食・文化

2019年1月 6日 (日)

初めての中国・上海 (6)

(全体の目次はこちら


初めての中国・上海 (6)

- 見下ろす景色と豫園と -

 

すでに6日も経ってしまいましたが、
あけましておめでとうございます。

=========
安倍首相、
新元号は「4月1日公表」と正式発表
=========
なる見出しが「産経ニュース」で流れ、
それに対して
「えっ! 新元号って
 『4月1日公表』っていう名前に
 なったっていうこと?」
と白々しい誤解のコメントで
ツイッターが盛り上がるのは
そんなにきらいじゃぁないのですが
その中に、
「読み方は、
 『わたぬききみひら』でしょ」
なるコメントがあって
さらに気に入りました。

四月一日になると
綿の入っている着物を脱いで
あわせの着物になる事から
四月一日(四月朔日)を
『わたぬき』と読むのだとか。

世界はいろいろなところから
広がるものです。

とまぁ、
自分自身への備忘録を兼ねた
ブログではありますが、
気ままに続けていきたいと
思っていますので、
今後ともどうぞよろしくお願いします。

皆様にとって素敵な一年となりますよう。

***************

というわけで(?)
前回に引き続き、
2018年11月、出張で行った
中国・上海で印象に残ったことを
写真を添えて紹介したい。
今日はその最終回。

 

仕事が終わって日本に帰る土曜日。
飛行機の出発時間までの半日、
上海観光をしようと思っていた。

すると、私が「上海は初めて」、
と言っていたせいか、
訪問先の会社の方のおひとりが
気を遣って下さり、
休日にもかかわらず、
「案内しますよ」
と言って来て下さった。

初めての国であっても、
自分であれやこれや悩みながら
観光することはちっとも苦ではなかったし、
自分ペースで回れるほうが
気が楽だと思っていたし、
なにより相手のお休みの日を
私のために使わせてしまうのは
申し訳なかったので、
一旦は丁寧にお断りした。

ところが、金曜日
私の固辞を忘れたかのように
「明日はどこに行きたい?」
とかなり積極的。
熱意におされて
今回は厚意に甘えることにした。

現地中国人による英語のガイド付き
半日ツアー、贅沢な時間だ。
こうなれば、逆に任せてしまおう。

土曜日の朝、
ホテルまで来てくれた彼が
最初に「行こう!」と
連れて行ってくれたのは、
黄浦江という川の東側「浦東エリア」。

高層ビルが多い地域の中でも、
特に目立っているビルのひとつ。
ここに上って、まずは上から眺めよう、
ということになった。

Pb032369s

展望台があるような高い塔やビルは
他にいくつもあるのに、
「ここは日本の森ビルが作ったンですよ。
 エレベータも東芝のもので
 すごく静かで速いンです」
と日本人が少しでも喜びそうな
日本に関連の深いビルを選んでくれる
その心遣いがうれしい。

91階のレストランを目指す。

Pb032334s

「上海環球金融中心」
2008年に日本の森ビルが
15年の歳月をかけて完成させた。
高さは494mもある。
日本一の「あべのハルカス」でも300mだ。

91階からの眺め。
正面の赤い玉を持つ塔は、
上海のシンボルタワー
「東方明珠塔」高さ462m。

Pb032340s

下の写真右側の高層ビルは
「金茂大厦88層観光庁」
高さ420.5m、88階建ての高層ビル

Pb032348s

前夜、金曜日の夜
こんなふうにライトアップされていた

Pb022267ss

対岸のバンドエリアも
全景がよく見渡せる。

Pb032363s

川沿いのビルをライトアップすることは、
regulationで決まっているらしい。
照明の電気代も
税金で払われているのだとか。

79階から94階には5つ星のホテル
「パークハイアット上海」が入っている。
なんて高いところにあるホテルなんだ。
(値段も高いらしいけれど)

ここは、ホテルの朝食にも
使われているレストランゆえ
景色だけでなく雰囲気もいい。

Pb032364s

 

降りてくると、すぐとなりには
2016年に完成したばかりの
「上海中心(上海タワー)」。
高さはなんと632m!!
もう一度書く、
日本一の「あべのハルカス」でも300mだ。

Pb032367s

 

91階から頭部が見えていた
金茂大厦88層観光庁も
下から見るとこんな感じ。
竹をモチーフにした外観らしいが、
言われてみるとわからなくもない。

Pb032368s

 

近代的な超高層ビル群を
見たあとは、
川の対岸、
「豫園(よえん)」に向かった。

Pb032380s

豫園は
江南古典庭園の名園と称されるところだが、
まわりは豫園商城と呼ばれる
土産物屋が並ぶ
一大観光スポットとなっている。

Pb032384s

Pb032388s

 

まずはチケットを買って
豫園(よえん)見学。

Pb032395s

入り口の門は小さいが、
見上げると石の彫刻がすごい。

Pb032402s

Pb032396s

 

漸入佳境と呼ばれる遊廊。

Pb032409s

 

仰山堂からの庭の眺め。

Pb032406s

 

仰山堂は1866年に創建された。

Pb032413s

 

足元を見ると、
敷き詰められた石の模様が
エリアによって違っていておもしろい。

Pb032416s

Pb032422s

 

くり抜き門が随所に見られる。

Pb032423s

 

石の配置に特徴のある庭園

Pb032429s

 

瓦にも細部まで手の込んだ施しが。

Pb032432s

 

屋根も独特な形状をしている。

Pb032439s

 

「龍壁」と呼ばれる塀。

Pb032448s

Pb032453s

思わず写真を撮りたくなるが、
同行の中国人によると
再建時に観光用に作られたもので
もともと古くからあったものではない、
とのこと。


ガジュマルで作られた家具や彫刻のある
建物もある。

Pb032455s

 

池や遊廊との組合せも絶妙。

Pb032463s

 

内園と呼ばれる
7m四方の舞台を囲む空間。

Pb032486s

 

窓の格子も細かくて美しい。

Pb032487s

 

豫園を出ると、
同じトーンで作られた
巨大な土産物屋が目の前に迫ってくる。

Pb032491s

 

豫園の外ながら、隣接して建つ
「上海緑波廊酒楼」。
中国十大レストランの1つに名を連ねる
上海料理の名店だ。

Pb032500s

ちょうど季節ということもあり、
ここで有名な「上海蟹」を
食べることにした。

昼食時は予約ができないらしく、
受付で名前を登録して順番を待つ。
もちろんお知らせはスマホに来る。
なので、入り口付近でじっと待たずに
近くの土産物店をウロウロしながら
待つことができるのだが、
土曜日の昼時、園周辺は観光客で大混雑。
呼ばれてもサクサクと移動できないので、
ついつい入口付近で待つ人が多くなる。

