« 「科学的介護」の落とし穴 (3) | トップページ | 交響曲「悲愴」の第4楽章、再び(1) »

2024年3月17日 (日)

「科学的介護」の落とし穴 (4)

(全体の目次はこちら


「科学的介護」の落とし穴 (4)

- 今ここの幸せをつかみとれたら -

 

前回に引き続き、
介護施設長 村瀬孝生(たかお)さんへの
インタビュー記事から
印象的な言葉を紹介したい。

話しているのはもちろん介護についてだが、
介護に留まらない
考えさせられる鋭い指摘満載だ。

2023年2月7日 朝日新聞
オピニオン&フォーラム
「科学的介護」の落とし穴
介護施設長 村瀬孝生(たかお)さん
へのインタビュー記事
だ。
(以下水色部、記事からの引用)

230207


だれしも避けて通れない老い。
老いへの不安には
どう向き合えばいいのだろう。

「介護現場でレクリエーションや
 リハビリのための運動をします。

 その時、健康寿命を保ち、
 自立した生活をする
 『未来への投資』という
 発想に立つとしたら、
 楽しくなりません」

「今苦しいのは、
 未来をもっと楽にしたいと
 思っているからです。

 未来にある納期に
 間に合わせる計画のため
 今を差し出す

 それよりも、
 今ここの幸せをつかみとれたら
 どれだけ楽になるか。

 今を謳歌できる人生や社会に
 作り直せるかどうかですね」

未来をもっと楽にしたいと今を差し出す、
に考えの転換を促す村瀬さん。
楽になりたい、と思いながら
その気持ち自体が、
必要以上に自分を苦しめている場合も
あるのかもしれない。

「年をとれば老眼になるとか、
 足腰が弱くなるとか機能が衰える。
 たとえ医療や技術で補完しても
 やがて限界を迎えます


「自分の体をねぎらいながら、
 その変容に応じて
 老いを堪能できる生活に変えていく

 そして生身の限界を踏まえ、
 合意を積み重ねる
 共同体になっていく。

 それが持続可能な社会の
 ありようではないでしょうか」

計4回に渡って村瀬さんの言葉を
紹介してきた。

介護の世界もテクノロジーやデータを
駆使することで改善できる、
と単純に考えてしまうことの危険性を、
タイトル通り
 「科学的介護」の落とし穴
として語ってくれた。

それは、同時に、昨今、
あらゆる分野で幅を利かせている
データ偏重、効率主義、計画管理などへの
痛烈な問題提起でもあった。

そこには、

* 『見たいもの』しか見ない現場になる

* 生活は偶然性や
 いいかげんなものに満ちていて、
 データやエビデンスで裏付けられた
 正しさがベースにあるのではない

* 介護する側の目的を遂行するために
 集められたデータで
 効率が上がるほど、
 唯一無二の人生を生きた老体は
 単純ではありません

* 人間の不完全さや弱さを排除せず、
 許容する力が失われている

* 老いを堪能できる生活に変えていく

などなど、
何度も思い返したい言葉が溢れていた。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

« 「科学的介護」の落とし穴 (3) | トップページ | 交響曲「悲愴」の第4楽章、再び(1) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

言葉」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 「科学的介護」の落とし穴 (3) | トップページ | 交響曲「悲愴」の第4楽章、再び(1) »

最近のトラックバック

2024年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