科学

2022年7月17日 (日)

ストレートのほうが変化球

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ストレートのほうが変化球

- 1秒間に40回転!のバックスピン -

 

道尾秀介さんの小説に
「N」という作品がある。

道尾秀介 (著)
N
集英社

(以下水色部、本からの引用)

この本、「本書の読み方」として
次のような始まり方をしている。

本書は六つの章で構成されていますが、
読む順番は自由です。
どの章から読み始めるのか。
次にどの章を読み進めるのか。
最後はどの章で終わらせるのか。

(中略)

読む人によって色が変わる物語を
つくりたいと思いました。

読者の皆様に、自分だけの物語を
体験していただければ幸いです。

なお本書は、章と章の
物理的なつながりをなくすため、
一章おきに上下逆転させた状態で
印刷されています

6章で構成されているため、
読む順番の組合せ数は
6P6 = 6! = 6x5x4x3x2x1 = 720
物理的には
720通りの物語が隠れていることになる。

「一章おきに上下逆転印刷」
というのもかなり大胆な決断で
実際にそうやって読んでみると
確かに本のどこを読んでいるのかが
全くわからなくなる。
紙の本でのみ体験できる不思議な感覚だ。

装幀も逆転して読むことを前提に
上下のない表紙デザインとなっている。

_n_s

と、他に例のない独特な企画部分の説明が
長くなってしまったが、
この本に
野球の投手が投げる球種について
こんなセリフがでてくる。

打者の前で落ちると言われている
フォークボールについて。

あれは自然落下に近いのだという。
もちろん少しは落ちているけれど、
その軌跡はごく普通の放物線に近い。

いっぽうでストレートは
強い上向きの回転がかかっているから、
なかなか落ちずに球が伸びる。

それと比べてしまうので、
逆にフォークボールのほうが、
すごく落ちてるように見えてしまう。

要するに、どちらかというと
 ストレートのほうが
 変化球らしいです!

これ、おもしろい視点だ。

自然落下となる放物線に近いのは
フォークボール


強力なバックスピンと球速により
ボールの上側と下側に気圧の差が生じ、
その結果、
ボールを上に持ち上げるような
「揚力」が発生、
ボールが浮き上がったように見えるのが
ストレート。
つまり、自然に落ちる軌道から見ると
上方向に「変化」させている


でも、まっすぐで落ちないボール、
つまりストレートを見慣れた目から見ると
フォークボールはすごく落ちている、
つまり変化しているように見える。

「変化」を考えるときは
基準が何か、を忘れてはいけないことを
改めて考えさせてくれる。

特に、何が「自然」か、は
意外と見誤りがちだ。
目にする機会が多いことが
自然とは限らない。

 

ちなみに、
「ストレートの回転数って
 実際にはどのくらい?」
と思って調べてみたら驚いた。

こちらに具体的な数字があるが、
2400rpm以上の選手が何人もいる。

つまりボールは
1秒間に40回転以上もの
バックスピンがかかった状態で
飛んでいっていることになる。
1秒間に40回転!
コマ以上に速く回転するボールを
時速150km以上で投げられるなんて。

ほんとうにプロの世界とは
想像を超えた世界だ。

 

 

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2022年4月10日 (日)

AI・ビッグデータの罠 (3)

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AI・ビッグデータの罠 (3)

- 「規模拡大が格差拡大を助長」 -

 

キャシー・オニール (著)
 久保尚子 (翻訳)
あなたを支配し、社会を破壊する、
AI・ビッグデータの罠
インターシフト

(以下水色部、本からの引用)

を読んで、
現在社会で使われている
AI・ビッグデータを利用した
システムが持つ問題点を学ぶ3回目。

 * 「エラーフィードバックがない」
 * 「類は友を呼ぶ、のか」

に続くキーワードは、

keyword_3「規模拡大が格差拡大を助長」

 

これまでの記事でも書いた通り、本には
数学破壊兵器による破壊の状況が
いくつも並べられている。

効率性と公平性を謳いながら、
その陰で、高等教育を歪め、
人々を借金に駆り立て、
大量投獄に拍車をかけ、
人生の節目ごとに貧しい人々を苦しめ、
民主主義の土台を蝕んでいる

