科学

2020年9月20日 (日)

「協生農法」という考え方

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「協生農法」という考え方

- 農業が砂漠化を推進してしまう -

 

前回、有機栽培を実践している
久松農園代表の久松達央さんの
言葉を紹介したが、農業関連では、
ぜひこの方を紹介しておきたい。

ソニーコンピュータサイエンス研究所の
舩橋真俊さん。

『砂漠をジャングルに変える、
 ソニーが取り組む「協生農法」とは?』
という記事(リンクはこちら)を見ると
その概要を知ることができるが、
舩橋さんは、
無農薬だ、有機栽培だ、といった
よく耳にする議論とは
全く別次元の農業を実践しようとしている。
(以下水色部は上記記事、
 または記事内の動画の字幕から引用)

そのスタート地点は

環境負荷を生んでいる大本の要因
農業自体を転換しない限り

と言っているように、
現在の農業自体の変革だ。

「トマト畑」のように、
単一種の生育条件を最適化する
慣行農業の生理学的最適化は、
最終的には砂漠化を進めてしまう。

そうではなく、
与えられた環境条件で
複数種が競合共生しながら
それぞれが最大限の成長を達成する
生態学的最適化をめざす
「協生農法」という考え方を
提案している。

一種類の植物だけが並ぶ畑ではなく、
いろいろなものが
ごちゃごちゃと共生している畑
というわけだ。

「協生農法」とは
多種多様な植物を混生・密生
耕さず、肥料や農薬も使わない

植物や生物の力で
生態系本来の強さを引き出す

言うは易いが、そんなやり方で
肝心な収穫をちゃんと確保することが
できるのであろうか?

その実践例として
アフリカ・ブリキナファソでの
成果が紹介されている。

わずか一年で砂漠が「密林」に。
育った野菜は150種に及んだ。

市場では野菜の品質の高さが認められ、
売上は平均国民所得の約20倍に達した。

加えて、舩橋さん提案の協生農法の成果は
なんとその国の憲法にまで影響を与えようと
しているらしい。

舩橋の尽力に伴い、
ブルキナファソの新憲法では
持続可能な農業
保証されようとしている。

まさにこの農法のポイントは
「持続可能」の部分にある。

単一種の生育条件のみに特化した
現在の慣行農業は、最終的には
生物多様性をどんどん貧しいものに
追い込んでいってしまう。

そうではなく、
やればやるほど多様性が豊かになる
そういう農業もあるのではないか、
と提案してくれているわけだ。

 

これまでの経験から得られた
協生農法のノウハウは
「協生農法 実践マニュアル」として
ここに公開されており、
誰でも読むことができる。

しかも2020年9月時点で
日本語・英語を含む
4言語で用意されている。

日本語版の中で舩橋さんは
こう書いている。
(以下茶色部マニュアルからの引用)

これまでの農業は、
植物一つ一つを不自然に肥大させ、
自然状態の植物の本質からはほど遠い
「養殖野菜」を作ることに腐心して
科学技術を用いて来たように思います。

それは、今日成人病や
メタボリック症候群で苦しむ我々の姿と、
どこか共通していないでしょうか。

 

現状のマニュアルは、
家庭菜園での自給や
地産地消規模での実践を想定し、
協生農法の「栽培法」の部分を
主に掲載している


協生農法には、大別して
栽培法、活用法、販売法
3分野が存在し、
職業農家などで
生業として成立させるには
これら全てが揃うことが
必要条件である。

と書かれている通り、まだまだ先は長い。

それでも、
たった一年で大きな成果をあげた
アフリカ・ブリキナファソでの例を始め
圧倒的な実行力と
既存の学問や範疇にとらわれない
柔軟な発想に支えられて
その内容は、これからますます深く、
かつ広くなっていくことだろう。

「協生農法」
それは、
「将来の農業」を、
「将来の地球」を考える上で
これまでにない大きな変換点を
与えてくれている。

そして、知れば知るほど
恐ろしいほどの可能性を強く感じる、
と同時に
これまでの自分の発想が
いかに既成概念に縛られた
狭いものであったのかを
思い知らされる。
そこにはある種の快感すらある。

 

 

 

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2020年9月13日 (日)

「主因」「素因」「誘因」

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「主因」「素因」「誘因」

- 「全体的に見る目」を失っていないか -

 

久松農園代表の久松達央さんが
「スーパーで売っている
 きゅうりの皮はなぜ硬い?」
という記事の中で、
現在の農作物の流通とその栽培について
語ってくれている内容は、
農業という範囲を超えて
いろいろ考えさせられるものがあった。
記事全文はこちら
(下記水色部は記事からの引用)
忘れないうちに重要なキーワードを
メモっておきたい。

市場流通向け栽培のゴールは
「値が付きやすい規格のものを、
 いかにたくさん安定して採るか」
に尽きるわけです。

具体的には「耐病性」とか
「曲がりの少なさ」といった要素が
大切になります。

と、具体的に
優先順位の指標を示してくれている。

久松さん自身は「おいしい」きゅうりを
目指しているわけだが、
安定供給をミッションとする農家を
まったく責めたりはしていない。
「その目的のために
 最適な行動をとっている」と。

