日記・コラム・つぶやき

2022年5月29日 (日)

九州・佐世保 一日観光

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九州・佐世保 一日観光

- もう少し近くに寄らせて -

 

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の
広がりにより
旅行できない期間が長く続いていたが、
この5月、久しぶりに出かけられたので、
メモと写真を残しておきたい。

訪問先は、初訪問となる九州・佐世保と唐津。
唐津では知らなかった歴史との出会いがあり、
旅を機会にまた世界が広がったのだが、
まずは佐世保から書き始めたい。

(1) 九十九島

佐世保観光の目玉のひとつ、
九十九島はいろいろな場所から
楽しむことができる。
全景を、ということであれば
石岳展望台からの眺めは特にお薦めだ。

P4301661s

ハリウッド映画「ラスト・サムライ」の
ロケ地になった、という案内も出ているが、
島々の景色はほんとうに美しい。

P4301672s

遊覧船に乗って海から眺めるのもいい。

P4301622s

200人も乗れる規模の遊覧船ながら、
かなり狭い島の間にグングン入っていく。

P4301624s

船上では
「九十九島と言いますが、
島の数は99ではなく、208もあるのです」
とのアナウンスが流れている。

海面を眺めていると
明らかに島と呼べるものもあるが、
海中の岩山のようなものもある。
はて?
何をもって「島」と呼べるのだろう?
そう思いながら船を降りると、
観光案内所には
ちゃんと「ここでの島の定義」が出ていた。

 1年中で一番潮位が高い時に
 水面から出ていて、
 陸生の植物が生えている陸地を
 「島」と定めて数えると、
 九十九島には208の島があります。


なるほど。
陸生の植物が生えていることが
条件のひとつなンだ。

 

(2) 旧佐世保海軍工廠 修理艦船繋留場
   (立神係船池)


弓張岳(ゆみはりだけ)展望台まで登ると
九十九島方面とともに
佐世保の街を一望できる。

P4301607s

その中でも特に印象的なのは
中央右に見えている
旧佐世保海軍工廠 修理艦船繋留場
(立神係船池)。

工廠は「こうしょう」と読む。
軍需工場のことで、
武器・弾薬をはじめとする軍需品を
開発・製造・修理・貯蔵・支給するための
施設。

P4301606s

「凹字状の構造物が工廠の中核施設だった
 修理艦船繋留場(立神係船池)」
との説明案内板が設置されているが、
ご覧の通り、まさに図面のままの形の施設を
眼下に望むことができる。

凹字状の岸壁は総延長1,699m。
常時海水に触れる面に
大規模にコンクリートが用いられた
初めての岸壁だ。

驚くのはその製造年。
明治39年(1906)からの11年

今から100年以上も前に、
耐海水コンクリート技術が
確立していたわけだ。

コンクリート構造物の本格的な海洋進出の
画期となった建造物ということになる。

 

(3) 佐世保重工業(株)佐世保造船所
   (旧佐世保海軍工廠) 施設群


思わず足が止まってしまう
第七船渠(現第四ドック)。

P4301643s

昭和15年(1940)に完成。
全長343.8m、全幅51.3m。
この写真でその大きさが伝わるだろうか。
写真中央の小さな白い点が一台の自動車。

昭和16年7月には
三菱長崎造船所で建造中だった
戦艦武蔵が入渠し、
スクリューや舵、水中聴音器など
艤装の一部を行っている。

クレーンを始め、
なにもかもが巨大で興奮してしまうが、
その圧倒的な迫力は
写真や言葉ではなかなか伝えられない。
全身で体感するしかない、感じ。

P4301660s

いずれにせよ、
これら佐世保重工業の巨大施設は
観光客向けには公開されておらず、
近くを走る道路の歩道から
柵ごしに眺めるしかない。
まさに覗き見だ。

 

(4) 佐世保バーガー

市内の
一直線の長~いアーケード商店街も
シャッター商店街にはなっておらず、
人通りも多く賑わっている。

P4301684s

お昼には、
「佐世保バーガー」を選んでみた。
1950年ごろに米軍関係者から持ち込まれた
ハンバーガーらしいが
特に変わった点があるわけではない。

作り置きしていないので、
待たされるものの、できたてを
美味しくいただくことができる。

店内には
「Where Are You From?
 Plz put the Pin」
(どこから来たの?ピンをさして)
のメッセージとともに
世界地図が貼ってあった。

