音符は『おたまじゃくし』?

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音符は『おたまじゃくし』?

- 他国の別称を探して -

 

前回
ヨコ書き、タテ書きの話を取り上げた際、
日本語学者の屋名池(やないけ)誠さんの
指摘、
「タテ書きが未来も生き残るかどうか、
 カギを選っているのは、
 漫画なのかもしれません」
を紹介した。

いまや日本の輸出文化を代表する漫画。
セリフは翻訳するにしても
構図と流れの関係から
右から左へ読んでいくスタイルは
変えようがないらしい。
ページ構成も右から左。

左から右への本しか目にしていない人たちに
そのあたり、違和感はないのだろうか?
機会があれば、ぜひ現地の人に
感想を聞いてみたい


と締めくくった。

今日は、「機会があれば、
ぜひ現地の人に聞いてみたい」に
実際にトライした例をひとつ紹介したい。

 

以前、友人と街を歩いている際、
「tadpole(タッドポール)」という名前の
音楽スタジオの看板が目に留まった。

「音楽スタジオだから
 『おたまじゃくし』でtadpoleか」

と何気なく流したつもりだったが
「音符のことを『おたまじゃくし』って
 外国の人も言うのだろうか?」
という素朴な疑問を友人がぶつけてきた。

「形からおたまじゃくしを連想するので
 日本では音符のことを
 『おたまじゃくし』って言うんだよ」
と説明すれば、どこの国の人にも
理解はしてもらえる気はする。

ただ、そのことと実際に『おたまじゃくし』と
現地の言葉で言うことがある、は別の話だ。

おもしろい。聞いてみよう。

 

実はそのことがあった直後、
仕事ではあるが、
世界各国の人が集まる会議に
出席することになっていた。

会議は3日間の予定。
初日の夜、receptionとして
立食のパーティが企画されている。

立食ならば聞いて回りやすいし
いいチャンスだ。

私のカタコト英語を通しての
コミュニケーションゆえ
細かい部分まで正確に
伝えられていなかったであろうことは
ご容赦いただくとして、
簡単にその内容を紹介したい。

最初に話をしたのは
米国、カナダ、オーストラリア
からの3人。

日本では「おたまじゃくし」と呼ぶ、
という話にたいそう興味を持ってくれて
協力的に話を聞いてくれたが、結果として
いわゆる音符を示す単語
[note]または[music note]
以外での呼び方は聞き出せなかった。

続いて話をしたのは、
スウェーデン、オランダ、英国
からの3人。
こちらもnoteだけ。

収穫がなく
ちょっと残念な気持ちになっていたころ、

「『あそこでおもしろいことを
  聞いて回っている人がいるから、
  おまえも協力してやれよ』
 って言われたので来たよ」

とこちらから声をかける前に
向こうから逆に声をかけてくれる
うれしい動きが始まっていた。

聞くと、
すでに話をした米国人やオランダ人が、
各国の人に声をかけてくれていたようだ。

いい歳をしたオッサンが
小さなネタに申し訳ない。

というわけで、
一気に聞きやすくなったのだが
次に聞いたスイスも
「残念ながらnoteだけ」だと言う。

フランスも基本はnoteだけ、
とのことだったが、話をしているうちに
ようやくそれ以外の単語が出てきた。

8分音符に関しては[crochet]と
呼ぶことがあるらしい。
意味は「かぎ針」
とか。
なるほど、かぎ針の先端によく似ている。

いずれせよ、すでに8カ国の人に聞いたのに
意外に音符の「別称」は出てこない。

ところが、アジア圏の人と話を始めたら
一気に動いた。
シンガポール、マレーシア、中国では、
日本語での「もやし」
で呼ぶことがある
ようだ。

こちらも形からよくわかる。

というわけで、ヒアリングの結果だけを
整理するとこんな感じ。

 

「音符」の
「音符(英語:note)」以外の呼び方。

(1) 別称なし:[英語での(music) note]のみ
  米国
  カナダ
  オーストラリア
  スウェーデン
  オランダ
  英国
  スイス

(2) 8分音符を「現地語:crochet」
  「日本語:かぎ針」で呼ぶことがある。
  フランス

(3) 「日本語:もやし」で呼ぶ。
  シンガポール 「現地語:Tauge」
  マレーシア  「現地語:Tauge」
  中国     「現地語:豆芽」

結局、
「おたまじゃくし」と呼んでいる国は
見つからなかった。

アジア圏に形からの別称があるのは
象形文字の要素も含む漢字の影響が
多少はあるのだろうか?

「現地の人に聞いてみた」の
ひとつの報告まで。

 

 

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2020年7月 5日 (日)

タテ書きは雨、ヨコ書きは川

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タテ書きは雨、ヨコ書きは川

- タテ書きに関する2題 -

 

世界には数千の言語があるが、
使われている文字の種類は
わずか40種類ほどしかない
と言う話を
以前ここに書いた。

文字の中には、
上下左右に決まった向きもなく、
左利きは左右反転した文字を書く
マンヤン文字
のような特殊なものもあって、
文字そのものへの興味も尽きないが、
それらの文字をタテ書きにするのか、
あるいはヨコ書きにするのか、という
いわゆる「書字方向」もおもしろい。

タテにもヨコにも書ける言語というのは
いったいどれくらいあるのだろうか?

