社会

2020年5月24日 (日)

ニュースや数字を通して考えると

(全体の目次はこちら



ニュースや数字を通して考えると

- 普段は見えていなかったものが、 -

 

4月7日に発出された緊急事態宣言。
すでに7週間近くが経過しているが、
本日5月24日
「政府は北海道、埼玉、千葉、東京、
 神奈川の5都道県で続く
 新型コロナウイルスの
 緊急事態宣言について、
 今月末の期限を待たず、
 25日に全面解除する方針を固めた」
なるニュースが流れてきた。

世界に目を遣ると5月23日時点で
 累計感染者数  520万人超
 累計死者数   33万人超
 1日あたりの新規感染者数 10万人超
 1日あたりの死者数     5千人超
と感染拡大自体は
依然として衰えていないが。

 

日本の外出自粛の影響は、
今後いろいろな角度から
分析・検証されることになるであろうが、
今日はふたつのデータを見てみたい。

ひとつ目は消費動向の一部、
「消費財の販売金額(前年比)」
について。

市場調査会社のインテージが
前年より「売れた」商品
消費財の販売金額(前年比)上位30品目

前年より「売れなくなった」商品
消費財の販売金額(前年比)下位30品目
を2020年4月分について発表している。

リンクをクリックする前に、
どんな商品がそれぞれの上位に来るのか、
まずは考えてみてほしい。

対象は、
[ 食品、飲料、アルコール、
 雑貨、化粧品、医薬品 ]

まさに生活につながる身近なものだ。

外出自粛の生活で
「売れたもの」と
「売れなくなったもの」には、
何があるだろう?

 

BEST30とその詳細については
リンク先を参照いただきたいが、
TOP10だけ見てみよう。

前年比で売れたものBEST10
1. うがい薬
2. エッセンス類
3. プレミックス
4. ビデオテープ
5. 殺菌消毒剤
6. 小麦粉
7. ホイップクリーム
8. 石鹸
9. 家庭用手袋
10. 住宅用クリーナー

* うがい薬 / 殺菌消毒剤 /
 石鹸 / 家庭用手袋
などは、予想通り、といった感じだろう。
衛生に関連するもの群

* エッセンス類 / プレミックス /
 小麦粉 / ホイップクリーム
などはいわゆるお菓子作り関連群
お子さんの学校が休み、ということもあろう。
「家でお菓子でも作ろう」
の機運が高まったのだろう。

* 家庭用手袋 / 住宅用クリーナー
などのお掃除用品関連群
も在宅時間が長くなっていることを考えると
納得できる。

 

全く意味がわからないのが
* ビデオテープ
リンク先を見ると、
順位を決める4月第3週の値のみ
値が突出したため
たまたまベスト10に入ってしまった、
という感じだが、
仮に第3週だけだったとしても
2020年の4月、
何があれば「ビデオテープ」が
売れるのであろう?

 

前年比で売れなくなったものBEST10
1. 鎮暈剤(ちんうんざい)
2. 口紅
3. 日焼け・日焼け止め
4. 強心剤
5. テーピング
6. 写真用フィルム
7. ほほべに
8. ファンデーション
9. コールド&マッサージ
10. おしろい

* 鎮暈剤(ちんうんざい)
酔い止めの薬は、長距離の外出、計画が
減っているので当然だろう。
通常4月はゴールデンウィークに向けて
子供向けの薬も
売れていた時期ではないだろうか。

* 口紅 / 日焼け・日焼け止め /
 ほほべに / ファンデーション /
 コールド&マッサージ / おしろい
このあたり購買層は圧倒的に女性だろう。
Stay Homeとマスクは
化粧品関連にダイレクトに
響いてくるようだ。

* テーピング
スポーツ大会の休止、運動部の休部、
スポーツジムの閉鎖等の影響か。

* 強心剤
これはどうも外国人観光客による
購買が減ったことが響いているもよう。
処方箋なしで買える市販薬は、
訪日中国人観光客が爆買いしていく
製品の1つなのだとか。

* 写真用フィルム
チェキのような
その場で写真となるフィルムは
今でもライブ会場では大人気らしい。
アイドルや出演者と一緒に撮って・・・。
ことごとく休止となってしまったライブは
こんな商品にも影響を与えているようだ。

もちろんどれも想像だが、自分の消費動向と
すべてが直結しているわけではないので、
理由を考えてみるのはおもしろい。

 

対照的なもうひとつのデータは、
「4月の自殺者の数」

TBSなどが報じたという
exciteニュースの記事がここにある。
4月の自殺者数、前年比約20%減

厚労省などによると、
4月の全国の自殺者数は
前の年の同じ月に比べ
359人少ない1455人で19.8%減った、
とのこと。
少なくとも最近5年間では
最も大きな減少幅らしい。

ちなみにコロナによる死者の数は
2020年4月
日本において偶然にも359人。

いずれにせよ、コロナ死者数の
4倍もの人が自ら命を絶っている。

一方で、20%も減った自殺者が、
今回の自粛要請と関係があるとするなら、
「学校に行くくらいなら死んだほうがいい」
「仕事に行くくらいなら死んだほうがいい」
そう考えている人が相当数いた、
ということになるのだろうか?

 

他にも

「大型連休中(4月24日~5月6日)に
 成田空港(千葉県成田市)から
 出国した日本人は850人(速報値)と、
 前年同期比99・8%減の
 記録的な落ち込みとなった。
 (前年同期34万8630人)」

「出入国在留管理庁は5月14日、
 4月の外国人新規入国者数(速報値)が
 1256人だったと発表。
 (前年同月約268万人)」

 35万人が850人に、
 268万人が1256人に、

など、驚くべき数字を伴ったニュースが
次々と入ってきている。

どんなニュースであれ
単にニュースを読んだだけで
なにかを断定することは
もちろんできない。

しかし、なんとなく意識はしつつも
普段は見えていなかった、
あるいは見ようとしていなかったものが
緊急事態という特殊な条件と
合わせて考えることで、
別な角度から光が当てられたようになって
自分の意識の中に
浮かび上がってくることは確かにある。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2020年4月26日 (日)

そのためだけの漢字や動詞

(全体の目次はこちら



そのためだけの漢字や動詞

- 「そばだてる」のは耳だけ? -

 

新型コロナウイルスの感染拡大については
先が読めない日々が続いている。

様々な自粛要請が続く中、
言葉もきしみだしている。

たとえば、この写真

2004kinshiyousei

「公園内での飲食について
 禁止を要請します」

表示前に、港湾局内には
なにか言う人はいなかったのだろうか?

