが、
かつては皇帝も使っていたロイヤルボックス。

P7158889s

完成から76年後の1945年、
第二次世界大戦の空襲は
この劇場にも大きな被害をもたらす。
ごく一部を残すだけ、という大破。
3月12日のこと。

東京大空襲の日付を思うと
東京もここウィーンもまさに同じ頃、
空からの襲撃により
大きな被害を受けていたことになる。

その後、
外観はオリジナル通りに復元
内装のほうは50年代の好みを反映し
作り直された。

修復完成は1955年11月、
カール・ベームの指揮による
ベートーヴェンの「フィデリオ」が
修復完成記念の演目。

天井と照明はこんな感じ。
ワイングラスで有名な
ロブマイヤー製のシャンデリアらしい。

P7158896s

座席数は「1709」、
立ち見席は「567」、
合わせて約2280名が
オペラ/バレエを楽しむことができる。

立ち見席の比率にビックリ!
全体の1/4が立ち見席とは!

「シーズン中、
 高い席は日本円で2~3万円程度です」

この雰囲気の中、
ハイレベルな演奏が保証されて
「高い席で2~3万円」の説明に
話を聞いていた人たちが、
ちょっとどよめく。
「えっ、それなら安いじゃない」
のつぶやきがきこえる。

日本で有名オペラの来日公演を
聴くことと比較しているのであろう。
試しに、2017年バイエルン国立歌劇場の
来日公演の値段を見てみると
NHKホールのS席で6万5千円になっていた。

「立ち見席であれば 
 3ユーロから4ユーロ、
 つまり500円、600円程度で
 観ることができます。
 
 ただし、
 立ち見席は前売りがないため、
 公演80分前の売出しに
 並ぶ必要があります」

「立ち見席の数百円」にも
驚きの声がもれる。

P7158898s

「7月の今はオーケストラメンバは
 ザルツブルク音楽祭に忙しく、
 多くはウィーンにいないのです」

シーズンは9月から翌年6月末まで。
年間約300回の
オペラまたはバレエの公演がある。
基本的に毎日演目が変わる

「毎日!?」
そりゃ、裏方も忙しいことだろう。
裏方は2チームで
18時間体制でサポートしているとのこと。

この劇場では、
オペラまたはバレエの公演しかやらない
ミュージカルや演劇の公演はなし。
唯一の例外が、
ヨハン・シュトラウスの
オペレッタ「こうもり」。

 

劇場ツアーはまだまだ続く。

 

 

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2017年3月26日 (日)

Kaleidoscope (万華鏡)

(全体の目次はこちら


Kaleidoscope (万華鏡)

- タワーレコード渋谷店で -

 

東京渋谷の大型CD店「HMV」が
閉店したのは2010年だったが、
渋谷に限らず大型のCD店は、東京ですら
ほんとうに数が少なくなってしまった。

そんな中、
なんとか踏ん張ってくれているのが、
「タワーレコード渋谷店」
"No Music, No Life"を
キャッチコピーにしている
黄色が印象的なあのビルだ。

ビルに入ると、1階から7階まで
CDを中心に音楽関連グッズがぎっしり。
関連書籍も幅広く揃っている。

推薦盤の試聴コーナも充実しているので、
時間の余裕があるときに、
手書きのPOP広告を読みながら
試聴コーナをゆっくり回るのは
ほんとうに楽しい。

ネットの検索とは違う
意外な出遭いがあることが
(CDに限らず)
リアルな店の大きな魅力だ。

試聴コーナのヘッドフォンを通じて、
実際の演奏も思う存分
確認することができるし。

 

先日、7階のクラシック音楽のフロアで
かなり魅力的な2枚のCDに出遭ったので、
今日はそれを紹介したい。

新譜というわけではないので、
すでにご存知の方も多いと思うが、
寡聞にして私自身は、この2月に
試聴コーナにて初めて知った新録音だ。

(1) Tchaikovsky:Violin Concerto
  ヴァイオリン:コパチンスカヤ
  指揮:クルレンツィス
  オーケストラ:ムジカエテルナ

  チャイコフスキー作曲:
   ヴァイオリン協奏曲
  ストラヴィンスキー作曲:
   バレエ・カンタータ「結婚」

 

