日記・コラム・つぶやき

2020年5月31日 (日)

ICU学長からの問いかけ

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ICU学長からの問いかけ

- 改めて「不公平」について考えてみよう -

 

noteでこんな記事を目にした。

あべまおこさんという方が書いていた
「話してもわからん」をひっくり返したある日の学長からのメール

記事へのリンクは
筆者の承諾をいただいているので、
詳しくは
リンク先の記事を読んでいただきたいが
簡単にその内容をまとめると

(1) 新型コロナウイルスの感染拡大により
  国際基督教大学(ICU)は
  春学期における全ての授業を
  オンラインで行うこと等
  緊急の対応を決定した。

(2) すると、ある学生が、
  期待される従来の教育環境で
  授業が受けられないのであれば
  学費の一部である
  施設費を減額してほしい
  との内容を含む署名運動を開始した。

(3) 最終的に集まった署名が
  提出されたかどうかは不明だが
  学生の要求・疑問に答える形で
  岩切学長が学生にメールを発信した。

という一連の流れの報告になっている。

全体に、たいへんに知的でかつ冷静な文章で
さすがICU生、と思わせるいい記事なのだが、
ご本人も書いている通り、
ICUつまり岩切学長の返答が
紋切り型のYes/Noではなく
実にいい内容だったので、きょうは改めて
そのことについて紹介し、考えてみたい。

 

学生の要求の詳細、および
大学側の回答の日本語版の全文は
上のリンク先にあるので、
ご興味があれば参照いただきたいが、
私が特に感銘を受けたのは
学長からのメールの以下の部分だ。
(以下、水色部は
 学長からのメールの引用)

図書館は、論文執筆中の学部6卒生と
大学院生には、送料大学負担で
図書の貸し出しを行っています
(学期中、1回、1人5冊まで)。

これは、このサービスを
受けられない学生からすると、
不公平な対応に見えるかも知れません。

ある意味では確かにそうです。

皆さんにはぜひ、
この「不公平」について考えて
みることをお願いしたいと思います。

改めて「不公平」について
考えてみてほしい、と投げかけている。

 

学生全員に同じ対応をするのは
財政的にも人手の面からも不可能です。

大学として採った措置は、
それをしないと
極めて大きな不利益を蒙る人

(ここでは、論文が書けなくて
 卒業できなくなってしまう人)
にたいして特別な手当てをする
というものです。

今あなたがその対象者ではなくても、
ある日、あなたが、
図書の貸し出しとは別のことで、
そのような類の不利益を
蒙りそうになったときには、
大学は適切なサポート体制を整える、
ということを覚えていてください


大学も市民社会と同じで、
全体で支え合うという精神で
運営されています。

限られたリソースしかないとき、
それをどこに投入するのか、
どう配分するのか。
リーダーとして決断を迫られる
厳しい場面だ。

岩切学長は、
それが一般的には不公平と呼ばれることを
承知のうえで
「最も困っている人に投入する」
という決断をした。

広く薄く全員に、ではなく
困っている人にだけしっかり


そして、ここがすばらしいところだが、
学長は
「あなたは、今は(助けられる)
 対象者ではないかもしれないけれど、
 もし今後、
 あなたが困る状況になったときは
 大学側は今度はあなたを助けます
と添えている。

単純な「機会の公平」のみの視点で
公平・不公平を考えていないか、と
厳しい問いを投げかける一方、
同時に
「あなたが安心して学べる環境を
 大学側はいつでも
 最大限提供しようとしていますよ」
とのメッセージまで伝わってきて
ICUの学生でもないのに
なぜか胸が熱くなる。

2020年5月24日の朝日新聞EduAには
岩切学長へのインタビュー記事があった。
それによると
昨年秋の香港での大学閉鎖の経験を踏まえ
授業のオンライン化は3月12日には
決定していたという。

『The education must go on』の考えのもと
学内に「コロナ対策室」をつくり、
教職員が協働してオンライン授業の
サポート体制を整えたらしい。

教員向けの研修会を開き、
経済的な理由から
自宅にWiFi環境が整っていない学生には
大学が費用を負担し、機器を提供した。
非常勤講師にも機器を貸し出したという。

「極めて大きな不利益を蒙る人にたいして
 特別な手当てをする」
「もし今後、
 あなたが困る状況になったときは
 大学側は今度はあなたを助けます」

こういったブレない考え方が
基本指針として明確にあったからこそ
各々の問題に
いち早く対応できたのであろう。

 

形だけの「公平」が
いかに期待に反する施策を生むかは、
「一住所に2枚のマスク」をみても明らかだ。

結果的に、学費の減額要求自体は
丁寧な説明のもと退けられている。

しかし、もし私が学生であったら、
結果に対して「なにぃ!」と怒る前に、
再度メールをゆっくり読み返して
みたことだろう。

そして、「公平とはなにか?」を
改めて考えさせられると同時に、
「困ったら今度はあなたを助けます」
の言葉に、ある種の「安心感」すら
抱いて驚いたに違いない。

サポートというのは、
お金だけではない。

それぞれの学生が、
自分を信じてくれる人たち、
自分を励ましてくれる人たち、
そういう人たちが
そばにいることを実感でき、
環境に関わらず
「ここなら安心して学べる」
と心から思えるなら、
それは最大のサポートであり、
公平なサポートでもある。

 

気がつくと、公平さだけでなく、
サポートの価値についても
改めてあれこれ考えている。

いい文章は、
世界をどんどん広げてくれるものだ。

 

 

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2020年4月19日 (日)

清音 濁音 半濁音・・・7音探し

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清音 濁音 半濁音・・・7音探し

- 「ピッチャー権田(ごんた)」から始まって -

 

あいうえお
の五十音図にあるのは「清音」と呼ばれ、

ガギグゲゴ
などは「濁音」と呼ばれる、

ということを教わったのは
小学校のときだっただろうか?

「怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか」
という新書を
書店で思わず手にとってしまったのは
題名のインパクトに
つられてしまったからだ。


清音以外にはどんなものがあるのか、
学生時代を思い出して並べてみよう。

(1) 清音 :例 あいうえお
(2) 濁音 :例 ガギグゲゴ
(3) 半濁音:例 パピプペポ
(4) 拗音 :例 きゃ、ちゅ、しょ
(5) 促音 :例 いっか、ヨット
(6) 撥音 :例 ん、ン
(7) 長音 :例 ボール

実はこの7つの音の一覧を見て以来、

「これらを一度に全部含んでいる
 言葉(できれば単語)には
 どんなものがあるか?」

という、「妙な」問いが
頭の片隅から消えてくれない。

なので、高校野球の選手紹介で
「ピッチャー権田くん」の
「ピッチャー権田(ごんた)」
を聞いたときは、思わず
ひとりニヤニヤしてしまったし、

プロレスの技の名
「ジャンピング・ニー・バット」
を聞いたときも
「ヤッタ!」と思ってしまった。

7つの音を含むということは
(拗音には2文字必要なことを考えると)
最小は8文字ということになる。

慣れてくると
問題の条件を厳しくしたくなるもので
いつのころからか、
「最小文字数で探せ」が
条件に加わっていた。

8文字で探すと、たとえばコレ。
お年寄りがよく持っている
「ショッピングカー」(8文字)

Shoppingcar_a


ところが、つい最近になって
「じゃ」のような音を使えば
濁音+拗音となるので7文字も可能なはずだ、
ということに気がついた。

思い込みというのは恐ろしい、というか
気づくのが遅すぎる。
こんな簡単なことを見落としていたなんて。

和語に長音を使ってしまっているので
ルール違反ではあるが、
「11本(じゅーいっぽん)」
が許されればまさに7文字。

ジャンパーを着た少女の広告
「ジャンパーっ娘(こ)」
も7文字だが無理矢理感が強い。

長音を含む関係で
外来語系は避けられないと思うが、
もっと自然な(?)
「7つの音すべてを含む7文字の言葉」
を発見した方、
いらっしゃいましたらぜひ教えて下さい。

 

 

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2020年4月12日 (日)

不要不急、お前だったのか

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不要不急、お前だったのか

- 信濃毎日新聞の名言 -

 

新型コロナウイルスの感染が
都市部で急速に拡大している事態を受けて、
東京、神奈川、埼玉、千葉、
大阪、兵庫、福岡の7都府県に対して、
2020年4月7日「緊急事態宣言」が発出された。

中国中部の武漢市で61歳の男性患者が
新型コロナウイルスによる初の死者として
報道されたのは、
日本では2020年1月12日の新聞だった。

あれからわずか3ヶ月。
2020年4月11日時点で
感染は世界183カ国・地域に広がっている。
累計感染者は世界全体で162万人を超え、
死者は10万人を上回る。

半年前、こんな事態になることを
誰が想像し得たであろうか?

日経新聞が公開している
感染の世界マップを見ると、
まさに「全世界」を痛感する。

 

私自身は仕事が在宅となったため、
通勤時間は減り、
家にいる時間は長くなった。
それでも、
読むつもりで積んでいた本の山は
いっこうに低くなっていかない。

時間があるから本が読める、
というわけではないのだ。

東日本大震災のときもそうであったが、
時間があっても、心が不安定というか
不安感が強いと読書は進まない。

本が読めるということは
ほんとうに贅沢な時間だったのだなぁ、を
改めて思い知らされる。

 

ハーバード病院の医師および
医学部の教員によってレビューされた
信頼できる資料のみが日本語を含めて
なんと35言語で公開されている
COVID-19 Fact Sheets
が立ち上がったり、

全世界で、日々発表が続いている
COVID-19関連の3000以上の論文を
最新のNLPアルゴリズムを使って整理し、
リアルタイムで
注目論文がわかるようにした
COVID-19 Primer
が立ち上がったり、

まさにネットインフラをフル活用した
全世界レベルでの情報公開は
画期的に進んでいる面もあるが、

大正8年(1919年)つまり100年前の
内務省衛生局の「流行性感冒予防心得」
を見ると

Taisyo8nen

1.病人または病人らしい者、
 咳をする者には近寄ってはならぬ。

2.たくさん人の集まっているところに
 立ち入るな。

3.人の集まっているところ、
 電車、汽車などの内では
 必ず呼吸保護器(ガーゼマスク)をかけ、
 それでなくば鼻、口、を
 「ハンケチ」手ぬぐいなどで
 軽く被いなさい。

4.塩水かお湯にて、たびたびうがいせよ、
 うがい薬なればなおよし。

とあり、個々人のできる防衛法は
100年経っても、
なにひとつ進歩していない。

 

