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2021年11月28日 (日)

近づいてみれば誰一人まともな人はいない

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近づいてみれば誰一人まともな人はいない

- ひとりの「生」に耳を傾ける -

 

前回
その書名プシコ ナウティカ
(psico-nautica:魂の航海)
についてのみ紹介したが、

イタリアでの精神病院廃絶の物語から
精神医療だけでなく
 正常と病(やまい)、
 精神と身体、
 地域と社会、
 抑圧と自由
などについて深く考察している

松嶋 健 (著)
プシコ ナウティカ

―イタリア精神医療の人類学
世界思想社

(書名または表紙画像をクリックすると
 別タブでAmazon該当ページに。
 以下、水色部は本からの引用)

から、いくつかのキーワードを
ピックアップしながら
人間の「生」や「社会」について
改めて見つめ直してみたい。

 

最初に紹介したいのは、
本文に何回も出てくる
イタリア精神保健のモットーのひとつ。

「近づいてみれば
 誰一人まともな人はいない

 (Da vicino nessuno è normale)」

思わずクスッと笑ってしまいそうになるが
なんとも味のある言葉だ。

それはどんなに
「まとも/普通/正常(normale)」
に見える人でも、
近くからよく見てみると、
「正常さ」は雲散霧消し、
その人が人生のなかで身につけてきた
一連の特異性が
その人独特の「味」になっている
ということを示している。

まさに「個性」とは
そう捉えることもできる。
「近づいてみれば」という言葉に
ある種のやさしさがある。

こういった本質的な「個性」を
ユーモアを交えて語れる
言葉があるのはいい。

 

精神病院廃絶という大きな改革を
丁寧に追っている本書だが、
その中心にはバザーリアという
精神科医がいた。

改革の運動を牽引したのは、
いろいろな町の
多彩な人々だったのだが、
なかでも中心的かつ象徴的な
役割を担ったのが、
ヴェネツィア生まれの精神科医
フランコ・バザーリア
(Franco Basaglia)
である。

バザーリアは、広い視野で
精神病院廃絶に向けて
さまざまな取組みを展開、
大きな成果を上げることになるが、
それらをすべて把握したうえで、
著者の松嶋さんは彼が成したことの根幹を
次のひと言で言い切っている。

臨床家として
バザーリアが行なったことは、
結局のところ、
「狂人」たちの話に、
彼らが生きてきた生の物語に、
ちゃんと耳を傾けた、ということに
尽きるのではないかと思う。

精神病院廃絶は、単に病院を
開放すればいいわけではない。
法律、地域社会、サポート体制などなど
大きな課題は多い。
でも、そこでの肝心要の主役は、
精神病と診断されていた人たちである。
そういった人たちの「生」に
敬意をもって「近づいてみれば」の人が
いたからこそ、
制度の改革や整備が前進したのであろう。

「近づいてみれば
 誰一人まともな人はいない
 (Da vicino nessuno è normale)」
のだ。

次回に続く。

 

 

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