日記・コラム・つぶやき

2017年6月25日 (日)

大岡川遡行 (4)

(全体の目次はこちら


大岡川遡行 (4)

- 大岡川源流域 -

 

横浜市の大岡川、河口から
(1) 中区日ノ出町まで
(2) 南区弘明寺町まで
(3) 磯子区栗木まで
と進んできた遡行も
今回で4回目。いよいよゴールだ。

 

途中、大岡川に
沿うように延びていた古道
「かねさわ道」に関する案内もあった。

「かねさわ」と書くと
どうもピンと来ないが、
漢字で書くなら「金沢八景」の
「金沢」なのだろう。

P5147439s

一部引用したい。

・・・東海道から別れ
横浜南部の丘や
大岡川、笹下川流域経由で
氷取沢・能見台・六浦に通じている
古道「かねさわ道」

・・・(中略)

江戸時代には峰護念寺のお灸、
杉田妙法寺一体の梅林、
富岡のほうそう(天然痘)に
霊験あらたかとされた芋神さまや、
鎌倉・江ノ島の名所を遊覧する人々で
この道が賑いました。

また黒船来航で騒然としたころは
江戸と三浦半島との間で
飛脚や沿岸防備の武士が
頻繁に往来
しました。

江戸と三浦半島を結ぶ幹線だったようだ。

 

それにしても、
今回ブログを書くにあたって、
各所で撮影した
案内板や石碑等の文章を
改めて読み返してみたのだが、
大いに気になることがひとつある。

上大岡の「青木神社」、
大岡川水門の所にあった「かわじまの碑」、
そして今回の「かねさわ道」、
この3箇所の説明書きには、
歴史的な事実はともかく、
日本語の文章として
明らかにおかしな部分がある。

「関東、奥州一帯に大水害」が
「関東、奥州一体に大水害」と
漢字が間違っているものもある。

原案作成時点でヘンな文章だったり、
漢字を間違えてしまったりは
ウッカリも含めてあるかもしれない。
しかし、最終的に碑になるまでには、
ナン人もの人がチェックしたのでは
ないのだろうか?

どうしてそれらすべてをスリ抜けて、
ヘンな日本語が石や鉄板に
刻まれてしまったのだろう。

発行はどれも「横浜市」。
難しいことが書いてあるわけでない。
簡単な記述だからこそ、
もう少し気を遣ってもらいたかったと思う。

 

根岸線を越えたあたりからは
さらに川沿いを歩けなくなる。

P5147443s

県立氷取沢(ひとりざわ)高校の
付近まで来た。

P5147451s

氷取沢(ひとりざわ)
難読地名のひとつとして
取り上げられることもよくあるが、
なんとも味のある地名だ。

「氷取沢神社」という神社もある。

P5147456s

源流のある円海山方面に
向きを変えたあたりから
一気に景色が変わってきた。

P5147458s

「ここは横浜?」
と言いたくなるような豊かな緑。

P5147464s

市民農園としても
開放されているようだが、

P5147468s

丁寧な農作業のあとが
あちこちに見られる。

P5147466s

横浜横須賀道路の高架の先には
「氷取沢市民の森」が広がっている。
いよいよ源流が近づいてきた。

P5147472s

大岡川はもうこんな感じだ。

P5147480s

森の奥へ入っていく。

P5147494s

途中、「マムシに注意」も。

P5147499s

流れとして追うのはそろそろ限界か、
と思ったころ

P5147502s

突然、こんなものが目の前に。
大岡川源流域

P5147504s

極私的イベントのゴールを
明示してくれているのもうれしいが、
それにしても、「源流域」の
「域」という文字がやさしい

実際に行って目を凝らすと、
地面から水がしみだしている箇所が
ところどころにあり、
小さな流れを作っている。

P5147511s

「最初の一滴はここだ!」という
「一点」があるわけではない。

「このあたりですよ」の「域」。
気分的には大満足。

しみだしている水を目に焼きつけた後は、
最後、森林の中を歩いて、
「いっしんどう広場」を目指した。

P5147522s

 

目的地にまで到達できたので、
今回の遡行全行程を
大きく地図で振り返ってみたい。
青い点線。
実際に歩いたのは15km程度だろうか。
北から南方向に歩いて来たことになる。
(地図はGoogle Mapから)

Map2s

 

終点にあたる円海山は名の通り
山になっているうえ、
三浦半島の背にあたるので、
横浜市方面と、鎌倉市方面を
同じ場所から見下ろすことができる。

Map1


西に相模湾・鎌倉(黄色矢印)方面

P5147527s

東に東京湾・横浜(青色矢印)方面

P5147531s

遠く横浜ランドマークタワーを見ると
「あそこから歩いて来たンだなぁ」と
感慨もひとしお。

夜は一緒に歩いた仲間と
居酒屋で乾杯。
まる一日体を動かしたあとの
ビールがうまかったことは、
言うまでもない。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2017年6月18日 (日)

大岡川遡行 (3)

(全体の目次はこちら


大岡川遡行 (3)

- 大岡川分水路の驚き -

 

ここから始めて
ここまで来た
横浜市の大岡川遡行の3回目。

南太田駅の手前で別れた
京急本線と上大岡駅手前で再会。
今回は交差している。

P5147369s

ちょうどいい時間となっていたので
上大岡駅前で昼食をとることにした。

歩き通しだったので、
「食事+休憩」ですっかりリフレッシュ。
体力の方は回復して元気になったのだが、
このころからカメラの調子が
怪しくなる。

写真は撮れるが露出がヘン。
強制的に露出補正しながら
騙し騙し使っていく。

 

【青木神社】

P5147375s

社殿前には、掲示があり

かつて
"九十九曲り"の異名をとったように
激しく蛇行する大岡川は、
しばしば洪水氾濫を繰り返した

とある。

内容を読むと、

* 宝永4年(1707年)
  富士山噴火による降灰は、
  大岡川流域でも60cmにも達し、
  それが雨で押し流され
  川筋を埋めて
  甚大な被害をもたらした、

* 享保16年(1731年)
  蛇行の修正や河道の拡幅、

* 天明6年(1786年)
  大洪水により大岡川の流れが変り
  社地が川の両側に分断、

* 昭和30年以降もしばしば洪水に、

などなど、
洪水関連の記録が並んでいる。

小さいながらも、
ずいぶん暴れん坊の川だったようだ。

 

【大岡川と日野川の合流点】

P5147387s

左側から大岡川、右側から日野川
手前に向かって流れ合流している。

これまで通り大岡川の方を追うが、
この先、だんだん川幅も狭くなり、
同時に川沿いが歩きにくくなってくる。

P5147394s

川沿いの道がない部分は、
できるだけ川から離れないルートで。

突然ですが、ここで【問題】です。
下の写真、左手の長い長い高い塀
さてナンでしょう?

