音楽

2019年9月 1日 (日)

ウォークマン 再び

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ウォークマン 再び

- 雑誌の特集記事を読みながら -

 

前回
ウォークマン発売40周年を記念して、
東京・銀座ソニーパークで開催されていた
 #009 WALKMAN IN THE PARK
 「音楽が歩き出した日」から40年

のことを書いたが、
ちょうどそのころ書店を覗いたら
こんな雑誌が平積みされており
表紙のウォークマン2の写真に、
またまた引き寄せられてしまった。
雑誌の発売日は2019年8月20日。

俺たちをときめかせた音楽モノ大全
2019年10月号 : 昭和40年男増刊 総集編
クレタパブリッシング

雑誌は
「ウォークマン」「ラジカセ」
「ステレオコンポ」「楽器」
の4カテゴリについて
「音楽モノ」が元気だった時代を
多くの資料とともに振り返っている。

上記ソニーパークで開催されている
ウォークマン展でも得られなかったような
興味深いデータも載っていたので
それらを参考に
再度ウォークマンを振り返ってみたい。

なお実機の写真があったほうが
イメージしやすいので
ウォークマン展で撮影したものを
前回と同じものになってしまうが
再度添えておきたい。
どれもちゃんとテープを再生できる状態で
展示されていたのには
ほんとうに驚いた。
壊れずに動き続けていますように。

 

まずは、やはりコレから。

(1) ウォークマン1号機TPS-L2

P7033511s

ソニーの創業33周年に
3万3000円で売り出された記念すべき1号機。

録音もできないし、スピーカもない、
でも持ち歩きながら「ステレオ」で聴ける
カセットプレーヤ、
そんな1号機TPS-L2が
どんな経緯で誕生したのか。

ソニー創業者のひとり
井深大さんの言葉を始め
詳しい経緯は雑誌に譲るが、
改めてカタログを見ると
一番興味深いのは
当時の開発者の「熱い思い」が
感じられる「仕様」そのものだ。

(1-1) 2つのヘッドフォンジャック
ヘッドフォンジャックに印刷された
「GUY & DOLLS」については
前回、写真を添えて書いたが、
「ふたりで一緒に聴く」というコンセプトは
雑誌の表紙にもなっている
250万台を売ったという大ヒット作
2号機となるWM-2

P7033514s

にも引き継がれている。
「歩きながら聴く」ステレオは
「ふたりで聴く」ステレオでも
あったわけだ。

 

(1-2) HOT LINEボタン
これこそまさに初代TPS-L2のみの機能。
「ふたりで聴く」を考えたとき、
ふたりがヘッドフォンをしていたら
どうやって会話をすればいいのか?

なんとその答えを
「機能」として提供してくれている。
それがオレンジ色の「HOT LINE」ボタン。

P7033510s

このボタンを押すと、
再生中のテープの音が、
本体内蔵マイクの音に切り替わる。
つまり、マイクを通じて
ヘッドフォンをしたまま
ふたりが会話できる、というもの。

録音もできない機械が
マイクを実装している。

 

(1-3) 左右独立のボリュームコントール
TPS-L2にはスライド式の
ボリュームがついているのだが、
その設定は左右独立。
つまり右耳用と左耳用
それぞれにボリュームがついている。

空間に配置されるスピーカを持つ
ステレオセットでもなく、
もちろんミキサーでもないのに、
左右独立。
どんな状況を考えての機能なのだろう?
「ステレオ」という機能を強調するため、
ならわからなくはないが。


これらがすばらしい仕様だ、
と言いたいわけではない。
結果としてみれば、
どれも後継機に引き継がれて
長く残ることはなかったことを考えると
むしろマーケティング的には
フィットしなかった機能と
言えるかもしれない。

それでも、
電機メーカのエンジニアとして、
これらの仕様を決めるときの
商品企画会議の様子を想像すると、
もうそれだけで興奮してしまう。
どんな「思い」の
ぶつけ合いがあったのだろう。
新しいものが生まれる瞬間は
いつでも魅力的だ。

 

(2) 音楽メディアの変遷
カセットテープから始まったウォークマンは
その後、様々な音楽メディアに
対応していく。

上記ウォークマン展の
スタンプラリーの景品としてもらった
ブックレットの写真を一部拝借
して、
メディアごとのモデルを振り返ってみたい。
ブックレット入手の顛末はここ


1979 カセットテープ    :TPS-L2

Walkman21

 

1984 CD         :D-50

Walkman22

 

1990 DAT          :TCD-D3

Walkman23

 

1992 MD         :MZ-1

Walkman24

 

1999 メモリースティック  :NW-MS7

Walkman25

 

2004 HDD(20GB)      :NW-HD1

Walkman26

 

メディア対応だけでなく、機能のほうも
録音、オートリバース、防水、
ソーラーバッテリー、Wカセット、
FMチューナー、ワイヤレスリモコン、
ワイヤレスヘッドフォン、
果ては
カメラ、ワンセグテレビ、
まで、
あの小さな小さな筐体に
さまざまな夢が次々と実装されては
消えて行っている。

 

(3) 連続再生時間への挑戦
ウォークマンの歴史と言うと、
極限にまで最小化された
「サイズへの挑戦」に
フォーカスがあたりがちだが、
今回の雑誌の特集では、
連続再生時間についても
詳しく記録を残してくれている。
一部をピックアップしても・・・

1979 単三x2本:8時間
1981 単三x2本:9時間
1983 単三x1本:5時間
1985 単三x1本:4時間  Ni-Cdガム:2時間
1987 単三x1本:7.5時間 Ni-Cdガム:4時間
1989 単三x1本&Ni-Cdガム:11時間 併用
1991 単三x1本&Ni-Cdガム:12.5時間 併用
1992 単三x1本&Ni-MHガム:22時間 併用
1994 単三x1本&Ni-MHガム:36時間 併用
1996 単三x1本&Ni-MHガム:62時間 併用
1998 単三x1本&Ni-MHガム:100時間 併用

Ni-Cdガム:
  ニッケル・カドミウム・ガム型充電池
Ni-MHガム:
  ニッケル・水素・ガム型充電池

単三x1本のモデルを作るときは、
1.5Vで動作するICがなかったため、
そこからの開発だったという。
最初(1983年)の単三電池1本で5時間だって
十分驚きに値する消費電力だが、
そこからここまでの成長を見せるとは!

