社会

2021年4月11日 (日)

人類が他の動物に食べられていたころ

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人類が他の動物に食べられていたころ

- 生得の武器がない -

 

今週は、2つの驚く記事を目にした。

(1) 人類は「肉を食べ尽くしたあと」雑食に移行したと判明
  人はもともと肉食動物だったが、
  過剰狩猟のため、その後、
  植物性の栄養源を取り入れるようになり
  次第に雑食化していったとのこと。

  詳しい内容は、
   American Journal of Physical Anthropology
  に。

(2) 素粒子物理学の根幹崩れた? 磁気の測定値に未知のずれ
  素粒子物理学の基礎である
  「標準理論」で説明できない現象
  捉えたと、
  米フェルミ国立加速器研究所が
  2021年4月7日、発表した。
  素粒子ミューオンの磁気的な性質が、
  理論で想定される値から
  大きくずれていたという。

  理論が想定していない力が働いていたり、
  未知の素粒子が影響
したりしている
  可能性がある。

  元となる発表はこちら。
   First results from Fermilab’s Muon g-2 experiment strengthen evidence of new physics

どちらもこれから精査が必要だろうが、
長く広く信じられていたことが
書き換えられるかもしれない発表には
ドキリとさせられる。

仮に100%の新発見でなかったとしても、
そこにはこれまで見落としていたような
大事な視点や事実が
含まれていることも多々あるし。

今後の検証報告等に気をつけていきたい。

 

これらのニュース、特に(1)を耳にして
思い出した本があるので、
今日はその本について触れたい。

 

動物と人間の関係を
200冊以上の引用文献を駆使し、
 *ペット
 *動物虐待
 *屠畜と肉食
 *動物実験
 *動物の福祉・解放
などの視点から見つめ直している

生田武志 (著)
いのちへの礼儀
筑摩書房

(以下水色部、本からの引用)

は、

「いのちへの礼儀」という書名が
ある意味「救い」とも言える
実に重い本だった。

特に、畜産業(本では工業畜産とか
動物工場とかの言葉を使っているが)
における動物の扱いの実態は
読むことさえ辛い。

もちろん、肉も卵も食べているのだから
その恩恵は目一杯受けているし、
逆に、本来は知らなくてはいけないこと
なのかもしれないが、
やはり「残酷」と思える現実からは
どうしても目をそむけたくなる。

ただ、この本の価値は
そういった現実を
単に読者に知らせることにはない。

動物と人間との関係を
広く、冷静に見つめ直すことで
読者に「いのちへの礼儀」を
改めて真摯に考える
きっかけを与えてくれていることにある。

なので、客観的な事実がどうか、
という情報の問題だけでなく、
新たに気付かされることも多い。

450ページほどの内容豊かな本から、
そんな点に絞って
いくつか言葉を紹介したい。

最初はやはりこれ。

肉食しなくても生きていけるのに、
なぜわたしたちは
わざわざ動物を殺すのでしょうか

明確な解があるわけではないのだが、
まさに通奏低音のように
本を読んでいる間じゅう
静かに流れ続ける問いだ。

まずは歴史を振り返ってみよう。

ジャングルに住む
初期の人類は草食でしたが、
サバンナに進出した後、
250万年ほど前から
少量の肉を食べ始め、
200万年前には
肉食が定着したようです。

そんな古い食性がどうしてわかるのか?
化石骨から読み取れるようだ。

250万年前から200万年前の
オーストラロピテクスの
化石骨の分析では、
食性の70%が植物性、
30%以下が動物性となっています。

動物性は、昆虫や
トカゲなどの小型の脊椎動物を
食べていたことに由来するらしい。

そもそも、人類の
大きく平たい切歯と臼歯という特徴は、
「肉食」動物でも「草食」動物でも
「雑食」動物でもなく
「果実食」であることを示しています
(三浦慎悟(2018)
 『動物と人間 関係史の生物学』
 東京大学出版会)

 

さて、ここで話を次の段階の
「狩猟」に発展させようとすると
あることに気づく。

一般に、体重が150キログラムより
軽い動物は捕食されやすく

それ以上の体重の動物
(スイギュウ、サイ、カバなど)は
ほとんど捕食されないことが
知られています
(タンザニアの
 セレンゲティ国立公園での
 40年間の調査による)

そう、人間自体が
大きな動物の獲物だったのだ。

人類はほとんど生得の
武器のない生き物です。

ライオンやヒョウのように
時速70キロメートルで走れず、
鋭い牙もかぎ爪もありません。

チンパンジーは鋭い犬歯があり、
握力も約300キログラムあり、
ゴリラも150キログラムの体重で
握力は500キログラム程度ある
とされますが、それでも
現在の野生の霊長類は
年間「4匹中1匹」が
捕食されている
のですから
人類もそれに近い程度
食べられていたと考えられます
(事実、動物に食べられた
 跡の残るホモ・サピエンスの骨格

 各地で発掘されています)

まさに

人類は「狩人」であると同時に
他の動物たちの「食べもの」

だった時期があるわけだ。

ホモ・サピエンスが
「出アフリカ」を果たすのが
約6万年前、
船、弓矢、針などを発明するのが
約7万年前から3万年前、
狩猟具を身に着け
食物連鎖の頂点に立つようになるのには
かなり時間がかかったことになる。

「食べられていた」ころの記憶が
体のどこかに残っているのであれば
他の動物に対してもう少し
優しくなれるような気がするのだが。
残念ながらそこからも時間が経ちすぎた
ということなのだろうか。

 

 

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2021年3月14日 (日)