P5147396s

正解は「横浜刑務所」。

 

橋から見下ろすと
鯉をよく目にするようになる。
住宅街の中を行く。

P5147401s

河口から歩きだして初めて、
水門が見えてきた。
【大岡川水門】だ。

P5147402s

水門の向こうには取水庭が見える。

P5147405s

「大きいのは大きいけれど
 この程度の大きさで、
 洪水が迫っているとき、
 どの程度役に立つものかねぇ」

などと言いながら、
取水庭側に回ってみて驚いた。

 

「おぉ、これは!」

P5147406s


なんと直径10mにもなる
大きな穴が見える。

近くにあった
「大岡川分水路建設之碑」を見ると

P5147412

そこで、
神奈川県と横浜市は、
このような災害を防止するため、
日野川と大岡川の洪水を
直接根岸湾に放流する
大岡川分水路計画
を樹立し、
昭和44年に着工いたしました。

以来、
家屋の移転、用地の提供など
多くの市民の方々の
絶大なるご協力のもとに、
12年の歳月と
166億円余の事業費
を投じ
昭和56年3月
ここに完成したものであります。

大きな穴はトンネルとして、
そのまま根岸湾、つまり
海にまで通じているという。

これはすごい。

P5147414s

日野川の水も
大岡川の水も
大トンネルを通って、
海に注ぎ込む仕組みがあるなんて。

「大岡川分水路建設之碑」は
立派なものだったが、近くにある
地図の方は劣化がひどく
ちょっと悲しい。

P5147415s

横に走る赤いラインが分水路。

トンネルなので
詳しいルートはよくわからないが、
地図上の直線距離で見てみると、
日野川から大岡川まで約1.4km
大岡川から海まで約2.1km
合計約3.5kmの分水路ルート
(上の地図の赤いラインの総延長)のうち
約2.7km程度は
トンネルになっているようだ。

取水庭を振り返りながら先に進む。
奥に水門。大きなトンネルは
この写真の右手になる。

P5147410s

左手には、このあたりの土地が
室町時代から代々続く
北見家の居住地「川嶋」(かわじま)
であったこと、などが書かれている
石碑(かわじまの碑)もある。

 

屏風浦バイパスをくぐったあたりから
川に寄ったり離れたりの道になる。
基本的には
「笹下釜利谷道路」に沿う方向。

橋も時代を感じさせる短いものが多い。

P5147426s

橋には、
「事故や安全を考慮して、
 あとから追加でつけました」
といった感じの
まさにとってつけたような
補強された柵や手すりが
目立っている。

P5147429s_3

 

河口から10.2kmの表示があった。
もう10km以上は
歩いてきたということになる。

P5147434s

川幅がいよいよ狭くなってきた。

P5147435s

次回は、いよいよ最終回。
源流はいったいどんなところに?


 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2017年6月11日 (日)

大岡川遡行 (2)

(全体の目次はこちら


大岡川遡行 (2)

- 建物に面影だけを残して -

 

ここから始めた
横浜市の大岡川遡行。

今日は2回目、続きを書きたい。

日ノ出町あたりまで来ると、
湧き水が。

P5147263s

簡単な説明書きもある。
要点のみ書くと・・・

野毛山の裾野に位置する日ノ出町周辺は、
自然の湧き水に恵まれた地域で、
明治の初めごろから、
横浜港に寄港する船舶に
飲用水を提供していた
と言われています。

近年は飲むことはできない。

船舶への飲料水の提供か。
燃料、食料、飲料水、などなど
港で補給されるものは
どれほど多岐にわたっていたことだろう。

ちょっと気をつけて見てみると、
川に沿って走る
京浜急行線の高架の向こうには、
山が迫っているのがよくわかる。

P5147293s

川のほうは、ほんとうに静かで、
流れを感じさせない。

P5147269s_2

 

黄金町まで来て、
ふと交番を見上げると、
なぜか屋根の上に猛禽類が。

イセタカ君」という
マスコットキャラクターらしい。
モデルは「ハイタカ」という鷹の一種とか。

P5147274s

付近は、
現在は風俗店ではなくなっているものの、
その間取りから
かつての「ちょんの間」の面影を
強く残している。

P5147275s

ネットで検索すると、
「最盛期には250軒もあった」
という記述もある。

それこそカメラを持って、
というわけにはいかないだろうが、
その頃の夜、
このあたりはいったい
どんな雰囲気だったのだろう。

P5147278s

「バイバイ作戦」と呼ばれる
かなり過激な
風俗店一掃作戦が開始されたのは
2005年のこと。

JR福知山線の脱線事故があり、
つくばエクスプレス線が開通し、
愛知県で「愛・地球博」が開催され、
「ごくせん」「電車男」「女王の教室」
といったテレビドラマが
ヒットしていたのが2005年だ。
そのころまで、このあたりは
一大風俗街だったということになる。
ついこの間の話だ。

今は、桜の名所
「大岡川プロムナード」の一部として
整備され、
誰でもが歩きやすくなっている。

P5147281s

交番の「イセタカ君」も
地域の治安に目を光らせている、
ということか。

「大岡川プロムナード」の整備の一部か
このあたりから橋名の案内表示も
よく目にするようになる。
ここは「太田橋」。

P5147279s

相変わらず水面は静かだ。

P5147284s

道慶(どうけい)橋まで来ると、
りっぱな道慶地蔵尊が。

P5147287s

川向うに見える材木店には、
こんな看板がでていた。

さて、これらの漢字、
いくつ読めるだろうか? 
全問正解は・・・難しい。

P5147290s_2

楢(なら)、椛(もみじ)
栓(せん)、椈(ひのき)
朴(ほお)、楠(くすのき)
杉(すぎ)

一番左は、木偏に仏?
木偏に佛で「しきみ(樒)」という
植物名が出てくるので
おそらくそれを指しているのだろう。

 

京急・南太田駅の手前、
並行して走っていた
赤が印象的な京急本線とも
このあたりで一旦離れてしまう。

P5147295s

後方のランドマークタワーとも
お別れだ。

P5147300s

振り返って見ると、湧き水を提供する
野毛山方面の土地(写真左手)が
高くなっていることがよくわかる。

 

京急本線から離れると、川は
首都高速神奈川3号狩場線の下に
もぐりこむような、と言うか、
首都高が覆いかぶさるように迫ってくる。

P5147307s_2

蒔田公園の横、首都高の下が
支流中村川との分岐点になる。

P5147312s

上に大きく覆いかぶさっている
ゴッツイ構造物が、
首都高速神奈川3号狩場線。

写真左手が本流で、
右手が支流中村川
写真奥に向かって流れている。

中村川は、この先、横浜の大繁華街
元町と中華街の間を流れる堀川となって
横浜港に注ぐ。

 

高速出口は川に沿った
緩やかな曲線になっていた。

P5147313s

 

通称Y校、横浜商業高校脇には、
なぞの構造が。

明らかに川へのアクセスを
意識したものだが、
これはいったいナンなのだろう。

ボートの出し入れでもするのだろうか?

