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2020年5月

2020年5月31日 (日)

ICU学長からの問いかけ

(全体の目次はこちら



ICU学長からの問いかけ

- 改めて「不公平」について考えてみよう -

 

noteでこんな記事を目にした。

あべまおこさんという方が書いていた
「話してもわからん」をひっくり返したある日の学長からのメール

記事へのリンクは
筆者の承諾をいただいているので、
詳しくは
リンク先の記事を読んでいただきたいが
簡単にその内容をまとめると

(1) 新型コロナウイルスの感染拡大により
  国際基督教大学(ICU)は
  春学期における全ての授業を
  オンラインで行うこと等
  緊急の対応を決定した。

(2) すると、ある学生が、
  期待される従来の教育環境で
  授業が受けられないのであれば
  学費の一部である
  施設費を減額してほしい
  との内容を含む署名運動を開始した。

(3) 最終的に集まった署名が
  提出されたかどうかは不明だが
  学生の要求・疑問に答える形で
  岩切学長が学生にメールを発信した。

という一連の流れの報告になっている。

全体に、たいへんに知的でかつ冷静な文章で
さすがICU生、と思わせるいい記事なのだが、
ご本人も書いている通り、
ICUつまり岩切学長の返答が
紋切り型のYes/Noではなく
実にいい内容だったので、きょうは改めて
そのことについて紹介し、考えてみたい。

 

学生の要求の詳細、および
大学側の回答の日本語版の全文は
上のリンク先にあるので、
ご興味があれば参照いただきたいが、
私が特に感銘を受けたのは
学長からのメールの以下の部分だ。
(以下、水色部は
 学長からのメールの引用)

図書館は、論文執筆中の学部6卒生と
大学院生には、送料大学負担で
図書の貸し出しを行っています
(学期中、1回、1人5冊まで)。

これは、このサービスを
受けられない学生からすると、
不公平な対応に見えるかも知れません。

ある意味では確かにそうです。

皆さんにはぜひ、
この「不公平」について考えて
みることをお願いしたいと思います。

改めて「不公平」について
考えてみてほしい、と投げかけている。

 

学生全員に同じ対応をするのは
財政的にも人手の面からも不可能です。

大学として採った措置は、
それをしないと
極めて大きな不利益を蒙る人

(ここでは、論文が書けなくて
 卒業できなくなってしまう人)
にたいして特別な手当てをする
というものです。

今あなたがその対象者ではなくても、
ある日、あなたが、
図書の貸し出しとは別のことで、
そのような類の不利益を
蒙りそうになったときには、
大学は適切なサポート体制を整える、
ということを覚えていてください


大学も市民社会と同じで、
全体で支え合うという精神で
運営されています。

限られたリソースしかないとき、
それをどこに投入するのか、
どう配分するのか。
リーダーとして決断を迫られる
厳しい場面だ。

岩切学長は、
それが一般的には不公平と呼ばれることを
承知のうえで
「最も困っている人に投入する」
という決断をした。

広く薄く全員に、ではなく
困っている人にだけしっかり


そして、ここがすばらしいところだが、
学長は
「あなたは、今は(助けられる)
 対象者ではないかもしれないけれど、
 もし今後、
 あなたが困る状況になったときは
 大学側は今度はあなたを助けます
と添えている。

単純な「機会の公平」のみの視点で
公平・不公平を考えていないか、と
厳しい問いを投げかける一方、
同時に
「あなたが安心して学べる環境を
 大学側はいつでも
 最大限提供しようとしていますよ」
とのメッセージまで伝わってきて
ICUの学生でもないのに
なぜか胸が熱くなる。

2020年5月24日の朝日新聞EduAには
岩切学長へのインタビュー記事があった。
それによると
昨年秋の香港での大学閉鎖の経験を踏まえ
授業のオンライン化は3月12日には
決定していたという。

『The education must go on』の考えのもと
学内に「コロナ対策室」をつくり、
教職員が協働してオンライン授業の
サポート体制を整えたらしい。

