音楽

2024年2月18日 (日)

小澤征爾さんのリズム感

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小澤征爾さんのリズム感

- 文章のリズムと音楽のリズム -

 

指揮者の小澤征爾さんが、
2024年2月6日、88歳で亡くなった。

恩師の斎藤秀雄の名を冠する
サイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)を
創設した指揮者の秋山和慶さん
「本当の兄のように」慕った
小澤さんとの日々を

2024年2月11日の朝日新聞

240211
の記事で語っているが、
その中に、こんな言葉がある。

小澤さんの音楽の特徴を一言でいえば、
やはりあのリズム感

そして瞬発力です。

どこをちょっと緩めようとか、
ぐっと持ち上げようとか、
そうしたペース配分が
すごく上手だった。

「小澤さんの音楽の特徴はリズム感」
この記事を読んで思い出した本がある。

小澤征爾, 村上春樹 (著)
小澤征爾さんと、音楽について話をする

新潮社

(書名たは表紙画像をクリックすると
 別タブでAmazon該当ページに。
 以下、水色部は本からの引用)

村上春樹さんとの対談を記録した
単行本で370ページを越える
ちょっと厚めの本だ。

その中に
リズムに関してこんなやりとりがある。

村上春樹さんが、文章を書く方法を
音楽から学んだ、と言うシーン。

で、
何から書き方を学んだかというと、
音楽から学んだんです。
それで、
いちばん何が大事かっていうと、
リズムですよね


リズムがないと、
そんなもの誰も読まないんです。

前に前にと読み手を送っていく
内在的な律動感というか……。

機械のマニュアルブックが
リズムのない文章の典型だ、
と例を挙げなら、
文章のリズムについて、
村上さんは丁寧に説明を続ける。

言葉の組み合わせ、
センテンスの組み合わせ、
パラグラフの組み合わせ、
硬軟・軽重の組み合わせ、
均衡と不均衡の組み合わせ、
句読点の組み合わせ、
トーンの組み合わせによって
リズムが出てきます。

ポリリズムと言って
いいかもしれない


音楽と同じです。
耳が良くないと、
これができないんです。

文章のリズムについての
一連の説明を聞いたあとの
小澤さんの言葉がコレ。

文章にリズムがあるというのは、
僕は知らなかったな。

どういうことなのか
まだよくわからない。

2度見、どころか3度見するくらい
びっくりしてしまった。

あれほど音楽のリズムに敏感な人が
文章にはそれを感じていないなんて。

逆に、小澤さんほどの人が
感じていないのだとすると、
私が文章に感じているものは単なる幻!?
と疑ってしまうほど。

村上さんの言う
「文章で大事なのはリズム」
にはいたく賛同できるものの、
小澤さんの言葉を聞いて以来、
音楽に感じるリズムとは
実は別なものなのかも、
とも思うようになっている。

 

 

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2024年1月14日 (日)

チャイコフスキー:交響曲「悲愴」の第4楽章

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チャイコフスキー:交響曲「悲愴」の第4楽章

- 聞こえてくるメロディはどこに? -

 

Eテレのクラシック音楽の番組
「クラシックTV」
が番組初の公開収録として

クラシックTV
スペシャル 公開収録
「パワー・オブ・オーケストラ」


を昨年末に放送していた。
(初回放送日:2023年12月28日)
その中で、

チャイコフスキー作曲
交響曲第6番「悲愴」第4楽章


を取り上げていたのだが、その内容が
たいへんおもしろかったので、
今日はその部分を紹介したい。
(なお、貼ってある演奏は番組から。
 東京フィルハーモニー交響楽団
 円光寺雅彦(指揮)によるもの)

まずは、チャイコフスキー作曲
交響曲第6番「悲愴」第4楽章から
冒頭の2小節のみお聴き下さい。

(A) チャイコフスキー作曲
交響曲第6番「悲愴」第4楽章
冒頭の2小節のみ
オーケストラ全体演奏

美しいメロディだ。

この部分、
1stバイオリンと2ndバイオリンの譜面は
こうなっている。

Sym64as

それぞれパート別に弾いてもらおう。
譜面を見ながらどうぞ。

(1) 1stバイオリンのみ


(2) 2ndバイオリンのみ


(1)と(2)を何度聞いても
(A)のメロディーが聞こえてこない。

では、(1)と(2)を同時に演奏してもらおう。

(3) 1st & 2ndバイオリン

公開収録ゆえ、会場のお客さんが
驚きでどよめいているのがわかる。

Sym64bs

どうしてそうなるのかよくわからないが、
聞いているほうが勝手に
譜面の黄色丸の音を繋げて
メロディとして認識しているのだ。

総譜(スコア)を見ると同じ構造が
ビオラとチェロの間にもある。

64cs

再度、スコアを見ながら
全体演奏をどうぞ。

(A) チャイコフスキー作曲
交響曲第6番「悲愴」第4楽章
冒頭の2小節のみ
オーケストラ全体演奏


まさに、魔法をかけられたようだ。

 

 

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2023年12月17日 (日)

名盤 CANTATE DOMINO

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名盤 CANTATE DOMINO

- 美しいエコーに包まれて -

 