P5147318s

P5147319s

 

川沿いの桜はかなり大きく茂っている。
桜の季節は
それはそれはみごとなことだろう。

P5147327s

環状1号線の鶴巻橋あたりまで来ると、
川に鯉をみかけるようになる。

P5147332s

となりの大井橋、
親柱横のお地蔵様に
地域の方々の心遣いを感じながら、

P5147333s

さらに遡って行くと、
だんだん川の様子が変わってきた。

P5147336s

弘明寺駅付近では、
「水辺の遊歩道」ということで、
川まで下りて歩くことができる。

P5147349s

川辺を歩くので
弘明寺商店街のアーケード、
観音橋も同時にくぐる。

P5147354s

遊歩道も整備されており、
釣りを楽しんでいる人もいる。
聞くと釣れるのは
「ハゼ」や「ボラ」とか。

汽水域というべきなのか、
まだこのあたりでも海の魚が
釣れるらしい。

P5147359s

「出世魚でね、
 成長に合わせて名前がね・・・」と
ごっつい指を折りながら
丁寧に名前の変化を教えてくれたのだが、
今、書こうとしても
ひとつも思い出せない。

そのうえ、
まだまだ詳しい話をしたそうだったのに、
「友人が先に行ってしまったので」と
半ば強引に、親切な説明を
途中で振り払ってしまった。

知識豊富で柔和な太公望には
ずいぶん失礼してしまった。

 

京急・上大岡駅の手前、
離れていた京急本線との
再会も近い。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2017年6月 4日 (日)

大岡川遡行 (1)

(全体の目次はこちら


大岡川遡行 (1)

- 新田は江戸時代前期から -

 

2年前、
ここで、妙正寺川歩きをしたメンバで、
今回は、横浜市の
「大岡川」を歩こうということになった。

河口(かこう)から歩きはじめて
源流、できることなら
最初の一滴に辿り着くまで。

まさに大岡川遡行。

全行程でも、15km程度のルートなので、
カメラ片手に、
のんびり一日かけて歩くのには
ぴったりのうれしいコースだ。
いいコースを選んでくれた友人に感謝。

今回も写真の整理を兼ねて
再度行程を思い返してみたい。

 

5月の日曜日の朝、
「河口から」と言うなら
やっぱり海からでしょ」ということで
「みなとみらい」の海にメンバが集まった。

P5147198s

雲は多いが、
長距離歩くことを考えると、
これくらい曇ってくれているほうが
かえって助かる。
強い日差しは、日焼け対策だけでも
面倒なことが多いので。

休日の、朝の風が気持ちいい。

P5147199s_2

時間も早いので、まだ観光客は少ないが、
ジョギングしているランナーには
数多くすれ違った。
海沿いのいいコースだ。

ちょっと歩き始めたところで、
こんなものが目に留まった。

P5147209s

「ドック用排水ポンプ・カバー」

横浜船渠(せんきょ)株式会社
第一号、第二号
ドック用排水ポンプ・カバー

1896年アレン社製(イギリス)。
修理を重ねながら
約85年間にわたってドックの
排水機能を担ってきた

2000年に国の重要文化財に指定。

との説明書きが添えてある。

船渠(せんきょ)とは
 船舶を建造または修繕するために
 入れる構造物、ドック。
のこと。

「渠」という字は、「暗渠(あんきょ)」
での利用くらいしか思い浮かばないが、
改めて調べてみると、
「人工の水路。掘り割り。みぞ」を
意味する漢字らしい。そのままだ。

それにしても修理を重ねながらとはいえ
85年も使われていたとは。

ポンプに限らず、
昔のものはほんとうに長生きだ。

以前、80年以上も使われている
電車車両の話も聞いたことがある。
あれほど消耗の激しそうなものでも、だ。
最近見る、あのいかにも軽そうな
アルミの車両はいったい何年くらい
使えるのだろう。

 

ポンプカバーの近くには、
大きなスクリューのようなものが
横たわっていた。

これはいったい何だろう?

P5147212s

螺旋杭(らせんぐい:スクリューパイル)
というらしい。

近くの説明書きから要点のみを
ピックアップすると・・・。

現在の大桟橋の前身である鉄桟橋は
横浜港の第一期築港工事で
1894年に完成

鉄桟橋は海底にねじり込まれた
505本の鋳鉄製の杭で支えられていた。

イギリス製で直径は約30cm、
長さは約16-20m
耐荷力を増すために
先端にスクリュー(螺旋沓(くつ))
がつけられていた


1899年から始まった第二期工事では、
鋼製194本(直径17cm,長さ20m)が、
関東大震災後、復旧工事のなかでは
鋼製579本(直径18cm,長さ20m)が
新たに使われている。

説明書きにあった図の一部も
添えよう。下図の黄色い部分、
桟橋の杭として
使われていたもので、
先端が螺旋(らせん)状になっている。

P5147211bsss

鉄桟橋は
1923年、関東大震災で大きな被害。
螺旋杭は
1994年に海中から掘り出された

23年も前に
海中から掘り出されたものらしい。

 

ここ30年ほどで
大きく変わった「みなとみらい地区」。

旧施設の再利用も
新施設の内容も
人の動線を考慮した全体の配置も
どれもよく考えられており、
特徴ある景観を作り出している。

P5147222s

 

北仲橋に到着。
ここが事実上大岡川の河口。

P5147220s

親柱部には「大岡川」と
大きく刻まれている。

P5147224s

すぐ横には、
「二級河川大岡川」の
詳しい周辺地図もある。

P5147227s

いよいよ川に沿っての遡行開始だ。

ふと見ると川沿いではなく
川のど真ん中を立ったままの姿勢で
気持ちよさそうに遡っていく
小集団があった。

P5147230s

スタンドアップパドル(SUP)と呼ばれる
立ち漕ぎボート。

P5147232s

静かな川面を行くのにはいいが、
波のような起伏には、いったいどの程度
耐えられるものなのだろう?

