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2023年4月

2023年4月30日 (日)

研究者から見た「次世代シークエンサ」

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研究者から見た「次世代シークエンサ」

- 古代DNA研究の活況の背景に -

 

篠田 謙一 (著)
人類の起源 - 古代DNAが語る
ホモ・サピエンスの「大いなる旅」
中公新書

(以下水色部、本からの引用)

を読みながら
「ミトコンドリア」「Y染色体」「SNP」
学術論文に「人種」は使えない
ゲノム解析が歴史解釈に与える影響
などについて書いてきたが
最後はこんな指摘をメモしておきたい。


スペイン語の
Bonanza(ボナンザ)という単語は、
「豊富な鉱脈」や「繁栄」を
意味する言葉です。

英語では
「思いがけない幸運」、
「大当たり」という意味も
持っています。
一見なじみのないこの言葉ですが、
ここ数年、古代DNA研究の
活況を表す言葉
として
盛んに使われるようになっていることを
ご存じでしょうか。

で始まる本書。
その背景には
「次世代シークエンサの実用化」
大いに関係しているという。

今世紀の初めごろまで、
技術的な制約から古人骨は
細胞内に数多く存在する
ミトコンドリアDNAしか
分析できなかった。

しかし2006年に
次世代シークエンサが実用化
すると、
大量の情報を持つ
核のDNAの解析が可能になります。

その後、
2010年にネアンデルタール人の持つ
すべてのDNAの解読に
初めて成功する
など、
古代DNA解析にもとづいた
人類集団の成り立ちに関する研究が
非常に活発になり、
現在では世界各地の一流科学誌に
毎週のように論文が掲載されています。
古代DNA研究はまさに「ボナンザ」
の時代を迎えている
のです。

この「ボナンザ」の時代を迎えている
古代DNA研究の最新の成果を
わかりやすくまとめて
解説してくれているのが本書だ。

骨子をなす成果は、
主として次世代シークエンサの
実用化(2006年)以降に得られたデータを
もとにしているらしいので、
まさにここ15年ほどの
比較的新しい情報が満載、
活況という言葉は大げさではないようだ。

なので、肝心な成果のほうが気になる方は
書籍を手にとって、
本文をじっくりお読みいただきたい。

本欄では、強力な武器になっている
「次世代シークエンサ」についての注意点・
問題点・課題を冷静にコメントしている
「おわりに」の一部を紹介したい。

まさに研究者でないと
わからない部分
でもあるので、
単に成果だけでなく、
こういった内容の発信の価値は
たいへん大きいと思う。

(1) データの精度

人骨にわずかに残るDNAを
解析している以上、
実際にはデータの精度に
ばらつきがあることも事実
です。

当然ながら、得られる結論の信憑性は
ゲノムデータの質に
依拠することになり、
その点が危うい論文も
少なくありません


本書では、信頼性の高いデータに
照準を絞った
ため、
あえて取り上げなかった
研究もあります。

まずは基本となるデータの精度。
古いうえに量もわずかとなれば
安定しているとは言えないのだろう。

(2) 研究体制

それまでの
ミトコンドリアDNAベースの研究だと、
研究組織はせいぜい数名で、
一人でサンプリングからDNA分析、
論文の作成までのすべてのプロセスを
行うことも珍しくはありませんでした。

しかし、
次世代シークエンサを用いた研究は、
数十名、時には百名を超える
研究者による共同作業でなければ
実施できません


生化学やバイオインフォマティクスの
高度な知識も必要です。

DNA試料の調整プロセスも
従来の方法よりずっと複雑になり、
大量のゲノムデータを処理するための
大型コンピュータが欠かせません

数十名から百名規模の共同作業とは。
各人の作業内容まではわからないが
もはや、大学の一研究室で対応できる
レベルのものではなくなっているようだ。

(3) 巨額の資金

研究のためには
巨額の資金が必要になります。

実際、本書で取り上げた研究の
大部分は、
世界の十指に満たない研究施設
いわゆるビッグラボから
生み出されたものとなっています。

古代DNA研究を百名規模で、
となれば、そりゃぁ人にも設備にも
かなりの資金が必要になることだろう。
にしても、
「世界の十指に満たない研究施設」
に集中してしまっているとは。

