書籍・雑誌

2017年7月16日 (日)

「生命誕生」

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「生命誕生」

- 「海は生命の母」とは言えない? -

 

本棚にあるこの本

中沢弘基(著)
生命誕生
地球史から読み解く新しい生命像
講談社現代新書

(以下水色部、本からの引用)

私が購入したときの本の帯には、
池谷裕二・東京大学教授の
こんなコメントが載っている

脳髄を金槌(かなづち)で
 殴られるほどの衝撃を受けた!


帯は広告・宣伝なので、
たいていの場合は大袈裟で
ミエミエの褒め言葉に
かえって冷めてしまう場合もあるが、
殊この本については
「金槌で殴られるほどの衝撃」
はまさに言葉通りだった。

ほんとうに衝撃がある。

生命はいつどこで発生したのか?

だれもが抱く疑問に、
独自の説を丁寧に展開していくのだが、
とにかく話の運び方がうまい。

最初の方のこんな書き方だけで
おもわず引き込まれてしまう。

生命の起源は海の中、
「太古の海は生命の母」と考えるのは
広く世界の常識になっています。

 確かに水がないと
生物の体は成り立ちませんし、
生きてもいられません。

化石に残る原始的な生物は
すべて海棲(かいせい)生物で、
約5・4億年前のカンブリア紀の海で
爆発的に増殖したことも確かです。

しかし、だからといって、
生物の誕生にいたる有機分子の発生と
進化の過程もすべて水の中、
海の中であったとする根拠は
何もありません

化石で見つかった古い生物が
すべて海棲生物だからと言って、
その起源となる最初の生命の誕生
「海の中」の証拠にはならない。

なるほど。

でも、いつのころからか
「アミノ酸が多く浮かぶ
 スープのような海」
が生命誕生の舞台だと
思い込んでしまっている
どうしてなのだろう?

事実、こんな記述もある。

アミノ酸に富む
”チキンスープ”のような太古の海で
生命が発生
したと、
ほとんどの人は考えて、
海を模した水溶液中の
化学反応の研究を中心にしてきました。

 

では、なぜ、
海での生命誕生が疑わしいのか?
詳しい説明の前に、
サクッとこう提示している。

 後で述べますが、化学的には
海の中でアミノ酸などの
生物有機分子どうしが結合して
大きくなると考えるのは不自然
なのです。

多量の水の中では一般に、
結合よりも大きな分子の
分解反応が卓越します。

比熱の大きな
多量の水の中はつねに温暖で、
分子が相互に反応しなければならない
環境圧力もありません


「太古の海は生命の母」と考えるのは、
世界の常識とはいえ、
化学的にはおかしな仮定なのです。

生命を構成する原子や分子が、
アミノ酸やタンパク質を構成する配列で
分子となるためには、
構成原子や分子が
そこにあるだけではもちろんダメで、
化学反応を起こし、結合させるための
ある種の「圧力」が必要になる。

その「圧力」が温暖な海にはない。
むしろ逆で、海には、
分子を分解させる方向の力がある。

との指摘も直感的にreasonable。

 

こんな導入で始まった話は、
この後、地球の歴史を大きく観ながら
本論に入っていく。

そこで提示される
生命誕生に関わる大胆な仮説については、
簡単には要約できなので
説明は本に譲りたいが、
仮説の詳細に入る前にも、
興味深いエピソードが
いくつも紹介されている。

というわけで、
この本の話、もう少し続けたい。

 

 

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2017年7月 9日 (日)

駅馬車の御者の一生

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駅馬車の御者の一生

- 埋葬しようとして -

 

新聞を整理していたら、
ある本にあったエピソードを思い出した。

新聞記事の前に、
エピソードの方から紹介したい。

本は、
アイザック アシモフ (著)
星 新一 (訳)
「アシモフの雑学コレクション」 
    新潮文庫

(以下水色部本からの引用)

(アシモフが書いて
 星新一が訳している。
 もうそれだけでなにかありそうな
 予感がするが、残念ながら
 今日の話はそれとは関係ない)

さて、この本、
今で言うトリビアネタ満載。
出版は今から30年以上も前なので
今読むと、
更新の確認が必要なネタも
あったりするけれど・・・

その中の一節。

カリフォルニアの
ゴールドラッシュのころ、
チャーリー・パークハーストという
駅馬車の御者がいた。

危険のひそむ道を、
乗客や金をのせて運んだ。

葉巻を吸い、かみタバコも好み、
トランプも強く、酒も飲む。
馬車を襲った強盗を二人うち殺した。

やがて引退し、
サンタクルーズで牧場を持った。

まぁ、ここまでは
ゴールドラッシュ時代の
ひとりの成功者の話と読めば
特に驚くようなことはなにもない。

ところが最後はこう結ばれている。

1879年の大みそか、チャーリーが
自宅で死んでいるのが発見された。

埋葬しようとして、
女性だったことを、
人びとははじめて知った。

 