(2) カレイドスコープ(kaleidoscope)
  ピアノ:カティア・ブニアティシヴィリ

  ムソルグスキー作曲:展覧会の絵
  ラヴェル作曲:ラ・ヴァルス
  ストラヴィンスキー作曲:
   『ペトルーシュカ』からの3楽章


(1)は、
モルドバ出身のヴァイオリニスト
パトリツィア・コパチンスカヤ 1977年生。

(2)は、
グルジア(現ジョージア)出身のピアニスト
カティア・ブニアティシヴィリ 1987年生。

30代、20代の瑞々しい演奏だ。

おふたりとも、超有名曲を舞台に、
奔放に踊るダンサーのようで
まさに目が離せない。

初めて聴いたときは、
「ここまで自由に演奏しちゃって、
 いったいこの先、どうなるのだろう?」
と思わず試聴コーナのヘッドフォンを
外せなくなってしまった。

コパチンスカヤは、
意図的とも思える濁った音も入れて
挑戦的に迫ってくるし、
ブニアティシヴィリのテンポの取り方、
響きの作り方は、新鮮なだけでなく美しい。

とにかくどちらも
過去の演奏に縛られていない
その自由さが眩しい。

その後、家でのCDではもちろん、
持ち歩いている
ポータブルオーディオプレーヤででも
ここひと月ほどは
繰返し繰返し聞いているのだが、
何度聞いても飽きることがない。

録音も秀逸。

それにしても後者、
アルバム・タイトルに
カレイドスコープ(kaleidoscope)とは、
うまい名前をつけたものだ。

日本語で「万華鏡」。
ラヴェル、ストラヴィンスキーも含めて、
まさに、
万華鏡のような演奏が展開されている。

私が偶然一緒に知ったというだけで
直接は何のつながりもない2枚のCDだが、
どちらも「万華鏡」という言葉がピッタリだ。

ここのところクラシック音楽の世界で
活躍が目覚ましい
コパチンスカヤとブニアティシヴィリ。
YouTubeでも少し覗いてみよう。

 

(AA) パトリツィア・コパチンスカヤ
まずは、(1)を
ソニー自身がUpしている音で、どうぞ。
4分35秒のダイジェスト版。
下の図またはここをクリックすると
YouTubeで聴くことができる。

Kopatchin1

CDのライナーノーツには

「実は、私にとって
 チャイコフスキーの
 ヴァイオリン協奏曲は
 長いこと無縁の作品でした。

 私の耳には、今のこの時代と
 関連のある音楽とは
 聴こえなかったからです。

 練習熱心なピアニストによって
 必要以上にかみくだかれ、
 指の器用さの訓練用として濫用され、
 コンクールでも粗製濫造されています。

 愚鈍なヴァイオリニズム、
 というのが私の抱いた印象でした」

とのコパチンスカヤ自身の
かなり激しい言葉が載っているが、
その曲が彼女によってどうなったのか。
それに立ち会うことができる。

なお、CDの演奏は、
ガット弦を使った弦楽器と
作曲当時の管楽器によって行われている。

 

コパチンスカヤの演奏では、
これも外せない。
ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。
彼女自身が編曲したという
驚きのカデンツァは、19:48あたりから。

最後まで見れば、
噂通り裸足で演奏していることも
確認できる。

このカデンツァを含めて
CDでちゃんと聴いてみたいという方は
2009年暮れに発売された下のCDでどうぞ。

 

たった3分の演奏ながら、
聴衆はもちろん共演者までも、
みごとなまでに彼女に引き込まれている
こんな動画もある。

 

(BB) カティア・ブニアティシヴィリ
こちらはライブ版。
曲はCDと同じ「展覧会の絵」

 

森の中で弾く
バッハのカンタータから始まる
こんな素敵な動画もある。
下の図またはここをクリックすると
YouTubeで聴くことができる。

Khatia1

この雰囲気がお気に召すようであれば
これがお薦め。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

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