 

振り返って見るとみなとみらい地区の
全景が見える。
このあたりからこの景色ともお別れだ。

P5147231s

前方には、国道16号の大江橋と、
JR根岸線の鉄橋が重なって見える。

P5147235s

JRの鉄橋をくぐると、上流に向かって
右手に野毛、左手に吉田町
夜は賑やかな
繁華街の中を抜けて流れている。

P5147240s

それにしても野毛側の川沿い、
小さなスナックの密集度がすごい。

P5147241s_2

夜、カメラを持ってもう一度来たい感じ。
お店のサインに灯がともると
それなりに雰囲気はありそうだけれど。

P5147246s

 

もう少し進むと
左手は、福富町、長者町
呼ばれるあたりになるが、
こちらのほうは、
風俗店の密集度が高い。

P5147247s

歩いていて驚いたのは、日曜日の朝、
まだ9時頃なのに営業しているお店が
結構あること。
開店のサインもキラキラと光っているし、
店の前を掃除したり、
水を撒いたりしている人もいる。

日曜日の朝、
いったいどんな客を狙っての開店なのだろう?

 

長者橋まで来た。

P5147250s

長者橋のすぐ横には
こんな宝くじ売り場が。

P5147253s

「長者橋」
確かにここに作らないテはない。

ただ、地名はバッチリだとしても、
この外観では、どうも
あまり当たるような気がしない。

 

近くには、
吉田新田関連案内図」があった。

P5147249s

現在の関内駅から南側にあった入海を、
江戸の材木商人吉田勘兵衛
(よしだかんべえ)<1611-1686>
中心となって埋め立て、
吉田新田と呼ばれるようになりました。

年代を見れば分かる通り、
江戸時代といっても、
明治が迫った幕末ではなく、前期だ。

勘兵衛の功績を称えて新田名を
吉田新田と改称し、
吉田に苗字帯刀を許したのは
徳川家綱だったという。
第4代将軍だ。

私の浅い歴史感では、横浜と聞くと、
すぐに「幕末・開国後」を
イメージしてしまうのだが、
言うまでもなくその前にも
長い長い歴史があるわけだ。

 

河口では水色の根岸線と交わったが、
このあたりでは、
赤色の京浜急行線と並行して流れている。

P5147254s

途中、「川の駅」があった。
「道の駅」ならよく知っているが、
「川の駅」は初めてだ。
「川の駅 大岡川桜桟橋」

P5147257s

河口で追い抜かれた立ち漕ぎボード
スタンドアップパドル(SUP)の方々は
どうもこの駅まで来たようだ。

P5147260s

 

まだ河口から2km程度しか来ていない。
次回からはもう少しスピードアップして
書いていくこととしよう。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2017年5月14日 (日)

脳は体が作る

(全体の目次はこちら


脳は体が作る

- 「進化しすぎた脳」から -

 

以前、 ブルーバックス2000タイトルの
記念小冊子

について書いたが、
そこで知った未読のブルーバックスから
何冊かを購入し、久しぶりに
ブルーバックスの世界を楽しんでいる。

そんな中から、今日は
この本について紹介したい。

池谷裕二 著
進化しすぎた脳
― 中高生と語る
  「大脳生理学」の最前線
ブルーバックス
(以下水色部本からの引用)

「ブルー」バックスの名に
挑戦するかのような真っ赤な表紙だが、
内容は極めてわかりやすく、
題名通り、中高生と語る、という
形式で話が進められていく。

基本的な脳の話から始まり、その後
心や記憶といった大胆なテーマにも
どんどん踏み込んでいく
かなりエキサイティングな展開と
なっているのだが、
一番最初の章で、
「脳」について
非常に大事な事実が
「ふたつ」提示されている。

今日はその部分についてのみ書きたい。

 

脳は、部位によって
担当する機能が違っている。

ある部分は視覚を、ある部分は聴覚を、
といった具合に機能が分かれており、
その研究と調査の歴史は
100年以上にもなる。

そしてその調査結果は、
脳における担当部分を表現する
「脳地図」という形でまとめられている。

さて、この脳地図を
体に障碍のある人の場合で見てみよう。

生まれながらにして
指がつながったままの人、
たとえば人差し指と中指が
つながったまま生まれる人が、
たまにいる。指が4本

そういう人の脳を調べてみると、
5本目に対応する場所がないんだ。

これは、たいへん重要なことを
意味している。

つまり、人間の体には
指が5本備わっていることを
脳が
あらかじめ知っているわけじゃなくて
生まれてみて指が5本あったから
5本に対応する脳地図ができたってことだ。

つまり、
脳には最初から「人差し指担当」
という場所があるわけでなく、
生れた時に人差し指があったから
その後、人差し指担当ができる
ということらしい。

つまり「後天的なもの」。

言ってみれば、脳の地図は
脳が決めているのではなくて
体が決めている
、というわけだ。

「体が決めている」は
何度も思い出したい言葉だ。

 

では、くっついていた
人差し指と中指を分離したら
どうなるだろう。

さらに訊くけど、指が4本の人が
生まれた後に分離手術して、
その結果、5本の指が自由になった。

さて、どうなるだろう?
司令塔である脳は、それまで
一本の指として認識していたわけだから
分離されても二本の指は
同じように動いてしまうのだろうか。

分離されてもその2本の指は、
同じ動きをする。
そう、多くの人がそう思ったんだ。

でも、ちゃんと
5本の指が別々に使えるようになった。

そして脳を調べてみたら、
わずか1週間後にはもう
5本目の指に
対応する場所ができてた
んだ。

この事実は
さきの後天性に加えて、
さらに重要な事実を提示している。

脳というのは一回地図ができ上がったら、
それでもう一切変わらないという
堅い構造ではなくて、
入ってくる情報に応じて
臨機応変に
ダイナミックに進化しうる
んだ。

 

シンプルながら、
事実からの強いメッセージだ。
上記二点、まとめておきたい。

(1) 脳地図は脳が決めているのではなく、
  体が決めている。

  体をコントロールする脳が
  最初にあるわけでなく、
  体のほうが、それらを
  「コントロールできる脳」を作る。
  
(2) 一度完成した脳地図も
  体が変化するとそれに応じて
  変化する。
  固定しているわけではない。

脳の柔軟性と拡張性の秘密は
こんな基本機能に
支えられているようだ。

この脳を舞台に、
話はどんどん面白くなっていく。
この本の話、もう少し続けたい。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2017年4月23日 (日)

謎のお店の異空間

(全体の目次はこちら


謎のお店の異空間

- 一見さんお断り -

 

知人の厚意により、「一見さんお断り」の
紹介制のお店に連れて行ってもらった。

このお店、
「料理の写真を撮ることも、
 店が特定できるような紹介を
 ネットですることも遠慮してほしい」
とのことで、「食べログ」等の
飲食店案内サイトにも出ていない。

 