話は最初に戻るが、
このエピソードを思い出したのは、
この記事を目にしたから。

2017年6月19日朝日新聞一面

A170619_joshidai

「性同一性障害」の方の
女子大への入学について
議論されるところまで来た、とのこと。

「性同一性障害」や
LGBT(性的マイノリティ)への
社会的な理解は、ここ20年ほどで
ずいぶん大きく進んだ。

それでも
まだまだ不十分な点は多いのだろうが、
各国のニュースを見ていると
理解に対する追い風が吹いていることは
間違いない。

数のうえでは少数派であっても、
各人のあり方が、
そのままの形で受容される社会、
そういった多様性を認める社会が、
ほんとうの意味での
豊かさと強さを持つことになる。

金子みすゞさんの詩ではないが、
「みんなちがって、みんないい」
のだし。

ただ、社会的な認知度と
実際の存在数は、独立した事象だ。

もちろん、
「認知度」が高まれば
「カミングアウトしやすくなる」
といった点はあると思うが、
認知されたからと言って、
急に対象者が増えるような性質の
事象ではない。

同様に
社会的には全く認知されていなくても
その時代、その時代で
おそらくある一定数はいたはずだ

今から140年前。
チャーリーは、
どんな思いで一生を過ごしたのだろう?

 

 

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2017年7月 2日 (日)

5年前はホームレス

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5年前はホームレス

- 女性歌人の「住む場所」 -

 

雑誌「新潮」の2017年2月号に、
歌人の鳥居さんという方が書いた
「住む場所」という
2ページの短いエッセイが載っていた。
(以下水色部「新潮」からの引用)

 

私は二十代の女性だけれど、
 5年前はホームレスだった


というちょっと驚くような内容から
話は始まっている。

何も持たない私は、
一人で誕生日も成人式も過ごした。
一人は寂しいなあと思う。
誰かと親しくなろうと試みる。
そのたびに
「どこの馬の骨とも知れない人を
 信用できない」と疎まれる。

学歴もなく、人脈もなく、
履歴書に書ける
住所も緊急連絡先もない。

そんな私が今、
立派な文芸誌から寄稿依頼をもらい
エッセイを書いているなんて、
生きていると思わぬ未来に
辿り着くものだなあと思う。

不思議だ。

ひとりぼっちの5年前も心配だけれど、
いったい、この5年間に
鳥居さんには何があったのだろう。

いろいろなことが
あったであろうことは
想像に難くないが、意外にも
彼女自身はこのひと言で言い切っている。

ホームレスだった、あの頃と今。

たった五年の間に
私の身に何が起こったのだろうか。
そのじつ、たぶん、何もない。

きっと住む場所が
変わっただけ
なんだと思う。

題名の「住む場所」は、
ここから来ているのだろう。

「場所」とは「所」ではなく、
「世界」のこと。

世界が変わると価値観も変わる。
「本を読むこと」という
わかりやすい例で
世界の違いを述べている。

昔、住んでいた場所
(孤児院や里親家庭)では、
人とつきあわず
黙って文字ばかりの本を
読んでいることは
「あの子、何考えてるかわかんない」
「気色悪い」と言われる、
可愛げのない人物の象徴的行動だった。

今いる場所(文芸的世界)で、
私が本を読んでいても
「気色悪い」とは言われない。
それどころか、褒めてもらえる(!)。

もうひとつ、
別な例が添えてあるのだが、
こちらは対照的に過激だ。

しかし、ピストルの弾が、
どこでどのように取引されているのか、
相場価格がいくらか。
もし、そんな話を、
ここで精確に話せたとしても、
今ではもう、
誰も私を褒めてはくれない

(以前の場所なら、
 すこしは評価してもらえた
 話題だった。)

二十代の女性が
こんな例を挙げられること自体、
経験の凄まじさを感じさせる。

鳥居さんの歌は
「キリンの子 鳥居歌集」
KADOKAWA/アスキー・メディアワークス

という形で歌集として出版されている。

出版元のホームページを見ると、
鳥居さんについて、
以下のように紹介されている。
(以下緑色部HPからの引用)

三重県出身。年齢非公表。
2歳の時に両親が離婚、
小学5年の時には目の前で母に自殺され、
その後は養護施設での虐待、
ホームレス生活などを体験した女性歌人。

タイプすることすら、つらい。

それでも近年の
2012年 全国短歌大会 入選
2013年 路上文学賞 受賞

などがホームレス脱却の
契機になったようだ。

小中学校に
通えなかった自分と同じように、
何らかの事情で
学校に行けなかった人たちが、
再教育を受けられる社会になるように、
という願いをこめて、
セーラー服を着て活動している。

どんな歌を詠むのだろう。

上の歌集(受賞文学賞作品も含まれる)を
読んでみた。


 爪のない指を庇って耐える夜
  「私に眠りを、絵本の夢を」

凄絶ないじめの体験を詠んだ歌は
やはりつらい。

そんな中、
こんな目も持ち合わせている。

 サインペンきゅっと鳴らして母さんが
  私のなまえを書き込む四月

 目を伏せて空へのびゆくキリンの子
  月の光はかあさんのいろ

優しい、温かい歌もある。

でも、義務教育ですら
ちゃんと受けられなかった
過去の境遇を知って読むと、
やはり次のような歌が、
深く深く心に響く。

 慰めに「勉強など」と人は言う
  その勉強がしたかったのです

 

 

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2017年5月28日 (日)

能力の限界を決めるのは?