今年(2023年)は、
クラシックCDの専門誌「レコード芸術」が
6月20日発行の7月号を最後に休刊となった。

創刊1952年、70年以上も続いていた雑誌も
音楽媒体を含めた環境の変化に
ついていけなかったようだ。

新譜CD店もレンタルCD店も
驚くほど閉店してしまい、
いまや音楽は、
スマホから小さなイヤホンで聴く、が
主流になってしまった。

CDで聴かない、
ステレオのスピーカで聴かない、
そういった時代となった今、
「お薦めCD」だの
「超優秀録音」だのと言った言葉も
事実上死語なのかもしれない。

と、そこまでわかっていながらも
今日は
「超優秀録音」の「お薦めCD」
について書きたいと思う。

紹介したいのは、
毎年12月になるとかけたくなる

CANTATE DOMINO
 Oscar's Motet 合唱団
 Torsten Nilsson, 指揮
 Alf Linder, オルガン
 Marianne Melläs, ソプラノ

スウェーデンのPROPRIUSというレーベル。
ストックホルムのOscar教会で、
1976年に録音されたもの。

オルガンと合唱による
クリスマス音楽をメインにした選曲ゆえ
この時期に聴くのにピッタリだ。

どんなCDか? まずは2曲、どうぞ。

Cantate Domino


White Christmas


パイプオルガンの響き、
合唱の透明感、
ホールエコーの美しさ、
そしてなによりも、
左右のスピーカから広がる
立体的な音場感がすばらしい。

revoxのA77という
民生用のオープンリールデッキと
たった2本のマイクだけで
録音したというのだから、
録音エンジニアは
まさにプロ中のプロなのだろう。

「弘法は筆を選ばず」だ。

Stille Nacht


Lullaby


今回、ブログを書くにあたって
公開されているものもあるかな?と
YouTubeをのぞいてみたのだが、
なんと全曲版まであった。

「超優秀録音」の「お薦めCD」ゆえ
可能ならCDで、かつ
できるだけいいステレオセットの
スピーカから、大きめな音量で
少し離れて聴くことを強くお薦めしたいが、
もしそれが叶わなかったとしても
その録音と音楽のすばらしさは
間違いなく伝わることだろう。

私が輸入盤CDとして購入したのは
もう30年近くも前。
いまだにSACD-HYBRID版が流通しており
簡単に購入できるというのも
より多くの人に
知ってもらえることに繋がるので
ファンとしては嬉しい限りだ。

CANTATE DOMINO 全曲版


12月には、なぜか人の声による
「うたもの」がよく似合う。

 

 

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2023年12月 3日 (日)

KAN+秦基博 『カサナルキセキ』

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KAN+秦基博 『カサナルキセキ』

- 2曲同時演奏による合体 -

 

シンガーソングライターのKANさんが、
2023年11月12日に
61歳という若さで亡くなった。
KANさんと言うと、

♪信じることさ 必ず最後に愛は勝つ

というストレートな歌詞で
1991年 第33回日本レコード大賞 を
受賞した大ヒット曲「愛は勝つ」の印象が
あまりにも大きいが、
コロナ禍で萎縮していた空気の中
リリースしてくれたあの曲も忘れられない。

「いろいろな意味で」すばらしい曲なのに
残念ながら広く知られておらず
なんともさみしいので、
ひとりでも多くの方に知っていただきたく
今日はその曲について紹介したい。

ただ、その曲の紹介には
次の4ステップが必須となる。
「いろいろな意味で」の背景も
この4ステップにある。

(1) KAN 『キセキ』
(2) 秦基博 『カサナル』
(3) KAN+秦基博 謝罪会見
(4) KAN+秦基博 『カサナルキセキ』

 

2020年11月、KANさんが「キセキ」
という曲を発表。続いて
2021年1月、秦基博さんが「カサナル」
という曲を発表した。
ますはこれら2曲をYouTubeで聴いてみよう。

(1) KAN 『キセキ』
  2020年11月
  アルバム「23歳」の中の一曲

 

(2) 秦基博 『カサナル』
  2021年1月
  CDシングル「泣き笑いのエピソード」
  の中の一曲

 

初めて聴いた方、これら2曲を聴いて
気づいたことがあるだろうか?

発表後、(1)(2)の2曲が、
同じ収録時間 かつ 同じコード進行
であることに気づいたファンがいたらしい。

で、3か月後の謝罪会見(?)に繋がっていく。
2021年4月23日、「謝罪会見」と称して
2人がこの件について釈明する
パロディ風記者会見動画が
YouTubeで公開された。

(3) KAN+秦基博 謝罪会見

この会見の中で、
*「キセキ」と「カサナル」は、
 のちに合体され「カサナルキセキ」という
 曲になるよう念入りに計画され
 作られた2曲であること、
そして、
*完成版とも言える
 「カサナルキセキ」の配信が
 開始されること、
が明かされた。

この動画、謝罪会見のパロディとしても
よくできていて、
伝えたいことはしっかりと伝えながらも
笑える遊びの要素満載だ。

ここまで入念に準備された(1)(2)(3)を
通して完成し発表された「カサナルキセキ」

2曲同時演奏による合体は
いったいどんな世界を作り出しているのか。
できればヘッドホンでお楽しみあれ。

(4) KAN+秦基博 『カサナルキセキ』

頭韻で始まりながらも
歌詞が重なる部分は最小限、なのに
言葉の拡散と収束の感じが絶妙で
日本語によるポップスの
他にはない世界を見せてくれている。

おおいなる挑戦だったと思うが、
ここまでハイレベルな作品に仕上げる
KANさんと秦さんの
プロの技には敬服しかない。

聴き込めば聴き込むほどに
メロディにもハーモニーにも
歌詞にも声色にも新発見がある、
まさにキセキのような名曲だ。

 

