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2020年6月14日 (日)

誰も本当に「独立」などしていない

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誰も本当に「独立」などしていない

- 「ごった煮」のまま考える -

 

前回
哺乳類の基盤ともいえる胎盤が
ウイルス起源、という話から
過去感染したウイルスと
現在のゲノムとの間に
不思議な関係があることを
この本から学んだ。

中屋敷均 (著)
ウイルスは生きている
講談社現代新書

(以下水色部、本からの引用)

今日は、もう少し読み進めて
生命の基礎となる
「個体」について考えてみたい。

 

「ひとりの人間」を
「個体」として認識することに
それほど違和感はない。

ところが、微生物やウイルス、
あるいは遺伝子までを
視野に入れて考えると
「個体」の認識は
かなりあやふやになってくる。

高等動物であっても
「生命の単位」の問題から
完全に自由な訳ではない。

たとえば2006年のサイエンス誌に、
ヒトの腸内に生息する細菌の
詳細な解析結果が報告され、
そこには10兆から100兆個もの
細菌が存在することが明らかになった。

それらの腸内細菌が持つ遺伝子の数は、
ヒトゲノムにある遺伝子数の
少なくとも100倍以上になると
推定された。

そういった多量に存在する
腸内細菌の力(遺伝情報)を借りて

ヒトは本来、
自分自身では保有していない
代謝系によるアミノ酸、多糖類、
ビタミンやテルペノイドなどの
代謝物を作り出すことを
可能としている。

ひと言でいうと
これらの細菌がないとヒトは
生きていけない
、ということだ。

わかりやすい例として、
草食動物で考えてみよう。

この問題はウマやウシなどの
草食動物ではより顕著である。

彼らは植物を
主食とするにもかかわらず、
その主要成分であるセルロースを
分解するセルラーゼを持たない


セルロースの分解は
消化管内の共生微生物が担っており、
彼らはそういった微生物の存在、
すなわち彼らの持つ
遺伝情報の存在なしには、
当然生きていけない。

このような場合、
草食動物の存在には
腸内細菌が不可欠になっており、
草食動物は腸内細菌がいなければ
「単位」として
成立していない
ようにも思える。

ヒトも草食動物も
細菌と一緒に生きている。
切り離したら生きていけない。
このとき、両者を切り離して
別々の「個体」としていいのだろうか?

まさに

形而下の生物としてのヒトは、
形而上の「個の意識」と
同じ程度には他から独立していない

わけだ。

「自己とは何か?」
「他者とは何か?」
「個体とは何か?」
これらを無理やり定義したくなるは
我々のかなり特殊な分類欲で
その純度を高めようとすることが
かえって自然を見えなくしてしまっている
のではないか、とさえ思えてくる。

少なくとも物質的には、
誰も本当に「独立」などしておらず
相互に依存し、進化の中では
他の生物との合体や遺伝子の交換を
繰り返すようなごった煮の中で、
生命は育まれてきた

定義により細分化し、分けて考える、は
これまでも多くの分野で
繰り返されてきた。
これからは、
この「ごった煮」のまま考える
という方法こそが、より広い分野で
必要となってくるのではないだろうか。

 

 

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