 

言うまでもなく日本語はそのひとつだが、
タテ書きの新聞記事

「タテ書き絶滅危惧?」

というテーマに3名の方が寄稿していた。

その中に、2箇所、
たいへん興味深い記述があったので、
記録を兼ねて紹介したい。
(以下水色部は
 朝日新聞
 2020年7月2日の耕論
 「タテ書き絶滅危惧?」

 からの引用)

 

ひとつ目は、
歌人 井上法子さんの言葉。

井上さんは、
タテ書きとヨコ書きのイメージを
実に味わい深い言葉で表現している。

私は、言葉を水のように
感じることが多いのですか、
タテ書きを例えるなら、
それは「雨」のイメージです


雨が空から降り注ぐように、
タテ書きの言葉は
重力に吸い込まれてゆきます。

その後、身体の内側からじっとりと
濡れていく感じに近い
のです。

タテ書きは「雨」。

ではヨコ書きは?

これに対し、ヨコ書きの言葉は
「川」のように感じます

言葉に浮力があり、
目に飛び込んでくる。
そこで意味を放ち、
すぐ横に流れ去っていく感じです。

同じように自分の身体を水
でひたす行為ではあっても、
ヨコ書きは疾走感があって、
濡れるというより浴びるような
感覚に近い
と感じます。

だからきっと、ヨコ書きのほうが
相性がいい作品というのも
あるのではと思います。

さすが歌人。
その感性には頭が下がる。

ヨコ書きを
「そこで意味を放ち、
 すぐ横に流れ去っていく感じ」とは。

ツイッター(Twitter)のタイムライン(TL)を
見ているとまさにそんな表現がピッタリだ。

ヨコ書きを浴びるような感覚といい、
タテ書きを身体の内側から
じっとりと濡れていく感じ、と
表現できるなんて。

記録しておきたい名言だと思う。

 

もうひとつは
日本語学者 屋名池(やないけ)誠さん
の言葉。

日本の新聞はまだタテ書きのままだが
韓国では90年代に
新聞も全てヨコ書きに変わったという。
そのうえで、

タテ書きが根強く残りそうなのが、
漫画です。

日本の漫画は右から左へ読み進め、
時間もそう流れます。
ひとコマ内に2人が描かれていたら、
先に話す人物は
右側にいる必要がある。

書字方向が構図と深く
かかわっている
ため、
海外の翻訳版も日本と同じ
右から左へ読んでいくスタイルで
発刊されている
のです。

タテ書きが未来も生き残るかどうか、
カギを選っているのは、
漫画なのかもしれません。

いまや日本の輸出文化を代表する漫画。
セリフは翻訳するにしても
構図と流れの関係から
右から左へ読んでいくスタイルは
変えようがないわけか。
ページ構成も右から左。

左から右への本しか目にしていない人たちに
そのあたり、違和感はないのだろうか?
機会があれば、ぜひ現地の人に
感想を聞いてみたい。

「内容がおもしろければ、
 右から左だろうが、
 左から右だろうが、
 関係ないよ」
という感じなのだろうか?

 

 

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2020年6月28日 (日)

読んでいるのは自分の心だ

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読んでいるのは自分の心だ

- 雨の日、本を読み返してみて -

 

東京都で60人。
今日、2020年6月28日、
都の一日あたりの
新型コロナウイルスの感染者数は
緊急事態宣言が解除された以降で
最多となった。

まだまだ先の見えない日々が続いている。

朝から本格的な雨だった日曜日、
この本

養老 孟司 (著)
遺言。
新潮新書

(水色部は本からの引用)

を軽い気分で読み返してみた。

養老さん節全開の読みやすい本だが、
今日は、最初に読んだときは
ちょっと違う部分が
妙に心に残った。

本の紹介としては、
全く役に立たないが
雨の日の自分への読書の記録(?)として
三箇所だけメモしておきたい。

 

ひとつ目は、心理学での
「心を読む(mind-reading)」について。

自分が相手の立場だったら、
どうするか。

それはあくまでも
自分についての思考であって、
相手の心を読んでいるのではない。

心理学者が
「心を読みたがる」のはよくわかるが、
「読んでいるのは自分だ」
というチェックは常に必要であろう。

この視点、このチェック、
ほんとうに常に忘れずにいたい。
相手の心なんて「読めない」のだから。

 

ふたつ目は、事実の複雑さ、について。

科学上の理論は、
しばしば美しいとされる。

「真理は単純で、
 単純なものは美しい」

よくそう言われる。

ただし私はたえず反論する。
真理は単純で
美しいかもしれないけれど、
事実は複雑ですよ、と。

感覚所与は多様だけれど、
頭の中ではその違いを
「同じにする」ことができるから、
結果が単純になるんでしょ、と。

事実は複雑で、
だからこそおもしろい。
その複雑さを、複雑なまま感じ取る感性、
そういうものを大事にしたい。

感じたあと、
単純化して理解しようとするのは
「頭」だが
感じるのはまずは「身体」だ。

 

3つ目は、まさにその
感じること、感覚について。

現代人はひたすら
「同じ」を追求してきた。

最初に生じたのは、身の回りに
恒常的な環境を作ることである。

部屋の中にいれば、
いまでは終日明るさは変化しない。
風は吹かない。温度は同じである。
屋外に出れば、それが都市環境となる。

都内の小学校の校庭は
ひたすら舗装される。
同じ堅さの、同じ平坦な地面、
それを子どもに与える。

べつに感覚を無視することを
教えているつもりはないであろう。

安全だとか、便利だとか、清潔だとか、
その時々で適当な理由付けをする


でも一歩引いて見てみれば、
やっていることは明らかである。
感覚所与を限定し、
意味と直結させ、あとは遮断する


世界を同じにしているのである。

養老さんは
「感覚所与を限定し」
という表現を使っているが、
せっかく持っている感覚を
現代人はなぜ限定しようとしてしまうのか?

