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2019年10月13日 (日)

ポケベルのサービス終了

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ポケベルのサービス終了

- 携帯電話の普及と比較して -

 

前回
1995年のラグビーワールドカップ
南アフリカ大会での
日本対ニュージーランドの試合について
古い新聞記事を参照したが、
その日の新聞を見てみると、
ポケットベル(ポケベル)の
大きな広告が目につく。

たとえば、NZ戦を報じた
1995年6月5日の朝日新聞にある広告。

A9506051s

 

ちょっと大きくしてみると
機能をかなり無理やり拡張して
差別化を図っていることがよくわかる。

A9506052s

数字だけではなく、文字だったり
イラストメッセージだったり、
カタカナ定型伝言分だったり、
バイオリズムが見られる、
なんていうのまである。

 

実は、この1995年
(正確には1995年度)は
ポケベルの契約件数が
ピークを迎えた年だった。
ちょっと確認してみよう。

無線呼出し(ポケットベル)の
 加入契約数の推移


のタイトルで、総務省のここから
データを簡単にダウンロードできる。

ただ数値だけではわかりにくいので
グラフにしてみた。
1995年度の棒には目印のため
黄色い線を入れている。

   ポケベルの加入契約数の推移

Pbell1

ご覧の通り統計値のある1988年から
グングン契約台数は伸びており、
1995年度末の契約台数1061万台で
ピークを迎えている。

興味深いのはそのあと。

急速に契約数は減っていき、
2006年度末には
なんと16万台にまで減ってしまう。
1995年度末のわずか1.5%、
たった11年で98.5%減ということになる。

理由はもちろん携帯電話の普及だろう。

同じ総務省のページ

携帯・PHSの加入契約数の推移

のデータも公開されている。

 

年度末 ポケベル 携帯・PHS
1994年 935万台 433万台
1995年  1,061万台  1,171万台
1996年 1,007万台 2,691万台

 

1995年は、ものすごい勢いで
「携帯・PHS」の契約台数が
「ポケベル」の契約台数を抜き去る
時期でもあったわけだ。

1988年から2000年までで
ポケベル=青、携帯・PHS=茶
両方の動きを
一枚のグラフにしてみよう。

   「ポケベル」と「携帯・PHS」の加入契約数の推移

Pbell2

 

携帯の契約数の伸びが
いかに早いかがよくわかる。

期間を2018年まで拡張するとこんな感じ。

「ポケベル」と「携帯・PHS」の加入契約数の推移 2018年度末まで

Pbell3

契約数が1億8千万台にまで伸びた
携帯と並べると、
最高でも1000万台程度のポケベルは、
グラフの左下に小さく、
の存在になってしまう。

それにしても、契約数が1億8千万台とは。
利用年齢層を考慮すると
ざっくり平均してすでにひとり2台!

実際には「1台しか持っていない」
という人がかなりいることを考えると、
(会社携帯等も含むとはいえ)
3台以上持っているひとも、
珍しくないということになる。

 

今回、ポケベルの広告に目がいったのは、
日本がアイルランドに勝った翌々日
2019年9月30日、
「ポケベルのサービス停止」のニュースが
流れたからだ。

「ポケットベル」の愛称で親しまれ、
1990年代にブームとなった
無線呼び出しサービスを、
全国で唯一展開していた
東京テレメッセージ(東京)が
9月30日にサービスを終了する

半世紀にわたり続いたが、
携帯電話に取って代わられ、
通信手段としての役目を終えた

東京テレメッセージは
9月30日深夜から10月1日にかけて
ポケベル用の電波を順次止める。

 

折り返しのための電話番号を伝える
「数字表示エリア」を
無理やりとも言える語呂合わせや創意工夫で
「メッセージエリア」として使い、
コミュニケーションツールとして
ブームを作り出していたのは
主に当時の女子高生たちだった。

4649  よろしく
889  はやく
8181  バイバイ
3470  さよなら

くらいならなんとか意味が伝わりそうだが、

0906  おくれる
14106  あいしてる
5731  ごめんなさい
1871  会えない

にいたっては、おじさんはほぼギブアップ。
当時、無理やりの数字メッセージを
牽引していた女子高生の柔軟な発想には
感心するばかりだ。
でももう、それらも完全に役目を終えた。

 

1995年:
ポケベル全盛、1000万台超の契約。
NZに惨敗。

24年後、

2019年:
ポケベルのサービス終了。
強豪アイルランドに勝利。
台風19号による甚大な被害が
次々と明らかになっていく10月13日、
スコットランドにも勝って
ラグビーW杯で初のベスト8進出。

並べることにナンの意味もないけれど、
ごちゃごちゃとすべてを乗せて
時代は流れている。

 

 

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2019年10月 6日 (日)

145失点からの24年

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145失点からの24年

- 「奇跡は起きるから奇跡といいます」 -

 

開催中のラグビー
第9回ワールドカップ(W杯)日本大会、
日本は
昨日(2019年10月5日)のサモア戦にも勝ち、
1次リーグ3連勝となった。

初のベスト8へまさに大きく前進。

1次リーグ3戦の翌朝の朝日新聞の記事、
見出しだけでも並べてみたい。
どれも一面トップの扱い。
左から、
2019年9月21日、29日、10月6日。

A190921291006rwc3s

3戦を振り返った時、
優勝候補のアイルランドを破った
先週の勝利はその感激も特に大きかった。

南アフリカに勝った4年前といい、
世界で戦えるレベルになっていることに
うれしいと同時に改めて驚く。

下の記事を当時、リアルタイムで読んだ世代だからだ。

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1995年6月5日朝日新聞の記事。
第3回ワールドカップ(W杯)南アフリカ大会。

日本は、ニュージーランド(NZ)に
大会史上最多失点となる[17 - 145]
記録的大差で惨敗した。
与えたトライは実に21。

それまでのW杯での
最多失点は89点だったので
一挙に56点も残念な方向に
記録を伸ばしてしまったことになる。

1987年のテストマッチでも
NZ戦では[4 - 106]