教員向けの研修会を開き、
経済的な理由から
自宅にWiFi環境が整っていない学生には
大学が費用を負担し、機器を提供した。
非常勤講師にも機器を貸し出したという。

「極めて大きな不利益を蒙る人にたいして
 特別な手当てをする」
「もし今後、
 あなたが困る状況になったときは
 大学側は今度はあなたを助けます」

こういったブレない考え方が
基本指針として明確にあったからこそ
各々の問題に
いち早く対応できたのであろう。

 

形だけの「公平」が
いかに期待に反する施策を生むかは、
「一住所に2枚のマスク」をみても明らかだ。

結果的に、学費の減額要求自体は
丁寧な説明のもと退けられている。

しかし、もし私が学生であったら、
結果に対して「なにぃ!」と怒る前に、
再度メールをゆっくり読み返して
みたことだろう。

そして、「公平とはなにか?」を
改めて考えさせられると同時に、
「困ったら今度はあなたを助けます」
の言葉に、ある種の「安心感」すら
抱いて驚いたに違いない。

サポートというのは、
お金だけではない。

それぞれの学生が、
自分を信じてくれる人たち、
自分を励ましてくれる人たち、
そういう人たちが
そばにいることを実感でき、
環境に関わらず
「ここなら安心して学べる」
と心から思えるなら、
それは最大のサポートであり、
公平なサポートでもある。

 

気がつくと、公平さだけでなく、
サポートの価値についても
改めてあれこれ考えている。

いい文章は、
世界をどんどん広げてくれるものだ。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2020年5月24日 (日)

ニュースや数字を通して考えると

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ニュースや数字を通して考えると

- 普段は見えていなかったものが、 -

 

4月7日に発出された緊急事態宣言。
すでに7週間近くが経過しているが、
本日5月24日
「政府は北海道、埼玉、千葉、東京、
 神奈川の5都道県で続く
 新型コロナウイルスの
 緊急事態宣言について、
 今月末の期限を待たず、
 25日に全面解除する方針を固めた」
なるニュースが流れてきた。

世界に目を遣ると5月23日時点で
 累計感染者数  520万人超
 累計死者数   33万人超
 1日あたりの新規感染者数 10万人超
 1日あたりの死者数     5千人超
と感染拡大自体は
依然として衰えていないが。

 

日本の外出自粛の影響は、
今後いろいろな角度から
分析・検証されることになるであろうが、
今日はふたつのデータを見てみたい。

ひとつ目は消費動向の一部、
「消費財の販売金額(前年比)」
について。

市場調査会社のインテージが
前年より「売れた」商品
消費財の販売金額(前年比)上位30品目

前年より「売れなくなった」商品
消費財の販売金額(前年比)下位30品目
を2020年4月分について発表している。

リンクをクリックする前に、
どんな商品がそれぞれの上位に来るのか、
まずは考えてみてほしい。

対象は、
[ 食品、飲料、アルコール、
 雑貨、化粧品、医薬品 ]

まさに生活につながる身近なものだ。

外出自粛の生活で
「売れたもの」と
「売れなくなったもの」には、
何があるだろう?

 

BEST30とその詳細については
リンク先を参照いただきたいが、
TOP10だけ見てみよう。

前年比で売れたものBEST10
1. うがい薬
2. エッセンス類
3. プレミックス
4. ビデオテープ
5. 殺菌消毒剤
6. 小麦粉
7. ホイップクリーム
8. 石鹸
9. 家庭用手袋
10. 住宅用クリーナー

* うがい薬 / 殺菌消毒剤 /
 石鹸 / 家庭用手袋
などは、予想通り、といった感じだろう。
衛生に関連するもの群

* エッセンス類 / プレミックス /
 小麦粉 / ホイップクリーム
などはいわゆるお菓子作り関連群
お子さんの学校が休み、ということもあろう。
「家でお菓子でも作ろう」
の機運が高まったのだろう。

* 家庭用手袋 / 住宅用クリーナー
などのお掃除用品関連群
も在宅時間が長くなっていることを考えると
納得できる。

 

全く意味がわからないのが
* ビデオテープ
リンク先を見ると、
順位を決める4月第3週の値のみ
値が突出したため
たまたまベスト10に入ってしまった、
という感じだが、
仮に第3週だけだったとしても
2020年の4月、
何があれば「ビデオテープ」が
売れるのであろう?

