音楽

2017年11月12日 (日)

オーストリア旅行記 (12) ザルツブルクで聴くピアノトリオ

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オーストリア旅行記 (12) ザルツブルクで聴くピアノトリオ

- モーツァルトが演奏した部屋で -

 

【モーツァルトの生家】
観光客が多く訪れるザルツブルクの
メインストリート「ゲトライデ通り」に
黄色のよく目立つ建物がある。

1756年1月27日、
モーツァルトはここで産声をあげた


日本で言うと、
田沼意次(1719年生)や
杉田玄白(1733年生)らの時代


ザルツブルクの
一大観光スポットとなっている。

P7117858s

見学をするためには、
こんな階段を登っていく。
今は、2階から4階が記念館になっている。

P7117871s

当時のままの台所はこんな感じ。
と、この写真を撮ったところで
館内写真撮影禁止の表示を発見。
ゴメンナサイ、気がつきませんでした。

P7117867s

というわけで残念ながら以後写真なし。


館内の写真は禁止されていたが、
「窓からの景色はOK」
とのことだったので、
1枚だけパチリ。

260年前、
窓からは何が見えていたのだろう?

ここで生まれて、
7歳まではこの部屋で過ごしていたらしい。

窓からの景色の変化はわからないが、
子どものころのモーツァルトが
この部屋を走り回っていたことは
確かなことのようだ。

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館内には、自筆の楽譜やら、肖像画やら
楽器やら、オペラのセットの模型やら
関連グッズの土産物やら、
いろいろ展示されているが、
生家をそのまま使っているので、
観光客がぐるぐる歩き廻っていると
かなり狭苦しい。

多くの展示品の中で
一番印象的だったのは自筆譜。
美しい音楽は譜面も美しい

 

【モーツァルト広場】
モーツァルトはザルツブルクを代表する
出身者なので、
生家から歩いて5分ほどの広場には
1842年に作られた立派な銅像がある。

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広場の名前もモーツァルト広場。
レジデンツ広場に隣接しており、
周囲にはカフェやショップが並ぶ。

観光案内所もあり、ある意味
ザルツブルク観光の起点となっている。

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近くの広場にいた
ストリートパフォーマーも
音楽の街ならでは(!?)。

片手のみを電子ピアノに軽く乗せて
宙に浮いているが、その電子ピアノは、
ありえない不安定な角度で
古本の上に立っている。

P7128159s

 

【カラヤンの生家】
ザルツブルクの出身者と言えば、
もう一人はずせない人がいる。

こちらも音楽家。

指揮者のヘルベルト・フォン・カラヤン
1908年4月5日生。

日本ではソニー創業者の井深大さん、
同じ指揮者の朝比奈隆さん
らが同じ年の生まれ


ザルツァッハ川のすぐ横に
生家がある。

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庭には、指揮をする
カラヤンの銅像があるのだが、
なぜかあまりカッコよくない。

P7118024s

もっと「カッコいい」カラヤンは、
指揮をする映像や、
レコードジャケットの写真などに
数多く残っているのに・・・

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【ミラベル宮殿コンサート】
ザルツブルクに到着直後
インフォメーションセンタで
いくつか尋ねたコンサート。

結局、
ミラベル宮殿で開催される
TRIO AMIENSの
ピアノ・トリオの演奏を
聞きにいくことにした。

Mirabell1


宮殿の大理石の階段は、
「天使の階段」と呼ばれていて
小さな天使の彫刻に溢れている。
ラファエル・ドナー作。

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会場はその奥の部屋。
「大理石の間 Marmorsaal」

P7118043s


100人強程度の小規模なものだが、
金の装飾に溢れた部屋は、
その雰囲気だけでも十分楽しめる。

P7118048s

モーツァルトも、
この広間で演奏を披露していた
という。

曲は、ハイドン、ブラームス、
モーツァルト、ベートーベンの作品から。

プログラムの透かしが美しい。

Mirabell2

演奏は、
ピアノ、バイオリン、チェロの
3本のみ。

部屋の窓を開け、
夜風を招きながらの演奏。

P7118046s

ひんやりというほど涼しくはないが、
エアコンの風よりははるかに気持ちいい。

演奏のほうは、
バイオリンの方がほんとうに上手で、
期待していたものよりワンランク上の
演奏というより「芸術」を楽しめた気分。

行ってよかった。満足度高し。

P7118047s


ところで、このミラベル宮殿、
元は、大司教ヴォルフ・ディートリヒ
1606年、愛人サロメ・アルトと
彼女との間に生まれた15人の
子どもたちのために建てた
もので、
古くはアルテナウ宮と呼ばれていたらしい。

「北のローマ」をめざして、
今も残るザルツブルクの町並みに
多くの影響を与えた大司教だが、
アルテナウ宮完成後に失脚。

ホーエンザルツブルク城塞の
地下牢獄に6年も幽閉され
1617年に獄死、という
まさに劇的な一生を送っている。

宮殿は、
のちに「ミラベル」宮殿へと改名された。
ミラベルとは「美しい眺め」という意味。

コンサートが開かれる
「大理石の間」がある一方、
現在は、市役所、図書館としても
使われている。

 

ザルツブルク観光、もう少し続けたい。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2017年11月 6日 (月)

オーストリア旅行記 (11) サウンド・オブ・ミュージック(その7)

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オーストリア旅行記 (11) サウンド・オブ・ミュージック(その7)

- どこからどこへの山越え? -

 

オーストリアのザルツブルクを、
映画「サウンド・オブ・ミュージック」を
キーに巡っていく報告も
今回で一旦、ひと区切りとしたい。

内容のほうは、これまで同様、
『サウンド・オブ・ミュージック』の秘密
瀬川裕司 (著)
平凡社新書
(以降水色部は本からの引用)

と 映画のDVD/Blu-ray

で補足・確認しながら、
進めていきたいと思う。
(以降、映画からのシーンは黄色枠で)

 

【馬の水飲み場】
祝祭劇場のすぐ隣(となり)にあるのが、
この「馬の水飲み場」。

場所といい、その装飾といい、
ちょっと唐突な感じがするが、
前回書いた通り、
お隣、祝祭劇場は、
元は大司教の厩舎だった。
ここは、そこで飼われていた
「馬のための水飲み場」として
作られたものらしい。
馬は一時、130頭もいたという。

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現在の姿になったのは1732年。
中央に馬の調教場面の像が立ち、
壁には馬の美しいフレスコ画が並んでいる。

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ただ、実際に行ってみると、
画よりも、そのすぐ後ろに迫った
ざっくり削られた岩山に驚く。

しかも横にはトンネルまで。

P7117920s

トンネルの通りを挟んで、
すぐ左側はもう祝祭劇場だ。

映画「サウンド・オブ・ミュージック」
の中では、マリアと子どもたちが
ピクニックに行く時に前を通っている。

Sm05024

一瞬映るだけなので、知らなければ
もちろん何かはわからないし、
映画の中で説明も一切ないが、
この美しい施設が、
まさか「馬の水飲み場」だったとは。

 

