映画・テレビ

2024年1月14日 (日)

チャイコフスキー:交響曲「悲愴」の第4楽章

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チャイコフスキー:交響曲「悲愴」の第4楽章

- 聞こえてくるメロディはどこに? -

 

Eテレのクラシック音楽の番組
「クラシックTV」
が番組初の公開収録として

クラシックTV
スペシャル 公開収録
「パワー・オブ・オーケストラ」


を昨年末に放送していた。
(初回放送日:2023年12月28日)
その中で、

チャイコフスキー作曲
交響曲第6番「悲愴」第4楽章


を取り上げていたのだが、その内容が
たいへんおもしろかったので、
今日はその部分を紹介したい。
(なお、貼ってある演奏は番組から。
 東京フィルハーモニー交響楽団
 円光寺雅彦(指揮)によるもの)

まずは、チャイコフスキー作曲
交響曲第6番「悲愴」第4楽章から
冒頭の2小節のみお聴き下さい。

(A) チャイコフスキー作曲
交響曲第6番「悲愴」第4楽章
冒頭の2小節のみ
オーケストラ全体演奏

美しいメロディだ。

この部分、
1stバイオリンと2ndバイオリンの譜面は
こうなっている。

Sym64as

それぞれパート別に弾いてもらおう。
譜面を見ながらどうぞ。

(1) 1stバイオリンのみ


(2) 2ndバイオリンのみ


(1)と(2)を何度聞いても
(A)のメロディーが聞こえてこない。

では、(1)と(2)を同時に演奏してもらおう。

(3) 1st & 2ndバイオリン

公開収録ゆえ、会場のお客さんが
驚きでどよめいているのがわかる。

Sym64bs

どうしてそうなるのかよくわからないが、
聞いているほうが勝手に
譜面の黄色丸の音を繋げて
メロディとして認識しているのだ。

総譜(スコア)を見ると同じ構造が
ビオラとチェロの間にもある。

64cs

再度、スコアを見ながら
全体演奏をどうぞ。

(A) チャイコフスキー作曲
交響曲第6番「悲愴」第4楽章
冒頭の2小節のみ
オーケストラ全体演奏


まさに、魔法をかけられたようだ。

 

 

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2023年11月12日 (日)

バコーンってビッグになる

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バコーンってビッグになる

- 菅原小春さんの言葉 -

 

録画したTV番組を見ていたら
印象的な言葉に出会ったので
今日はそれを残しておきたい。

番組は、毎週3人のゲストが
司会を介さずにトークを展開する
「ボクらの時代」

「ボクらの時代」フジテレビ
2023年10月29日放送
菅原小春×森山未來×関口メンディー

(以下水色部は放送からの文字起こし)

ダンサーとして大活躍の3人。

私は普段、ダンスを積極的に
見る方ではないのだが、
ナン年か前、偶然TVで見かけた
たったひとりの踊りに、
思わず釘付けになってしまったことがある。

「えっ!いったい誰?この人」
その時、初めて知った名前が
「菅原小春」だった。

最初の衝撃が大きかったせいか、以降
自分の中ではちょっと特別な存在に。
その後も、世界的な活躍の話を聞く度に
「さすが、菅原小春さん」
と妙に嬉しい気分になっていた。

その菅原さんが、
ダンスなしにトークだけで登場。

芸能界デビューへのきっかけを
こんなふうに語っていた。

「小6の時に、
 それこそここら辺の原宿で
 スカウトとか
 いっぱいあったんですよ。
 今、どうなんですかね?」

「今もあると思う」

「そん時、当時、
 一回こうやって歩いたら
 7個くらいから・・・」

「すごい、私芸能人になれる!
 と思って。
 芸能人になれる!