『カサナルキセキ』は、
重なった状態のまま、分解せずに
全体をまるごと味わってこそ
その魅力を最大限に楽しめる楽曲
だが、
それを成立させている緻密な仕組みを
詳細に見てみたい、ということであれば、
双方の歌詞がリアルタイムで表示される
こんな動画もある。

(歌詞が読めるよう表示サイズを
 すこし大きくしています)

カサナルキセキ (KAN+秦 基博)
Covered by YOSHIKANE & Mecori

キセキ(KAN+)
Covered by Mecori+ フル・歌詞付き

 

KANさんのご冥福をお祈りします。

 

 

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2023年10月29日 (日)

「音語りx舞語り」が見せてくれた世界

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「音語りx舞語り」が見せてくれた世界

- 全体を味わう、分解しない -

 

もうひと月ほど前のことになるが、
主催している本郷幸子さんにお誘いいただき

2023年9月30日
音語りx舞語り (おとがたりxまいがたり)
Vol.2 オリエンタルダンス編


というミニコンサートに行ってきた。

230930otogatari

演奏曲目のひとつは、有名な
ヴィヴァルディ作曲/「四季」より「夏」

この曲、
ヴァイオリン協奏曲「四季」
の名の通り主役はヴァイオリンだが、
今回はそれにヴィオラとチェロが加わる
弦楽三重奏のスタイルで
演奏される予定になっていた。

本来の編成に比べれば
ずいぶん小編成にはなるが、
それはそれでどんな響きになるか楽しみだ。

と、これだけなら
よくあるミニコンサートのひとつだが、
今回のこのコンサート、
単なる弦楽合奏にとどまらない、
驚くべき企画をブチ込んでいた。
そう、まさに
「ブチ込む」と表現したくなるような
大胆な企画だった。

それはどんな企画か。

(1) ヴィヴァルディ作曲/「夏」
(2) 能 土蜘蛛
(3) オリエンタルダンス

この3つを同時に重ねて
公演しようというのだ


能とは日本の伝統芸能であるあの「能」。
オリエンタルダンスとは、
おへそを出した衣装で踊る
ベリーダンスで知られるあれだ。

「えっ!?ちょっと頭が混乱して
 何を言っているのだか?」
と思った方、
ハイ、私も最初にこの企画を聞いたとき、
まさにそんな感じでした。

このコンサート
音語りx舞語り (おとがたりxまいがたり)
というタイトルにある通り、
多くのクラシックコンサートとは違い、
演奏曲目についての丁寧な語りがある。

特に今回は上記(1)(2)(3)について
それぞれ演奏者の方から
個別に詳しい解説があった。
要点のみを書くと・・・

(1) ヴィヴァルディ作曲/「夏」
ソネット(14行詩)に基づいて
作曲されたもの。

曲の中から様々なフレーズを抜き出して
その部分を演奏しながら、
メロディーであったり、
奏法であったり、
和音であったりが
どんな情景を描いているのか、
クイズ形式で解説。

夏独特の空気感、木々や鳥や虫たち、
羊飼いの心情、天気の急変、
ひとつひとつの説明がわかりやすい。

(2) 能 土蜘蛛
能の謡(うたい)の方が、
「ヴィヴァルディの「夏」に合う能を」
と相談された時の戸惑いから話が始まる。
やはり「そんなのあるわけない」
と思ったようだ。

ところが(1)の曲と
ソネットの内容を見るうち、羊飼いの
「ぐったりしている、眠れない、
 暗闇で怯える」
などが印象に残り
「それなら『土蜘蛛』かも」
と思いついた経緯が明かされる。

土蜘蛛の内容説明のあと、
「謡(うたい)は、初めて聞くと
 何を言っているのか
 わからないと思いますが、
 一度、声に出して読んでおくと
 聞こえるようになります。
 なので、皆さんで冒頭部分だけ
 声に出して読んでみましょう」

中学校の英語の授業よろしく
「repeat after me」
が始まったのだが、

謡(うたい)の方のお手本のあと
会場内の全員で

「いろを盡(つく)して夜昼の。
 いろを盡(つく)して夜昼の。
 境も知らぬ有様の。
 時の移るをも。・・・」

と声に出して読んでみたのは、
特によかった。

あとで本物を聞いた時、確かに
「聞こえる、聞き取れる!」のだ。
自分で声に出して読んだところは
聞き取れるのに、なぜか他はダメ。
体感を伴ううれしい初体験だった。

(3) オリエンタルダンス
ダラブッカという
民族打楽器(太鼓)とともに
その歴史と、
オリエンタルダンスの
基本的な動き、
ベリーダンスの種類、
などが紹介された。

ここでも基本的な動きについては
会場内の人も立ち上がって
体を動かしてみることに。

ダラブッカ(太鼓)に張ってある皮と
能で使われる鼓(つづみ)との対比も
興味深いものだった。

 

