音楽

2018年6月10日 (日)

オーストリア旅行記 (42) ベートーヴェンの家と譜面屋

(全体の目次はこちら


オーストリア旅行記 (42) ベートーヴェンの家と譜面屋

- 楽譜は共通語 -

 

ここに 書いた通り、
ウィーン市街を守っていた市壁は
約150年前に取り壊され、
新しい都市計画が動き出したのだが、
市内には、当時の市壁の一部が
残っているところがある。

P7169443s

このアパートの土台部分、
古い市壁がそのまま残っている。
稜堡(バスタイ)と呼ばれる、
突き出した角の部分にあたるところだ。

P7169445s

積み上げられたレンガを味わいながら
上ってみることにした。

P7169447s

実はこの上のアパートには、
ベートーヴェンが住んでいた家がある。

【ベートーヴェンの家】
今はこんなプレートが埋め込まれている。

P7169453s

ベートーヴェンは、
生涯に80回以上も引越をした

そのベートーヴェンが、
ここには約10年間(1804-1815)も
住んでいたという。

P7169454s

生涯でもっとも長く住んでいた家
このアパートの5階。

いまは記念館になっているが、
他の部屋には、普通に人が暮らしている。
なので、記念館の呼び鈴も
他の住人と同じもので特殊なものではない。
(左列、上から三番目のボタン)

P7169452s

「運命」の名で知られる交響曲第5番、
テレビドラマ「のだめカンタービレ」で
一躍知名度の上がった交響曲第7番、
大戦後の1955年、国立歌劇場の
修復完成記念の演目に選ばれた
オペラ「フィデリオ」、そのほか
ピアノソナタ「告別」、
ピアノ曲「エリーゼのために」、
など多くの曲がここの部屋で作曲された。

 

【Musikhaus DOBLINGER】
音楽の都ウィーン。
夫婦ともに多少なりとも楽器を嗜むので、
ウィーンの訪問記念に
楽譜を買って帰ることにした。

事前に楽器仲間に教えてもらっていた
「譜面屋:DOBLINGER」を訪問。
「MUSIKHAUS」の字面がなんとも誘惑的だ。

P7148771s

旧市街のど真ん中。

ドイツ語はぜんぜん読めないが、
五線譜はいい。
まさに言葉の壁がない。

P7179599s

品揃えといい、在庫の量といい、
さすがウィーン。
楽器を肩に掛けたお客さんも
何人かいる。
しかも店内、楽器、編成ごとに
譜面がよく整理されているので、
初めて訪問する外国人でも、
迷わずターゲットに辿り着くことができる。

そのうえ、各譜面がオープンで、
実に見やすい。
(日本で輸入譜面を買いに行くと、
 ひとつひとつが袋に入っており
 かなり選びにくいことが多い)

引き出しを開け
パラパラとページをめくり
次々に内容を見ることができる。

P7179602s

ただ、楽譜としては読めても
自分が演奏できない譜面が多いのは
なんとも悲しい。

まぁ、実力の低さをこの時点で
嘆いてみてもしかたがないので、
「これならできそう」の譜面を探す。

P7179603s

このお店、広い店内が
大きくふたつに分かれている。
ひとつは譜面エリアで
もう片方は音楽関連グッズエリア。

夫婦それぞれ小品の譜面と
譜面用クリップなどの小物を購入。

音楽の都ウィーンで買った音楽グッズ。
だれでもない自分自身への
いい土産になった。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2018年5月27日 (日)

オーストリア旅行記 (40) 喧騒のなかの音楽

(全体の目次はこちら


オーストリア旅行記 (40) 喧騒のなかの音楽

- ウィーンで聞く日本のあの曲 -

 

音楽の都ウィーン、
街を歩くと、あちらこちらで
小さな生演奏に遭遇する。

今日は、ウィーンで触れた
喧騒の中の音楽の話を少し。

 

【路上での音楽】

P7148774s

バイオリンとチェロの二人組み。

ちょっと音も添えて
雰囲気をお伝えしたい。

 

バイオリンのソロという方も。

P7179629s

 

生演奏は、もちろん
「路上」だけではない。

【カフェ DIGLAS】

P7159130ss

夕食をとるために立ち寄ったこのお店では、
ピアノの生演奏が。
しかも運良く
かなりそばの席で楽しむことができた。

P7159116s

なんとも力の抜けた
リラックスした「ゆるい」演奏だが、
それはそれでいいものだ。

賑やかな店内に
溶け込んでいる音楽を、
30秒ほど貼っておきたい。

 

次々と曲は続いたが、そのうちの一曲は
なんとあの歌だった。

「スキヤキ」などと言われて
海外でも知られている話はよく聞くが
まさかウィーンのカフェで
「上を向いて歩こう」の
生演奏を聞くことになろうとは。

ここで食べたのは、
ウィーンの名物料理のひとつ
「ターフェルシュピッツ」

P7159124s

長時間煮込んで柔らかくなった
牛肉の大きなスライスが
スープと一緒に鍋ごと運ばれてくる。

付け合わせの
ハーブの効いたタルタルソース、
リンゴに西洋わさびの入ったソース、
ポテト、
ほうれん草のソース
などをつけて食べる。

特にリンゴのソースが印象的。
鍋の中のスープまで含めて
どれもうまい。

P7159121s

 

もうひとつは
「ツヴィーベルロストブラーデン」

P7159122s

牛肉のローストに、
香ばしく炒めたたっぷりの玉ねぎソースが
かかっている。こちらも◎!

もちろん、ビールも一緒に、だ。

P7159117s

 

そう言えば、このカフェのお手洗いには
見たことのない仕掛けがあった。

男性用の中とはいえ、場所が場所なので
シャッター音にはかなり気を遣ったが、
コラエきれずに写真を撮ってしまった。
ご覧あれ。

P7159128s

ドアノブを見ていただければわかる通り
これで扉が閉まっている状態。
そう、扉がなんと透明ガラス!!