【ザンクト・ペーター教会の墓地】
ここでも少し触れたが、
ザンクト・ペーター教会の
鉄柵で区切られた墓地は、
映画「サウンド・オブ・ミュージック」
の終盤で、
トラップ一家がナチスに追われて
墓石の裏に隠れるシーンの
モデルになっている。

区画ごとに違う鉄柵の文様は、
この墓地の特徴のひとつ。

P7117996s

モデルにしただけで、
撮影はセットで行われたため、
直接ここがロケ地というわけではない。

暗い画になってしまうが、
映画のシーンも貼っておこう。

ナチスに見つかってしまうのではないか、
というヒヤヒヤ、ドキドキのシーンだ。

Sm24607
Sm24633

 

【山越え】
そして映画の最後、
ナチスの追跡をかわしたトラップ一家は、
国境線が封鎖されているため、
徒歩で山を越えて
逃亡先のスイスへと向かう。

Sm25217

山越えのロケ地は、
ロスフェルト(Rossfeld)。

雄大な山並みが美しい
このシーンについては、
ロケ地ツアーのときも
ガイドさんから説明があった。

Sm25313

この撮影現場は、
ザルツブルクのすぐ南方向の山で、
バスの中からも指差しながら、
「あの山の尾根が
 国境越えの最後のシーンのロケ地なんです」
と紹介していた。

ただ、次の言葉に
バスの中は笑いに包まれた。
「あのあたりはドイツとの国境なんです」
「スイスとの国境なんて、
 ザルツブルクからはものすごく遠くて、
 とても歩いてなんかいけないわけで」

物理的な位置関係をちょっと確認しておこう。

Amapbr1

青がオーストリア、
黄がドイツ、
緑がスイス。
★印がザルツブルクの位置で、
◎印が山越えの撮影現場。

なるほど、ザルツブルクから
歩いてスイスとの国境を越えるのは、
7人の子ども連れには厳しそうだ。

また、ナチスから逃げている一家が、
ドイツとの国境に
わざわざ向かっているというのも
笑える。

上に挙げた瀬川さんの著書でも

このあたりもドイツとオーストリアが
国境を接している地域だ。

映像を見るかぎり、
一家はドイツ側から
わざわざオーストリアに
戻ろうとしていることになる

(ケールシュタインハウスはドイツ、
 ロスフェルトは
 ほぼ国境線上に位置する)。

最後に、
はるか遠方に街のようなものが
うっすら見えるが、
それはザルツブルクだ。

この映像だけを情報源とするなら、
トラップ一家はドイツへの遠足から、
いま帰宅中であるように
思えてしまうわけである。

と書かれている。
映画のストーリとのギャップが楽しい
裏話のひとつ
だ。

ところで、先にも書いた通り、
サウンド・オブ・ミュージックは
実話に基づく話だ。

映画ではない、
実話のほうはどうなっていたのだろう?

<実話>では、
コンクールでの優勝後、
一家はヨーロッパ各地で
コンサート活動を展開する


つまり
『サウンド・オプ・ミュージック』
とは異なって、
彼らはナチによる<併合>の前から、
プロとして活動していたわけである。

そして一家は国外に逃亡する。
<実話>としては、
屋敷のすぐ裏のアイゲン駅から
鉄道に乗ってイタリアに行き、
1938年10月にロンドンから
アメリカ行きの船に乗った。

つまり、トラップ一家は
<山越え>などしていない


そして39年1月、米国で末子の
ヨハンネス・ゲオルクが生まれる。
同年3月、滞在許可の期限が切れたために
一家はいったんヨーロッパに戻り、
主に北欧諸国でコンサート活動をおこなう。

そして10月、
米国での居住許可を得た彼らは、
あらためて
「ザ・トラップ・ファミリー・シンガーズ」
として全米を股にかけての
コンサート活動を展開する。

合唱団としての活動と
ヴァーモント州ストウの
「トラップ・ファミリー・ロッジ」
の経営によって、一家の名前は
広く知れ渡るところとなった。

 

7回に分けて
「サウンド・オブ・ミュージック」関連で
繋いできたザルツブルク旅行記だが
映画関連ネタは一旦これで終了としたい。

ロケ地巡りが楽しめる町の魅力を
瀬川さんはこんな言葉でまとめている。

(ロケ地を巡る)
このような現象が起こるのは、
『サウンド・オブ・ミュージック』が
人気作品であるからだけでなく、
ザルツブルクに
<そのままの風景>が残っているから
だ。

撮影から50年近くが経っているのに、
そこへ行きさえすれば、
記憶にある風景が肉眼で見られるのである。

たとえば50年前の邦画を好きな外国人の
映画ファンがわが国に来たとしても、
めったに(そのままの風景)には会えまい。

そこには、いうまでもなく
歴史的建造物等を大切にする
ヨーロッパの伝統があるわけだが、
ザルツブルクでいえば、
狭い旧市街にロケ地が集中しているので、
二時間ぐらい歩けばほとんどのポイントは
押さえられてしまう。

まるでザルツブルクが
『サウンド・オブ・ミュージック』の
テーマパーク
であるかのようなのだ。

 

次回からは、
「サウンド・オブ・ミュージック」
からは離れて、
ザルツブルクの町の魅力を紹介したい。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2017年10月29日 (日)

オーストリア旅行記 (10) サウンド・オブ・ミュージック(その6)

(全体の目次はこちら


オーストリア旅行記 (10) サウンド・オブ・ミュージック(その6)

- 岸壁馬術学校 -

 

オーストリアのザルツブルクを、
映画「サウンド・オブ・ミュージック」を
キーに巡っていく六回目。

これまで同様、
映画のDVD/Blu-ray

で補足・確認しながら、
振り返ってみたい。
(以降、映画からのシーンは黄色枠で)

 

【祝祭劇場】
世界的な音楽祭のひとつとして
知られている「ザルツブルク音楽祭」
メイン会場となっているのが
この祝祭劇場。

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ご覧の通り
大きなというか「長い」建物だが、
その起源はなんと
1607年に建てられた
大司教の「厩舎」だとか。
つまり馬小屋。

岩山に沿う細長い形状をしており、
その長さは225mにもなる。

現在、「祝祭劇場」には
大小2つのホールと、
岩山を削ってつくられた
「フェルゼンライトシューレ」の
合計3つの劇場がある。

訪問したときは
音楽祭のちょうど10日前だったので、
スケジュールが大きく張り出されていたが、
まさに3つの劇場フル回転のプロブラムが
組まれていた。

道を挟んだ対面に、
同じように「長く」広がっているのは
大学の図書館だ。

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正面入口前に広がる
マックス・ラインハルト広場と呼ばれる
広場からは、
左手にフランティスカーナ教会
右手にザンクト・ペーター教会
の塔が見える。