 

マスコミも
「休業要請に従わない施設を・・・」
と連日繰り返している。

要請なら、応じるか応じないか
従わないと言えば
普通それは「命令に」だろう。

 

「自粛要請に違反

も、もはや気にしていたら体がもたない。

「募ってはいるが募集はしていない」
と首相が答弁するくらいだから
もちろんコロナに始まったことではないが。

そういえば、緊急事態宣言で
図書館が閉まっているため
ウラがとれなかったのだが、
産経新聞(2020年4月??日)には、
こんな内容の記事があったらしい。

英語では先頭のkを
発音しないことがある。
knifeなどがその例。
これ、実は日本にも有る。

それが kyousei

日本ではこれを「要請」と読む。

 

2020年4月7日に
緊急事態宣言が発出されたわけだが、
この「発出」という言葉も
実際に使われているのを
ほとんど耳にした覚えがない。

そもそも何に対して使える言葉なのだろう?
まさか「緊急事態宣言」のためだけ
ってことはないと思うが、実は、
この「・・のためだけかも?」
と思うと個人的には
妙に嬉しくなってしまう。

汎用性のなさ、というのは
ある意味、非効率の代表のような指標だが、
だからこそそこには魅力もあるわけで
出逢うと思わずメモってしまっている。

特に漢字と動詞。

たとえば、
「福祉」の「祉」
「洗濯」の「濯」
などの漢字って、
最初の単語以外で使ったことがない。

「福祉」のためだけの「
「洗濯」のためだけの「
この「・・のためだけ」だ。

(濯ぐ(すすぐ)
 って言う訓があるじゃないか、
 と言われそうだが、
 実際に「すすぐ」と書きたいときは
 ほとんど「ひらがな」を使っている。
 濯を使った単語が
 他にひとつも浮かばない、
 という意味で「・・のためだけ」
 に分類している)

動詞にもある。
・そばだてる
・こまねく
・かしげる
・よだつ
・やつす
・てらう

そばだてる、のは耳だけだし
こまねく、のは手だけだし
かしげる、のは首だけだし
よだつ、のは身の毛だけだし
やつす、のは身だけだし
てらう、のは奇だけだし

この汎用性のなさがなんとも興味深い。

「福祉」の「祉」
「耳をそばだてる」の「そばだてる」

こういった、「・・のためだけ」の
漢字や動詞に気がついた方、
他にもいっぱいあることでしょう。
ぜひ教えて下さい。

そうそう、
もうひとつ大事な動詞があった。

揉みしだく

失礼しました。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2020年4月12日 (日)

不要不急、お前だったのか

(全体の目次はこちら



不要不急、お前だったのか

- 信濃毎日新聞の名言 -

 

新型コロナウイルスの感染が
都市部で急速に拡大している事態を受けて、
東京、神奈川、埼玉、千葉、
大阪、兵庫、福岡の7都府県に対して、
2020年4月7日「緊急事態宣言」が発出された。

中国中部の武漢市で61歳の男性患者が
新型コロナウイルスによる初の死者として
報道されたのは、
日本では2020年1月12日の新聞だった。

あれからわずか3ヶ月。
2020年4月11日時点で
感染は世界183カ国・地域に広がっている。
累計感染者は世界全体で162万人を超え、
死者は10万人を上回る。

半年前、こんな事態になることを
誰が想像し得たであろうか?

日経新聞が公開している
感染の世界マップを見ると、
まさに「全世界」を痛感する。

 

私自身は仕事が在宅となったため、
通勤時間は減り、
家にいる時間は長くなった。
それでも、
読むつもりで積んでいた本の山は
いっこうに低くなっていかない。

時間があるから本が読める、
というわけではないのだ。

東日本大震災のときもそうであったが、
時間があっても、心が不安定というか
不安感が強いと読書は進まない。

本が読めるということは
ほんとうに贅沢な時間だったのだなぁ、を
改めて思い知らされる。

 

ハーバード病院の医師および
医学部の教員によってレビューされた
信頼できる資料のみが日本語を含めて
なんと35言語で公開されている
COVID-19 Fact Sheets
が立ち上がったり、

全世界で、日々発表が続いている
COVID-19関連の3000以上の論文を
最新のNLPアルゴリズムを使って整理し、
リアルタイムで
注目論文がわかるようにした
COVID-19 Primer
が立ち上がったり、

まさにネットインフラをフル活用した
全世界レベルでの情報公開は
画期的に進んでいる面もあるが、

大正8年(1919年)つまり100年前の
内務省衛生局の「流行性感冒予防心得」
を見ると

Taisyo8nen

1.病人または病人らしい者、
 咳をする者には近寄ってはならぬ。

2.たくさん人の集まっているところに
 立ち入るな。

3.人の集まっているところ、
 電車、汽車などの内では
 必ず呼吸保護器(ガーゼマスク)をかけ、
 それでなくば鼻、口、を
 「ハンケチ」手ぬぐいなどで
 軽く被いなさい。

4.塩水かお湯にて、たびたびうがいせよ、
 うがい薬なればなおよし。

とあり、個々人のできる防衛法は
100年経っても、
なにひとつ進歩していない。

 

イタリアはじめ世界各国からは、
経済活動が抑えられたことで
空気が澄み、水がきれいになって、
景色はもちろんのこと、
鳥や魚が昔のように戻ってきている、
というニュースも聞く。

こうなると、自然環境において
人間とコロナ、どちらがウイルスなのか

という問いをも
投げつけられているのかもしれない。

 

直接のワクチンではないが
新型コロナ肺炎の死亡率とBCGワクチン接種政策の関連
を見ると、日本での死亡率が低いのは
日本で行われているBCG接種
なんらかの相関がありそうだ。
このあたりも今後
精緻な調査が進むことであろう。
(ページ中央の
 新型コロナ肺炎の死亡率(対数表示)と
 BCGワクチン接種政策の関連/OECD加盟国
 のグラフ(動画)だけでもぜひご覧下さい)