ここで待っているとき、同行の中国人が
おもしろいことを言った。

「このお店は、
 観光地のベストロケーションにあるので
 観光客でいつも溢れかえっている。

 レストランの名店としても
 よく知られていて、
 大統領や王様級のお客様も来る。

 つまり商売としては大繁盛なのだが、
 お店はgovernmentがやっている。
 なので、お客様で大賑わいなのに、
 店員にはお客への笑顔がないンだ。
 見ててみて。
 笑わないから」

思わずその視点で店員を見てしまう。
なるほど、キビキビと動き、
事務的に忙しそうに働いてはいるが、
愛想笑いも含めて笑顔がない。

忙しくて機嫌が悪い、
というわけではないようだ。

笑顔がなくても、
対応自体が悪いわけではない。

上海蟹を頼むと、調理前の
数杯の蟹をザルに入れて持ってきて
「選べ」と言う。

もちろん私には選べないので、
同行の中国人に頼んでしまった。

「どこを見て選ぶの?」

会話が弾む。
2杯決定!

Pb032505s

しばらく待つと、
この状態で目の前に再登場。

Pb032514s

食べ方(解体の仕方)を
教わりながら初上海蟹。

Pb032516s

蟹を食べると皆静かになってしまうのは
洋の東西、というか国を問わないようだ。
手も汚れてしまったので
以降写真なし。
独特な甘みもあって
ほんとうにおいしい蟹だった。

 

Pb032519s

半日ではあったが、
ガイド付きの贅沢な観光終了。

丁寧に礼を言い、空港に向かった。

もし、彼が日本に来た時は、
ぜひともこの御礼をしたいと思うのだが、
さて、半日あったとして、
東京ならどこに案内しよう?

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2018年12月23日 (日)

初めての中国・上海 (4)

(全体の目次はこちら


初めての中国・上海 (4)

- ひとりで飲むな -

 

前回に引き続き、
2018年11月、出張で行った
中国・上海で印象に残ったことを
写真を添えて紹介したい。

 

【ひとりで飲むな】
日本からの訪問者は私ひとりだったが、
訪問先の会社の方が親睦会を兼ねた
夕食の機会を作ってくださった。

「中国の宴会は、
 白酒(パイチュウ)などで
 相当呑まされる」

と聞いていたので、
かなり覚悟していたのだが、
技術屋が中心のメンバだったせいか
お行儀のいい、なごやかな宴会だった。
営業の会だとこうはいかない、と
中国人自身が言っていたので、
業種によっては
雰囲気が大きく違うのかもしれない。


Pb012158s

「日本との違い」で目についたものを。

まず箸。
縦方向に二膳置いてある。
洋食のナイフ・フォークのように
外側から使うのだろうか?

聞いてみると、
外側の一膳が取り箸で、
内側の一膳は自分用、とのこと。

取り箸を大皿ごとにつけないという発想。
なるほど。

間違えないように、
見た目がかなり違ったトーンの
二組になっているが、
よく見ていると、ちゃんと守られていたのは
宴会の最初のころのみだった。
途中からはもう、中国人も皆
どっちがどっちだか、という感じ。

あまり神経質に
気にして使っているわけではないようだ。

ちなみに、
「日本では箸を置くとき
 横方向に置くのはどうしてか?」
と質問されたが、答えられなかった。

箸を置く角度が90度違うことは
中国と日本の違いのひとつと
認識されているようだ。

Pb012159s

 

グラスを合わせた
いわゆる「乾杯」を皆でしたあと、

食事をしていると、
「**さん、謝謝(シエシエ)」
とか言いながら、グラスをもった人が
次から次へとやってくる。

お互いグラスを持ち上げて、
顔を合わせてニコッ、
その後、酒を口に運ぶ。

この「グラスの挨拶」が、
中国人同士の間でも
あちこちで行われている。

「これってどういう習慣?」
と聞くと
「Don't drink alone.」だって。
つまり
「ひとりで飲むな」
が基本型らしい。

たとえ自分のグラスの酒を飲むときでも、
勝手にグラスを取ってひとりで飲まず、
必ず誰かにひと言「グラスの挨拶」をし、
誘って飲むようにせよ、
ということのようだ。

また、「乾杯」と言うと
まさに飲み干さなければならないらしく、
お行儀のいいこの宴会では
あまり「乾杯」の声は聞かれなかった。

ちょっと面倒なようだが、
「**さん、謝謝(シエシエ)」は
気軽に声をかけるきっかけになるし
まさにひとりで飲むことはなくなるし
悪くない。

 

【ビル全体ディスプレイ】
日本で見たことはないが、
ビル全体がディプレイとなっているビルを
いくつも見た。

Pb012176s

表示が常に動いているので
写真で美しい瞬間をとらえるのは難しいが
文字表示だけでなく
かなり遊び心もある演出になっている。

Pb022264s

いずれにせよ、夜のみとはいえ
インパクトはかなり大きい。

Pb022269s

動画でもお見せしたいと
YouTubeをちょっと探していたら
上海ではないものの
同じ中国・深センのビル全体ディスプレイの
すごい動画があったので、
参考までに貼っておきたい。

ビル全体どころか、
街中のビルがシンクロしている。

近未来映画のシーンを見ているよう。
「いゃいゃ、これはCGでしょ」
と言ってしまいそうな
オジさん感覚が情けない。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2018年10月28日 (日)

オーストリア旅行記 (62) ホイリゲ(新酒ワイン居酒屋)

(全体の目次はこちら


オーストリア旅行記 (62) ホイリゲ(新酒ワイン居酒屋)

- ベートーヴェンの散歩道もいっしょに -

 

Heurige(ホイリゲ)とは、
今年の」という意味。
今年できた新しいワインを指すと同時に
ホイリゲを飲ませる酒場
ホイリゲと呼ばれているようだ。

ウィーン郊外の
Grinzing(グリツィング)
Heiligenstadt(ハイリゲンシュタット)
とよばれるエリアに
ホイリゲが多いというので
路面電車でグリツィングに行ってみた。

ウィーン市街から30分弱。
バスのように細かく停車しながら行くので
決して速くはないし、
移動距離自体もたいしたことはないと
思うのだが、それでも車窓の景色は、
どんどん変化していく。