 

前年比で売れなくなったものBEST10
1. 鎮暈剤(ちんうんざい)
2. 口紅
3. 日焼け・日焼け止め
4. 強心剤
5. テーピング
6. 写真用フィルム
7. ほほべに
8. ファンデーション
9. コールド&マッサージ
10. おしろい

* 鎮暈剤(ちんうんざい)
酔い止めの薬は、長距離の外出、計画が
減っているので当然だろう。
通常4月はゴールデンウィークに向けて
子供向けの薬も
売れていた時期ではないだろうか。

* 口紅 / 日焼け・日焼け止め /
 ほほべに / ファンデーション /
 コールド&マッサージ / おしろい
このあたり購買層は圧倒的に女性だろう。
Stay Homeとマスクは
化粧品関連にダイレクトに
響いてくるようだ。

* テーピング
スポーツ大会の休止、運動部の休部、
スポーツジムの閉鎖等の影響か。

* 強心剤
これはどうも外国人観光客による
購買が減ったことが響いているもよう。
処方箋なしで買える市販薬は、
訪日中国人観光客が爆買いしていく
製品の1つなのだとか。

* 写真用フィルム
チェキのような
その場で写真となるフィルムは
今でもライブ会場では大人気らしい。
アイドルや出演者と一緒に撮って・・・。
ことごとく休止となってしまったライブは
こんな商品にも影響を与えているようだ。

もちろんどれも想像だが、自分の消費動向と
すべてが直結しているわけではないので、
理由を考えてみるのはおもしろい。

 

対照的なもうひとつのデータは、
「4月の自殺者の数」

TBSなどが報じたという
exciteニュースの記事がここにある。
4月の自殺者数、前年比約20%減

厚労省などによると、
4月の全国の自殺者数は
前の年の同じ月に比べ
359人少ない1455人で19.8%減った、
とのこと。
少なくとも最近5年間では
最も大きな減少幅らしい。

ちなみにコロナによる死者の数は
2020年4月
日本において偶然にも359人。

いずれにせよ、コロナ死者数の
4倍もの人が自ら命を絶っている。

一方で、20%も減った自殺者が、
今回の自粛要請と関係があるとするなら、
「学校に行くくらいなら死んだほうがいい」
「仕事に行くくらいなら死んだほうがいい」
そう考えている人が相当数いた、
ということになるのだろうか?

 

他にも

「大型連休中(4月24日~5月6日)に
 成田空港(千葉県成田市)から
 出国した日本人は850人(速報値)と、
 前年同期比99・8%減の
 記録的な落ち込みとなった。
 (前年同期34万8630人)」

「出入国在留管理庁は5月14日、
 4月の外国人新規入国者数(速報値)が
 1256人だったと発表。
 (前年同月約268万人)」

 35万人が850人に、
 268万人が1256人に、

など、驚くべき数字を伴ったニュースが
次々と入ってきている。

どんなニュースであれ
単にニュースを読んだだけで
なにかを断定することは
もちろんできない。

しかし、なんとなく意識はしつつも
普段は見えていなかった、
あるいは見ようとしていなかったものが
緊急事態という特殊な条件と
合わせて考えることで、
別な角度から光が当てられたようになって
自分の意識の中に
浮かび上がってくることは確かにある。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2020年5月17日 (日)

「遺伝子ドライブ」の恐怖

(全体の目次はこちら



「遺伝子ドライブ」の恐怖

- 取り返しのつかないことになる前に -

 

前々回
「遺伝子組み換え」と呼ばれる技術の
問題点を挙げ
前回
それらが「クリスパー」に代表される
新しい「ゲノム編集」の技術において
どう解決されているのか、
を簡単に見てきた。

今日は、
「ゲノム編集」の技術の応用の中でも
私がまさに「恐怖」と感じている
「遺伝子ドライブ」について考えてみたい。

引き続き、参考書はこの本。

小林雅一(著)
ゲノム革命がはじまる
DNA全解析とクリスパーの衝撃
集英社新書

(以下水色部、本からの引用)

 

まずは
「遺伝子ドライブ(gene drive)」とは?