単三x1本とニッケル水素ガム型充電池との
併用で
連続再生時間100時間を達成した
WM-EX9はこれ。

Walkman27

カセットテープ機では、言うまでもなく
音楽再生の電子回路の他、
モータでテープを送り、
それを巻き取るというメカを
再生中、常に動かさなければならない。
そういった「メカを動作させること」も
含めての100時間!

まさに「到達点」と呼ばれるにふさわしい
信じられない技術の結晶だ。

コンセプトでもデザインでも技術でも
我々昭和世代に衝撃を与えた
カセットテープ対応のウォークマンは
2010年をもって
国内向けの出荷を終了したという。

ほんとうにお世話になりました。合掌。

 

 

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2019年8月25日 (日)

ウォークマン発売40周年

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ウォークマン発売40周年

- 「音楽が歩き出した日」から40年 -

 

SONYが、
ウォークマン発売40周年を記念して、
東京・銀座ソニーパークで
2019年7月1日 - 9月1日
 #009 WALKMAN IN THE PARK
 「音楽が歩き出した日」から40年

を開催している。

Walkman40

歴代のウォークマン約230台が
展示してある、というので
懐かしさにつられて覗いてきた。

 

友人のひとりが買った初代WALKMAN

P7033511s

「TPS-L2」を取り囲むようにして
驚きながら回し聞きしていた
そんな私の世代にはたまらない企画だ。

「家で聞くしかなかった音楽」が
「歩き出した日」の衝撃は
今の若い人にはなかなか
わかってもらえないかもしれない。

まさに名前の通り
「歩きながら聞く」という
スタイルを作り出した
画期的な新製品だった。

 

私自身も、何世代目かの
カセットテープのモデルから始まり
今もメモリタイプの
ウォークマンNW-A16を
毎日持ち歩いて音楽を聴いているのだから、
30数年におよぶ
ウォークマンユーザということになる。

 

地下の会場には、実機とともに
著名人とウォークマンとの
思い出エピソードも並べられていたが、
驚いたのは、
カセットテープのウォークマンが
テープが入った状態で展示してあり、
しかも、ヘッドフォンも挿さっていて
すぐに音が聞ける状態になっていたこと。

P7033508s

カセットテープの音を聞くのは
何年ぶりだろう。

軽い気分でちょっと聞いてみたところ、
さらに驚いた。

すごくいい!
いゃ、懐かしさだけでなく、
ほんとにすごくいい!

P7033514s

ここのところデジタル音、
しかもmp3を始めとする
圧縮フォーマットによる音楽ばかり
耳にするようになっていたせいか、
なんとも優しい「アナログ感」に
引き込まれてしまう。

ふくよかで奥行きがあって
とにかく響きが心地よい。

曲間では、「サーッ」という
テープ独特の
ヒスノイズが聞こえてくるが、
いまやそんな音までも楽しめてしまう。

 

ひとりの青年は、
「これがカセットテープか」
とテープ自体をしげしげと眺めていた。
連れの年輩者が
テープを鉛筆で巻き取った話やら
レーベルを手書きで作った話やら
思い出を楽しそうに語って聞かせていたが、
古い電子機器を挟んでの
なんとも微笑ましい光景だった。

 

初代「TPS-L2」には二人で聞けるように
ヘッドホンジャックが2つあったのだが、
初期ロットにのみ
「GUY&DOLLS」と印字があったことや

P7033517s
P7033510s

 

発売時は世界で名前が統一されておらず、
アメリカでは
SOUNDABOUT(サンドアバウト)
イギリスでは
STOWAWAY(ストウアウェイ)
といった名前で発売されていた

P7033518s

というような
エピソードのポスターもあって
実機以外も楽しめる。

 

一通り回って帰ろうと出口近くまで来ると、
ちょうど、ふたり組の男性のひとりが
スタンプラリーの景品を
もらっているところだった。

直後、景品を開けた男性から
「何これ、すげぇ! うれしいぃ!」と
びっくりするような歓声が聞こえてきた。

「えっ、何?」
声につられてそちらを見ると、
興奮しながら小さなブックレットの
ページをめくって連れに見せている。

それを見た瞬間、
「何これ、すげぇ!」の声が
今度は私の中を駆け抜けた。

会場を出ようとしていた私は
スタンプラリーの台紙をもらって
即再入場。
5分程度で駆け足で回って
スタンプだけを揃えて戻ってきた。
集めたスタンプは、
これまた懐かしいロゴ、ロゴ、ロゴ。

Walkman40s

で、景品をゲット。

P7313753s

カセットテープのケースを
そのままケースに使っているので、
一見、カセットテープのように見えるが、
中身はブックレット。

その中身は・・・

P7313756s

1号機「TPS-L2」から始まり、
2018年発売の現行の
A50シリーズに至るまで、
歴代機種のうち83モデルを
時系列に並べ、
ウォークマンの40年を
写真で振り返ることができる
冊子となっているのだ。