と、個別の説明が終わっていよいよ公演。
もう一度書いておこう。

(1) ヴィヴァルディ作曲/「夏」
  *ヴァイオリン *ヴィオラ *チェロ
(2) 能 土蜘蛛
  *謡(うたい)
(3) オリエンタルダンス
  *オリエンタルダンス *ダラブッカ

*印6人による同時公演が始まった


その時の私の正直な気持ちは
「こんなに異質なものが、
 本当に合うのだろうか?」
という
「合う/合わない」に興味がある
「?」であった。

そもそも(1)と(2)は
テンポやリズムの観点で見れば
合いようがない。

いったいどんな演奏だったのか?
演奏のごく一部、1分弱だけだが
「音語り事務局」から
当日の様子が公開されている。
ご興味があればこちらをどうぞ。

1分の動画だけでは
よくわからないだろうな、と
ちょっともどかしくも思いつつ
現場で生の音に触れたひとりとして
感想を書き留めておきたい。

これだけ異質なものが
「ほんとうに合うのだろうか?」
というある種の疑念をもって
聞き始めたのに、
いざ演奏が始まって(1)に
(2)や(3)が重なりだすと、
当初の私の疑念は
完全に私の中から消えていた。

(1)(2)(3)が重なることで、
(1)でも(2)でも(3)でもない
「新しいなにか」が立ち上がってくる
その瞬間の緊張感と
それに立ち会えた喜びに
精神が集中して、
「合うか、合わないか」なんて
全く気にならなくなっていたのだ。

たとえて言えば、
とても合うとは思えない
 Aという食材、
 Bという食材、
 Cという食材、
3種の食材を使った料理を食べてみたら、
どの食材の味でもない
予想外の美味しい料理ができあがっていて
驚いた、みたいな感じだろうか。

混ざり合って響いてくる音は、
混ざり合って目に飛び込んでくる光景は、
それ全体がひとつになって
「新しい世界」を見せてくれていた。

特に、謡(うたい)の声量に
すべてが包みこまれるような一体感には
不思議な快感があった。
新しい料理として味わう。
全体を味わう、分解しない


もちろん、ベタに3つを重ねても
そんな世界はできあがらない。
周到な準備とその重ね方、間(ま)にみえる
芸術家としてのプロのセンスには
まさに敬服しかない。

クラシック音楽、能、オリエンタルダンス
そういう既成概念によるカテゴリーや
分類そのものが、芸術の幅を
狭めてしまっている面が
あるのかもしれない、とさえ
思えるような夜だった。

本郷幸子さんを始め、
音語りx舞語りの関係者の皆様には、
新しい世界に興奮させてもらったこと、
心から感謝している。

今後の活動にも期待しつつ、
「初めての世界に触れた」
自分自身への記録として
ここに残しておきたいと思う。



 

 

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2022年11月13日 (日)

舌はノドの奥にはえた腕!?

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舌はノドの奥にはえた腕!?

- 音色、音の色に違和感はなく -

 

実際の講演は
今から40年以上も前の話になるが、
解剖学者の三木成夫さんが、
保育園で講演した内容をまとめた

三木成夫 (著)
内臓とこころ
河出文庫

(以下水色部、本からの引用)

は、たいへんユニークな視点で語られた
「こころ」の本だ。

独特な口調で
幼児の発育過程を語りながら、
内臓とこころを結びつけ、
話は、宇宙のリズムや
4億年の進化の過程にまで
広がっていく。

一方で、

ただ、舌の筋肉だけは、
さすがに鰓(えら)の筋肉、
すなわち内臓系ではなくて、
体壁系の筋肉です。
(中略)

舌の筋肉だけは
手足と相同の筋肉
です。

われわれはよく
「ノドから手が出る」
というでしょう。

舌といえば、ノドの奥にはえた腕
だと思えばいい。

のような、
ユーモアあふれる大胆な表現もあって
あっと言う間に「三木ワールド」に
とりこまれてしまう。

舌はノドの奥にはえた腕!?
強烈すぎるフレーズだ。

講演を原稿化したものゆえ、
読みやすくはあるものの、
論理的には話が飛ぶ部分もあり、
「えっ?」と思うところもあるが、
それも含めてひとつの味だ。

簡単にはまとめられない、
三木さんの「こころ」論は本に譲るとして、
印象的なフレーズを2つ紹介したい。

(1) 原初の姿 (指差しこそ人類!)

ルートヴィヒ・クラーゲスという、
ドイツの哲学者は、
幼児が「アー」と声を出しながら、
遠くのものを指差す---この動作こそ
人間を動物から区別する、
最初の標識
だといっています。

どんなに馴れた猫でも、ソレそこだ!と
指差すのがわからない。
鼻づらをその指の先に持ってきて、
ペロペロなめる……

指差しが認識できず、
指先を舐める猫か、なるほど。

赤ちゃんも、
「なめ廻し」の時期を過ぎたころから
「指差し」を始めるようになる。

クラーゲスは、
この呼称音を伴う指差し動作のなかに、
じつは、原初の人類の”思考”の姿
あるのだといっています。
スゴい眼力ですね

この感じは、
しかし現代でも充分にわかります。

たとえば私たち、ビルの屋上から
真っ赤な夕焼け雲を見たりした時、
思わず「アー」と声を出しながら、
指差しの
少なくとも促迫は覚えるでしょう。

この瞬間、私たちはもう
好むと好まざるとにかかわらず、
原初の姿に立ち還っているのです。

圧倒的な大自然を前にした、
その時の思考状態ですね・・・。

頭の中はけっして空っぽではない

圧倒的な大自然を前にしたとき、
言葉にできない根源的な幸福感に
包まれることは確かにある。

あれは原始の姿に立ち還った
そのリラックス感から
来るものなのだろうか?