しかもそれに対してなぜ
安全だとか、便利だとか、清潔だとか、
いわゆる「快適」と結びつく説明が
できてしまうのか?

「遮断」によって失われたものを
改めて考えてみる必要があると思う。

 

 

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2020年6月21日 (日)

祈ることと願うこと

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祈ることと願うこと

- 心を傾けてじっくり聞こう -

 

想いを書くのではない。

むしろ人は、書くことで
自分が何を思っているのかを
発見するのではないか。

書くとは、単に自らの想いを
文字に移し替える
行為であるというよりも、
書かなければ知り得ない
人生の意味に出会うこと
なのでは
ないだろうか。

そんな著者の言葉通り、
まさに書かれたことで
新たに出会ったような
そんな言葉が並ぶこの本

若松 英輔 (著)
悲しみの秘義
文春文庫

(水色部は本からの引用)

を読んでいたら、
中にこんな一節があった。

祈ることと、願うことは違う。

願うとは、自らが欲することを
何者かに訴えることだが、
祈るとは、むしろ、
その何者かの声を
聞くこと
のように思われる。

 

そう言えば、
香りを楽しむ聞香(もんこう)は
「香りを聞く」
と書く。
単に嗅ぐのではなく、
心を傾けてゆっくり味わう。

酒をじっくり味わうことも
「きく」という。
漢字で書くときは
別な字を使うことも多いが。

いずれにせよ、心おだやかに
精神を集中させて何かを感じる、
そういう行為がもつ豊かさを
改めて考えさせてくれる。

 

近年、自己からの「発信」の価値が
妙にひとり歩きしている気がする。

でも、仮に自分からは何も発信しなくても、
私たちの回りには
すでにさまざまな声が満ちている。
それらを謙虚に「受信」し味わうことなく、
何が「発信」できるというのだろう。

心を深く静かに傾ければ、
「声」も「香り」も「味」も
「きこえて」くる。

「きいて」何を感じ、どうするのか。
そこにはもうそれだけで
豊かな世界が広がっている。

人生とは何かを問うことではなく、
人生からの問いに応えることだと
『夜と霧』の著者
ヴィクトール・フランクルは言った。

人生は、答えを出すことを求めない。
だが、いつも真摯な応えを求めてくる


まずは、じっくり「聞く」ことから
始めたい。

 

 

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2020年6月14日 (日)

誰も本当に「独立」などしていない

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誰も本当に「独立」などしていない

- 「ごった煮」のまま考える -

 

前回
哺乳類の基盤ともいえる胎盤が
ウイルス起源、という話から
過去感染したウイルスと
現在のゲノムとの間に
不思議な関係があることを
この本から学んだ。

中屋敷均 (著)
ウイルスは生きている
講談社現代新書

(以下水色部、本からの引用)

今日は、もう少し読み進めて
生命の基礎となる
「個体」について考えてみたい。

 

「ひとりの人間」を
「個体」として認識することに
それほど違和感はない。

ところが、微生物やウイルス、
あるいは遺伝子までを
視野に入れて考えると
「個体」の認識は
かなりあやふやになってくる。

高等動物であっても
「生命の単位」の問題から
完全に自由な訳ではない。

たとえば2006年のサイエンス誌に、
ヒトの腸内に生息する細菌の
詳細な解析結果が報告され、
そこには10兆から100兆個もの
細菌が存在することが明らかになった。

それらの腸内細菌が持つ遺伝子の数は、
ヒトゲノムにある遺伝子数の
少なくとも100倍以上になると
推定された。

そういった多量に存在する
腸内細菌の力(遺伝情報)を借りて

ヒトは本来、
自分自身では保有していない
代謝系によるアミノ酸、多糖類、
ビタミンやテルペノイドなどの
代謝物を作り出すことを
可能としている。

ひと言でいうと
これらの細菌がないとヒトは
生きていけない
、ということだ。

わかりやすい例として、
草食動物で考えてみよう。

この問題はウマやウシなどの
草食動物ではより顕著である。

彼らは植物を
主食とするにもかかわらず、
その主要成分であるセルロースを
分解するセルラーゼを持たない


セルロースの分解は
消化管内の共生微生物が担っており、
彼らはそういった微生物の存在、
すなわち彼らの持つ
遺伝情報の存在なしには、
当然生きていけない。

このような場合、
草食動物の存在には
腸内細菌が不可欠になっており、
草食動物は腸内細菌がいなければ
「単位」として
成立していない
ようにも思える。

ヒトも草食動物も
細菌と一緒に生きている。
切り離したら生きていけない。
このとき、両者を切り離して
別々の「個体」としていいのだろうか?

