日記・コラム・つぶやき

2024年5月19日 (日)

二ヶ領用水(4) 久地円筒分水をメインに

(全体の目次はこちら


二ヶ領用水(4) 久地円筒分水をメインに

- 円弧の比率で分水 -

 

二ヶ領用水歩き、
* 二ヶ領用水(1) 三沢川との立体交差まで
* 二ヶ領用水(2) 向ヶ丘遊園駅付近まで
* 二ヶ領用水(3) 久地の合流地点まで
と、
JR南武線久地駅のそば、
下の地図の赤丸地点まで来た。
Nikaryogmap123kuji
向ヶ丘遊園の方から流れてきた
二ヶ領用水(上図黄色線:下写真左)と
歩いてきた二ヶ領用水(青線:下写真右)が
合流している。
P3313168s
今日は、この合流地点から
スタートしたい。
Nikaryogmap4a
合流した二ヶ領用水は
こんな大きな流れとなって
JR南武線久地駅から先、流れていく。
P3313169s

久地(くじ)の横土手
P3313172s
「多摩川に対し直角につくられた横土手。
 江戸時代、洪水の水勢を弱める目的で
 つくられた。
 この土手を挟んで利害の対立が激しく
 工事は約300m進んだところで中断した」
との説明が添えてあるが、はて? 
水勢を弱める目的で多摩川に直角、は
いいとしても、300mで中断、の
300mがどこの長さなのか、
図がないと全くイメージできない。

そのすぐ先には、
久地分量樋(ぶんりょうひ)】跡の碑が。
P3313175s
「久地で合流した二ヶ領用水の水を
 4つの幅に分け、
 各堀ごとの水量比率を保つための施設で、
 江戸時代中期に田中休愚(丘隅)によって
 作られました。そして、
 昭和16(1941)年、久地円筒分水
 完成により役目を終えました」
と説明がある。
円筒分水までは、歩いてもう数分だ。

この碑の横には、
高層マンションが二ヶ領用水(右下)に
覆いかぶさるように建っている。
P3313174s

平瀬川(左側)と二ヶ領用水(右側)の
との合流地点。
P3313179s
そのすぐ横に
久地円筒分水】がある。
P3313183s
中央の円筒部だけでも直径8m。
外側の円は直径16m。
送水されてくる流量が変わっても、
分水比が変わらない
定比分水装置の一種で
昭和16(1941)年に造られた。
完成から80年を越えている。

近くの案内板にある構造図を
拡大して載せておこう。
P3313181s
左側の二ヶ領用水から流れて来た水は
平瀬川の下を通って、
円筒から吹き上げる。

円筒は完全な水平に施工されており、
放射状にあふれ出た水は、
円弧にそって配置された
 * 川崎堀
 * 根方堀
 * 六ヶ村堀
 * 久地堀
の4つの堀に分水されることになる。
P3313185s
そのとき、各堀に流れる水は
上の写真にあるように、
垂直に造られた壁がなす
円弧の長さによって、
その比率が決まってくることになる。

円弧の長さに比例して
一定の比率で4つの堀に
分水するしくみ、というわけだ。

当時の最先端をいく装置で、
平成10(1998)年に、
国登録有形文化財となっている。

2枚上の写真の平面図を見ればわかる通り、
平瀬川の下をくぐって
円筒分水に流れ込む水は、
二ヶ領用水のごく一部だ。

二ヶ領用水の円筒分水への取水口は
こんな感じ。写真右の水門部。
P3313188s

今でも円筒の縁の水平度は美しく、
まさに均一に流れ落ちている。
P3313191s

ここから先は、
円筒分水で一番多くの水をわけてもらえた
「川崎堀」に沿って歩く。
P3313193s

国道246号との交差部は
二ヶ領用水は国道の下、
人間は歩道橋で国道の上を通る。
P3314000s
JR武蔵溝ノ口駅に近くなると、
民藝運動で知られる
第1回人間国宝の陶芸家、濱田庄司が
溝の口で生まれ、
溝の口の宗隆寺に眠っていることから
それを顕彰しての「浜田橋」という
小さな橋もかかっている。
P3313197s

少し先、「石橋供養塔」という
小さな供養塔のそばには、
この緑道が、
 かつて二ヶ領用水の本流
だった。
 昭和16年、用水は今の流路に
 つけ替えられた」
なる説明が。
その緑道がこれ。
P3313207s

ちょっとわかりにくいが
緑道が左、
今の二ヶ領用水が右、
真ん中は用水沿いの道。
P3313210s
かつての本流、今緑道、も時間があれば
追ってみたいものだが・・・

その後も静かな流れが続く。
P3313213s
農業用水として使っていたころは、
こういった簡単に流れの制御ができる
小さな堰が活躍したことだろう。
P3313214s

数は多くないが、水門もある。
P3313219s

JR武蔵中原駅の近くまで来ると、
武蔵小杉の超高層ビル群が
大きな塊で見えてきた。
P3313222s
と、この地点まででは、
二ヶ領用水歩きとしては
かなり中途半端なのだが、
日もかなり傾いてきたため
日没タイムアウト、ということになった。

JR武蔵中原駅前の居酒屋で
一緒に歩いた仲間と乾杯。
中途半端な地点での切り上げでも
丸一日歩いた後のビールはうまい。

 

 

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2024年5月12日 (日)

二ヶ領用水(3) 久地の合流地点まで

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二ヶ領用水(3) 久地の合流地点まで

- 五ヶ村堀との再会 -

 

