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2020年8月23日 (日)

ジャーナリスト北村兼子 (4)

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ジャーナリスト北村兼子 (4)

- 主義は鋭くあれ -

 

北村兼子さんの残した
小気味いい文章を振り返る4回目。

北村兼子さんてどなた?
という方は 第一回目の記事の略歴だけでも
ご覧下さい。
ジャーナリストして優秀なだけでなく
飛行機の時代を予見し
自分で操縦してヨーロッパに行こうと
パイロットの資格まで取ってしまった
女性なのですから。

今回も参考図書はこれ。

大谷渡 (著)
北村兼子―炎のジャーナリスト
東方出版

(以下色のついた部分は本からの引用。
 水色部は北村さんの文章そのまま、
 茶色部は著者大谷さんの文章)


北村さんは、
女性を蔑視する男性の頭の働きが
「男子専制」と軍備拡張を
生み出していると批判し、
著書「怪貞操」に次のように書いている。

道路を拡張してもその目的は
国民の福祉を増進させるが
目的でなくして、
まさかの時に軍用自動車を
走らせるのが本当の目的だ、

飛行機を奨励しても
文化に貢献させるが目的でなくして
まさかの時に
頭上から爆弾を見舞ふのが目的だ。

船舶は御用船に 染料は弾薬工場に、
すべてまさかの時の用意で、
まさかといふことは非常のことで、
非常といふのは
地震とか大水とかのことでなくて、
要するに喧嘩のことである


一国を挙げて
無頼漢の家庭のようにならしめ、
平時と戦争との二重生活は
貧乏国民に取つて贅沢の骨頂

尚武国などゝ時代おくれの腕力沙汰で、
不逞男子の養成は何といふ狂暴政策だ、

足らぬ金を割いて
喧嘩の準備に使うから生活は苦しく
焦燥の気分は全国を掩うて
鬱陶しきことたまらない

「時代おくれの腕力沙汰で不逞男子の養成」
とは、なんともまさに容赦ない言い方だ。
「鬱陶しきことたまらない」ほどの空気が
昭和の初め頃、
すでに全国を覆っていたのだろうか。


こちらに武ばつた拳をふり廻はせば
向うだつて脚で蹴る用意をするから、
差引き同じことだ。

今ごろに戦争なんかを始めて
勝つても負けてもつまらないことは、
この頃のドイツとフランスを
見てもわかる、

こんな時代おくれの考へは
闘争の狐に憑かれてゐる
男子専制の幻覚
であるから、
女性は人類の幸福のために
厳重な抗議を申込まねばならぬ。

「闘争の狐に憑かれている」か。

そういった大きな社会問題を論じる一方、
北村さんは当時、
女性記者だったがゆえの性的いやがらせや
低俗紙のでっち上げ記事とも戦っていた。

詳細な背景は本に譲るが、
そういった性的攻撃に対する
反駁の主張を吹き込んだレコードまで
出している。

彼女のレコードについて、

「職業婦人に対する男性の
 性的追撃の何如に卑劣であり、
 横着であるかと云ふ事を
 自己の体験上から
 告白してゐるもので、その真剣な
 そして堂々たるスピーチは
 実に痛快である

と「ニツトータイムス」1927年4月号は
書いている。

そうなのだ。まさにこの「痛快」さに
惹きつけられてしまうのだ。

 

そして、
いよいよ国際舞台での活躍が始まる。
ハワイ・ホノルルで開催される
汎太平洋婦人会議への出席が
25歳で決まったときの文章

顧みれば、私達の提げて行く荷物は
ムサ苦しいものばかりです。
 婦人参政(公民権)、
 廃娼(婦人売買禁止)、
 女子高等教育(男女共学)、
 法律上婦人の差別撤廃
 (特に民法、刑法、治警法)、
 婦人児童の深夜業、
 家庭における妻の地位、
これらは国際的に恥しい問題であり、
文明国にない日本の純国産品である。

斯んな厄介なものを負はされて
日本の体面を汚さないやうに
会議に臨む
ことは、
並一と通りの気苦労ではありませぬ。

それでも、下記のような言葉を見ると
なんとも頼もしいではないか。

「今度の会議には、
 英語を用語と決めてゐるから、
 ドイツ法科出の私には、
 一寸勝手が違ひます」が、

「何とかやつて退(の)けるつもり」

「使命を辱めないだけの
 自信はあります」

「斯(こ)ういへば高慢のやうだが、
 遠慮は平生のことで
 今は謙遜してゐる時でないから、
 私は厳然として自信のあることを
 述べさせて貰ひます


「国家を背景として
 正直大胆に討論します」

汎太平洋婦人会議出席の日本代表一行は
春洋丸という船でホノルルに到着。
現地の邦字紙「日布時事」は各代表者を取材。

吉岡弥生さんの談話には
「日本女医界の大立物」とあり、

市川房枝さんには
「婦選運動の市川房枝」と紹介があり、

北村兼子さんの談話には
「主義は鋭くあれ」の見出しが付けられた。

「日布時事」の記事には、
「北村女史」は
代表中の最年少とも思はれる」
とあり、
「婦人運動は全人口の半数の運動」
「従来のやうに
 識者の言に盲動してはいけない
主義は鋭くあれ
 これが妾(わたし)のモットーです」
といった彼女の言葉が掲載された。

「日本で有名な婦人記者」とのことで
北村さんは各国の記者からも
取材を受けている。

世界各国代表との
数日間の交流を通じての感想を
北村さんは次のように言葉で残している。

他国の代表は、日本の代表と違って
実によく話をした。

しやべつてから
 しかるのち考へるのではないか


と思うほどだったが、

「その論拠はしつかりして居て
 日本女が愚痴るのとはわけがちがふ」

と思った。
北村の印象では、

東洋凰に家庭愛から出発した意見と、
 西洋風に人類愛を基調とする議論

とが
「明らかに分流」していた。

喋ってから考えるのではないか、
の観察はなんとも鋭い。

基調に人類愛を感じる感性も。

北村さん自身が各国代表と
積極的に触れ合っていたことがよくわかる。

彼女たちは、古い殻を思い切って
脱ぎ捨てようとしていた。
アメリカ・カナダ・ニュージーランド・
オーストラリアなどの女性と話していると、
立派な母胎を養成しないで
 立派な国民を送り出さうとする

 日本の教育制度にはつくづく愛想が」
尽きた。

女性参政権を
何とかして得たいとしている日本女性と、
すでに得た権利
 どうして活かして使つたものか」
と論じている
「イギリス、アメリカ系の諸国」の
女性との落差は大きかった。

のちの報告で、名前は伏せられていたものの
市川房枝さんに
「年少な美人で才気煥発、
 行くとして可ならぎるはなし
 といつた正真正銘のモダンガール」
と書かれた北村さん。
海外でもフル回転していたのであろう。

 

北村兼子さんの文章、
あともう一回、見ていきたい。

 

 

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