それを上回る失点となってしまった。

記事にはこうある。

NZは前半開始直後に、
さっそく先制トライを奪うと、
その後も日本の防御を
軽々と突き破って
数分おきにトライを重ね、
カルハインが21本中はずしたのは
1本だけという完ぺきなゴールキック。

日本は後半、梶原が
2トライを奪うのがやっとだった。

 

前半35分、PGを狙ったことに関しても

すでに0-70。
勝負の行方にからむ
3点では決してない。

まるで「花園」で、
初出場の高校チームが
零点負けをまぬがれるために
狙うようなPGのようだった。

次がなく「青春の思い出」が
必要な高校生と違い、
日本代表には次のW杯という
大きな目標がある。

(中略)

ラグビー王国のプレーから、
「パワー、体格の違い」と
簡単に片づけられない違いを
学んでほしい。

この屈辱をいつかはらすためにも

 

あれから24年。
アイルランドに勝った翌日
2019年9月29日の記事では

南アフリカを破った4年前は
「奇跡」と言われた

「(今回は)地力の部分で勝った。
 サプライズじゃない
 なるべくしてなった」
と中村は成長を語る。

組織が結束すれば
強豪に勝てることを再び証明した。
緻密な準備を経て、
日本はまた一つ、世界の階段を上った。

と、中村亮土選手の言葉を紹介している。

南アフリカの時といい、
今回のアイルランドの時といい、
「奇跡」で思い出すのは、
遊川和彦さんのオリジナル脚本で
高視聴率をマークしたドラマ
「家政婦のミタ」のこの名セリフだ。

奇跡とは、
普通に考えれば絶対に起きない出来事が
そうなって欲しいと願う人間の
強い意志で起きる出来事です。

奇跡は起きるから奇跡といいます

自分には絶対無理だと
諦めている人には絶対に起きません。

まさに、そう。
起きるから「奇跡」なのだ。

 

早稲田大学ラグビー部監督として活躍した
大西鐵之祐さんが亡くなったのが
NZに惨敗した年、1995年の9月。

そして67年にもわたって
明治大学ラグビー部監督を務めた
北島忠治さんが亡くなったのが
翌1996年の5月。

今の日本代表の活躍を
おふたりは
どこからか眺めているであろうか?

この24年間の成長は、おふたりには
どんなふうに映っていることだろう。

 

 

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2017年8月 6日 (日)

独自言語で会話を始めた人工知能

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独自言語で会話を始めた人工知能

- 今、必要なものは? -

 

最初に知ったのは
通勤途中のラジオだったのだが、
先週、衝撃的なニュースがあった。

帰って来て調べてみると、
関連記事がネットにある。
ただ、現在公開されている記事が
いつまで読めるのかわからないので、
個人的な記録のために
その一部をここで取り上げておきたい。

代表で選んだ元の記事は
2017年8月2日付のこちら
人工知能(AI)についてのニュースだ。
記事のタイトルは、
「終わりの始まり…?
 独自言語で話しはじめた人工知能、
 Facebookが強制終了させる」

(以下水色部は記事からの引用)

Facebook(フェイスブック)が行なう
人工知能の研究開発において、
近未来SF映画のような
事態が起きていました。

会話をさせていた
2つの人工知能ボブとアリスが、
独自の言語を生み出し、
話し始めたのです。

人間には理解しがたい言葉を話す
2体のAI。

Facebookの開発チームは、
これを受けて人工知能の
マシンラーニングプログラムを
強制終了させました。

人工知能(AI)が人間の能力を超える
技術的特異点、
シンギュラリティ(Singularity)なる言葉を
耳にすることも多くなっているが、
それにしてもこの記事の恐ろしさは、
表現のしようがない。

人間には理解できない独自の言語で
AI同士が会話を開始した、というのだ。
ついに、ここまで来てしまったのか。

 

私自身は、門外漢の素人ながら
一エンジニアとして
AIの進歩を楽観的かつ好意的に
見つめている。
どんどん進歩すればおもしろい、
と思っている。

それなのに、このニュースには
どこか別な部分が反応してしまった。
それはいったどこなのだろう?

個人的には、身体を持たない
知能だけのシンギュラリティの議論は
ナンセンスだと思っているので、
単純な
「もしそうなったら人類の終焉だ」
「終わりの始まりだ」
みたいな極論には全く与(くみ)しないが、
次々と新しいネタが飛び出してくる
AI関連のニュースからは目が離せない。

 

松尾 豊 (著)
人工知能は人間を超えるか
ディープラーニングの先にあるもの

(角川EPUB選書)
(以下緑色部は本からの引用)

にこんな記述がある。

言語の果たす役割とも関係があるが、
社会が概念獲得の「頑健性」を
担保している可能性がある。

複数の人間に共通して現れる概念は、
本質をとらえている可能性が高い。

つまり「ノイズを加えても」
出てくる概念と同じで、
「生きている場所や環境が
 異なるのに共通に出てくる概念」は
何らかの普遍性を持っている
可能性が高いのだ。

言語は、こうした頑健性を
高めることに
役立っているのかもしれない。

人間の社会がやっていることは、
現実世界のものごとの特徴量や
概念をとらえる作業を、
社会の中で生きる人たち全員が、
お互いにコミュニケーションを
とることによって、
共同して行っている

