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2022年7月 3日 (日)

高橋是清の少年時代 (3)

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高橋是清の少年時代 (3)

- 詐欺被害から放蕩生活へ -

 

前回に引き続き
高橋是清の少年期を追ってみたい。

前回までの分を簡単に振り返ると、

 11歳のとき横浜で英語を学び、
 14歳で渡米。米国にて
 奴隷契約書にサインさせられるものの
 日本における
 江戸から明治への大転換を知り、
 帰国を決意。
 奴隷契約破棄をなんとか実現して
 帰国の途に。

 朝敵の汚名をきせられた
 仙台藩士だったゆえ
 外国人をよそおって日本に帰国。

 その後、森有礼らの助けをえて
 大学南校に入学するも
 英語が堪能だったためすぐに教官に。
 まだ16歳。

高橋少年はその後・・・


参考図書は、

大島清 (著)
高橋是清 - 財政家の数奇な生涯
中公新書

(以下水色部、本からの引用)


大学南校の教官になったものの、
これまで学校でちゃんとした教育を
受けた経験がない高橋は、
大学南校に教頭として招かれた
フルベッキ博士の役宅に同居しながら
歴史書を回読、
聖書の講義を聞き、
勉強に身を打ち込んだ。

ところが、ここにまた
とんでもないつまずきの原因が
あらわれた。

そして、彼は放蕩生活の
どん底へ転落していった

詳しくは本に譲るが、
大学南校の生徒のために、
250両を都合してほしい、
との依頼が高橋にくる。

もちろん本人にそんな金はないので
遠い親類の商人に頼み
なんとか都合してもらうのだが、
金を受け取った依頼人は、
「お礼の一席」を設けたいと
両国の立派な日本料理屋に
高橋を主賓として招待する。

普通なら、
ここで一ぱい食わされたと感づき、
金の回収をするところであろう。

・・(中略)・・

しかしこのばあい、
やはり数えで十六歳という
幼さを見るべきではなかろうか

金をだまし取った犯人たちが設けた
芸妓たちにちやほやされる
一席をきっかけに、
遊びをおぼえた高橋は
フルベッキ邸を出て、
放蕩生活にのめり込んでいく


あるとき芸妓をつれて
浅草の芝居をみにゆき、
芸妓の長襦袢を着て
さかんに痛飲しているところを、

大学教官に見られて辞表提出。

収入もなくなり、蓄えも使い果たし、
書物も衣類も一切売り払ってしまう。

高橋は、そのたびに
現在の自分を悔いるのだが、
溶けこんだ放蕩は
どうしても止められなかったようだ。

家主からも疎んじられるようになった高橋は
とうとう、馴染みの芸妓に
引き取ってもらうこととなる。

自分で自分に愛想がつきて

いたころ、ついにあの話がやってくる。

知り合いの世話で、
「唐津藩が英語学校をつくるので、
 その教師となって赴任する」
という話が舞い込んできたのだ。

高橋は、月給の前借りをして
*洋服を整え
*借財の始末をし
そして
*(借りた)250両の元利を
 月給から返していく証文を整えた。

かくて、
唐津藩の英学校耐恒寮の教師となって、
唐津へいったのは明治四年、
かれが十八歳ときであったから、
その意気あたるべからず、
英学を白眼視する保守派を向うにまわして、
大酒をあおりながらも、
寮の施設を
しだいにゆるぎないものにした。

駆け足ながらようやく耐恒寮赴任までを
書くことができた。

教師としての赴任とは言え、
それでもまだ18歳。

ここで、彼らに出会うことになる。

彼ら、の話は次回に。

 

 

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