2017年3月26日 (日)

Kaleidoscope (万華鏡)

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Kaleidoscope (万華鏡)

- タワーレコード渋谷店で -

 

東京渋谷の大型CD店「HMV」が
閉店したのは2010年だったが、
渋谷に限らず大型のCD店は、東京ですら
ほんとうに数が少なくなってしまった。

そんな中、
なんとか踏ん張ってくれているのが、
「タワーレコード渋谷店」
"No Music, No Life"を
キャッチコピーにしている
黄色が印象的なあのビルだ。

ビルに入ると、1階から7階まで
CDを中心に音楽関連グッズがぎっしり。
関連書籍も幅広く揃っている。

推薦盤の試聴コーナも充実しているので、
時間の余裕があるときに、
手書きのPOP広告を読みながら
試聴コーナをゆっくり回るのは
ほんとうに楽しい。

ネットの検索とは違う
意外な出遭いがあることが
(CDに限らず)
リアルな店の大きな魅力だ。

試聴コーナのヘッドフォンを通じて、
実際の演奏も思う存分
確認することができるし。

 

先日、7階のクラシック音楽のフロアで
かなり魅力的な2枚のCDに出遭ったので、
今日はそれを紹介したい。

新譜というわけではないので、
すでにご存知の方も多いと思うが、
寡聞にして私自身は、この2月に
試聴コーナにて初めて知った新録音だ。

(1) Tchaikovsky:Violin Concerto
  ヴァイオリン:コパチンスカヤ
  指揮:クルレンツィス
  オーケストラ:ムジカエテルナ

  チャイコフスキー作曲:
   ヴァイオリン協奏曲
  ストラヴィンスキー作曲:
   バレエ・カンタータ「結婚」

 

(2) カレイドスコープ(kaleidoscope)
  ピアノ:カティア・ブニアティシヴィリ

  ムソルグスキー作曲:展覧会の絵
  ラヴェル作曲:ラ・ヴァルス
  ストラヴィンスキー作曲:
   『ペトルーシュカ』からの3楽章


(1)は、
モルドバ出身のヴァイオリニスト
パトリツィア・コパチンスカヤ 1977年生。

(2)は、
グルジア(現ジョージア)出身のピアニスト
カティア・ブニアティシヴィリ 1987年生。

30代、20代の瑞々しい演奏だ。

おふたりとも、超有名曲を舞台に、
奔放に踊るダンサーのようで
まさに目が離せない。

初めて聴いたときは、
「ここまで自由に演奏しちゃって、
 いったいこの先、どうなるのだろう?」
と思わず試聴コーナのヘッドフォンを
外せなくなってしまった。

コパチンスカヤは、
意図的とも思える濁った音も入れて
挑戦的に迫ってくるし、
ブニアティシヴィリのテンポの取り方、
響きの作り方は、新鮮なだけでなく美しい。

とにかくどちらも
過去の演奏に縛られていない
その自由さが眩しい。

その後、家でのCDではもちろん、
持ち歩いている
ポータブルオーディオプレーヤででも
ここひと月ほどは
繰返し繰返し聞いているのだが、
何度聞いても飽きることがない。

録音も秀逸。

それにしても後者、
アルバム・タイトルに
カレイドスコープ(kaleidoscope)とは、
うまい名前をつけたものだ。

日本語で「万華鏡」。
ラヴェル、ストラヴィンスキーも含めて、
まさに、
万華鏡のような演奏が展開されている。

私が偶然一緒に知ったというだけで
直接は何のつながりもない2枚のCDだが、
どちらも「万華鏡」という言葉がピッタリだ。

ここのところクラシック音楽の世界で
活躍が目覚ましい
コパチンスカヤとブニアティシヴィリ。
YouTubeでも少し覗いてみよう。

 

(AA) パトリツィア・コパチンスカヤ
まずは、(1)を
ソニー自身がUpしている音で、どうぞ。
4分35秒のダイジェスト版。
下の図またはここをクリックすると
YouTubeで聴くことができる。

Kopatchin1

CDのライナーノーツには

「実は、私にとって
 チャイコフスキーの
 ヴァイオリン協奏曲は
 長いこと無縁の作品でした。

 私の耳には、今のこの時代と
 関連のある音楽とは
 聴こえなかったからです。

 練習熱心なピアニストによって
 必要以上にかみくだかれ、
 指の器用さの訓練用として濫用され、
 コンクールでも粗製濫造されています。

 愚鈍なヴァイオリニズム、
 というのが私の抱いた印象でした」

とのコパチンスカヤ自身の
かなり激しい言葉が載っているが、
その曲が彼女によってどうなったのか。
それに立ち会うことができる。

なお、CDの演奏は、
ガット弦を使った弦楽器と
作曲当時の管楽器によって行われている。

 

コパチンスカヤの演奏では、
これも外せない。
ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。
彼女自身が編曲したという
驚きのカデンツァは、19:48あたりから。

最後まで見れば、
噂通り裸足で演奏していることも
確認できる。

このカデンツァを含めて
CDでちゃんと聴いてみたいという方は
2009年暮れに発売された下のCDでどうぞ。

 

たった3分の演奏ながら、
聴衆はもちろん共演者までも、
みごとなまでに彼女に引き込まれている
こんな動画もある。

 

(BB) カティア・ブニアティシヴィリ
こちらはライブ版。
曲はCDと同じ「展覧会の絵」

 

森の中で弾く
バッハのカンタータから始まる
こんな素敵な動画もある。
下の図またはここをクリックすると
YouTubeで聴くことができる。

Khatia1

この雰囲気がお気に召すようであれば
これがお薦め。

 

 

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2017年3月19日 (日)

2017 数字あそび

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2017 数字あそび

- 降順と昇順の傑作 -

 

唐突だが、下記の写真をご覧あれ。

よく見かける道路の案内図。
特に謎が隠れているわけではない。

この図に
なにか感じるものがあるだろうか?