この現状を変えるには、
数学破壊兵器の一つひとつに対処し、
順に武装解除していくしかないように
思われる。

仮に各システムに問題があったとしても、
なぜ「民主主義の土台を蝕んでいる」
とまで表現されるほど、絶望的な状況に
なってしまうのであろう。


一般に、
特権階級の人ほど対面で評価され、
庶民は機械的に評価される

という面があることも関係している。

この「機械的に」に
数学破壊兵器が利用されることが
多くなっているからだ。

そのうえ、デジタルであったり
ネットワーク環境であったりという
システムの基盤自体が
より問題を大きくしている。

問題は、これらの数学破壊兵器が
互いに絡み合い、
補強し合っていること
だ。

貧しい人々ほど、
クレジットの状況は悪く、
犯罪の多い区域で
自分と同じように貧しい人々に
囲まれて暮していることが多い。

その事実を示すデータが
数学破壊兵器の暗黒世界に
一度でも流れれば

低所得層向けサブプライムローンや
営利大学の略奪型広告に
追い回されるようになる。

システム間の補強が、つまり
システム間でのデータの流用や共用が
どうしてそんなに簡単に
許されてしまっているのか、の疑問は
本文を読んでも解決されないのだが、
元データがデジタル化されている以上
どんな理由であれ
管理面での制限がはずれてしまえば
システム間での流用や共用は
技術的には簡単だ。

警官による警備が強化され、
すきあらば逮捕されるようになる。

有罪判決を受けることになれば、
刑期は通常より長くなる。

これらの情報は、さらに
別の数学破壊兵器へと引き渡される。

1つ目の数学破壊兵器で
不利な状況に追いやられた人々は、
別の数学破壊兵器でも
高リスクと評価され、
標的にされやすくなり、
就職の機会を奪われるようになる


こうなると、
住宅ローンや自動車ローンなど、
あらゆる種類の保険で
金利が跳ね上がる。

すると、
クレジットの格付けは一層低下し、
モデリングによる
死のスパイラルから抜け出せなくなる。

つまり、数学破壊兵器の世界では、
人々は貧困であるがゆえに、
ますます危険で
お金のかかる生活に
追いやられていくようになる。

システムの「規模拡大」が
格差をさらに拡大する
「死のスパイラル」を生み出してしまう。

 

ビッグデータは過去を成文化する。
ビッグデータから未来は生まれない。
未来を創るには、
モラルのある想像力が必要であり、
そのような力をもつのは
人間だけだ


私たちはアルゴリズムに、
より良い価値観を明確に組み込み、
私たちの倫理的な導きに従う
ビッグデータモデルを
作り上げなければならない。

それは、場合によっては
利益よりも公平性を優先させる
ということでもある。

* データを使って
  何をしようとしているのか?
* 使おうとしているデータは
  対象を正しく表現したものなのか?
* システムのアウトプットは
  間違っていなかったのか?
* 安易に他のシステムのデータを
  使おうとはしていないか?

極めて初歩的な内容への
フィードバックでさえ
暴走を始めたシステムでは、
「効率・利益」という名のもとに
どれも機能しなくなっているようだ。

それを修正できるのは技術ではない。

 

おまけ:
本書は米国社会をベースに書かれているが、
本文に何度も登場する「営利大学」の話、
妙に気になってしまった。
「教育の機会」という大義名分を隠れ蓑に
(AI・ビッグデータを使った
 「システムの問題」とは別に)
「学資ローン」と「大学」の間には
大きな大きな問題があるようだ。

 

 

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2022年4月 3日 (日)

AI・ビッグデータの罠 (2)

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AI・ビッグデータの罠 (2)

- 「類は友を呼ぶ、のか」 -

 

キャシー・オニール (著)
 久保尚子 (翻訳)
あなたを支配し、社会を破壊する、
AI・ビッグデータの罠
インターシフト

(以下水色部、本からの引用)

を読みながら、
今、社会で使われている
AI・ビッグデータを利用した
システムが持つ問題点を学ぶ2回目。

前回書いた、
 * 「エラーフィードバックがない」
に続くキーワードは、

keyword_2「類は友を呼ぶ、のか」

 

システムが導入される前から、
たとえば銀行家は、
借金を申し込みにきた人物を評価する際に、
住宅ローンを背負う能力とほとんど、
あるいはまったく関係のない
さまざまなデータポイントを検討していた。

