科学

2024年2月25日 (日)

「科学的介護」の落とし穴 (1)

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「科学的介護」の落とし穴 (1)

- 生活のベースは正しさではない -

 

昨年の新聞記事になってしまうが、
介護施設長へのインタビュー記事が
たいへん内容の濃いものだったので、
印象的な言葉を紹介しながら、
ここに残しておきたい。

話しているのはもちろん介護についてだが、
介護に留まらない
考えさせられる鋭い指摘満載だ。

2023年2月7日 朝日新聞
オピニオン&フォーラム
「科学的介護」の落とし穴

介護施設長 村瀬孝生(たかお)さん

へのインタビュー記事。
(以下水色部、記事からの引用)

230207

 

より少ない介護職員で
サービスの質向上を目指すとして、
現場から集めたデータを使って
高齢者の自立支援に取り組む
「科学的介護」を国が進めている

テクノロジーを活用して
「より少ない人手でも回る現場」を
目指すことで、
介護の質は向上するのだろうか?

村瀬さんは、いきなりズバリ!
こうコメントしている。

「科学が必要な場合もあるでしょう。
 でも、データやエビデンス重視の
 ロジックが浸透すると、
 『見たいもの』しか見ない現場
 になる。
 それをおそれます」

『見たいもの』しか見ない、とは
具体的にはどういうことだろう。

たとえば、
膀胱内の尿量を測る機器がある。
尿がたまったとセンサーが知らせてきた
タイミングでトイレへ誘導できれば、
オムツを使わないで
済むようになるかもしれない。

すごく有効な方法のように思えるが、
村瀬さんはこう言う。

「でも、お年寄りは、
 尿がたまっていなくても
 トイレに行きたがることが
 よくあります。

 もし正確に尿量を感知できる
 センサーが反応しなければ、
 そのお年寄りを
 トイレに連れて行くでしょうか」

センサーが反応していなければ、
おそらく連れてはいかないだろう。

でもそれは、尿は出ないのに
トイレに連れて行く、
そんなムダな労力が省けるわけだから、
現場は楽になり生産性も上がるのでは、
とも言いたくなるが・・・

「そうでしょうか。
 僕らの現場では、
 『おしっこ』という声を聞いたなら、
 それにつきあい、なぜ本人の実感が
 そうなのか考える。

 その営みが端折られ、
 『生産性を上げるために』と
 介護職員が尿量しか見なくなると、
 老体が発するサインを
 感受する力が育たない

物理的な「尿量」と
「老体が発するサイン」は一対一ではない。
「サインを感受する力」はまさに
養う必要があるということなのだろう。

生活は偶然性や
 いいかげんなものに満ちていて、
 データやエビデンスで裏付けられた
 正しさがベースにあるのではない


 制度が定める目的や価値、
 意味が先行する介護は、
 生活から乖離すると思うのです」

「生活は偶然性や
 いいかげんなものに満ちていて、
 データやエビデンスで裏付けられた
 正しさがベースにあるのではない」
は実感に裏付けられた深い言葉だ。

「生活から乖離する」理由を
こう説明してくれている。

ケアで重要なのは
 『知る』ことよりも
 『受け止める』こと
だからです。

 『これが嫌だ』という
 お年寄りの実感を
 意味がわからなくても受け止めて、
 『かわりにこうしよう』という。

 それも拒絶されたら、
 また別のやり方を考える。
 このやりとりを繰り返して、
 信頼関係が積み上がる」

最初に聞いた、
『見たいもの』しか見ない現場
への問題意識がより具体的に伝わってくる。

介護するために相手を知るという
 知識の対象として関わるのではない


 お年寄りと介護職が2人の体で
 『今、どうしたいのか』を
 リアルにつかむ。
 そのために合意を積み重ねるんです」

たったこれだけのコメントの中に、
どれだけ考えさせられる言葉が
溢れていることか。

繰り返しになるが、
「老体」や「ケア」や「介護」を
カッコ付きにして、
再度抜き出しておきたい。

カッコ内を空白にして読むと
それに換わる身近な言葉が
自然に浮かんできてドキリとさせられる。

*データやエビデンス重視の
 ロジックが浸透すると、
 『見たいもの』しか見ない現場
 になる

*(老体)が発するサインを
 感受する力が育たない

*生活は偶然性や
 いいかげんなものに満ちていて、
 データやエビデンスで裏付けられた
 正しさがベースにあるのではない。

*(ケア)で重要なのは
 『知る』ことよりも
 『受け止める』こと

*(介護)するために相手を知るという
 知識の対象として関わるのではない。

村瀬孝生さんの言葉、
次回も続けたい。

 

 

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2024年2月 4日 (日)

小惑星「仮面ライダー」

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小惑星「仮面ライダー」

- 星に名前がつけられたら -

 

野矢茂樹 (著)
言語哲学がはじまる

岩波新書

(書名または表紙画像をクリックすると
 別タブでAmazon該当ページに。
 以下、水色部は本からの引用)

は、フレーゲ、ラッセル、
そしてウィトゲンシュタインという
3人の天才哲学者が、
言葉についてどう考えてきたのか、
その過程を丁寧にたどりながら、
ふだん何気なく使っている
言葉の根本に迫ろうという
言語哲学の本だが、
183ページにこんな一行がある。