都内の某駅で待合せた。
私のグループは紹介者を含めて5名。
時間通りに全員揃った。

「さぁ、行きましょうか」
「はい」

とは言うものの、
どちらに歩けばいいのかわからない。
私を始め、初めての人は店の場所さえ
事前に調べようがなかったもので。

紹介者の背中を追う。

良い噂しか耳に入ってこない
私にとっては、まさに幻のお店ゆえ、
期待値の方は相当に高かったのだが、
気持ちの方のワクワク感に反し、
足取りがどこか「おそるおそる」
といった感じになってしまうのは、
なぜなのだろう。

駅前の繁華街を抜けて、
ひと気のない静かな道を歩く。

場所くらいは覚えてしまおう、
と思いながら歩いていたのだが、
考えてみると、私自身は某条件により
基本的に「紹介者」にはなれない。

つまり今後も、ひとりで来たり、
誰かを連れてきたりすることはない。

だったら謎のままでもいいかな、
という気がしてくる。
「場所もよくわからない」
のままにしておこう。

 

【全員一斉入店】

しばらく歩くと、
全く人通りのない道に面した
民家のような家の前で列が止まった。

「ここ?」と改めて見ると
看板も表札もなにもない家の軒の下に
杉玉だけが下がっている。
それが唯一の目印、という感じ。
そう、この店は日本酒のお店なのだ。

開店は夜7時半。

10分ほど早く着いた私たちは
道の脇に並んで開店を待った。

少しすると、別に2名と3名の組が来て、
合計10名が建物の前に並んだ。
男性6名、女性4名。
年齢層も幅広い。

ぴったり7時半。
板戸が開いて、和服姿の女将が出てきた。

紹介制ゆえ各グループに
最低ひとりは知人がいるせいか、
アイコンタクトでの
静かな挨拶はあるものの、
いちいち名前を聞いたり、
客から名乗ったりはしない。

導かれるまま、
靴を脱いで薄暗い店に入った。

 

【着席】

店内は小さく、真ん中に、
正方形の大きなテーブルが
ひとつあるだけ。

そのテーブルの三辺に、3人、4人、3人と
テーブルを囲むように座るよう促された。
各席には正座補助椅子と
膝掛けが用意されている。

空いた一辺の真ん中に女将が立ち、
ぐるりと客を見回しながら、暗い中、
着席に戸惑っている客に声をかけている。

ようやく全員が席についた。

さて、なにがどう始まるのか?

全員が座ったのを見届けると、女将は
テーブル中央に下がっていた
照明のスイッチを入れた。
3つの小さなダウンライトが
テーブルを照らす。
まぶしくはないが、
一瞬で幕が上がったようになる。

テーブルからの反射光で、
客の顔もぼんやり浮かび上がっている。

客同士もお互いを
ちょっと横目で気にしているが、
全体の雰囲気はまだまだ硬い。

各自の目の前には
5種類のタイプの違う盃が並べられていた。
もちろんどれも中身はカラ。
「切子」から「うすはり」まで、
色も形も違っていて区別しやすい。

 

【店のコンセプト】

最初に女将の丁寧な挨拶があった。

* ここでは料理と日本酒の組合せを
 じっくり味わって、楽しんでもらいたい。

* 日本酒は選んだ「ひとつの蔵」からのみ
 提供する。
 同じ蔵でも米や製法が違うと、
 どんなふうに味や香りが変わってくるのかを
 ぜひ体験してもらいたい。

* 残念ながら戦後、日本では
 日本酒がどんどん飲まれなくなっている。
 仕事帰りにビールを買って帰るように
 「日本酒を買って帰る」
 そんな習慣が広まることに
 少しでも貢献できたら、と思っている。

* 感想や質問はいつでもどうぞ遠慮なく。
 お客様の中には
 料理やお酒にものすごく詳しい人もいるし、
 逆に初心者、という方もいる。
 私がなんでも知っているわけではないので、
 質問があるときは、全員に聞こえるような
 大きな声でしてほしい。
 質問をきっかけに、お客様間での意外な
 コミュニケーションが始まる場合もある。
 そういうやりとりも大事にしたい。

店のコンセプトも趣旨もきわめて明快。
ヘンに偉ぶっても、高級ぶってもおらず、
fairに日本酒の美味しさを共有しましょう、
の精神が溢れていて気持ちがいい。

お店側は
女将と隣の調理場にいる女性の二人のみで
切り盛りしているとのこと。

 

【最初の一杯】

いよいよ、最初の一杯が登場。

ガラスの徳利に入ったお酒を
指定された色の盃に入れるよう案内された。

女将は両脇の人の盃に酌。
注がれた客は隣の人に酌。
2本の徳利がゆっくり客の間を回る。

全員の用意ができたころ
「では、最初のお酒。きいてみて下さい」

(「きき酒」は「利き酒」と書いたりするので
 この場合は「利く」と書くのかもしれないが、
 どうもしっくりこないので「ひらがな」で
 失礼させていただく)

色を見て、香りをかいで、味を確かめる。
視覚、嗅覚、味覚は動員するものの
聴覚は使わない。なのに「きく」。
改めて考えてみるとおもしろい表現だ。

一口目。
香りも味も透明感があってうまい。
料理を口にする前のまさに乾杯の一杯。

「今から、お料理をお出ししますが、
 食べる前と食べた後で、お酒の味が
 どんなふうに変化するのかも
 ぜひお楽しみ下さい」

「ウド、熟成牛タンのスープ」から
料理が始まった。

 

【マリアージュ】

酒も、料理に合わせて違ったものが
順番に登場するが、三種類目までは、
その正体が一切明かされず、
付加情報なしで、ただ香りと味だけを頼りに
その違いを楽しんでいく。

名称は不明でも、
各自、同じ盃に同じ酒が入っているので、
会話で迷うことも混乱することもない。

「切子の盃の酒は、香りはあまりないけれど
 マイルドな柔らかさがあっておいしい」
などと感想が飛び交う。

料理も一皿づつにサプライズがある。
女将の演出もうまく、
「写真を撮りたい」
の思いが何度こみあげてきたことか。

ワインならまさに「マリアージュ」と
呼ぶべき組合せを、
日本酒との組合せとしてはちょっと意外な
肉料理で繋いでいく。

牛、馬、鹿と肉を変え、
バルサミコ酢、ポン酢と酸味を変えて、
組合せも千変万化。

料理や酒の細かい蘊蓄を伝えることが
本報告の趣旨ではないので、
その細かい内容は端折りたいが、
やはり「知る」ということはおもしろい。

蔵が展開している、蔵の地下水、
仕込み水の水脈までを考慮した
「同じ水で作られた田んぼの米」に
限定した酒造りの話。

水に貫かれた栽培、醸造、瓶詰。
ワインの「ドメーヌ」に倣って、
ドメーヌ化と呼んでいるようだが、
この徹底した一貫性を表現する
いい日本語はないものだろうか。

 