考えることもできる。

身体だけでなく、
社会やコミュニケーションが
裏にあってこその概念獲得。

ロジックやデータだけに基づく進化に
直感的な危うさ、怖さを感じるのは、
そういった裏の支えがないことが
原因なのかもしれない。


著者の松尾さんはこうも書いている。

いずれにしても、
まず議論すべきは、
「人工知能が将来持つべき倫理」
ではなく、
「人工知能を使う人間の倫理」や
「人工知能を
 つくる人に対する倫理」である。

最初の記事に戻ると、実際、
AI同士が意味のわからない言葉で
会話を続けることに直面したエンジニアも

米メディアの多くが
この件を報じており、
パニックでプラグを引っこ抜いたとか、
システムをシャットダウンした
などと言われています。

なる行動をとってしまったようだ。

エンジニアとしては乱暴なその行為を
反射的にとってしまった
今のFacebookのエンジニアには、
ちょっとホッとするところがある。

今、「作る人」に必要なものは
ナンなのだろう。

恐ろしくなって、
「プラグを引っこ抜いたり」、
「シャットダウンしてしまったり」、
そういう『恐ろしさ』を感じる気持ちは
持っていてもらいたいと思う。
それが倫理や論理に
基づくものかどうかはともかく。

 

 

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2017年2月 5日 (日)

オランダ政府からのメッセージ

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オランダ政府からのメッセージ

- America Firstなら -

 

すでに1700万回も再生されているから、
ご存知の方も多いと思うが、
オランダが作った
「歓迎、米トランプ大統領」のビデオが
あまりにもよくできているので、
記録も兼ねて、ここに紹介しておきたい。

オランダ語の最初のコメントも含めて
全編英語字幕付き。
<再生>したらそのまま読めるよう
サイズをちょっと大きめに。

字幕があっても英語はちょっと、
という方も心配ご無用。
映像だけでもぜひ一度ご覧あれ。
作りがいいので、日本語訳はなくても
メッセージは伝わるはず。

 

このビデオ、タイトルにも

 The Netherlands welcomes Trump
 in his own words

とあるように、まさに「自分の言葉」で
歓迎の意を表している3分半の作品だが、
自慢あり、皮肉あり、批判あり、で
ほんとうに楽しめる。

まずはともあれ作品をどうぞ。

最初から大袈裟かつ大まじめ。

 This is a message from
 the government of the Netherlands.

 これはオランダ政府からのメッセージです。

でもそのまじめさが、
すでにおかしさを予感させる。
いきなりトランプ口調だし。

(1) William of Orange
オランダ建国の歴史から話が始まるのは
いかにも欧州の国らしい。
80年も争った戦争相手のスペイン人のことを
さんざんひどく言っておきながら、

 They're all dead now by the way.

 今は全員死んでいるけれどね。

とサラリとかわしている。

(2) オランダ語
「オランダ語は欧州で最高の言語だ」を
オランダ自身が言うのはいいとしても、
total disaster(大失敗)だとか、
fake(偽物)だとか、
トランプ氏が使った言葉を、
デンマーク語やドイツ語に向けて
もう言いたい放題。

欧州内では互いの言語を
この程度のジョークでなら
言い合うことがあるのだろうか。

(3) Pony Park
最後の部分

 you can grab 'em by the pony

で笑い声が入っているのは、
この文そのものの意味ではなく、
大統領選挙期間中に暴露された
トランプ氏の超下品な会話

 Grab them by the p***y

をイメージさせるからだろう。

(4) Afsluitdijk(アフシュライトダイク)
  締め切り大堤防

オランダが世界に誇る世界最大の堤防を
メキシコとの壁にたとえてのこの話。

「月からも見える」大西洋を挟みながらも、

 from all the water from Mexico.

 メキシコからの
 すべての水から我々を守るために、

と、奔放なセリフのスケール感に
頭がついていかない。
実際、長さ32km、幅90m、もある
堤防としては本当に巨大なもののようだが。

(5) Lee Towers
「トランプ・タワー」と「リー・タワー」
Leeさんのほうは
1946年生まれのオランダの歌手。
YouTubeでちょっと聞いてみよう。

確かにいい声だ。

(6) ミニチュア・タウン
Madurodamという
ミニチュアタウンを紹介しておいて、

 The squares are so small

 広場はとっても狭いので

それを埋めるのに
たくさんの人は必要ないよ、と。

(7) Black Pete
12月、聖二コラウスの日に行われる
伝統行事らしい。

伝統行事ながら、
英語版のWikipediaによると、
ニコラウスの仲間Black Peteについての
黒い顔に赤い口紅といった化粧は、
近年オランダでも人種差別的な側面から
論争の対象にもなっているようだ。

(8) 足が不自由な政治家
これまた、
大統領選挙期間中に問題となった
トランプ氏の障碍者の真似を
皮肉ったもの。

選挙期間中に報道されていた
見るに堪えない
トランプ氏の真似映像を思い出すと、
Klijnsma氏の、穏やかな笑顔と
議場での毅然とした姿が、
対照的に気高く、美しく見える。

(9) 脱税システム
脱税の仕組みがあるよ、と言ったうえで、

 You should tell your sons
 to put all your...
 sorry, their businesses here.

 あなたの息子さんたちにあなたの
 失礼、彼らのビジネスをここに

とのわざとらしい言い間違いで、
「あなたの」を強く印象付けている。

(10) そして最後はコレ!
America Firstなら

 The Netherlands second?

やられた!という決め台詞。
噴出さずにはいられない。

 

それにしても、全編
It's great. It's true.
を繰り返しながら
トランプ氏の口調自体を
完全におちょくっている。

オランダのことを
ちゃんと紹介しながらも
笑いあり、批判ありで
メッセージ性もバッチリ。

しかも、
全体が安っぽい作りになっておらず、
仕上がりは極めて上質。


くやしいけれど、残念だけれど、
日本がほんとうに不得意な分野だと思う。

 

 

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2016年12月18日 (日)

地図二題

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地図二題

- 北方領土と日本海 -

 

ロシアのプーチン大統領が
2016年12月15日,16日訪日。

安倍首相と日露首脳会談が開かれたが、
昨日17日の朝日新聞一面は、
相変わらずこんな見出しになっていた。

A161217hoppou

「領土交渉は進展なし」

手もとに米国で買った
 HAMMOND
 ODYSSEY ATLAS OF THE World
という地図帳がある。

米国産のこの地図に、
北方四島を含む国境は
どんなふうに描かれているのだろう?
ちょっと見てみよう。

Russia2

国境線は国後島の南側。
すぐ北側にはRUSSIAの文字が。
やはりロシア領になっている。
ただしコメントが添えてある。
(ご興味があればクリックしてご覧あれ)

こちらにも。

Russia1

コメント部だけを書くと

Occupied by Russia since 1945,
 claimed by Japan.