もう、まさに涙がでるほど懐かしい
モデルの写真が一機種一ページで
ずらりと並んでいる。

P7313755s

再生メディアもこの40年で
カセットテープ、CD、DAT、MD、
そしてメモリへと
大きく変化してきた。

P7313754s

音楽プレーヤも数のうえでは
いまや主役は完全にスマホだろう。

専用プレーヤは生き残りをかけて
ハイレゾだ、FLACだ、ALACだと
高音質をウリにしているが
携帯音楽プレーヤの一ファンから見ても
残念ながらそこには
肝心要のワクワク感がない。

「歩き出した音楽」は
この先どこに向かって
歩いてゆくのだろう。

 

 

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2019年3月24日 (日)

卒業式式辞 鷲田清一さんの言葉

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卒業式式辞 鷲田清一さんの言葉

- 時代がみずからを表現するときの<器>として -

 

3月も終盤、
今年も全国各地の卒業式では、
さまざまな言葉が送られたことだろう。

ちょうど一年前になるが、
美術系と音楽系の卒業生、修了生を
送り出している
京都市立芸術大学の卒業式時
学長の鷲田清一さんが
卒業生に送った言葉は
興味深い指摘に富んでいる。

大学のホームページの
平成29年度卒業式式辞
に全文が公開されているが、
今年の卒業式以降、
万が一消えてしまうと
あまりにももったいないので
公開されている間に、
印象的な部分だけでも
紹介させていただきたい。
(以降水色部、式辞からの引用)

 

鷲田さんは
美術系の卒業制作、
音楽系の演奏への賛辞のあと
こう繋いでいる。

 ただ,その才能は,あなたがた
一人ひとりのものではありません。

才能(talent)という語には
よくgifted
(「恵まれた」とか「天賦の」)という
形容がなされるように,
それはあなたがたに
贈られたものでもある
のです。

「原石」は,それを磨いてくれる人,
磨かせてくれる環境,
さらにはそれを磨くことに
専念させてくれる人びとの支えが
あってはじめて輝きを得ます。
そういう意味で,
贈られたものなのです。

そして、「贈られた」ということには
もう一つ,別の意味も 含まれていると言う。

贈られたものは
贈り返されねばならない
という,
言ってみれば
「義務」ないしは「責任」のことです。

「義務」や「責任」というと,
日本語では
とても堅苦しい感じがしますが,
「義務」は英語ではobligation。
興味深いことにこの語には
「恩義」や「感謝」という意味も
あります。

(中略)

そして次に「責任」。
日本語では責めを負うといった
厳しい意味でありますが,
英語ではこれはresponsibilityです。

この語を分解すると
respondとability。

つまり誰かの訴えや促しに
応じることができる,

あるいは応える用意がある
ということです。

もういちど言いますが,
才能を贈られた人には,
この贈り返すということが
「義務」ないしは「責任」としてある

ということです。

 

そして、「私」とは
決して独立しているものではなく、
時代や歴史と深く繋がりながら
存在していることを
改めて指摘している。

じぶんの個人的な傷や不安も,
表現行為も,
このようにことごとく
時代のなかにあるということを,
しかと見つめてほしいのです。

 「わたし」というのは,
銘々がそう思っているほど
確固としたものではありません。

「わたし」の表現とは,じつは
「わたし」の存在が負っているもの
すべての表現でもあります。

その意味で
いかにプライベートに見える表現も,
同時に「時代」の表現
なのです。

 そう考えると,
制作する「わたし」,
演奏する「わたし」とは,
じつは時代が
みずからを表現するときの
<器>
のようなものだ
ということになります。

そういう<器>として
「わたし」に何ができるのか

みなさんにはそういう視点を,
いつも持っていてほしいと思います。

 

<器>に繋がる話として、
鷲田さんは、
歴史社会学者の山内明美さんの
エピソードを続けている。
山内さんは
『こども東北学』という本のなかに
こう書いているという。

放射能汚染の不安が
日本社会を覆いはじめたとき,
わたしがいちばんはじめに
感じた違和感
は,
いま起きている土と海の汚染が,
自分のからだの一部で
起こっている
ということを
誰も語らないことだった。