実際にうちだって、
おいしさの一点だけを
追求しているわけではなく、
「おいしさ」と
「栽培のしやすさ」の間で
ウロウロとしているんです。

「安定供給」であれ
「おいしさ」であれ
優先順位や目的を決めたからといって
農作物を相手にすると
簡単にはいかないことが
よく伝わってくる。

そんな中、有機栽培について語った
次の部分は特に印象深かった。

まずは農作物の病害について学ぼう。

病害発生のメカニズムには
「主因」「素因」「誘因」
3つがあるとされています。

例えば「べと病」という病気が
あるんですが、

主因としてはカビがそれにあたります。

素因は品種だったり、
その植物自体の話です。

そして誘因
土壌や風通しなどの環境です。

寡聞にして
「主因」「素因」「誘因」
という見方を初めて知った。
なるほど、これらの組合せによって
はじめて病気になるわけだ。

病気を避けるには、その3つ
すべてに目を向ける必要があります


けれども、
農薬を使うことを前提にすると、
どうしてもその主因のカビを
取り除くことばかりに
目が向いてしまって

その個体はどうなのかという素因や、
土作りは適切なのかという誘因への
意識がおろそかになりがちです。

カビなんてどこにでもいるものなので、
それを取り除くことに意識が集中すると、
他が見えなくなってしまいます。

逆に有機栽培は
それらを全体的に見る目が
強く鍛えられる
わけです。

「主因のカビを
 取り除くことばかりに
 目が向いてしまって」
は示唆に富む指摘だ。

「全体的に見る目が
 強く鍛えられるわけです」
有機栽培実践によるメリットを
こんな角度から耳にしたのは初めてだ。
実践者自身の言葉ゆえ説得力がある。

 

振り返って、現在のコロナ禍。
手当り次第の無差別な消毒は
「主因のウイルスを
 取り除くことばかりに
 目が向いてしまって」
いるからだろう。

病気には「主因」のほかに
「素因」も「誘因」もある。

盲目的な「マスク絶対」が
世間的には大手を振っている中
「息子が通う幼稚園では、
 園の中では先生たちも
 マスクをはずすことになった」
というつぶやきを目にした。

幼い子どもたちは
大人の表情と、発する言葉から
社会性や情操を育んでいく。
その表情をマスクで覆っていてはよくない、
と園長が判断したとのこと。

先生がマスクをすることで
表情が読み取れず
戸惑っている子どもたちを目にして、
子ども自身が持つ「育つ力」や
生き生きと生活することによる免疫力を
総合的に判断しての決断らしい。

そもそも気をつけないといけない病気は
コロナだけではない。

まさに主因のみに囚われていない
好例だと思う。

「主因」「素因」「誘因」、
「全体的に見る目」を失っていないか、は
忘れてはいけない問いかけだ。

 

 

 

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2020年6月14日 (日)

誰も本当に「独立」などしていない

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誰も本当に「独立」などしていない

- 「ごった煮」のまま考える -

 

前回
哺乳類の基盤ともいえる胎盤が
ウイルス起源、という話から
過去感染したウイルスと
現在のゲノムとの間に
不思議な関係があることを
この本から学んだ。

中屋敷均 (著)
ウイルスは生きている
講談社現代新書

(以下水色部、本からの引用)

今日は、もう少し読み進めて
生命の基礎となる
「個体」について考えてみたい。

 

「ひとりの人間」を
「個体」として認識することに
それほど違和感はない。

ところが、微生物やウイルス、
あるいは遺伝子までを
視野に入れて考えると
「個体」の認識は
かなりあやふやになってくる。

高等動物であっても
「生命の単位」の問題から
完全に自由な訳ではない。

たとえば2006年のサイエンス誌に、
ヒトの腸内に生息する細菌の
詳細な解析結果が報告され、
そこには10兆から100兆個もの
細菌が存在することが明らかになった。

それらの腸内細菌が持つ遺伝子の数は、
ヒトゲノムにある遺伝子数の
少なくとも100倍以上になると
推定された。

そういった多量に存在する
腸内細菌の力(遺伝情報)を借りて

ヒトは本来、
自分自身では保有していない
代謝系によるアミノ酸、多糖類、
ビタミンやテルペノイドなどの
代謝物を作り出すことを
可能としている。

ひと言でいうと
これらの細菌がないとヒトは
生きていけない
、ということだ。

わかりやすい例として、
草食動物で考えてみよう。

この問題はウマやウシなどの
草食動物ではより顕著である。

彼らは植物を
主食とするにもかかわらず、
その主要成分であるセルロースを
分解するセルラーゼを持たない


セルロースの分解は
消化管内の共生微生物が担っており、
彼らはそういった微生物の存在、
すなわち彼らの持つ
遺伝情報の存在なしには、
当然生きていけない。

このような場合、
草食動物の存在には
腸内細菌が不可欠になっており、
草食動物は腸内細菌がいなければ
「単位」として
成立していない
ようにも思える。

ヒトも草食動物も
細菌と一緒に生きている。
切り離したら生きていけない。
このとき、両者を切り離して
別々の「個体」としていいのだろうか?

まさに

形而下の生物としてのヒトは、
形而上の「個の意識」と
同じ程度には他から独立していない

わけだ。

「自己とは何か?」
「他者とは何か?」
「個体とは何か?」
これらを無理やり定義したくなるは
我々のかなり特殊な分類欲で
その純度を高めようとすることが
かえって自然を見えなくしてしまっている
のではないか、とさえ思えてくる。

少なくとも物質的には、
誰も本当に「独立」などしておらず
相互に依存し、進化の中では
他の生物との合体や遺伝子の交換を
繰り返すようなごった煮の中で、
生命は育まれてきた

定義により細分化し、分けて考える、は
これまでも多くの分野で
繰り返されてきた。
これからは、
この「ごった煮」のまま考える
という方法こそが、より広い分野で
必要となってくるのではないだろうか。

 

 

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2020年6月 7日 (日)

胎盤はウイルスのおかげ

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胎盤はウイルスのおかげ

- ウイルスと一体化したヒト -

 