思わず目を疑ってしまうが、
実はこの扉、鍵をかけた途端
一瞬で真っ白に曇って
中が見えなくなる。

帰ってから調べてみると
「瞬間調光ガラス」とか
「液晶調光ガラス」とか
呼ばれているもののようだ。

「こんなガラスがあるけれど
 どこに使ったらいいと思う?」
そんな会話がどこかでなされた
結果なのだろう。
なかなかインパクトのある使い方だ。

ただ、いざ用をたそうとすると
なんとなく落ち着かない気がする。
「透明」と「すりガラス」を
まさに一瞬で行き来するわけだから。

 

シュテファン大聖堂のそばのこのカフェ。

回りに多くある小さな脇道も
ほんとうに魅力的で
覗き込んでいるとキリがない。

P7159115s

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2018年4月29日 (日)

オーストリア旅行記 (36) シュテファン大聖堂

(全体の目次はこちら


オーストリア旅行記 (36) シュテファン大聖堂

- 聖堂内での夜のコンサート -

 

 

【シュテファン大聖堂】

P7179700s

市壁に守られていた旧市街にある
ゴシック様式の大聖堂。


P7179712s

旧市街の
まさにど真ん中にあるこの聖堂は、
自然史博物館や歌劇場のような
リンク通り建設に伴った
都市拡張開発によって
建てられたものではない。

完成は古く、1356年。
136メートルにおよぶ塔の建設には
65年もかかったという。

P7148785s

ハプスブルク家歴代君主の墓所でもある。

特徴あるモザイク屋根。

P7179713s

北側に回って見上げると
ちょっと見えにくいものの、
こんなところにも鷲の紋章が。

P7179716s

モーツァルトの結婚式、
そして葬儀
が行われた場所としても
知られている。

P7148786s

 

旧市街の中心地ということもあって
ひっきりなしに観光客が訪れるせいか、
聖堂前には
「観光客向けコンサート」の客引き
妙に多い。

P7148809s

皆、
モーツァルトを思わせる衣装を身に纏い、
次々と観光客に声をかけている。

何人かの客引きの話を
興味本位で聞いてみた。
私が聞いた範囲ではこんな特徴がある。

【曲目】
 夜のコンサートのプログラムは、
 モーツァルトやヨハン・シュトラウスを
 中心に超有名曲ばかり。
 クラシックファンでなくとも
 気軽に楽しめる選曲になっている。

【パフォーマンス】
 楽器による演奏だけでなく、バレエや
 オペラのアリアを一部組合せたりして
 エンターテイメント性に
 めいっぱい傾いた
 プログラムになっている。

【会場】
 どこも100-200名程度の
 小規模な公演ながら、
 会場はかなり魅力的。
 王宮の中の一部屋であったり、
 シェーンブルン宮殿の一室であったり、
 楽友協会内の小ホールであったり、
 ウィーン市内の魅力ある場所を
 フル活用している感じ。

【ドレスコード】
 会場は宮殿の一室であったりしても、
 ドレスコードはゆるゆる。
 ジーパン、スニーカでもOKと言っている。

【料金】
 定価(?)はあってないようなもの。
 「通常はコレだが、夫婦2枚なら」とか
 「同じ値段でワンランク上の席に」とか
 「お得感」を強調した提案を
 次々としてくる。
 本気で買う気ならかなり交渉できそう。

というわけで、
これはこれでエンターテイメントとして
十分楽しめそうではあった。
実際に行ったわけではないので、
肝心な演奏の質まではわからないが。

 

我々夫婦はと言えば、
こういった客引きとは全く関係のない
別な演奏会を聴きに行くことにした。

目の前、
シュテファン大聖堂内で開催される
室内楽。

【夜の演奏会前の大聖堂内】

P7148813s

ちょうどこちらの都合にハマった
一晩だけの演奏会だったとは言え、
メインの曲が
ヴィバルディの「四季」となっていたので
これもまた観光客向けのプログラムの
ひとつだったのだろう。

それでも、気分としては
「いい演奏を」というよりも、
大聖堂内で音楽がどう響くのか、
その響きの中に身を置いてみることを
最優先にしてみたかった。

音響的に言えば
残響がありすぎであろうことは
容易に想像できたが、
そういったことも承知のうえで、
現地ならではの空気感に
浸ってみたかったのだ。

【リラックスした気分で集まる聴衆】

P7148814s

実際の演奏を聴いてみて、
その思いは充分満たされた。

残響が多いとはいえ、
頭のずーっと高いところに
響きが浮遊するように残る感じは、
天井の高い大聖堂ならでは、だ。

モーツァルトの結婚式の時は
どんな響きで満ちていたのだろう、
と考えるだけでも楽しい。

ちなみに演奏のほうは、
ビオラの方がほんとうにうまかった。

小さな合いの手的旋律を
実に丁寧に演奏していて、
彼が弾くと、音楽がそこで
キュッと引き締まると同時に
グッと深まる感じもして
なんともいえず心地よかった。

やはりプロはすごい。
そしてどんな環境であれ、
生の演奏はいい。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2018年4月15日 (日)

オーストリア旅行記 (34) 古楽器博物館(3)

(全体の目次はこちら


オーストリア旅行記 (34) 古楽器博物館(3)

- ヤマハが得たもの -

 

前回に引き続き
新王宮の中の古楽器博物館での
写真を挟みながら

ウィーン国立歌劇場管弦楽団と
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の
楽器のエピソードを続けたい。