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ザンクト・ペーター教会の塔の後ろには、
ホーエンザルツブルク城塞が。
城塞の威容もかなり見慣れてきた。

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さて、この祝祭劇場。
内部を案内してくれる
ガイドツアーがあるという。

ツアーの時間がわからなかったので、
ツアーオフィスを兼ねた
劇場のギフトショップに行って
事前に時間を尋ねてみた。

ザルツブルク音楽祭が
10日後に迫っていたので、
公開エリアに制限があるようだったが、
まぁ、準備の様子も含めて、
雰囲気が感じられればそれもうれしい。

妻と相談のうえ、
翌朝9時のツアーに参加することにした。

「予約はできないので、
 予定時間の15分前に来て下さい」

 

翌朝、集合場所に行くと、
12人が集まっていた。

ガイドさんは、

*ザルツブルク音楽祭が
 10日後に迫っているので、
 劇場内では様々な準備が進められており、
 いつもは案内している大ホールに
 今日は案内できないこと。

*小ホールである
 モーツァルトホールは案内できるが、
 こちらも今日はリハーサル中ゆえ、
 ホール内での写真は禁止されていること。

などなど、丁寧に音楽祭前の
特殊な状況を説明し、
理解と了解を求めていた。

 

【フェルゼンライトシューレ】
ガイドツアーで最初に案内されたのは、
最も見たかった
「フェルゼンライトシューレ」だった。

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「サウンド・オブ・ミュージック」の終盤、
一家がコンクールで歌声を披露する、
実に印象的な劇場だ。

岩山の山肌を掘った岩むき出しの面が、
そのまま劇場の奥の壁となっている。

つまり、岩山に張り付くように
劇場が作られている。

フェルゼンライトシューレの意味は
 Felsen(岩壁)、
 Reitschule(馬術学校)


1693年、
ヨハン・エルンスト・フォン・トゥン大司教
(Johann Ernst von Thun)は、
大聖堂建築のための採石場跡に、
馬術学校を設立
した。

そこでは、乗馬のトーナメントも
行われていたという。

舞台を取り囲んでいる三層に重なった
96のアーチからなる岩盤は、
馬術学校当時の観客席
である。

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ガイドツアーの説明は
「ドイツ語」と「英語」で進んでいく。
二人のガイドさんがいるわけではなく、
ひとりで二言語を担当。

ちなみに、その時の我々12人のグループは
8人がドイツ語、4人が英語、を希望。

ドイツ語での説明の後、
英語組4人が集められて英語で説明を聞く、
を繰り返す感じでツアーが続く。

ただ、ドイツ語がわからないので
これは単なる想像だが、
明らかにドイツ語の説明の方が
詳しいことまで触れている気がする。

もちろん、説明というのは
ただ詳しければいいというわけではなく、
こちらの英語力からすると
要点のみの短い説明の方が
かえって親切、とも言えなくはないが、
長いドイツ語の説明のあと、
英語の説明が妙に短かったりすると
ソフィア・コッポラ監督の映画
「ロスト・イン・トランスレーション」

を思い出してしまう。

(ソフィア・コッポラ監督の
 東京を舞台にしたこの映画、
 好き嫌いの別れる映画のひとつだが、
 私は大好きだ。踏み込むと
 話がどんどん横道に逸れそうなので
 この映画の話はまた改めて)
題名の[lost in translation]とは
あえて訳せばまさに
「翻訳で失われるもの」という感じだ。

閑話休題

音楽祭が近いので、舞台上では
人と物が慌ただしく動いており、
リハーサルというかテストが続いていた。

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映画ではこんなふうに使われている。
全体がよく見える
コンクールに向けての昼間の練習風景から。

Sm21833

空が見えていることにご注目。

50年以上も前のロケ時点では、
このようなオープンエアの
構造だったようだが、
現在は、開閉式の屋根がついている。

映画でのコンクールの本番は「夜」で
スポットライトが当たってこんな感じ。

Sm23503

それにしても、馬術学校の観客席を
逆に舞台にしてしまおうという発想には
ほんとうに驚かされる。

ちなみに、岩山そのままが
舞台となっているため、
「舞台裏」というものがない。
なので上演にあたっては大道具を含め
いろいろな工夫が必要だ、と説明していた。

劇場としていろいろ不自由な部分が
あるにも関わらず、
フルトヴェングラーやカラヤンといった
往年の名指揮者が、今も語り継がれる
伝説的なオペラを残した舞台でもある。

 

個人的には
「ここさえちゃんと見られれば」の
フェルゼンライトシューレが見られたので
それだけで大満足だったが、
フェルゼンライトシューレを出たあとは
モーツァルトホールに案内された。

ただ、最初に言われた通り、
こちらの撮影は許可されていなかったので、
残念ながら写真はなし。

公開のオペラに向けて、大道具も含め
舞台上の準備はかなり進んでいた。

モーツァルトホールを出たところには
横板の隙間の先に、こんなオブジェも。

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小さな白い光の列はすべてビーズ。
地元オーストリアに本社がある、
ビーズで有名な
スワロフスキー社が作成したもの。

「モーツァルトの髪型」を表現したもの、
と言われているようだが、
オブジェ前の空間が狭く、物理的に
遠くに離れて見ることができないので、
ガイドさん自身も「確認のしようがない」
と説明して笑いをとっていた。

なお、劇場は幕間を過ごすロビーも
一見の価値がある。

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広さや床の美しさにも目を惹かれるが、
他にはない大きな特徴が2点ある。

ひとつは、岩山の山肌が岩盤むき出しで
直接奥の壁となっている点。
フェルゼンライトシューレと同様、
ロビーは岩山に直接張り付いており、
奥の壁は、岩山の岩盤そのままだ。

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近くに寄ってみると、
粗い岩肌の感じがよくわかる。

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もうひとつの特徴は、
『テュルケンシュテッヘン』
(Türkenstechen)
と呼ばれる
天井の巨大なフレスコ画。

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しかもこのフレスコ画、
この大きさを活かした
トリックアートまで仕込まれている。

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ちょうど岩盤ギリギリの
一番奥の部分。
見上げながら寄っていくと
描かれた柱がグゥーっと空に向かって
立ち上がっていく。

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全体はまさに馬を中心に描かれた
巨大なものだが、

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奥の一角だけ
仕掛けで遊んでいる感じ。

 

なお、入ってすぐのロビーは、
テュルケンシュテッヘンとは全く違う
こんな雰囲気の画で囲まれているが、
これは第二次世界大戦の時に焼けてしまい、
その後以前のように修復されたもので
特に古いものというわけではないようだ。