 で、すっげぇ上からなんですけど、
 選ばせてもらって、
 スターダストさんに
 入ったんですよ」

「へぇ、えっ、はいったの?」

原宿でスカウトされ大手芸能事務所に。

小6で、歩いているだけで
7箇所から声をかけられるくらいだから
当時から独特なオーラがあったのだろう。

そんな菅原さん、
入った事務所の演技レッスンを
どんな気持ちで受けていたのか。
今日、書き残したかったのは
こんなかっこいい菅原さんの言葉だ。

「入って演技レッスンに行った時に、
 なんか子どもたちが頑張って
 なんか、
 これを覚えることによって、
 大人たちを喜ばせなきゃ

 っていうのが、感じちゃって。

 もし自分が
 バコーンってビッグになるなら
 この大人の人たちを
 ギャフンて言わせないと・・・

 でもそれは、私はこれを覚えて、
 じゃないんだな、って思って

 やめて・・・」

菅原さんにしか表現できない
独特な踊りの世界を切り拓き、
まさに大人たちをギャフンと言わせて、
バコーンってビッグになった菅原さん。

「私はこれを覚えてじゃないんだな」
って思えるなんて。
ビッグになる人は最初から違う。
まさに「さすが、菅原小春さん」。

 

 

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2023年8月27日 (日)

あそこに戻れば大丈夫

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あそこに戻れば大丈夫

- 財産とはまさにこういうもの -

 

二回続けて、2003年に放送された
テレビドラマ「すいか」について
書いてきたが、もう一回だけ書いて
一区切りとしたいと思う。

冒頭部、DVDと
書籍化された脚本の紹介部分は
前回と同じ。
繰り返しの掲載、ご容赦あれ。
(前記事との重複部分は読み飛ばしたい
 ということであれば
 ここをクリック下さい)

=+=+=+=+=+=+=+=+=

夏になると
木皿泉さんの脚本で放送された
テレビドラマ「すいか」を
見返したくなる。
主演は小林聡美さん。

放送は2003年の夏だったので
もう20年も前のドラマということになるが、
今でもブルーレイやDVD-BOXが
On Sale状態なのは、
ファンとして嬉しい限りだ。

三軒茶屋にある
賄いつきの下宿「ハピネス三茶」を舞台に
そこに住む四人の女性を中心に描かれる
小さな物語。

小林聡美さん、ともさかりえさん、
市川実日子さん、浅丘ルリ子さん
が四人をみごとに演じている。

当初シナリオブックも出たが、
たった3千部だったらしく、
手に入れるのが難しかった。
ところがその後、
河出書房新社からの文庫で再発売となり
今は入手可能。2巻構成。

木皿 泉 (著)
すいか
河出文庫

(以下水色部、本からの引用)

Kindleでは「合本版」もある。

=+=+=+=+=+=+=+=+=

今日は、上の脚本本「すいか2」にある
「文庫版あとがき」を紹介したい。

前回も書いた通り、
「木皿泉」というのは実際にはご夫婦で、
共同執筆。
「二人」「私たち」
という言葉を使っているのは、
そのせいだ。

執筆時をこんな風に振り返っている。

けっして若くなく、
書く仕事だけでは食べてゆけず、
魚を売ったり
コーヒー豆を売ったりする
パートに出ていた。

いつもお金はなく、
名前も知られず、野望もなく、
二人でしょーむない話をしては
ゲラゲラ笑い
お金にならない話を考えては
二人で褒めあい
本をよく読み、ビデオを観て、
食べたい時に食べたい物を食べ、
眠りたい時に眠っていた。

経済的にはともかく
精神的に豊かな時間を
過ごしていたことはよくわかる。
だからこそ
あんな脚本が書けたのであろう。


私たちは、とっくに、
こうあらねばならない、
というものを捨てていた


フツーでないことに、
少し焦りもしていた。
でも、自分たちが
おもしろいと思うものは、
けっして手ばなさなかった。

「すいか」を読み返すと、
その時の私たちの生活や
考えていたことが立ち上ってくる。

こんな台本、もう書けないと思う

いまだに人に会うごとに
「『すいか』観ましたよ」と
声をかけてもらえるらしいが、
そういったヒットは
これまでにない制約を
課してくる面もある。

ケンカっぱやくて、
書くのが遅いのは昔のままだが、
今は木皿泉という名前が少し売れて、
売れればその期待を背負わねばならず、
「すいか」を書いていた時のように
全てのものから
解放されることはもうないだろう