今回も、引用の文章は
挿入している写真の説明
というわけではない

その部分は承知のうえ
お付き合いいただければと思う。

参考図書は、

広瀬佳一、今井顕 編著
 ウィーン・オーストリアを
 知るための57章【第2版】
明石書店

(以下水色部、本からの引用)

 

前回からの続き)
ようやく完成した
「日本製」ウィーンモデル。

その完成度と実績は
前評判を大きく覆していく。

 

【ヤマハ製 ウィーン式
 ホルン、オーボエ、クラリネット】

以前はプライドの高い
ウィーンの音楽家のなかで
日本人にコピーを器用に
 作る能力はあっても、
 心を表現する伝統ある本物は
 作れるわけがない

という意見が主流だった。

しかし今日では現実の結果を前に
「日本人だからこそ、
 このように優れた楽器を
 完成させられたのだ
」と、
まったく異なる評価が
語られるようになった。

 2010年現在、
ウィーン方式の管楽器のうち
ヤマハで作られているのは
ホルン、オーボエ、
そしてクラリネット
(中級クラスのモデルのみ)
だ。

ホルンは日本国内では
特注品となっている。

P7159092s

「採算性がない」と、
多くの工房から見捨てられてしまった
ウィーンモデル。

ヤマハがやったからと言って
急に採算性があがるわけではない。

それでもあえて挑戦したヤマハ。

その過程と結果は、
採算以外の大きな価値を
ヤマハにもたらした。

 

【ヤマハが得たもの】

企業の収益だけを考えれば
成立しないプロジェクト
だが、

楽器メーカーとしての夢を追い、
音楽文化への貢献という
使命を果たし、
これらを通じて得られる
世界最高峰の音楽家との交流は、
ヤマハに単なる採算を超越した
価値とステータスを
もたらす
結果となった。

ウィーンモデルと呼ばれる楽器と
日本の楽器メーカ「ヤマハ」との物語を、
楽器博物館の写真を交えながら
3回に分けて続けてきた。

耳の肥えたウィーンの音楽家に
その価値をちゃんと認めてもらえた、
というのがなにより誇らしい、
いい話だ。

 

適当にペタペタと写真を並べながら
話を続けてきたが、
最後に楽器の写真だけ
もう何枚か貼っておきたい。

P7159083s

P7159086s

こういった、「多」弦楽器は
ほんとうに多種多様。

演奏も難しいだろうが、
それよりもなによりも、
演奏前の音合わせ、つまり
調弦(チューニング)に、いったい
どれほどの時間がかかることだろう?

P7159088s

どこで聞いたのかは覚えていないが
「リュート奏者が50年生きていると、
 45年はチューニングしている」
なんていう冗談交じりの話を
おもわず思い出してしまう。

そう言えば、似たようなものに
「オーボエ奏者が50年生きていると、
 45年はリードを削っている」
というのもあったかも。

いったい何が出典やら。
試しにググってみたが、
なにも引っかからないし。

いずれにせよ、
並べられた多くの弦楽器を
歩きながらゆっくり眺めていると、
「弦の本数」と「低音の取り込み」に
さまざまな挑戦のあとが見て取れる。

P7159097s

通奏低音に特徴のあるバロック音楽が
低音を要求していたのかもしれない。
この共鳴箱は形も大きさも強烈だ。

P7159098s

実物の展示とはいえ、残念ながら
生の音を聴くことはできない。
でも、どんな響きを奏でるのか
想像するだけでもたのしい。

一方で、
「今も演奏会で眼にすることがあるか」
を問いかけながら見てみると、
多くが淘汰されてしまっている。

普及し残る楽器と
博物館の展示品になってしまう楽器。

何がその運命を分けるキーなのだろう?

 

ちなみに、楽器以外の
関連小物も楽しめる。

たとえばコレ。
クラリネットのリードケース

P7159057s

樹脂やグラスファイバー、
カーボンファイバーが登場する前の
チェロのハードケース。
正真正銘の木製。
こりゃ、重かったことだろう。

P7159058s

最初に書いた通り、
この博物館は訪問者も少なく、
静かにゆっくり観られるので
楽器好きにはお薦め。

とにかくコレクションが膨大なので
時間には余裕をもって
お出かけ下さい。

帰るときも来る時同様
宮殿の大理石の空間を
夫婦で独占。

静かに歩くことができる。

P7159101s

なお、各楽器の説明書きは
ドイツ語のみなので
リアルタイムで詳しく知りたい方は、
グーグル先生にお供してもらって下さい。

もちろん「ドイツ語習得ののち」が
理想ではありますが。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2018年4月 8日 (日)

オーストリア旅行記 (33) 古楽器博物館(2)

(全体の目次はこちら


オーストリア旅行記 (33) 古楽器博物館(2)

- 立ち上がった日本のあの楽器メーカ -

 

前回に引き続き
新王宮の中の古楽器博物館での
写真を挟みながら

ウィーン国立歌劇場管弦楽団と
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の
楽器のエピソードを続けたい。

今回も引用の文章は
挿入している写真の説明
というわけではない

その部分は承知のうえ
お付き合いいただければと思う。

参考図書は、

広瀬佳一、今井顕 編著
 ウィーン・オーストリアを
 知るための57章【第2版】
明石書店

(以下水色部、本からの引用)

 

前回は、
ウィーンフィルの弦楽器の特徴について
紹介したが、管楽器のほうも見てみよう。

【ウィーン仕様の管楽器】

ここでは昔ながらの
ウィーン仕様の楽器が
いまだに現役の楽器として
使用されている


現在も健在な
ウィーン方式の楽器は、
オーボエ
ホルンである。

トランペットトロンボーン
2010年現在まだわずかながら
使われているものの、
近い将来これら2楽器の生の音は
聞けなくなってしまいそうだ。

どれも昔からドイツ語圏の
オーケストラで愛用されていた
古いタイプのもので
演奏時のコントロールが難しいが、
捨てがたい独特の音色を持っている

P7159054s

 