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映画のほうも
「コーラスコンクール」まで来た(?)ので、
サウンド・オブ・ミュージック関連の
ネタは、
あともう一回書いて一区切りとしたい。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2017年10月22日 (日)

オーストリア旅行記 (9) サウンド・オブ・ミュージック(その5)

(全体の目次はこちら


オーストリア旅行記 (9) サウンド・オブ・ミュージック(その5)

- 大司教の宮殿レジデンツ -

 

オーストリアのザルツブルクを、
映画「サウンド・オブ・ミュージック」を
キーに巡っていく五回目。

これまで同様、
映画のDVD/Blu-ray

で補足・確認しながら、
振り返ってみたい。
(以降、映画からのシーンは黄色枠で)

 

【レジデンツ広場】
映画の後半ナチスが進軍してくるシーン

Sm21735

が撮影されたのが、レジデンツ広場。
背景の建物はレジデンツ

外見は地味だが、これこそが
ザルツブルクの領主である大司教が
居住し執務していた町の宮殿である。

16世紀末、
この町を「北のローマ」にしようと試みた
大司教ヴォルフ・ディートリヒの時代に
現在のような姿の宮殿の建築が始まった。

町の象徴のように何度も登場している、
山の上の「ホーエンザルツブルク城塞」は
戦争や動乱に備えた城で、
平時は大司教もこのレジデンツに居た。

今は内部も公開されており、
日本語もあるオーディオガイドで
説明を聞きながら
ゆっくり見学することができるのだが、
残念ながら写真撮影が許可されていない

6歳のモーツァルトが大司教の前で演奏した
「会議の間」


ゴブラン織のタペストリーが飾られ、
緻密な寄木細工の床が美しい
「謁見の間」、

若き日のモーツァルトも演奏した
250人を収容できる「騎士の間」、

謁見を立ったまま待たされた「控えの間」、
などなど部屋数は全部で
180にもなる


どの部屋も、繊細な装飾や調度品で彩られ、
権力を誇示した大司教の
贅沢な暮らしぶりがうかがえる。

各部屋の他、歴代大司教が集めた
絵画などのコレクションも、
レジデンツギャラリーとして
一緒に公開されている。

室内の写真は撮れなかったが、
レジデンツの窓から見える
レジデンツ広場は、
写真が撮れたので、一枚。

P7128156s


写真を撮るとき、偶然、すぐ下では
学生か、4人のサックスアンサンブルが
演奏を披露していたのだが、
これがかなりのハイレベルな演奏で、
思わず宮殿を抜け出して、
そばに行きたくなってしまったほど。

P7128154s


広場の真ん中には、
大理石の彫刻で飾られた
アトラス神の大噴水がある。

P7117936s

噴水の向こう側の白い建物は
「新レジデンツ」。


大噴水は、
マリアがトラップ家に向かうシーンにも

Sm01820

まさにレジデンツを背景にして
登場している。

近くに寄るとこんな感じだ。

P7117939s

 

【カピテル広場】
ホーエンザルツブルク城塞を見上げる
カピテル広場は、
大聖堂のすぐ横に広がっている。

P7117959s


映画の中、トラップ家に向かうマリアが
ギターを持って歩いているのもここ。

Sm01842

上に書いた通り、
「ホーエンザルツブルク城塞」は
戦争や動乱に備えた城だったわけだが、
旧市街のどこからでも見えるあの威容は、
やはりある種の圧力を感じる。

P7117961s

なお、広場から
ザンクト・ペーター教会の方を見ると、
こんな感じで鐘塔が見える。

P7117960s

ところで広場にあった大きな金の玉は
いったいナンだったのだろう?

 

サウンド・オブ・ミュージック関連の
場所で繋いでいくザルツブルク旅行記、
もう少し続けたい。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2017年10月15日 (日)

オーストリア旅行記 (8) サウンド・オブ・ミュージック(その4)

(全体の目次はこちら


オーストリア旅行記 (8) サウンド・オブ・ミュージック(その4)

- パノラマ写真の出番 -

 

オーストリアのザルツブルクを、
映画「サウンド・オブ・ミュージック」を
キーに巡っていく四回目。

これまで同様、
映画のDVD/Blu-ray

で補足・確認しながら、
振り返ってみたい。
(以降、映画からのシーンは黄色枠で)

 

【近代美術館のテラスからの眺め】
山から帰ってきた子どもたちが
歌いながら歩くシーン。

Sm05521

Sm05541

まさに旧市街全体が見下ろせる
絶好のViewポイントがここ。

P7117905s


映画のロケ地かどうかは関係なく
純粋に市街の景色を楽しむことができる。

P7117898s

もちろん映画と比べれば、
50年前の映画の背景のまま、を
再確認することもできる。

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旧市街だけでなく、
ザルツァッハ川の向こうには、
新市街も見える。

P7117906s

右手に見えるマカルト橋を渡った先、
左側にある川沿いの白い大きな建物が、
指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤンの
生家
だ。

こここそパノラマ写真の出番だろう。
広角で大きく繋げるとこんな感じになる。
川の向こう左手が新市街、
川の手前右手が旧市街。
(下の写真だけは、クリックすると
 通常より大きく
 横1280ピクセルの幅で表示されます)

Img_1448s

 

岩山の上に位置している
この絶景ポイントへは
「メンヒスベルクのエレベーター」
を使うと簡単に行くことができる。
通常は有料、
ザルツブルクカードがあれば無料。

このエレベーター、三機あって、
行き先ボタンと上下表示は
こんな感じになっている。

P7117897s

見たことがない表示板、はいいとしても
肝心な意味がよくわからない。
「上」を押したはいいが、
いったいどの箱の前で待てばいいのだろう?

 

【青空マーケット】
旧市街の大学広場(Universitaetsplatz)で
青空市場グリューンマルクト(Gruenmarkt)
が開かれているというので行ってみた。

P7128073s

野菜や果物は
とにかく色と種類が豊富で
見ているだけでワクワクする。

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そういえば、映画の中でマリアも
子どもたちを連れて来ていた。

Sm05030


チーズもこの迫力。

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パンもどれもおいしそうだ。

P7128139s

ちなみに、マーケットのある
大学広場のすぐ横には、
コレーギエン教会がある。

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大学付属の教会のようだが、
真っ白な外観はかなり目を引く。

P7128089s

 

 

【モーツァルト橋】
ザルツァッハ川に架かる
歩行者専用の小さな橋。
「サウンド・オブ・ミュージック」では、
ピクニックに行く途中のマリアと子供たちが
歌いながらかけ抜けている。

Sm04958

今回は正面までは行けなかったので、
となりのシュターツ橋からの眺め

P7128068s

と、ホーエンザルツブルク城塞から
見下ろした橋の様子のみ。

P7117991s

手前が旧市街となるが、川の向こう、
川沿いは大きなお屋敷が並んでいる。

P7117976s

 