未だに先が見えない
新型コロナウイルスの感染拡大。

ウイルスには足がないのだから、
広めているのはまさに人間なわけだが、
2020年6月6日時点で、
全世界の累計感染者665万人超、
死者39万人超
という数字を見ると、
人の接触というのは、
まさにワールドワイドなんだな、を
改めて痛感する。

悪者、のイメージが強いウイルスだが、
こんな本を読むと、
かなり見る目が変わる。

中屋敷均 (著)
ウイルスは生きている
講談社現代新書

(以下水色部、本からの引用)

今日は、この本から
驚きのエピソードを一つ紹介したい。

読み始めてすぐ、
まえがきにて紹介されている例だ。

話は胎児を守っている
胎盤という組織の話から始まる。

通常、非自己排除の生体システムは
「非自己」を攻撃の対象とするが、
胎児の場合、
たとえ血液型が母親と違っていても、
攻撃対象とはならず

母親の血液を介して
酸素や栄養分を受け取り、
すくすくと育っていく


そんな不思議なことを
可能にしているのが、
胎盤という組織なのである。


この胎盤の不思議さの肝となるのが、
胎盤の絨毛(じゅもう)を
取り囲むように存在する
「合胞体性栄養膜」という
特殊な膜構造である。

この膜は胎児に必要な
酸素や栄養素を通過させるが、
非自己を攻撃するリンパ球等は通さず、
子宮の中の胎児を
母親の免疫システムによる攻撃から
守る役目を果たしている

哺乳類としては当然、
という気もするが、

2000年の『ネイチャー』誌に
驚くべき論文が掲載された。

それは、この「合胞体性栄養膜」の
形成に非常に重要な役割を果たす
シンシチンというタンパク質が、
ヒトのゲノムに潜むウイルスが持つ
遺伝子に由来する
と発表されたのだ。

哺乳類の基盤ともいえる
胎盤がウイルス起源!?

その後、マウスやウシといった
他の哺乳動物でも
多少の違いはあるものの
同様のことが相次いで報告された

胎児を母体の中で育てるという戦略は、
哺乳動物の繁栄を導いた進化上の
鍵となる重要な変化であったが、
それに深く関与するタンパク質が、
何とウイルスに由来するものだった
というのだ

詳しい話は
内在性レトロウイルス遺伝子
といった単語を中心に調べると
いろいろ解説が出てくるが、

哺乳類のゲノムには、
過去に感染したウイルスの遺伝子の断片
多く存在しているらしく、
その量は全ゲノムの8%にもなるという。

その昔、シンシチンを提供した
ウイルスと我々の祖先は
まったく別の存在で、
無関係に暮らしていた
はずである。

しかし、ある時、
そのウイルスは我々の祖先に感染した。

そしてシンシチンを提供するようになり、
今も我々の体の中にいる。

そのウイルスがいなければ胎盤は機能せず、
ヒトもサルも他の哺乳動物も
現在のような形では
存在できなかったはずである。

調べてみると、
内在性レトロウイルス遺伝子は
哺乳類の胎盤獲得に働いているだけでなく、
機能性の高いウイルス遺伝子と
順次置き換わることができる、という
さらに驚く記述も見つけられるが、
いずれにせよ、
過去に感染したウイルスが、
今はヒトのゲノムの一部となって
重要な機能を果たしている

ということのようだ。

我々は親から子へと
遺伝子を受け継ぐだけでなく、
感染したウイルスからも
遺伝子を受け継いでいる
のだ。

もう一度言おう。

我々はすでにウイルスと一体化しており、
ウイルスがいなければ、
我々はヒトではない

 

新型コロナウイルス「SARS-CoV-2」も
いつかはヒトのゲノムの
一部になる可能性すらある、ということか。

しかも、場合によっては
病気どころか新たな機能や器官を
作り出す可能性をも含んでいるなんて。

哺乳類の基盤ともいえる胎盤が
ウイルス起源、という研究成果が
もたらすものは、
「親から子へ」こそが遺伝だと
思っている人には
ちょっと刺激が強すぎる。

 

 

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2020年5月17日 (日)

「遺伝子ドライブ」の恐怖

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「遺伝子ドライブ」の恐怖

- 取り返しのつかないことになる前に -

 

前々回
「遺伝子組み換え」と呼ばれる技術の
問題点を挙げ
前回
それらが「クリスパー」に代表される
新しい「ゲノム編集」の技術において
どう解決されているのか、
を簡単に見てきた。

今日は、
「ゲノム編集」の技術の応用の中でも
私がまさに「恐怖」と感じている
「遺伝子ドライブ」について考えてみたい。

引き続き、参考書はこの本。

小林雅一(著)
ゲノム革命がはじまる
DNA全解析とクリスパーの衝撃
集英社新書

(以下水色部、本からの引用)

 

まずは
「遺伝子ドライブ(gene drive)」とは?

遺伝子ドライブとは、
「人類にとって都合の悪い遺伝子」を
人為的に駆逐する、あるいは逆に
「人類にとって都合のいい遺伝子」を
人為的に繁殖させる技術だ。

科学者たちの間では長いこと、
ある種の夢あるいは逆に悪夢として
語られてきた一種のSF的技術でもある。

従来の遺伝子組み換え技術では、
遺伝子ドライブを実現することは
極めて難しかったが、
クリスパーの力によって
技術的には可能になってしまった。

2015年11月
米カリフォルニア大学サンディエゴ校と
同アーバイン校の共同研究チームが、
ついに遺伝子ドライブの実験に成功。

それは次のような仕組みだ。

私たち人間をはじめ
生物に備わっている通常の遺伝子は、
父親由来の遺伝子と
母親由来の遺伝子が互いに半々
(50パーセント対50パーセント)の確率で
子孫へと伝わっていく。

つまり、(遺伝子の立場から見れば)
上手く生き残る場合もあれば、
そうでない場合もあるので、
特定の遺伝子が他を駆逐してしまう
ような事態を免れている。

これに対し利己的遺伝子では、
ほぼ100パーセントに近い確率で
子孫へと伝わっていく
ため、
最終的には自分以外の遺伝子を
完全に駆逐して種を制覇してしまう。

ここでの「利己的な遺伝子」は、
英国の動物行動学者、
リチャード・ドーキンス氏の有名な著書
『利己的な遺伝子』の利己的とは
まったく違うものなので
ちょっと紛らわしいが、
とにかく、交配によって
通常50%となってしまう遺伝を
ほぼ100%としてしまうことが
可能になったわけだ。

どんな仕組みで
事実上100%の遺伝を実現するのか?

