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2021年6月

2021年6月27日 (日)

フロマージは元フォルマージ

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フロマージは元フォルマージ

- 文字があるから変化が残る -

 

言語学者、田中克彦さんの
人文学と学問への熱い言葉は、
本ブログでも
大学が学生に与えるべきもの
で以前紹介させていただいた。

「ことばと国家」岩波新書

を始め、
言語に関する名著の多い田中さんだが、
この4月(2021年)

田中克彦 (著)
ことばは国家を超える
―日本語、ウラル・アルタイ語、
 ツラン主義

(以下水色部、本からの引用)

という本を出版したというので
早速読んでみた。

他の著作同様、
広くて深い知識に支えられた内容は
たいへんおもしろいものだが、
一番驚いたのは、その書きっぷり。

田中さんも80代後半となり、
本が書ける時間もそう長くは残っていない
とでも思っているのか、
批判というか、皮肉というか、悪口まで
とにかく書きたい放題書いている。

「ことばと国家」などのトーンとは
全く違う世界。
いい意味で
「変化を楽しめる一冊」となっている。

 

そんな中から、
いくつか興味深い話題を紹介したい。

まずは小さなネタから。

 

デンマークの言語学者
オットー・イェスペルセンは、
言語変化は子どもが起こす
という説を出した

子どもを育てていると、たしかに
「こども」を「コモド」
という種類の言い間違いを
よく耳にする。

こういう例は、たとえば
フランス語にもあるらしい。

今日、チーズのことを
フロマージというが、
昔はフォルマージと言った


木の枠のような型(フォルム)に入れて
固めるからこう言っのだが、
オトの位置が入れ替わったために
フォル-(for-) が フロ-(fro-)に
なったのだ


日本語で古くはアラタだったのが、
アタラ-シイになったのも
同様なりくつだ。

「for」と「fro」、
「あらた」と「あたら」、
1文字目と2文字目が
ひっくり返るところが同じ、
というのがおもしろい。

こういうネタは、
「言い間違い」として、
「音」が語られているわけだが、
音が記録できるようになったのは
つい最近のことだ。

こういういうことがわかるのは
文字の記録が
残っていたおかげ
であって、
文字のない社会だったら、
いつどのようにして
このような変化が起きたのか、
たしかめようかない。

「音」は残っていない以上、
まさに「文字」が記録として、
重要なのだ。

文字が持つ
「変化の記録」という側面

改めて気付かされる。

 

私はことばの研究者は
なるべく子どもをもって、
人間がことばを獲得していく
あの黄金のような時代を
観察する機会をもつように
すすめたい。

と言っているのは、
田中さんがよく言う
「現場」感覚が大切
という気持ちに基づくもの
だと思うが、

しかし子どもたちの「改新」作業は
学校に入ったとたん
教師たちによって消毒され、
退治されてしまう
のである。

学校教育の功罪は
いろいろな言葉で語られるが、
子どもたちの自然な変化が
「消毒」され「退治」されてしまう
と表現しているのは初めて目にした。

おもしろい表現だ。
メモっておきたい。

 

 

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2021年6月20日 (日)

誕生ホヤホヤ合衆国の使節団

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誕生ホヤホヤ合衆国の使節団

- ヴェネツィア大使の先見の明 -

 

前回
22歳のウィトゲンシュタインと
63歳のフレーゲとの対面について書いたが、

「年齢差のある対面」で
思い出した話があるので
今日はそれについて書きたいと思う。

参考図書はコレ。

塩野七生 (著)
イタリア遺聞
新潮文庫

の中の一篇
「ベンジャミン・フランクリンの手紙」
(以下水色部、本からの引用)

時は1783年。当時のアメリカ合衆国は、
8年も続いた独立戦争が終結し、
ヴェルサイユで調印された「パリ条約」で
独立を承認されたばかりの
まさに誕生ホヤホヤの国だった。

独立宣言もあったし、
国号をアメリカ合衆国とすることも
決まってはいたが、
議会も連邦政府もなく、
もちろん大統領も
まだ存在していなかった。

ワシントンが
初代大統領に就任するのは、
この6年後
の1789年に
なってからである。

このとき、
「パリ条約」調印のために
フランスに来ていた合衆国使節団が
パリに派遣されていた
ヴェネツィア共和国の大使に
送った文書が紹介されている。

ベンジャミン・フランクリンの筆になる
この外交文書は、
次のようにはじまっている。

大使閣下、大陸会議に参集した
アメリカの各州の代表は、
ヴェネツィア共和国と
アメリカ合衆国との間に、
平等と相互理解と友好に基づいた関係が
成り立つことは、
両国いずれにとっても
利益になるであろうとの
結論に達しました。

(中略)