P7169467s

終点となっているグリツィングは
落ち着いた静かな街だった。

居酒屋が並ぶ賑やかな通り、
といった雰囲気は全くない。
ウィーン市街地の喧騒から
そう遠くない位置にいるのが
ウソのよう。

P7169470s

石畳の小さな脇道も
ちょっと物語を感じさせる。

P7169468s

 

ホイリゲつまり
「新酒ワイン居酒屋」の
一軒に入ってみた。
バッハヘングル(Bach-Hengl)

P7169474s

外が気持ちよさそうだったので
緑の多い屋外席に。

子連れの家族もいる。

P7169475s

頼んだのはいろいろ味わえる
「肉料理の組合せプレート」。
例によってすごいボリュームだ。

P7169484s

酒のほうは、
ホイリゲの名前の通り
今年の(?)白ワイン。
飲んでみると
確かに味が「若い」。

P7169476s

ガイドブック等には、
「ジョッキで出てくる」と
書かれていることが多いのだが、
注文の仕方が間違っていたのか、
ここのお店がそうなのか
ワイングラスで出てきた。

なお、ホイリゲでは、
Gespritzter(ゲシュプリツター)と呼ばれる
なんとワインを炭酸水で、
しかも1対1の割合で割った飲み方

あるというので頼んでみた。

すると
ワインと一緒にこんな炭酸水がでてきた。

P7169477s

沸騰しているお湯でも
見たことがないほどの泡、泡、泡。
いったいどうすればこんな強烈な
炭酸水を作ることができるのだろう。

それでなくても「若い」ワインを
炭酸水で割ってしまうので、
まさにガブガブ飲めてしまう。

 

しばらくすると、
バイオリンとアコーディオンの
陽気な生演奏が始まった。

P7169478s

ホイリゲで奏でられる昔ながらの曲は、
「シュランメル」と呼ばれている。
19世紀末にシュランメル兄弟が演奏して
ウィーン中に広まった大衆音楽。

民謡風であったり、
ワルツ(舞曲)風であったり、
ハンガリー風であったり、と
酒場に合う曲が多いが、
ちょっとメランコリックな部分もあって
そこに独特な味がある。

P7169480s

演奏は各テーブルを回り
リクエストにも応えている。

雰囲気だけ貼っておこう。

 

大人の会話(?)で盛り上がっている
テーブルもある。
なんともいい雰囲気だ。

P7169485s

なお、このお店、
有名店なのか
各国著名人が訪問した際の写真で
店内の壁一面が埋め尽くされていた。

P7169488s

ブッシュやらプーチンやら
大統領級もゴロゴロいる。

P7169490s

 

食事のあとは、
お屋敷と呼びたくなるような

P7169495s

大きな家が並んでいる
高級住宅地(?)を通りを抜けて

P7169496s

「ベートーヴェンがよく散歩した」
という道まで行ってみた。

道に沿って
今は小さな公園もあり
緑豊かな中、子どもたちは
バスケットボールを楽しんでいた。
「ベートーヴェンパーク」!?

P7169500s

公園内には銅像もある。

P7169501s

付近には、
ベートーヴェンが第九を書いたり
遺書を書いたことで知られる家まであり
ベートーヴェンゆかりの地として
小さな案内板も出ている。

P7169503s

この道を散歩しながら
交響曲第6番「田園」を書いたと聞くと
後ろに手を回して、うつむき加減に
ゆっくり歩いてみたくなる。

P7169504s

訪問した時間が遅かったため
暗くなってきてしまい
「日没タイムアウト」という
感じになってしまったが、
緑豊かな雰囲気だけは
十分感じ取ることができた。

楽しい居酒屋と豊かな緑、
そういう空気の中で、
「田園」が生まれ、
「合唱付き」が生まれたのだ。

 

十月革命から逃れるために
家族とともに米国に亡命した
ロシアの作曲家ラフマニノフは
その後5年以上にもわたって
作曲することができなかった。

その理由を聞かれて
こう言ったという。

「どうやって作曲するのですか?
 私はもう何年ものあいだ、
 (懐かしい故国ロシアの)
 ライ麦畑のささやきも
 白樺のざわめきも
 聞いていないのですから…」

(詳しくはここを参照下さい)
作曲には「環境」が必要なのだ。

ベートーヴェンが感じた風と緑が
そのままここにある。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2018年9月16日 (日)

オーストリア旅行記 (56) ウィーン会議とフランス料理

(全体の目次はこちら


オーストリア旅行記 (56) ウィーン会議とフランス料理

- 胃袋を掴め -

 

マリア・テレジアの 初回
スペイン乗馬学校を紹介した。

王宮内にある室内馬場は、
「馬場」とはいえ
2層のバルコニー席で囲まれた
シャンデリアの下がる
優雅な空間だ。

P7179571s

ここを「馬場」ではなく、
別な用途に使っていた時期がある。

フランス革命とナポレオン戦争という
ヨーロッパ大混乱ののち、
秩序の再建と領土分割を目的として
開催されたウィーン会議(1814-1815)

この長い会議の期間中、
舞踏会場として使われたのが、
この室内馬場だ。

有名な
「会議は踊る、されど進まず」
と言われたまさに「踊る」の会場。

このウィーン会議、

青木ゆり子 (著)
日本の洋食:
洋食から紐解く日本の歴史と文化
(シリーズ・ニッポン再発見)
ミネルヴァ書房

(以下水色部、本からの引用)

を読んでいたら
フランス料理との関係
たいへん興味深い記述があった。

街歩きの際に撮ったスナップ写真を
挿絵代わりに挿入しながら、
今日は料理の話を紹介したい。

P7179711s

 

最初に簡単に、
フランスとフランス料理の関係を
見ておこう。

フランス料理と呼ばれる今の料理は
フランスの伝統的な料理
というわけではない。

【イタリアからやってきた
 フランス料理】

フランス料理は現在、
ヨーロッパをはじめ、
日本を含む世界中の多くの国で
外交儀礼の際の正餐
として
採用されています。

しかし、
16世紀までのフランスは
貴族でさえ手づかみで
がつがつと食事するような
野暮なマナーしかない国でした。

ナイフ・フォークを使った食事など
洗練された食事作法が
取り入れられたのは、
国王アンリ2世のもとに
イタリアから嫁いだ
カトリーヌ・ド・メディシスと
その専属料理人が
フランス王室に
やってきてからの
ことです。

P7159108s

 