 

いずれにせよ、たいへんな状況の中、
エッセンシャルサービスとして
医療、物流、食品、交通などに
携わっている方々に対しては
感謝の念を禁じ得ない。
ほんとうにありがとうございます。

 

新型コロナ感染に関し、
明るい気持ちになれないニュースが続く中、
思わず頬が緩んでしまった
トピックスがあったので、
今日はふたつだけ紹介したい。

まずはこの写真。

2004clothed

右上にA Gentlemen's Clubとあるが
つまりはス○リップ劇場らしい。
米国のこの劇場も
4月30日までは閉まるようだ。

ただ閉館の掲示がシャレている。
[closed] ではなく [clothed]
4月30日までは「服を着ている」と。


もうひとつは、
信濃毎日新聞 2020年4月8日の記事。
コラム斜面の冒頭

不要不急、お前だったのか。
いつも経済を回してくれていたのは。

うまい! 最高の名言だ!

 

いつまで続くかわからない緊急事態宣言。
「戦う」「撲滅」という言葉を
目にすることが多いが、個人的には
探す道はそこではないと思っている。

そんな思いも込めて
朝日新聞 2020年4月3日の記事にあった
福岡伸一さんの言葉を
最後に添えておきたい。

かくしてウイルスは私たち生命の
不可避的な一部であるがゆえに、
それを根絶したり
撲滅したりすることはできない。

私たちはこれまでも、
これからもウイルスを受け入れ、
共に動的平衡を生きていくしかない。

 

2020年4月7日夜、
スーパームーン。

「あの日は月がきれいだったなぁ」

かつてないニュースに覆われた夜を
いつかそう思い出すことだろう。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2020年3月29日 (日)

「4月1日生まれ」はクラスで一番最後

(全体の目次はこちら


「4月1日生まれ」はクラスで一番最後

- なぜ学年の最初じゃないの? -

 

この時期、クイズのネタとしても
使われることが多いので
ご存知の方も多いと思うが、
ちょうど学年末、今日はこの件について。

そう、
「クラスで一番最後の誕生日の人」が
どうして「4月1日生まれ」なのか?
の件。

ふつうに考えれば、
「一番最初」でもいいはずなのに...

スクラップブックをめくっていたら
朝日新聞 2007年3月30日の記事に
4月1日生まれ なぜ「学年の一番最後」

があったので、それを読みながら
一番最後の理由を学んでみたい。
(以下水色部、記事からの引用。
 「問題解決モンジロー」の記事ゆえ、
 会話調になっているが)

まずは年齢計算の定義から。

まず
「年齢計算に関する法律」では、
「年齢は出生の日より之を起算す」
とある。
そして「期間」というものについて、
民法では
「起算日に応当する日の
 前日に満了する」としている部分を
年齢計算に準用する、と定めている。

そんなことから
「年齢は、誕生日前日の
 深夜12時の時点で加算される」

(法務省)と解釈するそうだよ。

法律通りなら、誕生日の前夜
にケーキを食べるべきかも。

まぁ、このあたりは決め事だから
どう決めるかだけの話だが、
誕生日前日に歳をとる、
ということがキーのようだ。

では、学年の方は
どうなっているのだろう?

一方、学年は、学校教育法で
4月1日に始まると決められている。

例えば小学校に通うのは
「満6歳に達した日の
 翌日以降における最初の学年の
 初めから」。

ややこしいけど、
4月1日生まれの人が
満6歳になるのは3月31日。
その翌日は4月1日だから、
ちょうどその日から始まる
学年の初めに間に合う
ということだね。

選挙権も同様で、
(記事当時20歳、現在は18歳だが)
誕生日の前日から投票できるようだ。

法律というか
ルールがわかれば簡単なこと。

「常識とかけ離れている。
 法令を改めるべきだ」
などとして、
民主党の衆院議員が02年に
質問主意書を提出。
当時の小泉内閣は
「常識と異なるものではない」
などと答弁している。

確かに常識とはちょっと違うが
「年齢は、誕生日前日の
 深夜12時の時点で加算される」

ことで、
2月29日生まれの人も
4年に一度ではなく
毎年、正々堂々とすっきり
歳を重ねられるわけだ。

 

年齢や学年とは関係ないが、
以前ここにも書いた通り、
四月一日(四月朔日)を
『わたぬき』
と読む話は好きだ。

四月一日になると
綿の入っている着物を脱いで
あわせの着物になる事かららしい。

 

今年は
新型コロナウイルス感染拡大の影響で
「桜」も
(あわせの着物になる)「暖かさ」も
心から楽しめない気分のまま、
4月1日を迎えようとしている。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2020年3月15日 (日)

伝書鳩からレース鳩に

(全体の目次はこちら


伝書鳩からレース鳩に

- 一日で千kmを飛んで帰巣!? -

 

2020年3月11日、WHO(世界保健機関)は
新型コロナウイルス感染拡大を
「パンデミック(世界的な大流行)」に
相当すると表明。

3月12日には、
古代オリンピック発祥の地
ギリシャ・オリンピア遺跡のヘラ神殿前で
聖火採火式行われたようだが、
先が読めない中、東京2020オリンピックも
黄色信号といったところだろうか。

ところで、オリンピックと言えば、
56年前の東京オリンピックの開会式で
多くの鳩が一斉に飛び立ったシーンは
リアルタイムでは見ていないものの
のちの映像では何度も目にしており、
なかなか印象的だ。
8千羽も放たれたらしい。

JOCのオリンピック憲章のページでは
過去からのオリンピック憲章を
見ることができるが、試しに

オリンピック憲章 
Olympic Charter 2000年版・英和対訳
(1999年12月12日から有効)

を見てみると、94ページには

1.11
オリンピック聖火が走者達の
リレーによって
スタジアムに運び込まれる。
最後の走者がトラックを一周し、
オリンピック聖火に点火する。

聖火は
オリンピック競技大会の閉会式まで
消されてはならない。
聖火への点火に続いて、
平和を象徴する鳩が解き放たれる

とあり、開会式での鳩を使った演出が、
なんと明文化されている。
(2004年版以降
 この記述はなくなっているようだが)

