音楽

2017年3月26日 (日)

Kaleidoscope (万華鏡)

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Kaleidoscope (万華鏡)

- タワーレコード渋谷店で -

 

東京渋谷の大型CD店「HMV」が
閉店したのは2010年だったが、
渋谷に限らず大型のCD店は、東京ですら
ほんとうに数が少なくなってしまった。

そんな中、
なんとか踏ん張ってくれているのが、
「タワーレコード渋谷店」
"No Music, No Life"を
キャッチコピーにしている
黄色が印象的なあのビルだ。

ビルに入ると、1階から7階まで
CDを中心に音楽関連グッズがぎっしり。
関連書籍も幅広く揃っている。

推薦盤の試聴コーナも充実しているので、
時間の余裕があるときに、
手書きのPOP広告を読みながら
試聴コーナをゆっくり回るのは
ほんとうに楽しい。

ネットの検索とは違う
意外な出遭いがあることが
(CDに限らず)
リアルな店の大きな魅力だ。

試聴コーナのヘッドフォンを通じて、
実際の演奏も思う存分
確認することができるし。

 

先日、7階のクラシック音楽のフロアで
かなり魅力的な2枚のCDに出遭ったので、
今日はそれを紹介したい。

新譜というわけではないので、
すでにご存知の方も多いと思うが、
寡聞にして私自身は、この2月に
試聴コーナにて初めて知った新録音だ。

(1) Tchaikovsky:Violin Concerto
  ヴァイオリン:コパチンスカヤ
  指揮:クルレンツィス
  オーケストラ:ムジカエテルナ

  チャイコフスキー作曲:
   ヴァイオリン協奏曲
  ストラヴィンスキー作曲:
   バレエ・カンタータ「結婚」

 

(2) カレイドスコープ(kaleidoscope)
  ピアノ:カティア・ブニアティシヴィリ

  ムソルグスキー作曲:展覧会の絵
  ラヴェル作曲:ラ・ヴァルス
  ストラヴィンスキー作曲:
   『ペトルーシュカ』からの3楽章


(1)は、
モルドバ出身のヴァイオリニスト
パトリツィア・コパチンスカヤ 1977年生。

(2)は、
グルジア(現ジョージア)出身のピアニスト
カティア・ブニアティシヴィリ 1987年生。

30代、20代の瑞々しい演奏だ。

おふたりとも、超有名曲を舞台に、
奔放に踊るダンサーのようで
まさに目が離せない。

初めて聴いたときは、
「ここまで自由に演奏しちゃって、
 いったいこの先、どうなるのだろう?」
と思わず試聴コーナのヘッドフォンを
外せなくなってしまった。

コパチンスカヤは、
意図的とも思える濁った音も入れて
挑戦的に迫ってくるし、
ブニアティシヴィリのテンポの取り方、
響きの作り方は、新鮮なだけでなく美しい。

とにかくどちらも
過去の演奏に縛られていない
その自由さが眩しい。

その後、家でのCDではもちろん、
持ち歩いている
ポータブルオーディオプレーヤででも
ここひと月ほどは
繰返し繰返し聞いているのだが、
何度聞いても飽きることがない。

録音も秀逸。

それにしても後者、
アルバム・タイトルに
カレイドスコープ(kaleidoscope)とは、
うまい名前をつけたものだ。

日本語で「万華鏡」。
ラヴェル、ストラヴィンスキーも含めて、
まさに、
万華鏡のような演奏が展開されている。

私が偶然一緒に知ったというだけで
直接は何のつながりもない2枚のCDだが、
どちらも「万華鏡」という言葉がピッタリだ。

ここのところクラシック音楽の世界で
活躍が目覚ましい
コパチンスカヤとブニアティシヴィリ。
YouTubeでも少し覗いてみよう。

 

(AA) パトリツィア・コパチンスカヤ
まずは、(1)を
ソニー自身がUpしている音で、どうぞ。
4分35秒のダイジェスト版。
下の図またはここをクリックすると
YouTubeで聴くことができる。

Kopatchin1

CDのライナーノーツには

「実は、私にとって
 チャイコフスキーの
 ヴァイオリン協奏曲は
 長いこと無縁の作品でした。

 私の耳には、今のこの時代と
 関連のある音楽とは
 聴こえなかったからです。

 練習熱心なピアニストによって
 必要以上にかみくだかれ、
 指の器用さの訓練用として濫用され、
 コンクールでも粗製濫造されています。

 愚鈍なヴァイオリニズム、
 というのが私の抱いた印象でした」

とのコパチンスカヤ自身の
かなり激しい言葉が載っているが、
その曲が彼女によってどうなったのか。
それに立ち会うことができる。

なお、CDの演奏は、
ガット弦を使った弦楽器と
作曲当時の管楽器によって行われている。

 

コパチンスカヤの演奏では、
これも外せない。
ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。
彼女自身が編曲したという
驚きのカデンツァは、19:48あたりから。

最後まで見れば、
噂通り裸足で演奏していることも
確認できる。

このカデンツァを含めて
CDでちゃんと聴いてみたいという方は
2009年暮れに発売された下のCDでどうぞ。

 

たった3分の演奏ながら、
聴衆はもちろん共演者までも、
みごとなまでに彼女に引き込まれている
こんな動画もある。

 

(BB) カティア・ブニアティシヴィリ
こちらはライブ版。
曲はCDと同じ「展覧会の絵」

 

森の中で弾く
バッハのカンタータから始まる
こんな素敵な動画もある。
下の図またはここをクリックすると
YouTubeで聴くことができる。

Khatia1

この雰囲気がお気に召すようであれば
これがお薦め。

 

 

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2016年12月11日 (日)

読書の3R

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読書の3R

- きよはる、あきみ、きんのすけ -

 

本屋の立ち読みでの記憶なので、
雑誌名もコメントした方の名前も
思い出せないのだが、
雑誌の「読書」特集の記事の中で、

「読む本はどうやって選ぶのですか?」

の質問に、

「読書は3Rです」


と答えていた方がいた。

3Rとは、
 Recommend (推薦)
 Respect (敬意)
 Risk (リスク)