そのメカニズムの詳細については
上記参考書を含むいくつかの解説書や
詳しい解説を含むこちらのページ
遺伝子ドライブとは?
等を参照していただきたいが、
シンプルながら
よく考えられた実におもしろい仕組みだ。

改変した部分だけでなく、
他方の染色体を切断して
改変遺伝子をコピーさせる
「仕組み」そのものを
パッケージにして子に伝える。
「コピー機能を持つ
パッケージ自体が引継がれる」ので
ある意味まさに再生産の無限ループだ。

 

今回、カリフォルニア大学の
共同研究チームは、
アフリカのサハラ砂漠以南で
マラリアを伝染させる蚊に
クリスパーを適用し、
マラリア原虫への耐性を備えた
利己的遺伝子を
(厳重に管理された実験室内で)
創り出すことに成功した。

つまりこの蚊は、
マラリアを伝染させない。
しかも、その子も50%の確率ではなく、
ほぼ100%の確率で伝染させない。

この蚊を野に放てば
原理的には「マラリア」は
撲滅できるが

その一方で食物連鎖の末端に位置する 
「蚊」のような生物を遺伝的に
改造してしまえば、その上位に連なる
無数の捕食動物をはじめ、
生態系や環境に
予想外のダメージを与えてしまう
恐れ
も指摘されている。

そして一旦そのように
進化の方向性を狂わされた生態系は、
後から元に戻そうとしても
取り返しがつかない

アフリカでは現在でも
年間約2億人がマラリアを発病し、
そのうち約67万人が
死に至っているという。

なので、なんとかしたい、は
多くの人の希望だろう。
しかし、どう考えてもこの方法はまずい。

米国科学アカデミーは、
今回実現された遺伝子ドライブ技術を、
どう取り扱っていくべきかを検討。

2016年6月に 
「現時点では、
 遺伝子ドライブで作られた生物
 (具体的には蚊などの昆虫)を
 野生に放つことを支持するに足る
 十分な根拠がない。

 まずは厳格に制御された状況下で、
 実地試験から入るべきだ」

とする玉虫色の勧告を発表した。

「マラリアだけ」の視野で
取り返しのつかないことに
どうかどうかなりませんように。

近い将来、ゲノム編集は
「生命」「寿命」「健康」
「医療」「子孫」「美容」
などの分野で、驚くべき成果を
次々とあげていくことだろう。

でもそれらはすべて
狭い目的から見たときのみの成果だ。

食物連鎖だけでなく
われわれは自然の大きな流れに
支えられながら生きている。
なのに、その自然のことを
まだほとんど知らない。

目的と成果に目を奪われて
自然への敬意と畏れを
忘れることがあっては決してならない、と
改めて強く思う。

 

 

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2020年5月10日 (日)

遺伝子操作技術「クリスパー」の衝撃

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遺伝子操作技術「クリスパー」の衝撃

- 「速く」「安く」「正確に」 -

 

前回
「遺伝子組み換え」と呼ばれる
従来の遺伝子技術には
【 精度(成功率)が低い 】
【 汎用性に乏しい 】
という2つの大きな問題があった、

というところまで書いた。

それらが「クリスパー」に代表される
新しい「ゲノム編集」の技術において
どう解決されているのか。

引き続き、この本を参考書として
見ていきたい。

小林雅一(著)
ゲノム革命がはじまる
DNA全解析とクリスパーの衝撃
集英社新書

(以下水色部、本からの引用)

 

新たな遺伝子操作技術
「クリスパー」は、
従来の組み換え技術が背負わされた、
それらの問題や限界を
全て取っ払ってしまう

と勢いよく書き始めているように、
従来技術の全問題点を
解決してしまっている
まさに画期的な新技術のようだ。

【「精度(成功率)が低い」問題の解決】

中でも重要なのは
「組み換え精度」の問題である。

前述のように、
従来の遺伝子組み換え技術は
「100万回に1回の成功率」といった、
ほとんど偶然(運)に頼ったような
確率的手法だった


これに対し、クリスパーでは
(科学者が)DNA上の狙った遺伝子を
ピンポイントで切断したり、
改変することができる
(現時点で、その成功率は
 100パーセントまではいかないが、
 それに近いレベルには達しており、
 今後、ますます精度に
 磨きがかかってくると見られる)。

 

そして、2番目の問題もクリアされている。

【「汎用性に乏しい」問題の解決】

従来の遺伝子組み換え技術では、
たとえばマウスを対象にして
開発された技術は、
あくまでマウスにしか使えなかった。

これに対しクリスパーは、
マウスのような実験動物だけでなく、
牛や豚のような家畜、
鯛や鮭のような魚、
あるいはトウモロコシや
ジャガイモなどの農作物、
さらにはマーモセット(小型猿)や
人間など高度な霊長類まで、
あらゆる種類の動物や植物に適用できる
「汎用的な」遺伝子操作技術
なのだ。