「1945年からロシアに占領されており、
 日本がクレームしている」

うーん、なんとも冷静で客観的な記述だ。

外国の地図は、
その国からの視点を教えてくれる。

 

グーグルマップ等、
Web版の地図の登場と
スマホやカーナビの普及で
地図帳の大きな制約だった、
「固定縮尺」と「ページ割」からは
今はすっかり開放された。

技術的な改革が進む一方で、
「編集の意図」を前面に押し出して
興味深い「形」を見せてくれている
地図もある。

佐渡市が、
「環境にやさしい歴史と文化の島」として、
東アジア諸国との交流に視点をおいて
平成22年3月に刊行した地図

逆さ日本地図「東アジア交流地図」

もそのひとつ。

佐渡を中心に、
北の札幌市と南の福岡市を結ぶ線が
水平方向になるように回転。
大陸を下部に、
日本列島を上部に配置している。

そうするとこんな姿が現れる。

Easia

たったこれだけのことなのに、
見慣れた日本列島を見失ってしまうほど。

日本海がいかに閉じた海なのかもよくわかる。

この地図、
購入はこちらから簡単にできる。

なお、「日本海」については、
今年出版された

 蒲生俊敬著
 「日本海 その深層で起こっていること」
 講談社ブルーバックス


がたいへんおもしろい。

日本海を取り囲む4つの海峡
間宮、宗谷、津軽、対馬は
幅が狭いだけでなく、どれも浅い。
そのため、日本海は
まさに海洋としての閉鎖性が高い。
そのことにどういう意味があるのか。

内容については、
改めて別な機会に紹介したいと思う。

お正月の読書に向けて、
本を探している方にはお薦め。
直接は見えないけれど、
「その深層で起こっていること」に
思いを馳せることができる。

 

 

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2016年11月 6日 (日)

打席のピッチャーへ

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打席のピッチャーへ

- 球種に込められたメッセージ -

 

今年2016年のプロ野球・日本シリーズは
日本ハムの10年ぶりの日本一で終わった。

翌日の新聞には
 「41歳黒田 8球のメッセージ」
なる見出しでこんな記事があった。

A161030kuroda

(以下水色部、
 朝日新聞2016年10月30日の記事からの引用)

  投手と打者の「二刀流」を極めようとする
日本ハムの大谷翔平選手と、
現役引退を表明して臨んだ広島・黒田博樹投手。

22歳と41歳には、
言葉を交わさない野球のプレーを通しての
会話
があった。

「プレーを通しての会話」
どんな会話があったのだろう。


直接対戦したのは札幌ドームでの第3戦。

黒田が先発、大谷が3番・指名打者だった。

 3打席、計8球。二塁打2本を放った大谷には
安打よりうれしかったことがある。

ほぼ全球種、打席で見られた。
 間合いだったり、ボールの軌道だったり

 勉強になりました」。

2人だけの空間で繰り広げられた駆け引きを、
すがすがしい表情で振り返った。

黒田投手は、大谷選手に、
ほぼ全部の球種を披露していたのだ。

大リーグを目標に据える大谷選手にとって、
ドジャース、ヤンキースで
5年連続2桁勝利を挙げた黒田投手の球を
打席から見られる貴重なチャンス。

二度とない機会への期待に、大先輩は応え、
後輩はそのメッセージを受け取った。

いい話だ。

真剣勝負の中、
ピッチャー同士だからこそ伝わるメッセージ。

 

2010年5月15日の交流戦、
広島-日本ハム(マツダ)。

広島は当時22歳の前田健太(現ドジャース)、
日本ハムは同じく
23歳のダルビッシュ有(現レンジヤーズ)が
先発した。

セ・リーグの本拠で指名打者制はなく、
お互いが打席に立った。

ダルビッシュは当時、
「(前田が)どんな球を投げるのか
 興味があった。
 相手も僕の球を楽しみにしていたと思うので、
 ほとんど全部の球種を投げた
」と明かしている。

この日のことは
 「ダルからマエケンへ『10球』メッセージ」
なる見出しで、
高山通史記者が記事を書いている。
(以下薄緑色部、日刊スポーツの記事からの引用)

ダルビッシュは3歳年下、
同じ両リーグを代表する本格派右腕へ
「10球」のメッセージを送っていた。

試合後に
向こうも興味あると思うので、
 いろいろな球を投げた
」と明かした。

その試合で、打者の前田健とは3打席対戦。
通常、
右打者を攻める球種をほとんど選択したという。

日本No.1右腕と呼ばれる自分の手の内を見せ、
今後の成長へつなげてほしい-。

先輩としての粋な思いが込められていた。

もちろん打席に立つ前田選手も

「いつもは打ってやろうと思って
 打席に入るんですけれど、
 どんなボールを投げるのか
 見てみたいと思っていた
」。

とダルビッシュ投手が想像していた通り。

 

 黒田が投げた球種には、
大谷が今、投げていないものがある。

大リーグで主流の、
打者の手元でわずかに変化するツーシームや
カットボールだ。

「いつか必要になったときに、
 参考にできる軌道があるのとないのとでは違う。
 今後に生きてくれば」と大谷。

残像を頼りに、黒田の後を追う

「2人だけの空間で繰り広げられた駆け引き」が
大谷選手に確かな「残像」を残したのなら、
それらが将来生きてきたとき、一番うれしいのは、
大谷選手自身ではなく黒田選手なのかもしれない。