最初にまず交換したかった

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最初にまず交換したかった

- 猿に労働はない -

 

昨年2020年4月の緊急事態宣言以降
「不要不急」と「経済活動」の関係について
いろいろな議論を耳にする機会が増えたが、
それらを聞きながら
「三浦雅士さんは
 もっとおもしろいことを
 言っていたのに」
と三浦さんの古い著書を思い出すことが
多かった。

今日はその部分を紹介したい。

本はこれ。

三浦雅士 (著)
考える身体
NTT出版

(以下水色部、本からの引用)

初版は1999年の年末。
書き下ろしではなく
新聞や雑誌に発表した記事を
改めてまとめた一冊だ。

 

この本の中に、こんな記述がある。

人間は必要に応じて物を交換すると
普通は思われている

だが、ネアンデルタール人から
クロマニヨン人への決定的な飛躍は、
むしろ逆に、交換が欲望を生み、
必要を生んだ
ことを教えている。

必要だから交換したのではなく、
交換したいから必要になった!

 

ここからは経済人類学の領分である。
そして、事実、多くの学者が、
共同体間の接触が欲望を生み、
その欲望が
労働をもたらしたと考えている。

すなわち、農産物に余剰が生じたから
交換したのではない。

交換したかったから
余剰を作るように
努力したのだ
というのである。

どこでどう学んだのか
「余ったものを交換したのが商業の始まり」
のように思い込んでしまっていたのは
いったいどうしてなのだろう。

 

最初にまず交換があったのだ

それから
その交換の場として集落が成立する。

さらに、そこで交換するための物を
生産するために、農業が始められ、
漁業が始められるようになった。

つまり、農村が発展して
都市になったのではない、
逆に都市が農村を生んだのだ。

「余ったから交換した」のではなく、
「交換したいから余らせるようになった」

なぜそんなことがわかるのか?
実は本を丁寧に読んでも、
この本だけでは
そう言えるようになったことの根拠は
よくわからない。

それでも、
この視点を提供してくれた価値は大きい。

交換の起源はおそらく再分配にある。

たとえば人類学者の山極寿一は、
類人猿と人間との違いは
狩猟採集したものを巣に持ち帰って
再分配するか否かにあると言う。

その場で食べたいという欲望を抑え
他者が獲得したものと合わせて、
それらを分配し直すこと
するか否かにあるというのだ。

山極さんの話は、以前
「円くなって穏やかに同じものを食べる」
という題で本ブログでも紹介した。
独占しないことと、分配、交換は
もちろん深い関係があると思うが、
生物の進化や生物社会の変化の中で
それらはどんな役割を演じたのであろう。

「交換したかった」を前提として
以下の文と読むと、まさに「労働」が
これまでとは全く違う響きをもって
見えてくる。

猿に労働はない

ただ人間だけが苦しんででも
何かを獲得しようとする、
すなわち労働するのである。

 

 

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2021年1月17日 (日)

お酒は二十歳になってから?

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お酒は二十歳になってから?

- 13歳が酒6合! 問題は無銭飲食 -

 

五年前の2016年も1月17日は
日曜日だったようだ。

ちょうど5年前の
その日のブログに書いたのだが、
この季節になると必ず見返すドラマに
「その街のこども」
がある。
ご興味があればリンク先の記事を読んで、
というかDVDにもなっているので
ドラマ自体をぜひご覧になってみて下さい。

11年も前のドラマなのに、
今年は17日(16日深夜)に
NHK BSプレミアムで再放送してくれていた。

ドラマの設定と同じような年齢で
阪神淡路大震災を実体験している
森山未來さん、佐藤江梨子さんの
自然な演技にも引き込まれるが
なんと言っても渡辺あやさんの脚本が
すばらしい。

しつこいようだが名作ゆえ
再度お薦めしておきたい。

 

閑話休題(!?)
私は、「成人の日」と聞くと
いまだに1月15日が浮かんでしまう
昭和のおじさんだが、
朝日新聞が
明治・大正期紙面データベースを
整えていた10年ほど前、
未成年の酒とタバコに関して
こんな古い記事を紹介していた。
(以下水色部、2009年4月3日の
 朝日新聞の記事から引用)

 

1922(大正11)年4月1日付けの夕刊は
「明日からお酒を飲むな
 警視庁は不良少年退治」
という見出しで
未成年者飲酒禁止法のスタート
を伝える。

1922年、
ほぼ100年前ということになるが、
つまり、それまでは
子供でもお酒を飲んで
よかったわけだ。

実際

1889(明治22)年に
13歳の少年が
 浅草公園のそば屋で
 そば7杯、酒を6合飲食したが、
 金がないので警察に突き出された」
という記事がある。

問題になったのは
飲酒のほうではなく、
無銭飲食のほう。

それにしても
そば7杯と酒6合とはすごい量だ。

 

では、タバコのほうは
どうだったのだろう?

未成年者の喫煙禁止法ができたのは
飲酒禁止法より20年以上早い
1900(明治33)年だ。

タバコの規制のほうが
ずいぶん早かったようだ。

いずれによ、どちらも
最初から決まっていたわけではない。

わずか100年ほど前のことでさえそう。

歴史を読むときは、
当時のルールは?と
今のルールを当然と思わないで読む視点を
いつも忘れてはならない、と思っている。

 

 

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2021年1月 3日 (日)

「クーデター本部に顔パス」の外交官

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「クーデター本部に顔パス」の外交官

- プロがプロを取材して -

 

明けましておめでとうございます。

備忘録を兼ねた
まさに気ままなブログではありますが、
今年もボチボチ続けていこうと
思っていますので
今後ともどうぞよろしくお願いします。

 

昨年末2020年12月27日の朝日新聞
「Reライフ 輝く人」に
作家 佐藤優(さとうまさる)さん
記事が出ていた。

佐藤さんが、自らの逮捕、勾留の体験を
感情的にならず冷静に記述している
(おそらく最初の著書)

はたいへんおもしろい本だったが、
あれから15年、
記事には
「これまでに出版した著書は
 900冊を超える」

とある。
 900 / 15 = 60
共著でお名前を拝見することも
多いとはいえ、年間60冊で15年、
900冊はなにかの間違いではないだろうか?