人種による有利・不利の他、
父親に犯罪歴があれば不利になり、
毎週日曜日に教会に行く習慣があれば
有利になった。

このようなデータポイントは、
すべて代理データである。

財務責任能力を調べようと思ったら、
数字を冷静に検討すればいい
(まともな銀行家は
 必ずそうしていた)。

それなのにそうせず、
人種、信仰、家族関係と
財務責任能力とのあいだにある
相関を見ていた


そうすることで、銀行家は相手を
「個人」として精査するのを避け、
「集団」の一員として見ていた 
- 統計学用語では
  これを「バケット」と呼ぶ。

「あなたとよく似た人々」が
どんな人たちなのかを考えたうえで、
その人々が信用できるかどうかを
判断した。

このバケットの考え方は
システム作成時にも導入された。

つまり、eスコアのモデル作成者は、
「あなたは、過去に
 どのような行動を取りましたか?」 

と質問すべき時に、質問をすり替えて、

「あなたと似た人々は、過去に
 どのような行動を取りましたか?」

という質問の答えを探し出して
ごまかそうとしていたのだ。

この質問の差はどんな問題を
生むことになるだろう?

この2つの質問の違いは大きい。

たとえば、
移住してきたばかりで
質素な生活をしているが
非常に意欲的で責任感の強い人物が、
起業準備をしていて、
初期投資のために資金を借りようと
していたとする。

さて、
この人物に賭けてみようという人は
現れるだろうか? 

おそらく、移民という属性と
質素な生活行動をデータとして
取り込んだモデルでは、
この人物の有望さに気づけないだろう。

もちろん、代理データだから悪い
というわけではない。

念のために言っておくが、
統計学の世界では、
代理データは役に立つ存在
だ。

類は友を呼ぶもので、確かに、
似た者同士は
同じような行動を取ることが多い。

(中略)

このような統計モデルは、
見かけ上は有用であることが多く、
うまく活用すれば、効率も収益も上向く。

だからこそ投資家は、
大勢の人をそれらしい「バケット」に
分類する科学的なシステム

倍賭けする。ビッグデータの勝利だ。

問題は、起こりうる間違いに対して
前回も書いた通り
「適切なるフィードバックが
 かからない」
という点にある。

しかし、誤解され、誤ったバケットに
分類された人物はどうなるのか? 

そういうことは必ず起きる。

しかし、その間違いを正す
フィードバックは存在しない。

統計データを
高速処理するエンジンには、
学習する術がない

選ばれた代理データは正しいのか?
「類は友を呼ぶ」と言えるものなのか?
他に適切なデータはないのか?
そして
バケットへの分類は
適正に行われているのか?

そういったフィードバックや
学習ステップがなくても
システムは数字を吐き出しながら
正常(!!)に動き続け、
正しさの確認すらできないような結果を
出し続けている


恐ろしい話ながらも
思い当たる事例はいくつもある。
大きな問題の背景が
かなりはっきりしてきた。

(次回に続く)

 

 

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2022年3月27日 (日)

AI・ビッグデータの罠 (1)

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AI・ビッグデータの罠 (1)

- 「エラーフィードバックがない」 -

 

最近頓(とみ)に目にすることが多い
「AI」と「ビッグデータ」
技術面からではなく、
運用面からその問題を考えてみたい。

参考図書はこれ。

キャシー・オニール (著)
 久保尚子 (翻訳)
あなたを支配し、社会を破壊する、
AI・ビッグデータの罠
インターシフト

(以下水色部、本からの引用)

本書には、
教育、広告、雇用、政治など
さまざまな分野で利用された、
または今も利用されているシステムが
いくつも登場する。

そういったシステムが
どんな問題を持っているのか、
どんな問題を引き起こしているのか、
具体的な例とともに
詳しく述べられている。

オニールさんは、問題のあるシステムを
大量破壊兵器のMassに数学のMathをかけて
数学破壊兵器
(Weapons of Math Destruction:WMD)

と名付けて連呼しているが、
当然のことながら、それらのシステムも
最初から兵器になるべく
開発されたわけではない。

最初はどれも有益なシステムを目指して
作られたものだし、
有益な部分が評価されているからこそ、
実際に利用されているわけだ。

なのに、いまやそれらが
単なる一システムの問題を越えて、
様々な社会問題の
基盤になってしまっている。

どうしてそうなってしまうのか、
そこがこの本の肝となっている。

詳細はもちろん330ページ強の
本書を参照いただきたいが、
いくつかキーワードを
ピックアップしながら、
この大きな問題の側面を学んでみたい。

私の視点で選んだキーワードは3つ。

keyword_1「エラーフィードバックがない」
keyword_2「類は友を呼ぶ、のか」
keyword_3「規模拡大が格差拡大を助長」

 

