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2021年5月16日 (日)

「状況」に参加できる「身体」

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「状況」に参加できる「身体」

- 外界モデルを作らずに動く、へ -

 

小林秀雄賞を受賞した
「数学する身体」から5年、
独立研究者として地道な活動を続けている
森田真生さんが、2021年4月
「計算する生命」を上梓した。

デカルト、リーマン、
フレーゲ、ウィトゲンシュタインらを核に
計算だけでなく、
数学・哲学・認知科学の歴史を
心や言語についての認識も絡めながら
丁寧にかつ多面的に描き出すその内容は、
抑制された文章で綴られているものの、
「数学する身体」同様
まさに知的興奮に溢れている。

特に、大きく計算の歴史を振り返ったあと
「計算」と「生命」の繋がりに言及し、
「計算する生命」である我々は
今のこの時代をどう生きていくべきか、に
問いを投げかけていく最終章は
同じ本とは思えない急展開で
その変化を楽しむこともできる。

いずれにせよ要約や
簡単な解説は不可能なので
興味を持った方にはぜひ本を手に取り、
じっくりその世界を
味わっていただきたいが、
そんな本の中から、
いくつかエピソードを紹介したい。

森田真生 (著)
計算する生命
新潮社
(以下水色部、本からの引用)

最初は、人工知能の発展に関する
エピソードから。

1960年代に未来を楽観していた
人工知能研究は、
1980年代、袋小路に入り込んでいた。

規則を列挙するやり方では、
機械はあらかじめ想定された
規則の枠に縛られ、
その外に出ることができない。

規則をいくら集積しても
規則通りの動きはできるものの、
自律的な知性は生まれてこない。

壁を乗り越えるためには、
形式的な規則の存在を
あらかじめ措定するのとは
別のアプローチで、
人間の知能を語る試みが必要である。

このとき鍵となるのは、
刻々と変化する「状況」に
参加できる「身体」
ではないか。

目的と意図を持った、
身体的な行為こそが
知能の基盤にあことを、
もっと重く見るべきだ

と米国の哲学者ドレイファスは
1972年の著書
『コンピュータには何ができないか』
で説いている、という。
今から見れば50年も前の本で、だ。

当時、障害物を避けながら
部屋の中を自由に動き回れる
ロボットの研究が進んでいたが、

このロボットは、
映像をカメラから読み込んでは
部屋の三次元モデルを構築し、
モデルに基づいて運動計画を立てた後、
やっと動き出す仕組みになっていた。

15分ほど計算しては1メートル進み
さらに計算してはまた動く。

物を避けながら部屋を横切るだけで
何時間もかかってしまう機械。
それが、当時最先端の
ロボットの現実だったのだ。

もちろん、計算機の処理能力を高め
計算時間を短縮する、
という道もあっただろうが、それでは
たとえば15分が5分になる、
といったレベルの進歩しか望めない。

この問題に

突破口を開いた先駆者の一人が、
オーストラリア出身の
若きロボット工学者、
ロドニー・ブルックス(1954-)である。

日本でもおなじみの
掃除ロボット「ルンバ」の
生みの親として知られ、
ロボット界を牽引するカリスマとして
活躍しているのあのブルックスだ。

1984年、MITで自分の研究チームを
発足させたブルックスは
ロボットを制御するための
新しい設計について、
原理的な考察を始めた。

そして、問題は

ロボットが動くためには、
 外界のモデルを
 あらかじめ構築する必要がある


というそれまでの科学者の
思い込みにあるという結論に達した。

あらかじめ外界モデルを構築しない、
つまり
外界モデルのない世界で
ロボットはどう動くのか。
そしてそれは、
先の「状況」に参加できる「身体」
どう結びつくのか。

ブルックスの導き出した発想の転換、
次回に続けたい。

 

 

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