P4301686s

ピンひとつひとつに
ここ佐世保のハンバーガー屋さんに
立ち寄ったことの物語があるかと思うと
打った人にいろいろ話を聞いてみたくなる。

 

一日観光を楽しんだ佐世保。
九十九島の自然はほんとうに美しかったが、
欲求不満なのは佐世保重工業の巨大施設。

観光客がもっとそばで見られるような
観光資源化はしてもらえないものだろうか?
工場としての実作業を邪魔することなく
だれもが見られるようにすることは
可能だと思うのだが。
もちろんガイド付きツアーでもいい。

柵の外からの覗き見しか手段がないなんて
あまりにももったいない。
その巨大さにも、歴史にも
ワクワクさせる要素があるので
多くの観光客を惹きつけることができると
思うのだが。

 

 

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2022年5月22日 (日)

あの世とこの世が近くなる

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あの世とこの世が近くなる

- 都会の生活には影がない -

 

法事で佐賀県のお寺に行ってきた。

本堂でお経を聞き、
住職さんとゆっくり話をし、
墓参りをしていたら
普段宗教のことなんて
ほとんど考えていないのに、
独特な世界観というか空気感に包まれて、
不思議な気分になった。

P4291517s

佐賀の静かな田舎の景色の中、という
お寺の立地条件も
大きかったかもしれない。

私自身は宗教に浅いので、
宗教的なものとはちょっと違うと思うが、
それでも
数珠を手に何度も合掌を繰り返していると
「死んだ人とともにある」
ということを
ごく自然に感じることができる。

子のいない人はいても
先祖のいない人はいない。
「死んだ人」と無関係に存在している人は
ひとりもいないのだ。

都会での生活は、
「死んだ人を切り離してしまっている」
というか、
「生きている人だけで
 回している気になっている」。

でも、それは、
ものすごく不完全で
不安定なことなのではないか、
そんなふうに思えてきた。

死んだ人は、
今生きている人の影みたいなもので、
常に一対となって存在している。
そのことが生きている人を
まさに立体的に
してくれているのではないだろうか。

都会の生活にはその影がない。
突然感じた不完全さとは、
そういう感覚に
起因しているのかもしれない。

 

佐賀で感じたそんな思いを友人に話したら、
おもしろいコメントを返してくれた。

「田舎に行くと
 あの世がこの世とずいぶん近い感じで、
 それはいいことだと思うんだけど、
 その田舎に行くのが遠すぎて・・・」

「田舎に行くとあの世とこの世が近くなる」
名言だ。
記録を兼ねてここに残しておきたい。

 

 

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2022年5月 8日 (日)

「私はきれいなゴミを作っている」

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「私はきれいなゴミを作っている」

- 生産者も消費者も双方が変わることで -

 

スクラップブックをめくっていたら

朝日新聞の2021年12月3日「ひと」欄
で紹介されていた
エチオピアで人と環境にやさしい
 バッグをつくる起業家
 鮫島弘子さん

の記事が目に留まった。
(以下水色部、記事からの引用)

鮫島さんは、
羊の革を使ったバッグブランド
「anduamet(アンドゥ・アメット)」
を設立し、
代表兼デザイナーとして
活躍しているという。

使うのは食肉の副産物で、
環境対策をした工場でなめされた皮だけ。

元ストリートチルドレンや
読み書きできない人を雇い、
忍耐強く20人の職人を育ててきた。

原点は、
デザイナーとして働いた
化粧品会社で感じた疑問だという。

美術専門学校を出たばかりで
仕事は面白かったが、
新製品を出すたびに
大量の商品が廃棄された。

私はきれいなゴミを作っている

そう思った鮫島さんは、
化粧品会社を3年で辞め、
青年海外協力隊に応募。
派遣先のエチオピアで羊革と
出会い、その後、エチオピアに渡って
起業することになったという。

「私はきれいなゴミを作っている」
なんとも悲しい、虚しい言葉ではないか。

化粧品に限らない。
衣料品も食料品も
大量廃棄の問題はほんとうによく耳にする。

もちろん、たとえば
新商品ブランドの確立と
拡販を目的にした旧商品の廃棄と
食料品の廃棄は
そもそもその理由が全く違うものだが
結果として
「きれいなゴミ」を
大量に発生させていることは同じだ。