ともあれ精力的な活動の一方、
「心からつきあえる人は、
 5人もいれば十分」

先が見えてくる50代以降は
「消極主義」で生きるべきだ
と話している。

 

佐藤優さんというと
忘れられない新聞記事がある。

産経新聞
2002年3月1日第一面

020301sankeisato

彼の力量 誰が認めたか
前主任分析官「佐藤優」を考える

との見出しの記事。
(以下水色部、
 産経新聞の記事からの引用)

記事はこう始まっている。

ソ連の要人の家に連日、
 夜討ち・朝駆けを続けている
 日本大使館員がいる
」。

モスクワでこんなうわさを
耳にしたのは、
ゴルバチョフ政権下の
ペレストロイカ(再編)が
軌道に乗り始めた
1987年秋のことだった。

この外交官が当時まだ27歳で
いわゆる「ノン・キャリア」の
三等書記官「佐藤優」

なる人物であることはすぐに知れた。

ソ連の要人に夜討ち・朝駆けという
古典的手法でアプローチを試みる
若き外交官。

その対象は驚くべき広範囲に渡っていた。

佐藤に会い、度肝を抜かれた。

夜討ち・朝駆けの対象は
ソ連の政界、経済界、学会、
マスメディア、ロシア正教会、
国家保安委員会(KGB)関係者、
果てはマフィアの親分
・・・と、
表と裏世界の隅々にまでおよび、
しかもその手法は
新聞記者の私も全く顔負けだった。

早朝、出勤前に平均二人、
真冬の凍てついた夜でも
ウオツカを手に深更まで
昼間仕込んだ住所を探しあて、
二人、三人、四人と
相手のアパートの扉をたたき続けた。

佐藤のこの粉骨砕身の
地道な努力が培った
幅広い人脈は数年後、
赫々たる成果を生んでいく

たとえば、どんな成果か?
ちょっと見てみよう。

1991年1月、
リトアニアのテレビ塔を死守する
独立派民衆に
ソ連軍の戦車が襲いかかり、
13人の犠牲者を出す
「血の日曜日事件」が発生。

戦車は「独立運動の砦」
・リトアニア最高会議に
次の攻撃の照準を定めていた。

現地入りした佐藤は人脈をフル利用し
攻撃側の
リトアニア共産党・ソ連派幹部と
独立派幹部の間を
何度も行き来して説得工作を繰り返し、
ついに戦車の進軍を阻止したのである。

最高会議には数百人の民衆が立てこもり、
武力衝突は大流血を意味していた。

「バルト三国の民族衝突拡大は
 ソ連全体の行方を一段と不透明にし、
 これを阻止することは
 日本の国益に合致すると必死でした」。
佐藤はのちに記者にこう述懐した。

ソ連派幹部と独立派幹部の間を
何度も行き来して、
戦車の進軍を阻止したなんて。

 

同年8月、当時のソ連大統領、
ゴルバチョフを
クリミア半島に一時軟禁した
ソ連共産党守旧派(左翼強硬派)による
クーデター未遂事件が起きるや、
佐藤はモスクワ・スターラヤ広場の
ソ連共産党中央委員会に陣取る
「クーデター本部」に
顔パスで潜入した


ゴルバチョフの生死が
世界中の関心を呼んでいたときに、
佐藤は
「ゴルバチョフは生きて
 クリミアにいる。
 表向きの病名はぎっくり腰だ」
との情報を世界に先駆けてキャッチ、
至急報の公電を東京に送った。

クーデター本部に顔パス!とは。
いったい、どんな人脈を
築いていたのであろう。

スパイ小説のようなことが
ほんとうにあるのだ。

 

佐藤さんの異国での驚くべき行動力には
ほんとうに頭が下がるが
この記事は別な意味でも
強く印象に残っている。

最後に(モスクワ 斎藤勉)とある通り、
斎藤記者の署名記事となっているが、
斎藤さんが佐藤さんのことを
実に丁寧に取材していることがよくわかる
記事だったからだ。

記者が取材して書くなんて当たり前、
と言いたいところだが、
最近の(と言っても
この記事自体20年近くも前のものだが)
新聞記事で
「ちゃんと取材して書いているなぁ」
と思えるものは
残念ながら驚くほど少ない。

プロの記者さん、
まさにプロの仕事をお願いします。

今年はそんな記事が
一本でも多く読めますように。

 

 

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2020年11月15日 (日)

「ぞろ目」コレクター

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「ぞろ目」コレクター

- 190円の後悔 -

11月11日、
中国では「独身の日」と呼ばれ、
ネット通販各社による
大規模な値引きセールがあって
毎年記録的な売上を記録しているらしい。

ニュースによると今年のこの時期
最大手アリババの取扱額は
7.9兆円に上ったというのだから凄まじい。
(日本のイオンの年間の売上高規模)

なぜ「独身の日」なのかは
1111を見ればまぁ容易に想像はつく。

日本でも「11月11日」を
日本記念日協会のページで見みてみると
49件もの記念日が並んでいた。

「ポッキー&プリッツの日」

「チンアナゴの日」
などは形のままでいいとしても

「たくあんの日」
については

  たくあん用の大根を
  並べてほしてある様子に
  似ていることと、
  たくさんの
  「1=わん=あん」
  があることから


なる説明がありツッコミどころ満載だ。

ちなみに、
日本記念日協会認定の記念日が
一番多いのは何月何日か
ご存知だろうか?

