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2020年10月11日 (日)

ヘンリ・ライクロフトの私記

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ヘンリ・ライクロフトの私記

- 自然、孤独、本とともに -

 

4月の緊急事態宣言以降、
急に耳にすることが多くなった「在宅」。

家で静かに過ごす、というと
ウイルスとは全く関係ないものの
この本を思い出さずにはいられない。

ギッシング (著), 平井正穂 (訳)
ヘンリ・ライクロフトの私記
岩波文庫

(以下水色部は本からの引用)

ヘンリ・ライクロフトは、
ロンドンで文筆家として
なんとか生計を立てていたが、
「他人に借金したことがない」が
自慢話になる程度の
貧乏生活を強いられていた。

そんな彼に、50歳のとき、
思いがけず遺産が舞い込む。

経済的な悩みから開放された彼は、
南イングランドの片田舎に隠退し、
豊かな自然に囲まれながら、
本を愛し、散歩を楽しみ、
思索にふけって余生を過ごす。

その静かな日々を綴ったのがこの私記だ。

季節ごとに
ただただ淡々と平穏な日々が流れる。
事件と呼ばれるようなものは
何もおこらない。

それでも(今見ると妙に活字が小さく見える)
文庫版約300ページを
どんどん読み進められるのは、
「何もおこらない生活」にこそある
思索の世界の豊かさや魅力が
言葉の向こうに見えてくるからであろう。

と、こう紹介すると
いかにも実在した人物のような
気がしてくるかもしれないが、
ヘンリ・ライクロフトは
著者ギッシングが創作した架空の人物だ。

ギッシングが
ヘンリ・ライクロフトに
自分自身の思いを語らせているのは
間違いないと思われるが。

 

ゆったりとした散歩の記述を
ちょっと見てみよう。

いつまで散歩していようと
私は少しも構わないのである。
家に戻らなければならない用事もない。

どんなに遅くまでぶらついていても、
心配したり気をもむ人もいない。

春はいたるところの小道や
牧場の上に輝いている。

道すがら、足もとから岐(わか)れてゆく
あらゆる曲折した小道に
踏みいってゆかなければ
申し訳ないような気がする。

春は長いこと忘れていた
青春の力をほのぼのと蘇らせてくれた。
私は疲れを忘れて歩く。
子供のように歌をくちずさむ。
子供の頃覚えた歌である。

また、あるときは

リンゴの花が満開であった。
私がそれに見とれていると、
それまで一日中
あまり照らなかった太陽が
急に赫々(かくかく)と照りだした。

そのときの光景は
とても私にはいい表わせない。
あの花咲ける谷間の静かな美しさは、
ただただ私の夢の中に
幻のように浮ぶのみだ。

近くには蜜蜂がうなっており、
少し離れた所では
カッコーが鳴いていた。
下の方の農場の牧場からは
羊の鳴き声が聞こえていた。

静かで穏やかな自然の中の散歩が
なんとも心地よい。

豊かな自然の中でのひとり暮らしを
心から満喫しながらも、

文章の一節を朗読したくなるとき、
だれか側にいてそれを聞いてくれたら
どんなに楽しいだろうと
思うことがときどきある


全く、切実にそう思うのだが、
さて、しかし、
琴線の触れ合うような理解を
どんな場合にも期待できる人間が、
はたして一人でもこの世に
あるであろうか。

いや、およそのところでいい、
鑑賞の点で私とほぼ意見の一致する人が
あるであろうか。

理解力のこのような一致は
実に稀有なことだと思う。

全生涯を通じて
われわれはそれに憧れている

正直に綴られるこんな真情の吐露が
人格を立体的に浮かび上がらせる。

英国文学や
ヨーロッパ文芸の素養がないと
唐突に登場したように思える
「尊敬、愛情、服従、多くの友人」
といった言葉が、
 シェイクスピアの『マクベス』
 第5幕第3場25行
からの引用であることなどは、
巻末の9ページに渡る『訳者注』が
おおいに助けてくれる。

英国人の教養、英国人の考え方
を学ぶ蘊蓄的要素も

イギリス人は、なにはともあれ
おうように生活することを望む


だからこそ、
貧乏を恐れるばかりでなく、
貧乏を憎み、軽蔑するのである。

イギリス人の美点は、大まかな、
心の温い金持ちのそれである。

イギリス人の弱点は
金を払うことも与えることもできない
人間の心につきものの劣等感-
非常な苦痛と屈辱感にみちた
あの劣等感から生まれる。

イギリス人の背徳行為の大半は、
安定した地位を失うことから生じる
自尊心の欠除がその原因となっている。

のように随所にあるが、
それを知ることを目的にしてしまうと
この本の魅力は伝わらない気がする。

100年以上も前の
1903年に単行本となったこの私記。

自然、孤独、本、
そういったものを
心から味わう静かな生活が
どんな世界を見せてくれるのか、
読むたびに新しい発見のある古典だ。

 

 

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