自分にとって信頼できる、ウマが合う、
そういう方の「推薦」図書を素直に聞く。

どんな本であれ、著者には
本を書きたいほどの衝動、熱意があったはず。
その思いに対しては常に「敬意」を払って読む。

どんなに人がおもしろい、すばらしい、と言っても
自分にとっては全く響かない本もある。
ハズレはあってあたりまえ。
「当たり」とは限らない「リスク」を
いちいち気にしない。

うまいことを言うなぁ、と感心したので、
3Rだけは今でも忘れずにいる。

なぜ、こんなことを急に書いているのか。

ここここ
井上陽水さん自身の言葉を続けて書いたが、
陽水さんで、もうひとつ思い出したのが、
この本だったからだ。

小林聡美著「読まされ図書室」
宝島社文庫


すごい題名。「読まされ」って。

著名人の推薦図書を小林さんに無理やり読ませ、
感想を聞いちゃおう、
というちょっと変わった本。
3RのRecommendだけで突っ走っている。

まぁ、でも、確かに小林さんなら何を読んでも、
ちょっとおもしろい感想を言ってくれそうではある。
不得意な分野であってもRespectを忘れていないし。

で、この本に、推薦者として井上陽水さんが登場する。
陽水さんは
松本清張の短編時代小説「白梅の香」を推薦。

さて、小林さんはどう読むか?

不得意領域への警戒感いっぱいに感想は始まる。
(以下水色部本からの引用)

井上陽水さんが懸念するように、
私のこれまでの人生において、
松本清張はあまりにもなじみのない世界だ。

そもそも、
ごくごく一般的なイメージの松本清張の世界は、
私が一番苦手とする領域である。
推理小説。サスペンス。

ただでさえ心配事や不安の多い日常の生活の中で、
なぜにわざわざまた違った不安や緊張感を
味わいたいのか、まずその心理が理解できない

なるべく頭を悩まさずに、ぼーっと、
ひたすらぼーっと暮らしたい私には、
そういう趣味はまったく理解できないのである。

「なぜにわざわざまた・・」
なんとも小林さんらしいコメントだ。

『白梅の香』は推理小説やサスペンスではなく
時代小説なのだが、そちらも苦手だったようだ。

それでも、ある方法により楽しんでしまうあたり、
さすが小林さん。

 と、いままで休止状態だった脳の部分を
フル活動させて、初めて読んだ松本清張
偉そうなことは何ひとつ言えないが、
時代小説を楽しめたのは大いなる進歩である。

どんな方法をとったのかは本に譲るが、
最後、こんな小ネタが披露される。

 北九州が誇る松本清張と井上陽水
二人に共通することは、
作品におけるそのクールなテンションと
本名が訓読み(きよはる・あきみ)であることも
興味深い発見
であった。

松本清張の本も、
井上陽水の音楽も、どちらも好きで
かなり読んだり聴いたりして来たが、
本名のことはどちらも知らなかった。

ただ、「きよはる」「あきみ」では、
あの小説も、あの音楽も、
書けなかったような気がしてしまうのは
なぜなのだろう?

そういえば、夏目漱石の本名
夏目金之助(きんのすけ)を知った時も
同じような感覚に襲われた。

「せいちょう」「ようすい」「そうせき」
これらの音は、それくらい強く、
彼らの作品のテイストの一部になっている気がする。

 

 

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2016年12月 4日 (日)

ただあなたにGood-Bye

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ただあなたにGood-Bye

- ラジオは言葉を探す間(ま)も -

 

前回に引き続き、

2016年11月23日放送の
井上陽水の歌の世界を読み解く特別番組

『ミュージック ドキュメント 
 井上陽水×ロバート キャンベル
 「言の葉の海に漕ぎ出して」』


というTOKYO FMのラジオ番組から
陽水さんの言葉を紹介したい。

 

まずは、テレビのニュース番組の
エンディングでも使われていた
「最後のニュース」を。

最後の、
 ♪ただあなたにGood-Bye
の歌詞を意識してお聞きあれ。

最後のニュース
   作詞・作曲 井上陽水


闇に沈む月の裏の顔をあばき
青い砂や石をどこへ運び去ったの
忘れられぬ人が銃で撃たれ倒れ
みんな泣いたあとで誰を忘れ去ったの

飛行船が赤く空に燃え上がって
のどかだった空はあれが最後だったの
地球上に人があふれだして
海の先の先へこぼれ落ちてしまうの

今 あなたにGood-Night
ただあなたにGood-Bye

ある映画の最後にこの曲が使われ、
その部分の英語字幕を頼まれたキャンベルさん。
一度訳して、陽水さんに送るのだが、
最後の♪ただあなたにGood-Bye
の部分で、ダメ出しを食らってしまう。


キャンベル:
 ぼくはね、無意識にですね
 ただあなたにgood-bye
 というのは、
 あなたに向けてgood-bye
 というふうに思って、
 just for you good-bye
 just for you だと。

陽水:
 あなた、そうか
 あなただけに。

キャンベル:
 あなたに向けて。

陽水:
 じゃないんじゃない
 ていうこと言ったのかな。

キャンベル:
 うん、そういうふうに言われて
 ハッとしたんですね。
 ぜんぜんそのことに気がつかなかった。

陽水:
 ただ、あなたに、
 ちょっと違うかもね。

さて、陽水さん、
「just for you」が、
どう違うと言いたかったのだろう?

キャンベルさんが
「どんなふうに?」と再度問う。

ラジオは、
言葉を探す、迷う間(ま)も伝わる
からいい。

キャンベル:
 えっと、どんなふうに?

陽水:
 うーん、
 たくさんいるけれど、
 ただあなたに、ではなくて、
 なんかいろいろかける言葉も
 いろいろあるかもしれないけど、
 まぁ、good-bye 
 ただこの言葉ぐらいかな

 みたいなニュアンスですかね。

キャンベル:
 そうか、そうか。

多くの人の中の「あなた」ではなく、
多くの言葉の中の「good-bye」。


キャンベル:
 just for you good-bye
 ではなくて
 ぼくはそれを書き換えて
 また送り返したのですけれども
 simply to you good-bye
 というふうにさせてもらったんですね。

 たぶんそれはそのまま映画のエンドロールの
 字幕になってたと思うんですけれど

 simplyですね。

 いろんな人がいる中でひとりじゃなくて
 いろんなことが、ここでほんとは言えるし、
 言わないといけないかもしれないンだけど、
 でも、いまそっとgood-bye
 そっちだな、という。