二ヶ領用水歩き、
多摩川の上河原堰取水口から歩き始め、
* 二ヶ領用水(1) 三沢川との立体交差まで
* 二ヶ領用水(2) 向ヶ丘遊園駅付近まで
と、
下の地図、左上からの青い線のルートで
小田急線向ヶ丘遊園駅付近
五反田川との合流地点(赤丸)まで来た。
Nikaryogmap12muko
その先も、二ヶ領用水は
地図上の黄色い線のように続いているが
五反田川との合流地点を見たあとは、
二ヶ領用水のもう一つの取水口、
宿河原堰取水口を目指すことにした。
(地図上の赤い点線矢印)

宿河原堰取水口に到着した。
上河原堰取水口の約3.5km下流に
位置することになる。

堰は、元は上流のここで見た
蛇籠(じゃかご)による築造だったらしいが、
1949年にコンクリート製に。現在の堰は、
1974年に堤防が決壊した狛江水害を機に
1999年に改築されたもの。
P3313125s
堤防が決壊した狛江水害時には、
宅地が濁流にえぐり取られ、
建っていた住宅19戸が流された。

そのときに家を失った被害者の声が、
昨年(2023年)11月に亡くなった
脚本家山田太一さんのTVドラマ
「岸辺のアルバム」(1977年)
構想の元となっている。
山田さんが43歳のときの作品だ。
ドラマでは実際の
堤防決壊の報道映像が使われていた。

写真左方向に二ヶ領用水が始まっている。
P3313124s

こちらも親水歩道が整備されており
P3313127s
我々同様、歩いている人も多い。
P3313129s
すぐにJR南武線の
登戸駅-宿河原駅間の下を
くぐることになるが、ここは、
腰をかがめないと通れないほど
高さがなく、
見上げたときの線路の近さに驚く。
こんな角度で、こんなに近くで、
線路を見ることはない。
P3313135s


一部桜も咲き始めているので、
花見気分で
遊歩道で飲食を楽しんでいる人も。
P3313136s

P3313137s


宿河原駅付近の北村橋の手前では
他の用水(左)との合流もある。
P3313141s


整備された散策路が続いており、
多くの人が水辺を楽しんでいる。
P3313145s


八幡下圦樋(はちまんした いりひ)付近
P3313146s

八幡下圦樋については
多摩区観光協会のページ
こんな解説がある。
P3313150s

八幡下圦樋(記念碑)
二ヶ領用水宿河原取水口からの
水量を調整し、
下流の洪水を防ぐための排水路として
明治43年(1910年)に設置された。

その排水は圦樋をつくって堰止め、
余った水を「堰の長池」に流し、
多摩川に放流した。

近年になって、
圦樋が逆に洪水発生要因となり、
昭和63年(1988年)に撤去、
記念碑建立。

【圦樋 (いりひ)】とは
 川の水を引き入れ、
 または川へ水を吐き出すための、
 水門に設けられた樋(とい)。

下流の洪水を防ぐために造ったものが、
逆に洪水発生要因になってしまったとは。
設置から撤去までの78年間に
どんな変化があったのだろう?

八幡下圦樋のすぐ下流、
五ヶ村(ごかそん)堀と二ヶ領用水、
つまり水路と水路の立体交差
P3313152s
上を流れるのが五ヶ村堀。
この五ヶ村堀、
小田急線向ヶ丘遊園駅の近くに
二ヶ領用水からの取水口があった
あの五ヶ村堀だ。
P3313153s

取水口から2km強流れて
ここまで来ている。
こんな形で再会(?)することになるとは。

その下流にも整備された親水遊歩道が続く。
P3313155s


と、ここまでの写真で気づいた方も
いらっしゃるかもしれないが、
宿河原堰取水口から八幡下圦樋の
すこし下流までは桜の名所でもある。

二ヶ領用水歩きをした日とは別の日
桜を見るためだけに歩いてみた。
満開の桜の時期はこんな感じになる。
P4073238s
P4073234s
P4073232s

上3枚の桜の写真だけ
撮影日は2024年4月7日

二ヶ領用水歩きに戻ろう。

大人がギリギリ通れるほど低い
小さな鳥居のある稲荷神社を抜けると
P3313160s

東名高速道路の高架が迫ってくる。

高速道路高架下に
【徒然草 第百十五段 石碑】
がある。
P3313163s

第百十五段が
宿河原(しゅくがはら)といふ
 ところにて、
 ぼろぼろ多く集まりて・・・」
と始まっているので、
宿河原と呼ばれる
この地に建っているようだが、
一説にはここの宿河原のこと」と
言われるレベルのものらしい。

その内容は、
宿河原のぼろぼろ(遁世者)が
自分の師の敵討ちをする話。
河原へ出て決闘し、
差し違えて死んだ話を伝え聞いた
兼好法師が、いさぎよく思えたので
「徒然草」に書き留めた、とのこと。

東名高速道路の下に、
鹿島田菅線と呼ばれる道路、
その下に二ヶ領用水という
3重構造を抜けて先に流れる。
P3313165s


JR南武線久地駅のそば、
下の地図の赤丸地点まで来た。
Nikaryogmap123kuji
向ヶ丘遊園の方から流れてきた
二ヶ領用水(上図黄色線:下写真左)と
歩いてきた二ヶ領用水(青線:下写真右)が
合流する。
P3313168s

合流した二ヶ領用水は
こんな大きな流れとなって
JR南武線久地駅から先、流れていく。
P3313169s
二ヶ領用水歩きの見所のひとつ
久地円筒分水まではもうすぐだ。

 

 

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2024年5月 5日 (日)

二ヶ領用水(2) 向ヶ丘遊園駅付近まで

(全体の目次はこちら


二ヶ領用水(2) 向ヶ丘遊園駅付近まで

- 庚申塔:報告されると困る罪過? -

 