遺伝子ドライブとは、
「人類にとって都合の悪い遺伝子」を
人為的に駆逐する、あるいは逆に
「人類にとって都合のいい遺伝子」を
人為的に繁殖させる技術だ。

科学者たちの間では長いこと、
ある種の夢あるいは逆に悪夢として
語られてきた一種のSF的技術でもある。

従来の遺伝子組み換え技術では、
遺伝子ドライブを実現することは
極めて難しかったが、
クリスパーの力によって
技術的には可能になってしまった。

2015年11月
米カリフォルニア大学サンディエゴ校と
同アーバイン校の共同研究チームが、
ついに遺伝子ドライブの実験に成功。

それは次のような仕組みだ。

私たち人間をはじめ
生物に備わっている通常の遺伝子は、
父親由来の遺伝子と
母親由来の遺伝子が互いに半々
(50パーセント対50パーセント)の確率で
子孫へと伝わっていく。

つまり、(遺伝子の立場から見れば)
上手く生き残る場合もあれば、
そうでない場合もあるので、
特定の遺伝子が他を駆逐してしまう
ような事態を免れている。

これに対し利己的遺伝子では、
ほぼ100パーセントに近い確率で
子孫へと伝わっていく
ため、
最終的には自分以外の遺伝子を
完全に駆逐して種を制覇してしまう。

ここでの「利己的な遺伝子」は、
英国の動物行動学者、
リチャード・ドーキンス氏の有名な著書
『利己的な遺伝子』の利己的とは
まったく違うものなので
ちょっと紛らわしいが、
とにかく、交配によって
通常50%となってしまう遺伝を
ほぼ100%としてしまうことが
可能になったわけだ。

どんな仕組みで
事実上100%の遺伝を実現するのか?

そのメカニズムの詳細については
上記参考書を含むいくつかの解説書や
詳しい解説を含むこちらのページ
遺伝子ドライブとは?
等を参照していただきたいが、
シンプルながら
よく考えられた実におもしろい仕組みだ。

改変した部分だけでなく、
他方の染色体を切断して
改変遺伝子をコピーさせる
「仕組み」そのものを
パッケージにして子に伝える。
「コピー機能を持つ
パッケージ自体が引継がれる」ので
ある意味まさに再生産の無限ループだ。

 

今回、カリフォルニア大学の
共同研究チームは、
アフリカのサハラ砂漠以南で
マラリアを伝染させる蚊に
クリスパーを適用し、
マラリア原虫への耐性を備えた
利己的遺伝子を
(厳重に管理された実験室内で)
創り出すことに成功した。

つまりこの蚊は、
マラリアを伝染させない。
しかも、その子も50%の確率ではなく、
ほぼ100%の確率で伝染させない。

この蚊を野に放てば
原理的には「マラリア」は
撲滅できるが

その一方で食物連鎖の末端に位置する 
「蚊」のような生物を遺伝的に
改造してしまえば、その上位に連なる
無数の捕食動物をはじめ、
生態系や環境に
予想外のダメージを与えてしまう
恐れ
も指摘されている。