1995年、中村彰正さんによって
小惑星が発見され、
「仮面ライダー」と命名された

現実世界で起こった事実の一例として
あがっているだけで、
もちろん言語哲学とは全く関係がない。

にしても、「仮面ライダー」という名の
小惑星があるなんてぜんぜん知らなかった。

で、中村彰正さんってどんな方?と
ちょっと調べてみてさらに驚いた。

詳しくはWikipediaの「中村彰正」
を御覧いただきたいが、
中村さんは、
愛媛県久万高原町にある
久万高原天体観測館の職員らしく、
1994年に「久万」を発見したのに始まり
2002年に通算100個目の小惑星を発見
とある。

国立天文台のこのページに、

新発見の小惑星の場合には、
新しく発見されてから
軌道何周分かの観測がされ、
軌道がはっきりすると、
まず番号がつけられます。

そして同時に、発見者に対して、
その小惑星に名前を提案する権利が
与えられます


名前は、
「16文字以内であること」や
「発音可能であること」
「主に軍事活動や政治活動で
 知られている人や事件の名前を
 つける場合には、
 本人が亡くなったり
 事件が起こってから
 100年が経過していること」
など、いくつかの制約はありますが、
その範囲内で
好きな名前をつけることができます

とある通り、小惑星に対しては
発見者に命名権がある。
つまり中村さんは、100個以上の小惑星の
名付け親というわけだ。

上記Wikipediaのページから
「仮面ライダー」以外も見てみたい。
一部引用すると・・・

名前 番号 由来
伊丹十三 7905 Juzoitami 高校時代に愛媛県に住んでいた
映画監督・伊丹十三
聖子 8306 Shoko 歌手・沢田聖子
しまなみ海道 9235
Shimanamikaido
しまなみ海道
デンソー 10850 Denso かつて勤務していたデンソー
仮面ライダー 12796 Kamenrider 仮面ライダー
カンチ 15370 Kanchi 『東京ラブストーリー』の登場人物
リカ 15415 Rika 『東京ラブストーリー』の登場人物
錦帯橋 15921 Kintaikyo 山口県の錦帯橋
紀洋 29737 Norihiro 野球選手・中村紀洋
俊輔 29986 Shunsuke サッカー選手・中村俊輔
カープ 44711 Carp プロ野球チーム・広島東洋カープ
やなせ 46643 Yanase 漫画家・やなせたかし
アンパンマン 46737 Anpanman アンパンマン
丹下健三 49440
Kenzotange
愛媛で少年期を過ごした
建築家・丹下健三
真鍋博 54237
Hiroshimanabe
愛媛県出身の
イラストレーター・真鍋博
山頭火 58466 Santoka 山口県出身の俳人・種田山頭火
虚子 58707 Kyoshi 愛媛県出身の俳人・高浜虚子
優作 79333 Yusaku 山口県出身の俳優・松田優作
坊っちゃん 91213 Botchan 夏目漱石の小説『坊っちゃん』
坂の上の雲 91395
Sakanouenokumo
司馬遼太郎の
小説『坂の上の雲』
金子みすゞ 100309
Misuzukaneko
山口県出身の童謡詩人
金子みすゞ
じゃこ天 202909 Jakoten 愛媛県南予地方の
特産品・じゃこ天
松下村塾 208499
Shokasonjuku
松下村塾

小惑星とは言え、「星の命名」と聞くと
やはり独特のロマンがある。

もし、自分にその権利が与えられたら
どんな名前をつけるだろう。

でも、それが嬉しいのは
一個、二個の時の話なのかもしれない。
100個以上となったらどうなるだろう。
一覧表からは苦労のあとが偲ばれる。

もちろん私個人の勝手な思い込みで、
100個以上もの星の名前を
どんなふうに考えて決めたのか、
ほんとうのところは
ご本人に聞いてみないとわからないが。

ちなみに
AstroArtsのこのページによると

太陽系天体のうち
惑星や衛星、彗星などを除くものは
「小惑星」と呼ばれます。

2023年3月14日現在で
1,264,630個の小惑星が
見つかっています。

発見された小惑星は126万個!?

*「仮面ライダー」「アンパンマン」
 という名前の小惑星が
 ほんとうにあるということ。
*たった一人で
 100個以上もの小惑星を発見し、
 正式に命名している人が
 日本にいるということ。
*小惑星は発見されたものだけで
 100万個以上もあるということ。

言語哲学の本を読みながら、
言語哲学とは全く関係ないネタで
3連発の大きな驚き。

読書は
どこで世界を広げてくれるかわからない。

 

 

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2023年10月 1日 (日)

養殖の餌を食べ始めた人工知能(AI)

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養殖の餌を食べ始めた人工知能(AI)

- いったい何が「過去」なのか -

 

前回に引き続き、
下西風澄さんが
雑誌「新潮」に寄せた文章を
読んでいきたい。

下西風澄
生まれ消える心
― 傷・データ・過去
雑誌新潮 2023年5月号

(以下水色部、本からの引用)