 

 

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2016年10月16日 (日)

ゲレンデがとけるほど

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ゲレンデがとけるほど

- 誤変換の笑い -

 

前回
「大隅良典氏 ノーベル賞!」の朗報を受けて、
新聞6紙の読み比べをしてみたが、
読売新聞のコラム「編集手帳」は
こんな書き出しでノーベル賞の話に繋げていた。

以下水色部、
読売新聞 2016年10月4日「編集手帳」からの引用

パソコンで、
「うまくいかない画像サイズになった」
と書いたつもりが、画面には
馬食い家内が象サイズになった」。

以前、日本漢字能力検定協会が募った
漢字変換ミスで年間賞に選ばれている

◆食欲の秋を迎えるたび、
わが太鼓腹をなでてはこの″珍文″を思い出す。

不要な肉である。
人間は細胞のかたまりなのに、
細胞ほどは賢くないらしい。

朗報に万歳をしたあとで、
およそ学術的でない感慨に浸っている

◆東京工業大学の
大隅良典栄誉教授(71)が、
「オートファジー」という生命現象の研究で
今年のノーベル生理学・医学贅に選ばれた

(ずいぶん無理やりな話の展開だなぁ、はともかく)
「馬食い家内」が年間賞に選ばれたのは2008年。
久しぶりに聞いた「誤変換」の話題に、
いろいろな思い出が蘇ってきた。

インターネットが登場するよりもずっと前、
ワープロが元気だったころ、
「披露宴の新郎新婦」と書こうとして
「疲労宴の心労神父」が出てきたときは、
おもわず映画の一シーンを見ているような
気分になったし。

 

変換ミスについては、いまから20年ほど前
まさに誤変換を集めた「誤変換の宴」なる
楽しいテキストのページがあった。

最近の「かな漢字変換」は
ほんとうに優秀になったので
突拍子もない変換に「えっ!」と思うことは
ずいぶん減ってしまったが、
当時はまだまだ「誤変換」は
よく笑い話のネタになっていた。

ピーヒョロヒョロのモデムで
インターネットに接続していたころの話だ。

古いメモをひっくり返して
傑作誤変換をいくつか紹介したい。

 

情報誌捨て無学   <情報システム学>

とちり養成策    <土地利用政策>

金が新年      <謹賀新年>

などは、ちょっと理屈っぽくて
よくできてはいる(!?)けれど笑えない。

 

ホームページ行進  <ホームページ更新>

死後塗料      <仕事量>

最近平気      <細菌兵器>

ゴキブリ胎児    <ゴキブリ退治>

猫を解体!     <猫を飼いたい!>

歯医者は猿のみ   <敗者は去るのみ>

あびせ下痢     <あびせ蹴り>

妻子アルミですから <妻子ある身ですから>

蕎麦に入れ歯    <そばにいれば>

アメリカ製カツ   <アメリカ生活>

などは、ストレートでかつシンプルで、
ギャップがあって私好み。

まぁ、〇〇ネタがらみもはずせない(!?)でしょう。

お口恥部     <奥秩父>

女子行為室    <女子更衣室>

今夜俺求めてくれる?
         <今夜俺も泊めてくれる?>

こんな子としてて良いのか 
         <こんな事してていいのか>

 

いろいろあっても、個人的誤変換No.1はやはりコレ!

ゲレンデがとけるほど濃い死体 
         <ゲレンデがとけるほど恋したい>

失礼しました。

 

 

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2016年10月10日 (月)

大隅良典氏 ノーベル賞!

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大隅良典氏 ノーベル賞!

- 6紙読み比べ -

 

スウェーデンのカロリンスカ研究所は、
2016年10月3日、
2016年のノーベル医学生理学賞を、
細胞が自分で自分のタンパク質を
分解してリサイクルする
「オートファジー(自食作用)」の仕組みを解明した
大隅良典(おおすみよしのり)
東京工業大学栄誉教授に送ると発表した。

うれしいニュースに、
毎日新聞は4000部の号外を発行した。

翌日(2016年10月4日)の
東京での主要6紙はご覧の通り。
全紙一面トップで取り上げている。

A161004osumi

写真を撮った通り、6紙とも手元にあるので、
少し読み比べてみよう。

 

【授賞理由】

「オートファジー」の言葉ばかりが
ひとり歩きしているが、そもそも
カロリンスカ研究所はどんな理由で
授与すると言っているのだろうか?

こんなことは基本中の基本なので、
どこにでも書いてあるだろう、と思って読んでみたが、
意外にも記述は少ない。

読売新聞は、

授賞理由は
「オートファジーのメカニズムの発見」
・・・・
カロリンスカ研究所は授賞理由で
細胞がその中身を
 どうリサイクルするかについて、
 新しいパラダイム(枠組み)を導いた

と評価した。

 

日本経済新聞は、

カロリンスカ研究所は授賞理由として
オートファジーの仕組みの解明
と説明した。

とさらりと触れているだけ。

東京新聞は、一面真ん中に、
「授賞理由」の枠まで設けている。
中の記述はこう。

授賞理由

「オートファジー」について、
酵母の一種を使って重要な遺伝子を発見、
その仕組み解明した。
またよく似た洗練された機構が
人の細胞にもあることも示し、
細胞のリサイクルについて
新たな理解をもたらした


飢餓状態への適応や感染症への反応のような
多くの生理的過程で
オートファジーが重要であること、
その遺伝子変異は病気を引き起こし、
がんや神経疾患などに
関係していることが分かってきた。

なんだか理由なのか解説なのか
はっきりしない。

そんな中、そもそもの判断をした
カロリンスカ研究所の発表は、と
すっきりと載せてくれたのは、

産経新聞のみ。

161004sankeiosumi2s

授賞理由

 スウェーデンのカロリンスカ研究所が
3日発表した大隅良典氏への授賞理由は次の通り。
    ◇
 大隅氏の発見は、
細胞がどのように自身をリサイクルするのかを
理解するのに新しいバラダイムをもたらし
飢餓への適応や感染への応答のような
生態学的プロセスにおけるオートファジーの
基本的な重要性の理解に道を開いた