そして一旦そのように
進化の方向性を狂わされた生態系は、
後から元に戻そうとしても
取り返しがつかない

アフリカでは現在でも
年間約2億人がマラリアを発病し、
そのうち約67万人が
死に至っているという。

なので、なんとかしたい、は
多くの人の希望だろう。
しかし、どう考えてもこの方法はまずい。

米国科学アカデミーは、
今回実現された遺伝子ドライブ技術を、
どう取り扱っていくべきかを検討。

2016年6月に 
「現時点では、
 遺伝子ドライブで作られた生物
 (具体的には蚊などの昆虫)を
 野生に放つことを支持するに足る
 十分な根拠がない。

 まずは厳格に制御された状況下で、
 実地試験から入るべきだ」

とする玉虫色の勧告を発表した。

「マラリアだけ」の視野で
取り返しのつかないことに
どうかどうかなりませんように。

近い将来、ゲノム編集は
「生命」「寿命」「健康」
「医療」「子孫」「美容」
などの分野で、驚くべき成果を
次々とあげていくことだろう。

でもそれらはすべて
狭い目的から見たときのみの成果だ。

食物連鎖だけでなく
われわれは自然の大きな流れに
支えられながら生きている。
なのに、その自然のことを
まだほとんど知らない。

目的と成果に目を奪われて
自然への敬意と畏れを
忘れることがあっては決してならない、と
改めて強く思う。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2020年5月10日 (日)

遺伝子操作技術「クリスパー」の衝撃

(全体の目次はこちら



遺伝子操作技術「クリスパー」の衝撃

- 「速く」「安く」「正確に」 -

 

前回
「遺伝子組み換え」と呼ばれる
従来の遺伝子技術には
【 精度(成功率)が低い 】
【 汎用性に乏しい 】
という2つの大きな問題があった、

というところまで書いた。

それらが「クリスパー」に代表される
新しい「ゲノム編集」の技術において
どう解決されているのか。

引き続き、この本を参考書として
見ていきたい。

小林雅一(著)
ゲノム革命がはじまる
DNA全解析とクリスパーの衝撃
集英社新書

(以下水色部、本からの引用)

 

新たな遺伝子操作技術
「クリスパー」は、
従来の組み換え技術が背負わされた、
それらの問題や限界を
全て取っ払ってしまう

と勢いよく書き始めているように、
従来技術の全問題点を
解決してしまっている
まさに画期的な新技術のようだ。

【「精度(成功率)が低い」問題の解決】

中でも重要なのは
「組み換え精度」の問題である。

前述のように、
従来の遺伝子組み換え技術は
「100万回に1回の成功率」といった、
ほとんど偶然(運)に頼ったような
確率的手法だった


これに対し、クリスパーでは
(科学者が)DNA上の狙った遺伝子を
ピンポイントで切断したり、
改変することができる
(現時点で、その成功率は
 100パーセントまではいかないが、
 それに近いレベルには達しており、
 今後、ますます精度に
 磨きがかかってくると見られる)。

 

そして、2番目の問題もクリアされている。

【「汎用性に乏しい」問題の解決】

従来の遺伝子組み換え技術では、
たとえばマウスを対象にして
開発された技術は、
あくまでマウスにしか使えなかった。

これに対しクリスパーは、
マウスのような実験動物だけでなく、
牛や豚のような家畜、
鯛や鮭のような魚、
あるいはトウモロコシや
ジャガイモなどの農作物、
さらにはマーモセット(小型猿)や
人間など高度な霊長類まで、
あらゆる種類の動物や植物に適用できる
「汎用的な」遺伝子操作技術
なのだ。

従来技術の2つの大きな問題が
どちらも解決されているばかりでなく、
さらなる長所がクリスパーにはある。

従来の遺伝子組み換え技術は、
長年にわたって
地道な訓練を積んできた
ベテラン研究者にしか扱えない

ようなものだった。

それが、なんと・・・

【高校生でも操作が可能な使いやすさ】

これに対しクリスパーは、
「ゲノム」や「塩基配列」など
分子生物学の基本的知識さえあれば、
誰でも扱える簡単な技術とされる。

実際、クリスパー発明者の一人、
米カリフォルニア大学バークレイ校の
ジェニファー・ダウドナ教授は
(動画サイト「ユーチューブ」に
 アップされたビデオの中で)
私たち専門家の下で
 トレーニングすれば、
 たとえ高校生でも数週間で
 クリスパーを使えるように
 なるだろう

