アルジェリアのイヘーレン岩壁画
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アルジェリアのイヘーレン岩壁画
- 信じられないタッチと空間把握 -
前回、
前々回に引き続き
「サハラに眠る先史岩壁画」
英隆行写真展
目黒区美術館 区民ギャラリー
2022年10月5日-10日
の内容を紹介したい。
展示の最後、圧巻は
*アルジェリア タッシリ・ナジェールの
イヘーレン岩壁画
実写 w824cm x h270cm
模写 w840cm x h248cm
「サハラ砂漠で発見された壁画で
最も優れた作品。
新石器時代写実派の代表作」
(フランスの考古学者アンリ・ロート)
と賞賛された美しい壁画。
ロートは、
発見翌年の1970年に調査隊を組織し、
実物大の模写を制作した。
実際の壁画は、長い歳月を経て
退色や挨の堆積などで
肉眼では見えにくくなっている部分が
多くあるためである。
たとえば、実物はこんな感じ。
これが模写により
ずいぶんわかりやすくなっており、
細部まで読み取ることができる。
ロート隊は、本模写より10年以上も前、
1956-57年の
タッシリ・ナジェール岩壁画の模写時、
次のような手順で模写を作成した。
(1) 水を含ませたスポンジで壁面を拭い、
絵を浮かび上がらせる。
(2) トレーシングペーパーを壁面に当てて
写し取る。
(3) 別の画用紙に写して彩色する。
これに対して
* 見えなくなっている部分を
想像で補筆したものが多い。
* 模写作成時に壁面を傷つけた。
などの批判が寄せられた。
本複写、1970年のイヘーレン岩壁画
調査隊メンバーのイヴ・マルタンは
そういった批判があったことを知った上で、
「模写制作にあたっては、
スポンジで壁面を拭うことはせず、
見えなくなっている部分のみを
わずかに湿らせるにとどめた」
「見える部分と
見えなくなっている部分を
厳格に判断して模写を制作した」
と証言している。
ちなみに、ロート隊の模写手法は、
現在では禁止されている。
壁面にふれることも、
水を含ませることも許されていない。
さて、そのような経緯で写し取られた壁画、
詳しく見てみよう。
まず全体。
日本の絵巻や屏風絵のように、
遊牧民の生活の一部始終が語られる
物語になっている。
物語は右から左に向かって進む。
男性は子供を抱いて歩き、
女性は牛の背に乗って移動。
男女ともにペインティングを
しているように見える。
牛に乗る女性はここにも。
新しい土地に到着すると
男性は荷を解き、
女性はテントの設営。
弓のような棒はテントの支柱。
最近までツアレグ族も
同じようなテントを持ち、
女性が管理していたらしい。
キリン、ガゼル、オリックス、ダチョウなど
草原の動物も多く描かれている。
岩の割れ目を水場に見立てて、
牛が水を飲んでいる。
牛は横からの姿だが、
角は正面に近い。
ラスコーなど
旧石器時代の岩壁画にも見られる
疑似遠近法。
さまざまな動物の群れの向こうに
ストローで飲み物を飲む女性が
描かれている。
いったい何を飲んでいるのだろう?
手前では、
女性と子供が家畜の世話。
中央ではここでもストローで
なにか飲んでいるようだ。
順番待ちで並んでいるようにも見える。
中央左には赤ん坊をあやす男性。
奥では、テントの中から身を乗り出して
頬杖をついている女性。
背中に手を当てているのか、
その前にいる男性との関係は?
とにかく、信じられないタッチの絵が
信じられないような空間把握の中に
展開されている。
しかもその後の解析により、
壁画はごく一部のエリアを除いて
ひとりの人が描いたものとわかったらしい。
前回書いたような理由で
正確な年代はわからないものの、
5000年以上も前の作品だ。
ほんとうにびっくりする。
「また、来週から
現地に行けることになったのです」
とガイドさんはおっしゃっていたが、
発掘エリアには紛争地域もあるため
訪問には軍の許可が必要であったりと
自然環境の過酷さだけでなく
行くだけでもそうとう大変なようだ。
個人的に、
これまで全く知らなかった分野だが
また新しい発見があることを
期待したい。
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