(4) 現地の言葉

特に、自国では
古代ゲノム解析ができない国々
研究者からサンプルの提供を
受ける場合は要注意です。

報告書には人骨の持つ
考古学的なバックボーンが
現地の言葉で書かれていることも多く

それを考慮しないまま
ゲノムデータの解釈が行われたり、
考古学や形質人類学などの
他の研究で得られたデータと
照合して検証する作業が
抜け落ちてしまったりする危険性

あります。

前項「世界の十指に満たない研究施設」
と共に、
ぜひ書き残したかったのがこの項目。

ゲノム解析は
有力なひとつの手法ではあるが、
それですべてがわかるわけではない

現地の情報や
他の調査や学問からの成果を
組み合わせることで
初めてより正確な古代の姿が
見えてくる。

解析を頼む方と頼まれる方、
fairな情報交換と
双方のrespectがあってこそ
より正確な成果に結びつくのであり、
それでこその
「活況」であるべきだろう。

言葉はやさしいが、
見落としてはいけない
鋭く厳しい指摘だと思う。

 

 

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2023年4月23日 (日)

ゲノム解析が歴史解釈に与える影響

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ゲノム解析が歴史解釈に与える影響

- 遺伝子研究と政治形態の関係 -

 

篠田 謙一 (著)
人類の起源 - 古代DNAが語る
ホモ・サピエンスの「大いなる旅」
中公新書

(以下水色部、本からの引用)

を読みながら
「ミトコンドリア」「Y染色体」「SNP」
学術論文に「人種」は使えない
などについて書いてきたが、
本には、ゲノム研究が
歴史の解釈に影響を与えた例について
たいへん興味深い話があったので、
今日はその部分を紹介したい。


世界史でも日本史でも、
私たちが学校で習うのは、
文化や政治形態の変遷です。

他方で、ヒトの遺伝子が
どのよう変わっていったのかについては
考えることはありませんでした。

政治形態の変遷と遺伝子研究、
いったいどんな関係があると言うのだろう。

次の例で見てみよう。

「弥生時代になって
 古代のク二が誕生した」
という言い方をします。

このように表現すると、
日本列島に居住していた人びとが、
弥生時代になって自発的にク二を
つくり始めた
と考えがちです。

「自発的」かどうかはともかく
基本的には確かにそう考えることが
自然な気がする。

と言うか、
ほかにどんな可能性があるというのだろう。

けれども、
これまでのゲノム研究の結果からは、
おそらくその時代に大陸から
ク二という体制を持った集団が
渡来してきたと考えるほうが
正確だ
ということがわかっています。

古代ゲノム解析は、
これまで顧みられることが
あまりなかった文化や政治体制の変遷と
集団の遺伝的な移り変わりについて、
新たに考える材料を
提供してくれているのです。

なるほど。
大きな変化の前後で、主役であるヒトが
入れ替わっている可能性
もあるわけだ。

文化と集団(ヒト)の関係性ついて、
ちょっと整理しながら引用すると

(1) 文化だけを受け入れて
  集団を構成するヒトは変わらない
  というパターン

(2) 集団間で混血が行われるパターン

(3) 完全な集団の置換

の3パターンがある。

つまり、今回の例で言えば、
「クニ」の発生前後で、
別の集団の渡来を裏付ける
ゲノムデータが収集できたのであろう。

その文化を成立させているヒトは
同じ集団の子孫とは限らないわけだ。

こうした分析について、
文字史料がない地域や時代では、
ゲノムの解析だけが頼りです。

まだまだ実例は多くないようだが

それでも、
これまでまったく考慮されなかった
両者の関係が明らかになっていけば、
文化の変遷に関して
新たな解釈が生まれ、
考古学や歴史学、言語学にも
大きな影響を与えることが
予想されます。