ミケランジェロ作の
システィーナ礼拝堂の天井画の
アダムの人差し指に対して

アダムの人差し指に
魂が注入される瞬間。
人類誕生の曙が
指差しの未然形として描かれている

こんな表現ができる人は
他にいないだろう。

私どもの”あたま”は
”こころ”で感じたものを、
いわば切り取って固定する

作用を持っている。

あの印象と把握の関係です。

そしてやがて、この切り取りと固定が、
あの一点の「照準」という
高度の機能に発展してゆくのですが、
「指差し」は、この照準の”ハシリ”
ということでしょう。

つまり、この段階で
もう”あたま”の働きの
微かな萌(きざ)しが
出ているのです。

 

(2) 「音色」(音の色?)

私たちの目で見るものも、
耳で聞くものも、
すべて大脳皮質の段階では
融通無礙に交流し合っております

フォルマリンで固定した人間の
大脳皮質下の「髄質」を見ますと、
ここでは、
ちょうどキノコの柄を割ぐ感じで、
無数の線維の集団を
割いでゆくことができる。

視覚領と聴覚領の間でも、
この両者の橋わたしは豊富です


連合線維と呼ばれる。

視覚と聴覚の交流?
以下の言葉の例で考えると
わかりやすい。

「香りを聞く」「味を見る」
「感触を味わう」
などなど、

皆さん、
あとでゆっくり数えてください。

どんな感覚も四通八達で、
たがいに自由自在に
結び付くことができる。

大脳皮質は
こうした連合線維の巨大な固まりです。

<中略>

私ども人間は、
こうした、感覚のいわば「互換」が、
とくに視覚と聴覚の間、
それも視覚から聴覚に向かって
発達しているのでしょう。

「音」は聴覚、「色」は視覚、
でも「音色」という言葉は
違和感なく溶け込んでいる。

解剖学の知識が全くない遠い昔から
私たちはその交流に
気づいていたに違いない。

 

 

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2022年9月25日 (日)

私のなかの何かが健康になった

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私のなかの何かが健康になった

- ミヒャエル・エンデの言葉 -

 

「モモ」「はてしない物語」
などの作品で知られる作家
ミヒャエル・エンデに
子安美知子・子安文の母娘が
インタビューをしている

子安 美知子 (著)
エンデと語る―作品・半生・世界観
朝日選書 朝日新聞社

(以下水色部、本からの引用)


で、エンデはこんな話をしている。

私が音楽を聴いて、
理解すべきことがありますか?

(中略)

音楽に理解はいらない。
そこには体験しかない
私がコンサートに出かける、
そこですばらしい音楽を聴く。

帰り道、私は、
ああ今夜はある体験をした、という
思いにみたされている。

でも、私は、コンサートに行く前と
あととを比べて、
自分がいくらかりこうなった、
なんて思うことはありませんよ

そうでしょう?

りこうになったわけでもないのに
体験によって満たされるもの。

それはもちろん音楽に限らない。

シェークスピアの芝居
見にいったとする、そのときもです。

私はけっして、りこうになって
帰るわけではありません


なにごとかを体験したんです。

すべての芸術において言えることです

本物の芸術では、
人は教訓など受けないものです。

前よりりこうになったわけではない、
よりゆたかになったのです。

心がゆたかに - 
そう、もっといえば、
私のなかの何かが健康になったのだ、
秩序をもたらされたのだ。

およそ現代文学で
まったく見おとされてしまったのは、
芸術が何よりも治癒の課題を負っている
というこの点です。

前回書いた「芸術と医療は同じ?」
とまさに同じ視点だ。

「心が豊かになった」はよく使う表現だが
「何かが健康になった」
という表現はおもしろい。

でも、心満たされたとき
「元気になった」とはよく言う。
たしかに「健康」になっている。

薬でもないのに
免疫力を高め、元気にする。
芸術にはそういう力がある。

なのでエンデは、文学作品は、啓蒙や
何かを教えるために書くわけではない、と
はっきり言い切っている。

啓蒙ではなくて-啓蒙は、
最も非本質的な課題です。

啓蒙をねらうのだったら、
私はエッセイや、評論を書きます

あるいは
こうしたインタビューの形式とか。
人に何かを教える意図があったら、
小説や物語のオブラートに包んで
お渡しするより、
そのほうが適しています。

正しい知識を与えたいなら
エッセイや評論を書くよ、か。

一冊の本は、何かの思想の
お説教であってはならない、
と私はいいましたが、
それは著者がかかわった
思想の成果ではあるはずなのです。

一篇の詩は、知恵を
しのばせておく必要はないのですが、
知恵から生まれた
結果ではなければなりません。
が、
知恵そのもの、思想そのものが
顔出しするようであってはならない。