多摩川の上河原堰取水口から
二ヶ領用水を歩き始めた前回の続き。

まだ、入口。
取水口から数百メートルしか来ていない。

三沢川との立体交差、
三沢川の下をくぐった二ヶ領用水は
その先、下の写真のような
整備された親水護岸となっており、
流れを見ながらのんびり歩くことができる。
P3313053s

【草堰(くさぜき)】と呼ばれる小さな堰。
流れに杭を打って、石、土、草などで
築いた堰をそう呼ぶらしい。
P3313056s
堰の横には取水口がある。
P3313058s

JR南武線が二ヶ領用水の上を走る。
P3313065s

少し下流にも似たような草堰が。
P3313066s
ここにも同じように取水口がある。
P3313064s

取水された水はどこに行くのか?
1本の流れを追ってみたところ、
さらに細い水路となって
住宅街の中に消えていった。
P3313069s

水はきれいで、鯉をよく見かけるが、
コサギも。白が美しい。
P3313067s

旧三沢川が合流する中野島中学校横では、
「この場所は石積護岸工です」
の表示のすぐ右側に
P3313821so
「この場所は蛇籠護岸工です」
の表示部分が並んでおり
P3313075s
石積護岸工」と「蛇籠護岸工」を
並べて見比べられるようになっている。

石積はまぁ見ての通りだが、
蛇籠(じゃかご)とはなんだろう?

【蛇籠(じゃかご)】とは、
竹材や鉄線で編んだ長い籠に
砕石を詰め込んだもので、
河川の護岸や斜面の補強などに
使用されてきたらしい。

確かによく見ると、鉄線の網の中に
砕石が詰め込まれている。
斜面の補強などでもよく目にするが
あれを蛇籠(じゃかご)と言うことは
初めて知った。


用水沿いはよく整備されていて歩きやすい。
P3313086s
歩いた日の水量は多くはなかったが、
堀自体はかなり大きい(深い)。
増水することもあるのだろう。
P3313089s

子どもたちの遊び場にもなっている。
P3313095s

堰による取水だけでなく、
二ヶ領用水への排水溝も目にする。
P3313087s
P3313094s

山下川(左)との合流地点まできた。
P3313100s
橋には、
「川崎の育ての親 二ヶ領用水
 二ヶ領用水は『次大夫堀』とも呼ばれ
 慶長16年(1611年)に完成しました」
との説明と一緒に、
小泉次大夫のレリーフが埋め込まれている。
P3313099s
(小泉次大夫の功績については、
 前回記事を参照下さい)

鯉が集まって
子どもたちを楽しませている。
P3313104s

向ヶ丘遊園駅の近く、
世田谷町田道路の下をくぐる少し手前で
親水遊歩道がなくなり、
流れの幅が広くなる。
P3313106s
まもなく、府中街道の下に潜り込むように
見えなくなってしまう。
P3313108s
(上の写真の左端)
二ヶ領用水が府中街道の下に
潜り込んだすぐ横に、
榎戸の庚申塔」がある。
高さ2.5m。見上げるほど大きなものだ。
P3313113s
「この庚申塔は
 明治3年に富士講の人たちが
 道中の安全や村の外から
 邪悪な物が入りこまないように、
 また五穀豊穣を祈念して
 小泉橋の袂に建立」
との説明がある。

富士信仰と中国の庚申信仰の
2つの信仰を併せ持つ複合的なもの
らしい。

塔にあった
庚申塔の謂われ」が興味深ったので、
そのままここに書き写したい。

中国に道教という思想があり
庚申信仰もその一つとして、
平安時代に我が国に伝わり、
江戸時代になると
庶民の間にも広まりました。

庚申信仰とは、
60日ごとに巡ってくる
庚申の夜
に眠ってしまうと、
人間の体内にいるという
「三尸(さんし)の虫」が
体内から抜け出だして天に昇り、
天帝にその人の罪過を報告するので、
庚申の夜は眠らずに、
「庚申待」といって、
健康長寿を祈願した事に
由来しています。

そこで庚申塔が、礼拝の本尊として
建てられるようになりました。

報告されると困る罪過が
だれにでもある
、が
前提になっている、ということか。

府中街道の下を流れる二ヶ領用水。
奥を横切るのは小田急線。
ちょうど電車が通過している。
向ヶ丘遊園駅のすぐそばだ。
P3313114s
小田急線の線路を越えたところに
五ヶ村堀の取水口がある。
ここから始まる五ヶ村堀とは、
このあと意外な形で再会することになる。
P3313116s
五ヶ村堀取水口のすぐ下流で
五反田川と合流。
下の写真、
 左が    五反田川、
 右が    二ヶ領用水、
 右上高架が 府中街道。
P3313118s
ここまで、
多摩川の上河原堰取水口から
二ヶ領用水に沿って歩いてきて
下の地図の赤丸まで来た。
Nikaryogmap12muko
その先も、二ヶ領用水は
地図上の黄色い線のように続いているが
五反田川との合流地点を見たあとは、
二ヶ領用水のもう一つの取水口、
宿河原堰取水口を目指すことにした。
(地図上の赤い点線矢印)

一旦、二ヶ領用水を離れ、
宿河原堰取水口へと移動する。

 

 

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2024年4月28日 (日)

二ヶ領用水(1) 三沢川との立体交差まで

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二ヶ領用水(1) 三沢川との立体交差まで

- 江戸時代初期の大用水 -

 

