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2024年2月

2024年2月25日 (日)

「科学的介護」の落とし穴 (1)

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「科学的介護」の落とし穴 (1)

- 生活のベースは正しさではない -

 

昨年の新聞記事になってしまうが、
介護施設長へのインタビュー記事が
たいへん内容の濃いものだったので、
印象的な言葉を紹介しながら、
ここに残しておきたい。

話しているのはもちろん介護についてだが、
介護に留まらない
考えさせられる鋭い指摘満載だ。

2023年2月7日 朝日新聞
オピニオン&フォーラム
「科学的介護」の落とし穴

介護施設長 村瀬孝生(たかお)さん

へのインタビュー記事。
(以下水色部、記事からの引用)

230207

 

より少ない介護職員で
サービスの質向上を目指すとして、
現場から集めたデータを使って
高齢者の自立支援に取り組む
「科学的介護」を国が進めている

テクノロジーを活用して
「より少ない人手でも回る現場」を
目指すことで、
介護の質は向上するのだろうか?

村瀬さんは、いきなりズバリ!
こうコメントしている。

「科学が必要な場合もあるでしょう。
 でも、データやエビデンス重視の
 ロジックが浸透すると、
 『見たいもの』しか見ない現場
 になる。
 それをおそれます」

『見たいもの』しか見ない、とは
具体的にはどういうことだろう。

たとえば、
膀胱内の尿量を測る機器がある。
尿がたまったとセンサーが知らせてきた
タイミングでトイレへ誘導できれば、
オムツを使わないで
済むようになるかもしれない。

すごく有効な方法のように思えるが、
村瀬さんはこう言う。

「でも、お年寄りは、
 尿がたまっていなくても
 トイレに行きたがることが
 よくあります。

 もし正確に尿量を感知できる
 センサーが反応しなければ、
 そのお年寄りを
 トイレに連れて行くでしょうか」

センサーが反応していなければ、
おそらく連れてはいかないだろう。

でもそれは、尿は出ないのに
トイレに連れて行く、
そんなムダな労力が省けるわけだから、
現場は楽になり生産性も上がるのでは、
とも言いたくなるが・・・

「そうでしょうか。
 僕らの現場では、
 『おしっこ』という声を聞いたなら、
 それにつきあい、なぜ本人の実感が
 そうなのか考える。

 その営みが端折られ、
 『生産性を上げるために』と
 介護職員が尿量しか見なくなると、
 老体が発するサインを
 感受する力が育たない

物理的な「尿量」と
「老体が発するサイン」は一対一ではない。
「サインを感受する力」はまさに
養う必要があるということなのだろう。

生活は偶然性や
 いいかげんなものに満ちていて、
 データやエビデンスで裏付けられた
 正しさがベースにあるのではない


 制度が定める目的や価値、
 意味が先行する介護は、
 生活から乖離すると思うのです」

「生活は偶然性や
 いいかげんなものに満ちていて、
 データやエビデンスで裏付けられた
 正しさがベースにあるのではない」
は実感に裏付けられた深い言葉だ。

「生活から乖離する」理由を
こう説明してくれている。

ケアで重要なのは
 『知る』ことよりも
 『受け止める』こと
だからです。

 『これが嫌だ』という
 お年寄りの実感を
 意味がわからなくても受け止めて、
 『かわりにこうしよう』という。

 それも拒絶されたら、
 また別のやり方を考える。
 このやりとりを繰り返して、
 信頼関係が積み上がる」

最初に聞いた、
『見たいもの』しか見ない現場
への問題意識がより具体的に伝わってくる。

介護するために相手を知るという
 知識の対象として関わるのではない


 お年寄りと介護職が2人の体で
 『今、どうしたいのか』を
 リアルにつかむ。
 そのために合意を積み重ねるんです」

たったこれだけのコメントの中に、
どれだけ考えさせられる言葉が
溢れていることか。

繰り返しになるが、
「老体」や「ケア」や「介護」を
カッコ付きにして、
再度抜き出しておきたい。

カッコ内を空白にして読むと
それに換わる身近な言葉が
自然に浮かんできてドキリとさせられる。

*データやエビデンス重視の
 ロジックが浸透すると、
 『見たいもの』しか見ない現場
 になる

*(老体)が発するサインを
 感受する力が育たない

*生活は偶然性や
 いいかげんなものに満ちていて、
 データやエビデンスで裏付けられた
 正しさがベースにあるのではない。

*(ケア)で重要なのは
 『知る』ことよりも
 『受け止める』こと

*(介護)するために相手を知るという
 知識の対象として関わるのではない。

村瀬孝生さんの言葉、
次回も続けたい。

 

 

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2024年2月18日 (日)

小澤征爾さんのリズム感

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小澤征爾さんのリズム感

- 文章のリズムと音楽のリズム -

 

指揮者の小澤征爾さんが、
2024年2月6日、88歳で亡くなった。

恩師の斎藤秀雄の名を冠する
サイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)を
創設した指揮者の秋山和慶さん
「本当の兄のように」慕った
小澤さんとの日々を