形やゴロ合わせの多彩さを思い浮かべて
ちょっと考えてみてほしい。

 


正解は、(2020年11月1日現在)
10月10日 で55件らしい。

二番目に多いのが
11月11日 と
8月8日 の49件とか。

どれも「ぞろ目」だ。

「ぞろ目」というと
古いこの記事のことを思い出してしまう。

040710zoro

2004年7月10日朝日新聞の記事
「こだわり会館」から
(以下水色部記事からの引用)


お茶の水女子大学名誉教授の
細矢治夫さんは

平成 1年11月11日
平成 2年 2月22日
平成 3年 3月 3日
平成 4年 4月 4日
平成 5年 5月 5日
平成 6年 6月 6日
から
平成11年11月11日
まで
「ぞろ目」の定期券を
ことごとく持っているとのこと。

細矢さんは

今日が6月6日なら、
朝早く駅に出かけて6時6分の
切符を買わずにいられない。

らしいが、
その「ぞろ目」コレクションは
600点を超えるという。


自分の車についても

この車の走行距離が
111111kmに達した日、
トリップメーターも
111.1kmにそろえて
バッチリ撮影。

 

大学の教え子も

平成7年7月7日
消費税分まで割り出して
777円のレシートを確保。

と協力を惜しまない。

そのコレクターぶりには
偏執的な熱意を感じるが、記事は
こんなエピソードにも触れていて
なんとも憎めない。

平成3年3月3日のこと。
発行番号「3333」の
330円の切符を買おうと、
準備運動のつもりで
140円の切符を買ったら
「3333」が出た。

今も
「なぜ190円をケチってしまったか」
を大いに後悔しているという。

 

ところで、
2020年11月11日を8桁で表わした
20201111
は一見素数のようなにおい(?)がするが、
7で割れてしまい素数ではない。

近い範囲では、その2日後の
20201113
が素数。

今年の年末から新年にかけては面白くて
20201231
20210101

はどちらも素数。
(双子素数ではないけれど、
 名前を付けたくなる連続(?)素数だ)

9年後の年末年始
20291231
20300101

も素数が連続となる。

 

「ぞろ目」といい
「日付8桁の素数判断」といい
興味のない人にとっては
まさに「どうでもいいこと」だろうし
実質的に社会や何かの
役に立つようなことでもない。

それでも、
つい熱くなってしまったり、
思わず書き残してしまいたくなったり
する人がいる。

ハイ、私もそのひとりです。
というわけで今夜はこのネタで
記録を兼ねて
記事とさせていただきました。

 

 

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2020年10月 4日 (日)

検査陽性のとき罹患している確率

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検査陽性のとき罹患している確率

- 検査精度98%の検査であっても -

 

「ある病気の検査で陽性だった人が
 実際に罹患している可能性は?」

という問題は、
今回のコロナ禍とは関係なく
古くからある典型的な問題だが、
改めてこのネタで知人と話をしてみると
初めて聞く方には、
にわかには信じられない
結果になっているようだ。

どうして直感と大きくズレて
しまうのか?

簡単な計算ゆえ
一度丁寧に振り返っておきたい。

具体的な数字を入れた問題を提示します。
ちょっと考えてみて下さい。

【問題】

人口の1%が罹患する病気がある。
検査方法は確立されていて
その精度は98%

ここでの精度とは「正しく判定できる率」
つまり、
罹患者が検査すると、
 98%が陽性となり2%が陰性となる。
非罹患者が検査すると、
 98%が陰性となり2%が陽性となる。
誤判定2%ということだ。


さて、
この検査を受けて陽性だったとき
実際に罹患している率は
どの程度か?

 

「え!? 
 精度が98%ということは
 98%じゃないの?」
と思った方、
実はぜんぜん違うのだ。

問題文に説明用の記号を入れて
書き直してみる。

人口の1%(a)が罹患する病気がある。
検査方法は確立されていて
その精度は98%(b)
つまり、
罹患者が検査すると、
 98%(f1)が陽性となり
 2%(f2)が陰性となる。
非罹患者が検査すると、
 98%(f3)が陰性となり
 2%(f4)が陽性となる。

検査結果陽性者が、
実際に罹患している率(r)は?

図に示すとこんな感じだろうか。
実際の比率通りに書くと
わかりにくくなってしまうので、
あくまでも説明用に模式的に書いている。

Rikan1

100万人を対象にして計算してみよう。
罹患者は1%なので1万人。
つまり f1 + f2 = 1万人
 f1 = 1万人x98% = 9800人
 f2 = 1万人x 2% = 200人
非罹患者は99万人。
 f3 = 99万人x98% = 97万200人
 f4 = 99万人x 2% = 1万9800人

検査での陽性者はf1とf4。
でも実際に罹患している人はf1のみ。
 r = f1 / (f1+f4) = 33%

つまり罹患率1%の環境下、
検査精度98%の検査で
陽性者が実際に罹患している率rは
33%にしかならない


「検査精度98%」を聞いたとき
通常はf1:f2のことしか頭に浮かばず
f4がイメージしにくい。
今回の場合、
 f1 約1万人に対して、
 f4が約2万人もいる。
f4が実際にはかなり大きい。
そのことが、
直感とのギャップを生んでいるのであろう。