東京都の野川を歩いたときに立ち寄った
「世田谷区立次大夫堀(じだゆうぼり)公園

そのときの記事に

次大夫堀とは、六郷用水の別名で、
江戸時代に
多摩川から引水した農業用水路
徳川家康の命により、
小泉次大夫の指揮によって開削された。

公園内のパンフレットによると、
今の東京都側だけでなく、
神奈川県側も合わせた
稲毛・川崎、世田谷・六郷 計四ヶ領で
開削された用水は、
1597年から作業が始まり、
測量から小堀の開削終了まで
実に15年の歳月がかけられたという。

驚くのは、
指揮をした小泉次大夫の年齢。
「58歳から73歳までの晩年の大工事」

とのこと。

と書いたが、
一緒に歩いた川歩き仲間と今度は、
「次大夫堀の神奈川県側を歩いてみよう」
ということになった。
実際に歩いたのは、
2024年3月の天気がいい日曜日。

神奈川県側は、
稲毛領・川崎領(現在の川崎市)の
ふたつの領地にまたがって開削されたため、
二ヶ領用水』と呼ばれている。

ちなみに東京都側は
世田谷・六郷領(現在の世田谷・大田区)で
『六郷用水』。

約400年前に
小泉次大夫が成し遂げたものは
二ヶ領用水 全長32km、
六郷用水  全長23km、
多摩川両岸の大用水路網
だ。

二ヶ領用水の多摩川からの取水口は
(A)上河原堰取水口 と (B)宿河原堰取水口の
二ケ所あるが、まずは上流の
上河原堰取水口からスタートすることにした。
Nikaryogmapab
JR中野島駅から多摩川にでて、
上流に向かって土手を歩き始めると
上河原堰堤が見えてきた。
P3313017s
写真
左側が川崎市側、
右側が東京都調布市側。

P3313024s
上河原堰堤は
昭和46年(1971)に大きな改築が行われ

* 川崎市側に
 洪水吐(こうずいばき)ゲート3門
 管理橋(163m)と魚道
* 固定堰と洪水吐ゲートの間に
 流量調整ゲート(14m)
* 調布市側に魚道つきの固定堰(248m)

が整備された。
その後、平成24年(2012)に
固定堰を切り下げて起伏ゲートを設置し、
現在の堰堤になっている。
P3313028s

堰はまさに二ヶ領用水への取水が目的だが、
堰となっているため、魚道もあって
魚も多く集まることになるのだろう。

釣りをしている人のほかに、
大きな望遠レンズをつけたカメラを
しっかりした三脚に乗せている
こんな方々が何組もいた。
P3313019s
聞くと「ハヤブサ」が飛来するという。
残念ながらその時点では、
見ることができなかったが。

取水口まで来た。
P3313027s
案内板にある
まさに「現在地」からの写真がこれ。
P3313029s
左側に流れ込んでいるのが
二ヶ領用水の上河原堰取水口だ。
取水設備をゴミや流木から防護する
ネットフェンスが設置されている。

ここからは二ヶ領用水に沿って歩く。
P3313036s
取水口付近のせいか、
ゴミと水量調節のためと思われるゲートが
3連発。
P3313039s
特に、この3基目(下の写真)は、
実際にどう動くのかを見てみたい。
P3313044s
P3313046s

カメラ片手にキョロキョロ歩く我々を
見返してくる亀もいる。
P3313040s

先に掲載した案内板にある
2本の水路のX字交点まで来た。
左上から右下の水色が二ヶ領用水。
左下から右上の水色が三沢川。
P3313027s
さて、2本の水路がどうやって
交差しているのか。
地上からでは
それがわかるような写真が撮れないので
GoogleMapの航空写真に
助けてもらおう。
Nikaryomisawa
そう、立体交差なのだ。
三沢川が上を流れ、
二ヶ領用水が下をくぐっている。

「上」を流れる三沢川がこれ。
上なのに深い堀、
川面は見下ろしたかなり低い位置に。
P3313047s
これのさらに下をくぐるわけだから
二ヶ領用水、
一旦はかなり深い位置まで
潜っていることになる。

で、三沢川をくぐって出てきたところが
ここ。
P3313052s
この付近、避難用掲示板には
 洪水   3階以上
 内水氾濫 1階以上

と記載されている。
P3313050s

内水氾濫
国立防災科学技術研究所のページには

平坦な土地に強い雨が降ると,
雨水がはけきらずに地面に溜まります
低いところには
周囲から水が流れ込んできて
浸水の規模が大きくなります.

排水用の水路や小河川は
水位を増して真っ先に溢れ出します


このようにして起きる洪水を
内水氾濫と呼び,
本川の堤防が切れたり溢れたりして
生じる外水氾濫とは区別しています.

とある。
つまり洪水ではなく、
排水が追いつかない事態のこと
雨が多いときには、
たとえ洪水の危険がなくても
このあたりでは注意が必要だ。

さて、ここから先は
整備された親水護岸。
P3313053s
流れのそばをのんびり歩いて行きたい。

 

 

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2024年4月 7日 (日)

脳内麻薬がでてこそ

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脳内麻薬がでてこそ

- 音楽は音だけで出来ていない -

 