遠くの災いみたいに話をしている。

なぜなら、山内さんは、
震災をきっかけに東北の歴史を
あらためて辿り、
「衝撃をもって」
以下のことに気づいていたから。

かつて冷害や干ばつで
たえず飢饉の不安に苛まれてきた
この地方にあって,
土に雨水がしみ込むことを
じぶんの体が
「福々しく」膨らむことと感じる,

そうした土や海と人とのつながりを,
魚や野菜や穀物と人とのつらなりを,
この地の人びとがもっていた

ということです。

そういう人たちであれば,
土や海の汚染も「遠くの災い」ではなく,
わが身の痛みとして感じたはずだ
というのです。

かつてはあった、雨を、
じぶんの体が「福々しく」
膨らむことと感じる
「感受性」。

それもまた重要な<器>だ。

 ここから,
<器>という考え方の持つ,
さらにもう一つの重要な意味が
浮かび上がってきます。

<器>はつねに
何かによって充たされるのを
待っているということです。

芸術についていえば,
先ほども少しふれましたが,
絵画であれ,彫刻であれ,
デザインであれ,演奏であれ,
つねに「表現」ということが
問題にされます。

「表現」とはexpression,
この語を分解すれば,
内にある何かを「外へ」と
「押し出す」ということです。

「表現」行為に
取り組んできたみなさんは,
だから何を「表現」というかたちで
外へ押し出すかを
ずっと考えてこられた
ことと思います。

けれども<器>という考え方は,
これとは違います。
<器>は何か別のものに
充たされるのを待つからこそ,
<器>なのです

先の山内さんは

土に雨水がしみ込むことを
じぶんの体が
「福々しく」膨らむことと
感じられるような感受性を
なんとか回復したい
と言っていました。

鷲田さんは強調する。

芸術的な資質とは,
まさにそうしたものでは
ないでしょうか。

詩人がしばしば,
言葉を探すのではなく,
言葉が降りてくるのを待つ
という言い方をするのも,
きっと同じことを
さしているのだと思います。

「外へ押し出す」expressionこそが、
まさに芸術であり、表現だ、
と考えて、悩んできた学生は多いであろう。

その学生への最後のメッセージに、
「充たされるのを待つ<器>」を
説く学長。

問題提起の価値は大きいと思う。

でも,みなさんにはどうか,
芸術を人生の軸として生きるとは,
独創的な表現の
<主体>になることではなくて,
社会の<器>になることだ
ということを
心に留めておいてほしいと思い,
あえて長々しい話をしました。

繰り返しになるが、
鷲田さんの式辞全文は
大学のホームページの
平成29年度卒業式式辞
に公開されている。

詳しく読んでみたい方は、
全文を参照下さい。

 

 

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2019年2月17日 (日)

2050年の紅白歌合戦

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2050年の紅白歌合戦

- 初出場とトリ -

 

前回
季節外れの紅白歌合戦ネタを書いたが、
書きながら思い出したことがあるので、
もうひとつ紅白ネタで続けたい。
(歌手名は敬称略で失礼します)

更に振り返って、
去年ではなく、2015年末のこと。

その年、
2015年 第66回NHK紅白歌合戦
のプログラムは、

レベッカが初出場で「フレンズ」を歌い、
紅組のトリが
松田聖子「赤いスイートピー」
白組のトリが
近藤真彦「ギンギラギンにさりげなく」

というものだった。

3曲とも確かに大ヒットした曲だが、
流行っていた時代をリアルで知っている
昭和のオヤジとしては、
別な意味でかなりびっくりした。

発表年を2015年から見ても
「フレンズ」      1985年=30年前
「赤いスイートピー」  1982年=33年前
「ギンギラギンに・・・」1981年=34年前
ということになる。
初出場のレベッカは1984年(31年前)の
デビューだ。

1985年の年末に
30年後、つまり2015年の紅白はねぇ
 レベッカがようやく初出場となり、
 聖子ちゃんとマッチが
 それぞれトリをとるンだよ。
 しかも歌は、
 『赤いスイートピー』と
 『ギンギラギンにさりげなく』。

 レベッカのNOKKOは52歳、
 聖子ちゃんは53歳、
 マッチは51歳だけどね。」

なる予言をしても、
おそらく誰一人信じてくれなかったであろう。

当時、53歳で歌う松田聖子なんて
想像すらできなかったし。

なのに事実は想像の世界を超えてくる。

 

というわけで(?)
その不思議さを実感するため、
(2050年まで紅白が続いているとは
 思えないし、正確には31年後だが)
ここで大胆に予言してしまおう。

30年後、2050年の紅白はねぇ、
 家入レオがようやく初出場となり、
 AKB48とEXILE(エグザイル)が
 それぞれトリをとるンだよ。

 家入レオは56歳。
 ABK48には、
 59歳の前田敦子と62歳の大島優子も
 合流して、
 EXILEでは
 70歳のATSUSHIと66歳のTAKAHIRO
 がボーカルをとるらしいよ」

笑うがいい。
1985年の人も同じように笑ったはずだ。

 

 

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2019年2月10日 (日)

勝手にシンドバッド

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勝手にシンドバッド

- 『今何時?』の意味 -

 

もう2月も半ばになってしまったけれど、
今日は紅白歌合戦について少し書きたい。
(歌手名は敬称略で失礼します)

昨年の大晦日は
いろいろな条件が重なったこともあって、
ウン十年ぶりに
NHK紅白歌合戦を最初から最後まで観た。

世代や性別ごちゃまぜで
複数の人がテレビの前に集まって
あれやこれや
好き勝手なことを言いながら観る、
というのが、やはりあの番組の
一番の楽しみ方なんだなぁ、を
改めて再認識した夜だった。

最後、
「勝手にシンドバッド」で
桑田佳祐やユーミンが
北島三郎までを巻き込んで
大暴れしたのは、
昭和世代の私にとっては
おおいにお祭り気分に浸れた瞬間だったが、
考えてみると(好き嫌いはともかく)

 浜崎あゆみ  も
 安室奈美恵  も
 倖田來未   も
 Kinkikids   も
 SMAP      も
 モーニング娘。も

そこにはいなかった。

椎名林檎も米津玄師もよかったが、
平成最後の大晦日に
盛り上がって目立っていたのは
昭和の歌手ばかりだったのは、
なんとも感慨深い。

さて、
「勝手にシンドバッド」で
まさに勝手に思い出したものが
いくつかあるので、
今日はそれを紹介したい。

 

(AA) ドラマ
  「歌謡曲の王様伝説  阿久悠を殺す」

一色伸幸さん脚本の
「歌謡曲の王様伝説  阿久悠を殺す」
という刺激的なタイトルのドラマのことは
ここに少し書いた。
ドラマの中にこんなセリフがある。

青年:
  『勝手にしやがれ』と
  『渚のシンドバッド』、
  阿久悠の代表作だ。

  ふたつまとめて蹴飛ばしてる。
  『勝手にシンドバッド』!