陽水:
 まぁ、いろいろ言葉もあるけれど

キャンベル:
 すごく、
 今日のニュースにもいろいろなことがあり、
 この歌の中に歌われている
 いろんな環境の問題であったり、
 暴力、戦争、いろんなことがあるけれど、
 あなたにGood-ByeというGood-Night

いろいろ言葉もあるけれど、
ただgood-bye。

どこをどう切っても、
陽水さんらしさが溢れている。

 

 

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2016年11月27日 (日)

44年目の「傘がない」

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44年目の「傘がない」

- 君に逢いたい切なさではなく -

 

2016年11月23日、
井上陽水の歌の世界を読み解く特別番組

『ミュージック ドキュメント 
 井上陽水×ロバート キャンベル
 「言の葉の海に漕ぎ出して」』


というラジオ番組をTOKYO FMで聴いた。

 

名曲「少年時代」の冒頭の歌詞

少年時代 
     作詞 井上陽水

夏が過ぎ 風あざみ
誰のあこがれにさまよう
青空に残された私の心は夏模様
・・・

陽水さんは

「『風あざみ』ってあるのかなぁ、と思ったけれど、
 『オニアザミ』があるから
 『風あざみ』くらいあるだろう、と。

 まぁ、でも、もし なくたっていいや

そんな自覚まではあって、
この詩を作ったことを告白。

ところが、キャンベルさんがこの詩で指摘したのは

あざみは
 秋の季語ではなく、春の季語

の部分だったとか。

そんな二人のやりとりで番組は始まった。

 

療養期間がきっかけで、キャンベルさんは、
昔から聞いていた陽水さんの詩の英訳にトライ。
その際、気になった部分を
ご本人に確認してみようという、
訳者からすると贅沢な番組だ。

とは言え、
陽水さんの曲をご存知の方はよくわかると思うが、
彼の詩は、日本語でも意味不明な部分が多い。
簡単に英語にできるとは思えない。

しかも、英語にしようとすると、
主語や人称や時制がずいぶん気になるようだ。

質問するほうも、答えるほうも
「無粋(ぶすい)」という言葉を繰り返していたし、
明言を避けていたのはさすがだと思うが、
不明な部分は不明のまま、
たとえ間違っていても勝手に味わえばいい気がする。

 

そんな中、言葉の問題ではなく、
歌う際の感情移入に関して、陽水さんが
ちょっと興味深いことを言っていたので、
その部分だけ紹介したい。

まずは、1972年、今から44年前のヒット曲
「傘がない」をちょっと聴いてみよう。

傘がない 
     作詞・作曲 井上陽水


都会では自殺する若者が増えている
今朝来た新聞の片隅に書いていた
だけども問題は今日の雨 傘がない

行かなくちゃ君に逢いにいかなくちゃ
君の町に行かなくちゃ雨にぬれ
・・・

(声が若い! はともかく)
このあと曲の中では、
「行かなくちゃ君に逢いにいかなくちゃ」が
何度も何度も繰り返される。

さて、ご本人、この曲を
どんな思いで歌っているのだろう。

「逢いたい」ことへの強烈な思い。そして
それがすぐには実現できないことのもどかしさ?

ちょっと違うようだ。

 

いちばんね、歌ってて
自分で感情移入しやすい感じっていうのは、
その「傘がない」で言えば、
君に逢いたいンだ、逢いたいンだ、っていう
切なさよりも、
もうちょっとこう、そういう具体的な
「恋い焦がれて」
とかいうようなことではなくて

もうちょっと、
「いやぁ、人間として生まれるとこうなの?」
っていう大きな感じのほうが
感情移入しやすいンですよね。

うーーん、さすが陽水さん。
そんな思いを「傘がない」で表現していたなんて。
でも、言われてみるとわかる気もする。

「何を言いたいのかはわからないけれど、
 伝えたいことは伝わってくる」

古くから繰り返し聞いている曲と共に
そんな不思議な感じに包まれた瞬間だった。

 

 

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2016年10月30日 (日)

宇宙が音楽か、音楽が宇宙か

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宇宙が音楽か、音楽が宇宙か

- 音楽は世界の調和を語るもの -

 

前回
オーストラリアの先住民アポリジニの
「ソングライン」という言葉について
少し書いた。

その際、引用した一冊が

浦久俊彦著「138億年の音楽史」
講談社現代新書

この本、世界中の音楽を
独自に選んだいくつかの観点から
大きく眺め直してみようという意欲作だ。

壮大なテーマを
小さな新書一冊に詰め込もうというのだから、
膨大な参考文献に支えられているとはいえ、
粗削りな面があることは否めない。

それでも、音楽を考える「視点」を
与えてくれている点は重要だ。

というわけで、その中から一部紹介したい。
(以下水色部、本からの引用)

東洋の音楽観に関する記述から。

漢字で書く「宇宙」の
「宇」は空間を、
「宙」は時間を
 意味している。

「宇宙」という語は、
中国の古典『淮南子(えなんじ)』の

「往古来今これを宙といい、
 四方上下これを宇という」(斉俗訓)

という部分に由来するといわれるが、
宇宙ということばには、時間と空間という
ふたつの概念が含まれている

時間と空間、
それはまさに音楽と結びついている。

 姿もかたちもない音でできた音楽が、
人の心を震わせ、目に見えるものを共鳴させる。

古代から人々は、
この不思議な音楽というもののなかに、
天と地と人の生きる空間すべてを把握できる
鍵が隠されている
と考えた。

宇宙が音楽か、音楽が宇宙か。

宇宙そのものが音楽であるという考えは、
東洋思想のなかにも深く浸透している。

 古代中国では、老子が、

人間の音楽を「人籟(じんらい)」、
自然の無数の音響が奏でる音楽を「地籟(ちらい)」、
天球の音楽を「天籟(てんらい)

と称し、
なかでも「天籟」を最高の地位においたことや、
紀元前四世紀の思想書『荘子』には、
音楽は世界の調和を語るものであるという記述がある。

『詩』は人の心を語るもの、
 『書』は昔の事蹟を語るもの、
 『礼』は人の実践を語るもの、
 『楽』は世界の調和を語るもの


というくだりだ。
このなかの「楽」が、音楽である。

その「楽」を奏でる合奏団は、古代においてすでに
数百人にも及ぶ巨大なものだった可能性もあるという。

 古代の神話的宇宙観の音楽的な実践ともいえる
古代中国に実在した合奏団が、
古典雅楽というイメージで
想像されていたよりもはるかに壮大な、
じつに数百人に及ぶ演奏者による
巨大オーケストラ
だったことも、
近年の考古学的調査でわかってきた。