Sosu

地理に詳しい方は
撮ったのは??あたりかな、と
場所が浮かんでいるかもしれない。

ほかに何か・・・


これを見て、あっ、と思った方は、
かなりの数学、というか数字好きだろう。
3月14日と聞いたとき、
「ホワイトデー」よりも
「Π(円周率パイ:3.1415...)の日」や
「数学の日」が
浮かぶような人かもしれない。


そう、並んでいる
国道「157」県道「193」は
どちらも3桁の素数なのだ。

素数とは中学で習った
「1とその数自身以外に
 約数をもたない1以上の整数」
つまり、
 1とその数以外では割り切れない数。

小さいところだと
 2, 3, 5, 7, 11 ...

(素数そのものは無限にあって、
 その証明は意外に簡単だが、
 今日は省略)

素数番の道が並んでいる。
「だからナンだ」と聞かれても
返す言葉はないけれど。

 

そう言えば、

 森田真生 著
「数学する身体」
  新潮社

にもこんな記述があった。

数学科に入りたての頃、
飲み会に参加して居酒屋の下駄箱が
素数番から埋まっていく
のに
驚いたことがある。

素数に反応してしまうのは、
数学好きに共通の性質(?)
なのかもしれない。

 

前回、 ブルーバックス2000タイトルの
記念小冊子

について書いたが、
その中にはこんな記述があった。

同年11月には、日付に使われる
すべての数字が奇数
という、
数論好きにはたまらない一日が訪れている
(1999年11月19日)。

ちなみに、この次に
奇数だけで日付が構成されるのは、
実に32世紀のことで、
3111年1月1日まで待たねばならない。

そのとき、ブルーバックスはいったい、
通巻何番に到達していることだろう。

こんなことを書くのは、
ブルーバックスの読者を想定した
この小冊子くらいだろう。

西暦で書いて
全部の数字が奇数になる日付

1999年11月19日の次は、
3111年1月1日つまり、1112年後

こちらも
「だからナンだ」と聞かれても
返す言葉はない。

でも今日は、ちょっと開き直って
もう少しタダの数字ネタを続けたい。

 

今年は西暦2017年で平成29年。
2017も29も素数

しかもどちらも
「2つの平方の和」で表現できる
ピタゴラス素数だ。

【2つの平方の和(ピタゴラス素数)】
 2017   = 92+442
 (平成) 29 = 22+ 52

【3つの立方の和でも】
 2017   = 73+73+113
 (平成) 29 = 13+13+ 33

 

以下は、今年(2017)の年明け
数学というか数字好きの人たちが
やりとりしていた
2017と29に関する数字遊びの中から、
これは面白い!とメモっていたものだ。

【異なる32の素数の和で】
 2017=
    2+   3+   5+   7+  11+  13+  17+
   19+  23+  29+  37+  41+  43+  47+
   53+  59+  61+  67+  71+  73+  83+
   89+  97+ 101+ 103+ 107+ 109+
   113+ 127+ 131+ 137+ 139

【2017を29で】
 2017 =
  29 x 29 x 2 + 9 x 2 x 9 x 2 + 9 + 2

【降順(・・4, 3, 2, 1・・)で】ではこれが見事。
 2017 =
  210+29+28+27+26+25+24-23-22-21-20

 2017 =
  (9! x 8! / 7! / 6! + 5! / 4! - 3! / 2!) / (1! + 0!)
     <補足:4!は階乗、4! = 4 x 3 x 2 x 1
      0!は0でなくて1。なぜ?は
      数学の教科書に譲ります>

 2017 = 74 - 73 - 72 + 71 + 70

【昇順(1, 2, 3, 4 ・・)で】の傑作はこの2つ。
 2017 = 122 - 342 - 562 + 782 + 92
     <一見、平方の組合せだが、底(abのa)に
      1から9が見事に並んでいる>

 2017+29 =
    21 + 22 + 23 + 24 + 25 +
    26 + 27 + 28 + 29 + 210

発見した方々に敬意を表して、
記録として留めておきたい。

もちろんこれらも全部
「だからナンだ」と聞かれても
返す言葉はないのだけれど。

 

 

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2017年3月12日 (日)

ブルーバックス 通巻2000番記念

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ブルーバックス 通巻2000番記念

- 10年後を知りたければ -

 

講談社のブルーバックスが
2000タイトルを突破したことを機に
この2月、
記念の小冊子を書店で配布していた。

Bluebacks

無料なるも
新書サイズでしっかり160ページ。

表紙の名前を見ているだけで、
これらの方々が
どんな文章を寄せているのか、
期待が高まる。

個人的に、まさに数々の
思い出のあるブルーバックス。
寄稿されたエッセイだけでなく、
全体を楽しく読ませていただいた。
(以下水色部は小冊子からの引用)

 

「ブルーバックス」は

1963年9月、
「科学をあなたのポケットに」

を発刊のことばとして

創刊された。54年前だ。

有人手宙船ポストーク1号に搭乗し、
人類で初めて宇宙空間に飛んだ
ソ連の宇宙飛行士ガガーリンが
「地球は青かった」と言ったのが1961年。

その言葉が人々の記憶にまだ新しく、
ブルーは科学を表す
象徴的な色ということで、
シリーズ名称が決まった


現在も刊行している
新書レーベルとしては、
岩波新書(1938年創刊)、
中公新書(1962年創刊) 
についで日本で3番目に長い歴史
を持つ。

2000点のタイトルに対して、
歴代発行部数のベスト10が出ている。

Bluebacks3

特にベストセラーを選んで
読んでいたわけでもないのに、
見てみるとこのうち6冊は読んだことがある。

都築卓司さんの本によく描かれていた
永美ハルオさんの挿絵も、
何点かピックアップされていて
「マックスウェルの悪魔」の
この絵なんて今でも覚えている。

Bluebacks4

水の分子と酒の分子を
見分けられる悪魔の図。
ほんとうに懐かしい。

 