従来技術の2つの大きな問題が
どちらも解決されているばかりでなく、
さらなる長所がクリスパーにはある。

従来の遺伝子組み換え技術は、
長年にわたって
地道な訓練を積んできた
ベテラン研究者にしか扱えない

ようなものだった。

それが、なんと・・・

【高校生でも操作が可能な使いやすさ】

これに対しクリスパーは、
「ゲノム」や「塩基配列」など
分子生物学の基本的知識さえあれば、
誰でも扱える簡単な技術とされる。

実際、クリスパー発明者の一人、
米カリフォルニア大学バークレイ校の
ジェニファー・ダウドナ教授は
(動画サイト「ユーチューブ」に
 アップされたビデオの中で)
私たち専門家の下で
 トレーニングすれば、
 たとえ高校生でも数週間で
 クリスパーを使えるように
 なるだろう

と語っている。

 

まとめると、まさにいい事尽くめの
画期的な技術であることがよくわかる。

【圧倒的に「速く」「安く」「正確に」】

クリスパーは非常に精度が高く、
かつ容易に扱える技術であることから、
遺伝子操作に要する期間が
飛躍的に短縮された。

たとえば
ノックアウト・マウスを作るために、
従来の手法では
1年以上もかかっていたのに、
クリスパーではたった3週間で
できるようになった。

そして、
このように開発期間が短縮されれば、
当然それに要するコストも下がる。

つまりクリスパーとは、
従来よりも圧倒的に
「速く」「安く」「正確に」
遺伝子を操作できる技術
なのだ。

そう言えば、
2018年に放送された
NHK「最後の講義」という番組内で、
講師の福岡伸一さんが、
「20年ほど前は
 ノックアウト・マウスを作るのに、
 3年という時間がかかり、
 ポルシェ3台分くらいの費用がかかった」
という話をしていた記憶がある。

このゲノム編集技術を
手に入れることによって、
科学者(つまり人間)は、
DNAという「生命の設計図」を
自由自在に改変できるようになった


これについては
人がついに神の領域に
 足を踏み入れた

との見方さえある。

その結果、ゲノム編集技術を使った

* 肉量が従来の1.5倍に増加した真鯛
  筋肉の成長を抑制する
  ミオスタチン遺伝子を
  クリスパーで切断(破壊)
* 肉量が2倍に増加した牛
* 角の生えてこない乳牛
* 腐りにくいトマト
* 油の生産効率を1.5倍に増やした藻

* 旱魃(かんばつ)に耐えられるトウモロコシ
* 従来よりも大きな収穫量が期待される小麦


などがすでに作り出されている。

「速く」「安く」「正確に」操作できる
となれば、その対象が拡大されるのは
必然だ。
対象も種類も広がり続けることだろう。

 

もちろん、農畜産物の改良以外にも
医療分野への応用の期待も大きい。

これまでの、いわば対症療法に対し、
個々の病気を引き起こす
根本的な原因である「遺伝子の変異」を
直接治療できる可能性も高まってきたからだ。

いずれにせよ、
「神の領域に足を踏み入れた」技術の
倫理的な側面からも
目を逸らすことはできない。

そんな中、「やってしまったら
まさに取り返しがつかない」という意味で
最も恐ろしいのが「遺伝子ドライブ」だ。

次回はこの「遺伝子ドライブ」について
その概要を学んでみたい。

 

 

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2020年5月 3日 (日)

「遺伝子組み換え」の技術的課題

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「遺伝子組み換え」の技術的課題

- 2つの大きな問題点 -

 

近い将来、とんでもないことを
ひき起こすかもしれない技術、
という意味で、
個人的な興味ながら
「AI(人工知能)」と
「ゲノム編集」からは目が離せないと
思っている。

今日は、以下の本を参考書に、
「ゲノム編集」に繋がる
遺伝子回りの操作技術について
少し学んでみたい。

小林雅一(著)
ゲノム革命がはじまる
DNA全解析とクリスパーの衝撃
集英社新書

(以下水色部、本からの引用)

 

遺伝子を組み換える、という技術には
半世紀近い歴史があるし、
「遺伝子組み換え作物(GMO)」などの言葉を
目にするようになってからも
四半世紀ほどは経つ。

ところが、「ゲノム編集」の登場により
ここ数年、遺伝子回りの話題は
文字通り恐ろしいほど加速している。

以前からある「遺伝子組み換え」と
近年脚光を浴びている「ゲノム編集」とは
何がどう違うのだろうか。

まずは「遺伝子組み換え」から
少し詳しくみてみよう。

こうした遺伝子組み換えは、
基本的に 
「バクテリア(細菌)」や
「植物」、あるいは「動物」など
他の生物が持つ遺伝子を、
(特殊なウイルスやバクテリアの
 感染力を使うなどして)
目的とする植物や動物など(のDNA)に
組み込むことで実現される。

本文から、具体的な例を
ピックアップして列挙すると

(1) 遺伝子組み換えトウモロコシ
トウモロコシに
殺虫性バクテリアの遺伝子を導入することで、
「害虫への抵抗性を備えたトウモロコシ」が
実現される。

遺伝子組み換えトウモロコシに
代表されるような
遺伝子組み換え作物(GMO)は、
その種子だけで全世界で
年間約400億ドル(4兆円前後)もの売上
記録する一大産業になっている。

(2) バイオ医薬品
正常にインスリンを分泌する
人の遺伝子を取り出し、
これを大腸菌に組み込むと、
この大腸菌が人型インスリンを
生産するようになる。

これは糖尿病の患者に授与される
「バイオ医薬品」として広く使われている。

(3) ノックアウト・マウス
マウス(小型ネズミ)に、あえて
本来とは異なる遺伝子を導入することで、
実質的にその遺伝子を破壊したのと同じ
マウスを実現できる。

(これがノックアウト・マウスで、
 主に分子生物学や医学、
 あるいは神経科学などの分野で
 実験用動物として使われている。

 具体例をあげると、
 特定の遺伝子を破壊したことによって、
 そのマウスが何らかの病気を
 発症したとすれば、
 その遺伝子が病気を抑える役割を
 果たしていたことが判明するなどして、
 医療研究に資することになる)


その是非はともかく、
一見成功しているように見えるこの
「遺伝子組み換え」技術が持つ
大きな問題点とは何なのだろう?