 

インドでも宇宙と音楽は結びついている。

 インド音楽は旋律の音楽である。

西洋音楽のように
異なった音を同時に響かせるという
和音(ハーモニー)の発想はない。

と書くと、まるでインド音楽には
ハーモニーの概念がないと思われるかもしれないが、
そうではない。

インドでは、
音楽は全宇宙のハーモニーの縮図
だと考えられているのだ。

ここでいうハーモニーとは、
和音というよりも調和を意味する


宇宙の縮図である人間は、
脈拍、心臓の鼓動、波動、リズム、音調のなかに
和音や不協和音を表し、

健康、病気、喜びや苦痛は、
どれも生命における音楽や、
その欠如を示すという。

これが、インド音楽の基本的な考え方である。

音楽は宇宙のハーモニーの縮図?

 インドの音楽家
ハズラト・イナーヤト・ハーンいわく、

ふつう音楽と呼ばれているものは
あらゆるものごとの背後で動いている、
自然界の根源である宇宙の調和、
すなわち宇宙の音楽から、
知性がつかみとった小さな縮図
にほかならない。

いつの時代の賢者も、
音楽を神聖なものと考えていたのはそのためだ。

賢者は音楽のなかに全宇宙の像を見ることができ、
音楽のなかに、全宇宙の働きの秘密を
明らかにすることができたという。

「宇宙の音楽から知性がつかみとった小さな縮図」

創造するとか、自己を表現するとか、
そういった創作としての作曲、という考え方は
そこにはまだ一切ない。

 

 

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2016年10月23日 (日)

ソングライン

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ソングライン

- 歌は地図、大地は楽譜 -

 

2016年10月5日の朝日新聞夕刊。
池澤夏樹さんが
コラム「終わりと始まり」に
「アポリジニの芸術
 人と土地をつなぐ神話」
なる文章を書いているが、
その中に、
「ソングライン」という言葉が出てくる。
(以下緑色部、記事からの引用)

 数万年前から文明に依らずに
生きてきた人たちがいる。
オーストラリアのアポリジニ(先住民)。

 彼らは速い昔にあの大陸に渡り、
その後は地殻変動で他の地域から隔離されたまま、
延々と世代を重ねてきた。

 雨が少ない土地なので農耕はむずかしい。
狩猟採集で生きることになるけれども、
密度が薄いので移動を続けなければ
充分な食料が得られない。

オーストラリアには馬やラクダやリャマのような
駄獣がいなかったので、
人は持てるだけのものを持って旅を続けた。
都市とも文明とも無縁な歴史

 その代わりにかどうか、
彼らはとても精緻で壮大な神話体系を作り上げた。
世界解釈としての神話である。

世界は遠い過去に創造されたのではなく、
人間の動きと共に今も創造されつつあり、
それは未来へも続く


 大事なのは人間と土地との絆だ。
すべての土地に固有の神話があって、
人間はいわばそれを鋤(す)き返しながら旅をする。

そのルートは歌で記憶されるから
ソングラインと呼ばれる

「ソングライン」、歌の道、
なんとも惹きつけられる言葉だ。

この言葉を初めて知ったのは、
ブルース・チャトウィンが書いた、
「ソングライン」
という本だった。

(今は、北田絵里子訳で復刊されているようだが、
 以下水色部は、右側の芹沢真理子訳からの引用)

「ソングライン」
単語の訳は簡単だが、
そもそも歌の道とは何なのだろう?

オーストラリア全土に延びる
迷路のような目に見えない道のことを知ったのは、
アルカディが教師になってからのことだった。

ヨーロッパ人はそれを"夢の道"
あるいは"ソングライン"と呼んだ


アポリジニにとって、
それは"先祖の足跡"であり"法の道"であった。

 アポリジニの天地創造の神話には
さまざまな伝説のトーテム
(未開の部族集団が
 血縁関係が有る祖先として信仰する自然物、
 あるいは記号
。動植物が多い。)
が登場する。

彼らは旅の途中に出会ったあらゆるもの、
鳥やけものや植物や岩や温泉の名前を歌いながら

そしてそうすることで
世界の存在を歌に歌いながら、
"夢の時代"、この大陸をさまよったのである。

その「ソングライン」を探しに行っている。

 私がオーストラリアにやってきたのは、
ソングラインとはいかなるものなのかを、
そしてそれがどのように機能しているのかを、
他人の書物からではなく、
自分のカで知るためだった


明らかに、私はソングラインというものの核心に
近づいていなかったし、
またそうしようともしていなかった。

私はアデレードで、その筋の専門家を知らないかと
女友だちに声をかけた。
彼女はアルカディの電話番号を教えてくれた。

さて、見えてくるだろうか、ソングライン。
もう少し先を読んでみよう。

 つづいて彼は、
各トーテムの先祖がこの国を旅しながら、
どのようにして
その足跡に沿って歌詞と旋律の道を残し、
どのようにしてそれら"夢の道"が
遠く離れた部族との
コミュニケーションの"方法"として
大地に広がっていったのかを、説明した。