また、オートファジー遺伝子の変異は
疾患を引き起こす可能性があり、
オートファジーの機構はがんや神経疾患
を含むいくつかの条件に関与している。

なるほど。先の東京新聞の記述は、
産経新聞が載せているこの授賞理由を
わかりやすく書き直したつもりのものだったのだろう。

 

【発見の瞬間】

大隅さんが、光学顕微鏡を使って、
世界で初めて肉眼で「オートファジー」を確認した
まさにその発見の瞬間とその興奮は
どんな風に報じられているのだろう。

読売新聞

飢餓状態にある細胞の中に、
小さな粒状の物質が蓄積し、
盛んに動き回っている。
・・・
「オートファジー」を世界で初めて
光学顕微鏡で確認した瞬間だった。
・・・
大隅氏は、当時の興奮を
思わず息をのんだ
 何時間も顕微鏡をのぞき続けた」と語る。

 

毎日新聞

液胞の中に見たことのない小さな粒が生まれ、
激しく踊るように動いていた。
きっと、とても大事なことではないか」。

その日は何時闇も顕微鏡をのぞき続けた。
オートファジーを世界で初めて肉眼で
観察した瞬間だった。

 

産経新聞

 液胞内の顆粒は、
分子の不規則な衝突で起こるブラウン運動で
激しく動き回っていた。

大隅さんはその動きに感動し、
何時間も顕微鏡をのぞき続けた。

そして研究室を出て、
会う人ごとに
「とても面白いことを見つけた」と
熱弁をふるったという


 こうして、酵母が飢餓状態に置かれると
液胞に物質が取り込まれ、
分解される自食作用「オートファジー」を
世界で初めて確認できた。

 

妙に詳しく書いているのは、

朝日新聞

 1988年6月。
東京大教養学部の助教授になって2カ月余り。
できたばかりで学生がいない研究室で、
ひとり顕微鏡越しに酵母を見ていた。

たくさんの小さな粒が踊るよう
跳びはねていた。

何かすごい現象が起きているに違いない」。

細胞が不要なたんばく質を分解して再利用する
「オートファジー」にかかわる現象ではないか。
大隅さんが気づいた瞬間だった。
・・・
 液胞のなかには、
いくつも分解酵素があるが、
当時はその役割は分かっていなかった。

通常、酵母は飢餓状態になると休眠状態に入る。

「液胞内部で酵素が何かを分解するとしたら
 その直前だろう。
 それを観察すれば、
 仕組みが見えるんじゃないか」とひらめいた。

 分解酵素があるとたんばく質が分解されてしまい、
現象を観察できない。

このため、分解酵素がない酵母を使って調べた


顕微鏡をのぞくと、想像通り仕事を終えて
不要になったたんばく質がたまっているのが見えた。

 これが「踊る粒」だった。
生命力にあふれる躍動は、
「何時間見続けても飽きなかった」

 

 大隅さんはその後、
電子顕微鏡でオートファジーが起こる過程を
目に見える形で記録することに、
世界で初めて成功。

 

【世界への広がり】

毎日新聞

さらに3万8000種類の突然変異の酵母を検査し、
遺伝子を比較することで
14種類の遺伝子が関わっていることを突き止め、
93年に論文発表した。

地道な研究が実を結んだこの論文は
オートファジー研究史上
最も価値ある論文として世界に認められている


 その後、
オートファジー遺伝子は酵母から哺乳類、
植物にまで保存されている
ことも
吉森氏ら教え子と明らかにし、
研究は一挙に世界中に拡大した。

遺伝子は現在18種類が見つかっている。

年間数十本だった関係論文は
今では年間5000本にまで急増し、
生命科学分野でも最も進展が著しい
研究領域
となっている。

「だれもやっていなかった」研究が、
まさに世界中に広がっていく過程は、
論文数のグラフが一番わかりやすい。

論文数が増えたことは、各紙述べているが、
グラフを載せてその推移を見せてくれたのは
「毎日」と「産経」の二紙のみ。

毎日新聞

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産経新聞

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読売新聞

吉森氏は
「自分が先端で研究している分野が、
 どんどん大きくなるのを見せてもらった。・・」

と語っているが、このグラフを見ていると、
その渦中にいた研究者の興奮が伝わってくる。

大隅さんは記者会見で、
基礎研究を見守ってくれる社会になってほしい」
と強く語った。

東京新聞

記者会見を開き、
受賞決定の喜びと研究への思いを語った。
・・・
「今、科学が役に立つというのが
 数年後に企業化できることと
 同義語になっているのは問題。

 役に立つという言葉が
 とっても社会を駄目にしている


 実際、役に立つのは
 十年後、百年後かもしれない」。

基礎研究への情熱をにじませた。

 

ノーベル賞、ほんとうにおめでとうございます。

記者会見での言葉が、
より多くの人に、
より多くの人の心に届きますように。

 

 

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2016年7月31日 (日)

ピアノの『響き』を作り出しているもの

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ピアノの『響き』を作り出しているもの

- 中村紘子さんの訃報にふれて -

 

2016年7月26日、
ピアニストの中村紘子さんが亡くなった。
享年72。

中村さんは、ピアノ演奏だけでなく、
エッセイでも素敵な作品を数多く残している。
この「はまめも」でも

ピアニストには三種類しかいない
あらゆる場所が物語の力を秘めている

などで引用させていただいた。

個人的には以下の三冊がお薦めだ。

エッセイでその記述を読んだことはないのだが、
実は、中村さんというと
ある対談番組で聞いた話が、
非常に強く印象に残っている。

その時は、まさに御専門、
ピアノの音についての話だった。

今日は、その話を紹介したい。

 

