自然は何を使うかを気にしない
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自然は何を使うかを気にしない
- 生命体の中か外かさえ -
"Being There"は1998年に発表された
Andy Clarkによる
認知科学の記念碑的名著。
その邦訳が、文庫になって復刊した。
約100ページの付録を含めて
総ページ数630ページ強。
文庫とはいえ、持ち歩くにはちょっと重い。
アンディ・クラーク 著
池上高志、森本元太郎 監訳
現れる存在: 脳と身体と世界の再統合
ハヤカワ文庫NF
(以下水色部、本からの引用)
名著と言われるだけあって、
本文はもちろんおもしろいのだが、
この本に関しては「付録」も見逃せない。
クラーク先生を囲んでの
セミナーの様子が収録されているのだ。
開催は2011年3月8日 東京大学駒場。
そこで紹介されている「人工進化」の話は
森田真生さんの本でも引用されており
以前ここでも紹介した。
簡単に復習したい。
90年代後半、
「異なる音程の二つのブザーを
聞き分けるチップ」の設計を
人間の手を介さずに、人工進化の方法だけで
やろうとした研究がある。
結論だけを書くと、
およそ4000世代の「進化」の後に、
無事タスクをこなすチップが得られた。
ところがそこで生成されたチップは
100ある論理ブロックのうち、
37個しか使っていなかった。
これは人間が設計した場合に
最低限必要とされる論理ブロックの数を
下回る数で、普通に考えると
機能するはずがない。
さらに不思議なことに、たった37個しか
使われていない論理ブロックのうち、
5つは他の論理ブロックと
繋がってさえいなかった。
なのにこの5つのどれかを取り除くと
回路として機能しなくなってしまう。
調べてみるとこの回路は電磁的な漏出や
磁束を巧みに利用していたのである。
普通はノイズとして、
慎重に排除されるそうした漏出が、
回路基板を通じて
チップからチップへと伝わり、
タスクをこなすための
機能的な役割を果たしていたのだ。
なんて興味深い結果だろう。
すべてが、問題解決に一斉に
駆り出されているように思われた。
時間遅れ、寄生静電容量、混信、
メタスタビリティによる拘束など
低レベルの特性のすべてが
進化したふるまいの生成に
使われているのであろう」。
ここに表れている考え方は、
自然は何を使うかを気にしない
ということです。
その後、2002年の実験では、
「振動性の信号を生成する回路」を
進化させている。
クロックをもっていないものの、
近くにある
デスクトップコンピュータから
クロックの情報を盗み取る
無線受信機を進化させている
ということでした。
環境にはすでに
完璧に良くできたクロックがあって、
もっとも簡単な解決は
自分自身でクロックを
進化させることではなく、
それを盗み出すことだった
というわけです。
なるほど。今度は近くの
コンピュータにあるクロックを
盗んで使っちゃおうというわけだ。
自然は本当にこだわりがない
ということです。
自然はそれによって
問題を解決できるとみなしたことなら
何でも利用するでしょう。
まさに、リソースとノイズに
はっきりした境界はないのだ。
それは
何が外にあるか
などということにも縛られません。
使えるものは何でも使う。
それが生命体の中か外かすら
全く気にしない。
自然が採用している進化の
おもしろさ、不思議さ。
本を手にした際は、
この「付録」を読むことも
お忘れなく。
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