歌が地図であり、方向探知器でもあった

と彼は言った。

「歌を知っていれば、
 いつでも道を見つけ出すことができた」

「それで"放浪生活"に出た人は
 いつもそうしたソングラインの上を
 歩いていたのかい?」

「昔はそうだった」彼は同意した。

「いまはみんな汽車や車で行く」

「もし、ソングラインをはずれたら?」

「他人の土地に侵入することになる。
 そのために槍を持っていたのかもしれない」

「でもその道からはずれさえしなければ、
 いつでも自分と同じ"夢"を共有する
 仲間を見つけられたわけだね? 
 それは、つまり、兄弟かい?」

「そう」

「その人たちからは
 もてなしを期待することができたのかい?」

「その逆もね」

「ということは歌はパスポートとか
 食事券のようなものだな?」

「もう一度言うが、もっと複雑なものなんだ」

 少なくとも理論上は、オーストラリア全土を
 楽譜として読み取ることができた。

 この国では歌に歌うことのできない、
 あるいは歌われることのなかった
 岩や小川はほとんどないのだ

歌が地図であり、方向探知器。
歌うことと、
存在することの深い関係は、
考え方自体が新鮮だ。

 アポリジニは、すべての"生きもの"が
大地の皮の下でひそかにつくられた
と信じていた。

それと同様に、白人の持ち込んだ道具 
-航空機、銃、トヨタのランドクルーザー-
のすべて、
将来発明されるであろう品物のすべても、
そうだと信じていた。

それらは地面の下で眠っており、
呼び出されるのを待っている
のだ。

「ひょっとしたら」私はふと思いついた。

歌うことで、彼らは神が創造した世界に
 鉄道を呼び戻す
のかもしれないね」

「そのとおり」アルカディが言った。

地下で眠っていたものが、
歌によって呼び出され、存在することになる。

「で、取り引きルートは
 かならずソングラインに沿っている、
 そうおっしゃるのですね?」

「取り引きルートがソングラインなのです」

フリンが言った。

「というのは、物ではなく歌が、
 交換の主要媒体だからです


 物のやりとりは歌のやりとりに
 付随して起こる結果なのです」

 彼はつづけた。

白人が来る前は、
オーストラリアで土地をもたない者はいなかった。

誰もが、私有財産として一連の先祖の歌と、
その歌が通過する土地を受け継いだからだ。

歌の文句は土地の権利書だった。
それは他人に貸すこともできた。
そのお返しに歌の文句を借りることもできた。

やってはいけないことは、
それら歌の文句を売ったり捨てたりすることだった。

 

この本、紀行文のように読めるが、
訳者はあとがきで
「一見ノンフィクションの観を呈している」

と言っているので、ちょっと注意が必要だ。
紀行小説と言えば正しいのだろうか。

アポリジニの考え方に触れながら、
「ソングライン」をはじめ、
「遊牧民」「放浪」「定住」などについて
自由に思いを巡らしながら読むのがいい。

 次に理解しなければならない大事な点は、
あらゆる歌が、部族や境界線に関係なく、
言語の壁を飛び越えることだ。

ある"夢の道"が北西部のブルーム付近から始まり、
20以上もの言語地域を通り抜け、
アデレード近くの海に達する
ということもあるのだ。

「それでもなお」と私は言った。

「それは同じ歌なのですね」

「われわれは」フリンは言った。
「歌を"味"や"匂い"で識別する、と言います。
 もちろん、それは"旋律"という意味です。
 最初の小節から最後の小節まで、
 旋律はずっと同じなのです」

「歌詞は変わるが、メロディーはそのままなんだ」
とアルカディがふたたび口をはさんだ。

「ということは」私はたずねた。

正しい旋律を口ずさむことができれば、
 若者でも放浪生活に出て、
 オーストラリアを横切る
 自分の歌の道をたどることができた

 そういうことですか?」

「理論的には、そうです」フリンは同意した。

言葉は単純ながら、
簡単には理解しにくいソングライン。

別な本の記述も借りてしまおう。

浦久俊彦著「138億年の音楽史」
講談社現代新書

(以下薄紫部、本からの引用)

・・・
ひとつの大陸を歌によって
描こうとした民族
にふれておきたい。

オーストラリアの先住民族アポリジニである。
彼らは、自分たちの世界で出会った
あらゆるものを歌にして歌ってきた。

ひとつの岩、川のせせらぎ、森の樹木など、
ひとつひとつに歌がある。
・・・
それはまるで、
大地そのものが楽譜であるかのようだ
・・・
大地に存在するあらゆるものはランドマークとなり、
そのひとつひとつが歌として記憶され、
それを線のようにつないで歩めば、
必ず目的地にたどり着くことができたというのだ。

「ソングライン」と名付けられた、
オーストラリア大陸に
無数に張り巡らされた目にみえない歌の道。

この世界観のユニークなところは、
アポリジニの人々にとっては、
彼らによって歌われるまで世界は存在していなかった、
というところにある。

つまり、これは音楽による天地創造の物語なのだ。

命は歌によってかたちを与えられ、世界が創られる。

存在するとは知覚すること。
その知覚が、彼らにとっては歌うということだったのだ。

上記、チャトウィンの
「ソングライン」もこんな風に紹介されている。

 イギリスの作家ブルース・チャトウィンは、
語り部とともに旅をしながら、
オーストラリア全土に張り巡らされた
迷路のような歌の道の伝統が、
いまも人々に継承され、語り継がれていることを、
紀行小説『ソングライン』に描いた。

「先祖たちは歌いながら世界じゅうの道を歩いた。
 川を、山脈を、塩湖を、砂丘を歌った。
 狩り、食べ、愛を交わし、踊り、殺した。
 歩いた跡には、音楽が残された」
 (北田絵里子訳)。

 ソングラインとは? という質問を繰り返しながら、
彼は、現代に受け継がれた
この伝説と生きる人々とともに、
アポリジニの先祖たちが刻んだ詩と旋律の
道の足跡をたどり続ける。

ここまで読んでも、
すっきりと「わかった」とは言い難い。

それでも、ソングラインの記述を通して見えてくる
アポリジニの世界観は、
歌によって世界を創造するというその世界観は、
音楽好きの私にとってはなんとも魅力的だ。

 

 

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2016年8月28日 (日)

日本の調子

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日本の調子

- 音と季節と方角と -

 

長い間抱いていた
「短調は暗い」
と表現されることの違和感を
高校野球の応援曲を例に、
前回、ここに書いた。

その際、
調性について少し詳しく知りたいと
思って読んだ本がコレ。

吉松隆著
「吉松隆の調性で読み解くクラシック」
ヤマハミュージックメディア

 

この本の中に、
西洋音楽の調についてではなく、
日本の音楽の調について、
たいへん興味深い話があったので、
今日はその部分を紹介したい。
(以下、水色部は本からの引用)

 まずは、
日本における「ドレミファ」。

これは5世紀頃に大陸から
伝承された音楽を基礎として、
日本古来の音楽すなわち
雅楽」の世界において体系化されている。

  壱越(いちこつ  :レ)
  平調(ひょうじょう:ミ)
  双調(そうじょう :ソ)
  黄鐘(おうしき  :ラ)
  盤渉(ばんしき  :シ)
  神仙(しんせん  :ド)

そこから生まれる調は、
それぞれの音を基音として

 「壱越調=クラシック音楽で言うと二調」、
 「平調 =同じくホ調」、
 「盤渉調=同じく口調」

などという具合になる。

基音の違いによって
いくつかの調がある。

これはごく自然なことと言えるだろう。

おもしろいのは、
これが明暗といった「気分」ではなく、
あることと深く結びついている点。

そのあることとは?