イタリアはじめ世界各国からは、
経済活動が抑えられたことで
空気が澄み、水がきれいになって、
景色はもちろんのこと、
鳥や魚が昔のように戻ってきている、
というニュースも聞く。

こうなると、自然環境において
人間とコロナ、どちらがウイルスなのか

という問いをも
投げつけられているのかもしれない。

 

直接のワクチンではないが
新型コロナ肺炎の死亡率とBCGワクチン接種政策の関連
を見ると、日本での死亡率が低いのは
日本で行われているBCG接種
なんらかの相関がありそうだ。
このあたりも今後
精緻な調査が進むことであろう。
(ページ中央の
 新型コロナ肺炎の死亡率(対数表示)と
 BCGワクチン接種政策の関連/OECD加盟国
 のグラフ(動画)だけでもぜひご覧下さい)

 

いずれにせよ、たいへんな状況の中、
エッセンシャルサービスとして
医療、物流、食品、交通などに
携わっている方々に対しては
感謝の念を禁じ得ない。
ほんとうにありがとうございます。

 

新型コロナ感染に関し、
明るい気持ちになれないニュースが続く中、
思わず頬が緩んでしまった
トピックスがあったので、
今日はふたつだけ紹介したい。

まずはこの写真。

2004clothed

右上にA Gentlemen's Clubとあるが
つまりはス○リップ劇場らしい。
米国のこの劇場も
4月30日までは閉まるようだ。

ただ閉館の掲示がシャレている。
[closed] ではなく [clothed]
4月30日までは「服を着ている」と。


もうひとつは、
信濃毎日新聞 2020年4月8日の記事。
コラム斜面の冒頭

不要不急、お前だったのか。
いつも経済を回してくれていたのは。

うまい! 最高の名言だ!

 

いつまで続くかわからない緊急事態宣言。
「戦う」「撲滅」という言葉を
目にすることが多いが、個人的には
探す道はそこではないと思っている。

そんな思いも込めて
朝日新聞 2020年4月3日の記事にあった
福岡伸一さんの言葉を
最後に添えておきたい。

かくしてウイルスは私たち生命の
不可避的な一部であるがゆえに、
それを根絶したり
撲滅したりすることはできない。

私たちはこれまでも、
これからもウイルスを受け入れ、
共に動的平衡を生きていくしかない。

 

2020年4月7日夜、
スーパームーン。

「あの日は月がきれいだったなぁ」

かつてないニュースに覆われた夜を
いつかそう思い出すことだろう。

 

 

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2020年3月 8日 (日)

鄭人履を買う(ていひと くつをかう)

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鄭人履を買う(ていひと くつをかう)

- 『韓非子』の寓話 -

診察と言いながら患者の方を見ず、
検査結果が表示されている
モニタばかりを眺めている医者に
「目の前にいる患者を
 診ようとしないでどうする」
とはよく言われることだが、
そんな非難の声を聞くようになって
もう四半世紀ほどは経つような気がする。

ところがそんな状況は改善されるどころか
ますますデータ偏重へと流れている。

実態が目の前にありながら
「データだけを見る」の傾向は、
医療の現場だけでなく
いまや、あらゆる領域に蔓延している
と言っていいだろう。

先日もある技術セミナの中で、
「居酒屋の仲居さんの帯の中に
 モーションセンサを仕込み、
 移動や立ったり座ったりの動きを把握、
 疲労度や負荷具合がデータとして
 分析・把握できる」というシステムを
紹介している企業があった。

遠隔地に数万人もいるというならともかく
店内の仲居さんの様子は、
直接仲居さんの動きを見たほうが
ずっと正確で早い気がするが。

そもそもモーションセンサで
把握できることなんて、
仲居さんの体調のごくごく一部だし。

とまぁ、データのみに頼ってしまって
現実を活かしきれない、
活かそうとしない例は
まさに枚挙にいとまがないが、
この件、コンピュータ活用が広がった
「最近のこと」というわけではないようだ。

なんと二千年以上も前の
中国の書物にでてきている。

以下の本に教えてもらう。

加藤徹(著)
絵でよむ漢文
朝日出版社

(以下水色部は本からの引用)

紀元前3世紀の韓非(かんぴ)の著、
『韓非子』にある寓話だ。

鄭人履を買う
(ていひと くつをかう)

で知られている。

鄭の国の人が、
靴を買おうと思った。

あらかじめ
自分の足のサイズを測って
メモを作成し、市場に行ったが、
そのメモを家に忘れた。

メモを取りに帰って市場に戻ると、
店はすでに閉まっていた。

靴を買いに行ったのに
サイズのメモを忘れたから買えなかった。
買いに行った本人の靴なのに。

なんとも象徴的で
うまい話を持ってきている。

ある人が
自分の足で実際に靴を
 履いてみればよかったのに

と聞くと
「メモ書きは信用できるけど、
 自分は信用できないよ」
と答えた。

 