閣下には、本国政府の意向を
ただされることを願うばかりです。

アメリカ合衆国使節
  ジョン・アダムス
  ベンジャミン・フランクリン
  トーマス・ジェファーソン

すごい文書だ。

合衆国の
* 第2代大統領になる
  ジョン・アダムス

* 避雷針の発明者としても有名な
  ベンジャミン・フランクリン

* 第3代大統領になる
  トーマス・ジェファーソン

の3名が名を連ねている。

さて、ここで問題。

「新興国家合衆国の使節団と
 歴史ある国家ヴェネツィアの大使、
 どんな年齢関係だったでしょう?」

新興国からは元気な若者集団、
ヴェネツィアからは風格のある老大使
をついついイメージしてしまう。

著者塩野さんもこう書いている。

新興国家アメリカ合衆国を
代表するのだから、
現代から想像すると、
なんとなく、
血気盛んな若い世代に属する
人々ばかりであったように思え、

それに反して、
歴史の舞台から去りつつあった
老国を代表する人物となると、
保守的でがんこな老人で
あったにちがいないと思うが、
実際はまったく逆なのである。

合衆国使節団
 ジョン・アダムス:48歳
 トーマス・ジェファーソン:40歳
 ベンジャミン・フランクリン:70歳代

駐仏大使
 ダニエル・ドルフィン:35歳

平均寿命が40代だった時代における
 [35歳] 対 [48,40,70代]
を正確にイメージすることはできないが、
別格のフランクリンも含めて
合衆国使節団は十分老人と呼ばれる
年齢だったようだ。

いずれによせ、予想ははずれたものの
想像するとなぜかうれしくなる図だ。
老国の方が若いなんて。

このダニエル・ドルフィン、
友好通商条約を結びたいと申し入れてきた
この合衆国の文書を本国に送る際、
外交官としての自分の意見
書き添えているという。

その内容は以下の通り。

アメリカ合衆国は、将来、
 世界で最も怖るべき力を持つ
 国家になるでありましょう

さすが大使、若いだけではない。
もう一度書く。

ワシントンが
合衆国初代大統領に就任する
6年前のコメントだ。

 

 

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2021年6月13日 (日)

22歳と63歳の出会い

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22歳と63歳の出会い

- ひとりの読者を喜ばしえたならば -

 

森田真生 (著)
計算する生命

(以下水色部、本からの引用)