まさに

形而下の生物としてのヒトは、
形而上の「個の意識」と
同じ程度には他から独立していない

わけだ。

「自己とは何か?」
「他者とは何か?」
「個体とは何か?」
これらを無理やり定義したくなるは
我々のかなり特殊な分類欲で
その純度を高めようとすることが
かえって自然を見えなくしてしまっている
のではないか、とさえ思えてくる。

少なくとも物質的には、
誰も本当に「独立」などしておらず
相互に依存し、進化の中では
他の生物との合体や遺伝子の交換を
繰り返すようなごった煮の中で、
生命は育まれてきた

定義により細分化し、分けて考える、は
これまでも多くの分野で
繰り返されてきた。
これからは、
この「ごった煮」のまま考える
という方法こそが、より広い分野で
必要となってくるのではないだろうか。

 

 

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2020年6月 7日 (日)

胎盤はウイルスのおかげ

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胎盤はウイルスのおかげ

- ウイルスと一体化したヒト -

 

未だに先が見えない
新型コロナウイルスの感染拡大。

ウイルスには足がないのだから、
広めているのはまさに人間なわけだが、
2020年6月6日時点で、
全世界の累計感染者665万人超、
死者39万人超
という数字を見ると、
人の接触というのは、
まさにワールドワイドなんだな、を
改めて痛感する。

悪者、のイメージが強いウイルスだが、
こんな本を読むと、
かなり見る目が変わる。

中屋敷均 (著)
ウイルスは生きている
講談社現代新書

(以下水色部、本からの引用)

今日は、この本から
驚きのエピソードを一つ紹介したい。

読み始めてすぐ、
まえがきにて紹介されている例だ。

話は胎児を守っている
胎盤という組織の話から始まる。

通常、非自己排除の生体システムは
「非自己」を攻撃の対象とするが、
胎児の場合、
たとえ血液型が母親と違っていても、
攻撃対象とはならず

母親の血液を介して
酸素や栄養分を受け取り、
すくすくと育っていく


そんな不思議なことを
可能にしているのが、
胎盤という組織なのである。


この胎盤の不思議さの肝となるのが、
胎盤の絨毛(じゅもう)を
取り囲むように存在する
「合胞体性栄養膜」という
特殊な膜構造である。

この膜は胎児に必要な
酸素や栄養素を通過させるが、
非自己を攻撃するリンパ球等は通さず、
子宮の中の胎児を
母親の免疫システムによる攻撃から
守る役目を果たしている

哺乳類としては当然、
という気もするが、

2000年の『ネイチャー』誌に
驚くべき論文が掲載された。

それは、この「合胞体性栄養膜」の
形成に非常に重要な役割を果たす
シンシチンというタンパク質が、
ヒトのゲノムに潜むウイルスが持つ
遺伝子に由来する
と発表されたのだ。

哺乳類の基盤ともいえる
胎盤がウイルス起源!?

その後、マウスやウシといった
他の哺乳動物でも
多少の違いはあるものの
同様のことが相次いで報告された

胎児を母体の中で育てるという戦略は、
哺乳動物の繁栄を導いた進化上の
鍵となる重要な変化であったが、
それに深く関与するタンパク質が、
何とウイルスに由来するものだった
というのだ

詳しい話は
内在性レトロウイルス遺伝子
といった単語を中心に調べると
いろいろ解説が出てくるが、

哺乳類のゲノムには、
過去に感染したウイルスの遺伝子の断片
多く存在しているらしく、
その量は全ゲノムの8%にもなるという。

その昔、シンシチンを提供した
ウイルスと我々の祖先は
まったく別の存在で、
無関係に暮らしていた
はずである。

しかし、ある時、
そのウイルスは我々の祖先に感染した。

そしてシンシチンを提供するようになり、
今も我々の体の中にいる。

そのウイルスがいなければ胎盤は機能せず、
ヒトもサルも他の哺乳動物も
現在のような形では
存在できなかったはずである。

調べてみると、
内在性レトロウイルス遺伝子は
哺乳類の胎盤獲得に働いているだけでなく、
機能性の高いウイルス遺伝子と
順次置き換わることができる、という
さらに驚く記述も見つけられるが、
いずれにせよ、
過去に感染したウイルスが、
今はヒトのゲノムの一部となって
重要な機能を果たしている

ということのようだ。

我々は親から子へと
遺伝子を受け継ぐだけでなく、
感染したウイルスからも
遺伝子を受け継いでいる
のだ。

もう一度言おう。

我々はすでにウイルスと一体化しており、
ウイルスがいなければ、
我々はヒトではない

 

新型コロナウイルス「SARS-CoV-2」も
いつかはヒトのゲノムの
一部になる可能性すらある、ということか。

しかも、場合によっては
病気どころか新たな機能や器官を
作り出す可能性をも含んでいるなんて。

哺乳類の基盤ともいえる胎盤が
ウイルス起源、という研究成果が
もたらすものは、
「親から子へ」こそが遺伝だと
思っている人には
ちょっと刺激が強すぎる。

 

 

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2020年5月31日 (日)

ICU学長からの問いかけ

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ICU学長からの問いかけ

- 改めて「不公平」について考えてみよう -

 

noteでこんな記事を目にした。

あべまおこさんという方が書いていた
「話してもわからん」をひっくり返したある日の学長からのメール

記事へのリンクは
筆者の承諾をいただいているので、
詳しくは
リンク先の記事を読んでいただきたいが
簡単にその内容をまとめると

(1) 新型コロナウイルスの感染拡大により
  国際基督教大学(ICU)は
  春学期における全ての授業を
  オンラインで行うこと等
  緊急の対応を決定した。

(2) すると、ある学生が、
  期待される従来の教育環境で
  授業が受けられないのであれば
  学費の一部である
  施設費を減額してほしい
  との内容を含む署名運動を開始した。

