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2020年3月

2020年3月29日 (日)

「4月1日生まれ」はクラスで一番最後

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「4月1日生まれ」はクラスで一番最後

- なぜ学年の最初じゃないの? -

 

この時期、クイズのネタとしても
使われることが多いので
ご存知の方も多いと思うが、
ちょうど学年末、今日はこの件について。

そう、
「クラスで一番最後の誕生日の人」が
どうして「4月1日生まれ」なのか?
の件。

ふつうに考えれば、
「一番最初」でもいいはずなのに...

スクラップブックをめくっていたら
朝日新聞 2007年3月30日の記事に
4月1日生まれ なぜ「学年の一番最後」

があったので、それを読みながら
一番最後の理由を学んでみたい。
(以下水色部、記事からの引用。
 「問題解決モンジロー」の記事ゆえ、
 会話調になっているが)

まずは年齢計算の定義から。

まず
「年齢計算に関する法律」では、
「年齢は出生の日より之を起算す」
とある。
そして「期間」というものについて、
民法では
「起算日に応当する日の
 前日に満了する」としている部分を
年齢計算に準用する、と定めている。

そんなことから
「年齢は、誕生日前日の
 深夜12時の時点で加算される」

(法務省)と解釈するそうだよ。

法律通りなら、誕生日の前夜
にケーキを食べるべきかも。

まぁ、このあたりは決め事だから
どう決めるかだけの話だが、
誕生日前日に歳をとる、
ということがキーのようだ。

では、学年の方は
どうなっているのだろう?

一方、学年は、学校教育法で
4月1日に始まると決められている。

例えば小学校に通うのは
「満6歳に達した日の
 翌日以降における最初の学年の
 初めから」。

ややこしいけど、
4月1日生まれの人が
満6歳になるのは3月31日。
その翌日は4月1日だから、
ちょうどその日から始まる
学年の初めに間に合う
ということだね。

選挙権も同様で、
(記事当時20歳、現在は18歳だが)
誕生日の前日から投票できるようだ。

法律というか
ルールがわかれば簡単なこと。

「常識とかけ離れている。
 法令を改めるべきだ」
などとして、
民主党の衆院議員が02年に
質問主意書を提出。
当時の小泉内閣は
「常識と異なるものではない」
などと答弁している。

確かに常識とはちょっと違うが
「年齢は、誕生日前日の
 深夜12時の時点で加算される」

ことで、
2月29日生まれの人も
4年に一度ではなく
毎年、正々堂々とすっきり
歳を重ねられるわけだ。

 

年齢や学年とは関係ないが、
以前ここにも書いた通り、
四月一日(四月朔日)を
『わたぬき』
と読む話は好きだ。

四月一日になると
綿の入っている着物を脱いで
あわせの着物になる事かららしい。

 

今年は
新型コロナウイルス感染拡大の影響で
「桜」も
(あわせの着物になる)「暖かさ」も
心から楽しめない気分のまま、
4月1日を迎えようとしている。

 

 

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2020年3月22日 (日)

PC間で自由自在にドラッグ&ドロップ

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PC間で自由自在にドラッグ&ドロップ

- Microsoft Garage Mouse without Borders -

 

デスクトップであれ、ノートPCであれ、
2台以上のWindows PCをお使いの方に
今日は便利なソフトウェアを紹介したい。

リリースされてからすでに2年ほど経つので
新しいものではないが、
技術者仲間と話をしていても
知っている人が意外に少なかったので、
愛用者として改めて
ここでお薦めする次第。

特に、自宅で同じ机の上に
2台以上のWindows PCを並べて
作業することがある
ような人は
試してみる価値は大きいと思う。

このソフトを使うと
「without Borders」の名の通り、
境界を超えてマウスを使えるようになる。

境界とはパソコンとパソコンの間。
つまり、
複数のPC間でマウスとキーボードが
 共有できるようになる
」ソフトだ。

ひとつのマウスとキーボードを
複数のPC間で共用できるようになるので、
2台PCが並んでいても
マウスとキーボードを
2台並べる必要がなくなる。

置く場所を最小にできることも嬉しいが、
持ち替える必要がないことの
快適さは最高だ。

利用するPCのOSがWindowsであること、
それぞれが同じネットワーク上にあること、
の条件はあるものの、
Wi-Fi接続でももちろんOKだし、
ノートPCも含めて、
マウスやキーボードにも特に条件はない。

しかも
最大4台まで並べて操作することも可能だ。

マウスカーソルを
PC-AのモニタからPC-Bのモニタに
境界なく動かせるようになる。

もちろんそれだけでも十分便利なのだが、
特にここで紹介したかったのは、
共有に加えて、
なんと、PC-AとPC-Bの間で
ドラッグ&ドロップができてしまう
ように
なるからだ。