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能力の限界を決めるのは?

- 進化しすぎた脳と薬から見る体 -

 

池谷裕二 著
進化しすぎた脳
― 中高生と語る
  「大脳生理学」の最前線
(以下水色部は本からの引用)

から、
ここで「脳の柔軟性」について書き、
ここで「記憶」について書いたが、
本は、「心」や「言葉」など
幅広いテーマをカバーしながら
どんどん話題を展開していくので、
ちょっと厚めの400ページが
読んでいてもあっという間だ。

特に神経系の話は
分子レベルで語られているのに
たいへんわかりやすく、
アルツハイマー病に関する
最新の研究内容などは
かなりエキサイティングだ。
ただ、それらを短くまとめて
紹介するのは難しい。
興味のある方は、
是非本の方を読んでいただきたい。
お薦めだ。

というわけで、この本の紹介も
今日で最後にしようと思うが、
最後はこんな2つのトピックスを
選んでみた。

(1)進化しすぎた脳
雑誌「サイエンス」に載った
「水頭症」の人のレントゲン写真を
学生に見せて話を始めている。

上の写真は健常者の脳。
下は「水頭症」といって、
小さい時に脳に水がたまってしまって、
そのせいで脳の成長が
妨げられちゃっているんだ。

見ての通り、大脳が薄っぺらになってる。
ひどい場合だと、
大脳の体積は健常な人の
20分の1
にもなっちゃうんだ。

健常な人に比べて大幅に小さい脳。
そんな病気になってしまったら、
いったいどんな症状が
出てしまうのだろう?

その答は驚くべきものだった。

んで、「水頭症」の人は
どんな症状がでるかっていうと、
驚くべきことに
多くの患者はまったく正常なの


それどころか、中にはIQが126もあって、
大学の数学科で
首席を獲るほどの人もいた。

大人になった彼は
あるとき病院でたまたま検査を受けて、
そのときはじめて自分の脳が
健常な人の10%しかないことを
知った
んだよ。

そのくらい生活面では
周囲の人と差がなかった。

なんということか。

脳って、わずか10%の大きさでも
いいということなのだろうか?

もちろん、いつ欠損してもいい、
という話ではない。

ただ、現実的な話をすると、
大人になってから
脳を90%も削ってしまったら、
あきらかに障害が出てくるよ。

でも、この患者の場合は、はじめから
小さな脳として成長している
ので、
大きな脳と同じ機能を
発揮できているんだ。

とにかく、最初からの小さな脳は、
かなりのことをカバーできるように
なるようだ。

ある統計によると、
頭蓋骨の中の95%が空洞という
重症の水頭症でも、
ひどい障害が現れる人は
わずか10%に満たなくて

50%の人はIQが100を超えているという。

つまり、人間が人間らしくあるためには、
そんなにデカい脳なんか
持っている必要はないってわけだ。

著者池谷さんは、
人間の脳は「宝の持ち腐れ」とまで
言っているが、

何が重要かというと、
人が成長していくときに、
脳そのものよりも、
脳が乗る体の構造と
その周囲の環境が重要
なんだね。

日本人だって英語圏で育てば
英語を話せるわけで。

と脳の余力の価値を
捉えようとしている。

ということは、脳というのは
進化に最小限必要な程度の進化
を遂げたのではなく、
過剰に進化してしまった
と言えるのではないか。

進化の教科書を読むと、
環境に合わせて動物は進化してきた、
と書いてあるけど、
これはあくまでも体の話。

脳に関しては、環境に適応する以上に
進化してしまっていて、それゆえに、
全能カは使いこなされていない、
と僕は考えている。

能力のリミッターは
脳ではなく体
というわけだ。

能力の限界を決めるのは
脳ではないのだ。

 

(2)4000年前から薬はあった
講義の中で、
神経の仕組みを説明したあと
薬が効く仕組みの話をしているのだが、
その直後、池谷さんは、
「今のはウソ」と
自分の説明順序を否定している。

ここでは僕は、
神経の仕組みをまず説明してから、
薬がここに効いてるんだよ、
と言ってるけど、
そんなの本当はウソ。

なぜかというと、
神経の仕組みがわかったのは
ごく最近の話
でしょ。

だけど、それよりも前から
薬は使われていた。
そう考えてもわかるよね。

薬が神経に効くことが
わかるようになる前から、
薬はずっと存在していた
んだ。

神経がどんな仕組みで機能するのかが
わかる前から薬は存在していたのだ。

薬は世の中にすでにあった。
中国だったら漢方薬。
これは4000年くらい前から
あるわけだよね。

ああいう伝統薬が
なんで効くのかというのを
科学者が調べていった。
そしたら、何と行き着いたところが、
こういう仕組みだった、
というだけのこと。

 薬が効く、ということが
まず前提としてあって、
じゃあ、この薬は何をしているのか、
というふうに科学者は考えたんだ。

それを通じて体の仕組みが
理解されるようになった


それが正しい歴史的経緯で、
僕の講義とは逆の流れだね。

つまり、薬というのは
人体の解明に一役買ってきた、
一種の「科学のツール」
だったというわけ。

薬は、人体の仕組み自体を
解明するためにも役立ってきた
という事実。

こういう「薬を通して体を知る」
というのも
薬学部の大切な研究分野の一つだ。

薬と言うと、
病気に効くかどうかばかりに
目がいってしまうが、
なるほど、
こんな側面もあるわけだ。

 