1月は行ってしまう、
2月は逃げてしまう、
3月は去ってしまう、
4月は寄ってくる、
と言われるように、
今年も気がつくともう4月だ。

と、4月なのに(?)
今日は、昨年末の小さなネタから
思いがけない展開をみせた話を
書き留めておきたい。


昨年のクリスマスのころ、
「大手デパートのクリスマスケーキが
 崩れた状態で購入者に配達された」
というニュースがあった。

(1) カタログにあった美しいケーキの写真

(2) 実際に配達された崩れたケーキの写真
を並べて、
Masaruさんが
こんなコメントをXに投稿していた。

2312348

(1) に対して
楽器を弾いている時の脳内イメージ
(2) に対して
録音を聴き返した時の脳内イメージ

2枚の写真を見て、
こんな言葉が浮かぶなんて
なんて素晴らしいセンスの持ち主だろう。

私も学生時代のサークルを含め、
素人ながら長く楽器を楽しんでいるので、
奏者の体験として痛いほど同意できる。

自分で楽器を演奏している時の気持ちと
自分の演奏を録音で聞いた時の落ち込み、
奏者にしかわからないそのギャップを、
こんなに簡潔にかつ的確に
表現してもらったことがあるだろうか。

感激した私は、
高校時代、大学時代の音楽仲間に
早速URLを転送し、見てもらった。

皆、それぞれに身に覚えがあるようで、
反応は大きかった。
いくつかコメントを並べておきたい。

* しかし、なんで実際の演奏中は、
 (1)のように聴こえるんだろうねぇ。
 脳内麻薬でも出てるのかなぁ…。

* ド素人でも演奏が楽しいのは、
 脳内に(1)のイメージが
 広がるからなんだよね。

* スキーも同じです。
 滑っている時の脳内イメージと
 ビデオで見る現実。
 滑っているときは脳内麻薬がでています。

* これって、音楽に限らないよね。

そう、音楽に限らないのだ
趣味だろうと仕事だろうと
自らが心から楽しんでコトをなしているとき
客観的な事実のレベルとは関係なく
本人には(1)が見えるような
脳内麻薬(?)がでているのだ、きっと。

藤井さんのように将棋が強くなくても、
大谷さんのように野球ができなくても、
将棋や野球に夢中になれる人がいるのは
まさにそのおかげではないだろうか。

(1)を経験できた人は、
そのレベルとは関係なく、
ほんとうにソレが楽しくてしかたがないし、
その思いを励みに成長もしていける。
(1)はほんとうに貴重な経験だ。
(形だけはうまくいっても、
 脳内麻薬がでていなかった経験は
 むなしさだけが残っていたりするし)

 

最後に、
音楽仲間の言葉を残しておきたい。
「後で録音を聴くと
 たいしたことなかったりするのは、
 音楽が
 音だけで出来ているのではない
 証拠だと思います


これはこれで音楽に対する名言だ。

 

 

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2024年3月31日 (日)

交響曲「悲愴」の第4楽章、再び(2)

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交響曲「悲愴」の第4楽章、再び(2)

- 聴衆ではなく、演奏者を楽しませる目的で -

 

前回に引き続き
チャイコフスキー作曲
交響曲第6番「悲愴」第4楽章

の冒頭に見られる「特異な書法」
(本記事内でのみ
 便宜的に「交叉奏法」と呼ぶことにする)
をきっかけに広がった世界について
書きたい。

再び(1)では、
(1) スコアの解説欄に
  何らかの詳細説明はないのか?

(2) 交叉奏法採用の理由・効果
について書いた。
今日は演奏者の視点から生まれた
興味深いコメントを紹介したい。

(3) 聴衆よりも演奏者
「ホルン吹き」の知人が、同じ
交響曲第6番「悲愴」の第2楽章に、
こんな部分があることを教えてくれた。

まずは譜面を見てみよう。
(音楽之友社のスコア
 クリックすると拡大)
Sym62hra80

注目すべきはホルンパート(黄色矩形枠)。

Aの音でオクターブの跳躍が有るのだが、
これが1st/3rdと2nd/4thで
交互に入れ替わっている。

この部分、
実際の演奏をちょっと聞いてみよう。
クルレンツィス指揮 ムジカエテルナの演奏。


わかりにくい?
では、ホルンパートだけ取り出してみよう。
譜面はこんな感じ。
(クリックすると拡大)

Sym62hr80

1st/3rd の演奏


2nd/4th の演奏

ホルンパート全体演奏

当然だが合わせて聞くと
高いAの音と低いAの音が
8分音符で刻まれているだけ。
なのに演奏者には
オクターブの跳躍を要求している。

これに対して教えてくれたホルン吹きは、
「私は、遊び心が出たのだと
 思っています。
 そもそも、
 ワルツを5/4拍子で書くのも
 変わっていますよね」
と、チャイコフスキーの「遊び心」を指摘。

そのうえで、先の第4楽章を
「2つの声部に旋律を分けて書いた」ことも
今回の第2楽章のホルンの跳躍も、
聴衆よりも、むしろ
 演奏者を楽しませる目的で
 書いたのではないかと思っています

とコメントしている。

経験豊かな上級者ならではの
まさに味のあるコメントだ。

技量不足ゆえに
譜面にかじりついて
四苦八苦していた私には、
ともて思い至らない発想だが、
ちょっと冷静に考えてみると
これは「いい曲」の
大事な要件のひとつなのかもしれない。

演奏者が楽しめる曲だからこそ
いい演奏が生まれるのだから。

 

 

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2024年3月24日 (日)

交響曲「悲愴」の第4楽章、再び(1)

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交響曲「悲愴」の第4楽章、再び(1)

- 記事から広がっていった世界 -

 

チャイコフスキー作曲
交響曲第6番「悲愴」第4楽章

の冒頭の旋律についてとりあげた、
Eテレのクラシック音楽の番組
「クラシックTV」での内容を
ここに書いたところ、
この記事をきっかけに、

* 同じような例ってほかにもあるの?
* 複数の旋律が重なって演奏されたとき
 何をメロディとして捉えるのか、
 理論的に説明できるの?
* 昔からよく知られていたことなの?
* チャイコフスキーは
 なぜそのような仕組みを採用したの?