(3) 最終的に集まった署名が
  提出されたかどうかは不明だが
  学生の要求・疑問に答える形で
  岩切学長が学生にメールを発信した。

という一連の流れの報告になっている。

全体に、たいへんに知的でかつ冷静な文章で
さすがICU生、と思わせるいい記事なのだが、
ご本人も書いている通り、
ICUつまり岩切学長の返答が
紋切り型のYes/Noではなく
実にいい内容だったので、きょうは改めて
そのことについて紹介し、考えてみたい。

 

学生の要求の詳細、および
大学側の回答の日本語版の全文は
上のリンク先にあるので、
ご興味があれば参照いただきたいが、
私が特に感銘を受けたのは
学長からのメールの以下の部分だ。
(以下、水色部は
 学長からのメールの引用)

図書館は、論文執筆中の学部6卒生と
大学院生には、送料大学負担で
図書の貸し出しを行っています
(学期中、1回、1人5冊まで)。

これは、このサービスを
受けられない学生からすると、
不公平な対応に見えるかも知れません。

ある意味では確かにそうです。

皆さんにはぜひ、
この「不公平」について考えて
みることをお願いしたいと思います。

改めて「不公平」について
考えてみてほしい、と投げかけている。

 

学生全員に同じ対応をするのは
財政的にも人手の面からも不可能です。

大学として採った措置は、
それをしないと
極めて大きな不利益を蒙る人

(ここでは、論文が書けなくて
 卒業できなくなってしまう人)
にたいして特別な手当てをする
というものです。

今あなたがその対象者ではなくても、
ある日、あなたが、
図書の貸し出しとは別のことで、
そのような類の不利益を
蒙りそうになったときには、
大学は適切なサポート体制を整える、
ということを覚えていてください


大学も市民社会と同じで、
全体で支え合うという精神で
運営されています。

限られたリソースしかないとき、
それをどこに投入するのか、
どう配分するのか。
リーダーとして決断を迫られる
厳しい場面だ。

岩切学長は、
それが一般的には不公平と呼ばれることを
承知のうえで
「最も困っている人に投入する」
という決断をした。

広く薄く全員に、ではなく
困っている人にだけしっかり


そして、ここがすばらしいところだが、
学長は
「あなたは、今は(助けられる)
 対象者ではないかもしれないけれど、
 もし今後、
 あなたが困る状況になったときは
 大学側は今度はあなたを助けます
と添えている。

単純な「機会の公平」のみの視点で
公平・不公平を考えていないか、と
厳しい問いを投げかける一方、
同時に
「あなたが安心して学べる環境を
 大学側はいつでも
 最大限提供しようとしていますよ」
とのメッセージまで伝わってきて
ICUの学生でもないのに
なぜか胸が熱くなる。

2020年5月24日の朝日新聞EduAには
岩切学長へのインタビュー記事があった。
それによると
昨年秋の香港での大学閉鎖の経験を踏まえ
授業のオンライン化は3月12日には
決定していたという。

『The education must go on』の考えのもと
学内に「コロナ対策室」をつくり、
教職員が協働してオンライン授業の
サポート体制を整えたらしい。

教員向けの研修会を開き、
経済的な理由から
自宅にWiFi環境が整っていない学生には
大学が費用を負担し、機器を提供した。
非常勤講師にも機器を貸し出したという。

「極めて大きな不利益を蒙る人にたいして
 特別な手当てをする」
「もし今後、
 あなたが困る状況になったときは
 大学側は今度はあなたを助けます」

こういったブレない考え方が
基本指針として明確にあったからこそ
各々の問題に
いち早く対応できたのであろう。

 

形だけの「公平」が
いかに期待に反する施策を生むかは、
「一住所に2枚のマスク」をみても明らかだ。

結果的に、学費の減額要求自体は
丁寧な説明のもと退けられている。

しかし、もし私が学生であったら、
結果に対して「なにぃ!」と怒る前に、
再度メールをゆっくり読み返して
みたことだろう。

そして、「公平とはなにか?」を
改めて考えさせられると同時に、
「困ったら今度はあなたを助けます」
の言葉に、ある種の「安心感」すら
抱いて驚いたに違いない。

サポートというのは、
お金だけではない。

それぞれの学生が、
自分を信じてくれる人たち、
自分を励ましてくれる人たち、
そういう人たちが
そばにいることを実感でき、
環境に関わらず
「ここなら安心して学べる」
と心から思えるなら、
それは最大のサポートであり、
公平なサポートでもある。

 

気がつくと、公平さだけでなく、
サポートの価値についても
改めてあれこれ考えている。

いい文章は、
世界をどんどん広げてくれるものだ。

 

 

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2020年5月24日 (日)

ニュースや数字を通して考えると

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ニュースや数字を通して考えると

- 普段は見えていなかったものが、 -

 

4月7日に発出された緊急事態宣言。
すでに7週間近くが経過しているが、
本日5月24日
「政府は北海道、埼玉、千葉、東京、
 神奈川の5都道県で続く
 新型コロナウイルスの
 緊急事態宣言について、
 今月末の期限を待たず、
 25日に全面解除する方針を固めた」
なるニュースが流れてきた。

世界に目を遣ると5月23日時点で
 累計感染者数  520万人超
 累計死者数   33万人超
 1日あたりの新規感染者数 10万人超
 1日あたりの死者数     5千人超
と感染拡大自体は
依然として衰えていないが。