どんな理由であれ
「私はきれいなゴミを作っている」では
働く側のモチベーションが
上がるはずはない。

以前「売り切れ」程度は我慢しようなる副題で
食料品廃棄の話を書いたが、
ゴミを出さないためには
生産者側もそして消費者側も
大きく意識を変えていく必要がある。

価値観の変換と同時に
双方ちょっとの「我慢」が
キーワードだろう。

誰だって、あるときは生産者であり、
またあるときは消費者なのだから。

作る人も使う人も
みんなが幸せになるブランド目指す。

ことは可能なはずだ。

 

 

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2022年3月 6日 (日)

恥ずかしいから隠すのか、隠すから恥ずかしくなるのか

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恥ずかしいから隠すのか、隠すから恥ずかしくなるのか

- マスク生活があと2年続いたら -

 

東京、神奈川、埼玉、千葉、
大阪、兵庫、福岡の7都府県に対して、
最初の「緊急事態宣言」が発出されたのが、
2020年4月7日。

不要不急、お前だったのか
という記事をアップしたのが、
2020年4月12日。

まもなく、
マスク生活も2年になろうとしている。

最初のころは
「あっ、マスク」
と忘れて出かけそうになることも多かったが、
いまや
「外出時はマスクをして」が
すっかり習慣となっている。

私自身は、「在宅勤務」が多くなったため、
出社日数も大幅に少なくなっているのだが、
先日出社した際、小さな発見があった。
きょうはそのことを書いてみたい。

 

昼休み、久しぶりに同僚と2人で
会社近くのレストランに昼食に出かけた。

外食はほんとうに久しぶりだ。
お昼休みの時間帯、
ビジネス街のレストランの賑わいも
一時期に比べてずいぶん戻ってきており、
そのときも昼食の会社員で溢れていた。

当然のことながら、
食事中は男女を問わずマスクを外している。

「マスクをしていない人を
 こんなに大勢見るのは
 なんて久しぶりだろう」
そんなことを考えながら
ぼんやり店内を眺めていたら、急に、
普段マスクに隠されている
鼻と口って、なんてエロいのだろう、と
見てはいけないものを
見てしまったような、
不思議な気分に襲われた。

若い女性の口元だけではない。
女性も男性も、
会話をしたり、食べたりしているときの
裸の鼻と口ってなんてエロいのだろう

考えてみると
「恥部だから隠すのか、
 隠すから恥部になるのか」

ほんとうはどちらなのだろう?

「恥部だから隠す」に決まっている、と
漠然と思い込んでいたが
その確信が明らかに揺らいでいた。

よし、大胆にも
ここに自信をもって予測してしまおう。

「マスク生活があと2年続いたら、
 鼻と口は恥部となり、
 正視できないのはもちろんのこと
 恥ずかしくて人前で出せなくなる」


あと2年続いたら・・・

 

 

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2022年2月27日 (日)

体が、成功はイヤだと言った

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体が、成功はイヤだと言った

- 「体にとっていいこと」があるはず -

 

2022年2月20日、
北京オリンピックが終わった。
3月4日からはパラリンピックが始まる。

アスリートたちの超絶としか
言いようのない技の数々は、
もうそれだけでほんとうに魅力的だ。

一方で、
オリンピックがかかえる様々な問題や疑惑、
マスコミの報道姿勢、
そこに群がる、経済的効果にしか
興味がない人たちの姿を見ていると
オリンピックという形そのものを
根本的に見直す時期に来ていることは
間違いない。

究極をめざす競技者の姿を
「アスリートファースト」の競技会で
見られることを待ち望んでいる。

さて、大きなスポーツの大会を目にすると
いつも思うことがあるので
今日はそのことを書きたいと思う。

 

スポーツに限らないが、
「練習のときはできていたのに、
 本番では失敗した」

という言葉をよく耳にする。

その理由については
「緊張してしまって・・・」
「あがってしまって・・・」
「オリピックの悪魔が・・・」
といったお決まりの言葉で
わかったように語られることが多い。

しかし、冷静に考えると

(a) 練習のときはできていた。
(b) 本番で成功すれば報酬も大きい。
 (この場合の報酬は、
  本人の達成感といった
  精神的な喜びはもちろん、
  関係世界における名誉や
  賞金等の金品など、
  かなり広い意味で使っている)
(c) 本人も関係者も本番での成功に向けて
  万全の体制を整えている。