【存亡の危機に直面する管楽器】

管楽器には寿命があり、
金管楽器などは30年程度使用すると
金属疲労のためステージでの使用に
耐えなくなる。

音そのものは出ても、
大ホールをすみずみまで満たせる
艶とパワーがなくなってしまう
のだ。

 戦後数十年を経て、
ウィーンのプレイヤーのみならず、
オーストリアの音楽文化の
存亡にも関わりかねない問題が
生じたのである。

もちろん誰もが手をこまねいて
傍観していたわけではなく、
ヨーロッパのめぼしい楽器メーカーに
打診が行われた。

しかし開発費がかさみ、
それを回収できる数は
どう見積もっても
売れるはずがない楽器を作ろう、
という会社は皆無だった


P7159082s

 ウィーンにも優秀な職人はいたが、
売れないものを作る気にもなれず、
楽器の品質は低下した。

そして時の流れとともに
職人の数も減り、
修理さえも思うにまかせないような
状況になってしまう

存亡の危機に瀕するウィーンの楽器たち。
劣化は誰にも止められない。

台数が期待できないというその採算性から
ヨーロッパの楽器メーカが躊躇するなか、
立ち上がったのは
日本のあの楽器メーカだった

 

【立ちあがるヤマハ】

最後に白羽の矢が立ったのが
ヤマハである。

ヤマハではこのために
新しい研究室を設置し、
1973年頃から
ウィーンフィル首席奏者の
アドバイスのもと、
トランペットホルンの開発を
スタートさせた。

その後1977年からは
オーボエの開発も追加される。

こうして完成された
ヴィーナーオーボエは
モデルとなったオリジナル楽器を
しのぐ優れた性能をもったもの
で、
愛用者も数多い。

P7159077s

ウィーン式の楽器を作ったことのない
日本のメーカが、繊細な楽器の世界に
いったいどうやって
アプローチしていったのだろう。

【既存楽器の徹底調査】

 楽器の開発は、
まず既存楽器の複製からはじまった。
だが数少ない貴重なオリジナル楽器を
分解するわけにはいかない


レントゲンを撮ったり、
その他さまざまな方法で
楽器の外径や内径を計測し、
それをもとに楽器の設計が行われる。

その数値をもとに製作した試作品を
プレイヤーの手にゆだね、
彼らの感想や助言を参考にしながら
細部の設計をミクロン単位で
変更した試作品を作り、
さらにその改良型を…という作業が
辛抱強く続けられた。

P7159070s

そしてついに、
日本製ウィーンモデルの完成を
迎えることになる。

 

【誕生!日本製ウィーンモデル】

金管楽器の場合は
素材となる金属の成分が長らく不明で、
先の見えない状況が続いていた


そんなある日ヨーロッパの工房で
修理の際に切り取られた
わずか数センチ角の破片が
ヤマハの研究室に届けられ、
ようやくその秘密を
解明することができた。

そこで明らかになったのは
想像していたよりも
 ずっと不純物が多い

という意外な結果であり、
この不純物こそが
楽器の豊かな音色にとって
必要な成分だったのだ。

不屈の努力のかいあって、
今日では
ヨーロッパ製オリジナル楽器の
短所までをもクリアした
日本製ウィーンモデルを
入手できるようになった

P7159081s

いったいどれほどの試作が
繰り返されたことだろう。

その後、
日本製の楽器は確固たる評価を
築いていくことになる。

 

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2018年4月 1日 (日)

オーストリア旅行記 (32) 古楽器博物館(1)

(全体の目次はこちら


オーストリア旅行記 (32) 古楽器博物館(1)

- 楽器を持たずにリハーサル!? -

 

ここに書いた通り
新王宮の中にある博物館のひとつに
古楽器博物館がある。

音楽の都ウィーンならではの
楽器コレクションで
楽器好きにはたまらない空間だ。

しかも写真撮影もOK。

場所も新王宮の中という
ウィーンの中ではある意味一等地。

ところがところが
行ってみると中はガラガラ。
訪問者がほとんどいない。

王宮の中なので、
展示室に向かう階段からして
大理石のこんな豪華な空間なのに、
ご覧の通り、歩いているのは
我々夫婦ふたりだけという
まさに独占状態。

P7159049s

楽器に興味のある方、というのは
全体から見れば
「少数派」ということなのだろうか。

おかげで
王宮の中を、楽器を眺めながら
ゆっくり静かに過ごす、という
贅沢な時間を満喫できので
個人的にはなんの不満もないのだが。

 

館内には、
シューベルトが愛用したピアノ(写真左側)

P7159073s

をはじめ、
ベートーヴェン、モーツァルト、
ブラームス、シューマン、リスト、
マーラーなどなど
歴史的な作曲家が使用していた楽器が
多数並んでいる。

ただ、それ以上に興味深いのは
図鑑や音楽の教科書でしか
目にしたことがないような
めずらしい楽器の実物が
数多く展示されている点だ。

P7159087s

以前見た、米国ニューヨークの
メトロポリタン美術館の
楽器コレクションも素晴らしかったが、
それをはるかに凌ぐ質と量。

 

とはいえ、珍しい楽器の解説を
一台一台できるほどの知識もないゆえ
今日は、
ウィーン国立歌劇場管弦楽団と
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の
「楽器」についてのエピソードを
参考図書から引用しながら、
その間に
古楽器博物館で撮った写真を挟んで、
のスタイルで書き進めていきたいと思う。


P7159075s

つまり、引用の文章は
挿入している写真の説明
というわけではない

その部分は承知のうえ
お付き合いいただければと思う。

写真へのコメントは
[]で記していきたい。

 