「過去」の膨大なデータを学習し、
それらを「理解することなく」
それらしい出力を生成し続けるAI。

「過去のデータ」の
「過去」とはナンなのかを
考えながら先を読んでみよう。

あるいは最近では、
「合成データ(Synthetic Data)」と
呼ばれる手法も注目されている。

つまり、
現在のAIが学習しているデータは
主に、
実際に人間が「かつて」書いた言葉や、
「かつて」描いた絵などの
「過去の(現実の)データ」だが、

それは必ずしも
学習に「最適」だとは限らない

 

たとえば、
GPT-3の学習に用いられたデータは
英語版のWikipediaのテキストデータのみ。
まさに既存のテキストを
そのまま使っていた。
そうではなく、
「学習に最適のデータを与えたら」
の発想だ。

だとすれば、
学習させるのに最適なデータそのものを
人工的に合成しようという発想だ

(かつて残飯を餌に
 牛を肥やしていたのを、
 良質な肉の生産のために
 専用の餌を作りはじめた
のと同じだ)。

実際すでに、秘匿性が高くて
現実のデータを収集することが難しい
金融や医療などのAI開発の領域では、
合成データを利用した学習が
行われている

 

1年ほど前に、
将棋の世界におけるAIについて
実戦でまだ指されていないものが定跡!?
という記事を書いた。
その中で、将棋の渡辺名人は

実戦では指されていなくても
 『AIで研究して、
  みんな知っているよね』
 というのが、今の定跡です」

と明言していた。

これまで
過去の実戦例から学ぶもの」
とされていた「定跡」は
誰もがAIを使うようになった現在においては
違うものになっているようだ。

人間もAIも
もはや、学ぶべき過去データとは
そもそも過去である必要すらない

というわけだ。

 

いわばこれまでのAIが
天然の餌(現実の過去)を
食べて生まれた天然の知能
だとしたら、

これからのAIは
養殖の餌(作られたデータ)を
食べて生まれる養殖の人工知能
である。

新たな時代のAIが
学習するであろう過去は、
人間が起こしてしまった事実でもないし、
書いてしまったテクストでもない。

それは学習のための
餌に捧げられる過去(データ)である。

過去とは単なるデータなのだろうか?

下西さんは、人間にとっての「過去」を
一種の「傷」と表現して、
AIにおける「過去」とは区別している。

そこから何が見えるのか。
次回、紹介したい。

 

 

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2023年9月24日 (日)

AIには「後悔」がない

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AIには「後悔」がない

- 最適な予測はかつての模倣 -

 

雑誌「新潮」に寄せた文章において
下西風澄さんが、
 私たちは
 変容していくがゆえに生き延びている、
 傷つき得るがゆえに生きている。
と書いていたことを
前回紹介した。
その先を読んでみたい。

下西風澄
生まれ消える心
― 傷・データ・過去
雑誌新潮 2023年5月号

(以下水色部、本からの引用)

今日は、人間の心とAI(人工知能)との
違いについて語っている部分から。

将棋の棋士たちは、
AIが登場して人間の強さを
凌駕しはじめたとき
人間は指し手を(線)で考えるが、
 AIは(点)で考える
」ことに
衝撃を受けていた。

人間は線、AIは点とは
どういうことだろう。

人間は
「さっきこう指したのに、
 次にこう指すと、
 前の手が間違いで損だった
 ということになる」
という観点に縛られて、
指し手を限定してしまう。

しかし、
たしかに重要なことは
過去に何を指したかではなく、
現在の局面の評価値と未来の勝利
で、
AIはそれをフラットにして
その瞬間だけの優劣の判断ができる
というのである
AIには「後悔」がない)。

過去がどうであったかには触れず、
あくまでも現在を出発点に、
将来の最適解を目指す。

そこに「手の流れ」は存在しない。
確かにそこに後悔はないわけだ。

 

ChatGPTの登場により、
自然言語を習得したかに見える
コンピュータの出力に、
我々はほんとうに驚かされた。

でも、もっと驚いたのは

機械に言語を繰らせるという
壁を突破したのは、

言語の文法や構文への理解ではなく
大量の言葉のデータから
次の単語を予測するという
確率的なモデル
であったことだ。

言語を「理解」しているのではなく、
言葉の組み合わせの
統計的なデータを吐き出すことで
もっともらしい文章を作り上げている。

すなわち
この新たなる知性を携えた機械は、
なんらかの構文モデルなどによって
ゼロから自分で思考したり
話したりしているのではなく、

人間たちがかつて話した/書いた言葉を
模倣している
ということだ。

ChatGPTの話すそれらしさは、
人間の過去の言葉のそれらしさ
である。

 

そう言えば、
イーロン・マスクが率いるテスラの
完全自動運転向けソフトウェア
「FSD(Full Self Drive)」の
デモを見た
ソフトウェアエンジニアの
Satoshi Nakajima @NounsDAO さんは、
2023年8月26日にX(旧twitter)に
次のようにポストしていた。

アーキテクチャの解説が
とても勉強になる。

「赤信号では止まる」
「左に曲がるときは
 左のレーンに移動する」
「自転車は避ける」などの行動は、
一切人間が書いたプログラムでは
指定しておらず
、大量の映像を
教育データとして与えられた
ニューラルネットが
「学んで実行している」だけ。