ベスト10で興味深いのは、
2001年以降に発行された
つまり21世紀の発行部数ベスト10も
発表されているところ。

Bluebacks2

こちらを見ると読んだことがあるのは、
わずか一冊だけ。

科学に対する
私自身の関心が薄れてしまったのか、
単に歳をとっただけなのか。

それにしても部数を最初の表と比べると
ざっくり言って1/3。

しかも、一位の、
「記憶力を強くする」は、
2001年1月に刊行された5冊のうちの一冊。
本文でも

今世紀最大のヒットが
今世紀最初の書目
であることは、
編集部にとって越えるべき
「宿題」といえるのかもしれないが-。

と書いている。

やはり、本は売れなくなっているのだろうか。

 

新書ではあるが、
のちのノーベル賞受賞者が
書いているものもある。

 81年、ブルーバックスの
名著のひとつといえる「クォーク」
(B480)が刊行される。

著者は、2008年に「自発的対称性の破れ」
の理論などで、小林誠、益川敏英とともに
ノーベル物理学賞を受賞することになる
南部陽一郎

「10年後の物理を知りたければ
 南部の論文を読め」


と言われるほど多くの素粒子理論の
おおもとになる業績を上げてきた著者が、
素粒子物理学の発展をたどりながら
そのエッセンスを解説している。

ノーベル賞受賞の27年前のこと。
それにしても
「10年後を知りたければ」
と言われるなんて、
なんともカッコいい。

「まえがき」から一部分を抜粋しよう。

「陽子や中間子はもはや素粒子ではなく、
 その代わりにクオークが登場しました。
 そればかりでなく、
 今まで関係のないものと見なされていた
 各種の力も統一される可能性が生まれました。

 さらにおどろくべきことは、
 極大の世界である宇宙全体の歴史が
 極小の世界の問題と
 切りはなせなくなったことです


 カの統一、宇宙の根源と素粒子
このテーマは、その後ブルーバックスの
物理分野の大きな柱となっていく。

 

最初に書いた通り、多くの方が
ブルーバックスの思い出や
ブルーバックスへの思いを語っている。

「こんな本もあるンだ」
「この本読んでみたいな」と
新しい本発見のきっかけにもなる。

私も「読みたい本リスト」が
かなり膨らんでしまった。

ブルーバックスの案内本としてもお薦め。

書店になければ、
電子書籍でもどうぞ。
こちらも無料で配布されている。

 

 

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2017年3月 5日 (日)

「怒(おこ)りんぼう」と「互い」

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「怒(おこ)りんぼう」と「互い」

- 同じところがあるからこそ -

 

前々回前回 に引続き

高橋こうじ 著
「日本の言葉の由来を愛おしむ」
東邦出版


から、もういくつか
言葉ネタを紹介したい。
(以下、水色部は本からの引用)

 

「怒(おこ)りんぼう」

最近はパリの女性たちの間でも
キティちゃんが人気だそうです。

このような
「子どもっぽいかわいさ」
に注目し称賛する文化は、
いまやわが国が
世界に売り込む目玉商品ですが、
私は一群の日本語に
そうした文化の源流を感じます。

それは、
甘えんぼう」「裸んぼ」のように、
語尾に「ぼう」や「ぼ」をつけることで
「かわいさ」を表現する言葉です。

本文では、もちろん
語源についても説明している。

* 僧侶が住む建物「坊」
* 僧侶も「お坊さん」に
* 男の子の刈り上げ頭が僧侶のよう
  例:「〇〇坊」
* 「ぼう」の語感が「子どものかわいさ」に

そして、
赤んぼう」 「裸んぼ
聞かんぼう」「食いしんぼう

大人にも使うことがある
怒りんぼう」「甘えんぼう

さらには、
 猪の子の「瓜ぼう
 果物の 「桜んぼ

まで挙げてある。

この「子どもっぽさ」を添える、は
最近よく見る他の言葉にも
生きている気がする。

私が気になっているのは
たとえばこれら。

女子力」「女子会」「弁当男子

などの「

山ガール」「肉ガール

などの「ガール

女子とは言わんだろう、
ガールとは言わんだろう、の年齢の女性に
女子会も、山ガールも
あまり抵抗なく使われている。
子どもっぱいからイヤだ、
の声があってもいいと思うのだが。

 

「互い」

辞書で「互い」を引くと、
動詞「たがう」の名詞形とあります。

たがう」は「順序をたがえる」
「約束をたがえる」などと言うときの
「たがえる」の古い形で、その意味は
不一致の状態になる」こと。

いまでも不和を
仲たがい」と言いますね。

本来は「不一致」という意味の言葉を、
私たちはこんな時にも使っている。

「お互いさま」
互いに頑張ろう」

どう考えても「不一致」ではない。
むしろそこには
「同じようなふたり」が浮かぶ。
いったいどういうことなのだろう?

AさんとBさんが
並んで腕立て伏せをしながら、
その回数を「1、2、3……」と
読み上げている様子を
思ってみてください。

はじめは声がそろっていたのに、
途中から少しずれる、
というのはよくあること。

こうした状態を私たちは
「互い違い」と言います。

「違い」も「不一致」を意味しますから、
これは不一致であることを
強調する言葉です。

実は、二人は同じことをやっていて、
不一致なのはタイミングだけなのですが、
だからこそ、そこが気になる。

「違っている」とは
「同じところがある」に支えられている。

私たちは、二つのものを見比べるとき、
まず不一致の要素に目をとめます。

自分と他者を見比べるときは特にそう。

でも、そもそも「不一致」が
目にとまるというのは、
そのほとんどが「同じ」だから
、なのです。

「不一致」を表す言葉が、
「同じように」も使われるようになる。

「違い」が気になったときは、
「そのほとんどが『同じ』だから」
を思い出してみたい。

不思議な鎮静効果があるような気がする。

 