[鍵盤楽器は鍵盤の多彩さだけでも
 おおいに楽しめる]

P7159079s

 

以前
ウィーン国立歌劇場管弦楽団と
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の
関係について書いたが、

広瀬佳一、今井顕 編著
 ウィーン・オーストリアを
 知るための57章【第2版】
明石書店

(以下水色部、本からの引用)

を読むと、
この両楽団の「楽器」について
さらに興味深いことが書いてある。

【楽器は楽団所有】

ウィーンフィルならではの
美しい音は、
演奏に使用される楽器に
大きく依存している。

日本のオーケストラでは、
打楽器など
持ち運びができないもの以外は
演奏者各自が
自分の楽器を持ち寄って
演奏するのが当たり前だが、
欧米のオーケストラでは
「楽団所有の楽器」が
常にストック・管理され、
日常の活動ではそれらが使用される

P7159051s

[当然のことながら、
 今のピアノのような白黒の鍵盤が、
 最初から確定していたわけではない]

P7159052s

[多くの試行錯誤の歴史がある]

 

【会場に用意されている楽器】

ウィーン国立歌劇場には
歌劇場専用の楽器
が、

ウィーンフィルとしての
活動のためには
ウィーン楽友協会に
ウィーンフィル専用の別の楽器
準備されているのだ。

極端な話、団員は
手ぶらでリハーサルに現れても
まったく困ることはない

歌劇場用の楽器と
ウィーンフィル用の楽器が
それぞれの会場にいつも置いてある。
そんな運用になっていたなんて!

P7159060s

 

【楽友協会にある専用工房】

弦楽器に関しては
ウィーンフィルの事務局がある
ウィーン楽友協会
(ムジークフェライン)のなかに
工房があり、
1870年に建物本体とともに開設された
この工房で製作された楽器が
現在も年間数台のペースで
補充されている


今日のウィーンフィルの
弦楽器の核となっているのは
1870年から90年頃にかけて
ここで製作されたものだが、
弦楽器としては
まだ比較的新しいものと言えよう。

楽器が各会場に確保されているだけでなく、
楽友協会の中には、
楽器を製造する工房までもがあるらしい。
それなら、
調整や修理ももちろん御手の物だろう。

P7159063s

 

【弦楽器の特徴】

ウィーンタイプの弦楽器は、
楽器の胴体のもつふくらみが大きい。
横板にもたっぷりとした幅があり、
楽器の厚みが厚くなっている。
最大の長所は
アンサンブルに適していること
だ。

コンサートホールの最後列まで
明瞭に音が届くソロ楽器というよりは、
合奏した時にお互いの音が
よく調和し合うのである。

楽器に塗られるワニスの質も
イタリア製のものと少し異なっている。

ウィーンフィルのあの美しい弦の響きには、
こんな楽器の特徴も
大きく寄与しているようだ。

P7159069s

弦楽器だけでなく、
管楽器にもウィーン方式と呼ばれる
特徴ある楽器がある。

その独特な美しい音色は
まさに魅力のひとつだが、
その特徴ゆえに
難しい問題にも直面していた。

次回はこの話から始めたい。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2018年3月18日 (日)

オーストリア旅行記 (30) ウィーン楽友協会

(全体の目次はこちら


オーストリア旅行記 (30) ウィーン楽友協会

- ウィーンフィルの本業は? -

 

国立歌劇場の話が続いたので、
関連して今日は
「ウィーン楽友協会」
を取り上げたい。

ここもリンク通りの建設に際して
作られた建物のひとつだ。
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団の
本拠地として知られる大ホールがある。

P7179515s

竣工は1870年。
国立歌劇場のほうは1869年だから、
ほぼ同時期に完成している。

国立歌劇場は、
オペラとバレエのためだけの
劇場だが、
こちらはコンサートがメイン。
大小7つのホールがある。

P7179520s

ここで書いた通り、
歌劇場では作曲家マーラーが総監督を
務めていたこともあるが、
こちら楽友協会では、
1872年から1875年までの3年間
作曲家ブラームスが
指揮をしていたこともある。

そう言えば、先日
NHK Eテレの「らららクラシック」という
番組の中で

「世界一の楽団とも呼ばれる
 ウィーンフィルですが、
 なぜそう呼ばれると思われますか?」

という質問に、
ウィーンフィルの楽団長
ダニエル・フロシャウアーさんは

「世界一かどうかはわからないけれど、
 ブラームス、ブルックナー、マーラー、
 ワーグナー、ヴェルディが
 自分の作品を指揮したオーケストラは
 他にはありません


と答えていた。

確かにすごい面々だ。

この面々で棒年表を書いてみよう。
(数字は生年と享年。
 色は60歳までは20年区切り)

Gakuyu1

(ワーグナーとヴェルディって
 同じ年の生まれだったンだ。
 ブラームスの誕生はその20年後)

 

国立歌劇場と同様、
こちらもシーズンオフだったため
コンサートの聴衆のひとりとして
中を味わうことはできなかった。
(観光客向けのコンサート会場として
 使われているようではあったが)

というわけで、
残念ながら、外観のみの写真で。

P7179522s

黄金のホールとも呼ばれる大ホールは、
CDのジャケット写真ではお馴染みだし、
映画「のだめカンタービレ」でも
ロケ地として使われていたし、
ニューイヤー・コンサートの会場として
テレビに映ることも多いので、
ぜひ実際に入ってみたかったのだが、
というか、
ウィーンフィルのコンサートを
聴いてみたかったのだが、
まぁ、訪問に「真夏」を選んだ時点で、
このあたりは諦めざるをえない。

 

さて、世界的に有名なこの
ウィーンフィル
歌劇場でオペラの演奏をしている
ウィーン国立歌劇場管弦楽団
との関係をご存知だろうか。

広瀬佳一、今井顕 編著
 ウィーン・オーストリアを
 知るための57章【第2版】
明石書店

に教えてもらおう。
(以下水色部、本からの引用)

オーストリアの文化使節とも
いわれるウィーンフィルは、
ベルリンフィルとともにドイツ文化圏の
名門オーケストラの双璧として、
その名を世界にとどろかせている。

 創立は1842年で、
楽団の歴史はもう少しで2世紀に
届こうとしている。

(中略)

見た目は普通のオーケストラと
何ら相違ないウィーンフィルだが、
内部はかなり特殊な形態となっている。

どんな事情があるのだろう?