当時、鳩は、平和の象徴として、だけでなく
伝書鳩(でんしょばと)としても
新聞社等で実際に使われていたらしい。

気になってちょっと調べてみたら
こんな記事が見つかった。

「3割が帰らないナゾ」
を見出しとしていた
2007年5月13日朝日新聞の記事
(以下水色部記事からの引用)

伝書鳩は、
エジプトから中国などにかけて分布する
カワラバトの仲間だ。

縄元前3千年ごろから、
帰巣能力を買われ、
通信用に飼いならされるようになった。
ハトと人とのつきあいは長い。
旧約聖書の「ノアの洪水」のくだりに、
箱船から放たれたハトが
オリーブの小枝を持ち帰った
との記述がある。
このときから、平和の象徴にもなった。

紀元前3千年ということは
なんと5千年もの歴史があるわけだ。

新聞社でも使われていた。

帰巣能力を買われて、かつては
通信機器」として活躍した。

第2次大戦までは、
軍用の機密も伝書鳩が運んだ。
もちろん、わが朝日新聞社でも
記事や写真の送稿に
欠かせない存在だった。

社史によると、1895年、
「朝鮮から井上馨公使帰国」
のニュースを伝えたのが最初。

電話やファクスの普及につれて、
わが社でも1966年までに、
全本社の通信鳩係が廃止された。

1966年に廃止されたとはいえ、
約70年も新聞社で使われていたわけだ。

「伝書鳩」としての役目を終えた鳩は、
現在は「レース鳩」と呼称を変え、
速さを競うレースが、
その晴れ舞台として残っている。

100kmから1000kmを越えるコースまで
各種レースがあるようだが、
そのレースでの帰還率が
近年大幅に落ちて来ているらしい。

全滅が続いて、
中止に追い込まれた伝統レースもある

とのこと。

記事の見出し
「3割が帰らないナゾ」は
この帰還率のことを指している。

その理由については

「携帯電話の普及で電磁波の影響を受ける」
「異常気象のせい」
「短距離レースに力を入れる人が増えた」
「健康管理や訓練が雑になった」…。

会場で、いろいろな声が聞かれた。
だが、猛禽類が増えているのを、
理由にあげる人が圧倒的に多い

タカが保護されて増えたから、
というわけか。

 

保護が進んだ結果、都内でも
オオタカやハヤブサが観察される。

「レース中に食べられたり、
 襲われてショックで方向を
 見失ったりしているのでしょう」

とは、日本伝書鳩協会会長の
屋内一郎さんの言葉。

それにしても
条件さえ良ければ千kmという距離を
1日で帰るというハト。

いったいどうやって帰路を掴むのであろう。

ハトが帰巣に使っているのは、
まず地形などの視覚情報

見覚えのある場所で放せば
一直線に家に帰る
鉄道を見つけると線路沿いに飛ぶ。

そして、方角。これは、
太陽の位置と体内時計を
組み合わせて判断
しているらしい。

人工照明によって体内時計を
6時間ずらしてやると、
ハトは鳩舎から90度ずれた方向を
目さして飛んでいく。

地形や太陽との角度のほか
地磁気を感じていることも
確かめられているようだ。

地磁気を感じることも、
実験で確かめられている。
ただし、手術で磁気を
感じられなくしたハトもちゃんと
帰巣することが多いところからすると、
どの程度頼りにしているかは、
はっきりしない。

ほかにも、
遠近両用眼鏡のような視力、
紫外線も見える視覚、
低音波も聞こえる聴覚、
千枚もの写真を覚えられる記憶力、
などなど、個々のすぐれた能力の
調査は進んでいるようだが、
帰巣のメカニズム自体が
明確になっているわけではないようだ。

飼育は、1964年の東京オリンピックのころが
ピークだったらしい。

そうそう、こんな記述もあった。

公園などで見かけるドバトは、
伝書鳩が逃げ出して
半野生化したものといわれる。

あの、
のんきそうにしている公園のハトにも
1000kmを飛んで巣に帰る能力が
備わっているのかもしれない、と思うと
ちょっと見直してしまう。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2019年12月22日 (日)

目黒川遡行 (3)

(全体の目次はこちら



目黒川遡行 (3)

- 鍵のかかったベンチの中は -

 

目黒川に沿って
ぶらぶらと歩きながら遡行する3回目。
前回からの続き。

目黒川をGoogle Map上に描いてみると
下の太い青い線になる。、
河口から歩き始めて中目黒まで来た。

Meguror1_64

 

2回目までの行程を終えたあたりでちょうどお昼。
東横線中目黒駅付近で昼食をとり、
リフレッシュして元気になって歩きだす。

歩き始めるとすぐ「現耀寺」という文字が
目に飛び込んできた。
お地蔵様の横には「目黒川地蔵尊」とも。
「えっ! ここって、お寺?」

P6023330s

完全に集合住宅の入り口。
入り口横の郵便受けを覗くと
301のところに「現耀寺」とある。

どんな事情があって
こうなってしまったのかはわからないが、
集合住宅の一室がお寺になっているようだ。
他に同じようなお寺をひとつも知らないが、
大都会のお寺の一形式なのだろうか?

P6023332s

 

桜の名所としてその季節には
多くの人でごった返すエリア。

P6023334s

 

川沿いを歩いていると、ところどころに
休憩用のベンチが用意されている。
このベンチ、
よく見ると、座面の下に錠があり
しかもどれも施錠されている。

P6023337s

川沿いの椅子の下に、
いったい何が隠されているのだろう?

非常用の「食料」ってことはないだろうから
非常用の「救命用具」あたりだろうか?
でも、だとしたら
鍵がかかっていたのでは
肝心な時に使えないではないか。

あれやこれや、考えながら歩き続ける。

と同時に、
中が覗けるようなベンチはないか、
鍵のかかっていないベンチはないか、を
ついつい探してしまっている。

P6023339s

 

しばらく歩いたところで、
ついに見つけてしまった。
鍵のかかっていないベンチを。

おそるおそる開けてみると
中身はコレ!

