「ヒトはどうして死ぬのか」(1)
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「ヒトはどうして死ぬのか」(1)
- 2つの死、ネクローシスとアポトーシス -
新書という小さな形態ながら、
「生」と「死」という大きなテーマを
新たな視点で見つめ直す機会を
与えてくれる本を紹介したい。
田沼靖一 (著)
ヒトはどうして死ぬのか
―死の遺伝子の謎
幻冬舎新書
(書名または表紙画像をクリックすると
別タブでAmazon該当ページに。
以下、水色部は本からの引用)
まずは聞き慣れない言葉ながら
重要なキーワードのひとつ
アポトーシス(apoptosis)
の話から始めたい。
1972年、スコットランドに留学していた
病理学者J・F・カーは、
一本の論文を発表した。
どんな論文かというと...
を顕微鏡で観察している最中、
カーはプレパラートの上に
不思議な光景を見たのです。
それは、死にゆく細胞の様子でした。
その細胞は、
彼が知っている細胞の死に方
- 膨らみ、破裂して
死を迎える細胞の壊死
=ネクローシス(necrosis) -
とは、
まったく異なる姿を示していました。
正常な
細胞と比べて少し小さく、
一部は小片となった、見慣れない像。
しかもその像は一つではなく、
いくつも見て取ることができる。
カーはその細胞死の観察結果から、
細胞が自ら一定のプロセスを経て
死んでいく、壊死とは別の
「死に方」があるのではないか
と考えました。
そして、その「死に方」を
アポトーシス(apoptosis)と名づけ、
論文にまとめたのです。
「細胞の2つの死に方」
ネクローシス(necrosis)と
アポトーシス(apoptosis)。
日常生活で耳にすることのない言葉なので
違いを簡単にまとめておこう。まずは、
【ネクローシス(necrosis)】
打撲や火傷といった外部からの
刺激、心筋梗塞などで見られる
強い虚血などがもとで起こる
"事故死"です。
ネクローシスが起こると、
まず細胞膜が崩れ、浸透圧が
コントロールできなくなるために
外部から水分が入り込んで、
細胞自身が膨らみます。
その後、
細胞の"ゴミ処理場"が壊れて
なかに含まれる分解酵素が漏れ出し、
酵素によって細胞が溶けると、
中身が細胞外に流れ出すのです。
細胞膜が破れて中身が飛び出す様子は、
言葉を選ばずに言えば
「汚い」というイメージを
抱く方が多いのではないかと思います。
また、細胞の中身が流出すると
白血球が集まってくるため、
ネクローシスでは
炎症や痛みを伴うのが特徴の一つ
となっています。
炎症や痛みを伴い、
中身が細胞外に流れ出す
「汚い」イメージの
ネクローシス(necrosis)。
一方、
【アポトーシス(apoptosis)】
たとえて言えば細胞の"自殺"です。
ただし、自殺といっても
細胞が自ら勝手に死ぬ
というわけではありません。
細胞は、
内外から得たさまざまな情報
- 周囲からの
「あなたはもう不要ですよ」
というシグナルや、
「自分は異常をきたして
有害な細胞になっている」
というシグナル -
を、総合的に判断して
"自死装置"を発動するのです。
この装置が働き始めると、
細胞はまず自ら収縮し始めます。
そして
核のなかのDNAを規則的に切断し、
小さな袋に詰め替えると、
葡萄(ぶどう)のような
小さい粒に断片化していくのです。
この粒は、
「アポトーシス小体」と
呼ばれています。
アポトーシス小体は、
免疫細胞の一つである
食細胞・マクロファージに
貪食(どんしょく)されたり、
周囲の細胞に
取り込まれたりすることによって
身体のなかから きれいに消去されます。
ネクローシスとは異なり、
細胞の中身はほとんど外部に漏れ出ず、
浮腫や痛みといった
炎症反応が起こることもありません。
痛みもなく、
きれいに消えるアポトーシス(apoptosis)。
アポトーシスを起こして
死にゆく細胞の様子を、
DNAを蛍光色素で染めて、
蛍光顛微鏡を通して見ると
DNAが切断され、
細胞が小さな断片となっていく過程は
まるで宇宙の超新星爆発のような光景に
見えるらしい。
また、活発に動きながら
断片化していく様子を、
アメリカのある学者は、
「まるで踊っているようだ」と言い、
「ダンシング・デス」
という名前をつけたのだとか。
いずれにせよ、
「細胞の死」ではあるものの
悲壮感がない。
カーは論文で、
分裂したり分化したりするのと同様、
細胞の死もまた
遺伝子に制御されているのではないか
と、アポトーシスの
メカニズムにまで言及しているという。
ところが、1972年当時、
彼の論文に目を留めた人は、
ほとんどいなかったらしい。
なぜか。
興味深い背景がある。
次回はその話から始めたい。
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