ある意味、
「単に次に来るだろう言葉を
 予測するのが上手」なLLMと
似ている。

単に
「次にすべき
 ハンドル・アクセル操作を
 予想して実行」しているだけ。

LLMとは大規模言語モデル
(Large Language Models)、
ChatGPTなどがまさにその応用例だ。

「赤信号では止まる」が
明示的にプログラムされていないなんて。
それでも自動運転の車は走れる。

 

あくまでも現在を出発点に、
将来の最適解を目指し、
驚くような出力を出し始めたAI。

でもそれは、
膨大な過去のデータから導かれる
 目的達成のためには、
 * 次はこの言葉が来るだろう、
 * 次はアクセルを踏むだろう、
という最適な「予測」を
しているにすぎない。

次回も続きを読んでいきたい。

 

 

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2023年9月10日 (日)

対照的な2つの免疫作用

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対照的な2つの免疫作用

- いったいどうやって連携を? -

 

椛島(かばしま)健治さんが
皮膚について広く書いている

椛島 健治 (著)
人体最強の臓器
皮膚のふしぎ
最新科学でわかった万能性
講談社 ブルーバックス

(以下水色部、本からの引用)

の中から、
食物アレルギーの原因が
「食べること」ではなく
「皮膚から」だったという
興味深い話を
前回紹介した。

その最後に

 経皮と経口、皮膚と腸内、
 意外なものを並べて考えてみたくなる。

 体の外と内の話、
 と考えてしまいがちだが、
 よく考えてみると実はコレ・・・

と書いたので、
今日はそこから始めたい。

そう、トポロジー的に考えてみると
人間の体は「一本の管」とも言える。
口から肛門に穴が抜けているわけで、
 管の外側が皮膚、
 管の内側が腸管、
ということになる。
どちらも外界との境界を構成しており
一見内部に思える腸管も
実際には外部と接している、
体の表面、一番外側だ。

そう思うと、
「意外なものを比べている」
というわけではないことがよくわかる。

というわけで、
まずは皮膚から見てみよう。

皮膚免疫では
デフォルト(標準)の免疫反応は
「アレルギー反応」
です。

皮膚は、細菌やウイルス、寄生虫、
有害な化学物質やホコリなどに
常時さらされています。

そのため皮膚のバリア機能を突破され、
体内にこうした異物が侵入すると
ゆゆしき事態になるため、
これを直ちに除去する免疫反応が
発動されるように
プログラムされています。

一方、腸のほうはと言うと・・・

「腸管免疫」では「免疫寛容」が
デフォルト
になります。
(中略)
腸管で体外と体内を隔てているのが
腸粘膜です。

その点では、腸粘膜は
体外と体内を隔てる皮膚と
何ら変わりません。

皮膚と腸管の最大の違いは、
異物への許容度です。

腸管には、
経口摂取した飲食物が流れ込み、
小腸の徴絨毛(びじゅうもう)で
栄養分が取り込まれます。

皮膚のように異物だからといって
すべてを排除するような杓子定規な
アレルギー反応を起こしていたら、
必要な栄養分が摂取できずに
栄養失調になってしまいます。

異物であっても、
栄養分を含む食物については、
免疫応答を和らげて体内に
取り込まなければならないのです。

これを可能にするのが
「免疫寛容」です。

皮膚と腸管、
その働きを見る限りにおいては
同じ外界との境界ながら、
大きく違っている面があるわけだ。

皮膚免疫と腸内免疫の
基本的性格は対照的
です。

外部からの侵入を許さないように、
外来抗原の侵入を
極力排除する皮膚免疫に対して、

腸内免疫は、外来異物に対しては
比較的寛容です。

両者の性格は大きく異なり、
一見するとなんの接点もないように
見えます。

おもしろいのは、
この対照的で大きく違っているものが
なんらかの方法で連携することで
アレルギー反応が起こっている点。
ほんとうに不思議だ。

しかしアレルギー反応は、
皮膚の表面から侵入した異物で
感作が起きて、
それがきっかけで食物摂取を通じて、
食物アレルギーが起きます。

皮膚感作によって、
通常なら寛容だった腸内免疫が
外来抗原に
厳しく反応するようになったのが、
アレルギー反応の本質です。

両者の間には目に見えない
ミッシングリンクが存在するのです。

ミッシングリンクとは
連続性が欠けていることを指している。
鎖をつなぐ輪(リンク)は
見つかるのだろうか?

著者椛島さんは、
皮膚常在菌と腸内細菌との
相互関係を探る研究に期待している。

皮膚常在菌は、
1cm2あたり数十万〜数百万個棲息。

腸内細菌数は
体内におよそ40兆個もあり、
その重さは約1~1.5kgにもなるという。

つまり我々は数十兆個の
微生物と一緒に生きているわけだ。

皮膚感作がどのようにして、
腸内免疫に影響を与えているのかは、
まだまだ未解明な部分が多いようだが、
これらの菌が関係している可能性もある。

もしかすると、皮膚常在菌
あるいはその代謝産物が
腸内にデリバリーされて、
それが腸内細菌の活動に
影響を与えているのかもしれません。

皮膚常在菌の代謝産物といえば、
以前、
便は便りで、かつ・・・
という記事の中で、
 「しっとりつやつやの肌」は、
 皮膚上にある常在菌のおかげ。
 常在菌の「オシッコやウンチ」が
 さらに汗や皮脂と混ざって、
 皮膚はしっとりするのだ