【会話も味のうち】

女将は、もちろん給仕もするものの、
料理の演出、酒の詳細な解説、
客の会話のコントロールで
テーブルにつきっきり。

選んだ蔵の歴史や方針、特徴を
細かいことまでよく掴んでいるし、
どんな質問にも
ポンポンと歯切れよく答えてくれる。

客のほうも、
自己紹介をしたわけでもないのに、
会話の端々から少しずつキャラクタが
滲みでてくる。
年齢も性別も全く違うふたりが
「えっ、私もそのお酒大好きです」
と意気投合したり、
「これについては
 あの方に決めてもらいましょう」と
自然に役割分担ができたり、と
客の間の空気もどんどん緩んでくる。

最後8皿目のデザート
「酒粕のムースとヨーグルト、 
 塩漬けの桜と一緒に...」
まで、ほんとうにあっという間だった。

すべてが終了したあと、
「お酒の写真だけはOKです」
とのことで、ゆっくり「きき比べた」
 栃木県さくら市
 株式会社せんきん
の5種の日本酒の写真を一枚。

P4127075s

それにしても
「山田錦」や「雄町」ではなく
「亀ノ尾」の味が
あんなに印象的だったとは。
米の違いも新たな発見とともに
目一杯楽しめた夜だった。

2時間強、様々な情報を得たせいか、
いつのまにか「せんきん」は
私にとって、特別な蔵になってしまった。
こういうキッカケのある繋がりはいい。

夜10時前、名残惜しいもののお開きに。

女将に丁寧に見送られて、
一斉に入った客は、
一斉に帰ることになった。

最初に書いた通り、
外見は一切お店に見えないし、
営業時間中の人の出入りもゼロ。
これでは、断るまでもなく
「一見」では入りようがない。

日本酒のお店ながら
女将も言っていた通り、
お酒をガブガブと飲みたい人には
向いていない。

でも、
料理を、お酒を、
女将との会話を、客同士の会話を、
「へぇ」とか、「ほぉ」とか、
「ほんとだ!」とか、
「知らなかったなぁ」とか言いながら、
ゆっくり丁寧に楽しむ。

そういう時間や経験が
愛おしく思える方には最高のお店だ。

こういうお店が
もっともっと増えるといいのに、
と改めて思う。

もちろん料理も美味しかったけれど、
「料理の味」だけが
「料理店の価値」を決めるわけではない。

 

最後に記録を兼ねて
お酒と料理のメモだけ残しておきたい。

酒(蔵)
栃木県さくら市 株式会社せんきん

(n1) 仙禽一聲(せんきんいっせい)
    35%まで磨き上げた山田錦
(n2) モダン仙禽   無垢
(n3) モダン仙禽   雄町
(n4) モダン仙禽   亀ノ尾
(n5) クラシカル仙禽 亀ノ尾 

料理
(d1) ウド、熟成タンのスープ
(d2) 牛ホホ肉の日本酒煮込み
      里芋のマッシュポテト
      柚子胡椒ソース
(d3) 内モモ肉のローストビーフ
      桃ベースのソース
      わさび
(d4) 牛のハツ刺し ダシ醤油
   馬肉の漬け寿司
   ホルモン(ミノ)の軍艦
(d5) 鹿肉のロースト 
      バルサミコ酢ソース
(d6) 牛肩肉のホイル焼き 
      えのき茸とポン酢
(d7) 稲庭中華ソバ 
      鰹とコブの出汁
      肉味噌には生姜と豆板醤
(d8) 酒粕のムース 
   ヨーグルト 塩漬けの桜

 

誘ってくれたTさん、どうもありがとう。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2017年4月 9日 (日)

深谷の煉瓦(レンガ)

(全体の目次はこちら


深谷の煉瓦(レンガ)

- 東京駅から迎賓館まで -

 

埼玉県深谷市というと、
深谷ネギというネギが有名だが、
ここは明治の大実業家
「渋沢栄一」の出身地でもある。

第一国立銀行(現みずほ銀行)や地方銀行、
東京瓦斯(ガス)や王子製紙、
帝国ホテルやキリンビール、
一橋大学、同志社大学、日本女子大学校
東京海上火災保険や東京証券取引所、
などなど
渋沢栄一が設立に関わった企業や学校は
多種多様でその数、実に500以上。

まさに「日本資本主義の父」
と呼ばれるにふさわしい輝かしい実績。

どの会社も組織も、その後の発展と
日本社会への影響度、貢献度を思うと、
一生の間にこれほど多様な仕事が
できるものだろうかと、
にわかには信じられないほどだ。

そんな渋沢が
設立に関わった会社のひとつに
日本煉瓦製造株式会社」がある。
1887年(明治20年)に設立。

明治になって、急速に増え始めた
欧米に倣った近代建造物のための
赤レンガを製造、販売していた。

会社は2006年に廃業してしまうが、
レンガを焼いていた窯(かま)は、
重要文化財として今でも深谷に残っている。

実際に窯を見に行ってみた。

【ホフマン輪窯(わがま)】
ドイツ人ホフマンが考案した
煉瓦の連続焼成が可能な輪窯(わがま)。

Fukaya2_2

明治40年の建造で、
長さ56.5m、幅20m、高さ3.3mの
煉瓦造り。
陸上のトラックのような形状の
輪になっており、一周約120メートル。

見学は無料だが、
丁寧にも説明員がついてくれる。

Fukaya1

ヘルメットを被り、
窯の中に入って説明を聞くことができる。

Fukaya3

今は仕切りはないが、
内部を18の部屋に分け、
窯詰め・予熱・焼成・冷却・窯出しの
工程を順次行いながら移動し、
およそ半月かけて窯を一周したとのこと。

燃料の石炭は、粉にして上の穴から
15分おきに投入していたらしいが、
実際に窯に入ると、
その穴を下から見上げることができる。

Fukaya4

生産能力は月産65万個。
1968年(昭和43年)まで
約60年間煉瓦を焼き続けた。

木造平屋の会社の旧事務所も
輪窯と一緒に
国の重要文化財となっているが、
内部は今は史料館となっている。

Fukaya5

あんな大きな窯が、
最盛期には6基もあったらしい。

Fukaya6

各窯建屋の内部はこんな感じ。
一番下に窯。
煙突の途中にあるハの字にご注目。
窯の上にあった建屋の屋根の跡。

Fukaya7

この屋根の跡は今も煙突に残る。
あの高さにまで建屋があったわけだ。

Fukaya8

さて、この大規模な工場で作られた煉瓦は、
いったいどこに使われていたのか。

史料館で100円で購入した
「深谷の煉瓦物語」という小冊子から
代表的な建造物を紹介したい。

(1) 東京駅 丸ノ内本屋
明治41年に着工し、大正3年に完成。
辰野金吾の設計による
国内最大級の煉瓦建築。
深谷の煉瓦が約833万個使われた。

(2) 旧信越本線碓氷第三橋梁
  (碓氷峠鉄道施設〉
横川~軽井沢間の碓氷峠鉄道敷設工事は
明治24年に開始。
けわしい峠を縫う11.2km余りの区間には
26ものトンネルと18の橋が必要で
そのほとんどが煉瓦で作られた。
使った煉瓦1800万個
500人以上の尊い犠牲を出しながら
明治26年初めに開通。