 

では、罹患率と検査精度を少し動かして
rの動きを見てみよう。

(E1) 検査精度を動かしてみる

Rikan3

罹患率1%のまま、検査精度を
99%から60%で動かすとこんな感じ。
検査精度70%程度の検査では
結果が陽性であっても
rは2%にしかならないため
事実上検査結果に意味はない、
ということになってしまう。

 

(E2) 罹患率を動かしてみる

Rikan4

検査精度98%のまま、罹患率を
0.1%から10%に動かすとこんな感じ。
これはかなり興味深い結果となっている。
罹患率10%、
つまり10人に一人が罹患しているような
そんな集団に対して検査をすれば
同じ検査精度98%の検査でも
rは84%にまで高くなる。

無作為に検査を実施しない。
患者がいる可能性が高い集団に対して
検査をする

というのはこういう点で大きな意味がある。

 

(E3) 検査精度が70%だったら

Rikan5

(某P**検査のことを意識してではないが)
検査精度70%の場合について
試算してみたのがこの表。
数値を見ていただければわかる通り、
rの値はどの場合でも小さく、
罹患率10%という高い集団で検査をしても
rは21%までにしかならない。

 

r(検査陽性者が実際に罹患している率)を
あげる、つまり検査結果がある確率で
意味を持つようにするためには、
E2に書いたように、
検査集団を選ぶことがいかに有効か

よく分かる。

ほかにrを上げる方法はないのだろうか?

実際には、検査の誤判定率は
罹患者の場合と非罹患者の場合で違う、
ということは一般的なようだ。

「罹患者なのに陰性」の間違いと
「非罹患者なのに陽性」の間違い
の率が違う、ということは
容易に想像がつく。

ウイルスが
 「あるのにない」と
  判定してしまう率よりも、
 「ないのにある」としてしまう
  誤判定の率の方が低い、
というような場合。

今、最初の問題の検査精度を
罹患者の誤判定率(2%)に対して、
非罹患者の場合はその1/10
つまり(0.2%)として図を書いてみる。

Rikan7

仮にこの比率を使って問題文を書き直すと

人口の1%(a)が罹患する病気がある。
検査方法は確立されていて
その精度は罹患者に対しては98%(b)
つまり、
罹患者が検査すると、
 98%(f1)が陽性となり
 2%(f2)が陰性となる。

2%が誤判定だが、
非罹患者に対しては
その率は1/10になるとする。
つまり
非罹患者が検査すると、
 99.8%(f3)が陰性となり
 0.2%(f4)が陽性となる。

検査結果陽性者が、
実際に罹患している率(r10)は?

となる。

最初の問題の正解rは33%だったが、
今回の条件で計算すると
f4が小さくなるため
その値r10はなんと83%になる

結果の信頼性が大きく上がったではないか!

同様に、E1-E3のすべての場合について、
非罹患者に対する誤判定率を
罹患者に対するものの1/10として
再計算したのがこの表。
(rまたはr10が70%以上になったものは
 青く塗っている)

Rikan6

一試算ではあるものの、この表を見ると、

(1)「検査対象において
  罹患率何%の病気の検査なのか?」

(2)「検査精度(誤判定率)は、
  対罹患者の場合と
  対非罹患者の場合で違うのか」

(3)「違う場合、それぞれどの程度か」

これら3つの質問に対する回答によって
「検査結果が陽性だった」の意味が
大きく異なってくることがよくわかる。

逆に言えば、それらが不明なままで
「検査結果が陽性だった」
を論じても、あまり意味がないことは
表を見れば明らかだ

単純な試算でも1%から98%までが
表に登場しているわけだから。

 

 

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2020年9月27日 (日)

高校生が著した「タネの未来」

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高校生が著した「タネの未来」

- 全国各地の伝統野菜のタネを求めて -

 

有機栽培
協生農法
と農業関連のネタが続いたが、
農業関連でもうひとつ
大事なトピックスを並べておきたい。

それは、種(たね)。

参考書は
現役高校生の小林宙(そら)さんが書いた
この本。

小林 宙(著)
タネの未来
僕が15歳でタネの会社を起業したわけ
家の光協会

(以下水色部は本からの引用)

まずは、
タネの問題を考えるうえでの
キーワードを教えてもらおう。

【固定種】

その木の中からまた、
とくに甘い実を選んで、
そのタネを植えつける -。

これを何度も繰り返すほど
純度が増していき、
やがてとれるタネのほぼすべてから
甘い実をつける木が育つようになる。

これが、タネが固定されていく過程だ。

つまり、ある特性を持つタネを
繰り返しとって植え、
その純度を高めていくことを、
「品種を固定する」といい、

そうして何世代もかけて作られたタネは、
一般的に「固定種」と呼ばれている。

起点となる「固定種」はわかりやすい。
「甘い実」等ほしい特性を強化したタネは
イメージしやすい。
で、それをベースにした「F1品種」がある。

【F1品種】

二つの異なる固定種を掛け合わせて作る、
F1品種というタネ
だ。

これはつまり、ものすごく簡単にいうと
「味のよいトマト」と
「耐病性のあるト」を掛け合わせて
「味がよく、病気にも強いトマト」を
作るというもの。

(中略)

日本では、稲や麦などの穀物を除き、
野菜のタネの9割をF1品種が
占めている
といわれている。

これも馴染みのある話だ。
ところが、このF1品種には
特徴となる大きな問題点がある。

【F1品種の問題点】

いいことずくめに思えるF1品種だけど、
そうとは言えない面もある。

この品種は、またの名を
「雑種第一代品種」ともいう。

説明したように、
異なる品種を掛け合わせることで、
顕性遺伝の法則によって、
「甘い」とか「病気に強い」とかの、
出したい性質を確実に
出すことができるのだけど、