2024年2月11日の朝日新聞

240211
の記事で語っているが、
その中に、こんな言葉がある。

小澤さんの音楽の特徴を一言でいえば、
やはりあのリズム感

そして瞬発力です。

どこをちょっと緩めようとか、
ぐっと持ち上げようとか、
そうしたペース配分が
すごく上手だった。

「小澤さんの音楽の特徴はリズム感」
この記事を読んで思い出した本がある。

小澤征爾, 村上春樹 (著)
小澤征爾さんと、音楽について話をする

新潮社

(書名たは表紙画像をクリックすると
 別タブでAmazon該当ページに。
 以下、水色部は本からの引用)

村上春樹さんとの対談を記録した
単行本で370ページを越える
ちょっと厚めの本だ。

その中に
リズムに関してこんなやりとりがある。

村上春樹さんが、文章を書く方法を
音楽から学んだ、と言うシーン。

で、
何から書き方を学んだかというと、
音楽から学んだんです。
それで、
いちばん何が大事かっていうと、
リズムですよね


リズムがないと、
そんなもの誰も読まないんです。

前に前にと読み手を送っていく
内在的な律動感というか……。

機械のマニュアルブックが
リズムのない文章の典型だ、
と例を挙げなら、
文章のリズムについて、
村上さんは丁寧に説明を続ける。

言葉の組み合わせ、
センテンスの組み合わせ、
パラグラフの組み合わせ、
硬軟・軽重の組み合わせ、
均衡と不均衡の組み合わせ、
句読点の組み合わせ、
トーンの組み合わせによって
リズムが出てきます。

ポリリズムと言って
いいかもしれない


音楽と同じです。
耳が良くないと、
これができないんです。

文章のリズムについての
一連の説明を聞いたあとの
小澤さんの言葉がコレ。

文章にリズムがあるというのは、
僕は知らなかったな。

どういうことなのか
まだよくわからない。

2度見、どころか3度見するくらい
びっくりしてしまった。

あれほど音楽のリズムに敏感な人が
文章にはそれを感じていないなんて。

逆に、小澤さんほどの人が
感じていないのだとすると、
私が文章に感じているものは単なる幻!?
と疑ってしまうほど。

村上さんの言う
「文章で大事なのはリズム」
にはいたく賛同できるものの、
小澤さんの言葉を聞いて以来、
音楽に感じるリズムとは
実は別なものなのかも、
とも思うようになっている。

 

 

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2024年2月11日 (日)

「空席日誌」という散文集

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「空席日誌」という散文集

- 詩人が見せてくれるパラレルワールド -

 

駅で、立ったまま、
ちくわを食べている女の人
がいた。

というちょっとびっくりするような
ホームでの描写で始まる
「つかのまのちくわ」
巻頭に持つ

蜂飼 耳 (著)
空席日誌
毎日新聞社

(書名または表紙画像をクリックすると
 別タブでAmazon該当ページに。
 水色部は本からの引用)

は、蜂飼耳(はちかい・みみ)さんという
詩人の著作だ。
詩人のものではあるが、
見開き2ページの散文がメインで、
詩は含まれていない。

チョコレートなら構わず、
ちくわならば違和感が生じるのは、
なぜだろう。

と思いながら、
ホームで2本のちくわを食べきった
女性と一緒に少し遅れてきた電車に乗る。

紙を出して、
ちくわを食べた口元をぬぐう。
それから、蝶のかたちの
手鏡と口紅を取り出して、
塗りはじめた。

みるみるうちに、
ちくわとは無関係に見える
明るい唇が完成
した。

で掌篇を閉じている。

なんなのだろう。この不思議な読後感。

詩人ゆえの視点、感性、
言葉選びのせいなのか、
目の前の現実世界の記述を通して、
パラレルワールドというか、
並行した別世界が見えてくるような
ある種の独特な浮遊感がある。

 

「列から外れる」は、

どんな種類の木であっても、
並木はどこか学校に似ている。
整列しているからだ

と始まっている。そして、桜並木の中の
枯れてしまった一本の桜を中心に
話が進んでいく。

花が咲かない枯れてしまった木は、
しばらくして、
根元から伐(き)られてしまう。

やはり、枯れ木は
列から外されるのだ。
外れたくて咲くのを
やめたのかもしれない
木だった。

外されたくて、の思いもありうることを
さらりと提示する一方で、

なくなってみれば、それはそれで、
はじめからなかったかのように、
馴染んでいく。

そばの電柱は何食わぬ顔で
烏をとまらせる。

こんなに速やかに、と
心ぼそくなるほどの速度で
馴染んでいく
のだった。

とそれに馴染んでいくことの
速さを寂しがっている。

ついこないだまでそこに在った木。
伐られたのではなく
遠くへ飛び去ったのだ
と、
思いたくなる。

かたちをなくしながら、
どこか遠くへ。

桜並木の枯れてしまった一本から、
広がる想像の世界。

「こんなことがありました」
ただそれだけなのに、丁寧な描写からは
様々な世界を感じることができる。

主張があるわけではない。
発見があるわけでもない。
それでも、詩人の文章には
不思議な力が宿っている。

 

 

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2024年2月 4日 (日)

