読書を支える5つの健常性
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読書を支える5つの健常性
- 「本好き」たちの無知な傲慢さ -
みずからも重度障害者である
市川沙央さんが書いた
重度障害者(井沢釈華)を主人公にした
小説「ハンチバック」は2023年
第169回芥川賞を受賞している。
市川 沙央 (著)
ハンチバック
文藝春秋
(以下水色部、本からの引用)
この小説から引用するなら
やはり本文27ページにある
この衝撃的な一節だろう。
目が見えること、
本が持てること、
ページがめくれること、
読書姿勢が保てること、
書店へ自由に買いに行けること、
― 5つの健常性を満たすことを
要求する読書文化のマチズモを
憎んでいた。
その特権性に気づかない
「本好き」たちの無知な傲慢さを
憎んでいた。
まさに、その特権性に
まったく気づいていなかった
「本好き」のひとりである私は
ほんとうにドキリとさせられた。
ちなみに、マチズモとは、
デジタル大辞泉(小学館)によると
マチスモ【machismo】
《「マチズモ」とも。
ラテンアメリカで賛美される
「男らしい男」を意味する
スペイン語のmachoから》
男っぽさ。誇示された力。
男性優位主義。
を意味する言葉らしい。
このあたりの言葉の選び方と
出版後の反響について、
著者の市川さんが、
障害者文化論の学者である荒井裕樹さんと
往復書簡でやりとりしているようすが
雑誌「文學界」に載っている。
市川沙央⇔荒井裕樹 往復書簡
「世界にとっての異物になってやりたい」
雑誌 文學界 2023年8月号
文藝春秋
(以下緑色部、本からの引用)
まずは、市川さんの言葉。
本来ならエイブリズム
とするべきところを、
わざとマチズモとした私の底意は
想定以上の効果を発揮しながら
読者の皆様に
刺さりにいっているみたいで、
実のところ私は今うろたえています。
(「言葉が強い」
とのご感想に触れるたび、
そこまで刺すつもりはなかった、
良心ある人々の心を
脅かすつもりはなかったと、
ひたすら申し訳ない気持ちに
なっています。)
うろたえつつも、
至らぬばかりの拙作において
唯一会心の出来と言える箇所は
やはりそこなのだろうと思います。
エイブリズムではなく
マチズモというルビを振った時点で
私は小説家になったのかもしれません。
それに対して、
「本好き」のひとりであろう荒井さんも、
私が感じた「ドキリ」を
うまく言葉にしてくれている。
<マチズモ>とルビを振られたのには
驚きました。
紙の本に慣れ親しんでいること。
紙の本に愛着があること。
そんな素朴な感覚に
この言葉を投げつけられ、
私自身胸がしくしくと痛みました。
自分は誰のことも傷つけていない。
問題なくスマートに振る舞えている。
そう信じて疑っていない感覚を
鋭く刺されたような思いです。
<エイブリズム>より
<マチズモ>の方が
ダメージが大きいのは、
「良心的市民」を装う
私を含めた少なくない人が、
普段この言葉で他人のことを
責めることには慣れていても
(この言葉で誰かを責めることで
「良心的市民である自分」を
演じることには慣れていでも)、
自分自身が責められるなど
夢にも思ってないからでしょう。
往復書簡は、荒井さんが
福祉制度が整えられる反面、
「生きる」という営みが
「福祉」という枠の中に、
小さく、狭く、
閉じ込められているのではないか。
と書き、市川さんが
福祉領域のものごととして捉え、
押しやろうとする考え方があった
努力して「獲得」しなければ
ならないこと。
何気ない
日常のしぐさであるべき営みが、
「障害等級」や「算定単位数」や
「加算」という用語と時間の
制約に括られ、
福祉サービスとして評価されることで、
失われていく何か。
と返信して続いていく。
読書権のことだけでなく
*「生きる」ことが
「福祉サービス化」してしまった
ことへの違和感や危機感
*そこで失われていくものへの言及
などなど、自分自身の
「無知な傲慢さ」に気付かされる
内容が続いており、
「ドキリ」だけでは言葉が足りない。
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