それでも木皿さんは、
次のような素敵な言葉で
この作品を位置づけている。

52歳と46歳の私たちに、
コワイものなど何ひとつなかった。
これは私たちの財産だ。
何があっても、あそこに戻れば
大丈夫と今も思っている。

そう、創作に限らず、
人生における財産とは
つまりはこういうものなのでは
ないだろうか。

「あそこに戻れば大丈夫」
と思えるものがあることの
なんと心強いことよ。

 

 

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2023年8月20日 (日)

食べるものを恵んでもらおう、という決め事

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食べるものを恵んでもらおう、という決め事

- 木皿泉さんの脚本裏話 -

 

今回も、2003年に放送された
テレビドラマ「すいか」について
書きたいと思う。

冒頭部、DVDと
書籍化された脚本の紹介部分は
前回と同じ。
繰り返しの掲載、ご容赦あれ。
(前記事との重複部分は読み飛ばしたい
 ということであれば
 ここをクリック下さい)

=+=+=+=+=+=+=+=+=

夏になると
木皿泉さんの脚本で放送された
テレビドラマ「すいか」を
見返したくなる。
主演は小林聡美さん。

放送は2003年の夏だったので
もう20年も前のドラマということになるが、
今でもブルーレイやDVD-BOXが
On Sale状態なのは、
ファンとして嬉しい限りだ。

三軒茶屋にある
賄いつきの下宿「ハピネス三茶」を舞台に
そこに住む四人の女性を中心に描かれる
小さな物語。

小林聡美さん、ともさかりえさん、
市川実日子さん、浅丘ルリ子さん
が四人をみごとに演じている。

当初シナリオブックも出たが、
たった3千部だったらしく、
手に入れるのが難しかった。
ところがその後、
河出書房新社からの文庫で再発売となり
今は入手可能。2巻構成。

木皿 泉 (著)
すいか
河出文庫

(以下水色部、本からの引用)

Kindleでは「合本版」もある。

=+=+=+=+=+=+=+=+=

今日は、上の脚本「すいか2」にある
「あとがき」を紹介したい。

ドラマのセリフにはなかった
脚本家「木皿泉」さんの声だ。

そうそう、「木皿泉」というのは
実際にはご夫婦で、共同執筆。
「私たち」という
一人称を使っているのは、そのせいだ。

「すいか」を書くにあたって、
私たちだけの密かな決め事があった。

それは、毎回、誰かに食べるものを
恵んでもらおう
という事である。

刺し身のトロに始まって、ケーキ、
豆腐、桃、メロン、米、松阪牛、
饅頭、松茸。

ハピネス三茶の住人は、
かくも様々な食べ物を
人様(ひとさま)から
分けていただいてきた。

 昔は、到来物があると、
近所に配ったり
配られたりしたものである。が、
いつの間にか、見ず知らずの人に
食べ物を分けてもらうのは、
どこか気の重い事に
なってしまったようだ。

なんておもしろい「決め事」だろう。
「食べ物を恵んでもらう」なんて。
改めて気をつけて見てみると
確かに、いろいろな食べ物が
うまく組み込まれている。

「すいか」は、ハピネス三茶という
下宿の中だけで繰り広げられる、
それこそ閉じられた世界のドラマだが、
だからこそ、
どこかで世間とつながっている事を
描いておきたかった。

ある時は、拾い物であったり、
おすそ分けであったり、
押しつけられたものであったり、
失敬してきたものであったり、と
様々な形ではあるが、
外から食べ物がやってきて、
それを住人たちは何のためらいもなく
口にする


そういうふうに、
世間とちゃんと
つながっている人たちを描こう。
これが二人で決めた約束事だった。

そもそも賄い付きの下宿を
舞台にしているため、ドラマでは
一緒に食べるシーンや料理、
大きなテーブルが
効果的に使われている。

それに加えて、到来物を
自己ルールとして設定していたなんて。

「もらう」、「皆で分ける」、
そこには金銭による交換や分配にはない
特別な人の繋がりがある。

ゴリラの生態を通して
「円くなって向き合いながら
一緒に同じものを食べる」ことの意味を
人類学者の山極壽一さんが
語っていたことを、以前
「円くなって穏やかに同じものを食べる」
に書いた。