 

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2017年2月26日 (日)

「むら」と「まち」

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「むら」と「まち」

- 語源から見る違い -

 

前回に引続き、

高橋こうじ 著
「日本の言葉の由来を愛おしむ」
東邦出版


から、読んでいて
思わず付箋を貼ってしまった部分を
もう少し紹介したい。
(以下、水色部は本からの引用)

 

「むら」

「むら」はもともと、
さまざまなものが
「自然に集まる様子」を指す言葉で、
それを表す動詞が「むらがる」です。

むらがって湧きあがる雲は「むら雲」で、
欲望や怒りなどが心の中で
むらがっている状態は「むらむら」。

そして「人家がむらがるところ」も
むら」と呼ばれるようになった
と考えられます。

動物の集まりを指す「むれ」も
兄弟のような言葉。

すべての核にあるのは
集まる」ことです。

ただ、雲も、落ち葉も、
自然に集まるときは
「整列して集まる」
なんていうことは決してない。
自然界での「集り」は、
けっこう不均質なものだ。

物理の授業のような言葉を使うなら、
空間における散らばり方に偏りが生じて
「密」な部分と「粗」の部分が
生まれるだけです。

昔の人が「むら」と呼んだのは、
そういう集まり方なのです。

したがって「むら」という言葉は、
濃さなどが「均一でない」
という意味も持ちます。

むらっ気」「仕事にむらがある
などというときの「むら」です。

なるほど、「むらがる」にも
「均質」な感じはない。

 

では、「むら」と対になる
「まち」のほうは
どんなことに由来する言葉なのだろう?

「まち」

「まち」という言葉は、もともと
「区切られた一区画」を意味しました。

区切るのは人間であり、そこには、
土地を均等に分ける、あるいは、
使いやすい形状にする、
という意思が働くので、
多くの場合、区画の形は四角形。

その結果「四角く区分された場所」が
「まち」
と呼ばれるようになりました。

最近はあまり耳にしませんが、
区画した田んぼも「まち」であり、
全国に「まちだ」や「たまち」
という地名があるのはこのためです。

「まち田」「田まち」か。

 人の住居に目を向けるなら、
大昔の人家は自然に集まって
「むら」を作っていたけれど、
やがて有力な支配者が現れると、
人々を自分の館の周りに集め、
区画した土地に住まわせるようになって、
ここから現在の
「まち」が生まれたわけです。

ちなみに、一つ一つの区画の違いに
注目する言葉が「まちまち」。

衣服やバッグなどの「まち」も、
四角い当て布のことで、
語源は同じらしい。

最初の「むら」と「まち」を
並べてみるとおもしろい。

つまり、
むら」は自然の一部である
人間が作る自然な「密」の状態であり、

まち」は理性を持つ人間だけが
作ることのできる合理的な「区画」です。

「村」と「町」。
自治体としての「村」や「町」しか知らず、
人口の差くらいしか
イメージできなかったころに比べると、
ずいぶん違った角度から
その違いが見えてくる気がする。

 

 

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2017年2月19日 (日)

言葉の由来を愛おしむ

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言葉の由来を愛おしむ

- 道の「み」はいったい何? -

 

ベストセラー
「日本の大和言葉を美しく話す」
東邦出版


の著者、高橋こうじさんの新刊

「日本の言葉の由来を愛おしむ」
東邦出版

が書店に並んでいる。

副題には
「語源が伝える日本人の心」
とあるが、
「語源」を中心とした学術書ではない。

もちろん語源に関する蘊蓄は満載だが、
そういった情報自体がメインではなく、
言葉の由来を考えながら、
言葉を生み、語り継いできた日本人の心に
思いを馳せてみようという、
ある意味言葉に関する
エッセイ集とも言える内容になっている。

「へぇ」と同時に
「この言葉って、
 もしかしたら**かも?」といった
疑問や関心が心に浮かぶようになれば、
それまでなにげなく使っていた言葉が
急に「愛おしく」なってくるものだ。

そんな中から、いくつか紹介したい。
(以下、水色部は本からの引用)

 

「しおり」

 しおりとは、
読みかけの本をいったん閉じるときに
「ここまで読んだ」
という目印として、はさむ紙片

でも、遠足などで主催者が皆に配る、
日程や注意事項などを記した
数ページの冊子もしおりと呼びます。

たしかにどちらも「しおり」だし
どちらもよく使う言葉だ。

指しているものは全く違うのに、
同じ言葉
。さてどうしてだろう?

辞書で「しおり」を引くと、
まず書いてあったのが

「山や森を進む際に、
 迷わぬための目印として
 通った道の木の枝などを
 折っておくこと」

という説明です。古くは、
そうやって自分で道しるべを作ることを

枝(し)折(お)る

と言い、
その名詞形が「しおり」なのです。

なるほど、
「迷わぬための目印」
が「枝折る」だったわけだ。

このキーワードがあれば、
一見関係なさそうな
最初の二者が結びつく。

 だから、大昔の人にとって
「しおり」とは何だったかを説明せよ、
という課題を出されたならば、

あとで迷わぬよう自分でつける印

という答えも正解であり、

山などを歩く際に手引きとなるもの

という答えも正解。

前者が本のしおりで、
後者が冊子のしおりになったようだ。

 

「日なた」

 日本語には「なた」という
接尾語があります。

 突然「なた」と言われても
困惑なさるでしょうが、
たとえば「かなた」。

漢字で書くなら「彼方」で、
「か」は「遠く」、
「なた」は「方向」という意味です。

同じ「なた」の前に
「そ」がつくと「そなた」、
「あ」がつくと「あなた」、
「ど」がつくと「どなた」。

私たちにとっては
どれも人についての代名詞ですが、
もともとは
「そちらのほう」
「あちらのほう」
「どちらのほう」という意味で、
時代が下るとともに、
人を指す代名詞に変化したと言われています。