サウンド・オブ・ミュージック関連の話
もう少し続けたい。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2017年10月 8日 (日)

オーストリア旅行記 (7) サウンド・オブ・ミュージック(その3)

(全体の目次はこちら


オーストリア旅行記 (7) サウンド・オブ・ミュージック(その3)

- 踊る人、ポーズをとる人 -

 

オーストリアのザルツブルク発、
映画「サウンド・オブ・ミュージック」の
ロケ地ツアーの三回目。

これまで同様、
映画のDVD/Blu-ray

で補足・確認しながら、
振り返ってみたい。
(以降、映画からのシーンは黄色枠で)

 

バスの中での大合唱
盛り上がっているうちに、
バスはモントゼー(月の湖)の湖畔にある
小さな町に到着した。

 

【モントゼー教区教会】
トラップ大佐とマリアが
結婚式をあげるシーンに使われた教会。

ここの内部はまさに映画のまま。

P7117805s

 

Sm21557


多くの祭壇に取り囲まれている
特徴的な教会内部だが、やはり正面、
主祭壇の豪華さには目を奪われる。

P7117798s


映画にもアップで登場している。
もちろんここは映画のままだ。

P7117797s

Sm21655


教会は、黄色が美しいこんな建物で、
充分画になると思うのだが、
なぜかこの外観は映画には出てこない。

P7117809s


結婚式場の鐘塔を思わせる
この映像が一瞬映るものの、
よく見ると、
屋根も窓も時計も違っていて、
この教会の映像ではないようだ。

Sm21705


教会のあるモントゼーは湖畔の小さな町で、
通り沿いには土産物屋や飲食店が多い。
カラフルなファサード(建物の正面)には
思わずカメラを向けたくなる。

P7117811s


きれいな配色ではあるものの
人工的な色が並ぶ町並みとは対照的に
周囲はほんとうに美しい緑と
山々の景色に囲まれている。

P7117785s

P7117786s

 

ザルツブルク新市街に戻ってきた。

バスによる見学はここで終了。
ここからはバスを降りてすこしだけ歩く。

降車の際には、車内、
この曲がエンドレスに繰り返された。

「さようなら,ごきげんよう
 (So Long, Farewell)」

映画にならって、歌いながら、
ひとりずつバスから降りて消えてゆく。

バスの中での大合唱で盛り上がった仲間たち。
映画をよく知った人ならではの
ノリノリのアクションに、
ただ単にバスを降りるだけなのに
ここでも笑い声と拍手が続く。

 

【ミラベル庭園】
バスを降りて向かったのは、
新市街のミラベル庭園。

映画の中では「ドレミの歌」を歌いながら
マリアと子どもたちが元気に駆け抜けていく。

Img_9974s

右側に写っている
ペガサスの像のある噴水は、
映画では上から撮影されている。

Sm05749

 

マリアが歌った緑のトンネル

Sm05756

では、思わず同じように
踊りだしてしまう人たちも。

P7117841s

P7117842s

 

庭園入口もこんな感じで
当時のまま。

Sm05806

P7117853s


庭園内の「妖精の庭」にも

Sm05818

映画と同じ像がそのまま残っている。

Img_9975s

妖精の像はほかにもいろいろ並んでおり、
陽気な女性たちは、像の回りで踊り、
ポーズを取り合っては、はしゃいでいる。

楽しそうな雰囲気に思わず
「写真を撮ってもいいですか?」
と聞いたら、"if you want!"

P7117831s

今見ても、あの時の明るい笑い声が
聞こえてくるようだ。

 

ドレミの歌のクライマックス、
歌の最後は庭園のここ。
後ろにホーエンザルツブルク城塞が見える。

Sm05823

P7117671s

Sm05857

 

最後にまとめて見てみよう。
【ドレミの歌】のミラベル庭園部分。

 

 

この庭園で4時間のツアーは終了。

饒舌なだけでなく、
いつのまにか皆の気持ちを引きつけていた
人柄のいいガイドさんにお礼を言いながら、
ツアー仲間は庭園内に散っていった。

P7117846s

 

我々夫婦は、
バス内での大合唱の余韻に浸りながら
計画もはっきり立てないまま
気ままな市内観光に繰り出したのだが、
ザルツブルク市内は
映画のロケ地で溢れているため、
あとから映画を見返すと、
「あっ、ここも!」がいっぱい。

というわけで、
ツアーは終わってしまったものの、
旅行記のほうは
サウンド・オブ・ミュージック関連で
繋ぎながら、もう少し続けてみたい。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2017年10月 1日 (日)

オーストリア旅行記 (6) サウンド・オブ・ミュージック(その2)

(全体の目次はこちら


オーストリア旅行記 (6) サウンド・オブ・ミュージック(その2)

- バスの中の大合唱 -

 

オーストリアのザルツブルク発、
映画「サウンド・オブ・ミュージック」の
ロケ地ツアーの二回目。

前回同様、
『サウンド・オブ・ミュージック』の秘密
瀬川裕司 (著)
平凡社新書
(以降水色部は本からの引用)

と 映画のDVD/Blu-ray

で補足・確認しながら、
振り返ってみたい。
(以降、映画からのシーンは黄色枠で)

 

【ヘルブルン宮殿-ガラスの部屋】
ヘルブルン宮殿の美しい庭の片隅にある
「ガラスの部屋」。

P7117761s

長女リーズルと恋人ロルフが踊り、
マリアと大佐が愛を語り合った
ガラスの部屋。

Sm03817r

撮影のロケ地だ、と思ってみると
ヘンなところがいろいろある。

 

まず場所。
周辺は緑豊かで美しいが、
実際に建っている場所が
庭の片隅という感じで、
塀がすぐそばに迫っている。
なので
映画で観た「広い庭の中」
という感じがしない。

そもそも全体的に小さくないか?