の条件が揃っていながら
理由はともかく結果として
 「体が成功するように動かなかった」
ということが発生したことになる。

つまり、体以外は成功を目指しているのに
最終的に
 「体が、成功はイヤだと言った」
わけだ。

本人の強い強い意志や、
成功によって得られるであろう多くの報酬を
すべて捨ててでも、
「普段はできることを
 今はできないほうがいい」
と体が判断した
ということになる。

どうしてそんな判断をしたのか? 
ふつうに考えれば
「できないほうが、
 体にとっていいことがあるから」

と考えるのが一番自然だ。

成功だって、勝敗だって、
名誉だって、報酬だって、
すべて我々が作ってきた価値感にすぎない。

そこにおける不成功は
「失敗」とか「オリピックの悪魔が」
といった言葉とともに
「負けた」のひと言で簡単に
片付けられてしまうことが多いけれど、
実はその不成功の裏には
成功で得られる価値以上の
「体にとっていいこと」

あったのではないだろうか。

自分たちが勝手に作った「成功」という
価値観に囚われすぎて、
だれもそれを見ようとしていない。

なので未だにだれも
言葉で表現できていないけれど、
「不成功」によってもたらされる
「体にとっていいこと」の価値は
実はすごく大きいのではないか
と思っている。

生物として
「体が反応したこと・判断したこと」

頭で考えたりすることよりもずっとずっと
生きることの根幹に関わることが多いから。

 

 

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2022年1月16日 (日)

抜き打ちテストのパラドックス

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抜き打ちテストのパラドックス

- どこが間違っているの? -

 

「抜き打ちテストのパラドックス」
とか
「死刑囚のパラドックス」
とか
「プレゼントの箱のパラドックス」
とか、問題文によって
その呼び名は異なるようだが、
内容的には全く同じ、
ある問題をご存知だろうか。

1940年代にはすでに知られていた
かなり古い歴史のあるものらしい。

初めて聞く、という方のために
代表選手として
「抜き打ちテストのパラドックス」
を紹介させていただきたい。

問題は実にシンプル。

教師が学生に言った。

1.来週の月曜日から金曜日のどこかで
 抜き打ちテストを実施する。
2.抜き打ちテストとは、実施日を
 前日に予測することができない
 テストのこと。


それを聞いた学生Aは
「先生の言う1と2を満たす形で
 抜き打ちテストを実施することは
 不可能である

と結論づけた。

という話だ。

どうしてそういう結論になるのか。
学生の推論のロジックはこうだ。

「金曜日にテストを
 実施することはできない。
 なぜなら、
 木曜日までに実施されなかった時点で、
 テストは金曜日ということが
 確定してしまい、2.を満たす
 抜き打ちテストにならないからだ。

 金曜日に実施できないのだから、
 同様の論理で
 木曜日にも実施できない。

 水曜日までに実施されなかった時点で、
 「金曜日はありえない、
  だったら木曜日」と予測できてしまい
 抜き打ちテストにならないからだ。

 同様に繰り返すと、
 水曜日も火曜日も月曜日も
 実施できないことになる」



「死刑囚のパラドックス」
では死刑執行日を、
「プレゼントの箱のパラドックス」
ではプレゼントの入っている箱の番号を、
抜き打ちテストの曜日の代わりに
使っているだけで、
どれも全く同じロジックで
「執行日に期限があるなら」
「期限までには執行できない」し、
「プレゼントの箱が有限個なら」
「どの箱にも入れられない」
という結論になる。


でも、最初の抜き打ちテストの例で
考えればすぐにわかる通り、
「来週中に、
 (前日に予測することができない)
 抜き打ちテストを実施すること」は、
実際には明らかに可能だ。

「実施できない」と
結論づけた学生のロジックは
いったいどこが間違っているのだろう?