そんな
フランスの王宮でのみ供されていた
特別な料理が
フランスの街の中に広がっていくのには
歴史的な「あのできごと」が
大きなきっかけになった。

【料理が広がるきっかけ】

その後、1789年に勃発した
フランス革命によって
王宮を追われた料理人たちが
街に出てレストランを開き

フランス料理は
18世紀から19世紀にかけて
彼らの活躍で
その質がめざましく向上しました。

P7179605s

 

フランス革命による
「王宮を追われた料理人たち」によって
フランスの街に広がり始めた
「フランス料理」。

そして1815年、
ウィーン会議が開催される。

【ウィーン会議】

フランス料理が∃-ロッパで一躍、
脚光を浴びる出来事が起こりました


1815年から1816年にかけて
オーストリア帝国の首都
ウィーンで開催された
「ウィーン会議」です。

 フランス革命後に
軍事独裁政権を樹立した
ナポレオン・ボナパルトは、
ナポレオン戦争によって
一時期∃-ロッパ大陸の
ほとんどを征服しましたが、
結局、失敗して失脚。

その結果
ヨーロッパの国境はスタズタになり、
戦後処理を話し合うために

フランスと、
∃-ロッパ列強国だったイギリスや
ロシア、プロイセン、
オーストリアらの代表が
集ったのが
この国際会議の目的でした。

P7159110s

 

約1年におよぶ会議の期間中、
フランスの外交官の
お抱え料理人が大活躍する。

【敗戦国の宴会戦術】

フランスからは外交官
シャルル・モーリス・ド・
タレーラン・べリゴールが出席し、
会議期間中にしばしばお抱え料理人の
アントナン・カレームの手による
夕食会を開催
して各国の有力者を
もてなしました。

カレームは貧民街で育ち、
パリの菓子店で働いているところを
美食家のタレーランに
腕を見込まれた人で、
その卓越した料理は客人を魅了。

「会議は踊る、されど進まず」
といわれ、
各国の思惑が飛び交いながら
1年にもわたって続いた
ウィーン会議ですが、
この宴会戦術を使った
タレーランの巧みな外交によって、
フランスは
敗戦国の立場だったにもかかわらず、
戦勝国に要求を呑ませることができた

というエピソードが残っています。

P7158944s

 

具体的に、料理の力が
単独でどれほどのものであったのかは
もちろん明確にしようがないが、
たいへん興味深いエピソードだ。

まさに胃袋を掴まれた、ということだろう。

いずにせよ、
主要国の代表が集まっている以上
その影響力は計り知れない。

実際、料理人カレームは、その後

ロシア帝国のアレクサンドル1世や
イギリス王室のジョージ4世らの
依頼を受けて料理人を務め、
フランス料理が西洋料理を
代表する存在
に導いたのです。

P7159103s

フランス料理が世界に広がり、
そして、世界中の多くの国で
外交儀礼の際の正餐になっていく背景には
こんなきっかけがあったのだ。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2018年6月17日 (日)

オーストリア旅行記 (43) 銀器コレクション

(全体の目次はこちら


オーストリア旅行記 (43) 銀器コレクション

- 33mのセンターピース -

 

旧王宮の中、

* 「宮廷銀器コレクション」
* 「シシィ博物館」
* 「皇帝の部屋」&「皇妃シシィの住居」

の3つのエリアは
見学順路として繋がっており、
続けてみることができる。

このうち、写真撮影OKなのは
「宮廷銀器コレクション」のみ。

【宮廷銀器コレクション】

P7158867s

行ってみて驚くのは、
新王宮内の「古楽器博物館
などと違って、こちらは人、人、人。
ツアーや団体客も含めて、
観光客の大メインルートとなっている。

チケットを購入すると、
日本語も選べるオーディオガイドを
全員に貸し出してくれるので、
時間に余裕があれば、
一点一点ガイドを聞きながら
丁寧に回ることができる。

もちろん「銀」だけではない。

P7158869s

そう言えば、
ここのオーディオガイドは
いわゆる受話器タイプ
本体を片手に持ち、
耳に当てながら音を聞く、
電話しているときのスタイル。

本体には首から下げて持ち歩けるよう
ネック・ストラップがついているが、
音を聞くときは、耳に当てるしかない。

ところが、このスタイルでは、
片耳、片手がふさがってしまうため、
メモを取ったり、
写真を撮ったりが
きわめてやりにくい。

なんとかならないものだろうか?

本体をよく見ると
3.5mmのイヤホンジャックがある。
思わず
いつも持ち歩いているWalkmanの
イヤホンを抜いて挿してみた。

完璧だ!
首からぶら下がっている本体から
イヤホンを通じて音が聞こえる。
このとき、両手は完全にフリー!

写真もメモも音を聞きながら
自由自在にできる。

ここでは、
Myイヤホンの機内持ち込みを推奨したが、
Myイヤホンは、
博物館のオーディオガイドでも役に立つ


見学の際は、お薦め。
写真を撮ったりメモを取ったりしたい方
ぜひお忘れなく。

 

P7158867s

さて、展示の内容。

ハプスブルク家歴代の銀器と
金器(?)の量はすさまじく
最初はその量に驚くものの
途中からある種の感覚が
完全に麻痺してくる。


P7158866s

銀器・金器だけでなく
陶磁器ももちろん大量にあり
ヨーロッパの名窯で作られたものが並ぶ。

銀器にも陶磁器にも
双頭の鷲の紋章が。

P7158865s

P7158873s

P7158865ss

クリスタルガラスは、
ロブマイヤーのものが多い。

P7158862s

P7158864s

数ある食器・調度品の中でも、
食卓を飾る豪華なセンターピースは
ひときわ目をひく。

【古いフランス風センターピース】

P7158876s

ブロンズに金メッキされている。
1838年くらいのもの。

P7158874s

いったいどれほどの金が
使われているのだろう。

P7158878s

帰るときに寄った
ミュージアムショップには
日本語のこんなガイドブックが
あったので購入してみた。

Ginnki1

この中に、
シェーンブルン宮殿大広間の祝宴で
センターピースが
実際に使われている時の絵がある。

Ginnki2

なるほど、これほど大きなテーブルを
飾る必要があるわけだ。

19世紀前半にミラノで作られた
センターピースは33mにもおよぶ。

P7158870s

そう言えば、
上のガイドブックに、
「磁器」と「貴金属食器」の関係について
こんな興味深い記述があった。
ちょっと引用したい。(水色部)