なぜか忘れられないセリフのひとつだ。
リンク先にある通り
オリコンチャートの1位獲得曲
108曲目と109曲目には
沢田研二の『勝手にしやがれ』
ピンク・レディーの『渚のシンドバッド』
並んでいる。

 

(BB) 嘉門達夫「勝手にシンドバッド」
替え唄の名作が多い嘉門達夫にあって、
その中でもピカイチだと思っているのだが、
残念ながらこの曲の知名度は低いようだ。

カラオケにも
「替え唄メドレー」などは必ずあるのに、
この曲はないことが多い。

♪今何時? そうね ダイアン・レイン

♪今何時? 僧はボンサンね
と歌っているのを聞いて
思わず引き込まれてしまった。

♪胸さわぎの腰つき

♪このお鍋はフタつき

♪部屋探しの風呂つき
と歌うセンス。

1990年、シングルとして発表されたあと

アルバム
(1) リゾート計画
(2) THE BEST OF KAMON TATSUO


(3) ゴールデン☆ベスト
  ~BEST OF 替え唄&ヒットソングス
   1989-1996 ~
(4) 嘉門達夫BOX 
  怒濤のビクター・シングルス

にも収録されている。

ちょっとだけ聞いてみよう。

♪胸さわぎの腰つき
♪バカ騒ぎのモチつき
♪部屋探しのフロつき

 

(CC) 『今何時?』の意味
ツイッターのTL(タイムライン)には、
この曲を「初めて聞いた」という若い方の
「なんで何度も『今何時?』って聞くの?」
「時計がないってこと?」
なる疑問が流れていた。

それに対して、実にスマートに
解説しているつぶやきがあった。

リツイートの繰り返しゆえ
出処がわからないのだが、
内容に敬意を表して
ここに記載させていただきたい。

「今何時?」は
デート中に女性が男性に
問いかける言葉で、

 [1] 門限なので帰る。
 [2] 退屈ですよ。
 [3] 何で誘わないの?

の3つの意味があります。

男性側は、
 ♪だいたいね
 ♪ちょっと待ってて
 ♪まだ早い
などと返事をしながら
どの意味なのか探っている、
というわけか。

うまいことを言うものだ。

 

40年経っても古さを感じさせない名曲は
喚起させるものも多い。

 

 

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2019年1月27日 (日)

エレキギターが担うもの

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エレキギターが担うもの

- 椎名林檎さんの言葉 -

 

おくればせながら
映画「ボヘミアン・ラプソディ」を
観てきた。

映画自体は、
ロックバンド「クイーン」のメンバ、
フレディ・マーキュリー
個人に焦点をあてた物語だったが、
後半にたっぷり流れた
「アフリカ難民救済」を目的とした
大規模なチャリティーコンサート
「ライブ・エイド」での
演奏シーンを観ていたら
ロックやライブについて
いろいろな思いが喚起された。

 

「ライブ・エイド」が
実際に開催されたのは1985年。
いまから34年も前だ。

CDプレーヤが世に出たのが
そのわずか3年前の1982年。
レコードからCDへの移行期の
大イベントだったことになる。

その後、隆盛を極めたCDだったが、
そのCDも
いまや殲滅の危機に瀕している。

ロック音楽そのものも、
ロックを取り巻く環境も
この34年で大きく変化した。

 

そう言えば、昨年(2018年)は、
米の老舗ギターブランドだった
「ギブソン」が経営破綻したことも
音楽雑誌では大きな話題になっていた。
若者のロック離れが、
その背景にあるのだろうか?

ニュースを受けて
多くのミュージシャンや音楽関係者が、
ギターへの思いを熱く語っていたが、
そんな中、椎名林檎さんの言葉
抜群によかった。

すてきな言葉が溢れていたので、
今日はそれを紹介したい。
(2018年5月15日の朝日新聞の記事
 以下、水色部記事からの引用)

A180515_eguitar

椎名さんがエレキギターに
最初に触れたのは中学3年生のとき。
高校では同時に8つほどのバンドを
掛け持ちしていたという。

私がエレキギターに
担ってほしい役割というのは、
当時からはっきりしていました。

「いらだち」とか「怒り」「憎しみ」…。
「やり場のない悲しみ」とか、
そんな「負の感情」の表現をするときに
登場するのがエレキギター。
ひずんだ音色、ノイズが必須です


そうすると声も共鳴して、
「エレキ声」になる。
そこに気づいていたので、
曲づくりでも「負の感情」を書くんだと
認識していました。

いまでもエレキギターはそういう役割、
もしくは「軋轢(あつれき)」役でしか
登場させていません。

もちろん近年の音楽シーンにおける
ギターそのものの存在感の変容も
椎名さんの目には入っているが、
それを認めつつも、こう言葉を繋いでいる。

でも私は、
時代が移り変わろうと廃れない、
エレキギターそのものの本来の美点を
いつも第一に考えています


それは音符に書けない表現、
あるいは楽譜に記す理屈以前の、
初期衝動」です。

エレキのプレーは
音符に表した途端に面白みを失います

音色一発の魅力ありきだから。
実際にはあらゆるタイミングが合致して、
授かりもののような音が生まれます


録音で珍しいテイクがとれて、
写譜屋さんに預けると、
肝心の箇所が「XX」と記されて
返ってきたりします。

口でいうと「ヴヲア!」みたいな
感じ
かもしれないけど、
カタカナで書くわけにもいかない。

そこにこそエレキの本質が
宿る
と思います。

であるからこそ、

生々しいボーカル
エレキギターのプレーだけは、
今後もコンピュータでは
再現できないでしょう。

 