なる、話を

青木 皐 (著)
人体常在菌のはなし
―美人は菌でつくられる
集英社新書

から紹介した。

「しっとり肌」をめざして
「きれいな」肌ケアをしている人は
読みたくない事実かもしれないが。

いずれにせよ。常在菌の働きからは
目が離せない。

 

本を読んでいると、
「全体のバランスを維持することが重要」
という表現が繰り返しでてくる。
 全体とは?
 バランスとは何と何の?
ここを固定観念に囚われずに
柔軟に考えていく視点が特に重要だし、
そこにこそ新しい大発見が
あるような気がする。

 

 

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2023年9月 3日 (日)

口からではなく皮膚からだった

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口からではなく皮膚からだった

- 免疫寛容は食べることで -

 

椛島(かばしま)健治さんが
皮膚について広く書いている

椛島 健治 (著)
人体最強の臓器
皮膚のふしぎ
最新科学でわかった万能性
講談社 ブルーバックス

(以下水色部、本からの引用)

の中から、アレルギー疾患について
ぜひメモっておきたいトピックスを
紹介したい。

まず、免疫関連の用語について、
簡単に復習しておこう。

抗原
体内で免疫反応を引き起こすもの。

アレルゲン(外来抗原)
アレルギーの原因となる物質。

抗体
特定の抗原に反応して
産生されるタンパク質。
抗体は、
異物(抗原)と結合することによって
抗原の毒性を減弱し生体の防御にあたる。

感作
アレルギー反応が起きるには、
特定の抗原を取り込んで、
その抗原に対し過敏に反応する
「感作」が起きる必要がある。

免疫寛容
抗原を投与しても
免疫反応が起こらないこと。

さて、今日
紹介したいのは次の一節。

すべてのアレルギー疾患の起点に、
皮膚経由で体内に異物が入ってくる
「経皮感作」
があるという
重大な事実です。

長らく、食物アレルギーは、
アレルゲンが含まれる食品を
食べること(経口感作)により
もっぱら生じる
と考えられてきましたが、
近年、むしろ経皮感作がきっかけで
起きることがわかってきました。

食物アレルギーのきっかけは、
口からではなく皮膚から
!?

きっかけは、2003年、
英国の小児科医ラックによる
ピーナッツアレルギーに関する発見。

ラックは二重抗原曝露仮説を
提唱します。

これは、外来抗原の曝露には、
「経皮」と「経口」の2種類があり、
食物アレルギー反応は
経皮感作を通じて発症する
もので、

むしろ経口摂取される抗原は
人体に有用な食品などには
過剰な免疫応答をしない
「免疫寛容」を促すものだと
主張したのです。

小児医学の世界では、
長らく経口摂取による食物が
アレルギーの発症原因と
信じられてきたので、
この仮説は大論争を引き起こしたらしい。

ところが、その後も、
二重抗原曝露仮説を裏付けるデータが
次々に報告される。

その中には、2011年に日本で起きた
「茶のしずく石鹸事件」も。

これまで小麦を食べても
大丈夫だった人でも、
小麦を含んだ食品をとると、
激しい下痢を起こしたり、
皮膚炎を発症したり、
呼吸困難が起きるようになりました。

被害が報告された当初は、
経皮感作の知見が十分でなく、
石鹸で顔を洗うだけで、
なぜ小麦アレルギー反応が起きるのか、
原因がよくわかりませんでした。

アレルギー疾患の起点に
「経皮感作」があることを
裏付ける報告が集積したことで、
論争にはほぼ決着がつき、
いまでは「二重抗原曝露仮説」は
科学的に正しいものと
考えられているらしい。

とは言え、ここ10年、20年での
新しい成果だ。

残念ながら、こうした考え方は
一般の方にはまだ広まっておらず

いまだにアレルゲンの摂取を控える
食事制限療法が盛んに行われています。

しかし、こうした食事制限療法は、
アレルギー疾患を防ぐ「免疫寛容」を
引き起こせなくなってしまうので、
症状がよけいに長く続いてしまう
可能性があります。

食物アレルギーの原因が
「食べること」ではなく
「皮膚から」だったなんて。

しかも、食べることは
逆に免疫寛容をもたらす
ことに
繋がるなんて。

経皮と経口、皮膚と腸内、
意外なものを並べて考えてみたくなる。

皮膚と腸内、と聞くと体の外と内の話、
と考えてしまいがちだが、
よく考えてみると実はコレ・・・
次回に続けたい。

 

 

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2023年4月30日 (日)

研究者から見た「次世代シークエンサ」

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研究者から見た「次世代シークエンサ」

- 古代DNA研究の活況の背景に -

 

篠田 謙一 (著)
人類の起源 - 古代DNAが語る
ホモ・サピエンスの「大いなる旅」
中公新書

(以下水色部、本からの引用)

を読みながら
「ミトコンドリア」「Y染色体」「SNP」
学術論文に「人種」は使えない
ゲノム解析が歴史解釈に与える影響
などについて書いてきたが
最後はこんな指摘をメモしておきたい。