18世紀当時、
ウィーン磁器工房にとって
皇帝の宮廷は
決して重要な顧客ではなかった。

磁器はまだ装飾品であり、
高価なばかりでなく
壊れやすかったので、
皇帝家の食卓には
金、金メッキした銀、銀など、
貴金属の食器が使われていたからである。

磁器は主にデザート、スープ、
朝食セットに利用され、
あるいは神話のシーンなどを示す
群像としてテーブルに飾られた。

壊れやすいのは確かにそうだが、
18世紀ごろ、基本的に
磁器はまだ装飾品だったのだ。

メインは貴金属の食器。

 

ところが、
ハプスブルク家といえども
いつでも潤沢に
金銀を使えたわけではない。

戦費調達のために、宮廷の食器まで
貨幣鋳造に回されたこともあるのだ。

そのとき、磁器が活躍している。

ナポレオン戦争の戦費調達に、
窮余の策として食器類の金銀も
貨幣鋳造に転用された
ため、
宮廷における磁器の需要が
飛躍的に増大した。

宮廷の部局でも皇帝家の食卓にも、
ますます多くの磁器製品が
調達されるようになった。

1814年の春になって
戦後処理を論議する国際会議のため
ウィーンが候補地になった時、
ハブスブルク家の宮廷には貴金属の食器が
殆ど残っていなかった


再び窮余の策としてウィーン磁器工房に
公式のディナーに使う
金色のディナー・セットが注文された。

貴金属の食器が
ほとんど残っていなかったので、
「磁器工房」に「金色」の
ディナー・セットを注文、
そんなこともあったのだ。

 

磁器と言えば、
日本の伊万里コレクションもあった。

P7158882s

「宮廷銀器コレクション」の
エリアを抜けると、外に出ることなく
そのまま「シシィ博物館」へと
導かれていく。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2018年5月20日 (日)

オーストリア旅行記 (39) ザッハ・トルテ

(全体の目次はこちら


オーストリア旅行記 (39) ザッハ・トルテ

- ○と△ -

 

前回、カフェの話を少し書いたが、
ウィーンのカフェと言えば
この話題にも触れておきたい。

ウィーンを代表する
チョコレートケーキのひとつ
ザッハ・トルテ

国立歌劇場のすぐ裏手にある
「ホテル・ザッハー」の一階に
カフェがあり、そこで供されている。

P7179530s

このお店、とにかく観光客に大人気で
いつ覗いても行列ができていた。

本場で食べる、というか
本家のザッハ・トルテの味や如何に、
と興味はあるものの
貴重なウィーンでの滞在時間を
ケーキの行列のためだけに
潰してしまう気にはなれず、
何度か前を通るものの、
なかなか立ち寄れないでいた。

P7179531s

というわけで、
「ここなら」と選んだ訪問時間は
夕食後!

夕食後にケーキを食べに行く輩は
ゼロとは言わないが多くはないだろう。

訪問したのは夜9時。
「寝る前に...」の声が
どこからか聞こえてきたが、
「ひと晩のこと」と
夫婦共々しばし無視することにした。

さすがに行列はできていなかったが、
それでも次から次に客は来ており
その時間でも店内は満員状態だった。

 

【カフェ ザッハー】

P7159183s

ここは、とにかく
店の雰囲気からしておしゃれ。

P7159174s

ふたりで寄ったので、
二種類のケーキを選び、
半分ずつ味見してみることにした。

P7159172s

もちろん、ひとつは
本家「ザッハ・トルテ」だ。

P7159179s

ホイップした生クリームが添えてある。
「ザッハー」の刻印のある「丸い」形の
チョコレートプレートが乗っている。

外側は見ての通りのチョコレートだが
スポンジ部分に
アンズのジャムが塗ってあるので、
食べると軽くアンズの香りが広がる。

店の雰囲気とケーキの味と、
両方をゆっくり楽しんだあと、
午後10時過ぎに店を出ようとすると、
なんと並んでいる方が数名いた。

P7159182s

 

もう一箇所、ウィーン旧市街に
ザッハ・トルテが
食べられるところがある。

【カフェ デーメル】
歌劇場のすぐ裏手の「ザッハー」と
対比して言うならば、
王宮のすぐそばの「デーメル」。

P7179614s

左奥ドームは王宮、
右側、白いテラス席がデーメル。

皇妃エリーザベトは
毎日のように使いを出して
デーメルのケーキを届けさせた、
と言われているが、まさに
「宮中御用達菓子商」。

P7179613s

こちらのザッハ・トルテはこんな感じ。

P7179620s

上に乗ったチョコレートプレートは
三角形だ。

 

一緒に食べたケーキも
おしゃれで美味。

P7179618s

今はどちらも
正真正銘の「ザッハ・トルテ」が
食べられる二軒だが、
名前を見れば明らかなように
そもそもは「ザッハー」のもの。

この二軒、「ザッハ・トルテ」を巡って
争っていた時期がある


どんな顛末だったのか、
少し覗いてみよう。

 

1930年代、
「ザッハー」の経営難を助けた
「デーメル」は
「ザッハー」から
ザッハ・トルテの販売権を得、
販売を始める。

順調に売上を伸ばすデーメルだったが、
その後、ザッハーから
「オリジナル・ザッハ・トルテ」と
標示するのは権利の侵害だ、として
その差し止めを求める裁判を
起こされてしまう。

多くの証言者が立った長い裁判の結果、
デーメルのものは
「デーメル・ザッハ・トルテ」
ザッハーのものは
「オリジナル・ザッハ・トルテ」
として売られることになった。

ケーキの上に乗っている
チョコレートのネームプレート。
ザッハーは〇(丸く)、
デーメルは△(三角)。
どちらがどちらかはひと目でわかる。


Img_0241s

ちなみに、お店の入り口近くの
ガラスケースを見てケーキを注文できる
デーメルのようなお店は、
コンディトライ(菓子店)と呼ばれ、
専門店としてカフェとは区別して
呼ばれることもあるようだ。

Img_0242s

肝心な味のほうは、
ザッハーもデーメルも
申し分なく美味しかったが、
「最高にうまいケーキだったか?」
と問われれば、
「もっとうまいザッハ・トルテは
 (そう呼ぶのがマズければ
  ザッハ・トルテのような
  チョコレートケーキは)
 日本にあるぜ」
と思ったのが正直な感想。

繊細さ、滑らかさ、甘さの深み、
日本のおいしいケーキが誇るべき
圧倒的な優位点は食べ比べても揺るがない。
それは単に「私が日本人だから」
そう思うだけなのだろうか?