シンプルなことなのに
いまだにうまく説明できない、
長く抱えたままになっている
宿題のひとつだ。

うまい説明をお持ちの方、
ぜひ教えて下さい。

 

 

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2021年8月 1日 (日)

クイズ「赤ワインと白ワイン」

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クイズ「赤ワインと白ワイン」

- 10mlの往復が引き起こす「なんでぇ!?」 -

 

友人から教えてもらったクイズに
忘れられないものがある。

すごくシンプルな問題なのに
出題してみると
「えっ、なんでぇ!?」
と返される率が異様に高い。

ご興味があれば読者の方も
ぜひ考えてみて下さい。

【問題】

ここに
赤ワインの入ったグラスと
白ワインの入ったグラスがある。

今、赤ワインのグラスから
10mlの赤ワインを
白ワインのグラスに移す。

白ワインのグラスをかき混ぜたあと、
白ワインのグラスから10mlをすくって
赤ワインのグラスに移す(戻す)。

「10mlのワインが一往復しただけ」
なので、それぞれのグラスには
最初と同量のワインが
入っていることになる。

さて、問題。
上記ワインの一往復の後、
(a) 白ワインのグラスに入っている
  赤ワインの量

(b) 赤ワインのグラスに入っている
  白ワインの量

は、どちらが多いか?

 

この問題、

最初に白ワイングラスに入る赤ワインは
薄まっていない、言ってみれば
「純粋な赤ワイン」だけれど、

赤ワイングラスに戻される白ワインは
「赤の混じった白ワイン」
ゆえ、

純粋な赤ワインが注がれた方、つまり

(a) 白ワインのグラスに入っている
  赤ワインの量
の方が多い、

と答えてしまう人が多い。
しかし残念ながらそれは間違いだ。

「えっ、なんでぇ!?」と思った方、
簡単に図を書きながら考えてみたい。

Rwwine1

左が赤ワイングラス、右が白ワイングラス


Rwwine2

1ブロック=1mlとして図に書くと、
赤ワイングラスから白への10mlの移動は
緑の枠に相当する。


Rwwine3

10mlを移した直後はこんな感じだが、
もちろん赤ワインはすぐに混ざっていく。


Rwwine4

混ざった後、赤ワイングラスに
10mlを戻すとは、こんな感じ。


Rwwine5

これで10mlがグラス間で
一往復したことになる。
この図の場合で言うと、
1ブロック=1mlを表しているので
赤ワイングラスに含まれる白ワインは8ml
白ワイングラスに含まれる赤ワインは8ml
つまり両者は同じだ。


Rwwine6

最終的な形態を図で見ればわかる通り、
どんな場合(比率)で一往復しても
左グラスに含まれる青ブロックの数と
右グラスに含まれる赤ブロックの数は
必ず一致する。

最終的には、元の量に戻り、
(左に青が1入れば、
 その時は必ずその入れ替わりに
 右に赤が1入る、わけで)
左右で赤と青が
入れ替わっているだけ
なのだから、
当然といえば当然なのだが、
問題文で考えると
「最初の移動は10個全部赤」
「次の移動は10個以下の白」

という事実につられてしまって
多くの場合、
最終的な形態を冷静に考えることが
できなくなってしまうようだ。

シンプルだけれど、
いや、シンプルだからこそ
よくできた問題だ。

 

 

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2021年3月28日 (日)

「若さ」は発明?

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「若さ」は発明?

- 「老い」は負い目ではない -

 

前回、前々回と
(1) 最初にまず交換したかった
(2) 「言葉づかい」と「身体づかい」
なるタイトルで、

三浦雅士 (著)
考える身体
NTT出版

(以下水色部、本からの引用)

の本の一節を紹介したが、
もうひとつ紹介したい節がある。

それは「若さ」について。

若さとは
ヨーロッパの発明である

と述べたのは吉田健一だが、
そのとおりだろう。

いまやあまりにも常識化していて
なかなか発明とは思いづらいが
なるほど、実体がない
どこかの時点で発明された概念と
捉えることもできるということか。

 

ヨーロッパ近代においては、
老いはまさに負の要素であり、
負い目そのものだった。

若さを美徳とするこの考え方の背後に、
生産第一義が潜んでいることは
疑いない。
効率よく生産するには
青年のほうが適している。

生産性や勝ち負けに目がいくと
やはり若さにはかなわない。

でも、ものを見る視点は
そういったものだけではもちろんない。

事実、かつての日本においては、
若く見られることのほうが
恥ずかしいこと
だったのだ。
 (中略)
たとえば能狂言においては、
若さは必ずしも美徳ではない。
日本舞踊においてもそうだ。

