ワイングラスにワインは 1/3 だけれど
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ワイングラスにワインは 1/3 だけれど
- 『道具のブツリ』 -
「長い年月をかけて
人の英知が集まってできた道具は、
みごとにブツリの理に
かなっていることをお伝えしたい」
との熱い思いで物理の先生が書いた
田中幸, 結城千代子 (著)
道具のブツリ
雷鳥社
(書名または表紙画像をクリックすると
別タブでAmazon該当ページに。
以下、水色部は本からの引用)
は、日常よく目にする道具に関わる
ブツリの話をだれにでも理解できるよう
わかりやすく解説してくれている。
単行本としては見たこともないような
変形版だし、それに合わせての製本も
凝ったものだが、
大塚文香さんのやさしいイラストが
あふれていて、本全体の印象としては
ブツリの本っぽくない(?)
ソフトなトーンでまとまっている。
著者のおふたりは大学の同級生とか。
その中での、ワイングラスの説明に
たいへん印象深い記述があったので
今日はその部分を紹介したい。
キリスト教の聖餐餐式では、
ワインは銀やガラスの器に
注がれていました。
現在のレストランで見かけるような、
ふくらみのあるボウルと
足がついたワイングラスが
登場したのは、
20世紀後半になってからのこと。
この形は、ブドウの品種や産地、
醸造方法により
味や香りが大きく異なるワインの特徴を
引きだせるようにと
オーストリアのリーデル社が
設計したものです。
20世紀後半、
足のついたワイングラスの歴史は
意外に浅いもののようだ。
20世紀ごろまで味覚はそれぞれ、
甘みは舌先、酸味は舌の両脇、
苦みは舌根で感じられると考えられ、
ワイングラスもこれを意識して
デザインされました。
苦みが特徴の円熟した赤ワインは
大ぶりのボルドー型ワイングラスに、
酸味が特徴の赤ワインは
口のすぼまった
ブルゴーニュ型ワイングラスに、
がよいとされたのは、
グラスのふくらみで流速を変えることで
味覚を感じやすいとされていた舌の部位に
適した味がよく流れ込むように、
グラスがデザインされていたかららしい。
ところが、ところが、
舌や口内奥に分布する
「味蕾」と呼ばれる小さな器官が
五味を感じていることが判明しました。
つまり、酸味や甘味などの
それぞれの味覚は
舌の特定の部分で感じられるのではなく、
舌の全領域ですべての味を
感じていたことが分かってきたのです。
というわけで、味覚の研究が進むにつれて
当初のグラスに込められた狙いが
十分発揮されているのか、
疑問が生じてきている部分もあるようだが、
これもまた、
道具の一歴史としておもしろい。
ワインで味とともに
忘れてはならないのは香り。
こちらももちろんグラスの形が
大きく関わってくる。
ボウルのふくらみが小さければ、
先に揮発する成分と
遅れて揮発する成分で
香りに段階が生まれて、
花や果実のような香りから
アルコールの香りというように
香りの変化を楽しむことができます。
ブルゴーニュ型のように
ボウルのふくらみが大きく
口がすぼまったグラスは、
ワインの表面の揮発量に対し
グラスの口径が小さいので
先に揮発した香りが滞留しやすく、
グラス内で異なる成分が
混じり合います。
これによって複雑な香りを
堪能できるのです。
で、今日紹介したかった記述は
以下の部分。
グラスの3分の1程度が
望ましいといわれていますが、
それは残りの空間を
ワインから揮発した香りで
満たすためなのだそうです。
(中略)
目に見えないけれども、
ワイングラスには
「ワインの成分」が
グラスいっぱいに
湛えられているのです。
ワインが 1/3 入ったグラスは、
1/3 しか入っていないのではなく、
1/3 がワインで
2/3 がワインの香りで
満たされていると。
ブツリの視点は、
目には見えないこういう豊かさにも
気付かせてくれる。
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