その記事の最後の部分を引用したい。

そう言えば、
故郷の「」という字は、
ふたりが食物をはさんで
向かい合っている様子
」を
表している、と聞いたことがある。
確かによく見るとそんな形、
構成になっている。

そこにある「音」が「響」であり、
そういった
飲食のもてなしが「饗」であると。

「円くなって向き合いながら
 一緒に同じものを
 穏やかに食べられる場所」
それがまさに、ふるさと(故郷)。

食べるものを通じて
「ハピネス三茶」は
住人にとっての
まさに故郷になっていった。

 

 

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2023年8月13日 (日)

ドラマ「すいか」のセリフから

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ドラマ「すいか」のセリフから

- そんな大事なものをたった三億円で -

 

夏になると
木皿泉さんの脚本で放送された
テレビドラマ「すいか」を
見返したくなる。
主演は小林聡美さん。

放送は2003年の夏だったので
もう20年も前のドラマということになるが、
今でもブルーレイやDVD-BOXが
On Sale状態なのは、
ファンとして嬉しい限りだ。

三軒茶屋にある
賄いつきの下宿「ハピネス三茶」を舞台に
そこに住む四人の女性を中心に描かれる
小さな物語。

小林聡美さん、ともさかりえさん、
市川実日子さん、浅丘ルリ子さん
が四人をみごとに演じている。

当初シナリオブックも出たが、
たった3千部だったらしく、
手に入れるのが難しかった。
ところがその後、
河出書房新社からの文庫で再発売となり
今は入手可能。2巻構成。

木皿 泉 (著)
すいか
河出文庫

(以下水色部、本からの引用)

Kindleでは「合本版」もある。

とにかくシナリオがすばらしいので
名セリフを紹介し始めると
キリがないのだが、
まさに独断と偏見で
3つのシーンだけ
特別にピックアップして紹介したい。

 

(1)
響一という22歳の男性が
モモちゃんという女性の誕生日に
大きなケーキを用意する。
ところが、あっさりフラれてしまう。

ケーキの処分に困った響一は、
女性が多い「ハピネス三茶」でなら
食べてもらえるのでは、と
ケーキを持って「ハピネス三茶」に
やってくる。

ケーキの行き先は決まったものの、
添えていたバースディカードの方は?

響一は「ハピネス三茶」の庭に
穴を掘って埋めることにする。

うずくまる響一の背中から
住人のひとり、大学教授の夏子が
そっとシャベルを差し出し
語りかける。

夏子「これ(使えば?)」
響一「あ(頭を下げて、受け取る)」
夏子「(埋めるのを見ている)
   もっと深い方がいいんじゃない」
響一「(掘る)あのー、
   こんな所に、こんなもの、
   埋めちゃっていいんでしょうか」

夏子「どうして?
   ここに住んでた人は、
   皆そうしてきたわよ」
響一「そうしてきたって?」
夏子「忘れたい物は、
   みんな埋めていいの

   伝ちゃんだって - 」

響一「伝ちゃんって、
   間々田さんですか?」
夏子「(頷く)伝ちゃんだって、
   泣きながら、土、
   掘ってた事あったわよ」

(中略)

夏子「(ニッと笑う)学生ン時から
   住んでるのよ、私。
   大人になって、皆、
   ここを出て行ったけど、
   私だけ、ずっと、ここに居るの。
   時間の止まった
   吸血鬼みたいでしょう?
   (埋めおわった所をトントン踏む)
   ハイ、終わり!
   ほら、アナタも踏んで」
響一「(も踏みつつ)
   -オレだけじゃないんだ。
    埋めたの」

夏子「みんな、
   何かしら埋めて生きてるもんです


響一「(少し笑う)」

夏子「安心して忘れなさい。
   私が覚えておいてあげるから

確かに皆、
「何かしら埋めて生きてるもん」だ。

でも、それに対して、
「安心して忘れなさい。
 私が覚えておいてあげるから」
と言ってくれる人がいることの
なんとあたたかいことよ。

 

