交響曲「悲愴」の第4楽章、再び(1)
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交響曲「悲愴」の第4楽章、再び(1)
- 記事から広がっていった世界 -
チャイコフスキー作曲
交響曲第6番「悲愴」第4楽章
の冒頭の旋律についてとりあげた、
Eテレのクラシック音楽の番組
「クラシックTV」での内容を
ここに書いたところ、
この記事をきっかけに、
* 同じような例ってほかにもあるの?
* 複数の旋律が重なって演奏されたとき
何をメロディとして捉えるのか、
理論的に説明できるの?
* 昔からよく知られていたことなの?
* チャイコフスキーは
なぜそのような仕組みを採用したの?
などの疑問が、読んだ方や音楽仲間との間に
飛び交うようになり、
さらなる情報交換の輪が広がっていった。
広がったからといって
それぞれの疑問に明確な回答が得られた、
というわけではないが、ブログをきっかけに
話題が次々と展開されていくワクワク感は
ひとりでは得られないものなので、
読者や音楽仲間への感謝の思いも込めて
記録としてその内容を残しておきたい。
まずは先の記事を簡単に復習しておこう。
1stバイオリンと2ndバイオリンは
こう弾いているのに
聴衆は、なぜか(?)
の黄色丸の音を繋げて
メロディとして認識してしまう。
まさにチャイコフスキーに
魔法をかけられたような第4楽章冒頭。
(先の記事では
演奏(音)付きで紹介しているので、
詳しくはそちらを参照いただきたい。
なお、本記事の中ではこの部分を
便宜的に「交叉奏法」と呼ぶことにする)
この記事の投稿後に得られた追加情報を
整理してみるとこんな感じ。
(1) スコアの解説欄に
何らかの詳細説明はないのか?
(1-a) 1968年版の音楽之友社のスコア
(以下水色部引用)
(1から)が弦ででる。
注意すべき点は,
第1バイオリンと第2バイオリンとが
主旋律の一音符ずつを交互にひいて
(1,3)旋律からなめらかさを
奪い去っていることである。
(この主題が後に90から再びでる時は,
主旋律が第1バイオリンに
でているから比較されたい)。
「90から再びでる時は」とあるので、
90小節目を見てみよう。
90小節で
第1バイオリンが弾いているのは、
楽章冒頭で黄色丸の音を繋げて
メロディとして認識した、
まさにそのままだ。(黄色矩形部)
それにしても
「一音符ずつを交互にひいて」
「旋律からなめらかさを奪い去っている」
なんて。
いずれにせよ、50年以上前のスコアに
すでにこの記述。交叉奏法は
古くから知られていた構造のようだ、
と思わず漏らしたところ
さらに古いスコアを提供してくれた方も。
奥付がなく、発行年が不明なのだが、
1957年に購入した、とのメモがある。
(1-b) 1957年以前に発行された
日本楽譜出版社のスコア
(以下薄緑部引用)
ロ短調四分の三拍子で、
ヴァイオリンで奏せられる
下降的な主題は、
深い思いに沈むが如き感じである。
(第一と第二ヴァイオリンが
旋律を交叉して奏するから、
實際の旋律は第90小節と同じになる)
(70年近くも前の印刷物ゆえ
使われている漢字も含め
時代を感じていただきたく画像も添付)
こちらにも
「第一と第二ヴァイオリンが
旋律を交叉して奏する」
と交叉奏法の記述がある。
しかも
「實際の旋律は第90小節と同じ」
とも。
音楽之友社版、日本楽譜出版社版、
どちらのスコアの解説にも
「一音符ずつを交互にひいて」
「旋律を交叉して奏する」
との記述はあったし、
90小節目では第1バイオリンのみが主旋律、
との認識も共通だったが、
残念ながらそれ以上の解説はなかった。
(2) 交叉奏法採用の理由・効果
(2-a) 対向配置のときのステレオ効果
交叉奏法の効果について、
「ホルン吹き」の知人からは、
「当時の私のホルンの先生は、
対向配置のときのステレオ効果を
狙ったのかな?
とかコメントしていました」
なるメールをもらった。
対向配置とは、
第1バイオリンと第2バイオリンが
両サイドで向き合うような配置のこと。
第1・第2バイオリン間を
一音ごとに
パタパタとメロディが動くのだから
確かにステレオ効果は期待できそうだ。
14ページからなる江田司さんの論文
(2-b) チャイコフスキー作曲
《悲愴》交響曲をめぐる
鑑賞指導の研究
(薄茶部は論文(2-b)からの引用)
にも
「対面配置」による
ステレオ音響的効果を得るため
とする考えも,2000年代に入り,
世界の著名なオーケストラが
作曲家の生きた時代の
伝統的なこの配置を採用する頃から
多く語られるようになっている
なる記述がある。
ところが、このステレオ効果、
実際には期待できないという
研究もあるようで、同じ論文内に
対向配置であったとしても,
聴き手にはそれぞれの音進行を
ステレオ音響的には聴き取れないことを
実験結果から裏付けられている
との紹介もある。
そのうえで、江田さんは
第1楽章の出だしのファゴットの
H-Cis-D-Cis(動機X)が
曲全体を支配していて、
第2,3楽章の主題労作等から,
第4楽章のバイオリン・パートにおける
特異な書法は,
動機Xを敢えて目に付くよう配置したと
推察されるのである。
と結論づけている。
もちろん、
ほんとうの意図はチャイコフスキーに
聞いてみないとわからないが、
多くの人を惹きつける魅力が
「特異な書法」による交叉奏法にはある。
この話、もう少し続けたいが、
今日はここまで。
最後にひとつ番外のおまけを。
(XX) 番外のおまけ
「記事、読みましたよ」という
知人に会った時のこと。
「交叉奏法の記事、読んでいたら
これを思い出しちゃいました」と
おもむろにメモ用紙を取り出し、
「おわだまさこ かわしまきこ」を
二行に分けてひらがな書きをし始めた。
意味がわからずポカンとしている私に
「こうやって交叉奏法のメロディのごとく
一文字ごとに丸をつけると・・」
赤丸でも、黄丸でも
両名の名前が成立する偶然。
チャイコフスキーから
こんな話に繋がるなんて。
思いもかけない飛躍にこそ
人との会話の醍醐味がある。
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