予備知識として必要なのは、
「ピアノの構造」と「共振(共鳴)と倍音」

最初に、ピアノの構造を復習しておこう。
ピアノは簡単に書くと、
下記のような構造になっている。

Pianodamper

通常は、ダンパーが弦に接触していて、
弦の振動を抑えている。
(弦が鳴らないようにしている)

音が出る仕組みは、
① 右側、鍵盤をたたくと
② 鍵の左側が上がり、
  ダンパーが弦から浮き上がる。
  (弦が鳴る状態になる。開放弦)
③ ダンパーが離れた弦をハンマーが打つ。
  (この時、弦が震えてポォーンと音がでる)
④ ハンマーは弦を打ったあとすぐに元の位置に戻る。
⑤ 鍵盤から指が離れると、ダンパーが下がって
  再び弦と接触し、音を止める。

つまり、鍵盤をたたき指を離す、の動作のうちに、
 ダンパーが上がり、
 ハンマーが弦を打ち、
 ダンパーが下がる
が繰り返されている。

ポイントは、ハンマーが弦を打って音を出したあと、
ダンパーが上がっている間は、
つまり、鍵盤が下がっている間は、
弦が振動し続けているということ。

その後、鍵盤から指を離すと
ダンパーが下がって弦を強制的に抑えてしまうので、
その瞬間、音は消えてしまう。

(ピアノには、鍵盤の状態と関係なく、
 ダンパーを一斉に弦から浮かす
 サスティンペダルというペダルもあるが
 今回の話ではそこには触れない。

 あくまでも、
 鍵盤の上下とダンパーの上下が
 連動している範囲で話を進める)

 

もうひとつの予備知識は共振(共鳴)と倍音

共振(共鳴)は、
だれもが小学校の時に
音叉の実験で経験しているはず。
一つの音叉1を鳴らし、
同じ高さの音の音叉2を近づけると、
音叉2が鳴り始める、あれ。

音叉に限らず、
同じ固有振動数を持つものは
共振して鳴り始める、
というのが理科的な説明だが、
簡単に言うと、
「ド」が鳴っているときに、
「ド」の開放弦を近づけると、
その弦も振動を始める、ということ。

倍音のほうは、
正確に話そうとすると、周波数だの、
純正律だの平均律だのに触れねばならず
かなり面倒なのだが、
こちらも思い切って簡単に言ってしまうと、
「ド」の音を鳴らしたときは、
「ド」の音だけが鳴っているわけではない
ということ。

「ド」の倍音となる
「ソ」や「ミ」や「シ♭」などが
一緒に鳴っている、というか含まれている。

なので「ド」が鳴っているときに、
倍音にあたる「高いミ」の弦を近づけても
「ミ」の弦が共振(共鳴)して鳴り始める。

 

以上で、準備OK。

ここからは、
簡単な実験をしてみたい。

グランドピアノでもアップライトピアノでも、
アコースティックのピアノが身近にあれば、
1分もかからない実験なので、ぜひお試しあれ。

(a) 右手で「ド」を強く叩き、
  音の『響き』を聞く。
その後、
(b) 左手5本指で低い「ド」を含む
  いくつかの音をジャーンと鳴らす。
(c) 左手の指は鍵盤から離さずに
  そのまま押し下げたまま、
  音が消えるのを待つ。
(d) 音が消えたら、左手はそのままで、
  (a)と同じ「ド」をもう一度強く叩き、
  (a)の響きと聞き比べる。

(a)でも(d)でも、音を出したのは
右手による「ド」の一音だけだが、
これ、だれが聞いてもすぐにわかるくらい
「ド」の響きが全然違う。

理由は簡単。
左手側の弦が共振(共鳴)するからだ。

(d)直前、
左手は鍵盤を押し下げたままのため、
ダンパーは上がったまま。
ピアノの内部には「5本の開放弦」が
存在していることになる。

その状態で、右手による「ド」が鳴ると、
開放弦の何本かが共振(共鳴)して、
鳴りだしてしまう。

つまり、(d)においては、
開放弦がなかったときの(a)の時とは、
振動している弦の数が全然違うのだ。

それが響きの違いを生み出している。

(d)の音を聞いている途中で、
左手を鍵盤から離して(ダンパーを下ろし)、
左手の弦の共振(共鳴)を止めると、
びっくりするくらい音が変わる。
(a)の響きに戻る、とも言えるけれど。

つまり、
音を出した
右手の「ド」の『響き』を決めていたのは、
音を出さずに
ただ鍵盤を押さえていただけの左手、
ということになる


これは確認のための簡単な実験だが、
実際の演奏では、これが10本の指の間で
絶え間なく起こることになる。
ある音が鳴ったその瞬間、
どの弦が共振する状況にあるのか。

 

中村さんは、
上記のことを素人にもわかるように
要領よく説明したあと、

「『音を出すタイミング』は、
 鍵盤をいつ叩くか、で決まる。

 しかし、叩いた指をいつ鍵盤から上げるか、
 つまり、いつまで開放弦を作って
 ほかの音に共鳴させるか、で
 『響き』のほうは全然違ってくる。

 音を出していない指が『響き』を作り、
 音楽を作っている


 指を上げるタイミングの違いが
 演奏にどんな変化を与えることになるのか、
 それがわかるようになってくると、
 練習時間は何分あっても足りなくなる」

そんなコメントをしていた。

もちろん素人の私には、
そんな細かな聞き分けはできないけれど、
プロがどんな思いで演奏に向き合っているのかを
シンプルかつreasonableな実験と共に知った
忘れられない体験だった。

 

ご冥福をお祈りいたします。

 

 

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2016年7月17日 (日)

機械翻訳の困難さ

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機械翻訳の困難さ

- 一般常識がなければうまく訳せない -

 