「型」と「型破り」についても、
簡潔にポイントを突いて触れている。

幼いころからピアノや
クラシックバレエを習っており、
「型」に背中を押されてきました。
時に縛られたりしながらも、
やっていてよかった。

一方、エレキギターには、
それ以前のただの情動がある。

型を学べば学ぶほど、
「型破り」の尊さ、難しさを
思い知ります


そのはざまが面白いからこそ、
私としてのエレキギターの「型」を
提示し続ける
のかも知れません。

 

日本のバンド「SEKAI NO OWARI」の
ボーカル深瀬さんが
今時、まだギター使ってんの?
と言い放って話題になっていたのは
もう数年前だが、私個人としては、
「ロックはギターだ」と思っている。

椎名さんはその真髄を
うまく言葉にしてくれていたと思う。

打ち込みの隆盛は止めようがないし、
いわゆるヒット曲においては
ギターよりもキーボードが
活躍しているものが多い、
という現実は確かにあるが、まさに
「楽譜に書けぬ情動」の表現には
ギターがなければ・・・。

そして
「あらゆるタイミングが合致して、
 授かりもののような音が生まれ」る。

ロックに限らず、生演奏つまりライブの
再現できない魅力はまさにこの点にある。

 

 

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2018年10月28日 (日)

オーストリア旅行記 (62) ホイリゲ(新酒ワイン居酒屋)

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オーストリア旅行記 (62) ホイリゲ(新酒ワイン居酒屋)

- ベートーヴェンの散歩道もいっしょに -

 

Heurige(ホイリゲ)とは、
今年の」という意味。
今年できた新しいワインを指すと同時に
ホイリゲを飲ませる酒場
ホイリゲと呼ばれているようだ。

ウィーン郊外の
Grinzing(グリツィング)
Heiligenstadt(ハイリゲンシュタット)
とよばれるエリアに
ホイリゲが多いというので
路面電車でグリツィングに行ってみた。

ウィーン市街から30分弱。
バスのように細かく停車しながら行くので
決して速くはないし、
移動距離自体もたいしたことはないと
思うのだが、それでも車窓の景色は、
どんどん変化していく。

P7169467s

終点となっているグリツィングは
落ち着いた静かな街だった。

居酒屋が並ぶ賑やかな通り、
といった雰囲気は全くない。
ウィーン市街地の喧騒から
そう遠くない位置にいるのが
ウソのよう。

P7169470s

石畳の小さな脇道も
ちょっと物語を感じさせる。

P7169468s

 

ホイリゲつまり
「新酒ワイン居酒屋」の
一軒に入ってみた。
バッハヘングル(Bach-Hengl)

P7169474s

外が気持ちよさそうだったので
緑の多い屋外席に。

子連れの家族もいる。

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頼んだのはいろいろ味わえる
「肉料理の組合せプレート」。
例によってすごいボリュームだ。

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酒のほうは、
ホイリゲの名前の通り
今年の(?)白ワイン。
飲んでみると
確かに味が「若い」。

P7169476s

ガイドブック等には、
「ジョッキで出てくる」と
書かれていることが多いのだが、
注文の仕方が間違っていたのか、
ここのお店がそうなのか
ワイングラスで出てきた。

なお、ホイリゲでは、
Gespritzter(ゲシュプリツター)と呼ばれる
なんとワインを炭酸水で、
しかも1対1の割合で割った飲み方

あるというので頼んでみた。

すると
ワインと一緒にこんな炭酸水がでてきた。

P7169477s

沸騰しているお湯でも
見たことがないほどの泡、泡、泡。
いったいどうすればこんな強烈な
炭酸水を作ることができるのだろう。

それでなくても「若い」ワインを
炭酸水で割ってしまうので、
まさにガブガブ飲めてしまう。

 

しばらくすると、
バイオリンとアコーディオンの
陽気な生演奏が始まった。

P7169478s

ホイリゲで奏でられる昔ながらの曲は、
「シュランメル」と呼ばれている。
19世紀末にシュランメル兄弟が演奏して
ウィーン中に広まった大衆音楽。

民謡風であったり、
ワルツ(舞曲)風であったり、
ハンガリー風であったり、と
酒場に合う曲が多いが、
ちょっとメランコリックな部分もあって
そこに独特な味がある。

P7169480s

演奏は各テーブルを回り
リクエストにも応えている。

雰囲気だけ貼っておこう。

 

大人の会話(?)で盛り上がっている
テーブルもある。
なんともいい雰囲気だ。

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なお、このお店、
有名店なのか
各国著名人が訪問した際の写真で
店内の壁一面が埋め尽くされていた。

P7169488s

ブッシュやらプーチンやら
大統領級もゴロゴロいる。

P7169490s

 

食事のあとは、
お屋敷と呼びたくなるような

P7169495s

大きな家が並んでいる
高級住宅地(?)を通りを抜けて

P7169496s

「ベートーヴェンがよく散歩した」
という道まで行ってみた。

道に沿って
今は小さな公園もあり
緑豊かな中、子どもたちは
バスケットボールを楽しんでいた。
「ベートーヴェンパーク」!?