時代劇では、
「こちらにいる人」を指す
こなた」という言葉も耳にする。

そんなふうに「なた」という語は、
私たちが情報をやりとりする際の
最も基本的な要素である
方向」や「人間」を指す代名詞を作る、
重要な接尾語です。

 ところが、
方向でも人間でもないのに、
この「なた」を
お尻にくっつけている言葉が一つ。

それが「日なた」です。

「日のあるほう」だから「日なた」。

理屈はその通りですが、
「かなた」や「どなた」のような
代名詞とはまったく性質の異なる、
具体的な状況についての言葉です。

こんな単語はほかにありません。

 なぜ、「日」だけに
こんな特別待遇が与えられたのでしょう。

むつかしいことはわからないが、
今の季節に聞かれれば、
自然に答えられる気がする。

本文ではこんな言葉を使っていた。

 電燈も暖房器具もなかった時代の
「日なた」は、
私たちが思う以上に幸せな場所、
天の恵みを感じる場所
だったのでしょう。

 

「道」

 大きな辞書で「道」を引くと、
意外な説明が記されています。

もともとは
 『ち』のみで道という意味
」。

そして「家路」「山路」といった言葉が
証拠として挙げられています。

これらの単語は、道を意味する「ち」と
「家」「山」という語が合わさったもの、
というのです。

では、「みち」の「み」は
いったいナンなのだろう?


下を読まず、しばしお考えあれ。

 

では、「みち」の「み」は何かというと
「敬意を表す接頭語」です。

すなわち、尊い人や神仏の心を
みこころ」、
その象徴である旗を
みはた」と呼ぶように、
「ち」に「み」をつけて「みち」。

つまり、大昔の人々にとって、
自分たちが歩く筋状の土地は
「ち」だったけれど、
敬意を払って「みち」と呼んでいた
というのです。

私たちの祖先が、
道に敬意を払う理由?

詳しい説明は本文にゆずるが、
でも、そこにある道に、
そこに存在している道に
思わず敬意を払いたくなるような、
ありがたみに感謝を禁じ得ない情景は
大昔の日本に思いを巡らせなくても、
つい最近のニュース映像ででも
何度も目にしている気がする。


私たちも大事な人や神仏との
「縁」を話題にするときは、
必ず「ご」をつけて
「ありがたいご縁
「嬉しいご縁
などと言いますが、
昔の人々にとって「みち」は
そういう言葉だったのです。

「ようやく物資が
 届けられるようになりました」
のコメントと共に映るときの道。

通るものは時代と共に変わっても、
道が果たす役割への敬意は、
よぉく考えると今でも生きている。

 

 

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2017年2月12日 (日)

NODA・MAP 第21回公演「足跡姫」

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NODA・MAP 第21回公演「足跡姫」

- 肉体の芸術ってつらいね -

 

NODA・MAP 第21回公演「足跡姫」
~時代錯誤冬幽霊~
(じだいあやまってふゆのゆうれい)
を観てきた。

1702_ashiato

主演は、同じNODA・MAPの作品
「透明人間の蒸気」の演技を観て以来、
私の中では別格扱いになっている
一番楽しみな女優・宮沢りえさん。

他にも、妻夫木聡さん、古田新太さん、
鈴木杏さん、池谷のぶえさん、
佐藤隆太さん、中村扇雀さんら、
ワクワクする役者さんがいっぱい。

NODA・MAP 第20回公演「逆鱗」
でも書いた通り、
事前情報の流出に
いつもは厳しい野田さんが、
今回の公演については、自ら自筆の文章で、
こんなメッセージを発信している。
(以下水色部、公演パンフレットの
 野田さん自筆部分からの引用)

舞台は江戸時代です。
作品は、中村勘三郎へのオマージュです。

彼から、最後の病床で
「俺が治ったら、この姿
 (医療器具でかんじからめの彼の姿)を
 舞台にしてよ」と言われた。

それを、彼の遺言とも思っていないし、
彼は冗談半分のつもりだったように
思うのだけれども、ずっと気になっていた。

今年の十二月五日で、
彼が逝ってから、四年になります。

「あの姿」を書こうとは思わないけれども、
彼の葬式の時に、
坂東三津五郎が弔事で語ったコトバ、

「肉体の芸術ってつらいね、
 死んだら何も残らないんだものな」


が私の脳裏に残り続けています。

同じ歌舞伎の世界で生きる
三津五郎さんのコトバだからこそ
力がある。

その三津五郎も、
後を追うように他界してしまいました。
あれから

肉体を使う芸術、
 残ることのない形態の芸術


について、いつか書いてみたいと
思い続けていました。

もちろん作品の中に、
勘三郎や三津五郎が
出てくるわけではありませんが、

「肉体の芸術にささげた彼ら」のそばに、
わずかな間ですが、
いることができた人間として、
その「思い」を
作品にしてみようと思っています。

劇場の情報誌
「芸劇BUZZ」vol.18 2017にも
インタビュー記事が出ていて
三津五郎さんのコトバについて聞かれ
野田さんは、
以下のようなコメントをしている。