スペイン語の
Bonanza(ボナンザ)という単語は、
「豊富な鉱脈」や「繁栄」を
意味する言葉です。

英語では
「思いがけない幸運」、
「大当たり」という意味も
持っています。
一見なじみのないこの言葉ですが、
ここ数年、古代DNA研究の
活況を表す言葉
として
盛んに使われるようになっていることを
ご存じでしょうか。

で始まる本書。
その背景には
「次世代シークエンサの実用化」
大いに関係しているという。

今世紀の初めごろまで、
技術的な制約から古人骨は
細胞内に数多く存在する
ミトコンドリアDNAしか
分析できなかった。

しかし2006年に
次世代シークエンサが実用化
すると、
大量の情報を持つ
核のDNAの解析が可能になります。

その後、
2010年にネアンデルタール人の持つ
すべてのDNAの解読に
初めて成功する
など、
古代DNA解析にもとづいた
人類集団の成り立ちに関する研究が
非常に活発になり、
現在では世界各地の一流科学誌に
毎週のように論文が掲載されています。
古代DNA研究はまさに「ボナンザ」
の時代を迎えている
のです。

この「ボナンザ」の時代を迎えている
古代DNA研究の最新の成果を
わかりやすくまとめて
解説してくれているのが本書だ。

骨子をなす成果は、
主として次世代シークエンサの
実用化(2006年)以降に得られたデータを
もとにしているらしいので、
まさにここ15年ほどの
比較的新しい情報が満載、
活況という言葉は大げさではないようだ。

なので、肝心な成果のほうが気になる方は
書籍を手にとって、
本文をじっくりお読みいただきたい。

本欄では、強力な武器になっている
「次世代シークエンサ」についての注意点・
問題点・課題を冷静にコメントしている
「おわりに」の一部を紹介したい。

まさに研究者でないと
わからない部分
でもあるので、
単に成果だけでなく、
こういった内容の発信の価値は
たいへん大きいと思う。

(1) データの精度

人骨にわずかに残るDNAを
解析している以上、
実際にはデータの精度に
ばらつきがあることも事実
です。

当然ながら、得られる結論の信憑性は
ゲノムデータの質に
依拠することになり、
その点が危うい論文も
少なくありません


本書では、信頼性の高いデータに
照準を絞った
ため、
あえて取り上げなかった
研究もあります。

まずは基本となるデータの精度。
古いうえに量もわずかとなれば
安定しているとは言えないのだろう。

(2) 研究体制

それまでの
ミトコンドリアDNAベースの研究だと、
研究組織はせいぜい数名で、
一人でサンプリングからDNA分析、
論文の作成までのすべてのプロセスを
行うことも珍しくはありませんでした。

しかし、
次世代シークエンサを用いた研究は、
数十名、時には百名を超える
研究者による共同作業でなければ
実施できません


生化学やバイオインフォマティクスの
高度な知識も必要です。

DNA試料の調整プロセスも
従来の方法よりずっと複雑になり、
大量のゲノムデータを処理するための
大型コンピュータが欠かせません

数十名から百名規模の共同作業とは。
各人の作業内容まではわからないが
もはや、大学の一研究室で対応できる
レベルのものではなくなっているようだ。

(3) 巨額の資金

研究のためには
巨額の資金が必要になります。

実際、本書で取り上げた研究の
大部分は、
世界の十指に満たない研究施設
いわゆるビッグラボから
生み出されたものとなっています。

古代DNA研究を百名規模で、
となれば、そりゃぁ人にも設備にも
かなりの資金が必要になることだろう。
にしても、
「世界の十指に満たない研究施設」
に集中してしまっているとは。

(4) 現地の言葉

特に、自国では
古代ゲノム解析ができない国々
研究者からサンプルの提供を
受ける場合は要注意です。

報告書には人骨の持つ
考古学的なバックボーンが
現地の言葉で書かれていることも多く

それを考慮しないまま
ゲノムデータの解釈が行われたり、
考古学や形質人類学などの
他の研究で得られたデータと
照合して検証する作業が
抜け落ちてしまったりする危険性

あります。

前項「世界の十指に満たない研究施設」
と共に、
ぜひ書き残したかったのがこの項目。

ゲノム解析は
有力なひとつの手法ではあるが、
それですべてがわかるわけではない

現地の情報や
他の調査や学問からの成果を
組み合わせることで
初めてより正確な古代の姿が
見えてくる。

解析を頼む方と頼まれる方、
fairな情報交換と
双方のrespectがあってこそ
より正確な成果に結びつくのであり、
それでこその
「活況」であるべきだろう。

言葉はやさしいが、
見落としてはいけない
鋭く厳しい指摘だと思う。

 

 

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2023年4月23日 (日)

ゲノム解析が歴史解釈に与える影響

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ゲノム解析が歴史解釈に与える影響

- 遺伝子研究と政治形態の関係 -

 

篠田 謙一 (著)
人類の起源 - 古代DNAが語る
ホモ・サピエンスの「大いなる旅」
中公新書

(以下水色部、本からの引用)

を読みながら
「ミトコンドリア」「Y染色体」「SNP」
学術論文に「人種」は使えない
などについて書いてきたが、
本には、ゲノム研究が
歴史の解釈に影響を与えた例について
たいへん興味深い話があったので、
今日はその部分を紹介したい。