囲碁といい、将棋といい、
車の自動運転といい、
ここのところ「人工知能」に関する
ニュースは賑やかだ。

「人間を超えたら」といった問いが、
笑い話にならなくなりつつある分野もあり、
純粋な技術以外での話題も多い。

大きな書店では、
人工知能関連書籍のコーナを
目にすることも多くなってきた。
ところが、一種の「流行」の宿命か、
内容のほうは
キーワードを並べただけの
薄いものも多い。

そんな中、人工知能研究の
ど真ん中にいる専門家が
その歴史と課題を
わかりやすく説いた
この本はお薦めだ。

松尾豊著
「人工知能は人間を超えるか
 ディープラーニングの先にあるもの」
角川EPUB選書


本からいくつかエピソードを
紹介したいと思っているのだが、
まず最初に
人工知能の前提というか出発点を
はっきりさせておきたい。
(以下水色部、本からの引用)

人工知能をつくるときに、
よくたとえられるのが、
飛行機の例である。

人間は昔から空を飛びたいと思っていた。
鳥のまねをするような「はばたく」飛行機を
何度もつくろうとしたが失敗した。

そして初めて成功したライト兄弟の飛行機は、
エンジンを積んだ「はばたかない」飛行機であった。

つまり、生物をまねしたいと思っても、
必ずしも生物と同じようにやる必要はないのだ。

 飛行機の場合は、
鳥が飛ぶための「揚力」という概念を見つけ、
揚力を得るための方法
(エンジンで推進力を得て、
 翼でそれを揚力に変える)を
工学的に模索すればよかった。

人工知能においても、知能の原理を見つけ、
それをコンピュータで実現すればよい。

それが人工知能という領域の
そもそもの出発点である。

ポイントは、
生物が持っている知能の仕組みそのものを
真似しようとしているわけではないという点だ。
ちょっと頭のすみに置いておこう。

 

では、具体的な例として
人工知能研究の一分野、
「機械翻訳」をとりあげて
その実現の困難さを少し覗いてみたい。

たとえば、こんな例文を考えてみよう。

He saw a woman in the garden with a telescope.

(逐語訳をすると
 「彼 見た 女性 庭の中で 望遠鏡で」となる)

 たいていの人は、これを
「彼は望遠鏡で、庭にいる女性を見た」
と訳す。
読者の方も
おそらくそう読んだのではないかと思う。

 

これをグーグル翻訳で訳してみると...

 ところが、実は、この解釈は
文法的には一意に定まらない
のである。

庭にいるのは彼なのか、それとも女性なのか。

望遠鏡を持っているのは彼なのか、女性なのか。

実際、グーグル翻訳では、
「彼は望遠鏡で庭で女性を見た」と訳される。
庭にいたのは女性ではなく彼だと解釈している。

ところが、人間にとっては、
これはちょっと不自然である。

何となく
「彼は望遠鏡で景色を見ていたところ、
 たまたま庭にいる女性を見つけて
 心惹(ひ)かれている」
というシチュエーションが思い浮かぶ。

だから、「女性は庭に」いなくてはいけないし、
「彼は望遠鏡で」
覗き見していないといけないのである。

 

訳が自然な感じ、はどこから来るのだろう?

 なぜ人間にわかるのかといえば、
それまでの経験から
「何となくそのほうがありそうだ」
と判断しているだけで、説明するのは難しい。

これをコンピュータに教えようとすると、
「望遠鏡で覗いているのは男性のほうが多い」、
あるいは
「庭にいるのは女性のほうが多い」
というような知識を入れるしかない。

 この場合だけに
対処すればいいのであれば簡単だが、
同じことがあらゆる場面で発生する。

庭ではなく、山にいるのは
男性が多いのか女性が多いのか。
川にいるのは男性が多いのか女性が多いのか。
あるいは、外国人が庭にいるのは
不自然なのかそうでないのか。

相撲取りが庭にいるのは
不自然なのかそうでないのか…。

そうしたあらゆる事態を想定して、
必要となる知識を入れる作業がいかに膨大で、
いかにばかげたことか、容易に想像できるだろう。

 単純な1つの文を訳すだけでも、
一般常識がなければうまく訳せない

ここに機械翻訳の難しさがある。

一般常識をコンピュータが扱うためには、
人間が持っている
書ききれないくらい膨大な知識を扱う必要があり、
きわめて困難である。

同じような例で
こんな日本語の例文を見た覚えがある。

「黒い瞳の大きな女の子」

これも
黒いのは  瞳なのか、女なのか、
大きいのは 瞳なのか、女なのか、
子は、女の「子」なのか、「女子」なのか?

文法的に解釈できる解を考えると
意味は一意には限定できない。

では、次の場合ならどうだろう。
文法的には全く同一の構文だ。

「黒い排気量の大きなトヨタの車」

並べてみよう。

 (1)「黒い 瞳 の大きな 女 の子」
 (2)「黒い排気量の大きなトヨタの車」

(1)が上で述べたように、
意味が一意に定まらないことに対し、
(2)の解釈には全く迷わない。
それはなぜか。
まさにそれを支える
一般常識と呼ばれる知識があるからだ。

この「知識」の部分をどう扱うかが、
人工知能研究の最も大きな課題のひとつであり、
またおもしろいところでもある。

「知識」を詳述すればキリがなくなり、
荒く記述してもOKということにしてしまうと
それ故に精度が上がらなくなってしまう。

松尾さんも書いている通り、
そもそもそんなことを
入力することができるのだろうか?
という疑問もある。

 

「知識」の扱いは、
もちろん自動翻訳に限らない。

ネコの写真を見たとき、
写っているのはネコだ、と理解するためには
「ネコというのはこういうものだ」を
知識として持っている必要がある。

だから、
「知識をどう与えるか」に
「知識をどう記述するか」に、
多くの人が悩み、取り組んでいた。

そこに、ある画期的な技術が登場することになる。

長くなって来たので、続きは次回に。

 

 

 

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