 

日本の外出自粛の影響は、
今後いろいろな角度から
分析・検証されることになるであろうが、
今日はふたつのデータを見てみたい。

ひとつ目は消費動向の一部、
「消費財の販売金額(前年比)」
について。

市場調査会社のインテージが
前年より「売れた」商品
消費財の販売金額(前年比)上位30品目

前年より「売れなくなった」商品
消費財の販売金額(前年比)下位30品目
を2020年4月分について発表している。

リンクをクリックする前に、
どんな商品がそれぞれの上位に来るのか、
まずは考えてみてほしい。

対象は、
[ 食品、飲料、アルコール、
 雑貨、化粧品、医薬品 ]

まさに生活につながる身近なものだ。

外出自粛の生活で
「売れたもの」と
「売れなくなったもの」には、
何があるだろう?

 

BEST30とその詳細については
リンク先を参照いただきたいが、
TOP10だけ見てみよう。

前年比で売れたものBEST10
1. うがい薬
2. エッセンス類
3. プレミックス
4. ビデオテープ
5. 殺菌消毒剤
6. 小麦粉
7. ホイップクリーム
8. 石鹸
9. 家庭用手袋
10. 住宅用クリーナー

* うがい薬 / 殺菌消毒剤 /
 石鹸 / 家庭用手袋
などは、予想通り、といった感じだろう。
衛生に関連するもの群

* エッセンス類 / プレミックス /
 小麦粉 / ホイップクリーム
などはいわゆるお菓子作り関連群
お子さんの学校が休み、ということもあろう。
「家でお菓子でも作ろう」
の機運が高まったのだろう。

* 家庭用手袋 / 住宅用クリーナー
などのお掃除用品関連群
も在宅時間が長くなっていることを考えると
納得できる。

 

全く意味がわからないのが
* ビデオテープ
リンク先を見ると、
順位を決める4月第3週の値のみ
値が突出したため
たまたまベスト10に入ってしまった、
という感じだが、
仮に第3週だけだったとしても
2020年の4月、
何があれば「ビデオテープ」が
売れるのであろう?

 

前年比で売れなくなったものBEST10
1. 鎮暈剤(ちんうんざい)
2. 口紅
3. 日焼け・日焼け止め
4. 強心剤
5. テーピング
6. 写真用フィルム
7. ほほべに
8. ファンデーション
9. コールド&マッサージ
10. おしろい

* 鎮暈剤(ちんうんざい)
酔い止めの薬は、長距離の外出、計画が
減っているので当然だろう。
通常4月はゴールデンウィークに向けて
子供向けの薬も
売れていた時期ではないだろうか。

* 口紅 / 日焼け・日焼け止め /
 ほほべに / ファンデーション /
 コールド&マッサージ / おしろい
このあたり購買層は圧倒的に女性だろう。
Stay Homeとマスクは
化粧品関連にダイレクトに
響いてくるようだ。

* テーピング
スポーツ大会の休止、運動部の休部、
スポーツジムの閉鎖等の影響か。

* 強心剤
これはどうも外国人観光客による
購買が減ったことが響いているもよう。
処方箋なしで買える市販薬は、
訪日中国人観光客が爆買いしていく
製品の1つなのだとか。

* 写真用フィルム
チェキのような
その場で写真となるフィルムは
今でもライブ会場では大人気らしい。
アイドルや出演者と一緒に撮って・・・。
ことごとく休止となってしまったライブは
こんな商品にも影響を与えているようだ。

もちろんどれも想像だが、自分の消費動向と
すべてが直結しているわけではないので、
理由を考えてみるのはおもしろい。

 

対照的なもうひとつのデータは、
「4月の自殺者の数」

TBSなどが報じたという
exciteニュースの記事がここにある。
4月の自殺者数、前年比約20%減

厚労省などによると、
4月の全国の自殺者数は
前の年の同じ月に比べ
359人少ない1455人で19.8%減った、
とのこと。
少なくとも最近5年間では
最も大きな減少幅らしい。

ちなみにコロナによる死者の数は
2020年4月
日本において偶然にも359人。

いずれにせよ、コロナ死者数の
4倍もの人が自ら命を絶っている。

一方で、20%も減った自殺者が、
今回の自粛要請と関係があるとするなら、
「学校に行くくらいなら死んだほうがいい」
「仕事に行くくらいなら死んだほうがいい」
そう考えている人が相当数いた、
ということになるのだろうか?

 

他にも

「大型連休中(4月24日~5月6日)に
 成田空港(千葉県成田市)から
 出国した日本人は850人(速報値)と、
 前年同期比99・8%減の
 記録的な落ち込みとなった。
 (前年同期34万8630人)」

「出入国在留管理庁は5月14日、
 4月の外国人新規入国者数(速報値)が
 1256人だったと発表。
 (前年同月約268万人)」

 35万人が850人に、
 268万人が1256人に、

など、驚くべき数字を伴ったニュースが
次々と入ってきている。

どんなニュースであれ
単にニュースを読んだだけで
なにかを断定することは
もちろんできない。

しかし、なんとなく意識はしつつも
普段は見えていなかった、
あるいは見ようとしていなかったものが
緊急事態という特殊な条件と
合わせて考えることで、
別な角度から光が当てられたようになって
自分の意識の中に
浮かび上がってくることは確かにある。

 

 

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2020年5月17日 (日)

「遺伝子ドライブ」の恐怖

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「遺伝子ドライブ」の恐怖

- 取り返しのつかないことになる前に -

 

前々回
「遺伝子組み換え」と呼ばれる技術の
問題点を挙げ
前回
それらが「クリスパー」に代表される
新しい「ゲノム編集」の技術において
どう解決されているのか、
を簡単に見てきた。

今日は、
「ゲノム編集」の技術の応用の中でも
私がまさに「恐怖」と感じている
「遺伝子ドライブ」について考えてみたい。

引き続き、参考書はこの本。

小林雅一(著)
ゲノム革命がはじまる
DNA全解析とクリスパーの衝撃
集英社新書

(以下水色部、本からの引用)

 

まずは
「遺伝子ドライブ(gene drive)」とは?