著者の加藤さんは

自信がない人は何もできない
肩書き入りの名刺を忘れると、
自己紹介もできない。

事前に書いた原稿を読みながら
でないと、演説もできない。
そんな人々を諷刺する寓話である。

と書いているし、
実際最後の行は

曰「寧信度、無自信也。」

日わく
「寧(むし)ろ度を信ずるも、
 自ら信ずる無し」と。

となっているので、正しくは
「自信のない人への諷刺」
なのかもしれないが、

私は読んだ瞬間、
昨今の
データがなければなにもできない、
というデータ偏重の風潮を
強烈に風刺しているように感じた。

人曰「何不試之以足。」

人曰わく
何ぞ之を試みるに
 足を以てせざる
」と。

データばかりを見て、
目の前の実態を見ようとしない、
そんな現実を目にするたびに
「何ぞ之を試みるに
 足を以てせざる」と
言いたくなることはよくある。

もう一度書く。
『韓非子』の著者韓非(かんぴ)は
紀元前3世紀、二千年以上も前の人だ


ちなみに

『韓非子』は
君主の政治の方法を論じた書。
悪の帝王学、
東洋のマキャベリズムの書として
有名。

らしい。
私は寡聞にして
名前しか知らなかったが。

 

 

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2020年3月 1日 (日)

第11回「日本語大賞」

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第11回「日本語大賞」

- 「あなたを思っているよ」 -

NPO法人・日本語検定委員会による
第11回「日本語大賞」の入選作が
2020年2月19日に発表された。

テーマは、
小学生、中学生の部「おもしろい日本語」
高校生、一般の部「美しい日本語」
計4065点の応募があったという。

文部科学大臣賞受賞作品は
読売新聞教育ネットワークのサイト
全文が読めるので、興味を持たれたら
ぜひ全文をお読みいただきたいが、
リンク先がいつまで公開されているのか
わからないし、その中には
印象深い言葉や表現もあったので
自分へのメモとして
一部をここに残しておきたい。

(以下水色部は受賞作品からの引用)

 

小学生の部の受賞は
シアトル日本語補習学校 小学6年の
川澄美紅(かわすみ・みく)さん。

日本語補習学校ということは、
月-金の平日はシアトル近郊の
現地校に通っているのであろう。
英語と日本語の両方を
真摯に学んでいることが
文章から伝わってくる。

川澄さんはアメリカ在住ゆえ
現地で英語字幕付きの「名探偵コナン」を
楽しんでいるようなのだが、
見ていると「字幕がヘン」と思うことが
あるようだ。

特に挨拶、

「いってらっしゃい」
「ただいま」
「おかえりなさい」
「おつかれさま」

などに対する英語字幕。

どうしても英語に
しっくり当てはまる言葉がありません


「あえて言うならこう言うかも。」
というのはないわけではないですが、
その場に合いません。

その結果、字幕でも
無理やり当てたような
おかしな英語が出てきます

 

一対一で正確に訳せない、と
言い放つだけでなく
「あいさつ」が持っている意味を
次のように感じ取っている。

生活の中のあいさつは、
日本独特の表現方法で、
あなたを思っているよ。」
というメッセージがかくされています。

「あなたを思っているよ」か。

シンプルながらなんとも核心を突いた
鋭い指摘だ。

メール等で気軽に使ってしまっている
「よろしくお願いします」
という言葉についても・・・

確かに、相手に
「適当に済ませておいてね。」と
お任せする時に言うのですが、
ただ無責任に「お任せ」するのではなく、
「ご苦労やご面倒をおかけします。」
という相手を思いやる気持ちも
ふくむといいます。

「あなたにやっていただくけれども、
 その責任は私にもある。」

という宣言で、言ってみれば

「私とあなたで一緒に
 その問題を解決しましょうね。」

という
前向きな態度なのかもしれません。
「あなたを思う気持ち」が
言葉に息づいていることを知りました。

英語環境で育ちながら
日本語についても
ここまで考察できるなんて。

 

中学生の部の
南雲円香(なぐも・まどか)さんは
「仕事の虫」「勉強の虫」とは言うけれど
「料理の虫」「スポーツの虫」と
は言わないのはなぜだろう、
の疑問に向き合いながら
『蝶に化けるかもしれない私の「虫」を
 堂々と大事に育てたいと思う』

力強い決意を聞かせてくれている。

 

高校生の部の
ミノヴィッチ たまらさんは、
勉強熱心なセルビア人のお父さんを通じて
日本語の豊かなオノマトペや、
断定を避ける「かも」など
日本語のおもしろさに気づいていく。

ほかにも

多くを語らない反面、
日本語に感情を伝える為の言い方が
数多くある事には驚きます。

他言語よりも
気持ちを伝えることに関しては
より熱心かもしれない
と思います。

日本語には心や胸という言葉を
含んだ表現が多い
からです。

例えば「胸をなでおろす」という言葉は
胸に手を当ててホッとしている様子が
目に浮かびます。

「待ってます」と言わず
心待ちにしています」だと、
言われた相手もこちらも
温かい気持ちになります。

他にも
心温まる、心が通じる、心が晴れる、
心が狭い、心配り、
胸を打つ、胸に迫る、胸に沁みいる、
など
思い出せる範囲でも沢山あります。

心や胸を含む多くの言葉。
言葉がコミュニケーションの質に
影響する例として実にいい。

 

一般の部の
星野有加里(ほしの・ゆかり)さんは
雪を背景に、
「ひとひら ふたひら」
「風花」
などの美しい言葉を
卒業間際の教え子と交わす。

教え子の

「こうやって先生と一緒に
 雪を眺めたこの瞬間も、
 忘れないと思う。

 卒業して何年か経っても、
 雪を見たらきっと思い出すよ

の言葉が、
ひとひら、ふたひら、風花
といった単語の美しさを越えて
響いてくる。

 