絵画でもおなじではありませんか。

あるいは音楽でも、彫刻でも-。

それらはすべて、
なにかの世界観に根ざした産物で
なければならない

作者の世界観が
文学や絵画や音楽や彫刻といった
形になり、そしてそれは
触れた人を広く「健康にする」作用がある。

芸術は、生物が本来持つべき「調和」を
取り戻すのに大きく貢献する
不思議な力を持っている。

 

 

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2022年1月 9日 (日)

新たな3つの音楽メディア

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新たな3つの音楽メディア

- 増えているのはネット配信だけではない -

 

前回

 烏賀陽弘道 (著)
 「Jポップ」は死んだ
 扶桑社新書

(以下水色部および表とグラフの
 元となる数値・用語は本からの引用)

から「著作権使用料徴収額」の総額を
1998年と2016年の比較で見てみた。

  <表A 著作権使用料徴収額>

Jpop2a
Jpop2ga

CDを中心とした
オーディオレコードの著作権使用料は
ほぼ1/3に減っているが
成長している分野もある。

表Aにおいて増えている
「通信カラオケ」と「ビデオグラム」
にはどんな背景があるのだろう?

 

そこに詳しく触れる前に、
著作権使用料を稼ぎ出している曲、
上位には具体的にどんな曲があるのか
見てみよう。

JASRACは毎年度、
著作権使用料の分配金額ベスト3
JASRAC賞の金・銀・銅賞として
発表・表彰している。

著作権使用料の多寡を元にした
「ヒットチャート」だともいえる。

そのランキングを見て
「ほんと!?」と目を疑ってしまった。
2015年-2017年の上位3曲は・・・

2015年
①「恋するフォーチュンクッキー」(AKB48)
②「進撃の巨人BGM」(アニメ映画の背景音楽)
③「ルパン三世のテーマ'78」(アニメのテーマ曲)

2016年
①「R.Y.U.S.E.I.」(三代目J Soul Brothers)
②「恋するフォーチュンクッキー」(AKB48)
③「糸」(中島みゆき)

2017年
①「糸」(中島みゆき)
②「名探偵コナンBGM」
③「ドラゴンクエスト序曲」

この記事を書くきっかけになった前回
大野雄二作曲「ルパン三世のテーマ」は
ここに登場している。

「ルパン三世のテーマ」は1977年、
「糸」は1992年に発表された曲。
どちらも名曲とはいえ、
38年前、24年前の曲が
ベスト3に入っているということは
いったいどういうことだろう?

 

まずは「ルパン三世のテーマ」。
これがまさに「ビデオグラム」の代表選手で、
「ビデオグラム」とは、
「大半がパチンコ・スロットマシン」

のことらしい。
アニメや歌手の動画や音楽を
再生する機能をもったパチンコ機
(スロット機を含む)を、パチンコ業界では
「版権もの」「タイアップもの」と呼ぶが、
これらが著作権使用料をもたらしている。

いまやパチンコ機は
「音楽再生機」
として、
日本人にとって重要なマスメディアに
なったということだ。

長引く不況に苦しんでいるとはいえ
パチンコ業界(貸玉料基準売上)
1995年 30.5兆円
2015年 23.2兆円

パチンコ産業はコンサート産業の
75倍という巨大な国民的娯楽
なのだ。

そして著作権使用料額でいえば、
パチンコは通信カラオケの約2倍の金額を
著作権者にもたらしている。

「なんだ、パチンコか」と
軽視してはならない。

「巨大な音楽マスメディア」。
それが現在のパチンコの姿である

 

「糸」のほうはどうだろう。

結婚式での音楽の使用から発生する
著作権使用料を専門に扱う
「ISUM」(アイサム)
という団体がある

ロシア人のアブラモフさんが
2013年に立ち上げた一般社団法人だ。

「新郎新婦が安心して人生の
 スタートの記録を残せるよう、
 権利処理の代行をする。
 それがISUMです」

結婚式で使われる音楽についても
記録として残されるビデオも含めて
著作権使用料が回収される仕組みが
今はしっかり機能している。

ちなみにどの程度の費用がかかるかと言うと

披露宴のBGMやプロフィールスライドに
5分未満の曲を使うと、
一曲あたり著作権料200円+
著作隣接権料(複製、演奏・歌唱など)2000円
=2200円である。
ISUMは手数料として
その10%=220円を取る。

最終的には一曲2420円を払う計算

 

もうひとつカラオケ関連で
見逃せないトピックスがある。

カラオケボックス等の施設は
2005年 22万施設
2015年 17万施設
と減っているが、

「老人ホーム」「高齢者住宅」
「デイケア施設」などの
「高齢者介護施設」は増えているのだ。

カラオケは、
誤嚥の改善にも効果があると
「娯楽産業」から「医療・福祉分野」に
進出しているとも言える。

 

上記見てきた通り

新たな音楽メディアとして
姿を現したのが
 「パチンコ」
 「結婚式」
 「高齢者用カラオケ」

だった

増えているのはネット配信だけではない。
著作権料から見ていくと
音楽メディアの変化が
意外な角度から見えてきて
新たな発見、驚きがある。

 

 

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2022年1月 2日 (日)