【問題点その1: 精度(成功率)が低い】

まず一つは技術の精度に関する問題である。

簡単に言えば、
従来の遺伝子組み換えでは、
これから導入しようとする遺伝子を
(ターゲットとなる生物のDNA上の)
狙った場所に組み入れるのが
容易ではなかった。
つまり科学者らが何度試みても、
間違った場所に遺伝子を
組み入れてしまうことが多かったのだ。

たとえば、
ノックアウト・マウスを
作ろうとするときには、研究者が 
「マイクロインジェクション」
と呼ばれる作業を100万回以上も
繰り返す必要があった

その作業を通して、ようやく1回だけ
狙った通りに成功する、といった
極めて成功率(的中率)の低い技術
だったらしい。

このため、十分な訓練を積んだ
ベテラン研究者でさえ、目的とする
ノックアウト・マウスを作るために
1年以上も要することが珍しくなかった。

GMOやバイオ医薬品についても同様。

稲の遺伝子を組み換えて、
収穫量の大きな新品種(GMO)を
作り出そうとした場合、
変異が(DNA上の)正しい位置に入る確率は
1万分の1程度と言われた


バイオ製品も
組み換え精度の問題などによって、
製品化までに極めて長い開発期間と
膨大な費用がかかっていた。

【問題点その2: 汎用性に乏しい】

たとえばノックアウト・マウスを
作るために使われた組み換え技術は、
あくまで
マウスだけに通用する技術であって、
マウスよりも大きな
「ラット(大型ネズミ)」で
同じことをやろうとしても
上手くいかない。

 

100万回だの、1万分の1だの
驚くような数字が並んでいるが
以上、
従来の遺伝子技術が持つ2つの問題点
【 精度(成功率)が低い 】
【 汎用性に乏しい 】
を挙げたのち著者小林さんは、
こうコメントしている。

要するに
従来の遺伝子組み換え技術は、
「組み換え」
という言葉から連想される
自由自在なイメージとは裏腹に、
実は様々な問題や限界を抱えた
不自由な技術だった
のだ。

 

こういった問題を抱えていた
従来技術に対して、
「クリスパー」に代表される
新しい「ゲノム編集」の技術は
どう優れているのか?

この話、次回に続けたい。

 

 

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2020年3月15日 (日)

伝書鳩からレース鳩に

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伝書鳩からレース鳩に

- 一日で千kmを飛んで帰巣!? -

 

2020年3月11日、WHO(世界保健機関)は
新型コロナウイルス感染拡大を
「パンデミック(世界的な大流行)」に
相当すると表明。

3月12日には、
古代オリンピック発祥の地
ギリシャ・オリンピア遺跡のヘラ神殿前で
聖火採火式行われたようだが、
先が読めない中、東京2020オリンピックも
黄色信号といったところだろうか。

ところで、オリンピックと言えば、
56年前の東京オリンピックの開会式で
多くの鳩が一斉に飛び立ったシーンは
リアルタイムでは見ていないものの
のちの映像では何度も目にしており、
なかなか印象的だ。
8千羽も放たれたらしい。

JOCのオリンピック憲章のページでは
過去からのオリンピック憲章を
見ることができるが、試しに

オリンピック憲章 
Olympic Charter 2000年版・英和対訳
(1999年12月12日から有効)

を見てみると、94ページには

1.11
オリンピック聖火が走者達の
リレーによって
スタジアムに運び込まれる。
最後の走者がトラックを一周し、
オリンピック聖火に点火する。

聖火は
オリンピック競技大会の閉会式まで
消されてはならない。
聖火への点火に続いて、
平和を象徴する鳩が解き放たれる

とあり、開会式での鳩を使った演出が、
なんと明文化されている。
(2004年版以降
 この記述はなくなっているようだが)

当時、鳩は、平和の象徴として、だけでなく
伝書鳩(でんしょばと)としても
新聞社等で実際に使われていたらしい。

気になってちょっと調べてみたら
こんな記事が見つかった。

「3割が帰らないナゾ」
を見出しとしていた
2007年5月13日朝日新聞の記事
(以下水色部記事からの引用)

伝書鳩は、
エジプトから中国などにかけて分布する
カワラバトの仲間だ。

縄元前3千年ごろから、
帰巣能力を買われ、
通信用に飼いならされるようになった。
ハトと人とのつきあいは長い。
旧約聖書の「ノアの洪水」のくだりに、
箱船から放たれたハトが
オリーブの小枝を持ち帰った
との記述がある。
このときから、平和の象徴にもなった。