いつの日か、
日本のおいしいケーキと食べ比べた
ウィーンの方の率直な感想を
ぜひ伺ってみたいものだ。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2018年5月13日 (日)

オーストリア旅行記 (38) カフェ文化

(全体の目次はこちら


オーストリア旅行記 (38) カフェ文化

- ひとりでいたい、でも仲間が必要だ -

 

ウィーンの文化と言えば、
やはりこれに触れないわけには
いかないだろう。

カフェ文化。

【カフェ フラウエンフーバー】

P7148790s

Café Frauenhuber
ウィーン最古のカフェ

P7148793s

夕日を背に外のテラスで食事をしたが、
食事のあと、
店内の写真を撮らせてもらった。

P7148795s

女帝マリア・テレジアの料理人
フランツ・ヤーン(Franz Jahn)が
1788年に開業。

1788年にはモーツァルト
「ヘンデルのパストラーレ」を

1797年にはベートーヴェン
「4本の金管楽器とピアノのための5重奏」

をここで演奏。

特に、モーツァルトが公衆の面前で
ピアノ演奏を行ったのは、
ここが最後になったらしい。

P7148801s

モーツァルトとベートーヴェンが
演奏したことのあるカフェ
というだけで、
もう寄らずにはいられない。

P7148802s

落ち着いた店内の雰囲気に
まさにピッタリといった感じの正装で、
丁寧な接客をする
ケルナー(ウェイター)さんが
ほんとうに印象的。

かなりなご高齢と思われるが、
所作と言うか身のこなしが美しく、
まさにプロフェッショナル。

ワイワイと
各国からの観光客が多くても、
店の独特な空気感が
キッチリ守られていることが、
なんとも気持ちがいい。

 

【カフェ ブロイナーホーフ】

P7158948s

カフェ「Café Bräunerhof」

ここにも、多くの芸術家が
集(つど)っていたと言う。

ところで、
「ウィーンといえばカフェ」
と言われるほどにウィーン文化を
代表しているもののひとつがカフェ。

「文化」と呼ばれるまでの
その独特な存在意義を
下記の本を参照しながら
覗いてみたい。

広瀬佳一、今井顕 編著
 ウィーン・オーストリアを
 知るための57章【第2版】
明石書店

(以下水色部、本からの引用)

 

まずは起源から。

 ウィーンといえば、
即座にコーヒーやカフェを
思い浮かべる人も少なくないだろう。

確かに、ウィーンは、
東方に起源をもつ
この「黒いスープ」を、
ヨーロッパで最も早く
普及させた都市
であった。

P7158947s

 

ウィーン風コーヒーや
カフェの起源については、
数多くの伝説が
まことしやかに語り伝えられている。

たとえば-

1683年、
トルコ軍によるウィーン包囲の際、
トルコ語の才能を買われて伝令となり、
敵陣に潜入して
皇帝軍を勝利に導いた
コルチスキーが、戦後、
トルコの野営地に放置された
コーヒー豆を得て、
ウィーン初のカフェ・ハウスを
開店したというエピソードは、
あまりにも有名である。

しかし実際には、
このコルチスキーより以前に、
都市在住の東方商人らを相手に
コーヒーを出す店が、
すでに存在していたようだ。

P7158950s

すでに18世紀には、
カフェはウィーンの名物、
見どころのひとつに
数えられていた。

1720年に開業し、
国内はもちろん、全ヨーロッパの
主要な新聞・雑誌を常備していた

「クラーマー・カフェハウス」は、
やがて首都の知識人の結集地となった。

P7158954s

こんな感じで、どこのカフェでも
新聞や雑誌が読み放題になっている。
特に新聞のフォルダが印象的。

P7169197s

ただ、

 薄暗く狭い店の中、
大テーブルに相席で押し込まれた
大勢の客が、
騒がしくひしめき合う。

多くの風刺画や銅版画が
今日に伝えるように、
これが、18世紀前半までの
カフェの日常風景であった。

それが大きく変化を始めるきっかけが
18世紀、後半に起こる。

 こうした状況が
変化を見せはじめたのは、
1780年代のことである。

P7158952s

 

皇帝ヨーゼフ2世による
飲食店営業規制穏和の結果、
カフェの数がさらに増大すると、
多くの店主たちは、
生き残りを賭けて大改装に着手
した。

内装は上流階級のサロンに擬せられ、
採光が不具合な立地でも、
クリスタル製の
豪華なシャンデリアが
明るく照らすようになった。

目抜き通りに面した店では、
軒先に植木鉢を並べた
「シャニ・ガルテン」、
今でいう
オープン・エアが創案された

オープン・エアのテラス席は
このころの発明だったわけだ。

P7158953s

 

公共の場において追求される
個人の孤独


これこそ、その後、
19世紀から現在まで
人々を魅了し続けた、
ウィーンのカフェの
最大の特色にほかならない。

たとえば、20世紀前半に
活躍した文筆家で、
「カフェ・ツェントラール」をはじめ、
名だたる文学カフェの
常連としても知られる
アルフレート・ポルガーは、
カフェの魅力についてこう語った。

「一人でいたい、
 けれど、
 同時に仲間が必要だ。
 こういう人々が、
 カフェに通うのである」

P7158955s

 

ちなみに、上の引用に出てきた文学カフェ
【カフェ ツェントラール】
は、こんな感じ。

P7179684s

P7179686s

興味深いのは、歴史ある
「ツェントラール」のすぐそばに
これを発見したこと。

P7179688s

ウィーンの人には
どんな風に見えているのだろう?

2001年末、ケルントナー通りに
第一号店をオープンさせたとき、
多くのウィーンっ子から、

コーヒーを
 紙コップで飲むなんて、
 あり得ない
」と、

猛反発を受けた
スターバックス・コーヒーが、
その後、若い世代を中心に
広く受け入れられ、現在、
市内に9店舗を展開している事実もまた、
ウィーンにおけるカフェ文化の変遷の、
その一面を象徴しているのかもしれない。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2018年1月21日 (日)

オーストリア旅行記 (22) 鉄道を通しての深い関係

(全体の目次はこちら


オーストリア旅行記 (22) 鉄道を通しての深い関係

- 日本の鉄道の守護神? -

 

ウィーンへの電車の乗り換え時、
アットナング・プッハイム
(Attnang-Puchheim)駅で
特急列車railjetの車両を見ると、
妙にいろいろな数字が書かれている。

