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2021年6月13日 (日)

22歳と63歳の出会い

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22歳と63歳の出会い

- ひとりの読者を喜ばしえたならば -

 

森田真生 (著)
計算する生命

(以下水色部、本からの引用)

を読んで

 * 「状況」に参加できる「身体」
 * 世界自身が、世界の一番よいモデル
 * 「responsibility(責任)」とは
 * 「過去が未来を食べている」

などの問いかけについて書いてきた。

最後に、本の中から
ふたりの人物の出会いと交流について
紹介しておきたい。

ふたりとは、
ウィトゲンシュタインと
フレーゲ。

それぞれがどんな業績を残した人物か、
についてはここでは省略させていただくが、
交流の様子はたいへん興味深い。

ウィトゲンシュタインは
1889年ウィーンの生まれ。

彼は人間の「言語」に、生涯にわたって
深く関心を寄せ続けていた。

虚飾を取り去った、無駄のない、
誠実に語られる言葉の可能性を
見極めたいと考えていた彼の心を、
フレーゲの論理学がとらえた。

そこはまさに、無駄がなく整然とした、
美しい統制の効いた言葉と
論理の世界があったからだ。

そして、いよいよ
ふたりは対面することになる。

ウィトゲンシュタインが
はじめてフレーゲのもとを訪ねたのは、
おそらく1911年の
夏の終わり頃だとされる。

ウィトゲンシュタインは
このときまだ22歳、
フレーゲは63歳になる年だった

40歳の年の差。
でもウィトゲンシュタインは
長老に果敢に論争をしかけたようだ。

ウィトゲンシュタインはこの日、
勢い勇んでフレーゲに論争を挑んだ。

ところが、老練の論理学者に、
そう簡単には太刀打ちできない。

結局、ウィトゲンシュタインは
こてんぱんに打ち負かされたという。

それでも最後に、
「ぜひまたいらっしゃい」と
温かな声をかけてもらった

敬愛する先達からの
この何気ない一言は、
きっと青年の心に
深く染み込んだに違いない。

面会の翌年、ケンブリッジ大学
トリニティカレッジに入学した
ウィトゲンシュタインだったが、
第一次大戦が勃発すると
彼は志願兵となる。

第一次大戦が勃発すると彼は、
志願兵として最前線に立ち、
命がけで租国のために戦った。

同時に、要塞で、
野砲(やほう)の傍らで、
あるいは騎兵隊の側で

後に『論理哲学論考』
-以後、『論考』と略す-
としてまとめられることになる
最初の著作の執筆に
精力的に取り組み続けた


その進捗を彼は、
フレーゲに事あるごとに
報告している。

戦場であの本を書き続けていたなんて。

フレーゲもまた、
ウィトゲンシュタインを深く敬愛し、
彼の学問に期待を寄せていた。

フレーゲから
ウィトゲンシュタインに送られた
一連の書簡を読むと、

フレーゲが、前線で学問に励む
青年の安否を気遣い、
草稿の完成を心待ちにしていた様子が
伝わってくる。

双方向の信頼関係。

ウィトゲンシュタインは
「論考」の序文にこう書いているという。

「理解してくれたひとりの読者を
 喜ばしえたならば

 目的は果たされたことになる」

ウィトゲンシュタインの頭に
「ひとりの読者」としてフレーゲが
浮かんでいたことは間違いないだろう。

1918年、ウィトゲンシュタインは
捕虜となりイタリアの収容所に入るが、
彼の姉の協力もあり、
完成した「論考」の原稿はフレーゲに
届けられることになる。

ところがところが、
フレーゲからの応答は
ウィトゲンシュタインを
「ひどく落胆させるものだった」

という。

その後もフレーゲが『論考』を
最後まで読み進めたという
形跡はない。

なんということだろう。

深い絶望を味わった
ウィトゲンシュタインは
その後、哲学研究の現場を離れ、
僻村の学校で教師として
活動を始めるようになる。

 

本では
1848年生まれのフレーゲが
24歳も若い
1872年生まれのラッセルの指摘

(ラッセルのパラドックス)により
長年の研究の基礎を揺るがされる
というエピソードも
丁寧に紹介されている。

 

どちらも外から見ると
ハッピーエンドと言えるような
協力関係ではなかった。

それでも、
ウィトゲンシュタインの
『論理哲学論考』
といい、
フレーゲの
『算術の基本法則』
といい、
これらが後の世に大きな影響を与える
著作となりえたのは
世代を越えた厳しい「ひとりの読者」が
そこにいたからこそなのだろう。

 

 

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