(2)
信用金庫のOL基子 34歳 独身。
基子の同僚 馬場チャンは、
信用金庫から3億円を横領して逃亡中。

逃亡中ではあるが、基子が住む
賄いつきの下宿「ハピネス三茶」を
ちょっと覗いたあと、
川原で基子とこっそり会う。

馬場チャン
  「ハヤカワの下宿、行った時さ、
   梅干しの種見て、泣けた
基子「梅干しの種?」

馬場チャン
  「朝御飯、食べた後の食器にね、
   梅干しの種が、それぞれ、
   残ってて - 
   何か、それが、
   愛らしいって言うか
   つつましいって言うか - 
   あ、生活するって、
   こういうことなんだなって、
   そう思ったら、泣けてきた

基子「そんな、おおげさだよ」

馬場チャン
  「全然、おおげさじゃないよ」
基子「 - 」

馬楊チャン
  「掃除機の音、
   ものすごく久しぶりだった。
   お茶碗やお皿が触れ合う音とか、
   庭に水をまいたり、
   台所で何かこしらえたり、
   それ皆で食べたり -
   みんな、私にないものだよ」
基子「 - 」
馬場チャン
  「私、そんな大事なもの、
   たった三億円で
   手放しちゃったんだよね

基子「 - 」

逃亡生活を続ける馬場チャンが
目にした生活の風景、音。

なにげない日常の、
ごくこく普通の生活のその愛おしさを
こんなにうまく表現できるなんて。

そぉ、
「生活するって、こういうことなんだ」

 

(3)
馬場チャンのひと言に基子はこう返す。

馬場チャン
  「(ため息)また、
   似たような一日が始まるんだね」

  基子、振り返る。

基子「馬場チャン、
   似たような一日だけど、
   全然違う一日だよ

我々は、繰り返す日常を
どうして「似たような一日」と
思ってしまうのだろう。
同じ時間は、二度とないのに。

似ていたとしても、
実際には「全然違う一日」なのだ。

「全然違う」そう思いながら
新たな一日を、毎日を、
楽しみたいものだ。

 

 

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2023年6月18日 (日)

人生やらなかった事の方が

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人生やらなかった事の方が

- 深夜ドラマのセリフから -

 

少し前の話になるが、
5月の大型連休明けのころ
新聞のTV欄を見ていたら
こんな文字が目に飛び込んできた。

Kashimashi


「初のシュクメルリ」

シュクメルリとは、
ニンニクと鶏肉を使った
伝統的なジョージア料理の一つ。
実は、つい先日
「フメリスネリ」という本場の
ドライミックススパイスが手に入ったので
自分で作ってみたばかりだったのだ。
まさに私にとっての
「初のシュクメルリ」の直後。

おもわぬ偶然に
思わず「えっ!」と声をあげてしまった。

そもそも、日本ではめったに目にしない
ジョージア料理の名前が
深夜ドラマのタイトルになっているなんて!

これは何か
新情報・珍情報があるかもしれない。

初めて見るドラマだったが、
「目的はシュクメルリ」に絞って見てみた。

結果としては、残念ながら
シュクメルリに関する新情報は
得られなかったのだが、
シュクメルリとは全く関係ないシーンで、
印象深いセリフがあったので、
今日はその部分だけ紹介したい。

ドラマ「かしましめし」テレビ東京
2023年5月8日放送
第5話 脚本 今西祐子

(以下水色部は放送からの文字起こし)