(3) 法務省旧本館 明治28年完成
(4) 日本銀行本店本館 明治23-29年
(5) 表慶館 明治41年完成
(6) 旧横浜正金銀行本店本館
  明治37年完成
  (現・神奈川県立歴史博物館)
(7) 旧東宮御所(迎賓館赤坂離宮)
  明治41年

(1)-(6)はすべて重要文化財、
(7)は国宝。

(4)-(7)は、外見だけを見ると
石造建築のように見えるが、
実はいすれも深谷の煉瓦を使って建設され、
表面に石材を張って仕上げたものらしい。

鉄筋コンクリート建築に
とって代わられるまで、
本格的な西洋建築の多くは
煉瓦造だったとのこと。

建築・建造物に限らないが、
開国後、短期間でよくここまで
新技術・新文化を取り込んだものだ。

欧米列強に追いつこうとしていた
日本の勢いを、強く強く実感できる。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2017年4月 2日 (日)

生きることは「出会うこと」

(全体の目次はこちら


生きることは「出会うこと」

- 寺山修司さんの言葉 -

 

4月、
進学、就職を始め門出の季節だ。

 

以前、米国ボストンで
ステューディオ(Studio)と呼ばれる
ワンルームタイプの部屋を借りて、
6月から10月までを過ごしたことがある。

ハーバード大学や
マサチューセッツ工科大学(MIT)など
多くの名門校をかかえる
学園都市ボストンだけでなく、
9月が新学年となる米国では、
8月後半になると
Back to School Saleと呼ばれる
新学期前のセールを
町のあちこちで見かけるようになる。

そして9月、
長い夏休みも終わり、
一斉に新学年が始まる。

一斉に始まるのだが、ボストンでは
新学年が始まった途端に
ドンドン寒くなっていく。
10月になると息が白くなる日もある。

新しいことが始まったのに
ドンドン寒くなっていく。
これはどうもよくない。
「寒かったり」
「雲が多くて暗かったり」の日々が続くと
どうも気分が上向きにならない。

逆に、日本では、新学年開始以降
ドンドン暖かくなっていく。
日本の「4月始まり」っていいものだなぁ、
と改めて思った記憶がある。

地域によって時期の前後があるとは言え、
4月5月は、満開の桜が
始まりの季節を祝ってくれる所も多いし。

 

さて4月、
「若い人に送る」と言うとジジくさいが、
歳をとっても、
なぜかこの季節になると思い出す
ある言葉がある。

寺山修司さんが
「ぼくが狼だった頃」に書いていた言葉。

生きることは「出会うこと」です。
それをおそれて一体何が
はじまるというのでしょう、


旅をしてみる、
新しい歌をおぼえてみる、
ちょっと風変わりなドレスを着てみる、
気に入った男の子とキスしてみる、
寝てみる、失恋もしてみる、
詩を書いてみる-

一つ一つを大げさに考えすぎず、
しかし一つ一つを
粗末にしすぎないことです

若い人に出会いを推奨する言葉は
いろいろな形で耳にするが、
この言葉が特に気に入っているのは、
最後の一行。

「一つ一つを大げさに考えすぎず、
 しかし一つ一つを
 粗末にしすぎないことです」

春、
「人」でも「モノ」でも「コト」でも
いろいろな出会いがあることだろう。
「大げさに考えすぎず」
でも、どれも「粗末にしすぎない」、
そんな姿勢で臨みたい。

生きることは出会うこと。
新年度、
いい出会いがありますように。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2017年3月19日 (日)

2017 数字あそび

(全体の目次はこちら


2017 数字あそび

- 降順と昇順の傑作 -

 

唐突だが、下記の写真をご覧あれ。

よく見かける道路の案内図。
特に謎が隠れているわけではない。

この図に
なにか感じるものがあるだろうか?

Sosu

地理に詳しい方は
撮ったのは??あたりかな、と
場所が浮かんでいるかもしれない。

ほかに何か・・・


これを見て、あっ、と思った方は、
かなりの数学、というか数字好きだろう。
3月14日と聞いたとき、
「ホワイトデー」よりも
「Π(円周率パイ:3.1415...)の日」や
「数学の日」が
浮かぶような人かもしれない。


そう、並んでいる
国道「157」県道「193」は
どちらも3桁の素数なのだ。

素数とは中学で習った
「1とその数自身以外に
 約数をもたない1以上の整数」
つまり、
 1とその数以外では割り切れない数。

小さいところだと
 2, 3, 5, 7, 11 ...

(素数そのものは無限にあって、
 その証明は意外に簡単だが、
 今日は省略)

素数番の道が並んでいる。
「だからナンだ」と聞かれても
返す言葉はないけれど。

 

そう言えば、

 森田真生 著
「数学する身体」
  新潮社

にもこんな記述があった。

数学科に入りたての頃、
飲み会に参加して居酒屋の下駄箱が
素数番から埋まっていく
のに
驚いたことがある。

素数に反応してしまうのは、
数学好きに共通の性質(?)
なのかもしれない。

 

前回、 ブルーバックス2000タイトルの
記念小冊子

について書いたが、
その中にはこんな記述があった。

同年11月には、日付に使われる
すべての数字が奇数
という、
数論好きにはたまらない一日が訪れている
(1999年11月19日)。

ちなみに、この次に
奇数だけで日付が構成されるのは、
実に32世紀のことで、
3111年1月1日まで待たねばならない。

そのとき、ブルーバックスはいったい、
通巻何番に到達していることだろう。

こんなことを書くのは、
ブルーバックスの読者を想定した
この小冊子くらいだろう。

西暦で書いて
全部の数字が奇数になる日付

1999年11月19日の次は、
3111年1月1日つまり、1112年後

こちらも
「だからナンだ」と聞かれても
返す言葉はない。

でも今日は、ちょっと開き直って
もう少しタダの数字ネタを続けたい。

 