遺伝子ドライブとは、
「人類にとって都合の悪い遺伝子」を
人為的に駆逐する、あるいは逆に
「人類にとって都合のいい遺伝子」を
人為的に繁殖させる技術だ。

科学者たちの間では長いこと、
ある種の夢あるいは逆に悪夢として
語られてきた一種のSF的技術でもある。

従来の遺伝子組み換え技術では、
遺伝子ドライブを実現することは
極めて難しかったが、
クリスパーの力によって
技術的には可能になってしまった。

2015年11月
米カリフォルニア大学サンディエゴ校と
同アーバイン校の共同研究チームが、
ついに遺伝子ドライブの実験に成功。

それは次のような仕組みだ。

私たち人間をはじめ
生物に備わっている通常の遺伝子は、
父親由来の遺伝子と
母親由来の遺伝子が互いに半々
(50パーセント対50パーセント)の確率で
子孫へと伝わっていく。

つまり、(遺伝子の立場から見れば)
上手く生き残る場合もあれば、
そうでない場合もあるので、
特定の遺伝子が他を駆逐してしまう
ような事態を免れている。

これに対し利己的遺伝子では、
ほぼ100パーセントに近い確率で
子孫へと伝わっていく
ため、
最終的には自分以外の遺伝子を
完全に駆逐して種を制覇してしまう。

ここでの「利己的な遺伝子」は、
英国の動物行動学者、
リチャード・ドーキンス氏の有名な著書
『利己的な遺伝子』の利己的とは
まったく違うものなので
ちょっと紛らわしいが、
とにかく、交配によって
通常50%となってしまう遺伝を
ほぼ100%としてしまうことが
可能になったわけだ。

どんな仕組みで
事実上100%の遺伝を実現するのか?

そのメカニズムの詳細については
上記参考書を含むいくつかの解説書や
詳しい解説を含むこちらのページ
遺伝子ドライブとは?
等を参照していただきたいが、
シンプルながら
よく考えられた実におもしろい仕組みだ。

改変した部分だけでなく、
他方の染色体を切断して
改変遺伝子をコピーさせる
「仕組み」そのものを
パッケージにして子に伝える。
「コピー機能を持つ
パッケージ自体が引継がれる」ので
ある意味まさに再生産の無限ループだ。

 

今回、カリフォルニア大学の
共同研究チームは、
アフリカのサハラ砂漠以南で
マラリアを伝染させる蚊に
クリスパーを適用し、
マラリア原虫への耐性を備えた
利己的遺伝子を
(厳重に管理された実験室内で)
創り出すことに成功した。

つまりこの蚊は、
マラリアを伝染させない。
しかも、その子も50%の確率ではなく、
ほぼ100%の確率で伝染させない。

この蚊を野に放てば
原理的には「マラリア」は
撲滅できるが

その一方で食物連鎖の末端に位置する 
「蚊」のような生物を遺伝的に
改造してしまえば、その上位に連なる
無数の捕食動物をはじめ、
生態系や環境に
予想外のダメージを与えてしまう
恐れ
も指摘されている。

そして一旦そのように
進化の方向性を狂わされた生態系は、
後から元に戻そうとしても
取り返しがつかない

アフリカでは現在でも
年間約2億人がマラリアを発病し、
そのうち約67万人が
死に至っているという。

なので、なんとかしたい、は
多くの人の希望だろう。
しかし、どう考えてもこの方法はまずい。

米国科学アカデミーは、
今回実現された遺伝子ドライブ技術を、
どう取り扱っていくべきかを検討。

2016年6月に 
「現時点では、
 遺伝子ドライブで作られた生物
 (具体的には蚊などの昆虫)を
 野生に放つことを支持するに足る
 十分な根拠がない。

 まずは厳格に制御された状況下で、
 実地試験から入るべきだ」

とする玉虫色の勧告を発表した。

「マラリアだけ」の視野で
取り返しのつかないことに
どうかどうかなりませんように。

近い将来、ゲノム編集は
「生命」「寿命」「健康」
「医療」「子孫」「美容」
などの分野で、驚くべき成果を
次々とあげていくことだろう。

でもそれらはすべて
狭い目的から見たときのみの成果だ。

食物連鎖だけでなく
われわれは自然の大きな流れに
支えられながら生きている。
なのに、その自然のことを
まだほとんど知らない。

目的と成果に目を奪われて
自然への敬意と畏れを
忘れることがあっては決してならない、と
改めて強く思う。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2020年5月10日 (日)

遺伝子操作技術「クリスパー」の衝撃

(全体の目次はこちら



遺伝子操作技術「クリスパー」の衝撃

- 「速く」「安く」「正確に」 -

 