などの疑問が、読んだ方や音楽仲間との間に
飛び交うようになり、
さらなる情報交換の輪が広がっていった。

広がったからといって
それぞれの疑問に明確な回答が得られた、
というわけではないが、ブログをきっかけに
話題が次々と展開されていくワクワク感は
ひとりでは得られないものなので、
読者や音楽仲間への感謝の思いも込めて
記録としてその内容を残しておきたい。

まずは先の記事を簡単に復習しておこう。

1stバイオリンと2ndバイオリンは
こう弾いているのに

Sym64as

聴衆は、なぜか(?)

Sym64bs

の黄色丸の音を繋げて
メロディとして認識してしまう。
まさにチャイコフスキーに
魔法をかけられたような第4楽章冒頭。
先の記事では
 演奏(音)付きで紹介している
ので、
 詳しくはそちらを参照いただきたい。
 なお、本記事の中ではこの部分を
 便宜的に「交叉奏法」と呼ぶことにする)

この記事の投稿後に得られた追加情報を
整理してみるとこんな感じ。

(1) スコアの解説欄に
  何らかの詳細説明はないのか?


(1-a) 1968年版の音楽之友社のスコア
   (以下水色部引用)

悲痛な,哀切な,嘆くような第1主題
(1から)が弦ででる。

注意すべき点は,
第1バイオリンと第2バイオリンとが
主旋律の一音符ずつを交互にひいて
(1,3)旋律からなめらかさを
奪い去っていることである

(この主題が後に90から再びでる時は,
 主旋律が第1バイオリンに
 でているから比較されたい)。

「90から再びでる時は」とあるので、
90小節目を見てみよう。

6490s

90小節で
第1バイオリンが弾いているのは、
楽章冒頭で黄色丸の音を繋げて
メロディとして認識した、
まさにそのままだ。(黄色矩形部)

それにしても
「一音符ずつを交互にひいて」
旋律からなめらかさを奪い去っている
なんて。

いずれにせよ、50年以上前のスコアに
すでにこの記述。交叉奏法は
古くから知られていた構造のようだ、
と思わず漏らしたところ
さらに古いスコアを提供してくれた方も。

奥付がなく、発行年が不明なのだが、
1957年に購入した、とのメモがある。

(1-b) 1957年以前に発行された
   日本楽譜出版社のスコア

   (以下薄緑部引用)

先づ、アダヂオ・ラメントーソ、
ロ短調四分の三拍子で、
ヴァイオリンで奏せられる
下降的な主題は、
深い思いに沈むが如き感じである。
第一と第二ヴァイオリンが
 旋律を交叉して奏する
から、
 實際の旋律は第90小節と同じになる)

Sym64s

(70年近くも前の印刷物ゆえ
 使われている漢字も含め
 時代を感じていただきたく画像も添付)

こちらにも
「第一と第二ヴァイオリンが
 旋律を交叉して奏する」
と交叉奏法の記述がある。

しかも
「實際の旋律は第90小節と同じ」
とも。

音楽之友社版、日本楽譜出版社版、
どちらのスコアの解説にも
「一音符ずつを交互にひいて」
「旋律を交叉して奏する」
との記述はあったし、
90小節目では第1バイオリンのみが主旋律、
との認識も共通だったが、
残念ながらそれ以上の解説はなかった。


(2) 交叉奏法採用の理由・効果

(2-a) 対向配置のときのステレオ効果
交叉奏法の効果について、
「ホルン吹き」の知人からは、
「当時の私のホルンの先生は、
 対向配置のときのステレオ効果を
 狙ったのかな?
 とかコメントしていました」
なるメールをもらった。
対向配置とは、
第1バイオリンと第2バイオリンが
両サイドで向き合うような配置のこと。
第1・第2バイオリン間を
一音ごとに
パタパタとメロディが動くのだから
確かにステレオ効果は期待できそうだ。

14ページからなる江田司さんの論文
(2-b) チャイコフスキー作曲
   《悲愴》交響曲をめぐる
   鑑賞指導の研究

(薄茶部は論文(2-b)からの引用)
にも

オーケストラの第1・第2バイオリンの
「対面配置」による
ステレオ音響的効果を得るため
とする考えも,2000年代に入り,
世界の著名なオーケストラが
作曲家の生きた時代の
伝統的なこの配置を採用する頃から
多く語られるようになっている

なる記述がある。

ところが、このステレオ効果、
実際には期待できないという
研究もあるようで、同じ論文内に

たとえ2つのバイオリン・パートが
対向配置であったとしても,
聴き手にはそれぞれの音進行を
ステレオ音響的には聴き取れないことを
実験結果から裏付けられている

との紹介もある。

そのうえで、江田さんは
第1楽章の出だしのファゴットの
H-Cis-D-Cis(動機X)が
曲全体を支配していて、

断定は避けなければならないが,
第2,3楽章の主題労作等から,
第4楽章のバイオリン・パートにおける
特異な書法は,
動機Xを敢えて目に付くよう配置したと
推察される
のである。

と結論づけている。

もちろん、
ほんとうの意図はチャイコフスキーに
聞いてみないとわからないが、
多くの人を惹きつける魅力が
「特異な書法」による交叉奏法にはある。

この話、もう少し続けたいが、
今日はここまで。
最後にひとつ番外のおまけを。

(XX) 番外のおまけ
記事、読みましたよ」という
知人に会った時のこと。
「交叉奏法の記事、読んでいたら
 これを思い出しちゃいました」と
おもむろにメモ用紙を取り出し、
「おわだまさこ かわしまきこ」を
二行に分けてひらがな書きをし始めた。