今年は西暦2017年で平成29年。
2017も29も素数

しかもどちらも
「2つの平方の和」で表現できる
ピタゴラス素数だ。

【2つの平方の和(ピタゴラス素数)】
 2017   = 92+442
 (平成) 29 = 22+ 52

【3つの立方の和でも】
 2017   = 73+73+113
 (平成) 29 = 13+13+ 33

 

以下は、今年(2017)の年明け
数学というか数字好きの人たちが
やりとりしていた
2017と29に関する数字遊びの中から、
これは面白い!とメモっていたものだ。

【異なる32の素数の和で】
 2017=
    2+   3+   5+   7+  11+  13+  17+
   19+  23+  29+  37+  41+  43+  47+
   53+  59+  61+  67+  71+  73+  83+
   89+  97+ 101+ 103+ 107+ 109+
   113+ 127+ 131+ 137+ 139

【2017を29で】
 2017 =
  29 x 29 x 2 + 9 x 2 x 9 x 2 + 9 + 2

【降順(・・4, 3, 2, 1・・)で】ではこれが見事。
 2017 =
  210+29+28+27+26+25+24-23-22-21-20

 2017 =
  (9! x 8! / 7! / 6! + 5! / 4! - 3! / 2!) / (1! + 0!)
     <補足:4!は階乗、4! = 4 x 3 x 2 x 1
      0!は0でなくて1。なぜ?は
      数学の教科書に譲ります>

 2017 = 74 - 73 - 72 + 71 + 70

【昇順(1, 2, 3, 4 ・・)で】の傑作はこの2つ。
 2017 = 122 - 342 - 562 + 782 + 92
     <一見、平方の組合せだが、底(abのa)に
      1から9が見事に並んでいる>

 2017+29 =
    21 + 22 + 23 + 24 + 25 +
    26 + 27 + 28 + 29 + 210

発見した方々に敬意を表して、
記録として留めておきたい。

もちろんこれらも全部
「だからナンだ」と聞かれても
返す言葉はないのだけれど。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2017年1月22日 (日)

偶然五七五

(全体の目次はこちら


偶然五七五

- 大阪府/四條畷市/北出町 -

 

2017年1月15日に行われた
大阪府四條畷市の市長選で
28歳の新人東修平氏が当選し、
全国最年少市長が誕生した、
とのニュースがあった。

四條畷市(しじょうなわてし)
の名前を見たらあることを思い出した。

(1) 住所篇
四條畷市には、
北出町(きたでちょう)という町がある。

住所をそのまま音読してみよう。

大阪府 / 四條畷市 / 北出町
(おおさかふ 
 しじょうなわてし きたでちょう)


そう、俳句とは言えないが
五七五のリズムになっている。

しかもおもしろいことに
この住所の郵便番号
現在は「575-0043」だが
1998年に7桁になる前までは、
これまた偶然にも
575」だったのだ。

私が読み難いこの市の名前を覚えたのは、
この五七五がきっかけだった。

 

「偶然五七五」のリズムを刻む日本語は
気をつけて探すとあちこちにある。

(2) 法律条文篇
法律の条文関連では、

日本国憲法第23条
学問の/自由は、これを/保障する

民法882条
相続は/死亡によって/開始する

軽犯罪法第1条22号
こじきをし、/又はこじきを/させた者

などがよく知られている。

 

(3) 駅名篇
数年前、
「連続した駅名で五七五七七」
つまり短歌調になる区間が
ネットで話題になっていた。

次々と挙がってくる作品(?)に
「みんなよく探しだすなぁ」と
当時は感心させられるばかりだった。
単なる駅名の組合せではなく、
「連続した駅名で」だ。

JR京浜東北線(8駅)
浜松町 = 田町 = 品川 = 大井町 =
大森 = 蒲田 = 川崎 = 鶴見(つるみ)


西武新宿線(6駅)
本川越 = 南大塚 = 新狭山 =
狭山市 = 入曽(いりそ) = 新所沢


富山地方鉄道本線(5駅)
新魚津 = 電鉄魚津 = 西魚津 =
越中中村 = 早月加積(はやつきかづみ)


JR飯田線(7駅)
上市場(かみいちば) =  
浦川 = 早瀬 = 下川合(しもかわい)
中部天竜 = 佐久間 = 相月(あいづき)

 

(4) Wikipedia日本語版篇
この五七五七七探し、
もともとは「偶然の発見」を
楽しんだものだったと思うが、
五七五七七検索プログラムを作り
フリーのオンライン百科事典
Wikipediaの本文をまるまる
検索にかけてしまった人がいる。

しかも、その結果は
こんな本にまでなっている。

いなにわ, せきしろ著
「偶然短歌」飛鳥新社

本からいくつか紹介したい。
(以下水色部、本からの引用
 五七五七七のあとの「」は、
 Wikipedia日本語版の見出し語)

 

アルメニア、アゼルバイジャン、ウクライナ、
中央アジア、およびシベリア
     「モロカン派」

柔道部・バレーボール部・卓球部
ハンドボール部・吹奏楽部
     「一宮市立北部中学校」

文学部・経済学部・法学部
経営学部・医療健康
     「日東駒専」

単なる名詞の羅列なのに、
音やリズムに特徴があって、
思わず声に出して読みたくなる。

 

空洞になっているため、大きさを
支えきれずに壊れてしまう
     「マリモ」

研究で、ネコが砂糖に関心を
持たないことは示されていた
     「ネコ」

たいていは家屋の中で日当たりの
よい場所にあり、窓が大きく
     「居間」

説明臭いものは、
リズム的にはあてはまっても
おもしろさには欠ける。

 

「立ち乗り」を行っている最中に
車のドアが閉まってしまい
     「ペター・ソルベルグ」

楽団の首席指揮者の就任も
決まっていたが、果たせなかった
     「イシュトヴァン・ケルテス」

大好きで毎日苺成分を
摂取しないと生きていけない
     「鈴木まりえ」

同じ説明調でも、
なぜか背景の物語を感じさせる。

 

艦長が自分好みの制服を
艦の資金で誂(あつら)えていた
     「セーラー服」

そんな中、白いくじらが出現し、
歓喜の声を上げる船長
     「白いくじら」

こうなると物語のほうが
前面に出てくる感じ。

 

泣き言や空想ばかりを書いている
ジャーナリストの連中が何
     「リシャルト・カプシチンスキ」

念仏で救済される喜びに
衣服もはだけ激しく踊り
     「盆踊り」

照らされて雨露(うろ)が輝く半分の
クモの巣だけが残されていた
     「くもとちゅうりっぷ」

このくらいになると、
説明文の一部、ということを忘れてしまう。

 

言葉遊びはいつでもどこでも楽しめる。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

より以前の記事一覧

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