それぞれの生活の中で、
日常の言葉を豊かに感じる感性。
どれも素敵なエッセイだ。

 

 

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2019年9月 1日 (日)

ウォークマン 再び

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ウォークマン 再び

- 雑誌の特集記事を読みながら -

 

前回
ウォークマン発売40周年を記念して、
東京・銀座ソニーパークで開催されていた
 #009 WALKMAN IN THE PARK
 「音楽が歩き出した日」から40年

のことを書いたが、
ちょうどそのころ書店を覗いたら
こんな雑誌が平積みされており
表紙のウォークマン2の写真に、
またまた引き寄せられてしまった。
雑誌の発売日は2019年8月20日。

俺たちをときめかせた音楽モノ大全
2019年10月号 : 昭和40年男増刊 総集編
クレタパブリッシング

雑誌は
「ウォークマン」「ラジカセ」
「ステレオコンポ」「楽器」
の4カテゴリについて
「音楽モノ」が元気だった時代を
多くの資料とともに振り返っている。

上記ソニーパークで開催されている
ウォークマン展でも得られなかったような
興味深いデータも載っていたので
それらを参考に
再度ウォークマンを振り返ってみたい。

なお実機の写真があったほうが
イメージしやすいので
ウォークマン展で撮影したものを
前回と同じものになってしまうが
再度添えておきたい。
どれもちゃんとテープを再生できる状態で
展示されていたのには
ほんとうに驚いた。
壊れずに動き続けていますように。

 

まずは、やはりコレから。

(1) ウォークマン1号機TPS-L2

P7033511s

ソニーの創業33周年に
3万3000円で売り出された記念すべき1号機。

録音もできないし、スピーカもない、
でも持ち歩きながら「ステレオ」で聴ける
カセットプレーヤ、
そんな1号機TPS-L2が
どんな経緯で誕生したのか。

ソニー創業者のひとり
井深大さんの言葉を始め
詳しい経緯は雑誌に譲るが、
改めてカタログを見ると
一番興味深いのは
当時の開発者の「熱い思い」が
感じられる「仕様」そのものだ。

(1-1) 2つのヘッドフォンジャック
ヘッドフォンジャックに印刷された
「GUY & DOLLS」については
前回、写真を添えて書いたが、
「ふたりで一緒に聴く」というコンセプトは
雑誌の表紙にもなっている
250万台を売ったという大ヒット作
2号機となるWM-2

P7033514s

にも引き継がれている。
「歩きながら聴く」ステレオは
「ふたりで聴く」ステレオでも
あったわけだ。

 

(1-2) HOT LINEボタン
これこそまさに初代TPS-L2のみの機能。
「ふたりで聴く」を考えたとき、
ふたりがヘッドフォンをしていたら
どうやって会話をすればいいのか?

なんとその答えを
「機能」として提供してくれている。
それがオレンジ色の「HOT LINE」ボタン。

P7033510s

このボタンを押すと、
再生中のテープの音が、
本体内蔵マイクの音に切り替わる。
つまり、マイクを通じて
ヘッドフォンをしたまま
ふたりが会話できる、というもの。

録音もできない機械が
マイクを実装している。

 

(1-3) 左右独立のボリュームコントール
TPS-L2にはスライド式の
ボリュームがついているのだが、
その設定は左右独立。
つまり右耳用と左耳用
それぞれにボリュームがついている。

空間に配置されるスピーカを持つ
ステレオセットでもなく、
もちろんミキサーでもないのに、
左右独立。
どんな状況を考えての機能なのだろう?
「ステレオ」という機能を強調するため、
ならわからなくはないが。


これらがすばらしい仕様だ、
と言いたいわけではない。
結果としてみれば、
どれも後継機に引き継がれて
長く残ることはなかったことを考えると
むしろマーケティング的には
フィットしなかった機能と
言えるかもしれない。

それでも、
電機メーカのエンジニアとして、
これらの仕様を決めるときの
商品企画会議の様子を想像すると、
もうそれだけで興奮してしまう。
どんな「思い」の
ぶつけ合いがあったのだろう。
新しいものが生まれる瞬間は
いつでも魅力的だ。

 

(2) 音楽メディアの変遷
カセットテープから始まったウォークマンは
その後、様々な音楽メディアに
対応していく。

上記ウォークマン展の
スタンプラリーの景品としてもらった
ブックレットの写真を一部拝借
して、
メディアごとのモデルを振り返ってみたい。
ブックレット入手の顛末はここ


1979 カセットテープ    :TPS-L2

Walkman21

 

1984 CD         :D-50

Walkman22

 

1990 DAT          :TCD-D3

Walkman23

 

1992 MD         :MZ-1

Walkman24

 

1999 メモリースティック  :NW-MS7

Walkman25

 

2004 HDD(20GB)      :NW-HD1

Walkman26

 

メディア対応だけでなく、機能のほうも
録音、オートリバース、防水、
ソーラーバッテリー、Wカセット、
FMチューナー、ワイヤレスリモコン、
ワイヤレスヘッドフォン、
果ては
カメラ、ワンセグテレビ、
まで、
あの小さな小さな筐体に
さまざまな夢が次々と実装されては
消えて行っている。

 

(3) 連続再生時間への挑戦
ウォークマンの歴史と言うと、
極限にまで最小化された
「サイズへの挑戦」に
フォーカスがあたりがちだが、
今回の雑誌の特集では、
連続再生時間についても
詳しく記録を残してくれている。
一部をピックアップしても・・・