P7148715s

意味を表すと思われる
簡単なアイコンや文字も添えてあるので、
こういう意味なのかなぁ、と
想像できるものもあるが
正確なところはわからない。

文字と数字の部分だけを切り取って
並べてみた。
ある「一両」に、これらの文字列が
ズラーっと一列に並んでいる。

P7148716_5all_s

帰ってから検索すれば記述内容を
解説してくれているページくらいは
簡単に見つかるだろう、と
気軽に考えていたのだが、
そもそも鉄道マニアでもなんでもない
ズブの素人が、いざ探そうとすると
どういう言葉で検索すればいいのか、が
さっぱりわからない。

エイヤ、のいいかげんな検索では
全くヒットしない。

ドイツ語かつ
適切な単語で検索すれば、きっと
いいページはあると思うのだけれど。

R150mというのは最小曲線半径だろうか?
重量(t)であったり、長さ(m)であったり、
車両の仕様に関連する数字であることは
間違いないと思うのだが。

日本でも車両に
文字や数字を見かけることはある。
でも、「クハ」や「モハ」などの
短い文字列と数桁の数字、
重量(t:トン)や定員など、
簡単な記述しか見た覚えがない。
情報量がぜんぜん違う気がする。

 

上記数字の意味の回答ではないが、
そう言えば、
オーストリアの鉄道関連で
下記の本に、
ちょっと興味深いことが書いてあった。

あまり知られていない
オーストリアと日本の関係。

少し紹介したい。

広瀬佳一、今井顕 編著
 ウィーン・オーストリアを
 知るための57章【第2版】
明石書店

(以下水色部、本からの引用)

 

ここで、オーストリアから
日本が輸入している商品および
将来的に期待される
品目の具体例を述べる。

意外と知られていないが、
日本が長年輸入している
鉄道用保線車”がある。

日本の新幹線は、
1964(昭和39)年運転開始以来、
技術的欠陥による人身事故を
一度も引き起こさずに
走り続けているが、

その軌道や架線を監視する
保線車のほとんどが
オーストリア製である


JRのみならず、
日本の多くの私鉄にも
この保線車が納入されている。

この保線車は、
ドイツ・インターシティ、
フランス・TGV、
スペイン・AVEなど
世界的に有名な高速鉄道の
補修を引き受けているのである。

納入実績からみると、
ドイツ、アメリカ、イギリスに次いで
日本は4番目であるが、
数億円もする保線車が
すでに約600台以上納入されている。


このオーストリアの保線車こそ、
乗客がいなくなった
真夜中にこっそりと、
翌日の来客の安全を守るために
線路をみてまわる、
まさに日本の鉄道の
守護神ともいえる存在

(略)

日本の鉄道を守る保線車が、
600台以上もオーストリアから
輸入されていたとは。

保線車を目にする機会はあまりないが、
車両を見れば
オーストリアから来たことは
簡単にわかるのだろうか?
今度目にする機会があれば、
ちょっと注意して見てみよう。

 

アットナング・プッハイム駅から
特急列車railjetに乗換えて一本、
ついにウィーン中央駅に到着した。

P7148717s

正確には、旅行の初日、
空港からザルツブルクに行くときに
通過しているので、
4泊して戻ってきた、とも言える。

ここも、近代的できれいな駅だ。

軽くお昼を食べようと、
様々な種類のパンが並んでいる
ANKERというチェーン店のパン屋さんで
こんなサンドを食べてみた。

P7148719s

パンもハムも野菜もチーズも
どれもおいしくて大満足。

ここでは、
「Detox Wasser」という
未経験の飲み物を目にしたので、
それにトライしてみることにした。
写真中央にあるボトル。
Detox水?「解毒水」ってこと?

「新鮮なキュウリとレモンと共に」
と書いてある。

味のほうは、見た目通り、
キュウリとレモンの入ったただの水。
甘くはない。
キュウリとレモンの香りがあるので、
さわやかで飲みやすいが、
それでDetoxとはちょっと大袈裟かも?

食後、
中央駅のインフォメーションセンタで
ウィーンの情報を得て、
その後、地下鉄に二駅だけ乗って、
予約していたホテルを目指した。

地下鉄にあった優先席表示はこんな感じ。

P7148727s

妊婦、子連れ、体の不自由な人、老人
やはり絵はわかりやすい。
ドイツ語が読めなくても理解できる。

ホテルにチェックイン。
荷物を置いて身軽になって、
さぁて、
いよいよウィーン観光のスタートだ。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2017年12月31日 (日)

オーストリア旅行記 (19) 集落を通り抜けてミニハイキング

(全体の目次はこちら


オーストリア旅行記 (19) 集落を通り抜けてミニハイキング

- 大量の薪の備蓄 -

 

遊覧船を降りた後は、
観光客で賑わう通りを
お店を見ながらブラブラ。

P7138483s


世界遺産となっている湖畔の景色は
カメラの向け甲斐がある。

P7138478s

町歩きをしている際、
某個人住宅のポストが目に留まった。

木目の美しい板で覆われた素敵な家で、
ポストにも
品のよいリースが飾ってあって、
ハルシュタットの町に
完全に溶け込んでいる。

ところが
ポストの僅かな隙間から、
見覚えのあるロゴが見えている。

P7138374s

Amazonの箱だ。
世界遺産の町で、別世界へのトリップ感に
とっぷりと浸っていたのに、
ロゴをちらっと目にしただけで
なぜか急に現実に
引き戻されてしまったような残念な感覚。

もちろんAmazonには何の罪もないのだが。

 

最初に書いた通り、
町への車の乗り入れは規制されているので、
町の入り口には大きな駐車場がある。

大型バスも、観光客の乗用車も
皆そこに駐車。
その駐車場のそばに、観光客向けの
インフォメーションセンタがある。

湖畔の道をのんびりと歩きながら、
インフォメーションセンタを目指した。

P7138477s

インフォメーションセンタでは、
広域な地図を入手すると同時に、
手頃なハイキングコースを教えてもらった。

 

どんな感じのコースなのだろう。
少し歩いてみることにした。
コース入口はこんな感じ。

P7138495s

民家の集落の中を
通り抜ける感じでスタートする。

P7138496s

塀のそばには山羊だろうか、
放し飼いにされて
のんびり草を食(は)んでいる動物がいる。

P7138497s

観光客が集中している湖畔から、
まだ10分も歩いていないのに、
もうこのあたりまで来ると
観光客はひとりもいない。

しかも商店でもホテルでもない、
ごく普通の民家と思われる家が
こんなにきれいに花を飾っている。

P7138498s

人気(ひとけ)がなく、
カメラを向けるのも民家だと思うと
ちょっと言い訳を考えてしまう。

P7138511s

歩いていて目についたのは、
これらの薪(まき)のストック。

P7138499s

家のすぐ横はもちろん、

P7138557s

少し離れたところには
かなり広い集積場もある。

P7138504s

新旧、木の乾燥具合も様々だが
数字やマークには
どんな意味があるのだろう?