世界史でも日本史でも、
私たちが学校で習うのは、
文化や政治形態の変遷です。

他方で、ヒトの遺伝子が
どのよう変わっていったのかについては
考えることはありませんでした。

政治形態の変遷と遺伝子研究、
いったいどんな関係があると言うのだろう。

次の例で見てみよう。

「弥生時代になって
 古代のク二が誕生した」
という言い方をします。

このように表現すると、
日本列島に居住していた人びとが、
弥生時代になって自発的にク二を
つくり始めた
と考えがちです。

「自発的」かどうかはともかく
基本的には確かにそう考えることが
自然な気がする。

と言うか、
ほかにどんな可能性があるというのだろう。

けれども、
これまでのゲノム研究の結果からは、
おそらくその時代に大陸から
ク二という体制を持った集団が
渡来してきたと考えるほうが
正確だ
ということがわかっています。

古代ゲノム解析は、
これまで顧みられることが
あまりなかった文化や政治体制の変遷と
集団の遺伝的な移り変わりについて、
新たに考える材料を
提供してくれているのです。

なるほど。
大きな変化の前後で、主役であるヒトが
入れ替わっている可能性
もあるわけだ。

文化と集団(ヒト)の関係性ついて、
ちょっと整理しながら引用すると

(1) 文化だけを受け入れて
  集団を構成するヒトは変わらない
  というパターン

(2) 集団間で混血が行われるパターン

(3) 完全な集団の置換

の3パターンがある。

つまり、今回の例で言えば、
「クニ」の発生前後で、
別の集団の渡来を裏付ける
ゲノムデータが収集できたのであろう。

その文化を成立させているヒトは
同じ集団の子孫とは限らないわけだ。

こうした分析について、
文字史料がない地域や時代では、
ゲノムの解析だけが頼りです。

まだまだ実例は多くないようだが

それでも、
これまでまったく考慮されなかった
両者の関係が明らかになっていけば、
文化の変遷に関して
新たな解釈が生まれ、
考古学や歴史学、言語学にも
大きな影響を与えることが
予想されます。

文化の変遷において
主役であるヒトが、ヒトの集団が
たとえ同じ土地であっても
入れ替わっている可能性がある。
そのことを確認できるゲノム解析。

考古学との組合せで
新しい発見につながるかもしれない。
たのしみだ。

 

 

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2023年4月16日 (日)

学術論文に「人種」は使えない

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学術論文に「人種」は使えない

- 定義も境界もない -

 

篠田 謙一 (著)
人類の起源 - 古代DNAが語る
ホモ・サピエンスの「大いなる旅」
中公新書

(以下水色部、本からの引用)

は、近年のDNA分析でわかってきた
人類の進化や地域集団成立のシナリオを
丁寧に解説している本だが、
そういった遺伝学研究の見地から
「人種」について
非常にクリアな発信をしている。

今日はその部分を紹介したい。

19世紀前半には、
ヨーロッパ人が認識する世界は
地球規模に広がりました。
そして自分たちと異なる
人類集団の存在が明らかとなると、
人間の持つ生物学的な側面に注目して
集団を区分する研究が
始まることになりました。

そこから「人種」という概念が
提唱されたのです。

ところが、
20世紀後半の遺伝学研究の進展は、
この「人種」に対する概念を
大きく変えることになる。

ホモ・サピエンスは
実際には生物学的にひとつの種であり、
集団による違いは認められるものの、
全体としては連続しており、
区分することができない
ということが明確になったのです。

そもそも種という概念自体も、
それほど生物学的に厳密な定義が
できるわけではないようだ。

よく用いられる種の定義として、
「自由に交配し、
 生殖能力のある子孫を残す集団」
という考え方
があります。

これにしたがえば、
人類学者が別種と考えている
ホモ・サピエンスとネアンデルタール人、
デニソワ人のいずれも、自由に交配して
子孫を残している
ことから
同じ種の生物ということになり、
別種として扱うことはできなくなります。

おそらく他の原人も
すべて私たちと同じ種として
考えなければならなくなるでしょう。

種の定義というのは、
現生の生物に当てはめているものなので、
時間軸を入れると定義があやふやに
なってしまうようだ。

「種」という概念さえ
厳密に定義できないのですから、
その下位の分類である「人種」は、
さらに生物学的な
実体のないものになるのは当然です。

前回の用語解説にあった
SNP解析の結果においても、
ヨーロッパから東アジアにかけて
現代人の地域集団は
連続していてどこにも境界がない

人種を区分する形質として
よく用いられる肌の色にしても
連続的に変化しており、
どこかに人為的な基準を設けないかぎり
区分することはできません。

人種区分は、
科学的・客観的なものではなく、
恣意的なものだということを
知っておく必要があります。

「恣意的」という言葉を
篠田さんは使っている。
確かにそれでは科学的な議論はできない。

もともとは
ヒトの生物学的な研究から
導かれた区分である「人種」ですが、
現在では
自然科学の学術論文で
用いられることはありません


もし使っている研究があるとすれば、
それは科学的な価値の低いもの
判断できます。

「人種」という言葉を使った
自然科学の学術論文があれば
それは科学的な価値の低いものだ、
とまで言い切っている。

ゲノムデータから
集団同士の違いを見ていく際には、

同じ集団の中に見られる
遺伝子の変異のほうが
他の集団との
あいだの違いよりも大きい


ということも
知っておく必要があります。

同じもの、つまり共通性を調べるのか、
違いを調べるのか。

人の優劣を決める要因が
「違っている」ものの中にある、
と考えることは妥当なのか。

単なる研究成果の解説ではなく、
多くの視点・問題点を提供してくれる
終章となっている。

 