と語っている。

 

まとめると、まさにいい事尽くめの
画期的な技術であることがよくわかる。

【圧倒的に「速く」「安く」「正確に」】

クリスパーは非常に精度が高く、
かつ容易に扱える技術であることから、
遺伝子操作に要する期間が
飛躍的に短縮された。

たとえば
ノックアウト・マウスを作るために、
従来の手法では
1年以上もかかっていたのに、
クリスパーではたった3週間で
できるようになった。

そして、
このように開発期間が短縮されれば、
当然それに要するコストも下がる。

つまりクリスパーとは、
従来よりも圧倒的に
「速く」「安く」「正確に」
遺伝子を操作できる技術
なのだ。

そう言えば、
2018年に放送された
NHK「最後の講義」という番組内で、
講師の福岡伸一さんが、
「20年ほど前は
 ノックアウト・マウスを作るのに、
 3年という時間がかかり、
 ポルシェ3台分くらいの費用がかかった」
という話をしていた記憶がある。

このゲノム編集技術を
手に入れることによって、
科学者(つまり人間)は、
DNAという「生命の設計図」を
自由自在に改変できるようになった


これについては
人がついに神の領域に
 足を踏み入れた

との見方さえある。

その結果、ゲノム編集技術を使った

* 肉量が従来の1.5倍に増加した真鯛
  筋肉の成長を抑制する
  ミオスタチン遺伝子を
  クリスパーで切断(破壊)
* 肉量が2倍に増加した牛
* 角の生えてこない乳牛
* 腐りにくいトマト
* 油の生産効率を1.5倍に増やした藻

* 旱魃(かんばつ)に耐えられるトウモロコシ
* 従来よりも大きな収穫量が期待される小麦


などがすでに作り出されている。

「速く」「安く」「正確に」操作できる
となれば、その対象が拡大されるのは
必然だ。
対象も種類も広がり続けることだろう。

 

もちろん、農畜産物の改良以外にも
医療分野への応用の期待も大きい。

これまでの、いわば対症療法に対し、
個々の病気を引き起こす
根本的な原因である「遺伝子の変異」を
直接治療できる可能性も高まってきたからだ。

いずれにせよ、
「神の領域に足を踏み入れた」技術の
倫理的な側面からも
目を逸らすことはできない。

そんな中、「やってしまったら
まさに取り返しがつかない」という意味で
最も恐ろしいのが「遺伝子ドライブ」だ。

次回はこの「遺伝子ドライブ」について
その概要を学んでみたい。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2020年5月 3日 (日)

「遺伝子組み換え」の技術的課題

(全体の目次はこちら



「遺伝子組み換え」の技術的課題

- 2つの大きな問題点 -

 

近い将来、とんでもないことを
ひき起こすかもしれない技術、
という意味で、
個人的な興味ながら
「AI(人工知能)」と
「ゲノム編集」からは目が離せないと
思っている。

今日は、以下の本を参考書に、
「ゲノム編集」に繋がる
遺伝子回りの操作技術について
少し学んでみたい。

小林雅一(著)
ゲノム革命がはじまる
DNA全解析とクリスパーの衝撃
集英社新書

(以下水色部、本からの引用)

 

遺伝子を組み換える、という技術には
半世紀近い歴史があるし、
「遺伝子組み換え作物(GMO)」などの言葉を
目にするようになってからも
四半世紀ほどは経つ。

ところが、「ゲノム編集」の登場により
ここ数年、遺伝子回りの話題は
文字通り恐ろしいほど加速している。

以前からある「遺伝子組み換え」と
近年脚光を浴びている「ゲノム編集」とは
何がどう違うのだろうか。

まずは「遺伝子組み換え」から
少し詳しくみてみよう。

こうした遺伝子組み換えは、
基本的に 
「バクテリア(細菌)」や
「植物」、あるいは「動物」など
他の生物が持つ遺伝子を、
(特殊なウイルスやバクテリアの
 感染力を使うなどして)
目的とする植物や動物など(のDNA)に
組み込むことで実現される。