「なるほど、上手いこと言うな」と。
自分は書くという仕事があるから
まだ残るけれど、
彼らはそういう仕事なんだなあと
改めて感じました。

 今は(舞台も)映像で残せますが、
それが余計にいやなんです


映像に上手く残せる人と
本当に上手い人はまったく違うんですよ。
そして、上手く残せることに
長けている人が上手いふうに
残るじゃないですか。

こっちがいくら

「そんなんじゃないよ、
 ビデオでは良く残っていないけど、
 この人のほうが全然すごいんだよ

と言っても、
当のすごい人が死んでしまっていたら、
そのままになってしまう。

「基本的に、映像は別物」
とよく言っている野田さんの映像感だ。

勘三郎の、こういう言い方は
誤解を生むかもしれないけれど、
下品なアドリブをビデオで撮っても
つまらないと思うんですよ。

落語家の先代の林家三平さんが
持っていたようなサービス精神に近い、
目の前にいる人たちの
空気を温めさえすれば、
まずはいいんだという迫力


芸術家ではなく
芸能人(げいのうびと)の精神を持っていて、
そこから発せられる言葉ですよね。

あれをビデオに撮って残してねと言っても、
その場に生まれた温かみ
-ばかばかしさも含めて-や
客席とのやり取りの空気は
映るはずがない


そういうことをはじめとして、
不満なんです。

その人たちが生でやったものが
映っていない映像が
本物だと思われることは・・・


「足跡姫」は
そういう話ではありませんけど、
舞台をやり続ける限りは
そのことは常に
言っていきたい
と思っています。

NODA・MAP 第18回公演「MIWA」にも書いたが、
野田さんの舞台を観ると、
「生」でこそ、の魅力が溢れていて、
「映像では残せない」を
ほんとうに実感できる。

なので、直接舞台を観た人には
野田さんの思いは
通じていると思うのだが。

 

で、「足跡姫」。
三、四代目出雲阿国が宮沢りえ。
彼女とその弟サルワカ(妻夫木聡)を
中心とする女歌舞伎一座の顛末と
由井正雪をからめた
江戸時代を舞台にした物語。

大岡越前戯の守忠相兵衛
(おおおかえっちぜんぎのかみ
 ただすけべえ)
なんていう
ふざけた名前の登場人物がいたり、

 あの一座は脱いでいるのではなくて、
 偶々(たまたま)はだけている、
 裸じゃない、ハダケです。

とか、

 そう思うと、あたし近頃、
 股に、手で、ブルーになっちゃう。
 『股に手でブルー!』

とか、例によって
台詞の言葉遊びも健在だ。

一方で、

 三、四代目出雲阿国:
  でも、声がなくなってからも、
  病の床で母さんは唇を動かした。

  母のコトバは、
  やがて母の音になった。

  母音という母の音
  おえあええ、あえっえいあ。
  それだけで喋っていた。

 サルワカ:
  母の音は、最後になんて言った?

 三、四代目出雲阿国:
  い、い、あ、い。

 サルワカ:
  い、い、あ、い?

 三、四代目出雲阿国:
  その母の音は子供の耳に入ると、
  子供の音、子音になって聞こえた


 サルワカ:
  姉さんの耳には、母の音は、
  どんな子供の音になって
  聞こえたんだ?

 三、四代目出雲阿国:
  い、い、あ、いは、
  『死、に、た、い』
  そう聞こえた。

それが弟のサルワカには
『生きたい』に聞こえた、
というエピソードなど、
深みのあるネタには
姉弟を実にうまく使っている。

最後、
芝居と幕、肉体と筋を絡めて、
サルワカの長台詞がみごとに
混乱した物語を締めている。

「その場に生まれた温かみ
 -ばかばかしさも含めて-」
を、ぜひ、生の舞台で。
お薦め。

 

 

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2017年2月 5日 (日)

オランダ政府からのメッセージ

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オランダ政府からのメッセージ

- America Firstなら -

 

すでに1700万回も再生されているから、
ご存知の方も多いと思うが、
オランダが作った
「歓迎、米トランプ大統領」のビデオが
あまりにもよくできているので、
記録も兼ねて、ここに紹介しておきたい。

オランダ語の最初のコメントも含めて
全編英語字幕付き。
<再生>したらそのまま読めるよう
サイズをちょっと大きめに。

字幕があっても英語はちょっと、
という方も心配ご無用。
映像だけでもぜひ一度ご覧あれ。
作りがいいので、日本語訳はなくても
メッセージは伝わるはず。

 

このビデオ、タイトルにも

 The Netherlands welcomes Trump
 in his own words

とあるように、まさに「自分の言葉」で
歓迎の意を表している3分半の作品だが、
自慢あり、皮肉あり、批判あり、で
ほんとうに楽しめる。

まずはともあれ作品をどうぞ。

最初から大袈裟かつ大まじめ。

 This is a message from
 the government of the Netherlands.

 これはオランダ政府からのメッセージです。

でもそのまじめさが、
すでにおかしさを予感させる。
いきなりトランプ口調だし。

(1) William of Orange
オランダ建国の歴史から話が始まるのは
いかにも欧州の国らしい。
80年も争った戦争相手のスペイン人のことを
さんざんひどく言っておきながら、

 They're all dead now by the way.

 今は全員死んでいるけれどね。

とサラリとかわしている。

(2) オランダ語
「オランダ語は欧州で最高の言語だ」を
オランダ自身が言うのはいいとしても、
total disaster(大失敗)だとか、
fake(偽物)だとか、
トランプ氏が使った言葉を、
デンマーク語やドイツ語に向けて
もう言いたい放題。

欧州内では互いの言語を
この程度のジョークでなら
言い合うことがあるのだろうか。

(3) Pony Park
最後の部分

 you can grab 'em by the pony

で笑い声が入っているのは、
この文そのものの意味ではなく、
大統領選挙期間中に暴露された
トランプ氏の超下品な会話

 Grab them by the p***y

をイメージさせるからだろう。

(4) Afsluitdijk(アフシュライトダイク)
  締め切り大堤防

オランダが世界に誇る世界最大の堤防を
メキシコとの壁にたとえてのこの話。

「月からも見える」大西洋を挟みながらも、

 from all the water from Mexico.