いや、剣道や柔道といった
武術においてさえ、
老いは決して負の要素ではなかった

剣道だって柔道だって
そもそもは勝ち負けを決める
「スポーツ」ではない。 

数年前、井上八千代の舞いを見て
その呼吸に驚嘆したことがある。
時を経るにしたがって印象がかえって
鮮明になってくるのが不思議だが、
まるで幼子のようだった。
実際は、米寿を越えていたのである。

こういうことは
バレエにおいてはまずありえない。
ヨーロッパと日本では、
身体についての考え方が
根本的に違うと言うべきだろう。
身体観、
さらに言えば自然観が違うのである。

三浦さんはその違いを
こんな言葉で表現している。 

老いは身体の自然である。
自然を操作し支配しようとする姿勢と、
逆に、おのずから生成消滅する
自然の声に謙虚に耳を傾ける姿勢
との違いが、
老いをめぐる考え方にも
そのまま反映しているように思われる。

最初に書いた通り、
生産性や勝ち負けばかりに目がいくと
ものの見方が狭くなってしまう。

以前、紹介した小林秀雄さんの
こんな言葉を再度載せておきたい。

じゃぁ、
歳をとった甲斐がないじゃないか。

いつまでたっても
青年らいしいヤツなんていうのは。

甲斐がない。
何のために歳をとっているんですか。

小林さんの声のトーンで
直接聞いてみたいという方は、
こちら「歳をとった甲斐がないじゃないか」
をどうぞ。

若さには、
生産性や勝ち負けを超越した
美しさや魅力があることは確かだけれど、
時間の経過は
誰でも等しく受け入れるしかない以上
「歳をとった甲斐のある」
日々を過ごしていきたいものだ。

 

 

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2021年2月21日 (日)

「こだわる」にこだわりたくはないけれど

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「こだわる」にこだわりたくはないけれど

- 「つまらないこと」だけに使いたい -

 

ずいぶん前からとはいえ、
最近ますます気になっている言葉に
「こだわる」がある。

この言葉、もともとは
「気にしなくてもいいような
 些細なことにとらわれる」
といったような
かなりnegativeな意味だったはずだ。

それが近年は、別な意味で使われることが
圧倒的に多くなってしまった。

昭和のオヤジとしては
それが気持ち悪くてしかたがない。

そういえば同じ昭和のオヤジ
タレントの松尾貴史さんも
本件に同じ不快感を示していたなぁ、
とスクラップブックをめくってみたら
あった、あった。

2007年1月18日の
朝日新聞夕刊。

A070118ekodawari

松尾貴史さんが
  「こだわり」にこだわる理由
というコラム
を掲載している。
(以下水色部、記事からの引用)

私は、
「こだわり」と言う言葉が嫌いだ。
「こだわりの料理店」
「職人のこだわり」
「こだわりの逸品」などなど、
言葉自体というより、
その使われ方がみっともない。

松尾さんは「みっともない」
という言葉を使っている。

丁寧に辞書を追ってくれているので
まずは見てみよう。

広辞苑第四版(1991年改訂)には、
「さわる。さしさわる。
 さまたげとなる」

「気にしなくてもよいような
 些細なことにとらわれる。
 拘泥する」


「故障を言い立てる。
 なんくせをつける」
など、
およそいい意味の言葉ではない
解説が並んでいる。

そぉ、まさに私のイメージもこれ。

「つまらないことにこだわるなぁ」
みたいな使い方が一番しっくりくる。

 

それがどうだろう、
第五版(1998年改訂)では、
「些細な点にまで気を配る。
 思い入れする」という、
時流に媚びた表現
が加わっている。

「媚びた」と感じるのは
私の主観だけれども、この言葉が
褒め言葉として跋扈している風潮が、
どうにも不快なのだ。

私自身は言葉の専門家ではないので
ほんとうのところはわからないが、

「つまらない、どーでもいいこと」に対して
細かく気にしてあれやこれや言う
「つまらないことにこだわる」
の対象が、
「つまらない、どーでもいいこと」から
「それ以外のもの」
さらには正反対の「重要なもの」にまで
拡大してきた、ということなのだろうか?