一番の根本は、

ウィーンフィルといえども、
 その本業はあくまでも
 ウィーン国立歌劇場管弦楽団
 としての活動である


 しかし、明けても暮れても
 オペラやバレエの伴奏だけでは
 飽き足らない団員が
 コンサート活動を行うために
 任意に構成する、
 いわばサークルのような
 ものである


という点だ。

つまり、
いかに演奏の技量が優れていようとも、
またいかなる人物の
強力な紹介や推薦があろうとも、
外部からウィーンフィルヘ
直接入団する道は存在しない
のだ。

誰もが平等に
国立歌劇場のオーケストラに入団し、
オーケストラピットにおける
最低3年間の経験を積んだ後、
初めてウィーンフィルヘの
参加の是非が仲間たちによって
審議される。

本業はあくまでも
ウィーン国立歌劇場管弦楽団としての演奏。

自主運営としてのウィーンフィル。

常任指揮者を置かないことや、
コンサートの演目をメンバで決めることや
メンバがチケットオフィスで
直接お客様にチケットを売ることもある、
などなど、他のオーケストラでは
ちょっと聞かないような話が
ウィーンフィルにはいろいろあるが、
自主運営の精神がこのあたりに
関係しているのかもしれない。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2018年3月11日 (日)

オーストリア旅行記 (29) ウィーン国立歌劇場(4)

(全体の目次はこちら


オーストリア旅行記 (29) ウィーン国立歌劇場(4)

- 国が支え続けているオペラ -

 

国立歌劇場のガイドツアー報告の4回目。

【ロイヤルボックスと応接間】

P7158924s

皇帝も使っていた
ロイヤルボックスの応接間。

「今は記者会見の会場として
 使われたりもしています」
とガイドさん。

「この部屋は豪華ですが、
 時間貸しもしているんです」

「夜の二時間で約15万円」

「今度のお誕生会を
 ここでやってはいかがでしょう?」

 

部屋はドアの取手も象牙。

P7158925s

 

ロイヤルボックスのほうに移ってみよう。
さすがに眺めはいい。

P7158931s

P7158929s

P7158930s

 

【マーラーの間】

P7158933s

グスタフ・マーラーは
1897年から1907年まで
歌劇場の総監督を務めた作曲家。

個人的には作曲家としてしか知らないが、
指揮者としても活躍していたようだ。

この広間は、音響もいいので、
演奏会やリハーサルに使われることも
あるとのこと。

ここで、こんな写真を目にした。
年に一度開催されるという大舞踏会の様子。

P7158935s

舞台裏を案内された時、
舞台裏が50mもあるということに
驚いたが、この舞踏会では、
この50mをフル活用。

舞台と客席側を同じ高さにして
一体化

舞台裏、舞台、客席を繋げて
縦長の大きな一枚の床にし、
これだけの床面積を確保している。

夜10時からオープンニングセレモニー。
5500人が参加、朝5時まで続く
大イベントらしい。

 

【歌劇場正面2階のロビー】

P7158936s

ここには、
ヘルベルト・フォン・カラヤン

P7158939s

カール・ベーム

P7158942s

といった、
歴代総監督の像も置かれている。

日本語でのガイドさんは、
小澤征爾さんが2002年から2010年まで
音楽監督を務めていたことも
忘れずにちゃんと添えてくれていた。

P7158941s

ここで、歌劇場の総監督
音楽監督の代表的な方々と
劇場の大イベントを並べて
棒年表を作ってみよう。
(数字は生年と享年。
 色は60歳までは20年区切り)

Opera2

空襲で大破した歌劇場の
修復完成記念演奏会の指揮をしたのは
カール・ベーム。
この表を見ると、その時彼は
60歳くらいだったことがわかる。

マーラー、ワルター、
ベーム、カラヤン、マゼールと
10数年から20数年程度の差で並んでおり、
世代間の引継ぎが
順調に続いていることもわかる。

マゼール、アバド、小澤征爾は
ほぼ同世代で、
カラヤンと約20歳違いの
グループだということも。

それにしても、読者の皆様は
これをご覧になって
なにを思うだろう。

私が一番眼を奪われたのは
年齢差よりもなによりも
よく言われる
「指揮者は長生き」はほんとうだ
ということ。

棒を振る、というのは
よっぽど体にいいのだろう。

 

公演にはアーティストの他、
いわゆる裏方が約380人いて、
合計約1000人の人が関わっている。

ちなみに、年300回の公演をこなす
この歌劇場の年間予算は130億円。

チケットの売上でカバーできるのは
その約半分。

約半分は国家の税金から補助されている

なお、現在
ジェネラルスポンサーは、
トヨタのレクサス。
こんなりっぱなスポンサー表示が
劇場内通路にあった。

P7158943s

国家からの補助については、

広瀬佳一、今井顕 編著
 ウィーン・オーストリアを
 知るための57章【第2版】
明石書店

にもこんな記述があった。
(以下水色部、本からの引用)