人体という、
誰もが持っていながら、
その正体はまだまだわかっていない
謎の物体の解明。

脳から、薬から、
探検ルートはあちこちにある。

 

 

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2017年5月21日 (日)

記憶は正確じゃダメ

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記憶は正確じゃダメ

- ゆっくり学習することの意味 -

 

前回の、
「脳は体が作る」 に引き続いて、

池谷裕二 著
進化しすぎた脳
― 中高生と語る
  「大脳生理学」の最前線
(以下水色部本からの引用)

から、脳の話をもう少し続けたい。
題名通り中高生との対話で
話は進んでいく。

今日のテーマは「記憶」

 

こんな話から始まっている。

たとえば何かを見た時、見えたものを
パシャッと写真に撮ったかのように
覚えるというのは、
コンピュータだったらできることだが、
人間はそんなことをしていない。

それはどうしてなのだろう?

著者池谷さんは、
最初にこう言い切っている。

なんでかわかる?

記憶というのは正確じゃダメで、
あいまいであることが絶対必要。

「正確じゃダメ」
「曖昧であることが絶対に必要」

とは、どういうことだろう。

いくつかの例で考えてみると
はっきりしてくる。

たとえば僕は今日
この緑色のチェック柄の服を着てるね。
そしてこんな髪型だね。

もし記憶が完璧だったら、
次に僕と会ったときに、
着てる服が違ったり、
髪に寝癖がついていたりしたら
別人になっちゃうんじゃない。

写真のように覚える、とは
絵としては完璧でも、
特徴抽出はしていない、ということ。

そのことが伝わりきれてない、というか
イメージしきれていない学生さんから
こんな質問がでた。

100%そのままではないけど、
それでもやっぱり声色(こわいろ)とか、
そこまでは変わらないんじゃないですか。
顔の形とか・・・

まさに期待した質問。
池谷さんはすかさず答える。

そう、だから脳は
そういう特徴を抽出してるんだ。

完全に覚えるのでもなく、
また、完全に忘れちゃうんでもなく、
不変の共通項を記憶しているんだ。

洋服や髪型はもちろん、
時間経過による老(ふ)けや
後ろ姿にだって対応できる
人間の脳が持つ特徴抽出能力。

写真のような記憶では、
全く応用がきかない。

そういうときに
100%完璧な記憶というのは意味がない
だって、同じ状況というのは
もう二度とはこない
んだから。

環境は絶えず変化する。

だから、人間というのは
見たものそのものを覚えるんじゃなくて、
そこに共通している何かを
無意識に選びだそうとする。

特徴抽出の最もわかりやすい例は、
そう「文字」だ。

もっと端的な例では、文字がそうだ。
僕が黒板に書いた字は汚い。
でも、みんな読めるよね。

これだって、
「文字の特徴はこうだ」という
共通したルールがあるから
読める
んだよね。

 

リンゴだって、
よく見れば同じものは2個ないのに、
ちゃんと分類できているのは、
まさに特徴抽出ができているから。

リンゴって一個一個形が違うけど、
どれも〈リンゴ〉ってわかるでしょ


まさか、世の中に存在する
すべての〈リンゴ〉のパターンが
脳の中に完璧に準備されていて、
そのつど目の前にある現実の〈リンゴ〉と
照合しながら判新しているわけじゃない。

世の中のリンゴは多すぎる。

むしろ、脳の中にはきっと
リンゴのモデル〈理想のリンゴ〉があって、
ある最低の条件を満たせば、
いま見ているものをリンゴだと
判断できるようになっているんだと思う。

人間以外の動物はどうだろう。
写真のようにそのまま正確に覚えるのか、
特徴抽出して覚えるのか。

動物相手に実験していると
わかるんだけど、
下等な動物ほど記憶が正確でね
つまり融通が利かない。

しかも一回覚えた記憶は
なかなか消えない。

「雀百まで踊り忘れず」
という言葉もあって、
うわぁ、すごい記憶力だな・・・と、
一瞬尊敬に近い気持ちも
生まれるかもしれないけど、
そういう記憶は
基本的に役に立たない

思ってもらったほうがいい。
だって、応用が利かないんだから。

 

さて、特徴抽出しようとすると、
当然時間がかかることになる。

違う時間、違う環境での様子を
関連付ける必要があるからだ。

記憶があいまいであることは
応用という観点から重要なポイント。

人間の脳では記憶は
ほかの動物に例を見ないほど
あいまいでいい加減
なんだけど、
それこそが人間の臨機応変な
適応力の源にもなっているわけだ。

そのあいまい性を確保するために、
脳は何をしているかというと、
ものごとをゆっくり学習するように
している
んだよね。

学習の速度がある程度遅いというのが
重要なの、特徴を抽出するために。

(中略)