P7138506s

ビッチリ積み上げられた集積場の回りには、
自然の花々が咲き乱れている。

P7138502s

 

歩いていてもうひとつ目に留まったのは、
キリスト教に関するこんな施設(?)。

大きな岩に
なぜ階段が掛けられているのか。
勝手には登れないようになっていたが、
上に登るとなにかあるのだろうか。

P7138507s

別な場所にあったこれなど、日本で言う
まさにお地蔵さんのごとく
道の脇にポツンと立っていた。

花が添えられているところをみると
地元でちゃんとお世話しているのだろう。

P7138547s

途中、流れの激しい川があったり、

P7138514s

激しい風の流れを感じさせる
木々が立っていたり

P7138532s

山も緑も美しく、
とにかく空気がうまい。

道が険しいわけでもなく、
まさに素人向けの
気軽なハイキングコース。

コースに不満はなかったのだが、
恐ろしいくらいに人に会わない。

特に危険を感じるようなことが
あったわけではないが、
放し飼いにされた山羊がのんびり過ごしている
この滝

P7138521s

を見たあとは、湖のほうに戻ることにした。

戻ってきてみると
青空がかなり広がっており、
風も静かになっていて、
ますます景色に吸い込まれてしまった。

P7138563s

近景も

P7138568s

遠景も

P7138571s

新たな色を見せてくれている。

まだ日没までには時間があったが、
屋外のテラス席で風に吹かれながら
早めの夕食をとった。
もちろん
ハルシュタットビールも。

P7138588s

夕食後、
風はさらに静かになったようなので
もう一度ビューポイントに
行ってみることにした。

P7138602s

ポスターやカレンダーで目にする
まさにそのままの景色。

 

いよいよ日も傾いてきた。
山頂付近が赤く染まり美しい。

P7138610s

根っからの貧乏性からか、
駆け足が多い我々夫婦にしては、
わりとゆっくりのんびり過ごした
ハルシュタット2日目だった。

さて、
翌日はいよいよウィーンへの移動だ。

 

オーストリア旅行記も
今回、19回を終えたところで、
2017年も大晦日を迎えてしまった。

なんらかのご縁で
「はまのおと」を読んでくださった皆様、
ほんとうにありがとうございました。

ぼちぼちと更新を続けていきたいと
思っておりますので、
来年もどうぞよろしくお願いします。

新年も、オーストリア旅行記を
今日の続きからスタートしたいと
思っています。

皆様もどうぞよいお年をお迎え下さい。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2017年12月17日 (日)

オーストリア旅行記 (17) 朝の小鳥の大合唱

(全体の目次はこちら


オーストリア旅行記 (17) 朝の小鳥の大合唱

- ビューポイントでは・・・ -

 

ハルシュタットは小さな町で、
「マルクト広場」と呼ばれる
町の中心の広場でさえも
この程度のかわいらしさ。

P7128244s

広場を囲む店やレストランも
花できれいに飾られている。

P7128243s

 

夕食は、湖畔のレストランで、
鱒(ます)の一種か?
魚料理にした。

P7128252s

味は申し分なかったが、
この写真、サーブされたままを
席から写したもの。

日本人からするとかなり違和感あり。
やはり、尾頭付きの場合
頭は左でしょ。

もちろんそれを
オーストリア人に強いるつもりは
全くないけれど。


P7138265s

小さな町の夜は早く、そして静かだ。
ハルシュタットでの一泊目は、
早めに床についた。

 

翌朝、ホテルの部屋の窓からの景色。

P7138254s1

雲は多いが、山の空気が気持ちいい。

いろいろな鳥の鳴き声が聞こえてくる。
まさに朝の大合唱。

思わず持っていたPCMレコーダで
録音してみた。
一般車両の入町が規制されているせいか、
早朝、車が一台も走っていないのも
録音にとってはありがたい。

近くに小さな滝があるので、
滝の音がバックに流れている。
朝の山の空気感が伝わるだろうか。

【朝の鳥の鳴き声】


録音していたら、
今度は教会の鐘の音まで。
小鳥の鳴き声と教会の鐘の音。
なんて気持ちのいい朝なんだ。

【鳥の鳴き声と教会の鐘の音】

 

鳥の声を聞きながら、
さわやかな気分で朝食に向かう。

朝食は、 シリアルの種類も

P7138270s

チーズの種類も

P7138281s

ヨーグルトやジャムの種類も

P7138272s

(ドライ)フルーツ、ナッツの種類も

P7138271s

パンの種類も

P7138273s

さらに魚の種類も

P7138280s

豊富で、何を取るか迷ってしまう。
味のほうもどれもおいしい。
「いっぱい歩くからいいか」
と誰に聞かれたわけでもないのに
言い訳しつつ、ついつい食べ過ぎてしまう。

 

朝食後の散歩は、
観光客が必ず向かうという
ハルシュタットで一番のビューポイントへ
行ってみることにした。

途中の道沿い、
斜面に建つ家々の様子もよくわかる。

P7138282s

で、到着したのがここ。

P7138284s

風があって、
湖面が波立ってしまっているが、
ポスターやカレンダーにもよく使われる
ハルシュタットの代表的なアングルだ。

「山」と「湖」と「教会」と
「湖畔の家並み」と
ほんとうにバランスが美しい。

ちなみにここ、
多くの人が集まるのに、
ビューポイントとして
特に広場になっているわけでもなく、
まさに狭い道路沿い。

しかも、民家もすぐ横に建ち並んでいる。

次々と来る観光客は、
歓声をあげたり、写真を撮ったり
かなり賑やかだ。

そのせいか、
こんな掲示まで。

P7138293s

「Quiet Please!」
「お静かに」

 

急斜面に建つ家は
一軒一軒特徴があり

P7138315s

日本建築でいう「懸魚(げぎょ)」の部分に、
湖にいる白鳥を彫り込んだ妻飾りを持つ
おしゃれな破風(はふ)の家もある。

P7138320s

ほぼ木と同化してしまったこんな家も。

P7138319s

各家の
花の手入れは手間がかかることだろう。

P7138324s

でも、なんともやさしい気持ちになれる。

P7128222s

朝のおいしい空気を
たっぷり吸い込みながらの散歩は、
肺の中までリフレッシュされる。

景色と空気だけで体が浄化されていく、
そんな快感がある。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

最近のトラックバック

2019年1月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