実は、実際の撮影は
ハリウッドのセットで行われており、
ここにあるのは、
湖畔での撮影時に
背景に映るものとして制作されたものを
観光用に移築しただけのもの。
つまりは
ロケ地でもロケ・セットでもない
ということのようだ。

それでも、外は雨の中、若い二人が
「もうすぐ17歳」を歌いながら踊る
印象的なシーンに登場する
ガラスの部屋ゆえ、
前で記念撮影する人は多い。

P7117765s

ちなみに、ヘルブルン宮殿の庭は
ほんとうに美しい。
映画のことを一切忘れても、
庭だけを楽しむことができる。

P7117766s

 

【ヘルブルン宮殿 裏-小道】
この直線の小道のずーっと先、
距離で言うと約1.5km先で、
マリアがトラップ家を
初めて訪問するところが撮影された。

P7117773s

トラップ家の屋敷の外観として
ロケに使われた「フローンブルク宮殿」が
そこにある。
ちなみに、屋敷内部の撮影には、
ハリウッドのセットを使ったらしい。

いずれにせよ、
撮影地は「ずーっと先」なので、
これまたここがロケ地というわけではない。

なのに、皆、妙に盛り上がっている。

P7117771s

映画ではどんな道だったか、
ちょっと覗いてみよう。

Sm01948

この先にありそう、が
十分感じられる程度には
同一の道の雰囲気が伝わってくる。

Sm02001

 

その後、トラップ家の屋敷の外観
フローンブルク宮殿」をバスから眺め、

ホーエンザルツブルク城塞(左)
マリアがいたノンベルク尼僧院(右)
両方が見える場所

P7117775s

に寄ったりしながら、
バスはザルツブルクを離れ、
ザルツカンマーグート(「塩の宝庫」の意)
と呼ばれる、山と湖のきれいな
山岳方面に入っていった。

とにかく山の景色が美しい。

Img_9972s

途中寄ったのは・・・

【ザンクト・ギルゲン】
モーツァルトのお母さんの出身地だという。
さすが、あのレベルになると
母親の出身地すら
観光資源の一部になってしまうンだ。

P7117780r

映画のほうでは、一番最初、
空撮の映像のひとつとして出てくる。
見比べてみよう。
カメラの高度は違うものの、
もちろん山並みはそのままだ。

Sm00144

ちなみに広がる湖はヴォルフガング湖。
母親の出身地なら
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
(Wolfgang Amadeus Mozart)の
Wolfgangと関係があるに違いないと思い
少し調べてみたのだが、
関係性についてはよくわからなかった。
関連があるのかないのかも含めて、
なにかご存知の方、
いらっしゃいましたら教えて下さい。

 

【バスの中の大合唱】
この後バスは、マリアと大佐が
結婚式を挙げた教会を目指したのだが、
少しまとまった移動時間の間、
ガイドさんは、
「みんなで歌おう!
 sing-alongだ!」
と言って、映画のサントラ盤を
車内で流し始めた。

もちろん最初は皆
戸惑っている感じだったが、
ガイドさんの盛り上げ方もうまく、
だんだん歌声が大きくなってくる。

バスの中で、皆で歌を歌うなんて、
小学校の遠足以来かも?

ひとりひとりの声が出始めると
まさに相乗効果、
どんどんノリノリになってくる。

Img_9970s


歌詞カードを配ったわけでもないのに、
まったく問題ない。
このツアーに来る以上、
歌えるくらいは常識ってこと?

しかも皆、歌がうまい!

最初は歌いやすいように、
サントラ盤の音を
わりと大きめにかけてくれていたのだが、
歌がのってくると
途中でサントラ盤の音をキュッと絞って、
車内の大合唱だけが聞こえるようにする。

その瞬間の、ゾクッと感が
伝わるかどうかわからないが、
その時の録音の一部を
貼っておきたい。
少しでもバスの雰囲気に近づけるべく、
可能なら、大きめのボリュームで再生を。

まずはこの歌。

These are a few of my favorite things.
の部分をバスの中の声だけにしている。

【私のお気に入り(My Favorite Things)】

繰り返しながらどんどんノってくる。
3回目のあと、ここは大合唱。
When the dog bites
When the bee stings
When I'm feeling sad
I simply remember my favorite things
And then I don't feel so bad


P7117818s

車窓を楽しみながら、
映画の中の名曲を
もう待ちきれない、という感じで
まさに次から次へと歌っていった。

そんな中、最も盛り上がったのは
やっぱりこの歌だった。

「レ」から「ラ」までは
バスの中の合唱のみ。

【ドレミの歌】

Doe-a deer, a female deer
Ray-a drop of golden sun
Me-a name I call myself
Far-a long, long way to run
Sew-a needle pulling thread
La-a note to follow sew
Tea-a drink with jam and bread


Img_9971s

隣には妻が小さくリズムをとりながら
にこやかな笑顔で座っている。
車窓には
ザルツカンマーグートの美しい山々が
次々と流れていく。
耳からは
サウンド・オブ・ミュージックの
名曲の数々が、
その歌を愛する人たちの生の声、
大合唱で流れこんでくる。

まさに夢のような時間だった。

あのとき、歌声と共に
身体(からだ)の芯からこみ上げてきた
ほんのりと温かい、おだやかな幸福感は、
ふたりの旅の一シーンを
特別なものにしてくれた気がする。

 

ところで、
この有名な「ドレミの歌」は、
ドレミと歌っていながら、
実際は「♭シドレの歌」に
なってしまっていることをご存知だろうか。

つまり、ハ長調ではなく変ロ長調。

えっ、ホント?
という方、両方の調で
ワンフレーズ貼っておくので
ぜひ聴き比べてみてほしい。

上のサントラ盤【ドレミの歌】に
自然に繋がるのはほら。

【変ロ長調】

Bd

 

【ハ長調】

Cd

 

「よくわからん」という方のために
テンポが合ってはいないのだが、
強引に両者を繋げて聞いてみよう。
音の高さだけにご注目あれ。

【「サントラ」 から 変ロ長調のドレミ】

変ロ長調だと自然に繋がるが、
強引にハ長調で始めてしまうと・・・

【「サントラ」 から ハ長調のドレミ】

 

原曲ではロジャースが
ハ長調で書いた楽譜が残っており、
舞台版の録音でもメアリー・マーティンは
ハ長調で歌っている。

映画の子役俳優に配られた楽譜も、
ハ長調で書かれている。

ところが映画で聞かれる同曲は、
変口長調になっているのだ。

主演のジュリー・アンドリュースが
一音高いハ長調で歌えなかったはずはなく、
もし理由があるとすれば、
一緒に歌う子どもたちの
音域の問題だったのだろう。

 

ちなみに、車内が大合唱となった
ツアーバスはこんな大型のものだ。

Img_9967s


ロケ地巡りの話、もう少し続けたい。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2017年4月30日 (日)

「中世の声と文字」

(全体の目次はこちら


「中世の声と文字」

- 学問から宗教へ -

 

遺跡や書物は、歴史を考えるときの
大事な資料や証拠となるが、
残念ながらそこに「音」は残っていない。

文字や楽譜は残っていても音はない。

 吉松隆 著
 調性で読み解くクラシック
   ヤマハミュージックメディア

にもこんな記述があった。

世界中のあらゆる時代あらゆる地域で、
「音楽」はそれぞれの形で
豊饒な文化を築いている。

ただし、残念ながら音楽は
化石や古文書のように
発掘されることはない
ので、
音そのものは想像するしかない。

それはもちろん
「声」についても同じこと。

 

その、当時の「声」を
親鸞の手紙と
琵琶法師によって語り継がれた
「平家物語」を題材に
考えてみようという

 大隅和雄 著
 中世の声と文字
 親鸞の手紙と『平家物語』
 シリーズ <本と日本史> 3
   集英社新書

を読んだ。
(以下水色部本からの引用)