相部屋に入院しているふたりの男の会話。
ふたりともベッドに横になっている。

ひとりは若い時に野球をやっていた。
高校にスカウトがくるほどの
実力だったらしい。
その男が隣のベッドの若い男に
思い出話をしている。

演じているのはベンガルさん。

スカウトが大勢いてさ、
そりゃ緊張するよな。

ミスが続いて
最後に俺にチャンスが回ってきてさ、
一発当てれば認めてもらえるって
いい球を打ちたくて
すごい慎重になったんだよな

2ストライクまで追い込まれて
絶対ヒット打たなきゃって。

で、結局、見送り三振。

それはそれは悔しかったことだろう。

ミットに吸い込まれたボールの音が
今でも頭の中でする時あんだよ。
あんとき
思いっきりバットを振ってたらって
今でも考えんだよ。

人生やらなかった事の方が
残んだよな

以前、
「やらなかったこと」が創り出すもの
なる記事を書いたことを思い出した。
天皇陛下においてさえも
「やらなかったこと」が
深く残っているのだ。

本人にとっての
「やったこと」の本当の意味は、
本当の価値は、
「やったこと」に貼り付いている
「やらなかったこと」に
支えられているのだ。

 

 

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2023年5月28日 (日)

プレイしている瞬間があればそれでいい

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プレイしている瞬間があればそれでいい

- ファーストサマーウイカさんの言葉 -

 

録画したTV番組を見ていたら
印象的な言葉に出会ったので
今日はそれを紹介したい。

番組は、毎週3人のゲストが
司会を介さずにトークを展開する
「ボクらの時代」

「ボクらの時代」フジテレビ
2023年1月22日放送
ファーストサマーウイカ×
宮司愛海×高山一実

(以下水色部は放送からの文字起こし)

忙しく活躍中の若い女性3人のトーク。
仕事のストレスを何で発散するか、
といった話題になったとき、
ファーストサマーウイカさんは
「一人でゲーセン行くの最高に好き」
と即答。
「ひたすらクレーンゲームやっているの」

「渋谷、新宿、池袋、秋葉原、川崎、
 蒲田、とかゲームセンタが
 ギュッとなっているところを
 転々として」
「何時間でも居られる」らしい。

だから、いらないの。
物はいらないの。やりたいの。

プレイヤーだから、
コレクターじゃないから

私は。

プレイしている瞬間があれば
それでいいの


お菓子取るのよ。
お菓子取って、現場とかに
「差し入れでーす」って、
でかめの、でかい
なぞのチョコとかガンガン入れて。

もうだから流していく。
ほんとにそこでデトックス。

ファーストサマーウイカさんの
声、話しっぷりは
聞いているだけで気持ちいい。

そぉか、モノが欲しいわけじゃないンだ。

「プレイしている瞬間があれば
 それでいいの」

に妙に説得力がある。


でもね、お金かかるのよ。
何か観る映画鑑賞だとか
舞台鑑賞っていうのは
お金払っているけれど、
得るものしっかりあるわけ


けど、もうクレーンゲームは
お金も出ていくし、その瞬間の
アドレナリンの一瞬で消えるから、
持続力ゼロだから、
もっと欲して、欲して
みたいになって。

でも、
出てきたものはべつに欲しくない、
ってなるから、
満たされているようでべつに
満たされていないのアレは


瞬間の麻薬状態なので、
ハイになっているだけだから。

だからけっこう終わったあと、
ずーんって疲れて

でもこう目を閉じると
「チャーチャラララ」って
ゲーセンの音が聞こえ。

ギャンプルとかと
同じような状態だから、
まぁなんかまぁ
健康的かどうかわからないけれど。

「瞬間の麻薬状態」を
ここまで客観的に語れるなんて。

でも、考えてみると誰にとっても
心から「発散できるもの」には
趣味だろうと、仕事だろうと
同じ言葉が当てはまる気がする。

「プレイしている瞬間があれば
 それでいいの」
だし
「出てきたものはべつに欲しくない」
だし
「瞬間の麻薬状態」
だし
「目を閉じると**が聞こえ」
だし、しかも
「健康的かどうかわからない」
だし。

 

結果としてのアウトプットではなく
「プレイしている瞬間」にこそ
本質的な喜びがある。

ファーストサマーウイカさん、
スタッフ含め周りを笑わせながら
ふざけたようにしゃべっているが
すごい言葉だ。
個人的「残すべき名言」として、
ここに記録しておきたい。

 

 

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2023年5月 7日 (日)