意味がわからずポカンとしている私に
「こうやって交叉奏法のメロディのごとく
 一文字ごとに丸をつけると・・」
Owadamasakos

赤丸でも、黄丸でも
両名の名前が成立する偶然。

チャイコフスキーから
こんな話に繋がるなんて。
思いもかけない飛躍にこそ
人との会話の醍醐味がある。

 

 

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2024年3月17日 (日)

「科学的介護」の落とし穴 (4)

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「科学的介護」の落とし穴 (4)

- 今ここの幸せをつかみとれたら -

 

前回に引き続き、
介護施設長 村瀬孝生(たかお)さんへの
インタビュー記事から
印象的な言葉を紹介したい。

話しているのはもちろん介護についてだが、
介護に留まらない
考えさせられる鋭い指摘満載だ。

2023年2月7日 朝日新聞
オピニオン&フォーラム
「科学的介護」の落とし穴
介護施設長 村瀬孝生(たかお)さん
へのインタビュー記事
だ。
(以下水色部、記事からの引用)

230207


だれしも避けて通れない老い。
老いへの不安には
どう向き合えばいいのだろう。

「介護現場でレクリエーションや
 リハビリのための運動をします。

 その時、健康寿命を保ち、
 自立した生活をする
 『未来への投資』という
 発想に立つとしたら、
 楽しくなりません」

「今苦しいのは、
 未来をもっと楽にしたいと
 思っているからです。

 未来にある納期に
 間に合わせる計画のため
 今を差し出す

 それよりも、
 今ここの幸せをつかみとれたら
 どれだけ楽になるか。

 今を謳歌できる人生や社会に
 作り直せるかどうかですね」

未来をもっと楽にしたいと今を差し出す、
に考えの転換を促す村瀬さん。
楽になりたい、と思いながら
その気持ち自体が、
必要以上に自分を苦しめている場合も
あるのかもしれない。

「年をとれば老眼になるとか、
 足腰が弱くなるとか機能が衰える。
 たとえ医療や技術で補完しても
 やがて限界を迎えます


「自分の体をねぎらいながら、
 その変容に応じて
 老いを堪能できる生活に変えていく

 そして生身の限界を踏まえ、
 合意を積み重ねる
 共同体になっていく。

 それが持続可能な社会の
 ありようではないでしょうか」

計4回に渡って村瀬さんの言葉を
紹介してきた。

介護の世界もテクノロジーやデータを
駆使することで改善できる、
と単純に考えてしまうことの危険性を、
タイトル通り
 「科学的介護」の落とし穴
として語ってくれた。

それは、同時に、昨今、
あらゆる分野で幅を利かせている
データ偏重、効率主義、計画管理などへの
痛烈な問題提起でもあった。

そこには、

* 『見たいもの』しか見ない現場になる

* 生活は偶然性や
 いいかげんなものに満ちていて、
 データやエビデンスで裏付けられた
 正しさがベースにあるのではない

* 介護する側の目的を遂行するために
 集められたデータで
 効率が上がるほど、
 唯一無二の人生を生きた老体は
 単純ではありません

* 人間の不完全さや弱さを排除せず、
 許容する力が失われている

* 老いを堪能できる生活に変えていく

などなど、
何度も思い返したい言葉が溢れていた。

 

 

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2024年3月10日 (日)

「科学的介護」の落とし穴 (3)

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「科学的介護」の落とし穴 (3)

- 将来のため今を犠牲にする? -

 

前回に引き続き、
介護施設長 村瀬孝生(たかお)さんへの
インタビュー記事から
印象的な言葉を紹介したい。

話しているのはもちろん介護についてだが、
介護に留まらない
考えさせられる鋭い指摘満載だ。

2023年2月7日 朝日新聞
オピニオン&フォーラム
「科学的介護」の落とし穴
介護施設長 村瀬孝生(たかお)さん
へのインタビュー記事
だ。
(以下水色部、記事からの引用)

230207


前回の記事の最後、
「集められたデータで
 効率が上がるほど、
 唯一無二の人生を生きた老体は
 単純ではありません」
と言っていた村瀬さん。
では、介護担当者はどうすべきなのだろう。

