胎盤はウイルスのおかげ
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胎盤はウイルスのおかげ
- ウイルスと一体化したヒト -
未だに先が見えない
新型コロナウイルスの感染拡大。
ウイルスには足がないのだから、
広めているのはまさに人間なわけだが、
2020年6月6日時点で、
全世界の累計感染者665万人超、
死者39万人超という数字を見ると、
人の接触というのは、
まさにワールドワイドなんだな、を
改めて痛感する。
悪者、のイメージが強いウイルスだが、
こんな本を読むと、
かなり見る目が変わる。
中屋敷均 (著)
ウイルスは生きている
講談社現代新書
(以下水色部、本からの引用)
今日は、この本から
驚きのエピソードを一つ紹介したい。
読み始めてすぐ、
まえがきにて紹介されている例だ。
話は胎児を守っている
胎盤という組織の話から始まる。
通常、非自己排除の生体システムは
「非自己」を攻撃の対象とするが、
胎児の場合、
たとえ血液型が母親と違っていても、
攻撃対象とはならず
酸素や栄養分を受け取り、
すくすくと育っていく。
そんな不思議なことを
可能にしているのが、
胎盤という組織なのである。
この胎盤の不思議さの肝となるのが、
胎盤の絨毛(じゅもう)を
取り囲むように存在する
「合胞体性栄養膜」という
特殊な膜構造である。
この膜は胎児に必要な
酸素や栄養素を通過させるが、
非自己を攻撃するリンパ球等は通さず、
子宮の中の胎児を
母親の免疫システムによる攻撃から
守る役目を果たしている。
哺乳類としては当然、
という気もするが、
驚くべき論文が掲載された。
それは、この「合胞体性栄養膜」の
形成に非常に重要な役割を果たす
シンシチンというタンパク質が、
ヒトのゲノムに潜むウイルスが持つ
遺伝子に由来すると発表されたのだ。
哺乳類の基盤ともいえる
胎盤がウイルス起源!?
他の哺乳動物でも、
多少の違いはあるものの
同様のことが相次いで報告された。
胎児を母体の中で育てるという戦略は、
哺乳動物の繁栄を導いた進化上の
鍵となる重要な変化であったが、
それに深く関与するタンパク質が、
何とウイルスに由来するものだった
というのだ
詳しい話は
「内在性レトロウイルス遺伝子」
といった単語を中心に調べると
いろいろ解説が出てくるが、
哺乳類のゲノムには、
過去に感染したウイルスの遺伝子の断片が
多く存在しているらしく、
その量は全ゲノムの8%にもなるという。
ウイルスと我々の祖先は
まったく別の存在で、
無関係に暮らしていたはずである。
しかし、ある時、
そのウイルスは我々の祖先に感染した。
そしてシンシチンを提供するようになり、
今も我々の体の中にいる。
そのウイルスがいなければ胎盤は機能せず、
ヒトもサルも他の哺乳動物も
現在のような形では
存在できなかったはずである。
調べてみると、
内在性レトロウイルス遺伝子は
哺乳類の胎盤獲得に働いているだけでなく、
機能性の高いウイルス遺伝子と
順次置き換わることができる、という
さらに驚く記述も見つけられるが、
いずれにせよ、
過去に感染したウイルスが、
今はヒトのゲノムの一部となって
重要な機能を果たしている、
ということのようだ。
遺伝子を受け継ぐだけでなく、
感染したウイルスからも
遺伝子を受け継いでいるのだ。
もう一度言おう。
我々はすでにウイルスと一体化しており、
ウイルスがいなければ、
我々はヒトではない。
新型コロナウイルス「SARS-CoV-2」も
いつかはヒトのゲノムの
一部になる可能性すらある、ということか。
しかも、場合によっては
病気どころか新たな機能や器官を
作り出す可能性をも含んでいるなんて。
哺乳類の基盤ともいえる胎盤が
ウイルス起源、という研究成果が
もたらすものは、
「親から子へ」こそが遺伝だと
思っている人には
ちょっと刺激が強すぎる。
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