若いときの仕事を見て

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若いときの仕事を見て

- 松岡昌宏さんの言葉 -

 

録画したTV番組を見ていたら
印象的な言葉に出会ったので
今日はそれを紹介したい。

番組は、毎週3人のゲストが
司会を介さずにトークを展開する
「ボクらの時代」

「ボクらの時代」フジテレビ
2023年1月29日放送
松岡昌宏×中村獅童×伊藤英明

(以下水色部は放送からの文字起こし)

テレビや映画、舞台で活躍してきた3人。
40代後半から50代という年齢、
それぞれに長い芸歴、
そんな共通点を持つ3人が、
過去の出演作品について、の話になった。

松岡さんは、
自分が出た古い作品を
偶然目にしたときの感想を
こんなふうに言葉にしていた。

そのたとえば10代のときにやっていた
時代劇の芝居とかを見たときに
愕然とするのがふたつあって、

めちゃめちゃひどいなっていう
自分の芝居、のひとつと
あと、
じゃぁ、いまオレこんなにピュアに
芝居できているのかな
、っていう。

あぁ、オレ
なんか変なテク使ってねぇかな今、

みたいなのを見ると、
ちょっと落ちますね。

経験と歳を重ねた今から見る
若いときの仕事。

未熟さゆえの「ひどい」ことは、
自分の仕事を振り返ってみても
いろいろある。

でも、未熟ではあっても
懸命にやった仕事には
ある種の「ピュア」な衝動が
確かにあった。

「オレ、
 なんか変なテク使ってねぇかな、今」

ちょっとドキリとして
この言葉をこうやってメモっているのは、
自分にも思い当たることが
あるからなのだろう。

ピュアかどうかはともかくも
「変なテク」には染まりたくない。

自戒の意味を込めて
ここに文字で残しておきたい。

 

 

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2023年3月12日 (日)

目に見えるものだけが多様性ではない

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目に見えるものだけが多様性ではない

- 生物の3つのグループ -

 

以前録音したNHKラジオの番組

 カルチャーラジオ
「過去と未来を知る進化生物学」(4)
「生物とは何か(3)
 ミドリムシは動物か植物か」
 古生物学者・更科功
        2022年1月28日放送

を聞いていたら、「多様性」について
たいへん興味深い話ができてきたので、
今日はその部分を記録として
残しておきたい。

更科さんのお話はたいへんわかりやすく、
耳からの情報だけでも全くストレスがない。

 

今回は「アーキア」と呼ばれる
生物のグループについて。

現在の生物学では
生物は次の3つのグループに
分けられるらしい。

(1)細菌(英語でバクテリア)
(2)アーキア
(3)真核生物


(1)の例は大腸菌、乳酸菌など。
(2)の例はメタン菌、高度好塩菌など。
(3)の例は哺乳類、植物、きのこなど。

目に見える、つまり肉眼で確認できる生物は
ほとんどが(3)の真核生物のグループに
分類される。

(2)のアーキアは、
以前は細菌のグループだったが、
米国の生物学者カール・ウーズが
塩基配列を調べた結果
別グループを提唱。
1977年以降は細菌とは別のグループに
分けられている。

さて、アーキアが提唱されたころ
エルンスト・マイヤーという学者は
「アーキアを認めない」と主張した。

マイヤーが指摘したのは次の2点。
「多様性」と「種の数」

「多様性」
 真核生物:多様性が実に豊か。
      飛んだり泳いだり、歩いたり、
      光合成をしたり、
      単細胞も多細胞もある。
 アーキア:多様性がほとんど見られない。
      形はだいたい丸いか細長いか。
      大きさもだいたい 
      1マイクロメートル程度。