長年にわたる浪費の末に
国庫が潤渇し、
帝国の周囲は敵ばかり、
という状態にあった
マリア・テレジア女帝の時代でさえ
「オペラなしでは
 このような街に住めはしない」と、
年間15万グールデンという
多額な補助金が
国庫より支給されていた。

音楽芸術を手厚く庇護する伝統は
今日に至るまで続き、
1930年代の世界大恐慌の際でさえ、
オペラに対する
国庫補助金がとだえることはなかった

日本企業がスポンサーとして
一部を支えていることは嬉しい事実だが、
伝統的に国家がオペラを
 しっかりと支えているんです

という話には感嘆の声があがっていた。

 

以上で
ウィーン国立歌劇場ガイドツアーは終了。

実際のツアーは
トータルで40分ほどのものだったが
盛りだくさんで
おおいに楽しむことができた。

「次に来る時は、
 オペラを観に来なければ」
との強い思いと共に
ガイドさんに礼を言い、
劇場をあとにした。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2018年2月25日 (日)

オーストリア旅行記 (27) ウィーン国立歌劇場(2)

(全体の目次はこちら


オーストリア旅行記 (27) ウィーン国立歌劇場(2)

- オリジナル棒年表の登場! -

 

ウィーン国立歌劇場の
ガイドツアーの2回目。

舞台の幕、緞帳(どんちょう)は
グルックのオペラ
「オルフェオとエウリディーチェ」
をモチーフにしている。

P7158899s

このグルックという作曲家
ご存知だろうか?

クラシック音楽初心者向きのこの本、

三枝成彰著
驚天動地のクラシック
キノブックス


に、こんな記述があったので紹介したい。
(以下水色部、本からの引用)

 グルックは、オペラの改革者です。
彼がいなければ、
後の作曲家たちの傑作も
生まれなかったかもしれません。

 この頃、オペラの世界は様変わりし、
カストラートたち
(少年時代に去勢して 
 ″天使の歌声″を保った歌手)が
聴衆の人気を得て、
歌を披露する場になっていました。

 グルックは、台本(物語)を重視し、
歌手たちが勝手に曲を改変したり、
他の作曲家の曲を
挿入したりすることを禁じました。

また他にも
レチタティーヴォ(語り)を
オーケストラの伴奏付きで
歌わせたりと、
彼の功績はいくつもあります。

彼によってオペラは、
音楽と演劇が融合した
新しい時代の総合芸術に
生まれ変わった
のです。

オペラを「新しい時代の総合芸術」に
変革した改革者。
彼がいなかったら、その後
モーツァルトのオペラも
生まれなかったかもしれない。

また、彼は、
あの女性の音楽教師でもあった。

グルックは
八プスブルク家お召し抱えの
宮廷楽長であり、
幼い王女マリア・アントーニア
(マリー・アントワネット)の
音楽教師も務めていた


後に彼女が
フランスのルイ16世に嫁ぐ時、
付き従って
フランスに渡っている。

 

ウィーンの歴史を見ていくと、
ハプスブルク家だけでなく、
音楽家であったり、芸術家であったり、
実に多くの人たちが登場する。

本を読んでいて気になるのは、
たとえば上記に登場した
マリー・アントワネットと
音楽教師のグルックは
年齢的にどんな関係だったのか?
というような点。

もちろん個別に生没年を
調べることはできるが、
数字だけを見てもどうもピンとこない。

そこで、エクセルのVBAを使って
生没年月日を入れると、
年表用のバーを書いてくれる
簡単なプログラムを作ってみた。

「登場人物」の年齢関係を
想像しやすくするための補助グラフだ。

ただ、よく見る一本の棒にしてしまうと
活躍年代のイメージがつかみにくい。
そこで、
20年ごとに色を分けてみることにした。
ほかにも生年と享年も書き加えて
独自の棒年表としてみた。

つまりこんな感じ。

棒年表の情報

* 棒左端の数字は生年
* 棒の色
    0 -20歳 緑
    20-40歳 青
    40-60歳 黄
    60歳以上 紫
* 棒右端の数字は享年
    (死んだときの満年齢)
* 棒右欄外は氏名

 

実際に書いてみよう。
上記に登場した人物を中心に、

 *グルック
 *マリア・テレジア
  (マリー・アントワネットの母親)
 *ルイ16世
 *マリア・アントーニア
  (マリー・アントワネット)
 *モーツァルト

の5人で棒年表を作ってみた。

Opera2b

繰り返しになるが、色は20歳区切り。
読者の皆様は、この年表の
どの部分に目がいくことだろう?

グルックとマリア・テレジアはほぼ同年齢。

マリア・テレジアが
マリー・アントワネットを生んだのは
もう40歳近いころだということも、
マリア・テレジアの
青が終わるころ(40歳)ということで、
すぐにわかる。
(15番目の子ども、
 第15子だったということは
 ここからではわからないが)

ルイ16世、マリー・アントワネットと
モーツァルトの三人はそれぞれ1歳違い、
ほぼ同年齢。
亡くなったのも
ルイ16世とマリー・アントワネットは
もちろんのこと、モーツァルトも偶然にも
ほぼ同じころ。

オペラの改革者グルックの
約40年後にモーツァルトが生まれている。

マリア・アントーニアが
フランスに嫁いだのは、
14歳の時なので、
まさに親世代のグルックが
一緒にフランスに渡ったのは、
音楽教師以上の意味も
あったのかもしれない。

マリア・テレジアは、
娘の悲劇の死を
知らなかったこともわかる。

 

このオリジナル棒年表。
今後もいろいろな組合せで使って、
いろいろ想像を膨らませてみたい。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2018年2月18日 (日)

オーストリア旅行記 (26) ウィーン国立歌劇場(1)

(全体の目次はこちら


オーストリア旅行記 (26) ウィーン国立歌劇場(1)