それができるのは「第一世代」だけ
なのだ

「第一世代(F1品種)」の作物から
タネをとって植えた「第二世代」は、
これまた遺伝の法則で、
親の世代では顕性の性質に隠れていた
潜性のほうの性質がきっちり現れる。

「甘くて、病気に強い」親の性質を
受け継がない
のだ。

そんなF1品種が、
販売されているすべての野菜の
9割を占めるという。つまり
農家も、採れたタネ(第二世代)を
植えるわけではなく、

「農家でさえ、毎年新しいタネを
 よそから買っている」


ということを意味する。

一方、規制されながらも
一部で利用されるようになってきている
遺伝子組替え品種(GM品種)には、
この問題点がない。つまり
「F1品種と違って二代目のタネも
 一代目の性質を失わない」
という大きな特徴をもつ。

なので、
品種改良された部分を活かし
こんな販売方法も導入されている。

【農薬とのパッケージ販売】

販売戦略的な点からいえば、
もっとも主流なのがパッケージ販売だ。

この売り方はすでに、
世界中で多くの例がみられる。

これはどういうことかというと、
たとえば、
GM品種と農薬のセット販売だ。

自社製の除草剤Xと、
遺伝子組換えによって
除草剤Xに対する耐性をつけた作物Aとを
セットで販売する。

このGM作物Aを栽培する畑に
除草剤Xを全面的に散布すれば、
雑草はすべて枯れ、
作物Aだけが無事に生長する
というわけだ。

良し悪しは別な議論としても、
生産性や経済性が優先されていることは
農業の、そしてタネの世界もまた同じ、
ということのようだ。

 

続いて、タネに関する法律を
ふたつだけチェックしておこう。

【種子法と種苗(しゅびょう)法】

タネについて考えるとき、
押さえておきたい法律が二つある。

一つは
「種子法(主要農物種子法)」

二つめは、
「種苗法」
だ。

タネの開発に重視されるのは 
「公益性」なのか、
それとも「権利」なのかということを
先ほど述べたけど、
ものすごく大まかに言うと、
「公益性」を守るための法律が種子法で、
「権利」を守るのか種苗法だ

この法律、近年動きがあった。

【種子法の廃止、
 種苗(しゅびょう)法の強化】

種子法は、世間一般では
とくに大騒ぎになることもなく、
2018年4月1日をもって廃止された

これまで国が負ってきた
米、麦、大豆のタネの開発と管理を、
民間に開放したわけだ。

公益性を守る法律である
種子法が廃止され、

独占の権利を守る種苗法が
強化されつつあるというのが、
タネをめぐる現代の情勢

だということは、
知っておいてほしいと思う。

 

固定種、F1品種、GM品種
種子法、種苗法

本を読むと、タネに関する
基礎的かつ重要なワードを
駆け足で知ることができる。

 

著者の小林さんには
生後5ヶ月のころに発見された
食物アレルギーがある。

小林さんのお母さんが本の中で
「ありとあらゆる食べ物に
 アレルギー反応が出た」
と書いているが、発見当初は
小麦、卵、乳製品、ゴマ、ソバ、
お米、大豆、鶏肉、牛肉がダメという
かなり厳しい状況だったようだ。

「大丈夫だったのは野菜・魚・果物くらい」

親御さんもさぞや大変だったことだろう。

一方で、
そういった多くの制限があったからこそ、
小林さんの関心が食べ物、
そして野菜、野菜のタネに
向かっていったのかもしれない。

 

タネへの興味はぐんぐんと伸び
小林さんは、わずか15歳で伝統野菜の
タネの流通会社を起業してしまう。

全国各地に足を運び、
タネ情報を収集することが
楽しくてしかたがないことが
読者にも伝わってくる。

たとえば、山形県などでは、
昔から各家庭ごとに
固有のマメ(タネ)をとり続けていて、
娘が結婚するときには
嫁ぎ先に実家のマメを
少し持っていかせるというような
風習があり
、今も一部の地域では
残っている。

こんなふうにして、
各家庭レベルで、
品種が受け継がれているのだ。

ちなみに、甘くて
味噌の原料にするときに
麹が少なくて済むから「麹いらず」、
白黒の模様をしているから
「パンダささぎ」
(ささぎ=ササゲマメ)など、
マメの名前も各家庭ごとに
様々に呼ばれていて、おもしろい。

 

本の題名は「タネの未来」だが
「タネの未来」がわかるわけではない。

ただ、
未来に向けてどんな課題があるのか、
どんな点を見なければならないのか、は
タネのド素人が読んでもよくわかるように
書かれている。

なによりも本人のタネへの情熱が
清々しくて心から応援したくなる。

重要なわりに目立たないタネ。
農業問題を考えるとき、
ぜひ立ち戻って考えたい
視点のひとつを与えてくれる。

 

 

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2020年9月20日 (日)

「協生農法」という考え方

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「協生農法」という考え方

- 農業が砂漠化を推進してしまう -

 

前回、有機栽培を実践している
久松農園代表の久松達央さんの
言葉を紹介したが、農業関連では、
ぜひこの方を紹介しておきたい。

ソニーコンピュータサイエンス研究所の
舩橋真俊さん。

『砂漠をジャングルに変える、
 ソニーが取り組む「協生農法」とは?』
という記事(リンクはこちら)を見ると
その概要を知ることができるが、
舩橋さんは、
無農薬だ、有機栽培だ、といった
よく耳にする議論とは
全く別次元の農業を実践しようとしている。
(以下水色部は上記記事、
 または記事内の動画の字幕から引用)