 

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2023年4月 9日 (日)

解析のキーは「ミトコンドリア」「Y染色体」「SNP」

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解析のキーは「ミトコンドリア」「Y染色体」「SNP」

- DNA分析関連用語を学ぶ -

 

篠田 謙一 (著)
人類の起源 - 古代DNAが語る
ホモ・サピエンスの「大いなる旅」
中公新書

(以下水色部、本からの引用)

は、近年のDNA分析でわかってきた
人類の進化や、地域集団成立のシナリオを
広く解説している本だが、
それらの根拠となる分子生物学や遺伝学、
及びそこで使われる用語については
コラムとして本文から独立させ
簡潔に説明してくれている。

特に、いつくかのキーワードは
本書に限らず、類書で近年
よく見かける用語でもあるので、
今日はそれらについて学びたい。

「遺伝子」

私たちの体を構成している
さまざまなタンパク質の構造や、
それがつくられるタイミングを
記述している設計図です。

ヒトは2万2000種類ほどの遺伝子を持つ。

「DNA」
*この設計図を書いている
 「文字」に当たるのがDNA。
*DNAと塩基はほぼ同義語
*GATCと4種ある塩基は
 GとC, AとTが
 それぞれペアになって存在するので、
 「塩基対(つい)」と呼ばれる。
*ヒトのもつDNAは全部で約60億塩基対
*設計図が実際に
 タンパク質を記述している部分は
 2パーセント程度しかない

私たちの体をつくる設計図は、
大部分が意味のない
言葉の羅列でできていて

そのところどころに
思い出したように
意味のめる文章を含んでいる、
というずいぶん奇妙なものなのです。

以前紹介した
石浦章一著
「サルの小指はなぜヒトより長いのか」
(新潮文庫)

にも
「私たちの体を作っているDNAの部分は
 全体の2%と、非常に少ないんです」
と同じ2%が登場している。
ほんとうに奇妙だ。

「ゲノム」

ヒトを構成する遺伝子の
最小限のセットを指す名称です。

したがってゲノムは
人ひとりをつくるための
遺伝子全体のセットで、
その遺伝子を記述しているのが
DNAという関係になります。

遺伝子は、もちろん
両親から受け継がれたものだ。

私たちは、自分が持っている
この二人分の遺伝子を
シャッフル(組み換え)して
一セットのゲノムをつくり、
配偶者のゲノムとあわせて
子孫に伝えています。

つまり子どもは、
両親から半分ずつの
遺伝子を貰うことになります

しかし、そこには
「半分ずつ」ではない例外が2つある。

「例外その1:ミトコンドリア」

ひとつは細胞質にある
ミトコンドリアのDNAで、
これは母親のものが
そのまま子どもに
受け渡されます。

「例外その2:Y染色体」

もうひとつは男性をつくる
遺伝子の存在するY染色体で、
これは父親から息子に
受け継がれる
ことになるのです。

「系統解析」

ミトコンドリアとY染色体のDNAは、
それぞれ母から子どもへ、
父から息子へと
直線的に受け継がれていきます


したがってその多様性は、
もともとはひとつのDNA配列から
生まれたものなので、
その変化を逆にたどると
祖先を一本道で
さかのぼることができます

この方法を「系統解析」と呼ぶ。
「祖先を一本道で
 さかのぼることができる」
そんなルートがあるなんて。

「ハプロタイプ」

各個人が持つミトコンドリアDNAや
Y染色体の配列を
ハプロタイプと呼びます。

(中略)

集団の起源などを考える際には、
ある程度さかのぼると
祖先が同じになる
ハプロタイプをまとめて、
ハプログループとして
取り扱うことにしています。

母系をさがのぼることが、
ミトコンドリアDNAの系統解析で可能なので
まさに一本道で
共通祖先にたどり着けることになる。
アジア集団の祖先がアフリカ集団にいた、
といったことが明確に示せるわけだ。

加えて、もうひとつのキーワードが
「突然変異:一塩基多型(SNP)」

両親から受け継ぐ核のDNAにも
突然変異が起こります。

ヒトのDNAの配列には、
およそ1000文字にひとつの割合で
変異があることが知られており、
この変異を
一塩基多型(SNP)と呼びます。

SNPは交配によって
子孫に受け継がれていきます
から、
新たに
突然変異によって誕生したSNPは
婚姻集団の中に
広がっていくことになります

SNPを共有している集団かどうかを
調べることで、
集団同士の近縁性を知ることができる

「ミトコンドリア」「Y染色体」
そして「突然変異:SNP」。
これらに関する遺伝における
基本的なしくみを知るだけでも
系統解析やSNP解析の意味が
よりよく理解できるようになる。

 

 

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