 メキシコからの
 すべての水から我々を守るために、

と、奔放なセリフのスケール感に
頭がついていかない。
実際、長さ32km、幅90m、もある
堤防としては本当に巨大なもののようだが。

(5) Lee Towers
「トランプ・タワー」と「リー・タワー」
Leeさんのほうは
1946年生まれのオランダの歌手。
YouTubeでちょっと聞いてみよう。

確かにいい声だ。

(6) ミニチュア・タウン
Madurodamという
ミニチュアタウンを紹介しておいて、

 The squares are so small

 広場はとっても狭いので

それを埋めるのに
たくさんの人は必要ないよ、と。

(7) Black Pete
12月、聖二コラウスの日に行われる
伝統行事らしい。

伝統行事ながら、
英語版のWikipediaによると、
ニコラウスの仲間Black Peteについての
黒い顔に赤い口紅といった化粧は、
近年オランダでも人種差別的な側面から
論争の対象にもなっているようだ。

(8) 足が不自由な政治家
これまた、
大統領選挙期間中に問題となった
トランプ氏の障碍者の真似を
皮肉ったもの。

選挙期間中に報道されていた
見るに堪えない
トランプ氏の真似映像を思い出すと、
Klijnsma氏の、穏やかな笑顔と
議場での毅然とした姿が、
対照的に気高く、美しく見える。

(9) 脱税システム
脱税の仕組みがあるよ、と言ったうえで、

 You should tell your sons
 to put all your...
 sorry, their businesses here.

 あなたの息子さんたちにあなたの
 失礼、彼らのビジネスをここに

とのわざとらしい言い間違いで、
「あなたの」を強く印象付けている。

(10) そして最後はコレ!
America Firstなら

 The Netherlands second?

やられた!という決め台詞。
噴出さずにはいられない。

 

それにしても、全編
It's great. It's true.
を繰り返しながら
トランプ氏の口調自体を
完全におちょくっている。

オランダのことを
ちゃんと紹介しながらも
笑いあり、批判ありで
メッセージ性もバッチリ。

しかも、
全体が安っぽい作りになっておらず、
仕上がりは極めて上質。


くやしいけれど、残念だけれど、
日本がほんとうに不得意な分野だと思う。

 

 

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2017年1月29日 (日)

インターネットの巨人

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インターネットの巨人

- アカマイは「賢い」 -

 

就任から一週間、合衆国では
トランプ大統領が本格的に動き出した。

就任演説では、集まった人の数が
話題になったりしていたが、
今回、この演説を
インターネット経由で見た人は全世界に
いったいどれくらいいたのだろうか。

8年前のオバマ大統領の
就任演説については、
こんな記述がある。

小川晃通 著
アカマイ
― 知られざるインターネットの巨人
角川EPUB選書

(以下水色部本からの引用)


 アカマイにとって象徴的だったのが、
オバマ大統領の就任演説の
インターネット中継
です。

初のアフリカ系大統領ということもあり、
世界中の人々がオバマ大統領の
就任演説映像をインターネット経由で
視聴しました。

 そのビデオをインターネットで
世界全体に配信していたのがアカマイ
です。

そのときのインターネットトラフィックは、
同社がそれまで行ったどの配信よりも
大きなトラフィックになりました。

最大で1分あたり850万人がビデオを閲覧し、
「当時としてはそれが世界記録である」
とアカマイは述べています。

この引用に急に登場した「アカマイ」。
「初めて聞く」という方も多いことだろう。

でも、もしスマホやPCで、
少しでもインターネットに触れているなら、
一度も意識したことはなくても
この会社のお世話になっているはずだ。

アカマイは、世界最大手の
コンテンツデリバリネットワーク(CDN)事業者。

本の帯には、

「インターネットを流れる情報の3分の1は
 この会社が運んでいる」


と書かれているが、本が出版されたのは2014年。
その影響力は現在さらに大きくなっている。

とにかく顧客リストがすごい。

* 米軍の全機関
* AmazonなどEコマースのトップ20サイト
* アメリカの主要スポーツリーグのすべて
* NHKを含め
 世界の代表的なニュースポータル150以上
* LINE、Apple、IBM、などなど

デリバリ、
つまり配信を専門にしている業者なので、
コンテンツを作っているわけではない。

本は、
マサチューセッツ工科大学(MIT)の教授
トム・レイトンらが1998年に
会社を設立させるころの話から始まり、
「配信技術」や
「配信ビジネス」についても
解説している。

現在もiPhoneのAppleが使っているように、
スティーブ・ジョブズ自身が
「会社を買いたい」と電話をかけてきた
エピソードも紹介されている。

ちなみに「アカマイ」という
日本語のような響きの特徴ある社名は
こんな経緯で決まったらしい。

 非常に日本語っぽい響きですが、
決して「赤米」という日本語ではありません。
ハワイ語で「賢い」という意味の単語です。

 米国では、複数の社名が列挙されるときに
ABC順に掲載されることが多いため、
その順番で並んだときに最初にくることが
重要だとレイトンたちは考え、
「A」で始まる社名を探していました。

当時たまたまMIT内で起きていたのが
ハワイ語ブームです。

ハワイ語辞書が手元にあったので
それを見たところ、
「アカマイ」という単語を発見し、
それを採用しました。

いまや、スマホやPCと
コンテンツを配信しているサーバとが
瞬時に繋がることも、
そして、その間の通信が
滞りなく行われることも、
当然のように思ってしまっているが、
その裏では、
まさに賢い技術に支えらえた仕組みが、
休みなく動いている。

アカマイは、現在
世界120以上の国に、
21万台以上のサーバを設置
し、
いくつかのキー技術を駆使し、
快適な「配信」を提供している。

その「配信」は
どんな仕組みで実現されているのか。

本は、
アカマイの技術の説明をするために、
最初に、「インターネット」って
どんな仕組みで繋がっているのか?
を丁寧に説明している。

ネットに関する技術的な知識がなくても
読めるよう配慮された記述となっているが、
逆に多少知識のある方には
物足りないかもしれない。

こんなキーワードを軸に
説明を進めている。

AS(Autonomous System)
BGP(Border Gateway Protocol)
TCP(Transmission Control Protocol)
DNS(Domain Name System)