今日は、
keyword_1「エラーフィードバックがない」
について。

「解雇対象者」を選別するシステムを例に。

システムは、
貢献度が低そうに見える者
「解雇対象者」として同定する。

こうして、相当な数の従業員が
不景気の最中に職を失った。

本文でも「見える」に傍点がついて、
強調されている。
「低い者」ではなく「低そうに見える者」
というのがキーだ。

業務への貢献度は
簡単な指標で定義することはできず
どう定義したところで
「低そうに見える者」としての
システム上の定義にすぎない。

ところが、
それに基づいて実際に解雇してしまう。

解雇対象者として同定され、
解雇された人が、次の職を見つけ、
いくつもの特許を生んだとしても、
通常、そのようなデータは
収集されない。

解雇すべきでない従業員を1人、
あるいは1000人解雇してしまっても、
システムはその過ちに気づけないのだ。

つまり、
「低そうに見える者」として
システムが選びだした候補者が、
 * 対象者としてふさわしかったか?
 * 解雇してはいけない人を
   選んでいなかったか?
というフィードバックがかからないまま、
使い続けられてしまう。

これは問題である。なぜなら、
エラーフィードバックがなければ、
サイエンティストはフォンレジック
(科学捜査的)解析を行うことが
できないからだ。

今回で言えば、誤った判別が
存在するという情報がなければ、
どこに間違いがあり、
どこを読み間違え、
どんなデータを見落としたのかを
解明できない。

判断に使うデータ自体も
また
判断の結果の正誤判断も
どちらもかなりあやふやなまま
運用されているシステムは多い。

システムというのは、
そういう学習を重ねながら
賢くなっていく
ものだ。

しかし、これまで見てきたとおり、
再犯予測モデルから
教師評価モデルに至るまで、
数多くの数学破壊兵器が、
実に軽率に、独りよがりな現実を
生み出している


マネジャーは、モデルによって
算出されたスコアを真に受ける。

アルゴリズムのおかげで、
難しいはずの判断が
手軽に行えるようになる。

そうやって従業員を解雇し、
経費を削減し、
その決定の責任を客観的数字の
せいにすることができる


- その数字が
  正確かどうかにかかわらず

どうして
「独りよがりな現実を生み出す」システムを
ここまで広めてきてしまったのだろう。

決定の責任を客観的数字の
せいにしながら、
運用しているのは人間だが、
そこに正しいフィードバックを
かけられなければ、
システム自体を
正しく成長させることはできない。

 

 

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2022年2月20日 (日)

『傷はぜったい消毒するな』

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『傷はぜったい消毒するな』

- 13年後に出版された本の内容 -

 

「傷はぜったい消毒するな」
という挑発的な題名の本が出版されたのは
いまから13年前の2009年。

夏井 睦 (著)
傷はぜったい消毒するな
生態系としての皮膚の科学
光文社新書

(以下緑色部、本からの引用)