小惑星「仮面ライダー」

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小惑星「仮面ライダー」

- 星に名前がつけられたら -

 

野矢茂樹 (著)
言語哲学がはじまる

岩波新書

(書名または表紙画像をクリックすると
 別タブでAmazon該当ページに。
 以下、水色部は本からの引用)

は、フレーゲ、ラッセル、
そしてウィトゲンシュタインという
3人の天才哲学者が、
言葉についてどう考えてきたのか、
その過程を丁寧にたどりながら、
ふだん何気なく使っている
言葉の根本に迫ろうという
言語哲学の本だが、
183ページにこんな一行がある。

1995年、中村彰正さんによって
小惑星が発見され、
「仮面ライダー」と命名された

現実世界で起こった事実の一例として
あがっているだけで、
もちろん言語哲学とは全く関係がない。

にしても、「仮面ライダー」という名の
小惑星があるなんてぜんぜん知らなかった。

で、中村彰正さんってどんな方?と
ちょっと調べてみてさらに驚いた。

詳しくはWikipediaの「中村彰正」
を御覧いただきたいが、
中村さんは、
愛媛県久万高原町にある
久万高原天体観測館の職員らしく、
1994年に「久万」を発見したのに始まり
2002年に通算100個目の小惑星を発見
とある。

国立天文台のこのページに、

新発見の小惑星の場合には、
新しく発見されてから
軌道何周分かの観測がされ、
軌道がはっきりすると、
まず番号がつけられます。

そして同時に、発見者に対して、
その小惑星に名前を提案する権利が
与えられます


名前は、
「16文字以内であること」や
「発音可能であること」
「主に軍事活動や政治活動で
 知られている人や事件の名前を
 つける場合には、
 本人が亡くなったり
 事件が起こってから
 100年が経過していること」
など、いくつかの制約はありますが、
その範囲内で
好きな名前をつけることができます

とある通り、小惑星に対しては
発見者に命名権がある。
つまり中村さんは、100個以上の小惑星の
名付け親というわけだ。

上記Wikipediaのページから
「仮面ライダー」以外も見てみたい。
一部引用すると・・・

名前 番号 由来
伊丹十三 7905 Juzoitami 高校時代に愛媛県に住んでいた
映画監督・伊丹十三
聖子 8306 Shoko 歌手・沢田聖子
しまなみ海道 9235
Shimanamikaido
しまなみ海道
デンソー 10850 Denso かつて勤務していたデンソー
仮面ライダー 12796 Kamenrider 仮面ライダー
カンチ 15370 Kanchi 『東京ラブストーリー』の登場人物
リカ 15415 Rika 『東京ラブストーリー』の登場人物
錦帯橋 15921 Kintaikyo 山口県の錦帯橋
紀洋 29737 Norihiro 野球選手・中村紀洋
俊輔 29986 Shunsuke サッカー選手・中村俊輔
カープ 44711 Carp プロ野球チーム・広島東洋カープ
やなせ 46643 Yanase 漫画家・やなせたかし
アンパンマン 46737 Anpanman アンパンマン
丹下健三 49440
Kenzotange
愛媛で少年期を過ごした
建築家・丹下健三
真鍋博 54237
Hiroshimanabe
愛媛県出身の
イラストレーター・真鍋博
山頭火 58466 Santoka 山口県出身の俳人・種田山頭火
虚子 58707 Kyoshi 愛媛県出身の俳人・高浜虚子
優作 79333 Yusaku 山口県出身の俳優・松田優作
坊っちゃん 91213 Botchan 夏目漱石の小説『坊っちゃん』
坂の上の雲 91395
Sakanouenokumo
司馬遼太郎の
小説『坂の上の雲』
金子みすゞ 100309
Misuzukaneko
山口県出身の童謡詩人
金子みすゞ
じゃこ天 202909 Jakoten 愛媛県南予地方の
特産品・じゃこ天
松下村塾 208499
Shokasonjuku
松下村塾

小惑星とは言え、「星の命名」と聞くと
やはり独特のロマンがある。

もし、自分にその権利が与えられたら
どんな名前をつけるだろう。

でも、それが嬉しいのは
一個、二個の時の話なのかもしれない。
100個以上となったらどうなるだろう。
一覧表からは苦労のあとが偲ばれる。

もちろん私個人の勝手な思い込みで、
100個以上もの星の名前を
どんなふうに考えて決めたのか、
ほんとうのところは
ご本人に聞いてみないとわからないが。

ちなみに
AstroArtsのこのページによると

太陽系天体のうち
惑星や衛星、彗星などを除くものは
「小惑星」と呼ばれます。

2023年3月14日現在で
1,264,630個の小惑星が
見つかっています。

発見された小惑星は126万個!?

*「仮面ライダー」「アンパンマン」
 という名前の小惑星が
 ほんとうにあるということ。
*たった一人で
 100個以上もの小惑星を発見し、
 正式に命名している人が
 日本にいるということ。
*小惑星は発見されたものだけで
 100万個以上もあるということ。

言語哲学の本を読みながら、
言語哲学とは全く関係ないネタで
3連発の大きな驚き。

読書は
どこで世界を広げてくれるかわからない。

 

 

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