それぞれの調は「季節」と密接に結びつき、
四季それぞれに奏されるべき調子が
決められていたという


例えば、
 春なら「双調」 、
 夏は 「黄鐘調」、
 秋は 「平調 」、
 冬は 「盤渉調」。

 実際、平安時代には、
十月になったのだから
筝を
 「平調(秋のキイ)」から
 「盤渉調(冬のキイ)」に変えましょう…
というような会話があったという。

現代に当てはめれば、
秋まではEmで歌っていた歌だけれど、
冬になったからBmで歌いましょう、
というようなものか。

季節によって、調を変える、キーを変えるとは、
なんと風流なことだろう。

しかも、それは「方角」にも結びつく。

 これは、単なる「感じ方」ではなく、
古代中国の陰陽五行説の思想から来るもので、

 木・ 火・ 土・ 金・ 水 が、
双調・黄鐘・壱越・平調・盤渉 の

五つの音に当たり、
方位ではそれぞれ、

 東・ 南・中央・ 西・ 北

にあたる。

 双調(ソ) の音は「春」と「東」
 黄鐘(ラ) の音は「夏」と「南」
 平調(ミ) の音は「秋」と「西」
 盤渉(シ) の音は「冬」と「北」

を表わすわけである。
ということは、
 ミ(平調)の音は西、
 ラ(黄鐘)の音は南から聞こえてこそ、
正しい音のあり方ということになる。

それゆえ平安京では、
御所を中心にして寺院の鐘の音は
それぞれこの方位に基づいて
チューニングされていた
、という説さえある。

「説」かもしれないが、初めて知った。
鐘の音程が、御所からの方角によって
違っていたかもしれないなんて。

 さらに、この五行説に寄って
季節の音楽を(無理やり)クラシック音楽に
あてはめると、

  「春」の音楽は「卜長調」
  「夏」の音楽は「イ長調」
  「秋」の音楽は「ホ短調」
  「冬」の音楽は「口短調」

 ということになる。

 

ここから、クラシックの名曲が
例としていくつか出てくるので、
YouTubeからのサンプルを割込ませて貼って、
その雰囲気を確認してみたい。

まずは、春。

 なるほど、そういえば

モーツァルトのセレナーデ第13番
(アイネ・クライネ・ナハ卜・ムジーク)



弦楽四重奏曲第14番〈春〉

は、
そのまま「卜長調」で「」。

 

続いて夏。

ベー卜ーヴェンの交響曲第7番

などは
「イ長調」だから「」。

(ダメだ、
 「のだめカンタービレ」の印象が強すぎて、
 冷静に季節を感じられない。私的感想。失礼)

 

さて、秋は・・・

対して、
メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲


ドヴォルザークの交響曲第9番〈新世界より〉


「ホ短調」で「」。

 

冬は・・・

そして、
シューベルトの交響曲第7(8)番〈未完成〉


チャイコフスキーの交響曲第6番(悲愴)

などは
「口短調」で「」ということになる。


 なんとなくぴったりな雰囲気ではないか。

吉松さん自身も最初に言っている通り、
日本の季節の調を
クラシック音楽にあてはめて
聞いてみよう、という
ちょっと無理やりな試みだが
こうして並べて聞いてみるとおもしろい。

最後に、日本の長調と短調について
触れておこう。

5世紀から7世紀頃(仏教が伝来した頃)に
大陸から渡来した基本の旋法は、

 呂(ろ) 旋法 : 壱越調 双調 
          太食調(たいしきちょう)
 律(りつ)旋法 : 平調 黄鐘調 盤渉調

の6つ(六調子 りくちょうし)。
大まかにいうと、
 呂は長調にあたる音階 で、
 律は短調に当たる音階

この「呂」と「律」が
しっかり吹き分けられない楽師は
「呂律(ろれつ)がまわらない」
笑われたそうで
これが雅楽の時代の音階の基本。

「呂律(ろれつ)がまわらない」とは
元は、しゃべり方ではなく
演奏のほう指す言葉だったようだ。

ブラバン部員だった私としては、
呂律(ろれつ)がまわっていない練習風景は、
むしろ懐かしかったりするのだが・・・

 

 

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2016年8月21日 (日)

短調は暗いのか?

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短調は暗いのか?

- 「長調」「短調」の的確な表現は? -

 

リオオリンピックの
すばらしい競技に目を奪われている間に、
高校野球のほうも
いつのまにか決勝戦にまで来てしまった。

今日は、野球のほうではなく、
応援席でのブラバンの演奏に目を向けてみたい。

まずは、代表的な応援曲を
いくつか聞いてみよう。

 

【アフリカン・シンフォニー】

 

【サウスポー】

 

【狙い撃ち】

 

【ルパン三世】

 

【宇宙戦艦ヤマト】

 

上の例もこの先に登場する曲名も、
古いものが多いことは、
オヤジのブログゆえお許しあれ。

まぁ、それでも
「この曲、今でも演奏されているンだ」
が高校、大学と吹奏楽をやってきた私の
正直な感想だ。

 

さて、いくつか並べて聞いてみて
ある共通点にお気づきだろうか?

じつはこれらの曲は、みな「短調」なのだ。

「長調」「短調」の詳しい説明は、
ここでは端折るが、
音階の説明に触れずに
両者を簡単に表現しようとすると

 「長調」=明るい曲
 「短調」=暗い曲

のように、表現されることが圧倒的に多い。

でも、
いったい誰がこんなことを言い出したのだろう?