傷治療の常識だった「消毒して乾かす」
という治療方法を真っ向から否定する
夏井さん提唱の
「傷の湿潤(しつじゅん)治療」

「傷を消毒しない、傷を乾かさない」
という二つの原則を守る
だけで、
驚くほど早く、しかも痛くなく
傷が治ってしまうのである。

治療を受けた患者さんも驚くが、
一番驚いているのは
治療をしている当の医師、
という治療である。

夏井さんは、

さまざまな面で
発達を続ける現代医学の中で、
傷の治療の分野だけが
19世紀の治療のままであり、
そのことに誰も気がついて
いなかったのである。

と、盲目的に繰り返されてきた
「消毒して乾かす」という治療方法の
問題点を様々な角度から検証。

消毒に始まり消毒に終わる、
といえるくらい、
何をするにも消毒が当たり前だった
医療現場に、

消毒薬には
人間の細胞膜タンパクと
細菌の細胞膜タンパクの
区別がつかない

ため、消毒薬が
人間の細胞膜を破壊してしまう
という視点を導入。

そして、傷口の

ジュクジュクと出てくる
滲出(しんしゅつ)液は
細胞成長因子と呼ばれる物質を含み
その物質は傷を治すための成分

という研究結果を尊重。
「ジュクジュク」のまま、の
有効性を説いた。

その結果、到達したのが
「傷を消毒しない、傷を乾かさない」という
湿潤(しつじゅん)治療。
提唱している夏井さん自身、本書のことを

医学界に
一方的に喧嘩を売りまくる本
書かせていただいた

と、あとがきに記している。

それから12年、
2021年に出版された

山本 健人 (著)
すばらしい人体
あなたの体をめぐる知的冒険
ダイヤモンド社

(以下水色部、本からの引用)

には、傷治療について
こう書いてある。

近年は、消毒液が
傷の治りを悪くすることがわかり、
よほどのケースを除いて
傷は消毒しないのが
当たり前になった

なんということだろう。
医学界に喧嘩を売った内容が、
わずか12年で、
いまや「当たり前」になっているようだ。

長年の習慣から「傷は消毒するもの」と
考える人は多いので、
「せっかく病院に行ったのに
消毒をしてもらえなかった」と
不満を抱く人はいるかもしれないが、
軽い傷なら「消毒しない」ほうが正解だ。

幸運にも、
私自身は病院とは縁遠い生活ゆえ
実際問題としていつごろから
「消毒しない」が
「当たり前」になったのかは
よくわからないが、
夏井さんも喜んでいることだろう。

消毒液「赤チン」のあった
昭和の小学校の保健室がなつかしい。

 

 

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2022年2月13日 (日)

「原因」なのか「結果」なのか

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「原因」なのか「結果」なのか

- 染められるのならば、からの発想へ -

 

山本 健人 (著)
すばらしい人体
あなたの体をめぐる知的冒険
ダイヤモンド社

(以下水色部、本からの引用)

から

* エピジェネティクス
* 深部感覚と白衣の色
* 痛みの原因は体を守ってくれてもいる

について紹介したが、
今日は病気の原因についての
重要な発見について
キーワードを残しておきたい。

かつての人類にとって、
病気の原因は、体液の乱れであるとか、
有毒な瘴気(しょうき)といった
実態の確認できない存在であった

17世紀に目に見えない
微生物の存在が知られても、
それが人体に入り込んで
病気の原因になることは
長らく知られていなかった。

その事実を明らかにしたのが、
ドイツのロベルト・コッホである。

コッホは、

仕事の合間を縫い、
妻からもらった顕微鏡を使って
熱心に研究を行った。

病気にかかった人の組織を観察し、
その中に特徴的な細菌を
次々と見つけたのだ。

だが、病気のある臓器に
細菌が存在するだけでは、
それが「原因」なのか
「結果」なのかを判別できない

「原因」なのか
「結果」なのかを判別するには
どんな方法があるだろう?

彼は、
寒天で液体を固めてつくった
「固形培地」を発明。

そこで、一種類の細菌を培養して増やし、
それを動物に感染させ、
病気を引き起こすかどうかを確認した。

そうして世界で初めて
「細菌が病気の原因になること」を
示した
のだ。

1905年、ノーベル医学生理学賞を
受賞したコッホの理論は
「コッホの四原則」として広く知られている。

ある微生物が病気の原因と
定義するために必要な条件
は、

1.病気にかかったすべての個体で
 特定の微生物が見出され、
 健常な個体からは見出されないこと。

2.その微生物は純粋培養で
 育てられること。

3.培養したその微生物を
 健常な個体に感染させると、
 同じ病気を引き起こせること。

4.感染させた個体から
 再び得られた微生物が、
 もとの微生物と同一であること。

病気の原因となる細菌が存在する。
その細菌を観察するため、
当時、さまざまな色素が使われていた。

コッホは細菌を観察するため、
さまざまな色素を用いて
組織を染色した


特定の細菌のみを狙って
染められる色素があれば、
細菌の存在を容易に確認できるからだ。

こうした手法は、コッホ以前から
さまざまな細菌学者が行っており、
よりよい染色法が模索されてきた。

「細菌を染められる」
そこに独創的な着想を得たのが
ドイツの医師パウル・エールリヒだ。

特定の細菌を染められるならば、
化学物質で特定の細菌を
殺すこともできるのではないか

なんという発想だろう!