- 2280席中「1/4」は立ち見席 -

 

次の場所を訪問する前に、
ウィーン自然史博物館ネタから
ひとつだけ、読者の皆様の協力を
仰ぎたいと思っていることがある。

ウィーン自然史博物館の
ミュージアムショップで買った絵葉書に、
これがある。

Natur4s

絵葉書には、独語・英語で一行説明があり
英語部分は
Darwin ape -
 Detail from the frieze in the dome

となっている。
「ダーウィン(の)猿
 ドームの帯状彫刻から」

中央ドームの彫刻の一部と思われるが
実物を見た記憶はない。

それなのにわざわざ写真を買った
ということは、
なにか手にしたきっかけがあったはずだ。
ショップ内で
なんらかの説明文を目にし、
それを「おもしろい」と
思ったからとか。

ところが、旅行から
半年以上も経ってしまったせいか
そのきっかけを全く思い出せない。

旅行中のメモにも何も残っていない。

ただ単に
「おもしろい構図だから買った」
ということだってもちろんあるが
どうもスッキリせず気持ち悪い。

「Darwin ape」などの言葉で
検索もしてみたのだが、
きっかけに結びつくような
解説も見つからない。
そもそもこの彫刻は
何を表したものなのだろう?
Googleの類似画像検索でも収穫なし。

ダーウィンの進化論と
どんな関係があるのだろう?

というわけで、
この彫刻や、Darwin apeについて
なにかご存知の方がいらっしゃいましたら
コメントやメール等で
ぜひ教えて下さい。
よろしくお願いします。

 

さて、話を戻して
ウィーン観光を続けることにしよう。

次は、これまたウィーンを代表する
建築物のひとつ。
ここで書いた
リンク通りの整備と共に建てられた
建築物のひとつでもある。

【ウィーン国立歌劇場】

P7158842s

訪問が7月で
オペラの季節ではなかったため、
残念ながらオペラを見ることは
できなかったのだが、
その劇場は圧倒的な存在感を放っていた。

P7158844s

公演はないものの、
バックステージを案内してくれる
ガイドツアーがあるという。
それに参加してみることにした。

P7158849s

ガイドツアーは、ドイツ語以外にも
時間を選べば、
英語、イタリア語、日本語など
各言語で案内してもらうことができる。
日本語があるのはほんとうにうれしい。

集合場所に行くと
言語の書かれたプラカードが立っており、
言語別の集団ができていた。

今回、
日本語ガイドを担当してくれたのは、
流暢な日本語を操る現地の女性。

「ガイドツアー中の写真撮影は、
 フラッシュも含めてOKです」
とのうれしいコメントからスタート。

メモと写真を取りながらの
楽しい劇場内ツアーが始まった。

 

まずは、観客席側。
通常通り劇場に入り、
舞台を正面に見ながら
その歴史と概要を聞く。

舞台には豪華な緞帳がおりている。

P7158897s

この劇場は、
1869年に6年の歳月をかけて完成。
当初は宮廷歌劇場だった。

こけら落としの演目は
モーツァルトの「ドン・ジョバンニ」。
日本では
ちょうど明治が始まったころ
のことだ。

観客席側はこんな感じ。
5層のボックス席が美しい。
真ん中に見えるのが、
かつては皇帝も使っていたロイヤルボックス。

P7158889s

完成から76年後の1945年、
第二次世界大戦の空襲は
この劇場にも大きな被害をもたらす。
ごく一部を残すだけ、という大破。
3月12日のこと。

東京大空襲の日付を思うと
東京もここウィーンもまさに同じ頃、
空からの襲撃により
大きな被害を受けていたことになる。

その後、
外観はオリジナル通りに復元
内装のほうは50年代の好みを反映し
作り直された。

修復完成は1955年11月、
カール・ベームの指揮による
ベートーヴェンの「フィデリオ」が
修復完成記念の演目。

天井と照明はこんな感じ。
ワイングラスで有名な
ロブマイヤー製のシャンデリアらしい。

P7158896s

座席数は「1709」、
立ち見席は「567」、
合わせて約2280名が
オペラ/バレエを楽しむことができる。

立ち見席の比率にビックリ!
全体の1/4が立ち見席とは!

「シーズン中、
 高い席は日本円で2~3万円程度です」

この雰囲気の中、
ハイレベルな演奏が保証されて
「高い席で2~3万円」の説明に
話を聞いていた人たちが、
ちょっとどよめく。
「えっ、それなら安いじゃない」
のつぶやきがきこえる。

日本で有名オペラの来日公演を
聴くことと比較しているのであろう。
試しに、2017年バイエルン国立歌劇場の
来日公演の値段を見てみると
NHKホールのS席で6万5千円になっていた。

「立ち見席であれば 
 3ユーロから4ユーロ、
 つまり500円、600円程度で
 観ることができます。
 
 ただし、
 立ち見席は前売りがないため、
 公演80分前の売出しに
 並ぶ必要があります」

「立ち見席の数百円」にも
驚きの声がもれる。

P7158898s

「7月の今はオーケストラメンバは
 ザルツブルク音楽祭に忙しく、
 多くはウィーンにいないのです」

シーズンは9月から翌年6月末まで。
年間約300回の
オペラまたはバレエの公演がある。
基本的に毎日演目が変わる

「毎日!?」
そりゃ、裏方も忙しいことだろう。
裏方は2チームで
18時間体制でサポートしているとのこと。

この劇場では、
オペラまたはバレエの公演しかやらない
ミュージカルや演劇の公演はなし。
唯一の例外が、
ヨハン・シュトラウスの
オペレッタ「こうもり」。

 

劇場ツアーはまだまだ続く。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

より以前の記事一覧

最近のトラックバック

2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