そのためには
学習のスピードがあまりにも速いと、
特徴を抽出できない

時間が必要な例をちょっと見てみよう。

たとえば、きみらが池谷という人間を
記憶する過程を考えてみようかな。

いま僕は正面を向いて立っているでしょ。
その姿だけを見て
「これが池谷」というのを
写真のように覚えちゃったとするでしょ。

そうすると、次に僕が右を向いたら、
その姿は別人になっちゃうよね。

そこで、
「右を向いた姿こそが池谷だ」と、
もう一回完璧に覚え直してもらったら、
こんどは右向きの姿だけが
池谷になっちゃって、正面姿は
違う人になっちゃうでしょ。
わかるかな。

ふたつの姿を結びつけるためには、
<記憶の保留>が必要なんだ。

つまり、正面姿の池谷を見ても
「これは池谷かもしれないけど、
 ここは判断を保留しておこう」。

そして、右を向いた池谷を見て
「ふ-ん、これも池谷なんだな。
 ということはさっきの正面姿との
 共通点は何だろうか」
とまたも記憶を保留する。

そうやって、ゆっくりゆっくり
脳は判断していく
んだ。
もちろん無意識にね。

もし、学習のスピードが速いと、
表面に見えている浅い情報だけに
振り回されてしまって、
その奥にひそんでいるものが
見えてこなくなっちゃうのね。

関連付けるための<記憶の保留>か。

スピードが速いと、
「表面に見えている
 浅い情報だけに振り回さ」れる。
なんだか、記憶だけの話とは
思えなくなってきた。

 

 

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2017年5月14日 (日)

脳は体が作る

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脳は体が作る

- 「進化しすぎた脳」から -

 

以前、 ブルーバックス2000タイトルの
記念小冊子

について書いたが、
そこで知った未読のブルーバックスから
何冊かを購入し、久しぶりに
ブルーバックスの世界を楽しんでいる。

そんな中から、今日は
この本について紹介したい。

池谷裕二 著
進化しすぎた脳
― 中高生と語る
  「大脳生理学」の最前線
ブルーバックス
(以下水色部本からの引用)

「ブルー」バックスの名に
挑戦するかのような真っ赤な表紙だが、
内容は極めてわかりやすく、
題名通り、中高生と語る、という
形式で話が進められていく。

基本的な脳の話から始まり、その後
心や記憶といった大胆なテーマにも
どんどん踏み込んでいく
かなりエキサイティングな展開と
なっているのだが、
一番最初の章で、
「脳」について
非常に大事な事実が
「ふたつ」提示されている。

今日はその部分についてのみ書きたい。

 

脳は、部位によって
担当する機能が違っている。

ある部分は視覚を、ある部分は聴覚を、
といった具合に機能が分かれており、
その研究と調査の歴史は
100年以上にもなる。

そしてその調査結果は、
脳における担当部分を表現する
「脳地図」という形でまとめられている。

さて、この脳地図を
体に障碍のある人の場合で見てみよう。

生まれながらにして
指がつながったままの人、
たとえば人差し指と中指が
つながったまま生まれる人が、
たまにいる。指が4本

そういう人の脳を調べてみると、
5本目に対応する場所がないんだ。

これは、たいへん重要なことを
意味している。

つまり、人間の体には
指が5本備わっていることを
脳が
あらかじめ知っているわけじゃなくて
生まれてみて指が5本あったから
5本に対応する脳地図ができたってことだ。

つまり、
脳には最初から「人差し指担当」
という場所があるわけでなく、
生れた時に人差し指があったから
その後、人差し指担当ができる
ということらしい。

つまり「後天的なもの」。

言ってみれば、脳の地図は
脳が決めているのではなくて
体が決めている
、というわけだ。

「体が決めている」は
何度も思い出したい言葉だ。

 

では、くっついていた
人差し指と中指を分離したら
どうなるだろう。

さらに訊くけど、指が4本の人が
生まれた後に分離手術して、
その結果、5本の指が自由になった。

さて、どうなるだろう?
司令塔である脳は、それまで
一本の指として認識していたわけだから
分離されても二本の指は
同じように動いてしまうのだろうか。

分離されてもその2本の指は、
同じ動きをする。
そう、多くの人がそう思ったんだ。

でも、ちゃんと
5本の指が別々に使えるようになった。

そして脳を調べてみたら、
わずか1週間後にはもう
5本目の指に
対応する場所ができてた
んだ。

この事実は
さきの後天性に加えて、
さらに重要な事実を提示している。

脳というのは一回地図ができ上がったら、
それでもう一切変わらないという
堅い構造ではなくて、
入ってくる情報に応じて
臨機応変に
ダイナミックに進化しうる
んだ。

 

シンプルながら、
事実からの強いメッセージだ。
上記二点、まとめておきたい。

(1) 脳地図は脳が決めているのではなく、
  体が決めている。

  体をコントロールする脳が
  最初にあるわけでなく、
  体のほうが、それらを
  「コントロールできる脳」を作る。
  
(2) 一度完成した脳地図も
  体が変化するとそれに応じて
  変化する。
  固定しているわけではない。

脳の柔軟性と拡張性の秘密は
こんな基本機能に
支えられているようだ。

この脳を舞台に、
話はどんどん面白くなっていく。
この本の話、もう少し続けたい。

 