前回
「遺伝子組み換え」と呼ばれる
従来の遺伝子技術には
【 精度(成功率)が低い 】
【 汎用性に乏しい 】
という2つの大きな問題があった、

というところまで書いた。

それらが「クリスパー」に代表される
新しい「ゲノム編集」の技術において
どう解決されているのか。

引き続き、この本を参考書として
見ていきたい。

小林雅一(著)
ゲノム革命がはじまる
DNA全解析とクリスパーの衝撃
集英社新書

(以下水色部、本からの引用)

 

新たな遺伝子操作技術
「クリスパー」は、
従来の組み換え技術が背負わされた、
それらの問題や限界を
全て取っ払ってしまう

と勢いよく書き始めているように、
従来技術の全問題点を
解決してしまっている
まさに画期的な新技術のようだ。

【「精度(成功率)が低い」問題の解決】

中でも重要なのは
「組み換え精度」の問題である。

前述のように、
従来の遺伝子組み換え技術は
「100万回に1回の成功率」といった、
ほとんど偶然(運)に頼ったような
確率的手法だった


これに対し、クリスパーでは
(科学者が)DNA上の狙った遺伝子を
ピンポイントで切断したり、
改変することができる
(現時点で、その成功率は
 100パーセントまではいかないが、
 それに近いレベルには達しており、
 今後、ますます精度に
 磨きがかかってくると見られる)。

 

そして、2番目の問題もクリアされている。

【「汎用性に乏しい」問題の解決】

従来の遺伝子組み換え技術では、
たとえばマウスを対象にして
開発された技術は、
あくまでマウスにしか使えなかった。

これに対しクリスパーは、
マウスのような実験動物だけでなく、
牛や豚のような家畜、
鯛や鮭のような魚、
あるいはトウモロコシや
ジャガイモなどの農作物、
さらにはマーモセット(小型猿)や
人間など高度な霊長類まで、
あらゆる種類の動物や植物に適用できる
「汎用的な」遺伝子操作技術
なのだ。

従来技術の2つの大きな問題が
どちらも解決されているばかりでなく、
さらなる長所がクリスパーにはある。

従来の遺伝子組み換え技術は、
長年にわたって
地道な訓練を積んできた
ベテラン研究者にしか扱えない

ようなものだった。

それが、なんと・・・

【高校生でも操作が可能な使いやすさ】

これに対しクリスパーは、
「ゲノム」や「塩基配列」など
分子生物学の基本的知識さえあれば、
誰でも扱える簡単な技術とされる。

実際、クリスパー発明者の一人、
米カリフォルニア大学バークレイ校の
ジェニファー・ダウドナ教授は
(動画サイト「ユーチューブ」に
 アップされたビデオの中で)
私たち専門家の下で
 トレーニングすれば、
 たとえ高校生でも数週間で
 クリスパーを使えるように
 なるだろう

と語っている。

 

まとめると、まさにいい事尽くめの
画期的な技術であることがよくわかる。

【圧倒的に「速く」「安く」「正確に」】

クリスパーは非常に精度が高く、
かつ容易に扱える技術であることから、
遺伝子操作に要する期間が
飛躍的に短縮された。

たとえば
ノックアウト・マウスを作るために、
従来の手法では
1年以上もかかっていたのに、
クリスパーではたった3週間で
できるようになった。

そして、
このように開発期間が短縮されれば、
当然それに要するコストも下がる。

つまりクリスパーとは、
従来よりも圧倒的に
「速く」「安く」「正確に」
遺伝子を操作できる技術
なのだ。

そう言えば、
2018年に放送された
NHK「最後の講義」という番組内で、
講師の福岡伸一さんが、
「20年ほど前は
 ノックアウト・マウスを作るのに、
 3年という時間がかかり、
 ポルシェ3台分くらいの費用がかかった」
という話をしていた記憶がある。

このゲノム編集技術を
手に入れることによって、
科学者(つまり人間)は、
DNAという「生命の設計図」を
自由自在に改変できるようになった


これについては
人がついに神の領域に
 足を踏み入れた

との見方さえある。

その結果、ゲノム編集技術を使った

* 肉量が従来の1.5倍に増加した真鯛
  筋肉の成長を抑制する
  ミオスタチン遺伝子を
  クリスパーで切断(破壊)
* 肉量が2倍に増加した牛
* 角の生えてこない乳牛
* 腐りにくいトマト
* 油の生産効率を1.5倍に増やした藻

* 旱魃(かんばつ)に耐えられるトウモロコシ
* 従来よりも大きな収穫量が期待される小麦


などがすでに作り出されている。

「速く」「安く」「正確に」操作できる
となれば、その対象が拡大されるのは
必然だ。
対象も種類も広がり続けることだろう。

 

もちろん、農畜産物の改良以外にも
医療分野への応用の期待も大きい。

これまでの、いわば対症療法に対し、
個々の病気を引き起こす
根本的な原因である「遺伝子の変異」を
直接治療できる可能性も高まってきたからだ。

いずれにせよ、
「神の領域に足を踏み入れた」技術の
倫理的な側面からも
目を逸らすことはできない。

そんな中、「やってしまったら
まさに取り返しがつかない」という意味で
最も恐ろしいのが「遺伝子ドライブ」だ。

次回はこの「遺伝子ドライブ」について
その概要を学んでみたい。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

«「遺伝子組み換え」の技術的課題

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