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2021年5月23日 (日)

世界自身が、世界の一番よいモデル

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世界自身が、世界の一番よいモデル

- 頭だけでは知能になれない -

 

森田真生 (著)
計算する生命
新潮社

(以下水色部、本からの引用)

を読んで興味深いエピソードを
紹介する2回目。

前回
掃除ロボット「ルンバ」の
生みの親として知られる
ロドニー・ブルックスが
ロボットを制御するための
新しい設計について、
原理的な考察を始め、当時の問題が

ロボットが動くためには、
 外界のモデルを
 あらかじめ構築する必要がある


というそれまでの科学者の
思い込みにあるという結論に達した。

というところまで書いた。

外界の情報を「知覚」して
内部モデルを構築し、
計画を立ててから「動く」と
あまりにも時間がかかりすぎる。

そこで、ブルックスは
一連の長々しい過程を、
2つのステップに庄縮してしまうことを
思いつく。

すなわち、複雑な認知過程の全体を、
知覚」と「行為」の二つのステップに
まとめてしまうのである。

間に挟まるすべてを丸ごと抜き取る
大胆不敵なアイディアだ。

ブルックス自身の言葉でいえば、
「これまで人工知能の
 『知能』と思われてきたものを、
 すべて省く

ことにしたのだ。

 

着想の源は昆虫だったという。
「なぜ、少数の神経細胞しかない
 昆虫にできることが
 ロボットにはできないのか?」

この問いを掘り下げていくなかで、
ブルックスは「表象を捨てる」という
アイディアにたどり着いたのだ。

ブルックスは、三層の制御系からなる
ロボットAllenを作成する。

*物体との衝突を避けるための
 単純な運動制御を担う最下層

*ロボットを
 ただあてもなく逍遥させる中間層

*目標となる行き先を探し、
 これに向かって進む
 動作の指令を出す最上層

この三層が互いを包摂しながら
並行して動き続ける。

ブルックスのロボットは
外界のモデルを構築しないまま、
速やかに実世界を
動き回ることができた


彼はこれを
「包摂アーキテクチャ
 (subsumption architecture)」
と名づけた。

三層の説明を読んでいると、
掃除ロボット「ルンバ」の動きが
まさにそのままではないか。

 

実世界で起きていることを
感じるためのセンサと、
動作を速やかに遂行するための
モータがあれば、
外界のことを
いちいち記述する必要はない。

外界の三次元モデルを詳細に構築しなくても、
世界の詳細なデータは、
世界そのものが保持していてくれる
からだ。

このことを、ブルックスは
次のような言葉で表現しているという。

ブルックスの巧みな表現を借りれば、
「世界自身が、世界の一番よいモデル
 (the world is its own best model)」

なのである。

「世界自身が、世界の一番よいモデル」
なんともうまい表現ではないか。

技術者たちが別なモデルで
表現しなおそうとしてしまう理由も
エンジニアのひとりとして
痛いほどわかるので、
モデル化自体を簡単に否定はできないが、
こういう「発想の転換」には
ロボット自体の発明以上に
ワクワクさせられる。

ブルックスはかくして、
生命らしい知能を実現するためには
「身体」が不可欠であること
そして、

知能は環境や文脈から
切り離して考えるべきものではなく、
「状況に埋め込まれた(situated)」
ものとして理解されるべき
であると
看破した。

そうして彼は、
既存の人工知能研究の流れに、
「身体性(embodiment)」と
「状況性(situatedness)」と
いう二つの大きな洞察を
もたらしたのである。

30年以上も前、
「アッタマ(頭)ばっかりでも、
 カッラダ(体)ばっかりでも
 ダメよね」
というコピーのCFがあったが、
まさに頭だけでは知能になれないのだ。

 

 

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