「生身の体が
 今ここで求めることに
 応じられる仕組みに
 シフトする必要
を感じます。

 今、食べたい。
 今、うんこしたい。
 今、眠りたい・・・。
 そうした求めには今、対応しないと、
 取り返しのつかない傷を
 心身に残しかねない」

「そうした事態を避けるなら、
 今の生活を計画で縛るのではなく
 今ここで必要なことに対応するため
 計画を手放すことができる
 現場の裁量
が大切になります」

計画に縛られない現場の裁量で、
「今」に対応する。

「一方で経済社会は、
 将来の目標を達成するために逆算し、
 いつ何をべきか
 計画することで成り立っています


 正月のおせち料理を初秋に
 予約販売するのが一例で、
 未来を先取りするほどに
 もうけが出る。

 将来のため今を犠牲にすることを
 いとわない


 今ここの対応から出発するケアとは、
 成り立つロジックが正反対なんです」

理想はあっても、施設長としては
実際に直面している問題への対応も
もちろん必要だ。

「入居者に対して
 職員数が少ないと、
 働く側の生身の限界を
 超えてしまう。

 職員が疲弊するのを
 避けるためには、
 センサーなどの最先端技術で
 人の限界を補完せざるを得ない

 現実はあります」

「ただ、人間の能力の限界を
 文明の利器で補完し
 拡張し続けることで、
 本当に幸せが得られたのか

 立ち止まって
 考える時ではないでしょうか。

 人間の不完全さや弱さを排除せず、
 許容する力が
 失われている
と思います」

これに対して
インタビュアーの浜田陽太郎さんは
「社会を維持し、経済を回すためには
 仕方がないのでは」
と投げかけている。

「この社会は経済発展と引き換えに、
 生産性がないとみなされた
 お年寄りを効率よく介護するために
 施設を用意しているように見えます。

 『認知症』であれば、
 抑制し隔離されても仕方ないという
 暗黙の了解がある」

全体の利益のために、
 一人の人間の存在を犠牲にしても
 仕方ないという考えが、
 私たちの骨の髄まで
 染みてはいないでしょうか


「足手まといな者のリストの
 1番目にいる人を犠牲にすれば、
 2番目の人が繰り上がって
 次の犠牲となります。

 それを繰り返すだけの社会は、
 ほどなく弱体化する。

 日本社会は
 その状態にあると思います。
 それが私たちの望む経済でしょうか」

* 今ここで必要なことに対応するため
 計画を手放すことができる現場の裁量

* 将来のため今を犠牲にすることを
 いとわない、ではなく
 今ここの対応から出発する

* 人間の不完全さや弱さを排除せず、
 許容する力が失われている

* 1番目にいる人を犠牲にすれば、
 2番目の人が繰り上がって
 次の犠牲となります

村瀬さんの言葉は介護の世界を越えて
深く響いてくる。

 

 

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2024年3月 3日 (日)

「科学的介護」の落とし穴 (2)

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「科学的介護」の落とし穴 (2)

- 唯一無二の人生を生きた老体は -

 

前回に引き続き、
介護施設長 村瀬孝生(たかお)さんへの
インタビュー記事から
印象的な言葉を紹介したい。

話しているのはもちろん介護についてだが、
介護に留まらない
考えさせられる鋭い指摘満載だ。

2023年2月7日 朝日新聞
オピニオン&フォーラム
「科学的介護」の落とし穴
介護施設長 村瀬孝生(たかお)さん

へのインタビュー記事。
(以下水色部、記事からの引用)

230207


インタビュアーである浜田陽太郎さんの
「科学的に裏付けのあるデータで
 標準化された介護を実行させれば、
 質の良くないところも含めて
 全体の底上げを図れるのでは」
との質問に、村瀬さんはこう答えている。

現場は寛容さを
 失うのではないでしょうか


 標準化されたサービスを
 計画通りに提供したかどうかだけに
 重きを置いて評価される
と、
 現場は追い詰められる。

 評価の矢面に立つ管理者は、
 計画の遂行を現場に求める。

 役割を与えられた個々の職員は、
 まじめであるほど
 目的達成のために鬼になる」

計画通りに実行されたか、が
評価の重要項目となると
そのこと自体が目標になってしまい
本来の業務の目的を見失ってしまう
という経験は、
介護以外の現場で働いてきた私にも
確かにある。

「目的が先立つ介護は
 一方的な暴力をはらみやすい。
 それが組織化されるとなおさらです」

今の制度は、金銭の誘導による
 成果主義と懲罰主義の組み合わせ

 本質は出来高払いです。

 制度設計に込められた
 国の目的に沿って、
 プラン通りに
 ケアが行われたか否かで
 報酬が加算

 できなければ減算されますから」

もちろん、村瀬さんも
管理者として計画そのものを
否定しているわけではない。

「計画するのがダメとは言いません。
 でも、1日おきに入浴
 という計画が設けられたら、
 拒否されてお風呂に入れなかった時、

 『まあいいか』と
 計画を手放せるでしょうか?

 企業社会でも、
 計画を遂行できなければ、
 責任をとらされているでしょう。
 介護現場も例外ではありません」

インタビュアーである浜田さんは
「高齢者に拒否されたからといって、
 計画した介護をやらないのは
 楽をしたいだけでは」
と突っ込んだ質問をぶつけている。

お年寄りの『嫌』を受け止めて、
 いったん引くことは、
 その人の意思を
 尊重したこと
になりえます。

 ただ、介護職が
 引いたままだとネグレクトになる。
 だから、
 どうすれば入浴できるかを
 考えて実践する


「単なる入浴拒否ではなく、
 裸になった時のあばら骨や
 あざが見られたくないとか、
 拒否する理由は無限にある。

 その人にしか生じない理由に
 触れたとき、新しい発見がある」

「相手のサインを受け取り、
 介護の質向上につなげる。
 無駄に見えることにも、
 気づいていないだけで
 大切なことが潜んでいる


 介護する側の目的を遂行するために
 集められたデータで
 効率が上がるほど、
 唯一無二の人生を生きた老体は
 単純ではありません

「集められたデータで
 効率が上がるほど、
 唯一無二の人生を生きた老体は
 単純ではありません」
そう思って接してもらえたら
どれほど幸せなことだろう。

繰り返しになるが、
以下の言葉を読み返してみると
どれも、介護の世界に
限定されないものであることが
よく分かる。

*標準化されたサービスを
 計画通りに提供したかどうかだけに
 重きを置いて評価されると、
 現場は追い詰められる。

*今の制度は、金銭の誘導による
 成果主義と懲罰主義の組み合わせ。

*無駄に見えることにも、
 気づいていないだけで
 大切なことが潜んでいる。

評論家やコメンテーターの言葉でなく、
実際に日々現場に接している
実務担当者からの言葉だと思うと
いろいろな意味で救われる思いだ。

もちろん、理想通りには行かないことも
多いだろう。
しかし、行動を支える根本となる思想は、
どんな職業であれ、
特に正解がない仕事においては
より重要で価値が大きい。

 

 

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