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公園内には銅像もある。

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付近には、
ベートーヴェンが第九を書いたり
遺書を書いたことで知られる家まであり
ベートーヴェンゆかりの地として
小さな案内板も出ている。

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この道を散歩しながら
交響曲第6番「田園」を書いたと聞くと
後ろに手を回して、うつむき加減に
ゆっくり歩いてみたくなる。

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訪問した時間が遅かったため
暗くなってきてしまい
「日没タイムアウト」という
感じになってしまったが、
緑豊かな雰囲気だけは
十分感じ取ることができた。

楽しい居酒屋と豊かな緑、
そういう空気の中で、
「田園」が生まれ、
「合唱付き」が生まれたのだ。

 

十月革命から逃れるために
家族とともに米国に亡命した
ロシアの作曲家ラフマニノフは
その後5年以上にもわたって
作曲することができなかった。

その理由を聞かれて
こう言ったという。

「どうやって作曲するのですか?
 私はもう何年ものあいだ、
 (懐かしい故国ロシアの)
 ライ麦畑のささやきも
 白樺のざわめきも
 聞いていないのですから…」

(詳しくはここを参照下さい)
作曲には「環境」が必要なのだ。

ベートーヴェンが感じた風と緑が
そのままここにある。

 

 

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2018年6月10日 (日)

オーストリア旅行記 (42) ベートーヴェンの家と譜面屋

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オーストリア旅行記 (42) ベートーヴェンの家と譜面屋

- 楽譜は共通語 -

 

ここに 書いた通り、
ウィーン市街を守っていた市壁は
約150年前に取り壊され、
新しい都市計画が動き出したのだが、
市内には、当時の市壁の一部が
残っているところがある。

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このアパートの土台部分、
古い市壁がそのまま残っている。
稜堡(バスタイ)と呼ばれる、
突き出した角の部分にあたるところだ。

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積み上げられたレンガを味わいながら
上ってみることにした。

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実はこの上のアパートには、
ベートーヴェンが住んでいた家がある。

【ベートーヴェンの家】
今はこんなプレートが埋め込まれている。

P7169453s

ベートーヴェンは、
生涯に80回以上も引越をした

そのベートーヴェンが、
ここには約10年間(1804-1815)も
住んでいたという。

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生涯でもっとも長く住んでいた家
このアパートの5階。

いまは記念館になっているが、
他の部屋には、普通に人が暮らしている。
なので、記念館の呼び鈴も
他の住人と同じもので特殊なものではない。
(左列、上から三番目のボタン)

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「運命」の名で知られる交響曲第5番、
テレビドラマ「のだめカンタービレ」で
一躍知名度の上がった交響曲第7番、
大戦後の1955年、国立歌劇場の
修復完成記念の演目に選ばれた
オペラ「フィデリオ」、そのほか
ピアノソナタ「告別」、
ピアノ曲「エリーゼのために」、
など多くの曲がここの部屋で作曲された。

 

【Musikhaus DOBLINGER】
音楽の都ウィーン。
夫婦ともに多少なりとも楽器を嗜むので、
ウィーンの訪問記念に
楽譜を買って帰ることにした。

事前に楽器仲間に教えてもらっていた
「譜面屋:DOBLINGER」を訪問。
「MUSIKHAUS」の字面がなんとも誘惑的だ。

P7148771s

旧市街のど真ん中。

ドイツ語はぜんぜん読めないが、
五線譜はいい。
まさに言葉の壁がない。

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品揃えといい、在庫の量といい、
さすがウィーン。
楽器を肩に掛けたお客さんも
何人かいる。
しかも店内、楽器、編成ごとに
譜面がよく整理されているので、
初めて訪問する外国人でも、
迷わずターゲットに辿り着くことができる。

そのうえ、各譜面がオープンで、
実に見やすい。
(日本で輸入譜面を買いに行くと、
 ひとつひとつが袋に入っており
 かなり選びにくいことが多い)

引き出しを開け
パラパラとページをめくり
次々に内容を見ることができる。

P7179602s

ただ、楽譜としては読めても
自分が演奏できない譜面が多いのは
なんとも悲しい。

まぁ、実力の低さをこの時点で
嘆いてみてもしかたがないので、
「これならできそう」の譜面を探す。

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このお店、広い店内が
大きくふたつに分かれている。
ひとつは譜面エリアで
もう片方は音楽関連グッズエリア。

夫婦それぞれ小品の譜面と
譜面用クリップなどの小物を購入。

音楽の都ウィーンで買った音楽グッズ。
だれでもない自分自身への
いい土産になった。

 

 

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2018年5月27日 (日)

オーストリア旅行記 (40) 喧騒のなかの音楽

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オーストリア旅行記 (40) 喧騒のなかの音楽

- ウィーンで聞く日本のあの曲 -

 

音楽の都ウィーン、
街を歩くと、あちらこちらで
小さな生演奏に遭遇する。

今日は、ウィーンで触れた
喧騒の中の音楽の話を少し。

 

【路上での音楽】

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バイオリンとチェロの二人組み。

ちょっと音も添えて
雰囲気をお伝えしたい。

 

バイオリンのソロという方も。

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生演奏は、もちろん
「路上」だけではない。

【カフェ DIGLAS】

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夕食をとるために立ち寄ったこのお店では、
ピアノの生演奏が。
しかも運良く
かなりそばの席で楽しむことができた。

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なんとも力の抜けた
リラックスした「ゆるい」演奏だが、
それはそれでいいものだ。

賑やかな店内に
溶け込んでいる音楽を、
30秒ほど貼っておきたい。

 

次々と曲は続いたが、そのうちの一曲は
なんとあの歌だった。

「スキヤキ」などと言われて
海外でも知られている話はよく聞くが
まさかウィーンのカフェで
「上を向いて歩こう」の
生演奏を聞くことになろうとは。

ここで食べたのは、
ウィーンの名物料理のひとつ
「ターフェルシュピッツ」

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長時間煮込んで柔らかくなった
牛肉の大きなスライスが
スープと一緒に鍋ごと運ばれてくる。

付け合わせの
ハーブの効いたタルタルソース、
リンゴに西洋わさびの入ったソース、
ポテト、
ほうれん草のソース
などをつけて食べる。

特にリンゴのソースが印象的。
鍋の中のスープまで含めて
どれもうまい。

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もうひとつは
「ツヴィーベルロストブラーデン」

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牛肉のローストに、
香ばしく炒めたたっぷりの玉ねぎソースが
かかっている。こちらも◎!