彼は「サルバルサン」という
梅毒の原因菌を殺す抗菌薬を
世界で最初に実用化。
1908年ノーベル医学生理学賞を
受賞している。

サルパルサンの発明は、
「病気を根治させる薬」という
概念そのものを初めて生み出した
点で、
医学の歴史上、重要な意味を持った。

ということになるらしい。

それにしても、
「特定の細菌を染められるのならば」
からの発想にはほんとうに驚かされる。
柔軟な発想はまさに世界を広げてくれる。

 

 

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2022年2月 6日 (日)

痛みの原因は体を守ってくれてもいる

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痛みの原因は体を守ってくれてもいる

- 鎮痛剤の原理解明は発売の70年後 -

 

山本 健人 (著)
すばらしい人体
あなたの体をめぐる知的冒険
ダイヤモンド社

(以下水色部、本からの引用)

から

* エピジェネティクス
* 深部感覚と白衣の色

について紹介したが、
今日は鎮痛剤について学びたい。

古代ギリシャ、ローマの時代から、
ヤナギの葉や樹皮は
痛みや発熱を抑える目的で
長く使われていたらしい。

1800年代に、ヤナギの有効成分である
「サリチル酸」が抽出され、
のちに人工的に
化学合成できるようなった。
サリチル酸の名は、
ヤナギの学名「Salix(サリクス)」に
由来するものだ。

だが、
サリチル酸には大きな欠点があった
胃の不快や吐き気、
胃潰瘍などの副作用が
あまりに強かったのだ。

1897年、
ドイツの製薬会社バイエルのホフマンは
サリチル酸をアセチル化することで、
胃への副作用を軽くできることを発見。

1899年にバイエル社は、
この「アセチルサリチル酸」の
錠剤を発売した。
商品名は、「アスピリン」である。

世界的に大ヒットとなるアスピリンだが、
「なぜ痛みがおさまるのか」
については長らく不明
だったという。

解明はなんと1971年。
アスピリンが発売されてから70年以上も
あとのこと
だったなんて。

なぜ、痛みに効くのか?

固有名詞をそのまま書くと
長いうえに難しくて読みにくいので
以降、略号で書くことにする。
必要に応じて
 PP:プロスタグランジン
 CC:シクロオキンゲナーゼ
に置き換えて読んでもらいたい。

まず、
アスピリンの主な作用は、
「炎症」を促す物質であるPPを
産生する酵素CCを阻害することである。

「炎症」とは・・・

毛細血管が拡張して血液が集まるため、
赤く腫れて熱を持つ

白血球とともに血管内の液体が
血管の壁を透通して滲出液になり、
これが白血球の「死骸」と混ざって
ドロドロした膿になる

ブラジキニンと呼ばれる、
痛みを引き起こす物質が産生され、
傷口はズキズキと痛む
こうした一連のプロセスが
「炎症」である。

PPはこの炎症を促進する方向に働き、
また、体温調節中枢に働きかけ
体温を上昇させる。

なので、そのPPの産生を抑えると、
痛みは軽くなり、熱が下がる。
「解熱鎮痛薬」と呼ばれる理由は
まさにこのしくみにある。

ところが、このPP、
炎症を促すだけでなく
胃や十二指腸の粘膜を
胃酸の強酸性から保護するという
大事な役割も果たしているらしい。

なので、PPの産生が抑えられると、
粘膜の保護が弱くなり、
胃や十二指腸の壁が
傷つきやすくなってしまう


「解熱鎮痛薬」正確には
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を
長期間の服用の際、
胃薬で潰瘍を予防する必要があるのは
このためらしい。

まさに、
あちらを立てればこちらが立たず

痛みや発熱の原因ともなっているPPは、
本来、体になくてはならない、
いつもは体を静かに守ってくれている
物質なのだ。

不都合の原因は一方的な悪とは限らない。
薬に限らず、いつも忘れてはならない
大事な視点のひとつだろう。

 

 

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2022年1月30日 (日)

深部感覚と白衣の色

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深部感覚と白衣の色

- 人体と医療に関する軽い二題 -

 

山本 健人 (著)
すばらしい人体
あなたの体をめぐる知的冒険
ダイヤモンド社

(以下水色部、本からの引用)