紀元前3千年ということは
なんと5千年もの歴史があるわけだ。

新聞社でも使われていた。

帰巣能力を買われて、かつては
通信機器」として活躍した。

第2次大戦までは、
軍用の機密も伝書鳩が運んだ。
もちろん、わが朝日新聞社でも
記事や写真の送稿に
欠かせない存在だった。

社史によると、1895年、
「朝鮮から井上馨公使帰国」
のニュースを伝えたのが最初。

電話やファクスの普及につれて、
わが社でも1966年までに、
全本社の通信鳩係が廃止された。

1966年に廃止されたとはいえ、
約70年も新聞社で使われていたわけだ。

「伝書鳩」としての役目を終えた鳩は、
現在は「レース鳩」と呼称を変え、
速さを競うレースが、
その晴れ舞台として残っている。

100kmから1000kmを越えるコースまで
各種レースがあるようだが、
そのレースでの帰還率が
近年大幅に落ちて来ているらしい。

全滅が続いて、
中止に追い込まれた伝統レースもある

とのこと。

記事の見出し
「3割が帰らないナゾ」は
この帰還率のことを指している。

その理由については

「携帯電話の普及で電磁波の影響を受ける」
「異常気象のせい」
「短距離レースに力を入れる人が増えた」
「健康管理や訓練が雑になった」…。

会場で、いろいろな声が聞かれた。
だが、猛禽類が増えているのを、
理由にあげる人が圧倒的に多い

タカが保護されて増えたから、
というわけか。

 

保護が進んだ結果、都内でも
オオタカやハヤブサが観察される。

「レース中に食べられたり、
 襲われてショックで方向を
 見失ったりしているのでしょう」

とは、日本伝書鳩協会会長の
屋内一郎さんの言葉。

それにしても
条件さえ良ければ千kmという距離を
1日で帰るというハト。

いったいどうやって帰路を掴むのであろう。

ハトが帰巣に使っているのは、
まず地形などの視覚情報

見覚えのある場所で放せば
一直線に家に帰る
鉄道を見つけると線路沿いに飛ぶ。

そして、方角。これは、
太陽の位置と体内時計を
組み合わせて判断
しているらしい。

人工照明によって体内時計を
6時間ずらしてやると、
ハトは鳩舎から90度ずれた方向を
目さして飛んでいく。

地形や太陽との角度のほか
地磁気を感じていることも
確かめられているようだ。

地磁気を感じることも、
実験で確かめられている。
ただし、手術で磁気を
感じられなくしたハトもちゃんと
帰巣することが多いところからすると、
どの程度頼りにしているかは、
はっきりしない。

ほかにも、
遠近両用眼鏡のような視力、
紫外線も見える視覚、
低音波も聞こえる聴覚、
千枚もの写真を覚えられる記憶力、
などなど、個々のすぐれた能力の
調査は進んでいるようだが、
帰巣のメカニズム自体が
明確になっているわけではないようだ。

飼育は、1964年の東京オリンピックのころが
ピークだったらしい。

そうそう、こんな記述もあった。

公園などで見かけるドバトは、
伝書鳩が逃げ出して
半野生化したものといわれる。

あの、
のんきそうにしている公園のハトにも
1000kmを飛んで巣に帰る能力が
備わっているのかもしれない、と思うと
ちょっと見直してしまう。

 

 

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2020年3月 8日 (日)

鄭人履を買う(ていひと くつをかう)

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鄭人履を買う(ていひと くつをかう)

- 『韓非子』の寓話 -

診察と言いながら患者の方を見ず、
検査結果が表示されている
モニタばかりを眺めている医者に
「目の前にいる患者を
 診ようとしないでどうする」
とはよく言われることだが、
そんな非難の声を聞くようになって
もう四半世紀ほどは経つような気がする。

ところがそんな状況は改善されるどころか
ますますデータ偏重へと流れている。

実態が目の前にありながら
「データだけを見る」の傾向は、
医療の現場だけでなく
いまや、あらゆる領域に蔓延している
と言っていいだろう。

先日もある技術セミナの中で、
「居酒屋の仲居さんの帯の中に
 モーションセンサを仕込み、
 移動や立ったり座ったりの動きを把握、
 疲労度や負荷具合がデータとして
 分析・把握できる」というシステムを
紹介している企業があった。

遠隔地に数万人もいるというならともかく
店内の仲居さんの様子は、
直接仲居さんの動きを見たほうが
ずっと正確で早い気がするが。

そもそもモーションセンサで
把握できることなんて、
仲居さんの体調のごくごく一部だし。

とまぁ、データのみに頼ってしまって
現実を活かしきれない、
活かそうとしない例は
まさに枚挙にいとまがないが、
この件、コンピュータ活用が広がった
「最近のこと」というわけではないようだ。

なんと二千年以上も前の
中国の書物にでてきている。

以下の本に教えてもらう。

加藤徹(著)
絵でよむ漢文
朝日出版社

(以下水色部は本からの引用)

紀元前3世紀の韓非(かんぴ)の著、
『韓非子』にある寓話だ。

鄭人履を買う
(ていひと くつをかう)

で知られている。

鄭の国の人が、
靴を買おうと思った。

あらかじめ
自分の足のサイズを測って
メモを作成し、市場に行ったが、
そのメモを家に忘れた。

メモを取りに帰って市場に戻ると、
店はすでに閉まっていた。

靴を買いに行ったのに
サイズのメモを忘れたから買えなかった。
買いに行った本人の靴なのに。

なんとも象徴的で
うまい話を持ってきている。

ある人が
自分の足で実際に靴を
 履いてみればよかったのに

と聞くと
「メモ書きは信用できるけど、
 自分は信用できないよ」
と答えた。

 