文化の変遷において
主役であるヒトが、ヒトの集団が
たとえ同じ土地であっても
入れ替わっている可能性がある。
そのことを確認できるゲノム解析。

考古学との組合せで
新しい発見につながるかもしれない。
たのしみだ。

 

 

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2023年4月16日 (日)

学術論文に「人種」は使えない

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学術論文に「人種」は使えない

- 定義も境界もない -

 

篠田 謙一 (著)
人類の起源 - 古代DNAが語る
ホモ・サピエンスの「大いなる旅」
中公新書

(以下水色部、本からの引用)

は、近年のDNA分析でわかってきた
人類の進化や地域集団成立のシナリオを
丁寧に解説している本だが、
そういった遺伝学研究の見地から
「人種」について
非常にクリアな発信をしている。

今日はその部分を紹介したい。

19世紀前半には、
ヨーロッパ人が認識する世界は
地球規模に広がりました。
そして自分たちと異なる
人類集団の存在が明らかとなると、
人間の持つ生物学的な側面に注目して
集団を区分する研究が
始まることになりました。

そこから「人種」という概念が
提唱されたのです。

ところが、
20世紀後半の遺伝学研究の進展は、
この「人種」に対する概念を
大きく変えることになる。

ホモ・サピエンスは
実際には生物学的にひとつの種であり、
集団による違いは認められるものの、
全体としては連続しており、
区分することができない
ということが明確になったのです。

そもそも種という概念自体も、
それほど生物学的に厳密な定義が
できるわけではないようだ。

よく用いられる種の定義として、
「自由に交配し、
 生殖能力のある子孫を残す集団」
という考え方
があります。

これにしたがえば、
人類学者が別種と考えている
ホモ・サピエンスとネアンデルタール人、
デニソワ人のいずれも、自由に交配して
子孫を残している
ことから
同じ種の生物ということになり、
別種として扱うことはできなくなります。

おそらく他の原人も
すべて私たちと同じ種として
考えなければならなくなるでしょう。

種の定義というのは、
現生の生物に当てはめているものなので、
時間軸を入れると定義があやふやに
なってしまうようだ。

「種」という概念さえ
厳密に定義できないのですから、
その下位の分類である「人種」は、
さらに生物学的な
実体のないものになるのは当然です。

前回の用語解説にあった
SNP解析の結果においても、
ヨーロッパから東アジアにかけて
現代人の地域集団は
連続していてどこにも境界がない

人種を区分する形質として
よく用いられる肌の色にしても
連続的に変化しており、
どこかに人為的な基準を設けないかぎり
区分することはできません。

人種区分は、
科学的・客観的なものではなく、
恣意的なものだということを
知っておく必要があります。

「恣意的」という言葉を
篠田さんは使っている。
確かにそれでは科学的な議論はできない。

もともとは
ヒトの生物学的な研究から
導かれた区分である「人種」ですが、
現在では
自然科学の学術論文で
用いられることはありません


もし使っている研究があるとすれば、
それは科学的な価値の低いもの
判断できます。

「人種」という言葉を使った
自然科学の学術論文があれば
それは科学的な価値の低いものだ、
とまで言い切っている。

ゲノムデータから
集団同士の違いを見ていく際には、

同じ集団の中に見られる
遺伝子の変異のほうが
他の集団との
あいだの違いよりも大きい


ということも
知っておく必要があります。

同じもの、つまり共通性を調べるのか、
違いを調べるのか。

人の優劣を決める要因が
「違っている」ものの中にある、
と考えることは妥当なのか。

単なる研究成果の解説ではなく、
多くの視点・問題点を提供してくれる
終章となっている。

 

 

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2023年4月 9日 (日)

解析のキーは「ミトコンドリア」「Y染色体」「SNP」

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解析のキーは「ミトコンドリア」「Y染色体」「SNP」

- DNA分析関連用語を学ぶ -

 