P6023343s

いったい何に使うための
ホースなのだろうか?

何が入っているかはわかったものの、
どうもすっきりしない。

鍵のかかるベンチに、
(しかも川沿いに多数)
ホースが確保してある理由
ご存知の方がいらっしゃれば
ぜひ教えて下さい。

 

屋根の上の [★/R] のマークが
目立っている建物は
2019年2月にオープンしたばかりの
「スターバックス
 リザーブ ロースタリー 東京」
STARBUCKS RESERVE ROASTERY TOKYO

P6023340s

全世界で見ても5店目の開業となる
スタバでも特別な店舗らしい。
地下1階から地上4階にまで展開されている
プレミアムなコーヒー体験とは
いったいどんなものなのだろう?

 

池尻大橋が近くなってきた。

P6023344s

 

玉川通り近くには「水車跡」として、
こんな掲示があった。

 『水車跡』
 この地域は、
 近くを大山道(現在の玉川通り)が通り、
 物資の輸送に便利であり、
 また、三田用水、目黒川の水力にも
 恵まれていたので、
 江戸時代から明治にかけて
 水車が多くつくられました。

 これらの水車は、
 精米・製粉・脱穀加工から、
 薬種の精製やガラス磨き、
 煙草のきざみ
など、
 水車動力をりようした小工場へと
 変わっていきました。
 しかし、これらの水車も、
 現在はどこにも残っていません

 目黒区教育委員会

事実とは言え、さらりと書いている
「現在はどこにも残っていません」が
あまりにも冷めていてなんとも味気ない。

 

玉川通りまで来た。
実はこの川幅で目黒川が見られるのも
ここが最後。

P6023348s_20191126233901

川下から見ると上の写真のように
単に玉川通りが川の上を通っているだけ
のように見えるが、
通りを渡って、
道の反対側で川を探すと
あの大きな流れはどこへやら。

突然
こんな小さな流れと整備された緑道に
出会うことになる。

P6023352s_20191126233901

この変化、主たる流れは
暗渠になっているということか?

 

そう言えば、
玉川通りを渡る信号の近くには、
こんな注意書が。

P6023350s_20191126233901

 『強風に注意』

 信号待ちの皆様へ
 風の強い日は車道の近くに
 立たないでください。

 強風により
 車道へ押し出される可能性があります。
 ご注意をお願いいたします。

 東京都再開発事務所

「強風により車道へ押し出される」!?
どうしてここだけ?
ビル風の類なのだろうか?

 

玉川通りを渡って、
人工的な小川に沿った
緑道を歩く。

P6023359s

 

緑道になってすぐ、行政区分としては
目黒区から世田谷区に変わる。
(地図上、右端赤丸)

P6023355ss_20191126233901

注意してみると、さすが(!?)区境。
手すりからコンクリート、
緑道の舗装材まで違う。
左側が世田谷区で右側が目黒区。

P6023354s_20191126233901

 

緑道は、草花の種類が豊富なだけでなく、
世話をする人がいるのか
手入れが行き届いていて美しい。

P6023357s

 

水も細く流れている。
暗渠の上に人工的に作られたせせらぎ、
といったところだろうか。

P6023358s

 

玉川通りから650mほど歩くと、
この合流地点に到着。
烏山川と北沢川の合流地点。
暗渠化されているので、
直接水を見ることはできないが
ここが事実上「目黒川の起点」となる。

P6023366s

上の写真は下流から上流方向に
撮っているが
右方向が北沢川(緑道)
左方向が烏山川(緑道)
ということになる。

P6023363s

 

北沢川も烏山川もここで合流して
目黒川になるわけだから、
流れで見ると最も川下になるが、
案内には、

 烏山川緑道
 北沢川緑道
 起点

と「起点」の表示になっている。

P6023364s

天王洲の河口から
ここ目黒川の起点まで約8km。

合流が見られないのは
なんとも残念だがしかたがない。
ともあれ、これにて目黒川は制覇。

このあと、烏山川緑道と
北沢川緑道をアレコレ迷いながら
1.5日かけて歩くことになるのだが、
その報告はまた日を改めてしたい。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2019年12月15日 (日)

目黒川遡行 (2)

(全体の目次はこちら



目黒川遡行 (2)

- 伝説のホテルの今は -

 

目黒川に沿って
ぶらぶらと歩きながら遡行する2回目。
前回の続きから始めたい。

目黒川をGoogle Map上に描いてみると
下の太い青い線になるが、
河口から歩き始めて
まだ山手線のところまでしか来ていない。

Meguror1_64



山手線をくぐる直前、
対岸(西岸)を見るとこんなものが。

P6023265s

(フタはされているものの)
おおきなパイプが
スパッと切り取られている。
「もしや」と思って反対側、つまり
こちら岸を見ると、
思った通りこちら側にもこんなものが。

P6023267s

おそらく以前は大きな太いパイプが
両岸を繋いでいたのであろう。
それにしても太い!
何のパイプなのだろうか?

 

大崎駅付近のオフィスビル群。

P6023268s

 

桜の枝のアーチが
桜の季節の絶景を彷彿させる。

P6023269s

 

五反田駅付近では、
オフィスビルだけでなく
高層マンションも目につく。

P6023271s

 

五反田駅近く、ちょっと見慣れない形で
構造的に補強された橋があった。

P6023273s

「ふれあいK字橋」とある。
なるほど、
上から眺めればKに見えなくはない。

P6023275s

 

五反田を過ぎて
川沿いの整備された道を歩く。

P6023278s

 

途中、
清流の復活」と題した
こんな地図があった。

P6023280s

目黒川に流れている清流は
 新宿区上落合にある
 落合水再生センターで
 高度処理した再生水を利用しています。
      東京都環境局」

遠く(?)山手線、高田馬場駅近くの
落合水再生センターで再生された水が
目黒川の清流を作っている
ようだ。
まさに大都会の川だ。

 

ゆるやかなカーブがいい。

P6023281s

 

マンション脇、
進入禁止」と
侵入禁止」が
並んでいる。
気持ちはわかる。

P6023283s

 

目黒駅手前、再び桜のアーチが美しい。

P6023288s

 

ふと見ると、対岸にお城のような建物が。
もしやあれは・・・

「おぉ、あれがあの目黒エンペラーか!」

P6023292s

名前だけはそれこそ
40年以上も前から知っているのに
実物を見たのは初めてだ。
「伝説のラ ブ ホテル」
と言っていいだろう。

40年以上も経ってしまっているせいか
今見ると、
とても魅力ある建物には見えないが
建てられた当時は
「怪しい魅力あるお城」のオーラを
放っていたのだろうか?