1979 単三x2本:8時間
1981 単三x2本:9時間
1983 単三x1本:5時間
1985 単三x1本:4時間  Ni-Cdガム:2時間
1987 単三x1本:7.5時間 Ni-Cdガム:4時間
1989 単三x1本&Ni-Cdガム:11時間 併用
1991 単三x1本&Ni-Cdガム:12.5時間 併用
1992 単三x1本&Ni-MHガム:22時間 併用
1994 単三x1本&Ni-MHガム:36時間 併用
1996 単三x1本&Ni-MHガム:62時間 併用
1998 単三x1本&Ni-MHガム:100時間 併用

Ni-Cdガム:
  ニッケル・カドミウム・ガム型充電池
Ni-MHガム:
  ニッケル・水素・ガム型充電池

単三x1本のモデルを作るときは、
1.5Vで動作するICがなかったため、
そこからの開発だったという。
最初(1983年)の単三電池1本で5時間だって
十分驚きに値する消費電力だが、
そこからここまでの成長を見せるとは!

単三x1本とニッケル水素ガム型充電池との
併用で
連続再生時間100時間を達成した
WM-EX9はこれ。

Walkman27

カセットテープ機では、言うまでもなく
音楽再生の電子回路の他、
モータでテープを送り、
それを巻き取るというメカを
再生中、常に動かさなければならない。
そういった「メカを動作させること」も
含めての100時間!

まさに「到達点」と呼ばれるにふさわしい
信じられない技術の結晶だ。

コンセプトでもデザインでも技術でも
我々昭和世代に衝撃を与えた
カセットテープ対応のウォークマンは
2010年をもって
国内向けの出荷を終了したという。

ほんとうにお世話になりました。合掌。

 

 

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2019年8月25日 (日)

ウォークマン発売40周年

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ウォークマン発売40周年

- 「音楽が歩き出した日」から40年 -

 

SONYが、
ウォークマン発売40周年を記念して、
東京・銀座ソニーパークで
2019年7月1日 - 9月1日
 #009 WALKMAN IN THE PARK
 「音楽が歩き出した日」から40年

を開催している。

Walkman40

歴代のウォークマン約230台が
展示してある、というので
懐かしさにつられて覗いてきた。

 

友人のひとりが買った初代WALKMAN

P7033511s

「TPS-L2」を取り囲むようにして
驚きながら回し聞きしていた
そんな私の世代にはたまらない企画だ。

「家で聞くしかなかった音楽」が
「歩き出した日」の衝撃は
今の若い人にはなかなか
わかってもらえないかもしれない。

まさに名前の通り
「歩きながら聞く」という
スタイルを作り出した
画期的な新製品だった。

 

私自身も、何世代目かの
カセットテープのモデルから始まり
今もメモリタイプの
ウォークマンNW-A16を
毎日持ち歩いて音楽を聴いているのだから、
30数年におよぶ
ウォークマンユーザということになる。

 

地下の会場には、実機とともに
著名人とウォークマンとの
思い出エピソードも並べられていたが、
驚いたのは、
カセットテープのウォークマンが
テープが入った状態で展示してあり、
しかも、ヘッドフォンも挿さっていて
すぐに音が聞ける状態になっていたこと。

P7033508s

カセットテープの音を聞くのは
何年ぶりだろう。

軽い気分でちょっと聞いてみたところ、
さらに驚いた。

すごくいい!
いゃ、懐かしさだけでなく、
ほんとにすごくいい!

P7033514s

ここのところデジタル音、
しかもmp3を始めとする
圧縮フォーマットによる音楽ばかり
耳にするようになっていたせいか、
なんとも優しい「アナログ感」に
引き込まれてしまう。

ふくよかで奥行きがあって
とにかく響きが心地よい。

曲間では、「サーッ」という
テープ独特の
ヒスノイズが聞こえてくるが、
いまやそんな音までも楽しめてしまう。

 

ひとりの青年は、
「これがカセットテープか」
とテープ自体をしげしげと眺めていた。
連れの年輩者が
テープを鉛筆で巻き取った話やら
レーベルを手書きで作った話やら
思い出を楽しそうに語って聞かせていたが、
古い電子機器を挟んでの
なんとも微笑ましい光景だった。

 

初代「TPS-L2」には二人で聞けるように
ヘッドホンジャックが2つあったのだが、
初期ロットにのみ
「GUY&DOLLS」と印字があったことや

P7033517s
P7033510s

 

発売時は世界で名前が統一されておらず、
アメリカでは
SOUNDABOUT(サンドアバウト)
イギリスでは
STOWAWAY(ストウアウェイ)
といった名前で発売されていた

P7033518s

というような
エピソードのポスターもあって
実機以外も楽しめる。

 

一通り回って帰ろうと出口近くまで来ると、
ちょうど、ふたり組の男性のひとりが
スタンプラリーの景品を
もらっているところだった。

直後、景品を開けた男性から
「何これ、すげぇ! うれしいぃ!」と
びっくりするような歓声が聞こえてきた。

「えっ、何?」
声につられてそちらを見ると、
興奮しながら小さなブックレットの
ページをめくって連れに見せている。

それを見た瞬間、
「何これ、すげぇ!」の声が
今度は私の中を駆け抜けた。

会場を出ようとしていた私は
スタンプラリーの台紙をもらって
即再入場。
5分程度で駆け足で回って
スタンプだけを揃えて戻ってきた。
集めたスタンプは、
これまた懐かしいロゴ、ロゴ、ロゴ。