「種の数」
 真核生物:学名のあるものだけでも
      200万種。
 細菌  :8000-9000種
 アーキア:たった200種のみ。

種の数だけを見ても、200万種と200種を
対等のグループとして扱うことに
抵抗があることは自然な気もする。

それに対して、更科さんは、
こう投げかけている。

「見た目が似ていれば、
 種の数が少なければ
 多様性がないと
 言っていいのだろうか」


生物が生きて行くのに必要な
有機物を作る方法を見てみたい。

我々動物は
植物や他の動物を食べることによって
有機物を取り込み体を作っている。
根本となる有機物を生物が作るには、
次の2つの方法がある。

生物が有機物を作る方法
A 光合成 :太陽の光のエネルギー
       を使って有機物を作る。
B 化学合成:物質を分解して
       分子のエネルギーを使って
       有機物を作る。
       光のない深海などでは
       化学合成

Aの光合成には
よく知られた植物の光合成のように
「酸素発生型」もあるが、
「非酸素発生型」(PS1, PS2, その他)
もある。

おもしろいのは
真核生物が有機物を作る方法は
「酸素発生型の光合成のみ」

なのに、細菌やアーキアには
「酸素発生型」「非酸素発生型」の光合成も
化学合成もある。

つまり、
真核生物は「基本的な特徴は共通で
その範囲の中でいろいろな種類がいる」

一方
細菌やアーキアには、
「根本的な違いのあるもの」

が含まれている。

さぁ、どちらが多様なのだろう。

種の数についても、
上に書いた通り、細菌やアーキアは
目に見えないほど小さい。
しかも形が似ているため、
培養したりDNAを調べたりしないと
新種の発見には至らない。

つまり、もともと「ない」わけではなく
発見が難しいがゆえに現時点では
数が少ない可能性も高いのだ。

多様性というのは
目に見えるものだけではないのですね。

目に見えないところにも、
たとえば有機物の作り方とかにも
根本的な多様性がある。

それを考えれば、
アーキアには多様性もあるし
種数も多い可能性が高い。
 
ですから
細菌、アーキア、真核生物という
3つのグループを作ること、
細菌、アーキア、真核生物を
対等に並べることは
適切であると考えられます。

 

 

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2023年2月12日 (日)

平野啓一郎さんの言葉

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平野啓一郎さんの言葉

- 小説の映画化について -

 

録画したTV番組を見ていたら
印象的な言葉に出会ったので
今日はそれを残しておきたい。

番組は、毎週3人のゲストが
司会を介さずにトークを展開する
「ボクらの時代」

「ボクらの時代」フジテレビ
2022年11月6日放送
平野啓一郎:妻夫木聡:窪田正孝

(以下水色部は放送からの文字起こし)

「映画の原作者」としての思いを
妻夫木さんが平野さんに質問する。

原作のものが映像化するということは
多々あると思うンですよ。

平野さんの立場から見て、
自分が生み出した
子どもみたいなものが
映像化する
っていうのは
どういう思いがあるンですか?

このあたり原作者によって
きっと感じていることは様々だろう。

僕はね、やっぱり同時代の
映画とか音楽とか
いろいろなジャンルのものから
影響を受けているンですけど、

自分の小説もそれと同じように
同時代のミュージシャンとか
映画監督とか
ものを作っている人が
僕の作品に反応してくれるってことは
やっぱりすごく嬉しいンですよね


だから
監督さんとかキャスティングとか
いろんなことには
口出しをしないことに
してるンですよね

映像化にあたっては、基本的に
「口出しをしない」タイプのようだ。

クリエイターに任せる。
そこには次のような思いが
ベースにあるようだ。

平野さん自身の声で聞いてみたい。

映画は
映画の作る人たちの作品なんで

僕はこうだと思って
映画もその通りなってたら
原作者としては
満足かもしれないけれど


ちょっとやっぱりなんか
映画としてはそれはうまくいってない
ってことなんじゃないかな、
って気もするンですよね。

関わった人たちの
クリエイティブなものが
反映される余地が
あんまりないってことなんで。

「原作者としては満足かもしれないけれど、
 映画としてはうまくいっていないのでは」
こう言える原作者って
どのくらいいるのだろう?

映画による新たな表現を、
クリエイターを信じて期待している原作者、
それは、映画を観る側にも要求される
ひとつの価値観だ。

クリエイティブなものに接するとき
ちょっと思い返したい言葉だ。

 

 

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