今やちょっと離れると
他のビルに溶け込んで
まったく目立たないし。

P6023293s

 

JR目黒駅近く、目黒通りの橋の上から一枚。
目黒通りがいかに高い位置を
確保しているのかが、よくわかる。
万が一、川が氾濫しても
これだけ高さに差があると
目黒通り自体は冠水しないですむ。

P6023297s

このあたり、「清流」とはほど遠く、
どういうわけか水がかなり濁っている。
というか真っ白だ。

 

大都会の真ん中を
大きくまっすぐに貫いている。

P6023300s

P6023302s

 

少し上ると、水もきれいになり
「コサギ」か、
鳥も見かけるようになる。

P6023306s

 

田楽橋付近まで来た。

P6023308s

 

そこにちょっとおもしろいものが。

P6023309s

「ここに設置しております橋名板は、
 「ふるさとの川モデル河川事業」
 の記念として、
 架替前の田楽橋、田道橋
 および太鼓橋の橋名板を
 埋め込んだもの
です。

 新橋および中里橋につきましては、
 現在の橋名板を写し撮ったものです」

の説明がある。
橋名阪を並べて見られるなんて。
字体もスタイルも全く統一感がないけれど
古いものをこうしてそのまま保存するのは
なかなかいいアイデアだ。

 

「目黒川船入場」まで来た。


P6023316s

イベントが開催されていて
多くの人が集まっていた。

P6023314s

 

右手「駒沢通り」を
川は下をくぐり、人は歩道橋で渡る。
中目黒駅までもうすぐだ。

P6023319s

 

中目黒駅直前、
蛇崩川(じゃくずれがわ)との
合流点がある。

P6023326s

合流点は小さな公園となっているが
そこからは、目黒川を跨いでいる
東横線・中目黒駅のホームが見える。

P6023324s

 

目黒川歩きの記録、
川の起点までもう一回続けたい。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2019年12月 8日 (日)

目黒川遡行 (1)

(全体の目次はこちら



目黒川遡行 (1)

- 東海道五十三次 一の宿を通って -

 

妙正寺川
大岡川を歩いた友人たちと
今度は目黒川を歩いてみよう、
ということになった。

目黒川は、全部歩いても8kmほどしかない
都会を流れる短い川だが、その起点は
妙正寺川の場合とも
大岡川の場合とも違う
「2本の川の合流点」となっている。

Google Map上に川のルートを描いてみた。
青い太い線が目黒川だ。

Meguror1_64

北沢川(左上緑の線)と
烏山川(左上赤の線)とが
合流した地点が
目黒川(左上から右下への斜めの青い線)の
起点となっている。
ただ、合流地点付近は暗渠となっているため
水が落ち合う場所を
直接見ることはできない。

また「2本の川が合流して」と書くと
「じゃぁ合流する北沢川烏山川
 上っていくとどうなっているの?」
の疑問も当然浮かぶ。

実は、日を分けたものの、
北沢川と烏山川についても
下の緑と赤のルートで歩いている。

Meguro3a_1k

どちらも暗渠が多く、いまやその流れを
正確には追いきれない部分も多いため
「川に沿って遡行した」というよりも
「川だったと思われる部分を
 できるかぎり追いながら歩いてみた」
の軌跡としてのルートではあるが。

いずれにせよ、
北沢川や烏山川については
目黒川とは分けて報告したい。

まずは、川面を見失うことなく
水を追ってのんびり歩くことができた
「目黒川歩き」から、写真の整理を兼ねて
振り返ってみたいと思う。

 

今回の出発地点、
東京都品川区の臨海部、天王洲アイル付近。
2019年6月の土曜日の朝。天気は曇り。

P6023195s

東京湾の京浜運河に流れ込む
まさに川の終着点。目黒川の河口だ。

河口を眺めながら、
ふと振り返って海側を見たら、
新幹線の車両が走っていたので
びっくりしてしまった。

品川駅よりもずっと海側で
もちろん東海道新幹線のルートではない。
どうも、東京駅から
「JR東海 新幹線大井車両基地」
に向かっている車両のようだ。

P6023198s



天王洲アイル方向は近代的なビルが並ぶ。
左側は羽田空港と浜松町を結ぶ
東京モノレール。

P6023200s

 

京浜運河に流れ込む直前の目黒川。

P6023208s

 

河口付近にはいくつかの公園がある。

P6023213s

その中には、野球場もあり、
少年野球の元気な声が響いていたが、
そのすぐ横には、屋外にもかかわらず
こんな無料WiFiの案内板が。
さすが大都会の公園だ。

P6023209s

 

天王洲南運河との間には大きな水門がある。

P6023216s

 

河口の公園のひとつ、東品川海上公園。

P6023218s

「ミッフィー公園」の愛称で
親しまれているらしく、
ミッフィーのイラストの遊具や人形、
花壇などが並んでいた。

 

さぁ、いよいよ目黒川に沿っての遡行開始。

P6023215s

P6023225s

 

歩き始めてすぐ、新品川橋の横の
赤い鳥居は「浜北三社稲荷」

P6023229s

御神木か見事な大イチョウに
まさに守られているような構図がいい。

P6023232s

 

品川橋まで来た。

 この辺りは江戸の昔、
 「東海道五十三次 一の宿」として、
 上り、下りの旅人でにぎわいました。

の説明書きがあるように、
まさに東海道品川宿があったあたり。
「品川宿場散歩」の地図がある。

P6023238s

 

旧東海道、東方向を見て一枚。

P6023236s

 

旧東海道、西方向を見て一枚。

P6023237s

もう一度言わせていただこう。
この付近、あの東海道五十三次の一の宿だ。

 

品川橋を越えて、
赤く見えてきたのは「鎮守橋」。

P6023239s

 