そのスタート地点は

環境負荷を生んでいる大本の要因
農業自体を転換しない限り

と言っているように、
現在の農業自体の変革だ。

「トマト畑」のように、
単一種の生育条件を最適化する
慣行農業の生理学的最適化は、
最終的には砂漠化を進めてしまう。

そうではなく、
与えられた環境条件で
複数種が競合共生しながら
それぞれが最大限の成長を達成する
生態学的最適化をめざす
「協生農法」という考え方を
提案している。

一種類の植物だけが並ぶ畑ではなく、
いろいろなものが
ごちゃごちゃと共生している畑
というわけだ。

「協生農法」とは
多種多様な植物を混生・密生
耕さず、肥料や農薬も使わない

植物や生物の力で
生態系本来の強さを引き出す

言うは易いが、そんなやり方で
肝心な収穫をちゃんと確保することが
できるのであろうか?

その実践例として
アフリカ・ブリキナファソでの
成果が紹介されている。

わずか一年で砂漠が「密林」に。
育った野菜は150種に及んだ。

市場では野菜の品質の高さが認められ、
売上は平均国民所得の約20倍に達した。

加えて、舩橋さん提案の協生農法の成果は
なんとその国の憲法にまで影響を与えようと
しているらしい。

舩橋の尽力に伴い、
ブルキナファソの新憲法では
持続可能な農業
保証されようとしている。

まさにこの農法のポイントは
「持続可能」の部分にある。

単一種の生育条件のみに特化した
現在の慣行農業は、最終的には
生物多様性をどんどん貧しいものに
追い込んでいってしまう。

そうではなく、
やればやるほど多様性が豊かになる
そういう農業もあるのではないか、
と提案してくれているわけだ。

 

これまでの経験から得られた
協生農法のノウハウは
「協生農法 実践マニュアル」として
ここに公開されており、
誰でも読むことができる。

しかも2020年9月時点で
日本語・英語を含む
4言語で用意されている。

日本語版の中で舩橋さんは
こう書いている。
(以下茶色部マニュアルからの引用)

これまでの農業は、
植物一つ一つを不自然に肥大させ、
自然状態の植物の本質からはほど遠い
「養殖野菜」を作ることに腐心して
科学技術を用いて来たように思います。

それは、今日成人病や
メタボリック症候群で苦しむ我々の姿と、
どこか共通していないでしょうか。

 

現状のマニュアルは、
家庭菜園での自給や
地産地消規模での実践を想定し、
協生農法の「栽培法」の部分を
主に掲載している


協生農法には、大別して
栽培法、活用法、販売法
3分野が存在し、
職業農家などで
生業として成立させるには
これら全てが揃うことが
必要条件である。

と書かれている通り、まだまだ先は長い。

それでも、
たった一年で大きな成果をあげた
アフリカ・ブリキナファソでの例を始め
圧倒的な実行力と
既存の学問や範疇にとらわれない
柔軟な発想に支えられて
その内容は、これからますます深く、
かつ広くなっていくことだろう。

「協生農法」
それは、
「将来の農業」を、
「将来の地球」を考える上で
これまでにない大きな変換点を
与えてくれている。

そして、知れば知るほど
恐ろしいほどの可能性を強く感じる、
と同時に
これまでの自分の発想が
いかに既成概念に縛られた
狭いものであったのかを
思い知らされる。
そこにはある種の快感すらある。

 

 

 

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2020年9月13日 (日)

「主因」「素因」「誘因」

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「主因」「素因」「誘因」

- 「全体的に見る目」を失っていないか -

 

久松農園代表の久松達央さんが
「スーパーで売っている
 きゅうりの皮はなぜ硬い?」
という記事の中で、
現在の農作物の流通とその栽培について
語ってくれている内容は、
農業という範囲を超えて
いろいろ考えさせられるものがあった。
記事全文はこちら
(下記水色部は記事からの引用)
忘れないうちに重要なキーワードを
メモっておきたい。

市場流通向け栽培のゴールは
「値が付きやすい規格のものを、
 いかにたくさん安定して採るか」
に尽きるわけです。

具体的には「耐病性」とか
「曲がりの少なさ」といった要素が
大切になります。

と、具体的に
優先順位の指標を示してくれている。

久松さん自身は「おいしい」きゅうりを
目指しているわけだが、
安定供給をミッションとする農家を
まったく責めたりはしていない。
「その目的のために
 最適な行動をとっている」と。

実際にうちだって、
おいしさの一点だけを
追求しているわけではなく、
「おいしさ」と
「栽培のしやすさ」の間で
ウロウロとしているんです。

「安定供給」であれ
「おいしさ」であれ
優先順位や目的を決めたからといって
農作物を相手にすると
簡単にはいかないことが
よく伝わってくる。

そんな中、有機栽培について語った
次の部分は特に印象深かった。

まずは農作物の病害について学ぼう。

病害発生のメカニズムには
「主因」「素因」「誘因」
3つがあるとされています。

例えば「べと病」という病気が
あるんですが、

主因としてはカビがそれにあたります。

素因は品種だったり、
その植物自体の話です。

そして誘因
土壌や風通しなどの環境です。

寡聞にして
「主因」「素因」「誘因」
という見方を初めて知った。
なるほど、これらの組合せによって
はじめて病気になるわけだ。

病気を避けるには、その3つ
すべてに目を向ける必要があります


けれども、
農薬を使うことを前提にすると、
どうしてもその主因のカビを
取り除くことばかりに
目が向いてしまって

その個体はどうなのかという素因や、
土作りは適切なのかという誘因への
意識がおろそかになりがちです。

カビなんてどこにでもいるものなので、
それを取り除くことに意識が集中すると、
他が見えなくなってしまいます。

逆に有機栽培は
それらを全体的に見る目が
強く鍛えられる
わけです。

「主因のカビを
 取り除くことばかりに
 目が向いてしまって」
は示唆に富む指摘だ。

「全体的に見る目が
 強く鍛えられるわけです」
有機栽培実践によるメリットを
こんな角度から耳にしたのは初めてだ。
実践者自身の言葉ゆえ説得力がある。

 