もちろん、ビールも一緒に、だ。

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そう言えば、このカフェのお手洗いには
見たことのない仕掛けがあった。

男性用の中とはいえ、場所が場所なので
シャッター音にはかなり気を遣ったが、
コラエきれずに写真を撮ってしまった。
ご覧あれ。

P7159128s

ドアノブを見ていただければわかる通り
これで扉が閉まっている状態。
そう、扉がなんと透明ガラス!!

思わず目を疑ってしまうが、
実はこの扉、鍵をかけた途端
一瞬で真っ白に曇って
中が見えなくなる。

帰ってから調べてみると
「瞬間調光ガラス」とか
「液晶調光ガラス」とか
呼ばれているもののようだ。

「こんなガラスがあるけれど
 どこに使ったらいいと思う?」
そんな会話がどこかでなされた
結果なのだろう。
なかなかインパクトのある使い方だ。

ただ、いざ用をたそうとすると
なんとなく落ち着かない気がする。
「透明」と「すりガラス」を
まさに一瞬で行き来するわけだから。

 

シュテファン大聖堂のそばのこのカフェ。

回りに多くある小さな脇道も
ほんとうに魅力的で
覗き込んでいるとキリがない。

P7159115s

 

 

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2018年4月29日 (日)

オーストリア旅行記 (36) シュテファン大聖堂

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オーストリア旅行記 (36) シュテファン大聖堂

- 聖堂内での夜のコンサート -

 

 

【シュテファン大聖堂】

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市壁に守られていた旧市街にある
ゴシック様式の大聖堂。


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旧市街の
まさにど真ん中にあるこの聖堂は、
自然史博物館や歌劇場のような
リンク通り建設に伴った
都市拡張開発によって
建てられたものではない。

完成は古く、1356年。
136メートルにおよぶ塔の建設には
65年もかかったという。

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ハプスブルク家歴代君主の墓所でもある。

特徴あるモザイク屋根。

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北側に回って見上げると
ちょっと見えにくいものの、
こんなところにも鷲の紋章が。

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モーツァルトの結婚式、
そして葬儀
が行われた場所としても
知られている。

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旧市街の中心地ということもあって
ひっきりなしに観光客が訪れるせいか、
聖堂前には
「観光客向けコンサート」の客引き
妙に多い。

P7148809s

皆、
モーツァルトを思わせる衣装を身に纏い、
次々と観光客に声をかけている。

何人かの客引きの話を
興味本位で聞いてみた。
私が聞いた範囲ではこんな特徴がある。

【曲目】
 夜のコンサートのプログラムは、
 モーツァルトやヨハン・シュトラウスを
 中心に超有名曲ばかり。
 クラシックファンでなくとも
 気軽に楽しめる選曲になっている。

【パフォーマンス】
 楽器による演奏だけでなく、バレエや
 オペラのアリアを一部組合せたりして
 エンターテイメント性に
 めいっぱい傾いた
 プログラムになっている。

【会場】
 どこも100-200名程度の
 小規模な公演ながら、
 会場はかなり魅力的。
 王宮の中の一部屋であったり、
 シェーンブルン宮殿の一室であったり、
 楽友協会内の小ホールであったり、
 ウィーン市内の魅力ある場所を
 フル活用している感じ。

【ドレスコード】
 会場は宮殿の一室であったりしても、
 ドレスコードはゆるゆる。
 ジーパン、スニーカでもOKと言っている。

【料金】
 定価(?)はあってないようなもの。
 「通常はコレだが、夫婦2枚なら」とか
 「同じ値段でワンランク上の席に」とか
 「お得感」を強調した提案を
 次々としてくる。
 本気で買う気ならかなり交渉できそう。

というわけで、
これはこれでエンターテイメントとして
十分楽しめそうではあった。
実際に行ったわけではないので、
肝心な演奏の質まではわからないが。

 

我々夫婦はと言えば、
こういった客引きとは全く関係のない
別な演奏会を聴きに行くことにした。

目の前、
シュテファン大聖堂内で開催される
室内楽。

【夜の演奏会前の大聖堂内】

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ちょうどこちらの都合にハマった
一晩だけの演奏会だったとは言え、
メインの曲が
ヴィバルディの「四季」となっていたので
これもまた観光客向けのプログラムの
ひとつだったのだろう。

それでも、気分としては
「いい演奏を」というよりも、
大聖堂内で音楽がどう響くのか、
その響きの中に身を置いてみることを
最優先にしてみたかった。

音響的に言えば
残響がありすぎであろうことは
容易に想像できたが、
そういったことも承知のうえで、
現地ならではの空気感に
浸ってみたかったのだ。

【リラックスした気分で集まる聴衆】

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実際の演奏を聴いてみて、
その思いは充分満たされた。

残響が多いとはいえ、
頭のずーっと高いところに
響きが浮遊するように残る感じは、
天井の高い大聖堂ならでは、だ。

モーツァルトの結婚式の時は
どんな響きで満ちていたのだろう、
と考えるだけでも楽しい。

ちなみに演奏のほうは、
ビオラの方がほんとうにうまかった。

小さな合いの手的旋律を
実に丁寧に演奏していて、
彼が弾くと、音楽がそこで
キュッと引き締まると同時に
グッと深まる感じもして
なんともいえず心地よかった。

やはりプロはすごい。
そしてどんな環境であれ、
生の演奏はいい。

 

 

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