CD売上げ1/3でも著作権料総額は増加

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CD売上げ1/3でも著作権料総額は増加

- 音楽需要の変化はどこに -

 

明けましておめでとうございます。

備忘録を兼ねた
まさに気ままなブログではありますが、
今年もボチボチ続けていこうと
思っていますので
今後ともどうぞよろしくお願いします。

 

昨年末2021年12月18日の朝日新聞beに
「進化続けるルパンサウンド」
の見出しで、
アニメ「ルパン三世」の音楽を
作曲、編曲している大野雄二さんの
話が出ていた。

記事ではその件には触れられていないが
大野さんの名前を見て
あるトピックスを思い出したので
今年はその話から始めたい。

驚きのトピックスが載っていたのは

 烏賀陽弘道 (著)
 「Jポップ」は死んだ
 扶桑社新書

(以下水色部、本からの引用)

この本の中に、
日本音楽著作権協会(JASRAC)が
毎年度発表している
著作権使用料の分配金額ベスト3
の話が出てくる。

著作権使用料を稼ぎ出している曲
というわけだ。

実は大野さんが作曲した
「ルパン三世のテーマ'78」は
2015年のなんと3位に位置している

77年に作曲された曲が
38年後の2015年に
著作権使用料で第3位とは!

もちろん曲は
アニメを見ないような人でも知っている
よく知られた名曲だが、
それにしても数ある曲の中で第3位とは。
ちなみに2015年の第1位はAKB48の
「恋するフォーチュンクッキー」だ。

著作権使用料、
どうも単なるヒットチャートだけでは
説明できないようだ。

というわけで、
まずは、前提となる音楽市場の動向から
見ていきたい。

 

CDを中心としたディスク市場は
ここ20年で大きく変化した。

日本のオーディオレコード
(CDなど音楽を記録したディスク、
 テープなどの総称)市場の縮小は
深刻である。

過去最高を記録した
1998年には6075億円あった。

それがほほ毎年減り続け、
2016年には3分の1を切る1777億円である
(日本レコード協会)。

20年足らずで
市場の3分の2が消えてしまった

上記引用を含め、
本には数字がいくつも出てくるので、
本の数字を元に簡単な表とグラフを作成、
それらを挟みながら話を進めたい。
(元となる数字も用語も本からの引用)

  <表1 オーディオレコード市場>

Jpop1a

グラフにすると

Jpop1ga

1/3以下になってしまった
CD関連の減り具合はたしかに凄まじいが、
ネット配信等は増えているので
当然ながらこの数字の変化が、
直接音楽産業の衰退を
意味しているわけではない。

こういうとき、私が調べるのは
日本音楽著作権協会(JASRAC)の
統計
である。

同協会はテレビやCM、コンサート、
カラオケ、細かいところでは、
カフェや美容室のBGMで音楽を流せば、
その著作権使用料を徴収する。

そしてそのお金を著作権保持者
(作詞・作曲家だけではなく企業が
 著作権を持っていることもある)
に支払う。

そのための組織である。
その執行が厳格なことで知られる。

その「著作権使用料徴収額」の総額を
同じ1998年と2016年の比較で見てみよう。

  <表2 著作権使用料徴収額>

Jpop2a
Jpop2ga

グラフを見るとわかる通り
オーディオレコード市場に連動して
オーディオレコードの著作権使用料も
ほぼ1/3に減っている。

ところが、総額はむしろ増えているのだ。

何が増えているのだろう?

1998年当時はなかった
インタラクティブ配信、
つまりインターネット配信による
著作権使用料の約100億円は
もちろん今後も伸びるであろうが、
全体の伸びはこれだけでは説明できない。

JASRACの統計から、
1998年-2016年の期間に
2~3倍の伸びを示している項目を
書き出してみた。

テレビ、ラジオなど「放送等」やCATV、
「有線放送」あるいは「映画上映」などは
2.5~2.9倍の増加を示しているが、
これは需要が伸びたからというより
「料率を値上げしたから」というのが
同協会の説明である。

需要の伸び、で気になるのは
表2にある
「通信カラオケ」と「ビデオグラム」
である。

カラオケって増えているの?
ビデオグラムって何?

どちらについても
私の全く知らない事実が背景にあった。

到達できなかった大野さんの
「ルパン三世のテーマ'78」の話も含めて
次回、そのあたりについて紹介したい。

 

 

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2021年9月12日 (日)

「ノヴェンバー・ステップス」琵琶師 鶴田錦史

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「ノヴェンバー・ステップス」琵琶師 鶴田錦史

- 琵琶が軸にある波乱万丈の人生 -

 

立花隆 (著)
「武満徹・音楽創造への旅」
文藝春秋

(以下水色部、本からの引用)

から、
「ノヴェンバー・ステップス」初演前のリハーサル
「ノヴェンバー・ステップス」指揮者のひと言
「ノヴェンバー・ステップス」2週間の事前合宿
「ノヴェンバー・ステップス」決闘と映画音楽と

と名曲「ノヴェンバー・ステップス」
に関する話を続けてきたが、
今回で最後としたい。

最後にどうしても触れておきたかったのは
琵琶を担当した鶴田錦史さんについてだ。

鶴田錦史さんって?、という方は
ここにリンクを貼った
動画を見ていただき、
その演奏と容姿を確認いただければ、と思う。

そのうえで紹介を始めたい。

 

