「空席日誌」という散文集
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「空席日誌」という散文集
- 詩人が見せてくれるパラレルワールド -
ちくわを食べている女の人がいた。
というちょっとびっくりするような
ホームでの描写で始まる
「つかのまのちくわ」を
巻頭に持つ
蜂飼 耳 (著)
空席日誌
毎日新聞社
(書名または表紙画像をクリックすると
別タブでAmazon該当ページに。
水色部は本からの引用)
は、蜂飼耳(はちかい・みみ)さんという
詩人の著作だ。
詩人のものではあるが、
見開き2ページの散文がメインで、
詩は含まれていない。
ちくわならば違和感が生じるのは、
なぜだろう。
と思いながら、
ホームで2本のちくわを食べきった
女性と一緒に少し遅れてきた電車に乗る。
ちくわを食べた口元をぬぐう。
それから、蝶のかたちの
手鏡と口紅を取り出して、
塗りはじめた。
みるみるうちに、
ちくわとは無関係に見える
明るい唇が完成した。
で掌篇を閉じている。
なんなのだろう。この不思議な読後感。
詩人ゆえの視点、感性、
言葉選びのせいなのか、
目の前の現実世界の記述を通して、
パラレルワールドというか、
並行した別世界が見えてくるような
ある種の独特な浮遊感がある。
「列から外れる」は、
並木はどこか学校に似ている。
整列しているからだ。
と始まっている。そして、桜並木の中の
枯れてしまった一本の桜を中心に
話が進んでいく。
花が咲かない枯れてしまった木は、
しばらくして、
根元から伐(き)られてしまう。
列から外されるのだ。
外れたくて咲くのを
やめたのかもしれない木だった。
外されたくて、の思いもありうることを
さらりと提示する一方で、
はじめからなかったかのように、
馴染んでいく。
そばの電柱は何食わぬ顔で
烏をとまらせる。
こんなに速やかに、と
心ぼそくなるほどの速度で
馴染んでいくのだった。
とそれに馴染んでいくことの
速さを寂しがっている。
伐られたのではなく
遠くへ飛び去ったのだと、
思いたくなる。
かたちをなくしながら、
どこか遠くへ。
桜並木の枯れてしまった一本から、
広がる想像の世界。
「こんなことがありました」
ただそれだけなのに、丁寧な描写からは
様々な世界を感じることができる。
主張があるわけではない。
発見があるわけでもない。
それでも、詩人の文章には
不思議な力が宿っている。
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