もともと親鸞についても
平家物語についても、
中高の教科書以上の知識がないので
知らないこと満載で、その内容は
興味深い話の連続だったのだが、
途中から

なお、『平家物語』の引用には、
注をつけることにして、
敢(あ)えて現代語訳は省いた
中世の人々が
琵琶法師の声で聞いた文章の律動を、
そのままのかたちで味わって頂きたい。

という著者の意図のもと、
現代語訳がなくなってしまったのは、
古文オンチの私にとっては辛かった。

「文章の律動」を味わう余裕がない。

そういう意味では、読み終えても
本の趣旨というか、
肝心な部分が味わえていない
後(うしろ)めたさが残る。

とはいえ、浅い読者は浅いなりに
発見や考えさせられることもあったので、
きょうは、その一部を紹介したい。

 

まずは親鸞との語り合いと手紙の話から。

親鸞が東国にいて、門前たちと語り合い、
念仏道場でともに
念仏を唱えていたときには、
親鸞の信心と数えは、
親鸞の立ち居振る舞いを通じても、
自然に伝わっていった


しかし、その親鸞が東国を去った後、
残された人々は、
念仏を唱えて語り合うだけでは心もとなく、
心に浮かんでくる疑問に、
決着を付けることが
できないと思うようになった。

 そこで、門弟たちは、
手紙を書いて教えを乞う
ようになった。

距離が手紙を生んだわけだが、
手紙には距離を埋める以外の
大きな作用があった。

親鸞の返信を受け取った門弟は、
その手紙を道場の人々に見せ、
声を上げて読み聞かせ、
字のかける門弟の中には、
書写して
信心の拠り所とする
者も少なくなかった。

親鸞の手紙は現在43通が知られていて、
その中で11通は、真蹟とされている。

750年前の手紙が、
もとのまま11通も残っている
というのは
驚くべきことであるが、
それらの手紙は、親鸞の最晩年のもので、
京都に帰った60代前半にも
文通はあったに違いないが、
手紙は残っていない。

750年も前の手紙が11通も残っている、
という事実には確かに驚くが、
ここでの印象的なシーンは、
「声を上げて読み聞かせ」と
「書写して信心の拠り所」の部分。

手紙が、
個人対個人のやり取りに留まっていない。

東国の門弟たちは、
親鸞の手紙を大切にして、
写本を作って回読し、道場で
読み上げることもあったと思われる。

そうした中で、
手紙を集めた本が教典として
用いられることになった。

信心に関する質問に対して、
親しみ深く語りかけるような親鸞の返事は、
質問を的確に、深く理解した上で、
易しいことばで綴(つづ)られていたから、
消息集は門弟たちにとって、
かけがえのない教典となった


門弟たちは消息集を読んで、
師の面影を偲(しの)び、
師の声を聞くかのようなことばを
反芻するようになったのである。

親鸞との手紙が、
親鸞の教えの広がりに
独特な力をもっていく。

手紙を中心にした変化、だ。

 消息集が教典になったことは、
先進的な外来文化として伝来した仏教が
「漢訳仏典の学問」から、
信心を中核とする「宗教」に変じた
ことを、
何よりも的確に表わしていると思われる。

 突飛な比較と考えられるかも知れないが、
『新約聖書』は
27の資料からなっているが、
四部の福音書と
「使徒行伝」「ヨハネの黙示録」
の六篇の他は、
21通の手紙が収められており、
資料の数からいえば、
全体の4分の3は手紙である

キリスト教の教義の中核もまた、
手紙で述べられている
ということになる。

なるほど。
教典における「手紙」は
単なる表現の一形式として
採用されたものではなく、
「実績」に基づく
採用だったのかもしれない。

人々の心に届く、実手段として
大きな影響力を持ったという「実績」に。

特に識字率が高くなかった時代には、
「声を上げて読み聞かせ」るという
共有方法がその背景にあったことも
見逃せない。

「学問」から「宗教」に。

具体的な音は聞こえないけれど
確実に存在した「声」の存在が
「教典」に命を吹き込んでいるような
そんな気さえしてくる。

この本の話、もう少し続けたい。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2017年3月26日 (日)

Kaleidoscope (万華鏡)

(全体の目次はこちら


Kaleidoscope (万華鏡)

- タワーレコード渋谷店で -

 

東京渋谷の大型CD店「HMV」が
閉店したのは2010年だったが、
渋谷に限らず大型のCD店は、東京ですら
ほんとうに数が少なくなってしまった。

そんな中、
なんとか踏ん張ってくれているのが、
「タワーレコード渋谷店」
"No Music, No Life"を
キャッチコピーにしている
黄色が印象的なあのビルだ。

ビルに入ると、1階から7階まで
CDを中心に音楽関連グッズがぎっしり。
関連書籍も幅広く揃っている。

推薦盤の試聴コーナも充実しているので、
時間の余裕があるときに、
手書きのPOP広告を読みながら
試聴コーナをゆっくり回るのは
ほんとうに楽しい。

ネットの検索とは違う
意外な出遭いがあることが
(CDに限らず)
リアルな店の大きな魅力だ。

試聴コーナのヘッドフォンを通じて、
実際の演奏も思う存分
確認することができるし。

 

先日、7階のクラシック音楽のフロアで
かなり魅力的な2枚のCDに出遭ったので、
今日はそれを紹介したい。

新譜というわけではないので、
すでにご存知の方も多いと思うが、
寡聞にして私自身は、この2月に
試聴コーナにて初めて知った新録音だ。

(1) Tchaikovsky:Violin Concerto
  ヴァイオリン:コパチンスカヤ
  指揮:クルレンツィス
  オーケストラ:ムジカエテルナ

  チャイコフスキー作曲:
   ヴァイオリン協奏曲
  ストラヴィンスキー作曲:
   バレエ・カンタータ「結婚」

 

(2) カレイドスコープ(kaleidoscope)
  ピアノ:カティア・ブニアティシヴィリ

  ムソルグスキー作曲:展覧会の絵
  ラヴェル作曲:ラ・ヴァルス
  ストラヴィンスキー作曲:
   『ペトルーシュカ』からの3楽章


(1)は、
モルドバ出身のヴァイオリニスト
パトリツィア・コパチンスカヤ 1977年生。

(2)は、
グルジア(現ジョージア)出身のピアニスト
カティア・ブニアティシヴィリ 1987年生。

30代、20代の瑞々しい演奏だ。

おふたりとも、超有名曲を舞台に、
奔放に踊るダンサーのようで
まさに目が離せない。

初めて聴いたときは、
「ここまで自由に演奏しちゃって、
 いったいこの先、どうなるのだろう?」
と思わず試聴コーナのヘッドフォンを
外せなくなってしまった。

コパチンスカヤは、
意図的とも思える濁った音も入れて
挑戦的に迫ってくるし、
ブニアティシヴィリのテンポの取り方、
響きの作り方は、新鮮なだけでなく美しい。

とにかくどちらも
過去の演奏に縛られていない
その自由さが眩しい。

その後、家でのCDではもちろん、
持ち歩いている
ポータブルオーディオプレーヤででも
ここひと月ほどは
繰返し繰返し聞いているのだが、
何度聞いても飽きることがない。