実をいうと、
「ノヴェンバー・ステップス」は、
鶴田錦史を「頭において」どころか、
「すぐそばにおいて」
作曲されたのである。

「ノヴェンバー・ステップス」は
武満が長野県小諸近くの
御代田に持つ山荘に
3ヵ月間閉じこもって作曲されたのだが、
その間鶴田は、
そのすぐ隣りに別荘を買って、移り住み

武満の求めに応じて、
琵琶のあらゆる奏法を解説し、
武満の考案した独特の記譜法で
書かれた譜に従って
音を出してみせるという形で、
作曲を助けたのである。

「別荘を買って移り住み」??
もうこの一行で
興味を抱かないわけにはいかない。

その鶴田さんのことを
武満さん自身も次のように書いている。

鶴田さんは、私が、
真に精神的な師匠と呼べるひとだ

音楽家として傑れているばかりではなく、
人生の達人でもあられるし、
その人格は無垢で、
これは大先達に対して礼を失することに
なりかねないが、時に、
まるで幼児のように無邪気で、
その豊かな人間的な滋味は量りしれない

いったいどんな方なのだろう?

実はちょっと変わった経歴をお持ちだ。

鶴田錦史は、1911年
北海道滝川市生まれで、
本名をキクエといった
(1964年に戸籍を変更し、
 芸名の錦史を本名とした)。 

「本名 キクエ」
えっ!?と思った方。
はい、私も思わず読み返してしまいました。

そうなんです。

鶴田錦史の
舞台や写真を見たことがある人は
ご存知の通り、
鶴田はいつも男装である。

洋装のときは背広にネクタイだし、
和装のときは紋付き羽織袴である。

顔付きも男だし、声も男である。

おまけに名前も男性風だから、
たいていの人は
鶴田を男だと思ってしまう

演奏動画は何度も見ているし
CDまで持っているのに
女性ということは
この本で初めて知った。

鶴田さんは

7歳の頃から琵琶を学んだ。
驚くほど上達が早く、
早くも12歳で演奏活動を開始する
とともに、弟子も取り、
13歳でレコードを吹き込み
(「白虎隊」三枚組)、
16歳でNHKに出演するなど、
天才児の名をほしいままにした。

その後、お弟子さんも増えていき
まさに順風満帆だったのだが、
ある日突然琵琶をやめて、
実業界に乗り出してしまう。

その理由をこう語っている。

「あの世界の裏側には、いろいろ
 きたないものがありましてね、
 それがいやになってしまったんです


 結局、お金なんですね。
 弟子がふえると、
 演奏会をやるでしょう。

 わたしのところは、
 最盛期500人くらいいたわけですから、
 結構な会をやるわけです。

そんなとき、
実力主義でやりたいと思っても、
流派を盛りたてて、
琵琶の世界で食っていこうとする限り、
金持ちの弟子をチヤホヤし、
いい場所に出してやる、みたいなことを
しなくちゃいけない事情から
逃げることができなかったのだ。

 それがいやになったんですね。

 要するに琵琶で食べようとするから
 こうなるのだ。
 いやなものはやめちゃえばいい。
 稼ぐのはよそで稼いで、
 琵琶はその稼いだ金で、
 好きなようにやればいいのじゃないか


 どんな手段でも金が儲かればいい。
 とにかくまず稼ぐことだと考えて、
 商売をはじめたわけです」

で、水商売を始めるのだが
こちらも大成功!

江東区の亀戸駅前で、東京でも
有数の巨大なナイトクラブを経営し、
喫茶店、レストラン、飲み屋などを
何軒も持ち、
貸しピル、マンションなども
複数所有して
不動産業も営んでいたから、
一時期は、江東区の
高額所得者ランキングの常連
だった
のである。

「稼ぐのはよそで稼いで」を
実現させてしまった鶴田さん。

 商売が成功してからは、
 実力はあるけれど
 お金がない弟子たちを、
 ナイトクラブの社員という形にして、
 月給を与えて
 養成したりもしていました

そんな中、芸術祭参加公演にて
武満さんとの運命的な出会いを
果たすこととなる。

その後、

武満との
「怪談」での仕事をきっかけに、
鶴田は再び琵琶の世界にのめりこみ、
それまでの実業家としての成功を
すべて投げ捨ててしまう
ことになる

そして、それまでの成功で蓄えた
巨額の資産も
ほとんど使い尽くしてしまう。

「いまは琵琶だけの生活です。
 琵琶の世界に戻ってから、
 まず、水商売を
 全部やめてしまいました。

 そのあとしばらくは、
 貸しビルやマンションを
 やっていたんですが、だんだん、
 そういうものも
 全部売り払ってしまいました

 琵琶なんて、
 お金が儲かるわけじゃなくて、
 持ち出しですから

 お金はどんどんなくなっていくんです。

 でも、もともと、
 あたしの資産は、
 いずれ琵琶の世界に戻ることを
 目ざして蓄えていたものですから、
 これでいいんです。

 みんな自分の才覚で
 貯めたものですから、
 全部使いつくして
 死ねればいいと思ってるんです

1995年4月4日没 享年83。
もう一度演奏を聞きながら
合掌したい。

 

 

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