を読んで

 * 「状況」に参加できる「身体」
 * 世界自身が、世界の一番よいモデル
 * 「responsibility(責任)」とは
 * 「過去が未来を食べている」

などの問いかけについて書いてきた。

最後に、本の中から
ふたりの人物の出会いと交流について
紹介しておきたい。

ふたりとは、
ウィトゲンシュタインと
フレーゲ。

それぞれがどんな業績を残した人物か、
についてはここでは省略させていただくが、
交流の様子はたいへん興味深い。

ウィトゲンシュタインは
1889年ウィーンの生まれ。

彼は人間の「言語」に、生涯にわたって
深く関心を寄せ続けていた。

虚飾を取り去った、無駄のない、
誠実に語られる言葉の可能性を
見極めたいと考えていた彼の心を、
フレーゲの論理学がとらえた。

そこはまさに、無駄がなく整然とした、
美しい統制の効いた言葉と
論理の世界があったからだ。

そして、いよいよ
ふたりは対面することになる。

ウィトゲンシュタインが
はじめてフレーゲのもとを訪ねたのは、
おそらく1911年の
夏の終わり頃だとされる。

ウィトゲンシュタインは
このときまだ22歳、
フレーゲは63歳になる年だった

40歳の年の差。
でもウィトゲンシュタインは
長老に果敢に論争をしかけたようだ。

ウィトゲンシュタインはこの日、
勢い勇んでフレーゲに論争を挑んだ。

ところが、老練の論理学者に、
そう簡単には太刀打ちできない。

結局、ウィトゲンシュタインは
こてんぱんに打ち負かされたという。

それでも最後に、
「ぜひまたいらっしゃい」と
温かな声をかけてもらった

敬愛する先達からの
この何気ない一言は、
きっと青年の心に
深く染み込んだに違いない。

面会の翌年、ケンブリッジ大学
トリニティカレッジに入学した
ウィトゲンシュタインだったが、
第一次大戦が勃発すると
彼は志願兵となる。

第一次大戦が勃発すると彼は、
志願兵として最前線に立ち、
命がけで租国のために戦った。

同時に、要塞で、
野砲(やほう)の傍らで、
あるいは騎兵隊の側で

後に『論理哲学論考』
-以後、『論考』と略す-
としてまとめられることになる
最初の著作の執筆に
精力的に取り組み続けた


その進捗を彼は、
フレーゲに事あるごとに
報告している。

戦場であの本を書き続けていたなんて。

フレーゲもまた、
ウィトゲンシュタインを深く敬愛し、
彼の学問に期待を寄せていた。

フレーゲから
ウィトゲンシュタインに送られた
一連の書簡を読むと、

フレーゲが、前線で学問に励む
青年の安否を気遣い、
草稿の完成を心待ちにしていた様子が
伝わってくる。

双方向の信頼関係。

ウィトゲンシュタインは
「論考」の序文にこう書いているという。

「理解してくれたひとりの読者を
 喜ばしえたならば

 目的は果たされたことになる」

ウィトゲンシュタインの頭に
「ひとりの読者」としてフレーゲが
浮かんでいたことは間違いないだろう。

1918年、ウィトゲンシュタインは
捕虜となりイタリアの収容所に入るが、
彼の姉の協力もあり、
完成した「論考」の原稿はフレーゲに
届けられることになる。

ところがところが、
フレーゲからの応答は
ウィトゲンシュタインを
「ひどく落胆させるものだった」

という。

その後もフレーゲが『論考』を
最後まで読み進めたという
形跡はない。

なんということだろう。

深い絶望を味わった
ウィトゲンシュタインは
その後、哲学研究の現場を離れ、
僻村の学校で教師として
活動を始めるようになる。

 

本では
1848年生まれのフレーゲが
24歳も若い
1872年生まれのラッセルの指摘

(ラッセルのパラドックス)により
長年の研究の基礎を揺るがされる
というエピソードも
丁寧に紹介されている。

 

どちらも外から見ると
ハッピーエンドと言えるような
協力関係ではなかった。

それでも、
ウィトゲンシュタインの
『論理哲学論考』
といい、
フレーゲの
『算術の基本法則』
といい、
これらが後の世に大きな影響を与える
著作となりえたのは
世代を越えた厳しい「ひとりの読者」が
そこにいたからこそなのだろう。

 

 

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2021年6月 6日 (日)

「過去が未来を食べている」

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「過去が未来を食べている」

- 仮説に支配されていないか -

 

森田真生 (著)
計算する生命
新潮社

(以下水色部、本からの引用)

を読んで

 * 「状況」に参加できる「身体」
 * 世界自身が、世界の一番よいモデル
 * 「responsibility(責任)」とは

について紹介してきた。

本から、もういくつか
印象深い言葉をピックアップしたい。

人工知能研究のアメリカの非営利団体
オープンAIが2020年6月に公開した
「GPT-3」は、
人間が書いたものと
ほとんど見分けがつかない水準の
エッセイや詩を自動生成するという。

GPT-3は、
ウェブや電子書籍から収集した
一兆語近い単語の
統計的なパターンを学習して
文章を作成していて、人間のように
言葉を「理解」しながら
作文をするわけではない。

肝心なのは、
意味よりもデータであり、
理解よりも結果
なのだ。

こうした技術が
目覚しく進歩していくなかで、
意味や仕組みを問わずとも、
計算の結果さえ役に立つなら、
それでいいではないか
という風潮も
広がってきている。

「結果さえ役に立つならそれでいい」
の声を聞くシーンは
いまやあちらこちらにあるが、
そんな時、
我々は他律化している、
と森田さんは言う。

何しろコンピュータに
意志や意図はない。

膨大なデータを処理する機械の作動に
振り回されるとき、
私たちは
「人間を超えた」機械に
支配されているのではなく、

人間が過去に設定した
「隠された仮説」に、
支配されているだけ
なのだ。

 

哲学者ティモシー・モートンは

深く計算が浸透し、
自動化が進んでいく
現代の社会が抱える問題は、
「過去が未来を食べている」
ことであると、

2020年に開催された
オンライン講演『Geotrauma』
のなかで語ったという。

学習に基づいて
プログラムを更新できる人工知能でも
更新の仕方そのものは、
厳密にあらかじめ設計者によって
規定されている以上、
過去に決められた規則を
遵守するだけの機械に、
無自覚に身を委ねていくことは、
未来を過去に食わせている、
とも言えるわけだ。


本の前半で丁寧に述べられている、
先人たちが計算の意味を問うことで
新しい世界を切り開いてきた

その過程を思うと
今はまさに別な方向に
歩み出してしまっているようにさえ見える。

肝心なことは、
計算と生命を対立させ、
その間隙を
埋めようとすることではない。

これまでも、そしてこれからも
ますます計算と雑(まざ)り合いながら
拡張していく人間の認識の可能性を、
何に向け、どのように育んでいくかが
問われているのだ。

改めて現実の世界に目を遣ると
前回書いた通り、悲しいかな
人間が計算機に
近づいていってしまっている面は
確かにある。

人はみな、計算の結果を
生み出すだけの機械ではない。
かといって、
与えられた意味に安住するだけの
生き物でもない。

計算し、
計算の帰結に柔軟に応答しながら、
現実を新たに編み直し続けてきた
計算する生命である。

意味を問うことで見えてくる新しい世界。
数学は長い歴史の中で、
様々な新しい世界を見せてくれた。
マイナスという数字に、虚数に、
多様体に、集合に、論理や認識の世界に。

計算だけして、
結果だけ見てそれを知性と呼べるのか。
未来を過去に食べさせるだけでは
新しい世界は見えてこない。

 

 

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