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2023年9月17日 (日)

苦しめるのは自らを守ろうとするシステム

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苦しめるのは自らを守ろうとするシステム

- 傷つき得るがゆえに生きている -

 

2023年ももう9月の半ばなので、いまごろ、
昨年(2022年)読んだ本の私的ベスト1は、
なんて書くのはタイミング的には
ほんとうにヘンなのだが、
あえて書かせていただいくと
22年年末に上梓された

下西 風澄(著)
生成と消滅の精神史
終わらない心を生きる
文藝春秋

であった。

とにかくすばらしい本で、
すぐにでもこのブログで
紹介したいと思っていたのだが、
濃い内容のどこをどう書いたらいいのか
迷っているうちに、書き始められないまま
9月になってしまった。

「紹介したい本」のリストが
どんどん成長していて、(自分自身への
読書メモ・備忘録も兼ねている)
ブログのほうがまったく追いついていない。

 

というわけで(?)
上の本の話は後回しになってしまうが、
今日はその著者下西風澄さんが
雑誌「新潮」に寄せた文章について
紹介したい。

下西風澄
生まれ消える心
― 傷・データ・過去
雑誌新潮 2023年5月号

(以下水色部、本からの引用)

2021年に亡くなった
フランスの哲学者
ジャン=リュック・ナンシー
のエピソードがたいへん興味深い。

ナンシーは50歳を過ぎて
心臓移植の手術を受けた。

彼は闘病しながら、
侵されていく自らの身体を通じて
生きることを書き綴った。

病床に横たわる身体は
たくさんの医療機器に繋がれ、
知らない機械たちが自らの命を
繋ぎとめている。

移植された見知らぬ人間の心臓を、
自らの免疫システムが攻撃し、
心身は不調をきたしている。

毎日服用する様々な薬剤は、
副作用でどんどん私を
滅ぼしていくように思える。

自分を助けてくれるのは、
自分の外部に存在していたはずの
機械や他者の臓器であり、
自らを苦しめるのは
自らを守ろうとするシステム
である
という矛盾に、
ナンシーは困惑していた。

他者が助けようとしてくれている一方、
本来は自分を守る機能が
逆に自分を苦しめている矛盾。

一個の私は、
侵入する無数の他者たちによって
生かされるとともに傷ついていく、
他者たちとの共生者なのだ。

下西さんはこう書いている。

もしかすると、
西洋の精神史が望んできた
「強い心」というのは、
私たちが若く健康で、そして
豊かな場所に生まれついた状況が
たまたま可能にしていた、
例外にすぎなかったものを、
理想的に理念化したもの
だった
のかもしれない。

西洋の精神史において、強い心は
他者から切り離された自律的なもの、
を前提に語られてきた。
でもそれが実現できる状況自体、
実は例外にすぎなかったのかもしれない。

ナンシーは

「われわれは、
 しだいに数が多くなる
 わたしの同類たちとともに、
 実際ある
 ひとつの変容の端緒なのだ」

と語ったという。

自己の同一性を
いかにして確立するか
という使命を担ってきた
西洋哲学において、

変容とは
同一性をかき乱すエラー
である。

しかし、
死の側で弱く傷つきながら
生き延びようとしたナンシーは、
私とはひとつの変容なのだ
と語った。

他者を切り離すのではなく、
他者との共生者として変容していく
不滅を実現するものは「強固」ではない。

私たちは、不滅であるがゆえに
生きているのではなく、
小さな生成と消滅を繰り返しながら
変容していくがゆえに生き延びている

私たちは無傷であるがゆえに
生きているのではなく、
傷つき得るがゆえに生きている

変容していくがゆえに生き延びている、
傷つき得るがゆえに生きている。

「傷」をキーワードに、
話は近年急成長している
AI(人工知能)との対比へと広がっていく。
次回に続けたい。

 

 

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