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2021年10月10日 (日)

「今何が起きているのか」を見つめる感性

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「今何が起きているのか」を見つめる感性

- 子どもたちから学べること -

 

雑誌「中央公論」2021年9月号に
掲載されていた
独立研究者 森田真生さんと
大阪市立大学准教授 斎藤幸平さん
との対談
 豊かな未来のための
 「脱成長」戦略

(以下水色部、記事からの引用)

から、先週に引き続き
もう一箇所紹介したい。

様々な活動を通じて
子どもたちとよく接している
森田さんらしい指摘だ。

森田:
僕は、危機において
主体を強くしていこうとする発想には
懐疑的です。

たとえば
大人と子供が一緒にいる場面
想像してみてください。

子供たちはテーブルの下で
かくれんぼをしたり、
本棚に上ってジャンプしたりして
遊び始める。

それを見ると、
大人はつい自分たちが知っている
"意味"を振りかざそうと
してしまう


「テーブルは食事をする場所だから、
 上がらないで」
「本棚は本を収めるところ」と。

確かにそんな時、
「意味を振りかざして」しまいそうだ。

森田:
この場合、
強い主体であろうとしているのが
大人の方です。

でも結局は、大人は
生き生きと遊ぶ子供たちの
主体の弱さに翻弄されてしまう。

子供たちは、
大人が設定した世界に
反旗を翻しているわけではありません

みずからの正しさを
主張しているわけでもない


彼らは大人が生きている世界の中で、
その世界の配置のまま
世界のあらゆる構成要素を、
それまでとはまったく違う意味で
使い始める。

斎藤:
なるほど。面白いですね。

「その世界の配置のまま」が
キーワードだろう。

振りかざしてしまう「意味」を
どの世界にでも
押し付けようとしてしまうのが、
押し付けて考えてしまうのが大人だ。

「その世界の配置のまま」
テーブルや本棚を捉えるとどうなるのか、
子どもから気付かされることは多い。

森田:
強い主体として
意味をコントロールしようとしている
大人よりも、既存の世界を
別の意味で遊び始める子供たちの方が
その場を支配してしまう。

これはいろいろな意味で
示唆的な構図だと思います。

問題を一方的に特定し、
これをとにかく解決するのだ

という考えそのものが
孕んでいる暴力性があります。

それよりも、
今何が起きているのかに、
まずはしっかり感性を
開いてみることが必要
ではないでしょうか

斎藤さんは、
「マルクス研究者としては、
 ソ連がまさにそうした"暴力"に加担し、
 失敗したという反省があります」
と述べている。

日本で、世界で、
「今何が起きているのか」を見つめる感性。
意味や固定観念で
ついつい見てしまいがちな大人たちは
子どもから学べることも多い。

 

 

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