振り返って、現在のコロナ禍。
手当り次第の無差別な消毒は
「主因のウイルスを
 取り除くことばかりに
 目が向いてしまって」
いるからだろう。

病気には「主因」のほかに
「素因」も「誘因」もある。

盲目的な「マスク絶対」が
世間的には大手を振っている中
「息子が通う幼稚園では、
 園の中では先生たちも
 マスクをはずすことになった」
というつぶやきを目にした。

幼い子どもたちは
大人の表情と、発する言葉から
社会性や情操を育んでいく。
その表情をマスクで覆っていてはよくない、
と園長が判断したとのこと。

先生がマスクをすることで
表情が読み取れず
戸惑っている子どもたちを目にして、
子ども自身が持つ「育つ力」や
生き生きと生活することによる免疫力を
総合的に判断しての決断らしい。

そもそも気をつけないといけない病気は
コロナだけではない。

まさに主因のみに囚われていない
好例だと思う。

「主因」「素因」「誘因」、
「全体的に見る目」を失っていないか、は
忘れてはいけない問いかけだ。

 

 

 

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2020年9月 6日 (日)

2020年 夏の小語録

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2020年 夏の小語録

- わかりやすさの過剰摂取で -

 

コロナウイルスにより
かつて経験したことのない
夏を過ごすことになった2020年。

いわゆる三密を意識的に避けた生活も
すでに半年にも及んでいるせいか、
夏祭りや花火、繁華街や旅先での
人があふれかえっている過去の映像を見ると
妙に遠い世界のことのように感じてしまう。

というわけで、
実際にはあんなに暑かったのに
なぜか夏を実感しないまま
9月に入ってしまった、という感じだ。

涼しくなる前に、この夏に目にした言葉から
印象に残ったものを
いくつかここに留めておきたい。


(1) わかりやすさの過剰摂取
ドイツ在住の雨宮紫苑さんこの記事

「わかりやすい表現で
 わたしを納得させてみろ」という
 尊大なクレーム精神は、現代人の病。

というタイトルに
みごとに内容が集約されているが、

「わかりやすさの過剰摂取で、
 わたしたちは考える努力をしなくなった」

は、グサリと突き刺さる言葉だ。

わかりやすい説明を人に求めるのではなく
「自分で考えることの楽しさ、おもしろさ」
を、もう少し広められないものだろうか?

ここにも書いた通り、
我々は無痛(わかりやすさ)を求めるがあまり
「欲望」が「よろこび」を奪っている
面があることを
すっかり忘れてしまっている。
目を覚ます路はありやなしや。

 

(2) 蓋(ふた)をする
2020年8月24日に、佐藤栄作氏が持つ
連続在職日数の2798日を超え、
最長政権の記録を更新した安倍首相は
その4日後の8月28日
持病が悪化したことを理由に
総理大臣を辞任する意向を明らかにした。

さまざまな問題が表面化しながらも
長期化した政権の奇妙さについては
「朝日川柳」に掲載されていた
井原研吾さんの川柳が、
たった17文字で表現しきっている。

蓋(ふた)をする ただそれだけでこうも持ち

 

(3) 症状でググるな
この歌詞、
誰でも思い当たるフシがあるだろう。

決して症状をググるな!!
「咳」と「病気」でググれば
お前はすでに結核だ。

少しでも安心できるネタを探して
検索しているのに、病気関連の場合、
それをやると
なぜか心配ネタが増えるばかりだ。

 

(4) 生きがいって、
大好きなアイリッシュバンド
Dé Domhnaigh(ジェ・ドゥーナ)で
フィドルを演奏している大谷舞さんの言葉。

生きがいって、
生きた心地がしない時ほど強く感じる。

「生きた心地がしない」ほどの時間を
過ごせれば、おそらくそこに
生きがいは必要ない気がするが、
いずれにせよ、
何ものにも代えがたい時間を
体験できた人のみが口にできる言葉だ。

そういう経験は、
簡単に手に入るものではないけれど
だからこそそれは貴重で愛おしい。

そんな心豊かな奏者による
素晴らしい演奏を1セットどうぞ。
リンクをひとつだけ貼っておきます。
 polka set 
(クリックするとYouTubeに移って
 再生されます)

 

(5) 浜松の日本歴代最高気温
2020年8月17日、静岡県浜松市で
41.1度が記録された。
これは2018年に埼玉県熊谷市で記録された
日本歴代最高気温に並ぶ。

その翌日のTwitterでみかけたつぶやき。
リツイートの繰り返しで原作者不明。
浜松、熊谷の関係者限定ネタではあるけれど。

日本歴代最高気温を記録した
浜松市民が騒いでいるようだが、
君たちには「うなぎ」も「餃子」も
「YAMAHA」もあるじゃないか。

熊谷から日本歴代最高気温を奪ったら
何が残るか考えてやったほうがいい。

 

 

 

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