本文から、具体的な例を
ピックアップして列挙すると

(1) 遺伝子組み換えトウモロコシ
トウモロコシに
殺虫性バクテリアの遺伝子を導入することで、
「害虫への抵抗性を備えたトウモロコシ」が
実現される。

遺伝子組み換えトウモロコシに
代表されるような
遺伝子組み換え作物(GMO)は、
その種子だけで全世界で
年間約400億ドル(4兆円前後)もの売上
記録する一大産業になっている。

(2) バイオ医薬品
正常にインスリンを分泌する
人の遺伝子を取り出し、
これを大腸菌に組み込むと、
この大腸菌が人型インスリンを
生産するようになる。

これは糖尿病の患者に授与される
「バイオ医薬品」として広く使われている。

(3) ノックアウト・マウス
マウス(小型ネズミ)に、あえて
本来とは異なる遺伝子を導入することで、
実質的にその遺伝子を破壊したのと同じ
マウスを実現できる。

(これがノックアウト・マウスで、
 主に分子生物学や医学、
 あるいは神経科学などの分野で
 実験用動物として使われている。

 具体例をあげると、
 特定の遺伝子を破壊したことによって、
 そのマウスが何らかの病気を
 発症したとすれば、
 その遺伝子が病気を抑える役割を
 果たしていたことが判明するなどして、
 医療研究に資することになる)


その是非はともかく、
一見成功しているように見えるこの
「遺伝子組み換え」技術が持つ
大きな問題点とは何なのだろう?

【問題点その1: 精度(成功率)が低い】

まず一つは技術の精度に関する問題である。

簡単に言えば、
従来の遺伝子組み換えでは、
これから導入しようとする遺伝子を
(ターゲットとなる生物のDNA上の)
狙った場所に組み入れるのが
容易ではなかった。
つまり科学者らが何度試みても、
間違った場所に遺伝子を
組み入れてしまうことが多かったのだ。

たとえば、
ノックアウト・マウスを
作ろうとするときには、研究者が 
「マイクロインジェクション」
と呼ばれる作業を100万回以上も
繰り返す必要があった

その作業を通して、ようやく1回だけ
狙った通りに成功する、といった
極めて成功率(的中率)の低い技術
だったらしい。

このため、十分な訓練を積んだ
ベテラン研究者でさえ、目的とする
ノックアウト・マウスを作るために
1年以上も要することが珍しくなかった。

GMOやバイオ医薬品についても同様。

稲の遺伝子を組み換えて、
収穫量の大きな新品種(GMO)を
作り出そうとした場合、
変異が(DNA上の)正しい位置に入る確率は
1万分の1程度と言われた


バイオ製品も
組み換え精度の問題などによって、
製品化までに極めて長い開発期間と
膨大な費用がかかっていた。

【問題点その2: 汎用性に乏しい】

たとえばノックアウト・マウスを
作るために使われた組み換え技術は、
あくまで
マウスだけに通用する技術であって、
マウスよりも大きな
「ラット(大型ネズミ)」で
同じことをやろうとしても
上手くいかない。

 

100万回だの、1万分の1だの
驚くような数字が並んでいるが
以上、
従来の遺伝子技術が持つ2つの問題点
【 精度(成功率)が低い 】
【 汎用性に乏しい 】
を挙げたのち著者小林さんは、
こうコメントしている。

要するに
従来の遺伝子組み換え技術は、
「組み換え」
という言葉から連想される
自由自在なイメージとは裏腹に、
実は様々な問題や限界を抱えた
不自由な技術だった
のだ。

 

こういった問題を抱えていた
従来技術に対して、
「クリスパー」に代表される
新しい「ゲノム編集」の技術は
どう優れているのか?

この話、次回に続けたい。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

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