その東岸には「荏原神社」

P6023246s

 

第一京浜道路をくぐって
川沿いを上っていく。

P6023251s

 

途中でこんな駐輪場を見かけた。

コミュニティサイクル
「東海橋防災船着場」

P6023254s

品川区のシェアサイクルらしく、
スマホやカード、暗証番号を使うことで
人手を介することなく
簡単に借りられたり、
乗り捨てたりできるようだ。
150円/30分から。

上海で見たレンタサイクル
思い出す。

P6023256s

 

西岸には「本光寺」の三重塔が
美しく見える。

P6023259s

 

「ようじんほどうきょう」と書かれた橋が。
「要人」?
「桁下2.0m」の文字があるので「用心」?
そんなはずないか。
帰って調べてみたら漢字では
「要津」と書くらしい。
漢字で書かれたらこりゃ読めん。

P6023262s



東側に東海道線と京浜東北線、
西側に山手線と横須賀線と東海道新幹線、
南側に山手通りと目黒川、
という場所に、
近代硝子工業発祥之地
の碑が立っていた。

P6023263s

1873(明治6)年、東海寺の境内に
日本初の洋式の板ガラス工場が
創設されたとのこと。
なぜ、お寺の境内に?
の疑問は残るが、その工場を
翌年、今度は政府が買い上げ
官営の「品川硝子製造所」にしたらしい。

明治のはじめ、今から150年近くも前の話だ。

 

河口から歩き始めて、
ようやく山手線を
くぐるところまで来た。

次回につづく。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

 

2019年12月 1日 (日)

「人間を写字・計算の機械にするのか」

(全体の目次はこちら



「人間を写字・計算の機械にするのか」

- 精神の発達と体からの刺激 -

 

前回紹介した
「人類の自己家畜化」関連の本から
もう一冊とりあげたい。

尾本惠市(編著)
人類の自己家畜化と現代
人文書院

(以下水色部は本からの引用)

本の中にある井口潔さんが書いた
「ヒトにとって教育とは何か」という章から
キーワードを3つピックアップしたい。

 

(1) 「種の保存」と「精神の発達」
1912年にノーベル賞をとった
アレキシス・カレルの言葉。

アレキシス・カレルは
フランス生まれの実験外科研究者で、
生涯をニューヨークの
ロックフェラー研究所で過ごした。

1912年にノーベル賞を取ったが、
晩年にかかるころ
「科学研究はすればするほど
 福祉から離れていく」

ことに気づき、

1935年に
『人間、この未知なるもの
 (Man, the unknown)』を著わした。

また彼の死後出版として
『人生の考察
 (Reflections on Life)』がある。

 彼はそのなかで、
人間が繁栄を続けていくのに
守るべき三つの原則として、

 種の保存、
 個体の保存、
 精神の発達


を挙げている。

現代は「知」の
それも生活に役に立つ「知」の、
不快を退ける「知」の
価値ばかりが高く評価され、
それ以外の徳目は明らかに
低く評価されてしまっている。

そのことが、本来あるべき
「精神の発達」を
歪(ゆが)めてしまっているのではないか。

「種の保存」と「精神の発達」を
同レベルで羅列していることが新鮮だ。

 

(2) 体からの刺激の意味
1981年にノーベル賞をとった
ヒューベルとヴィーゼルの
子猫の「感覚遮断実験」が紹介されている。

 生まれ立ての猫の片目の
上下の瞼の皮膚を縫い合わせ、
数週間後に縫い糸をとって瞼を開くと、
縫い合わせた目の視力は失われていて、
その後いくら視覚を刺激しても
視力は生まれなかった。

要するにその目の視力は
永久になくなったのである。

一方、縫い合わせなかった方の目は
普通以上の視力を持った。

また同じ実験をおとなの猫にしたが、
視力が失われることはなかった。

このように、
「視る」という能力は
自然に現れるもののように思われているが、
そうではない。

「視るという体験」をして始めて
観ることが出来るようになる
のである。

 発達途上の脳の機能を発達させるには
「感覚的経験」が不可欠なのである。

しかもその経験は
生後まもなくの時期になされることが
必要である。

その時期を臨界期といい、
その時期を失すると
重大な障害が起こる。

脳には最初から「見える」仕組みが
備わっているわけではなく、
「目で見る」ことによって、
つまり、見るという体からの刺激が
脳に伝わることで初めて
「見える仕組み」が
脳内に構築されるわけだ。

身体からの刺激、の意味は大きい。

 

(3) 「人間を機械にするのか」
福沢諭吉の言葉。

(中略) 欧米の文明を
一日も早く取り入れるために、
明治5年に学制をしき、
学校の制度をつくった。

政府が決めた内容の知識を、
決められたときに、決められた期間に、
決められた場所で一様に
学習しなければならないようにした。

 福沢諭吉は
人間を写字・計算の機械にするのか
とこの政策に反論したが、
容れられなかった。

そして決められた通りに
学習ができたかどうかの成績で
順位がつけられ、
人間の評価が決まるような
制度をつくった。

無意識のうちに
人間は不活性化され、
「人間の自己家畜化」は
促されたといえる。

約150年前の福沢諭吉の不安は
まさに的中してしまったようだ。

精神の発達が不十分で
写字・計算の機械のような人間が
大量に生産されてしまっている。

「不快」を悪と決めてつけて
「快」ばかりを追求したせいで
あらゆることがバーチャルとなり
「体からの刺激」は貧弱になる一方だ。

「体からの刺激」によって
ちゃんと成長する仕組みがあるのに
自らそれらに蓋をして
生命としての喜びの機会を失っている。

「家畜化」という言葉が
適切かどうかはともかく
「進む道」が、生物として
生き生きと生きる道から
どんどん遠くなっていって
いいはずはない。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2019年11月24日 (日)

無痛文明論

(全体の目次はこちら



無痛文明論

- 「欲望」が「よろこび」を奪っている -

 

シャレド・ダイアモンドの著作

ジャレド・ダイアモンド(著)
倉骨彰(翻訳)
銃・病原菌・鉄
1万3000年にわたる人類史の謎
草思社文庫

の中の
「家畜」の記述を興味深く読んだ話は
ここ
ここ
に書いた。

この件をきっかけに
家畜化についていろいろ調べていたら、
動物の家畜化とは
全く別な話ではあるものの
「人類の自己家畜化」という言葉が
引っかかってきた。

「人類の自己家畜化」とは何だろう?