そして、次のような言葉あたりから
「アカマイの技術」に
深くかかわってくるようになる。

CNAME(Canonical NAME)
traceroute
SureRoute
Tiered Distribution

詳しい技術的な説明は本に譲るが、
高速化がどのように実現されているのか、
ケーブル切断などの障害を
どのように回避する仕組みがあるのか、
などなど、インターネット技術の
基本部分に触れることができる。

ネット社会を予見したビジネスで
急成長してきたアカマイ。
1998年に設立されてから
まだ20年も経っていない。

 ちなみにこの1998年、
同じアメリカで二つの会社が
産声をあげています。

現在、世界で最も利用されている
検索エンジンを提供しているグーグルと、

世界最大規模のデータセンター事業社である
エクイニクスです。

インターネットヘの影響力が
非常に強いこの3社が同じ年に設立された
のは、
偶然なのでしょうか、
それとも必然だったのでしょうか。

オマケ:
3社ではなく「3者が同じ年」と言えば、

第42代米大統領
ビル・クリントン:1946年8月19日生

第43代米大統領
ジョージ・W・ブッシュ:1946年7月6日生

第45代米大統領
ドナルド・トランプ:1946年6月14日生

 

 

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2017年1月22日 (日)

偶然五七五

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偶然五七五

- 大阪府/四條畷市/北出町 -

 

2017年1月15日に行われた
大阪府四條畷市の市長選で
28歳の新人東修平氏が当選し、
全国最年少市長が誕生した、
とのニュースがあった。

四條畷市(しじょうなわてし)
の名前を見たらあることを思い出した。

(1) 住所篇
四條畷市には、
北出町(きたでちょう)という町がある。

住所をそのまま音読してみよう。

大阪府 / 四條畷市 / 北出町
(おおさかふ 
 しじょうなわてし きたでちょう)


そう、俳句とは言えないが
五七五のリズムになっている。

しかもおもしろいことに
この住所の郵便番号
現在は「575-0043」だが
1998年に7桁になる前までは、
これまた偶然にも
575」だったのだ。

私が読み難いこの市の名前を覚えたのは、
この五七五がきっかけだった。

 

「偶然五七五」のリズムを刻む日本語は
気をつけて探すとあちこちにある。

(2) 法律条文篇
法律の条文関連では、

日本国憲法第23条
学問の/自由は、これを/保障する

民法882条
相続は/死亡によって/開始する

軽犯罪法第1条22号
こじきをし、/又はこじきを/させた者

などがよく知られている。

 

(3) 駅名篇
数年前、
「連続した駅名で五七五七七」
つまり短歌調になる区間が
ネットで話題になっていた。

次々と挙がってくる作品(?)に
「みんなよく探しだすなぁ」と
当時は感心させられるばかりだった。
単なる駅名の組合せではなく、
「連続した駅名で」だ。

JR京浜東北線(8駅)
浜松町 = 田町 = 品川 = 大井町 =
大森 = 蒲田 = 川崎 = 鶴見(つるみ)


西武新宿線(6駅)
本川越 = 南大塚 = 新狭山 =
狭山市 = 入曽(いりそ) = 新所沢


富山地方鉄道本線(5駅)
新魚津 = 電鉄魚津 = 西魚津 =
越中中村 = 早月加積(はやつきかづみ)


JR飯田線(7駅)
上市場(かみいちば) =  
浦川 = 早瀬 = 下川合(しもかわい)
中部天竜 = 佐久間 = 相月(あいづき)

 

(4) Wikipedia日本語版篇
この五七五七七探し、
もともとは「偶然の発見」を
楽しんだものだったと思うが、
五七五七七検索プログラムを作り
フリーのオンライン百科事典
Wikipediaの本文をまるまる
検索にかけてしまった人がいる。

しかも、その結果は
こんな本にまでなっている。

いなにわ, せきしろ著
「偶然短歌」飛鳥新社

本からいくつか紹介したい。
(以下水色部、本からの引用
 五七五七七のあとの「」は、
 Wikipedia日本語版の見出し語)

 

アルメニア、アゼルバイジャン、ウクライナ、
中央アジア、およびシベリア
     「モロカン派」

柔道部・バレーボール部・卓球部
ハンドボール部・吹奏楽部
     「一宮市立北部中学校」

文学部・経済学部・法学部
経営学部・医療健康
     「日東駒専」

単なる名詞の羅列なのに、
音やリズムに特徴があって、
思わず声に出して読みたくなる。

 

空洞になっているため、大きさを
支えきれずに壊れてしまう
     「マリモ」

研究で、ネコが砂糖に関心を
持たないことは示されていた
     「ネコ」

たいていは家屋の中で日当たりの
よい場所にあり、窓が大きく
     「居間」

説明臭いものは、
リズム的にはあてはまっても
おもしろさには欠ける。

 

「立ち乗り」を行っている最中に
車のドアが閉まってしまい
     「ペター・ソルベルグ」

楽団の首席指揮者の就任も
決まっていたが、果たせなかった
     「イシュトヴァン・ケルテス」

大好きで毎日苺成分を
摂取しないと生きていけない
     「鈴木まりえ」

同じ説明調でも、
なぜか背景の物語を感じさせる。

 

艦長が自分好みの制服を
艦の資金で誂(あつら)えていた
     「セーラー服」

そんな中、白いくじらが出現し、
歓喜の声を上げる船長
     「白いくじら」

こうなると物語のほうが
前面に出てくる感じ。

 

泣き言や空想ばかりを書いている
ジャーナリストの連中が何
     「リシャルト・カプシチンスキ」

念仏で救済される喜びに
衣服もはだけ激しく踊り
     「盆踊り」

照らされて雨露(うろ)が輝く半分の
クモの巣だけが残されていた
     「くもとちゅうりっぷ」

このくらいになると、
説明文の一部、ということを忘れてしまう。

 

言葉遊びはいつでもどこでも楽しめる。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

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