吉松隆著
「吉松隆の調性で読み解くクラシック」
ヤマハミュージックメディア

には、こんな記述がある。
(以下水色部本からの引用)

 考えてみると、日本ではそもそも
民謡から雅楽や尺八やお琴の音楽にしても、
昔のものはほとんど「短調」でできている

「長調」のドレミファソラシドでできた音楽が
入ってきたのは、明治になって西洋音楽が
輸入されてからだ。

 演歌や軍歌もそうだし、ジャズのブルースだって
みんな基本は「マイナー(短調)」だ。

でも、それは「自然」なことで、
特にそれを「暗くて悲しい」などと思わない


むしろ西洋音楽の「長調」のネアカな響きのほうが
「不自然」?という考え方だってできそうだ。

それなのに、西洋クラシック音楽に端を発する
今の音楽では、なぜか
「長調」のドレミファソラシドが
まるで「王様」みたいな扱いだ。
なぜこれが世界的な標準になってしまったのだろう? 
何か理由があるのだろうか。

「長調」を英語では「major(メジャー)」
「短調」を「minor(マイナー)」と言うことからも、
「長調が主」であることは強く感じられるが、
我々の身近には短調の曲はすごく多い。

しかも、応援曲を聞けばわかる通り、必ずしも
短調が、暗かったり悲しかったりするわけではない。

 

久しぶりに会った学生時代のブラバン仲間に、
野球応援の曲って、短調が多かったよね、
の話をしたら、
「長調」「短調」の話題でおおいに盛り上がった。

そんな楽器仲間からのコメントもまとめると...

元気のいいピンクレディ関連でも
 「サウスポー」の他
 「ペッパー警部」
 「UFO」
 「サウスポー」
 「渚のシンドバッド」
 「カルメン77」
は短調だし、
運動関連では
 「ロッキーのテーマ」
 「巨人の星」
 「アタックNo.1」
 「あしたのジョー」
 「タイガーマスク」
 「柔道一直線」
も短調。

短調っぽくない歌謡曲
 「勝手にシンドバッド」
 「およげたいやきくん」
 「勝手にしやがれ」
 「春一番」
なども短調。

「♪今日は楽しいひなまつり」の歌詞の
 「ひなまつり」
「♪明るく、明るく、走るのよ~」の歌詞の
 「東京のバスガール」
も楽しかったり、明るかったりと
歌っていながらこちらも短調。

 

一方で、
 ショパン 「別れの曲」
 ビートルズ「イエスタデイ」
 夏川りみ 「涙そうそう」
 一青窈  「ハナミズキ」
などは、短調のようで実は長調。

 

こうして改めて並べてみると、

 「長調」=明るい曲
 「短調」=暗い曲

が調の表現として、
あまりにもフィットしていないことは明らかだ。

「長調」と「短調」を的確に表現する
もっといい言葉はないものだろうか?

 

<楽しいオマケ>
上のやり取りをしている間に、
ブラバン仲間がリコーダで
「長調⇔短調」変換芸を披露してくれた。
いつもとは違う調でお楽しみ下さい。

【巨人の星:フェードアウト版】

 

【背くらべ】

 

 

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2016年7月31日 (日)

ピアノの『響き』を作り出しているもの

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ピアノの『響き』を作り出しているもの

- 中村紘子さんの訃報にふれて -

 

2016年7月26日、
ピアニストの中村紘子さんが亡くなった。
享年72。

中村さんは、ピアノ演奏だけでなく、
エッセイでも素敵な作品を数多く残している。
この「はまめも」でも

ピアニストには三種類しかいない
あらゆる場所が物語の力を秘めている

などで引用させていただいた。

個人的には以下の三冊がお薦めだ。

エッセイでその記述を読んだことはないのだが、
実は、中村さんというと
ある対談番組で聞いた話が、
非常に強く印象に残っている。

その時は、まさに御専門、
ピアノの音についての話だった。

今日は、その話を紹介したい。

 

予備知識として必要なのは、
「ピアノの構造」と「共振(共鳴)と倍音」

最初に、ピアノの構造を復習しておこう。
ピアノは簡単に書くと、
下記のような構造になっている。

Pianodamper

通常は、ダンパーが弦に接触していて、
弦の振動を抑えている。
(弦が鳴らないようにしている)

音が出る仕組みは、
① 右側、鍵盤をたたくと
② 鍵の左側が上がり、
  ダンパーが弦から浮き上がる。
  (弦が鳴る状態になる。開放弦)
③ ダンパーが離れた弦をハンマーが打つ。
  (この時、弦が震えてポォーンと音がでる)
④ ハンマーは弦を打ったあとすぐに元の位置に戻る。
⑤ 鍵盤から指が離れると、ダンパーが下がって
  再び弦と接触し、音を止める。

つまり、鍵盤をたたき指を離す、の動作のうちに、
 ダンパーが上がり、
 ハンマーが弦を打ち、
 ダンパーが下がる
が繰り返されている。

ポイントは、ハンマーが弦を打って音を出したあと、
ダンパーが上がっている間は、
つまり、鍵盤が下がっている間は、
弦が振動し続けているということ。

その後、鍵盤から指を離すと
ダンパーが下がって弦を強制的に抑えてしまうので、
その瞬間、音は消えてしまう。

(ピアノには、鍵盤の状態と関係なく、
 ダンパーを一斉に弦から浮かす
 サスティンペダルというペダルもあるが
 今回の話ではそこには触れない。

 あくまでも、
 鍵盤の上下とダンパーの上下が
 連動している範囲で話を進める)

 

もうひとつの予備知識は共振(共鳴)と倍音

共振(共鳴)は、
だれもが小学校の時に
音叉の実験で経験しているはず。
一つの音叉1を鳴らし、
同じ高さの音の音叉2を近づけると、
音叉2が鳴り始める、あれ。

音叉に限らず、
同じ固有振動数を持つものは
共振して鳴り始める、
というのが理科的な説明だが、
簡単に言うと、
「ド」が鳴っているときに、
「ド」の開放弦を近づけると、
その弦も振動を始める、ということ。

倍音のほうは、
正確に話そうとすると、周波数だの、
純正律だの平均律だのに触れねばならず
かなり面倒なのだが、
こちらも思い切って簡単に言ってしまうと、
「ド」の音を鳴らしたときは、
「ド」の音だけが鳴っているわけではない
ということ。

「ド」の倍音となる
「ソ」や「ミ」や「シ♭」などが
一緒に鳴っている、というか含まれている。

なので「ド」が鳴っているときに、
倍音にあたる「高いミ」の弦を近づけても
「ミ」の弦が共振(共鳴)して鳴り始める。

 