気になって何冊か本を読んでみた。

読書の中には
「そうかなぁ?」とか
「それはちょっと違うでしょ」とか
疑問や納得できないことが
いろいろあるのに、
ところどころに登場する
表現やキーワードが気になって
途中でやめられず
つい先を読んでしまう、
そんな読書もある。

450ページもある単行本で
厚くて重くて持ち歩きにくい

森岡正博 (著)
無痛文明論
トランスビュー

(以下水色部は本からの引用)

もそんな本の一冊だった。

「むつうぶんべん」ではない、
「むつうぶんめい」。

「自己家畜化」とは? から始めて
現代社会の問題点を
「無痛」の視点から考えてみたい。

 

まずは「自己家畜化」の話から。

人間は、
家畜にしているのと同じことを、
人間に対しても
行なってきたのではないか。
それをもって文明だと
言ってきたのではないか。

このことは、人間が
自分自身を家畜にするという意味で、
「自己家畜化」と呼ばれてきた

自己家畜化という言葉は、1930年代に
E・フォン・アイクシュテットによって
提唱された。

彼は、人間が、人工環境のもとで、
自分自身を家畜のような状態に
していると考えた。その証拠として、
人間の身体の形態に、
ちょうど家畜と同じような
独特の変化が起きていることを
指摘した。

その考え方は、やがて
ローレンツや小原秀雄らに
受け継がれた。

小原秀雄さんの著作を参照しながら、
著者の森岡さんは、
家畜化の特徴を次のように整理している。

文言はそのままに、
項目名だけをピックアップして
並べてみたい。

第1に、
 家畜は人工環境のもとに置かれる。

第2に、
 食料が自動的に供給される。

第3に、
 自然の脅威から遠ざかる。

第4に、
 家畜は繁殖を管理される。

第5に、
 家畜は人間によって
 品種改良(人為淘汰)される。

第6に、家畜化されると、
 その動物は身体の形が変わる。

「私はさらに
 二つのことを付け加えたい」
と森岡さんは二つ足している。

第7に、
 家畜は死をコントロールされる。

第8に、家畜は人間に対して
 「自発的束縛」の態度を
 取ることがある。

項目別の補足は本に譲るが、
そのうえで著者は

現代社会に生きる人間は、
都市という家畜小屋に囲い込まれて、
食料と安全を
与えられることと引き替えに
生命の輝きを奪われてしまった
ブタなのだ

と冷酷に言い放っている。

著者は人間の根源的な欲望に
「身体の欲望」という名前を与え
五つの側面に分けて考えている。

ここもキーワードだけ
ピックアップしてみたい。

【身体の欲望】

(1) 快を求め苦痛を避ける
(2) 現状維持と安定を図る
(3) すきあらば拡大増殖する
(4) 他人を犠牲にする
(5) 人生・生命・自然を管理する

この「無痛」を求める「身体の欲望」が、
われわれの文明をつき動かす原動力と
なっていることを認めつつも、

われわれの文明においては、
人間の「身体の欲望」が、
人間自身から、
「生命のよろこび」を奪っている

のである。

「身体の欲望」と「生命のよろこび」。

ここでの「生命のよろこび」とは
いったいナンなのだろう?

(中略)
どうしようもない苦しみに直面して、
その中でもがいているうちに、
いままでの自己が内側から解体され、
まったく予期しなかった
新しい自己へと変容
してしまうことがある


このときに、
私におとずれる予期せぬよろこびが、
「生命のよろこび」である。

「身体」が「生命」を奪い取る?
「欲望」が「よろこび」を奪い取る?

まさにここに「自己家畜化」という指摘の
真の意味がある。

身体の欲望は、
苦しみを減らし、快を求め、
現状維持と安定を図ろうとする。

われわれの内部にある
身体の欲望が、われわれ自身から、
「苦しみのなかから
 自己を変容させていこう」
とするときにおとずれる
生命のよろこびを奪い取っていく

その結果、われわれは
生命のよろこびの不感症になっていく。

それが自己家畜化の
真の意味なのである。

 

「身体の欲望」と
「生命のよろこび」という
ふたつの重要なキーワードを
こんな言葉でも表現している。

身体の欲望は、
苦しみやつらさを強制的に
目の前から消し去ろうとする。

これに対して、生命のよろこびは、
苦しみやつらさを自分が引き受ける
プロセスのなかでおとずれる。

ここに両者のあいだの
決定的な差がある。

とまぁ、かなり絶望的な分析から
考察が始まるわけだが、
多くのページをめくっても、
「生命のよろこび」を得るための
決定的な提案が
なされているわけではない。

それでも、最終章には
小さく明かりを灯すような
いくつかのキーワードが登場している。
たとえば「開花」。

それまでそこにあったのだけれども、
様々な理由で
見えなくなっていたところの可能性が、
私の前に開花するのである。
これが「開花」の基本形だ。

(中略)

開花の学とは、単に
「残されたもので満足する知恵」
ではない。

いままで知ることのなかった可能性を
ぐいぐいと積極的に引き出し、
開花させる
ための
前向きの知の方法なのだ。

予想もしなかったような状況に
陥ったときに、
思ってもみなかったような考え方を
自分がしたり、
思いがけない力を
発揮できることがある。

このようなとき、私は、
未知の自分と出会っている

これもまた、
私という既知の存在の中から、
未知の可能性を引き出す営みだと
考えられるだろう。

 

たとえば「永遠」。

 われわれは、
生の延長、所有の拡大、
願望の実現によって
「永遠」に近づくのではなく、
まったく逆に、
手にしていたものを手放し、
自己を解体し、
残されたものを
真摯に味わうことによって
「永遠」に出会う
のである。

 

生命の輝きが奪われてしまったままで
いいはずはない。

「無痛」を望む「欲望」が
本来の「よろこび」を
奪っているのかもしれない、は
何度でも繰り返したい問いかけだ。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

より以前の記事一覧

最近のトラックバック

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