著者の加藤さんは

自信がない人は何もできない
肩書き入りの名刺を忘れると、
自己紹介もできない。

事前に書いた原稿を読みながら
でないと、演説もできない。
そんな人々を諷刺する寓話である。

と書いているし、
実際最後の行は

曰「寧信度、無自信也。」

日わく
「寧(むし)ろ度を信ずるも、
 自ら信ずる無し」と。

となっているので、正しくは
「自信のない人への諷刺」
なのかもしれないが、

私は読んだ瞬間、
昨今の
データがなければなにもできない、
というデータ偏重の風潮を
強烈に風刺しているように感じた。

人曰「何不試之以足。」

人曰わく
何ぞ之を試みるに
 足を以てせざる
」と。

データばかりを見て、
目の前の実態を見ようとしない、
そんな現実を目にするたびに
「何ぞ之を試みるに
 足を以てせざる」と
言いたくなることはよくある。

もう一度書く。
『韓非子』の著者韓非(かんぴ)は
紀元前3世紀、二千年以上も前の人だ


ちなみに

『韓非子』は
君主の政治の方法を論じた書。
悪の帝王学、
東洋のマキャベリズムの書として
有名。

らしい。
私は寡聞にして
名前しか知らなかったが。

 

 

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2020年2月23日 (日)

雑誌『Interface』512号 (4)

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雑誌『Interface』512号 (4)

- 農業用センサから脳波計測デバイスまで -

 

前回から引き続き、
雑誌『Interface』(CQ出版)の
2020年2月号
記念の512号の中身を
見ていく4回目。今日で最終回としたい。

 

第6章はセンサのまとめ。

第6章 センサ40+α
6-1 距離画像センサ8+α
6-2 各国のGNSS測位衛星システム8
6-3 高精度測位対応GNSSモジュール4+α
6-4 高精度衛星測位サービス4+α
6-5 農業用センサ16

(CQ出版が公開している
 第6章のページへのリンクはこちら

この章、
センサで何を感知するかはもちろん、
部品名、型名、製造メーカ/販売、
加えて参考購入先までが一覧になっている。
すぐにでも購入して実験できそう、
という意味でまさに実務的な紹介。

例として
6-5 農業用センサ
を見てみよう。

  温度 湿度 土壌水分
  土壌EC  雨量
  水位 照度 CO2
  糖度 酸素 光スペクトル
  pH 放射温度  害獣
  カメラ    

いろいろなセンサが並んでいる。
電気を使って測れるもののオンパレード。
代表的な「温度」で見ても、

温度センサには、
熱電対、サーミスタ、半導体式
などがあります。

農業用としてよく使われるのは、
サーミスタと半導体式です。

半導体式では、
MEMS技術の進歩により、
温度以外に湿度、大気圧などを
一緒に測定できるものも出てきました。

MEMS(メムス)とは
「Micro Electro Mechanical Systems」
「微小な電気機械システム」という意味で、
半導体のシリコン基板・ガラス基板・
有機材料などに、機械要素部品の
センサ・アクチュエータ・電子回路などを
ひとまとめにしたミクロンレベル構造を
持つデバイス。

単純なセンサ部だけではなく、
まとまった機能を持つ部品として
提供されているので、
「マイクロマシン」と呼ばれることもある。

 

第7章と第8章は基本パーツと
もはや基本パーツのひとつとも言える
カメラ・モジュールの紹介なので
目次のみを。

第7章 基本パーツ96+α
7-1 基本電子部品16
7-2 マイコンで使えるモータ&ドライバ32
7-3 LEDデバイス32
7-4 画面表示デバイス16+α
第8章 カメラ・モジュール108+α
8-1 カメラ・モジュール44
8-2 USBカメラ16+α
8-3 カメラ・モジュール用レンズ48+α

(CQ出版が公開している
 第7章のページへのリンクはこちら
 第8章のページへのリンクはこちら

 

そして最後の第9章では、
生体計測技術を紹介している。

第9章 生体計測技術16+α
9-1 脳波計測デバイス4
9-2 学習用生体信号データセット4+α
9-3 生体信号計測デバイス8+α

(CQ出版が公開している
 第9章のページへのリンクはこちら

しかも9-1では、なんと
「脳波計測デバイス」の一覧が。

脳波計測デバイスなんて
もちろん使ったことはないし、
これからも使うことはないと思うが

「脳波で猫耳が動く製品necomimiなど、
 普及価格帯
 脳波デバイスの草分け的存在

 アプリケーションが豊富で、
 出来合いのものでも
 いろいろ試してみたい人向け


「無償の開発ツールでも、
 集中度、リラックス度、瞬き検出、
 感情指標など、
 多数のパラメータを取得できるので、
 BMIやバイオ・フィードバック応用が容易。
 低周波特性が
 δ波をカバーしていないため、
 深い睡眠の解析には注意が必要

NASAやMITでも使用実績がある
 脳波+α波が欲しい人向け。
 初代museは
 4チャネル脳波のみであったが、
 2では脈波や加速度、ジャイロなど、
 機能が大幅に追加された。
 全体のコスト・パフォーマンスは良好

などという記述を見ていると
何の目的意識もないのに
おもわず手に取ってみたくなる。

特に次のようなフレーズは
ほんとうに誘惑的だ。

ハードウェアもソフトウェアも
 全てオープンとなっている
 生体計測DIYの決定版


3Dプリンタで出力できる
 ヘッドセット・フレームの
 3Dデータも公開されているなど、
 ものづくり派向け


研究用のエントリ・モデルならこれ

 

9章に分けて並べられた
512の技術の一部を、
目次を通して駆け足で眺めてきた。

どんな小さな技術にも、
部品にも、マイクロマシンにも
それぞれに背景となる理論があり
そこには先人の知恵と工夫が
詰め込まれている。
最初から簡単に作られたものは
ひとつもない。

エンジニアにとっては
ワクワクするものであると同時に、
まさに敬意の対象でもある。

あるときは食材であり、
あるときは調理器具であり
またあるときは調理法でもある
これらの技術を使って
いったいどんな料理をつくるのか。

エンジニアの仕事と夢は果てしない。

 

 

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