 

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2017年5月 7日 (日)

どちらがウラか

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どちらがウラか

- 紙が貴重品だったから -

 

前回に引続き、

 大隅和雄 著
 中世の声と文字
 親鸞の手紙と『平家物語』
 シリーズ <本と日本史> 3
   集英社新書

から、もうふたつ興味深い
エピソードを紹介したい。

 

【仮名文字の始めの頃】

平安時代中期以降、文字に親しむ人々は、
心に思うことを伝えるために、
手紙を書くようになった

『源氏物語』の中に、
京に上った明石の君が母の尼とともに、
明石に残った父の入道に
近況を知らせる手紙を送る場面がある。

入道は明石の君への返事の中に、

 仮字文(かなぶみ)見たまふるは
 日の暇(いとま)いりて、
 念仏も懈怠(けだい)するやうに
 益(やく)なうてなん、
 御消息(せうそこ)も奉らぬを。
          (若菜 上)

(仮名の手紙を拝見するのは、
 時間がかかって、そのために
 念仏も怠るようになるので、
 御消息もさし上げませんよ)

と記したとある。
女性の手紙は
仮名文字で綴られているので、
読むのに時間がかかり、
念仏の行の妨げになる
という。

漢字で書かれていれば、
一見すれば何が書かれているかわかるが、
当時は仮名文字だけの文章には
句読点も濁点もなく、
音便の表記もまちまちだったので、
日々仏典に接している入道にとっては、
仮名文を読むのは大変だったに違いない。

仮名文字は読むのに時間がかかる。
漢文の方が
読みやすかった時代があった
わけだ。

 

【紙が貴重品だったから】

 平安・鎌倉時代、
公的な文書は漢文で書かれた。

太政官や摂関家から出される
さまざまな文書、
寺院の経営に関する文書、
田畑の譲渡や売買の書類など、
権利の証文として必要なものは
大切に保管され、代々受け継がれたが、
私的なこと、
日常生活のことを書いた手紙が
永く保存されることはなかった


貴族の女性は仮名文字で、
数多くの手紙を書いたと思われるが、
公的なことに関わりのない女性の手紙が
後世に伝えられることはなかった

ところが、藤原為房の妻の手紙は
43通も残っている。

それは、なぜか。

紙をめぐる時代的背景が
大きく関わっている。

ただ、当時は紙が貴重であったから、
保存の必要のない手紙を集めて、
裏に本を写すことがしばしば行われた


そのため、藤原為房の妻の手紙43通も、
比叡山の僧房で、
仏典を書写する料紙として用いられ、
青蓮院に残ったのである。

紙が貴重だったので、
手紙のウラが
仏典を書写するために使われた。

その仏典が残ったために、
偶然、
ウラの手紙が一緒に残ることになり
仏典と一緒に発見された。

こうなるとどちらがウラか
わからなくなってしまうが、
何が幸い(?)するかわからない。

紙というブツ(物)があればこその
エピソードだ。
デジタルデータではこうはいかない。

オモテがウラになり、
ウラがオモテになる。
ブツの価値はその瞬間には定まらない。

いろいろな面に光を当てて見せてくれたのは、
ブツが残った、その長い長い時間だ。

 

 

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2017年4月30日 (日)

「中世の声と文字」

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「中世の声と文字」

- 学問から宗教へ -

 

遺跡や書物は、歴史を考えるときの
大事な資料や証拠となるが、
残念ながらそこに「音」は残っていない。

文字や楽譜は残っていても音はない。

 吉松隆 著
 調性で読み解くクラシック
   ヤマハミュージックメディア

にもこんな記述があった。

世界中のあらゆる時代あらゆる地域で、
「音楽」はそれぞれの形で
豊饒な文化を築いている。

ただし、残念ながら音楽は
化石や古文書のように
発掘されることはない
ので、
音そのものは想像するしかない。

それはもちろん
「声」についても同じこと。

 

その、当時の「声」を
親鸞の手紙と
琵琶法師によって語り継がれた
「平家物語」を題材に
考えてみようという

 大隅和雄 著
 中世の声と文字
 親鸞の手紙と『平家物語』
 シリーズ <本と日本史> 3
   集英社新書

を読んだ。
(以下水色部本からの引用)

もともと親鸞についても
平家物語についても、
中高の教科書以上の知識がないので
知らないこと満載で、その内容は
興味深い話の連続だったのだが、
途中から

なお、『平家物語』の引用には、
注をつけることにして、
敢(あ)えて現代語訳は省いた
中世の人々が
琵琶法師の声で聞いた文章の律動を、
そのままのかたちで味わって頂きたい。

という著者の意図のもと、
現代語訳がなくなってしまったのは、
古文オンチの私にとっては辛かった。

「文章の律動」を味わう余裕がない。

そういう意味では、読み終えても
本の趣旨というか、
肝心な部分が味わえていない
後(うしろ)めたさが残る。

とはいえ、浅い読者は浅いなりに
発見や考えさせられることもあったので、
きょうは、その一部を紹介したい。

 