篠田 謙一 (著)
人類の起源 - 古代DNAが語る
ホモ・サピエンスの「大いなる旅」
中公新書

(以下水色部、本からの引用)

は、近年のDNA分析でわかってきた
人類の進化や、地域集団成立のシナリオを
広く解説している本だが、
それらの根拠となる分子生物学や遺伝学、
及びそこで使われる用語については
コラムとして本文から独立させ
簡潔に説明してくれている。

特に、いつくかのキーワードは
本書に限らず、類書で近年
よく見かける用語でもあるので、
今日はそれらについて学びたい。

「遺伝子」

私たちの体を構成している
さまざまなタンパク質の構造や、
それがつくられるタイミングを
記述している設計図です。

ヒトは2万2000種類ほどの遺伝子を持つ。

「DNA」
*この設計図を書いている
 「文字」に当たるのがDNA。
*DNAと塩基はほぼ同義語
*GATCと4種ある塩基は
 GとC, AとTが
 それぞれペアになって存在するので、
 「塩基対(つい)」と呼ばれる。
*ヒトのもつDNAは全部で約60億塩基対
*設計図が実際に
 タンパク質を記述している部分は
 2パーセント程度しかない

私たちの体をつくる設計図は、
大部分が意味のない
言葉の羅列でできていて

そのところどころに
思い出したように
意味のめる文章を含んでいる、
というずいぶん奇妙なものなのです。

以前紹介した
石浦章一著
「サルの小指はなぜヒトより長いのか」
(新潮文庫)

にも
「私たちの体を作っているDNAの部分は
 全体の2%と、非常に少ないんです」
と同じ2%が登場している。
ほんとうに奇妙だ。

「ゲノム」

ヒトを構成する遺伝子の
最小限のセットを指す名称です。

したがってゲノムは
人ひとりをつくるための
遺伝子全体のセットで、
その遺伝子を記述しているのが
DNAという関係になります。

遺伝子は、もちろん
両親から受け継がれたものだ。

私たちは、自分が持っている
この二人分の遺伝子を
シャッフル(組み換え)して
一セットのゲノムをつくり、
配偶者のゲノムとあわせて
子孫に伝えています。

つまり子どもは、
両親から半分ずつの
遺伝子を貰うことになります

しかし、そこには
「半分ずつ」ではない例外が2つある。

「例外その1:ミトコンドリア」

ひとつは細胞質にある
ミトコンドリアのDNAで、
これは母親のものが
そのまま子どもに
受け渡されます。

「例外その2:Y染色体」

もうひとつは男性をつくる
遺伝子の存在するY染色体で、
これは父親から息子に
受け継がれる
ことになるのです。

「系統解析」

ミトコンドリアとY染色体のDNAは、
それぞれ母から子どもへ、
父から息子へと
直線的に受け継がれていきます


したがってその多様性は、
もともとはひとつのDNA配列から
生まれたものなので、
その変化を逆にたどると
祖先を一本道で
さかのぼることができます

この方法を「系統解析」と呼ぶ。
「祖先を一本道で
 さかのぼることができる」
そんなルートがあるなんて。

「ハプロタイプ」

各個人が持つミトコンドリアDNAや
Y染色体の配列を
ハプロタイプと呼びます。

(中略)

集団の起源などを考える際には、
ある程度さかのぼると
祖先が同じになる
ハプロタイプをまとめて、
ハプログループとして
取り扱うことにしています。

母系をさがのぼることが、
ミトコンドリアDNAの系統解析で可能なので
まさに一本道で
共通祖先にたどり着けることになる。
アジア集団の祖先がアフリカ集団にいた、
といったことが明確に示せるわけだ。