から前回
「エピジェネティクス」という
興味深い学問分野があることを書いたが、
今日は軽い話題を2件紹介したい。

 

(1)深部感覚・固有感覚

ここで、一つの実験をしてみよう。
右手で握りこぶしをつくり、
親指を立てる。

この状態で目をつむり、
何も見ずに左手で右手の親指を
つかんでみてほしい。

親指の位置を
探し当てるまで時間がかかった、
などという人はいないだろう

そんなことは当たり前だ、
とつい思ってしまうが、
目で見なくても体の各部の位置がわかる、
というのは考えてみると
不思議なことだ

視覚を遮ってもなお
何かのありかがわかるというのは、
その「何か」が「ここにいる」
という情報を
(視覚以外の)何らかの方法で
発信している以外にありない。

これは、
「深部感覚」や「固有感覚」
と呼ばれる感覚
である。

温度覚や痛覚、触圧覚などと比べると、
普段から意識されにくい感覚だ。

意識されにくいどころか、
言われないと意識したことすらない。

深部感覚の受容器は
骨の表面や関節、筋肉、腱などにある。

この受容器が受け取るのは、
関節の曲げ伸ばしの程度、
筋肉の収縮・弛緩の具合、
それぞれの位置に関する情報である。

これらの情報を、
脊髄を通して脳に伝えることで、
私たちは自分の体の位置や姿勢を
認識している
のだ。

体が常に
「位置情報」を発信しているからこそ

目をつむったまま
誰かとじゃんけんをしても、
相手が何を出したのかは
決してわからないが、
自分が何を出したかだけは
正確にわかる。

わけだ。

 

(2)白衣の色
医療従事者は「白い」ものを
着ていることが多い。

だが、手術や処置の際に身につける
使い捨ての物品となると、
断然「青系統」のものが多くなる。

ドラマの手術シーンを思い浮かべると
わかりやすいが、マスクや帽子、ガウン、
手術台にかかったシーツなど、
あらゆるものが薄い青~緑色である

緑色の白衣、という言葉は
考えてみるとちょっとヘンだが
白くない白衣を目にすることは確かにある。

色にもなにか理由があるのだろうか?

実は、青や緑が赤の補色だからである。
血液を見る機会の多い処置では、
医療従事者は赤色を
じっと見ることになる。

もしシーツやガウンが白いと、
視線を移した際、そこに
青緑の残像がちらついて見えにくく
なってしまう


これを補色残像現象という。

そこで、補色である青系統の物品を使い、
残像による視野の妨害と
目の疲れを軽減する
のだ。

なるほど。
補色残像現象の低減に
あの色は効果を発揮しているということか。

薄い青~緑色とは別に
ピンク系の白衣も目にするが
あれにもなにか特別な理由が
あるのだろうか?

 

 

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2022年1月23日 (日)

エピジェネティクス - 世代をこえて

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エピジェネティクス - 世代をこえて

- 生後に獲得した性質は子に伝わらない? -

 

山本 健人 (著)
すばらしい人体
あなたの体をめぐる知的冒険
ダイヤモンド社

(以下水色部、本からの引用)

を読んでいたら、
たいへん興味深い記述があったので
今日はその部分を紹介したい。

よく知られているように

激しい筋力トレーニングをして
筋骨隆々になれば、
筋骨隆々の子が生まれるわけではない。

美容外科手術を受けて鼻を高くすれば、
鼻の高い子が生まれるわけではない。

子に伝わるのは、原則として
DNAに書かれた遺伝情報だけ
である。

遺伝子情報が書き換わってしまう
いわゆる「進化」を
世代間が年単位の長い生き物で
観察することは難しいが、
分単位で次の世代を生み出す細菌類では
その観察も可能だ。
「がん」についても同じことが言える。

がんは抗がん剤によって
一時的に小さくなるが、
完全に消えてしまうことは少ない。
あるときから抗がん剤は効かなくなり、
再びがんは増大に転じる。

(中略)