まずは親鸞との語り合いと手紙の話から。

親鸞が東国にいて、門前たちと語り合い、
念仏道場でともに
念仏を唱えていたときには、
親鸞の信心と数えは、
親鸞の立ち居振る舞いを通じても、
自然に伝わっていった


しかし、その親鸞が東国を去った後、
残された人々は、
念仏を唱えて語り合うだけでは心もとなく、
心に浮かんでくる疑問に、
決着を付けることが
できないと思うようになった。

 そこで、門弟たちは、
手紙を書いて教えを乞う
ようになった。

距離が手紙を生んだわけだが、
手紙には距離を埋める以外の
大きな作用があった。

親鸞の返信を受け取った門弟は、
その手紙を道場の人々に見せ、
声を上げて読み聞かせ、
字のかける門弟の中には、
書写して
信心の拠り所とする
者も少なくなかった。

親鸞の手紙は現在43通が知られていて、
その中で11通は、真蹟とされている。

750年前の手紙が、
もとのまま11通も残っている
というのは
驚くべきことであるが、
それらの手紙は、親鸞の最晩年のもので、
京都に帰った60代前半にも
文通はあったに違いないが、
手紙は残っていない。

750年も前の手紙が11通も残っている、
という事実には確かに驚くが、
ここでの印象的なシーンは、
「声を上げて読み聞かせ」と
「書写して信心の拠り所」の部分。

手紙が、
個人対個人のやり取りに留まっていない。

東国の門弟たちは、
親鸞の手紙を大切にして、
写本を作って回読し、道場で
読み上げることもあったと思われる。

そうした中で、
手紙を集めた本が教典として
用いられることになった。

信心に関する質問に対して、
親しみ深く語りかけるような親鸞の返事は、
質問を的確に、深く理解した上で、
易しいことばで綴(つづ)られていたから、
消息集は門弟たちにとって、
かけがえのない教典となった


門弟たちは消息集を読んで、
師の面影を偲(しの)び、
師の声を聞くかのようなことばを
反芻するようになったのである。

親鸞との手紙が、
親鸞の教えの広がりに
独特な力をもっていく。

手紙を中心にした変化、だ。

 消息集が教典になったことは、
先進的な外来文化として伝来した仏教が
「漢訳仏典の学問」から、
信心を中核とする「宗教」に変じた
ことを、
何よりも的確に表わしていると思われる。

 突飛な比較と考えられるかも知れないが、
『新約聖書』は
27の資料からなっているが、
四部の福音書と
「使徒行伝」「ヨハネの黙示録」
の六篇の他は、
21通の手紙が収められており、
資料の数からいえば、
全体の4分の3は手紙である

キリスト教の教義の中核もまた、
手紙で述べられている
ということになる。

なるほど。
教典における「手紙」は
単なる表現の一形式として
採用されたものではなく、
「実績」に基づく
採用だったのかもしれない。

人々の心に届く、実手段として
大きな影響力を持ったという「実績」に。

特に識字率が高くなかった時代には、
「声を上げて読み聞かせ」るという
共有方法がその背景にあったことも
見逃せない。

「学問」から「宗教」に。

具体的な音は聞こえないけれど
確実に存在した「声」の存在が
「教典」に命を吹き込んでいるような
そんな気さえしてくる。

この本の話、もう少し続けたい。

 

 

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2017年4月16日 (日)

宮ザワザワ賢治

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宮ザワザワ賢治

- 擬態語の音とイメージ -

 

ロジャー・パルバース著
「英語で読み解く賢治の世界」
岩波ジュニア新書

を読んでいたら、
宮沢賢治の詩「雨ニモマケズ」の一節
「オロオロアルキ」の英訳の解説に
こんな部分があった。
(以下、水色部、本からの引用)

オロオロアルキ(he plods about)

オロオロ,ドシドシ,
ザワザワというように,
日本の「擬音語・擬態語」(オノマトピア)は,
音を繰り返すものが多い
です.

「オロオロ」のようなオノマトピアを使って
この詩を見事に書き上げた賢治を,
ぼくは「宮ザワザワ賢治」と名づけたいです.

 もちろん英語にも,
ticktock
   ([時計などの]カチカチという音])
hanky-panky
   (いんちき,ごまかし,
    いかがわしいこと)
namby-pamby
   (男らしくない,なよなよした)
dilly-dally
   ([決心がつかず]ぐずぐずする,
    心がぐらぐらする)
といった音を繰り返すオノマトピアが
少なからずあります.

しかし,英語においては,
ラテン語源の多音節の単語ではなく,
アングロサクソン語源の1音節の単語が
オノマトピアとして使われることが
はるかに多い
のです.

 plodはまさにそんな単語の1つです.

この語は,
「慎重に.苦労して,ゆっくり前に進む」
(to go forward slowly
 with effort or difficulty)
という意味があります.

plodderは,
「こつこつ働く人 地味な努力家」

(someone who persists, little by little,
 through effort and will power)です.
「がんばり屋」がいちばん近いと思います

「オロオロ」を直訳すれば,
to be flustered
  (このflusterもオノマトピアです)か,
to be at a loss for what to do
  (ぼうっとする,茫然自失する)
ぐらいになるかもしれません.