以上で、準備OK。

ここからは、
簡単な実験をしてみたい。

グランドピアノでもアップライトピアノでも、
アコースティックのピアノが身近にあれば、
1分もかからない実験なので、ぜひお試しあれ。

(a) 右手で「ド」を強く叩き、
  音の『響き』を聞く。
その後、
(b) 左手5本指で低い「ド」を含む
  いくつかの音をジャーンと鳴らす。
(c) 左手の指は鍵盤から離さずに
  そのまま押し下げたまま、
  音が消えるのを待つ。
(d) 音が消えたら、左手はそのままで、
  (a)と同じ「ド」をもう一度強く叩き、
  (a)の響きと聞き比べる。

(a)でも(d)でも、音を出したのは
右手による「ド」の一音だけだが、
これ、だれが聞いてもすぐにわかるくらい
「ド」の響きが全然違う。

理由は簡単。
左手側の弦が共振(共鳴)するからだ。

(d)直前、
左手は鍵盤を押し下げたままのため、
ダンパーは上がったまま。
ピアノの内部には「5本の開放弦」が
存在していることになる。

その状態で、右手による「ド」が鳴ると、
開放弦の何本かが共振(共鳴)して、
鳴りだしてしまう。

つまり、(d)においては、
開放弦がなかったときの(a)の時とは、
振動している弦の数が全然違うのだ。

それが響きの違いを生み出している。

(d)の音を聞いている途中で、
左手を鍵盤から離して(ダンパーを下ろし)、
左手の弦の共振(共鳴)を止めると、
びっくりするくらい音が変わる。
(a)の響きに戻る、とも言えるけれど。

つまり、
音を出した
右手の「ド」の『響き』を決めていたのは、
音を出さずに
ただ鍵盤を押さえていただけの左手、
ということになる


これは確認のための簡単な実験だが、
実際の演奏では、これが10本の指の間で
絶え間なく起こることになる。
ある音が鳴ったその瞬間、
どの弦が共振する状況にあるのか。

 

中村さんは、
上記のことを素人にもわかるように
要領よく説明したあと、

「『音を出すタイミング』は、
 鍵盤をいつ叩くか、で決まる。

 しかし、叩いた指をいつ鍵盤から上げるか、
 つまり、いつまで開放弦を作って
 ほかの音に共鳴させるか、で
 『響き』のほうは全然違ってくる。

 音を出していない指が『響き』を作り、
 音楽を作っている


 指を上げるタイミングの違いが
 演奏にどんな変化を与えることになるのか、
 それがわかるようになってくると、
 練習時間は何分あっても足りなくなる」

そんなコメントをしていた。

もちろん素人の私には、
そんな細かな聞き分けはできないけれど、
プロがどんな思いで演奏に向き合っているのかを
シンプルかつreasonableな実験と共に知った
忘れられない体験だった。

 

ご冥福をお祈りいたします。

 

 

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2015年7月26日 (日)

「ここで働きたいとは思わない」

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「ここで働きたいとは思わない」

- 3日やそこら休める社会に -

 

先日、欧州、数カ国の人と
日本についていろいろ話をする機会があった。

皆さん、日本のことをベタ褒め。

どこに行っても、清潔だし、安全だし、
電車は正確だし、
商品は多彩で溢れているし、
人はちゃんと列を作って並ぶし、
店員は笑顔で親切だし、
約束は守るし、相手のことを気遣うし。

まぁ、お世辞もあるだろうし、
日本で巡りあった人が、たまたまよかった、
ということもあるとは思うが、
褒められれば悪い気はしない。

 

ただ、一方で、
皆が口を揃えて言ったのは

「日本はいい国だし、
 住んでみたいとも思うけれど、
 ここで働きたいとは思わない」


だった。

長時間労働、長時間通勤、満員電車、
残業の多さや休暇の少なさ、
仕事自体のアウトプットよりも、
会社への忠誠心を見せることのほうが、
評価される傾向にある違和感。

体調が悪ければ、
本人のパフォーマンスは落ちるし、
場合によっては近くの人に
感染することもあるのだから、
仕事の成果を中心に考えれば、
どう考えてもちゃんと休んだほうがいいのに、
すぐに休まずに、無理して働くことが
「がんばって働いている」と
思われる価値観の不思議さ。

その場でいちいち確認を求めてきたが、
日本の労働環境・価値観・倫理観の情報は、
興味深い対象として、かなり詳しいことまで
伝わってしまっている。

そりゃ、ぜんぜん違うよ、と
完全否定出来ないところがつらい。

 

それにしたって、

「ここで働きたいとは思わない」は

あまりにも悲しいじゃないか。

 

ちょうど、一昨日(7月24日)から苗場スキー場で
2015年のフジロックが始まった。
規模も多彩なアトラクションも
他のフェスとは一線を画す大イベントだが、
このフジロック、以前
「3日間通し券」しか発売せずに
話題になったことがある。

そのことについて、
「フジロックフェスティバル」を
1997年に始めた会社、スマッシュの社長
日高正博さんはこんなコトを言っていた。

2006年7月22日の朝日新聞の記事から紹介したい。
(以下水色部は記事からの引用)

A060722_1s

日高さん、

高校へ通ったのは一週間ほど。
その後は
近くの公園で寝泊まりするホームレス同然の生活だ。
ただ、都会の景気は右肩上がり。
「工員求む」と掲げた働き口には事欠かず、
寮にも入れた。

(中略)

部品工場、氷屋、野菜市場、運転手・・・。
全国を転々とし、21歳までに100近い仕事を経験した。

というすごい経歴の持ち主だ。

A060722_2s

-社員も激務ですね。

日高
   ほんとにきつい仕事をさせている。
   でもそれを通して、
   よそから引き抜かれる人間をつくりたい。
   そうすれば会社がつぶれても大丈夫だから

なんておもしろいことも言っている。

で、3日間通し券について。

-04年には3日間通し券だけを発売、論議を呼びました。

日高 
   日本の夏って高温多湿なのに、
   みんな無理やり会社に行き、
   まとまった休暇はなかなかとれない。

   生意気なようだけれど、
   「休みを取りなさいよ」と言いたい

   いまだにロックフェスに行くために
   会社を辞めなきゃいけない子がいる。

   音楽好きな人たちが、
   3日やそこら休める社会にならないと

 

生きるために仕事はしないといけないし、
そこにはつらいことばかりではなく、
達成による充実感ももちろんある。
それでも人間は、
仕事をするために生きているわけではない

「3日やそこら休める社会にならないと」

 

 

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