Walkman40s

で、景品をゲット。

P7313753s

カセットテープのケースを
そのままケースに使っているので、
一見、カセットテープのように見えるが、
中身はブックレット。

その中身は・・・

P7313756s

1号機「TPS-L2」から始まり、
2018年発売の現行の
A50シリーズに至るまで、
歴代機種のうち83モデルを
時系列に並べ、
ウォークマンの40年を
写真で振り返ることができる
冊子となっているのだ。

もう、まさに涙がでるほど懐かしい
モデルの写真が一機種一ページで
ずらりと並んでいる。

P7313755s

再生メディアもこの40年で
カセットテープ、CD、DAT、MD、
そしてメモリへと
大きく変化してきた。

P7313754s

音楽プレーヤも数のうえでは
いまや主役は完全にスマホだろう。

専用プレーヤは生き残りをかけて
ハイレゾだ、FLACだ、ALACだと
高音質をウリにしているが
携帯音楽プレーヤの一ファンから見ても
残念ながらそこには
肝心要のワクワク感がない。

「歩き出した音楽」は
この先どこに向かって
歩いてゆくのだろう。

 

 

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2019年2月17日 (日)

2050年の紅白歌合戦

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2050年の紅白歌合戦

- 初出場とトリ -

 

前回
季節外れの紅白歌合戦ネタを書いたが、
書きながら思い出したことがあるので、
もうひとつ紅白ネタで続けたい。
(歌手名は敬称略で失礼します)

更に振り返って、
去年ではなく、2015年末のこと。

その年、
2015年 第66回NHK紅白歌合戦
のプログラムは、

レベッカが初出場で「フレンズ」を歌い、
紅組のトリが
松田聖子「赤いスイートピー」
白組のトリが
近藤真彦「ギンギラギンにさりげなく」

というものだった。

3曲とも確かに大ヒットした曲だが、
流行っていた時代をリアルで知っている
昭和のオヤジとしては、
別な意味でかなりびっくりした。

発表年を2015年から見ても
「フレンズ」      1985年=30年前
「赤いスイートピー」  1982年=33年前
「ギンギラギンに・・・」1981年=34年前
ということになる。
初出場のレベッカは1984年(31年前)の
デビューだ。

1985年の年末に
30年後、つまり2015年の紅白はねぇ
 レベッカがようやく初出場となり、
 聖子ちゃんとマッチが
 それぞれトリをとるンだよ。
 しかも歌は、
 『赤いスイートピー』と
 『ギンギラギンにさりげなく』。

 レベッカのNOKKOは52歳、
 聖子ちゃんは53歳、
 マッチは51歳だけどね。」

なる予言をしても、
おそらく誰一人信じてくれなかったであろう。

当時、53歳で歌う松田聖子なんて
想像すらできなかったし。

なのに事実は想像の世界を超えてくる。

 

というわけで(?)
その不思議さを実感するため、
(2050年まで紅白が続いているとは
 思えないし、正確には31年後だが)
ここで大胆に予言してしまおう。

30年後、2050年の紅白はねぇ、
 家入レオがようやく初出場となり、
 AKB48とEXILE(エグザイル)が
 それぞれトリをとるンだよ。

 家入レオは56歳。
 ABK48には、
 59歳の前田敦子と62歳の大島優子も
 合流して、
 EXILEでは
 70歳のATSUSHIと66歳のTAKAHIRO
 がボーカルをとるらしいよ」

笑うがいい。
1985年の人も同じように笑ったはずだ。

 

 

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2019年2月10日 (日)

勝手にシンドバッド

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勝手にシンドバッド

- 『今何時?』の意味 -

 

もう2月も半ばになってしまったけれど、
今日は紅白歌合戦について少し書きたい。
(歌手名は敬称略で失礼します)

昨年の大晦日は
いろいろな条件が重なったこともあって、
ウン十年ぶりに
NHK紅白歌合戦を最初から最後まで観た。

世代や性別ごちゃまぜで
複数の人がテレビの前に集まって
あれやこれや
好き勝手なことを言いながら観る、
というのが、やはりあの番組の
一番の楽しみ方なんだなぁ、を
改めて再認識した夜だった。

最後、
「勝手にシンドバッド」で
桑田佳祐やユーミンが
北島三郎までを巻き込んで
大暴れしたのは、
昭和世代の私にとっては
おおいにお祭り気分に浸れた瞬間だったが、
考えてみると(好き嫌いはともかく)

 浜崎あゆみ  も
 安室奈美恵  も
 倖田來未   も
 Kinkikids   も
 SMAP      も
 モーニング娘。も

そこにはいなかった。

椎名林檎も米津玄師もよかったが、
平成最後の大晦日に
盛り上がって目立っていたのは
昭和の歌手ばかりだったのは、
なんとも感慨深い。

さて、
「勝手にシンドバッド」で
まさに勝手に思い出したものが
いくつかあるので、
今日はそれを紹介したい。

 

(AA) ドラマ
  「歌謡曲の王様伝説  阿久悠を殺す」

一色伸幸さん脚本の
「歌謡曲の王様伝説  阿久悠を殺す」
という刺激的なタイトルのドラマのことは
ここに少し書いた。
ドラマの中にこんなセリフがある。

青年:
  『勝手にしやがれ』と
  『渚のシンドバッド』、
  阿久悠の代表作だ。

  ふたつまとめて蹴飛ばしてる。
  『勝手にシンドバッド』!