ここでは,to plodにaboutを付けて.
「目的もなく(aimlessly),オロオロ歩く」
という感じを出しました。

plod、
意味を知ったうえで
イメージしようと思っても、
音だけで「オロオロ」をイメージするのは
やはり私の英語力のレベルではむずかしい。

そういえば、パルバースさんご自身が
ラジオで宮沢賢治の詩と擬態語について
話をしていた記憶がある。
ちょっとPCの中を探してみよう。

発見! 2009年の録音だ。

関連するところをちょっと聞いてみたい。

(以下、薄緑色部
 2009年5月17日
 NHK「ラジオ深夜便」
の録音から。
 文字は要点のみ)

(擬態語は)
むしろ英語の方が多いのではないかと。

ただね、その同じような形をとらない。
つまり、ザワザワとかね、
音が繰り返されるような単語って
たくさんありますけれど英語にも、
もちろん日本語ほどの、百分の一くらいです。

ただ、
ひとつの単語の中に入っているのが多いンです。
それが全く擬態語だということです
ね。

たとえば

「とぼとぼと」 hobble
「よろよろと」 wobble

hobble,
wobble,
plodよりも擬態語っぽいが、
それでもまだまだむずかしい。

 

もう少し見てみよう。

賢治の「注文の多い料理店」の一節、
一文に擬態語が四つも出てくる箇所がある。

日本語はこれ。
風がどうと吹いてきて、草はざわざわ、
 木の葉はかさかさ、
 木はごとんごとんと鳴りました


パルバースさんは以下のように訳している。
どれも一単語による擬態語とのこと。

「どうと」「ざわざわ」「かさかさ」
「ごとんごとんと」に注目して、
ご本人の英語による朗読を聞いてみてほしい。

The wind bellowed
The grass swished
The leaves rustled
And the trees rumbled low.

繰り返し聞くと、少し見えてきた...かな?

もちろん日本語の擬態語だって、
「かさかさ」のように
繰り返すものばかりではない。

「ぽっかり」とか
「ふんわり」とか
「こっそり」とか
「きょとんと」とか。

でも、どれも聞いた瞬間
「ふわっと」イメージが浮かぶ。

いったい、いつ、
どうやって身につけた感覚なのだろう。

どう考えても
「rustle」よりも「かさかさ」のほうが
木の葉の音をうまく表現しているように
思えてしまうのだが。

言葉が身につく、というのは
不思議なことだ。

逆に言うと、英語の音による感覚が
いかに身についていないか、を痛感する
エピソードのひとつでもあるけれど。

 

 

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2017年4月 2日 (日)

生きることは「出会うこと」

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生きることは「出会うこと」

- 寺山修司さんの言葉 -

 

4月、
進学、就職を始め門出の季節だ。

 

以前、米国ボストンで
ステューディオ(Studio)と呼ばれる
ワンルームタイプの部屋を借りて、
6月から10月までを過ごしたことがある。

ハーバード大学や
マサチューセッツ工科大学(MIT)など
多くの名門校をかかえる
学園都市ボストンだけでなく、
9月が新学年となる米国では、
8月後半になると
Back to School Saleと呼ばれる
新学期前のセールを
町のあちこちで見かけるようになる。

そして9月、
長い夏休みも終わり、
一斉に新学年が始まる。

一斉に始まるのだが、ボストンでは
新学年が始まった途端に
ドンドン寒くなっていく。
10月になると息が白くなる日もある。

新しいことが始まったのに
ドンドン寒くなっていく。
これはどうもよくない。
「寒かったり」
「雲が多くて暗かったり」の日々が続くと
どうも気分が上向きにならない。

逆に、日本では、新学年開始以降
ドンドン暖かくなっていく。
日本の「4月始まり」っていいものだなぁ、
と改めて思った記憶がある。

地域によって時期の前後があるとは言え、
4月5月は、満開の桜が
始まりの季節を祝ってくれる所も多いし。

 

さて4月、
「若い人に送る」と言うとジジくさいが、
歳をとっても、
なぜかこの季節になると思い出す
ある言葉がある。

寺山修司さんが
「ぼくが狼だった頃」に書いていた言葉。

生きることは「出会うこと」です。
それをおそれて一体何が
はじまるというのでしょう、


旅をしてみる、
新しい歌をおぼえてみる、
ちょっと風変わりなドレスを着てみる、
気に入った男の子とキスしてみる、
寝てみる、失恋もしてみる、
詩を書いてみる-

一つ一つを大げさに考えすぎず、
しかし一つ一つを
粗末にしすぎないことです

若い人に出会いを推奨する言葉は
いろいろな形で耳にするが、
この言葉が特に気に入っているのは、
最後の一行。

「一つ一つを大げさに考えすぎず、
 しかし一つ一つを
 粗末にしすぎないことです」

春、
「人」でも「モノ」でも「コト」でも
いろいろな出会いがあることだろう。
「大げさに考えすぎず」
でも、どれも「粗末にしすぎない」、
そんな姿勢で臨みたい。

生きることは出会うこと。
新年度、
いい出会いがありますように。

 

 

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