「食材にこだわるシェフ」
などと聞くと、食材は
「つまらない、どーでもいいこと」なのか
とツッコミたくなってしまい
逆にいいシェフに思えないのだ。

まぁ、私個人の私的な認識との
ギャップに文句を言ったところで
もはやこの風潮というか使い方を
変えることはできないだろう。

でも少なくとも私自身は、
「つまらない、どーでもいいこと」に対して
「こだわる」ときにしか
使わないようにしようと思っている。

食材もそうだが、対象を詳細に理解し、
ほんとうに細かい点にまで気を配れる人は、
拘泥とはむしろ逆、
そこから自由にはばたける発想を
持っている気がする
からだ。

 

 

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2021年2月 7日 (日)

卵を抱きながら

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卵を抱きながら

- 雛は作者が行ったこともない国に -

 

ドイツ文学の翻訳を手掛けている
翻訳家の松永美穂さんが
2006年の「図書」1月号に
「卵を抱きながら。
 もしくは、くせになる翻訳」

というエッセイを寄せていた。
(以下水色部、エッセイからの引用)

 

そもそも、
日本語に翻訳された外国の小説は、
もとはみな英語だったと
思い込んでいる人がときどきいる


わたしが
ドイツ文学の翻訳者です」と言うと、
「え、あの本、
 もとはドイツ語なんですか?」
とびっくりされたことがあった。

翻訳を出版してくれる出版社を
見つけることがたいへんであったり、
映画化の機会が少なかったり、と
英文学の翻訳と比べての
独文学の翻訳のマイナー具合を
ユーモアを交えながら
ちょっとシニカルに語っている。

でも、
もちろん卑屈になっているわけではなく、
たとえば、作者と実際に会っての会話を

訳者
「ここ、『手をポケットに入れて』
 という箇所、手は単数なのに
 ポケットが複数形なんだけど、
 一本の手を二つのポケットに
 入れていたの?」

作者
「そ、それはミスプリよ!
 編集者が見落としたのね。
 それにしてもあなたたち翻訳者って、
 ほんとに細かいところまで
 読んでるのね…(嘆息)」

と書いていたりして、
翻訳者としての緻密な仕事に
誇りをもって取り組んでいる様子が
よく伝わってくる。

その中で、
「翻訳」の瞬間を
実に上手に表現している部分があったので
今日はその部分を紹介したい。

去年のいまごろは、ベルリンにいて、
ベルリンが舞台になっている短編集を
翻訳していた。

朝ごほんを食べて、シャワーを浴びて、
コンピュータを立ち上げ、
窓際にある机に向かって腰を下ろす。

わたしが暮らしていたアパートは
建物の二階にあって、
通りに面した窓からは
道行く人がよく観察できた。

11時ごろになると、向かいの建物の
一階にある託児所の子ともたちが、
保育士さんに手を引かれて
散歩に出かける。

ベルリンの晩秋はもう寒いけれど、
子どもたちは嬉しそうに外に出てきて、
お昼ごろまた戻ってくる。

そのころになるとわたしも昼食をとり、
昼のニュース番組を見て、
ときにはスーパーに買い物に出かけ、
そのあとまた机に向かい、
日がとっぷり暮れて
託児所のシャッターが降り、
同じアパートの住人たちが帰宅する足音が
階段から聞こえてくるころまで、
翻訳を続けるのだった。

一日中誰とも口をきかないことも
あったけれど、
翻訳をしていると、
作者とずっと話しているみたいな
気分になれるので、寂しくはなかった。

卵を抱いて温めているような気持ちになり、
翻訳が進むにつれて
卵がいまにも孵化しそうになってくる、
そういうときにはあまり大勢の人と
話をしない方がいいんだと、
妙に納得したりしていた。

卵を抱いて温めているような気持ち、か。
孵化しそうになってくる、か。

私は翻訳家ではないが気持ちはよくわかる。

それほど大事にされたところから
生まれ出た訳文かと思うと
読む方も嬉しくなってしまうではないか。

 

自分の書いた作品が
自分の読めない言語に翻訳された、
ということを
すごく喜んでくれる作者もいる。

作者の自分が
まだ行ったこともない日本という国へ、
本だけが先に行ってしまった


作者が卵を産み、翻訳者がそれを孵し、
雛があちこちに散っていって、
想像もつかないような場所で
誰かに飼われている


ふとそんな光景を思い浮かべてみる。

「どうぞこれからもたくさんの雛を
 ドイツ文学の世界から
 日本に届けて下さい」
読みながら思わずそうつぶやいてしまった。

 

 

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