特定の抗がん剤から
逃れるしくみを身につけ、
耐性を獲得したがん細胞に
置き換わっている
のだ。

偶然生まれた耐性細胞は、
抗がん剤によって自然選択され、
多数派の座を奪ったのである。

より環境に適応できる特徴は
「自然に選択されてきた」結果ではあるが、
そこには必ず遺伝子レベルでの変異がある。
まさに「進化の過程」だ。

ところが、これらの説明のあと、
やや小さな文字でこんな記述があった。

近年、環境因子が遺伝子に影響を与え、
これが次世代に引き継がれる現象
存在することがわかってきた。

これを「エビジェネティクス」という。
限定的ではあるが、
生後に獲得した性質は子に伝わらない、
とする説明は
必ずしも正しくないことが
わかっている

つまり、生後に獲得した性質が
DNAの遺伝子情報の変化を介せず
子に伝わることがある

ということだ。

エピジェネティクスについては

(1) 国立環境研究所
(2) 遺伝性疾患プラス編集部

などで初心者向けに
やさしく説明してくれている。

(2)のリンク先には

エピジェネティクスとは、
DNAの塩基配列を変えずに
細胞が遺伝子の働きを制御する
仕組みを研究する学問です。

とあるが、
塩基配列を変えずに
遺伝子を制御するしくみ
の研究が
進んでいるようだ。


エピジェネティックな変化とは、
遺伝子のオン、オフを制御するために
DNAに起こる化学的な修飾となります。

「修飾」という言葉が
特殊な意味で使われている。

エピジェネティックな修飾は、
細胞の分裂に伴って
細胞から細胞へと保たれることがあり、
場合によっては世代を超えて
継承されることもあります

DNAの塩基配列が変わることなく、
生後に獲得した性質が
子に伝わることが
DNAへの「修飾」によって
実現される場合があるようだ。

なんて不思議で
おもしろそうな世界なんだろう。

私自身はもちろん専門外で
詳しいことは何も知らないが、
今後、注目すべき単語として
「エピジェネティクス」を
メモしておきたい


たとえ詳細はわからなくても、
こういう感度のアンテナが増えることは
読書のたのしみのひとつだ。

 

 

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2022年1月16日 (日)

抜き打ちテストのパラドックス

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抜き打ちテストのパラドックス

- どこが間違っているの? -

 

「抜き打ちテストのパラドックス」
とか
「死刑囚のパラドックス」
とか
「プレゼントの箱のパラドックス」
とか、問題文によって
その呼び名は異なるようだが、
内容的には全く同じ、
ある問題をご存知だろうか。

1940年代にはすでに知られていた
かなり古い歴史のあるものらしい。

初めて聞く、という方のために
代表選手として
「抜き打ちテストのパラドックス」
を紹介させていただきたい。

問題は実にシンプル。

教師が学生に言った。

1.来週の月曜日から金曜日のどこかで
 抜き打ちテストを実施する。
2.抜き打ちテストとは、実施日を
 前日に予測することができない
 テストのこと。


それを聞いた学生Aは
「先生の言う1と2を満たす形で
 抜き打ちテストを実施することは
 不可能である

と結論づけた。

という話だ。

どうしてそういう結論になるのか。
学生の推論のロジックはこうだ。

「金曜日にテストを
 実施することはできない。
 なぜなら、
 木曜日までに実施されなかった時点で、
 テストは金曜日ということが
 確定してしまい、2.を満たす
 抜き打ちテストにならないからだ。

 金曜日に実施できないのだから、
 同様の論理で
 木曜日にも実施できない。

 水曜日までに実施されなかった時点で、
 「金曜日はありえない、
  だったら木曜日」と予測できてしまい
 抜き打ちテストにならないからだ。

 同様に繰り返すと、
 水曜日も火曜日も月曜日も
 実施できないことになる」



「死刑囚のパラドックス」
では死刑執行日を、
「プレゼントの箱のパラドックス」
ではプレゼントの入っている箱の番号を、
抜き打ちテストの曜日の代わりに
使っているだけで、
どれも全く同じロジックで
「執行日に期限があるなら」
「期限までには執行できない」し、
「プレゼントの箱が有限個なら」
「どの箱にも入れられない」
という結論になる。


でも、最初の抜き打ちテストの例で
考えればすぐにわかる通り、
「来週中に、
 (前日に予測することができない)
 抜き打ちテストを実施すること」は、
実際には明らかに可能だ。

「実施できない」と
結論づけた学生のロジックは
いったいどこが間違っているのだろう?

シンプルなことなのに
いまだにうまく説明できない、
長く抱えたままになっている
宿題のひとつだ。

うまい説明をお持ちの方、
ぜひ教えて下さい。

 

 

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