加えて、もうひとつのキーワードが
「突然変異:一塩基多型(SNP)」

両親から受け継ぐ核のDNAにも
突然変異が起こります。

ヒトのDNAの配列には、
およそ1000文字にひとつの割合で
変異があることが知られており、
この変異を
一塩基多型(SNP)と呼びます。

SNPは交配によって
子孫に受け継がれていきます
から、
新たに
突然変異によって誕生したSNPは
婚姻集団の中に
広がっていくことになります

SNPを共有している集団かどうかを
調べることで、
集団同士の近縁性を知ることができる

「ミトコンドリア」「Y染色体」
そして「突然変異:SNP」。
これらに関する遺伝における
基本的なしくみを知るだけでも
系統解析やSNP解析の意味が
よりよく理解できるようになる。

 

 

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2023年4月 2日 (日)

迷子が知性を駆動する

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迷子が知性を駆動する

- 「危機」か「新たな地図」の契機か -

 

雑誌 新潮 2021年7月号に
対談 藤原辰史+森田真生
「危機」の時代の新しい地図

(以下水色部、本からの引用)

が載っている。

農業史に詳しい藤原さんと
数学に詳しい森田さんという
めずらしい組合せによる対談だ。

その中で、題名にも含まれている
「地図」について
ちょっとおもしろいやり取りがあったので、
今日はその部分を紹介したい。

 

「ESP Cultural Magazine」という
日本で発行されていながら
全文英語のカルチャーマガジンに
アーティストの
オラファー・エリアソン
(Olafur Eliasson)

詩人で認知科学者の
プリーニ・サンダラリガム
(Pireeni Sundaralingam)
の対話が掲載されていて

その中で次のような
興味深い指摘がされていました。

すなわち、現代は誰もが
スマートフォンを
携帯するようになったことで、
「自分の現在地を見失う
 (ロストになる)」感覚を
忘れてしまった
のではないかと。

グーグルマップをはじめ
それらマップアプリを起動することで、
私たちはいつでも自分の現在位置を
正確に知ることができるようになった。

それが革命的な便利さを
もたらしてくれていることは認めつつも、
森田さんはこうコメントしている。

しかしその一方で、
「ロストになる可能性」が
無くなったことは、
人間の知性に大きなインパクトを
与える可能性があると
僕は考えています。

なぜならば、
生き物の知性は基本的に、
「自分の居場所がわからない」
状況でこそ働いてきた
からです。

古代の人類が
サバンナを彷律っていたときは、
感覚のセンサーをすべて開いて、
星々などの
自然現象を手がかりとしながら
「地図のなかの現在地」が
わからないまま旅をしていたでしょう。

「迷子の状態」であることは、
生き物にとっては知性が駆動する
条件ですらあるのではないか。

迷子が知性を駆動する、か。

ここでおもしろいのは、
「地図は確定したひとつのものではない」
ということ。 

先程藤原さんが例に挙げてくれた
「虚数」に関して言えば、
虚数と出会ったときの数学者は、
これを位置付ける「地図」を
持ち合せていませんでした。

虚数というものが何を意味し、
どういう広がりを持つ可能性があるか、
まったくわからなかった。

実は「数学が好き」と思う人と、
「苦手」と思う人の大きな分かれ目は、
「地図がないこと」を
ポジティブに捉えられるかどうか

にあるかもしれないと思うんです。

地図そのものを探す旅、
それを楽しむことだってできる。

よく「分数の割り算から
算数が嫌いになりました」という話を
聞くのですが、これも、
それまで数を理解するために
使っていた地図の上では、
分数を割ることの意味を
位置付けられないからかもしれません。

今回のようなパンデミックにおいても、
地図上で現在地がわからないことを
「危機」と考えるのか、
それとも「新たな地図」を
手に入れる契機
と思うかで、
捉え方が
まったく異なってくると感じます。

迷子になったとき、
「危機」と捉えるか、
「新たな地図」を手に入れる契機
と捉えるか。

このあと対談は、藤原さんの
地図というのは「支配者の道具」
という話に繋がっていくのだが、
本欄での紹介は
「迷子」と「新たな地図」の話までに
とどめておきたい。

ご興味があるようであれば、
本を手にとってみて下さい。

 

 

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