 

なぜか忘れられないセリフのひとつだ。
リンク先にある通り
オリコンチャートの1位獲得曲
108曲目と109曲目には
沢田研二の『勝手にしやがれ』
ピンク・レディーの『渚のシンドバッド』
並んでいる。

 

 

 

(BB) 嘉門達夫「勝手にシンドバッド」
替え唄の名作が多い嘉門達夫にあって、
その中でもピカイチだと思っているのだが、
残念ながらこの曲の知名度は低いようだ。

カラオケにも
「替え唄メドレー」などは必ずあるのに、
この曲はないことが多い。

♪今何時? そうねだいたいね

♪今何時? 僧はボンサンね
と歌っているのを聞いて
思わず引き込まれてしまった。

♪胸さわぎの腰つき

♪このお鍋はフタつき

♪部屋探しの風呂つき
と歌うセンス。

1990年、シングルとして発表されたあと

アルバム
(1) リゾート計画
(2) THE BEST OF KAMON TATSUO

 

(3) ゴールデン☆ベスト
  ~BEST OF 替え唄&ヒットソングス
   1989-1996 ~
(4) 嘉門達夫BOX 
  怒濤のビクター・シングルス

にも収録されている。

ちょっとだけ聞いてみよう。

♪胸さわぎの腰つき
♪バカ騒ぎのモチつき
♪部屋探しのフロつき

 

(CC) 『今何時?』の意味
ツイッターのTL(タイムライン)には、
この曲を「初めて聞いた」という若い方の
「なんで何度も『今何時?』って聞くの?」
「時計がないってこと?」
なる疑問が流れていた。

それに対して、実にスマートに
解説しているつぶやきがあった。

リツイートの繰り返しゆえ
出処がわからないのだが、
内容に敬意を表して
ここに記載させていただきたい。

「今何時?」は
デート中に女性が男性に
問いかける言葉で、

 [1] 門限なので帰る。
 [2] 退屈ですよ。
 [3] 何で誘わないの?

の3つの意味があります。

男性側は、
 ♪だいたいね
 ♪ちょっと待ってて
 ♪まだ早い
などと返事をしながら
どの意味なのか探っている、
というわけか。

うまいことを言うものだ。

 

40年経っても古さを感じさせない名曲は
喚起させるものも多い。

 

 

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2019年2月 3日 (日)

幕末の志士たちの年齢

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幕末の志士たちの年齢

- 30代が新しい時代を -

 

以前、オーストリア旅行記を書く際、
同時代を生きた歴史上の人物の年齢関係を
少しでもイメージしやすくするために、
オリジナル棒年表を作ってみた。
たとえば、 こんな感じ

エクセルの表に
氏名と生没年月日を入力すると、
VBAの簡単なプログラムが走って
年表用のバーを書いてくれる。

すると、記事を読んだ方から
「幕末の人物で同じような棒年表を
 作ってみてもらえないか」
なるリクエストをいただいた。

では、作ってみよう。

 

最初に、オリジナル棒年表の見方について
簡単に説明したい。

* 棒の左端の数字は生年
* 棒の右端の数字は享年
  (死んだときの満年齢)
* 棒右欄外は氏名
* 棒の色
  60歳までは20年区切り
    0 -20歳  緑
    20-40歳  青
    40-60歳  黄
    60歳以上 紫

* 今回だけ特別に[#数字]にて、
  明治維新時の満年齢
を示す。
  なお、日にちで指定することに
  あまり意味はないが、
  年齢計算のために必要ゆえ
  今回は「1868年10月23日」を
  明治維新の日として計算した。

この仕様にて幕末の人物に関する
棒年表を作成すると次のようになる。

通常は、生年順で作成するのだが、
作って眺めてみると
かえって時代の流れが
わかりにくくなってしまったので、
今回は、没年順に並べてみた。

Bakumatsu1


読者の皆様は、この年表の
どの部分に目がいくことだろう?

1853年の黒船来航から
1868年の明治維新までわずか15年。
その短さもよくわかる。

でも、なんと言っても
一番印象的なのは、
明治維新時の年齢「#数字」。
勝海舟の45歳が最高齢で、
木戸孝允は35歳、大久保利通は38歳。

ひとり、ふたりが若かったのではない。
明治政府設立に関与したほとんどの要人は
棒年表の青い領域、つまり40歳以下だ。

こんなに若い人が中心となって
「中央官制・法制・宮廷・身分制・
 地方行政・金融・流通・産業・経済・
 文化・教育・外交・宗教・
 思想政策など」(Wikipediaから)
明治時代、
まさに信じられないほど多岐に及ぶ
改革が進んだのだ。

 

一方、明治維新を迎えられなかった
上段に目を遣ると、
30歳前後という若さで亡くなりながらも
多大なる影響を残した
吉田松陰、高杉晋作、坂本龍馬らが並ぶ。
それぞれが思い描く「新しい世」にむけて
まさに志士としての無念さが偲ばれる。

 

ちなみに
(本音では比較さえしたくはないが)
現(2019年2月)第4次安倍改造内閣の
平均年齢は64歳だ。

 

 

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