録音も秀逸。

それにしても後者、
アルバム・タイトルに
カレイドスコープ(kaleidoscope)とは、
うまい名前をつけたものだ。

日本語で「万華鏡」。
ラヴェル、ストラヴィンスキーも含めて、
まさに、
万華鏡のような演奏が展開されている。

私が偶然一緒に知ったというだけで
直接は何のつながりもない2枚のCDだが、
どちらも「万華鏡」という言葉がピッタリだ。

ここのところクラシック音楽の世界で
活躍が目覚ましい
コパチンスカヤとブニアティシヴィリ。
YouTubeでも少し覗いてみよう。

 

(AA) パトリツィア・コパチンスカヤ
まずは、(1)を
ソニー自身がUpしている音で、どうぞ。
4分35秒のダイジェスト版。
下の図またはここをクリックすると
YouTubeで聴くことができる。

Kopatchin1

CDのライナーノーツには

「実は、私にとって
 チャイコフスキーの
 ヴァイオリン協奏曲は
 長いこと無縁の作品でした。

 私の耳には、今のこの時代と
 関連のある音楽とは
 聴こえなかったからです。

 練習熱心なピアニストによって
 必要以上にかみくだかれ、
 指の器用さの訓練用として濫用され、
 コンクールでも粗製濫造されています。

 愚鈍なヴァイオリニズム、
 というのが私の抱いた印象でした」

とのコパチンスカヤ自身の
かなり激しい言葉が載っているが、
その曲が彼女によってどうなったのか。
それに立ち会うことができる。

なお、CDの演奏は、
ガット弦を使った弦楽器と
作曲当時の管楽器によって行われている。

 

コパチンスカヤの演奏では、
これも外せない。
ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。
彼女自身が編曲したという
驚きのカデンツァは、19:48あたりから。

最後まで見れば、
噂通り裸足で演奏していることも
確認できる。

このカデンツァを含めて
CDでちゃんと聴いてみたいという方は
2009年暮れに発売された下のCDでどうぞ。

 

たった3分の演奏ながら、
聴衆はもちろん共演者までも、
みごとなまでに彼女に引き込まれている
こんな動画もある。

 

(BB) カティア・ブニアティシヴィリ
こちらはライブ版。
曲はCDと同じ「展覧会の絵」

 

森の中で弾く
バッハのカンタータから始まる
こんな素敵な動画もある。
下の図またはここをクリックすると
YouTubeで聴くことができる。

Khatia1

この雰囲気がお気に召すようであれば
これがお薦め。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2016年12月11日 (日)

読書の3R

(全体の目次はこちら


読書の3R

- きよはる、あきみ、きんのすけ -

 

本屋の立ち読みでの記憶なので、
雑誌名もコメントした方の名前も
思い出せないのだが、
雑誌の「読書」特集の記事の中で、

「読む本はどうやって選ぶのですか?」

の質問に、

「読書は3Rです」


と答えていた方がいた。

3Rとは、
 Recommend (推薦)
 Respect (敬意)
 Risk (リスク)


自分にとって信頼できる、ウマが合う、
そういう方の「推薦」図書を素直に聞く。

どんな本であれ、著者には
本を書きたいほどの衝動、熱意があったはず。
その思いに対しては常に「敬意」を払って読む。

どんなに人がおもしろい、すばらしい、と言っても
自分にとっては全く響かない本もある。
ハズレはあってあたりまえ。
「当たり」とは限らない「リスク」を
いちいち気にしない。

うまいことを言うなぁ、と感心したので、
3Rだけは今でも忘れずにいる。

なぜ、こんなことを急に書いているのか。

ここここ
井上陽水さん自身の言葉を続けて書いたが、
陽水さんで、もうひとつ思い出したのが、
この本だったからだ。

小林聡美著「読まされ図書室」
宝島社文庫


すごい題名。「読まされ」って。

著名人の推薦図書を小林さんに無理やり読ませ、
感想を聞いちゃおう、
というちょっと変わった本。
3RのRecommendだけで突っ走っている。

まぁ、でも、確かに小林さんなら何を読んでも、
ちょっとおもしろい感想を言ってくれそうではある。
不得意な分野であってもRespectを忘れていないし。

で、この本に、推薦者として井上陽水さんが登場する。
陽水さんは
松本清張の短編時代小説「白梅の香」を推薦。

さて、小林さんはどう読むか?

不得意領域への警戒感いっぱいに感想は始まる。
(以下水色部本からの引用)

井上陽水さんが懸念するように、
私のこれまでの人生において、
松本清張はあまりにもなじみのない世界だ。

そもそも、
ごくごく一般的なイメージの松本清張の世界は、
私が一番苦手とする領域である。
推理小説。サスペンス。

ただでさえ心配事や不安の多い日常の生活の中で、
なぜにわざわざまた違った不安や緊張感を
味わいたいのか、まずその心理が理解できない

なるべく頭を悩まさずに、ぼーっと、
ひたすらぼーっと暮らしたい私には、
そういう趣味はまったく理解できないのである。

「なぜにわざわざまた・・」
なんとも小林さんらしいコメントだ。

『白梅の香』は推理小説やサスペンスではなく
時代小説なのだが、そちらも苦手だったようだ。

それでも、ある方法により楽しんでしまうあたり、
さすが小林さん。

 と、いままで休止状態だった脳の部分を
フル活動させて、初めて読んだ松本清張
偉そうなことは何ひとつ言えないが、
時代小説を楽しめたのは大いなる進歩である。

どんな方法をとったのかは本に譲るが、
最後、こんな小ネタが披露される。

 北九州が誇る松本清張と井上陽水
二人に共通することは、
作品におけるそのクールなテンションと
本名が訓読み(きよはる・あきみ)であることも
興味深い発見
であった。

松本清張の本も、
井上陽水の音楽も、どちらも好きで
かなり読んだり聴いたりして来たが、
本名のことはどちらも知らなかった。

ただ、「きよはる」「あきみ」では、
あの小説も、あの音楽も、
書けなかったような気がしてしまうのは
なぜなのだろう?

そういえば、夏目漱石の本名
夏目金之助(きんのすけ)を知った時も
同じような感覚に襲われた。

「せいちょう」「ようすい」「そうせき」
これらの音は、それくらい強く、
彼らの作品のテイストの一部になっている気がする。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

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