つまり、
PC-Aでファイルやテキストをコピーして、
PC-Bにドロップすることができる。

共有したPC間で、ファイルの移動が
一瞬でできてしまうわけだ。

まさに、同じキーボードとマウスから
手を離すことなく、複数台のPCを
まるで一台のPCのように扱える


こんな便利なソフトが無料で手に入る。
ダウンロードはこちらからどうぞ。

Mousewb

UIは英語のみだが、
一度セットアップさえしてしまえば、
あとは2台のPCの電源を入れるだけで
いつでも使えるので、
以降は、基本的にUIを見たり
操作したりすることもない。

インストールや利用方法について
丁寧に説明してくれている
こちらこちらのような
日本語ページもある。

複数のWindows PCをお持ちの方
ぜひお試しあれ。

 

 

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2020年3月15日 (日)

伝書鳩からレース鳩に

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伝書鳩からレース鳩に

- 一日で千kmを飛んで帰巣!? -

 

2020年3月11日、WHO(世界保健機関)は
新型コロナウイルス感染拡大を
「パンデミック(世界的な大流行)」に
相当すると表明。

3月12日には、
古代オリンピック発祥の地
ギリシャ・オリンピア遺跡のヘラ神殿前で
聖火採火式行われたようだが、
先が読めない中、東京2020オリンピックも
黄色信号といったところだろうか。

ところで、オリンピックと言えば、
56年前の東京オリンピックの開会式で
多くの鳩が一斉に飛び立ったシーンは
リアルタイムでは見ていないものの
のちの映像では何度も目にしており、
なかなか印象的だ。
8千羽も放たれたらしい。

JOCのオリンピック憲章のページでは
過去からのオリンピック憲章を
見ることができるが、試しに

オリンピック憲章 
Olympic Charter 2000年版・英和対訳
(1999年12月12日から有効)

を見てみると、94ページには

1.11
オリンピック聖火が走者達の
リレーによって
スタジアムに運び込まれる。
最後の走者がトラックを一周し、
オリンピック聖火に点火する。

聖火は
オリンピック競技大会の閉会式まで
消されてはならない。
聖火への点火に続いて、
平和を象徴する鳩が解き放たれる

とあり、開会式での鳩を使った演出が、
なんと明文化されている。
(2004年版以降
 この記述はなくなっているようだが)

当時、鳩は、平和の象徴として、だけでなく
伝書鳩(でんしょばと)としても
新聞社等で実際に使われていたらしい。

気になってちょっと調べてみたら
こんな記事が見つかった。

「3割が帰らないナゾ」
を見出しとしていた
2007年5月13日朝日新聞の記事
(以下水色部記事からの引用)

伝書鳩は、
エジプトから中国などにかけて分布する
カワラバトの仲間だ。

縄元前3千年ごろから、
帰巣能力を買われ、
通信用に飼いならされるようになった。
ハトと人とのつきあいは長い。
旧約聖書の「ノアの洪水」のくだりに、
箱船から放たれたハトが
オリーブの小枝を持ち帰った
との記述がある。
このときから、平和の象徴にもなった。

紀元前3千年ということは
なんと5千年もの歴史があるわけだ。

新聞社でも使われていた。

帰巣能力を買われて、かつては
通信機器」として活躍した。

第2次大戦までは、
軍用の機密も伝書鳩が運んだ。
もちろん、わが朝日新聞社でも
記事や写真の送稿に
欠かせない存在だった。

社史によると、1895年、
「朝鮮から井上馨公使帰国」
のニュースを伝えたのが最初。

電話やファクスの普及につれて、
わが社でも1966年までに、
全本社の通信鳩係が廃止された。

1966年に廃止されたとはいえ、
約70年も新聞社で使われていたわけだ。

「伝書鳩」としての役目を終えた鳩は、
現在は「レース鳩」と呼称を変え、
速さを競うレースが、
その晴れ舞台として残っている。

100kmから1000kmを越えるコースまで
各種レースがあるようだが、
そのレースでの帰還率が
近年大幅に落ちて来ているらしい。

全滅が続いて、
中止に追い込まれた伝統レースもある

とのこと。

記事の見出し
「3割が帰らないナゾ」は
この帰還率のことを指している。

その理由については

「携帯電話の普及で電磁波の影響を受ける」
「異常気象のせい」
「短距離レースに力を入れる人が増えた」
「健康管理や訓練が雑になった」…。

会場で、いろいろな声が聞かれた。
だが、猛禽類が増えているのを、
理由にあげる人が圧倒的に多い

タカが保護されて増えたから、
というわけか。

 

保護が進んだ結果、都内でも
オオタカやハヤブサが観察される。

「レース中に食べられたり、
 襲われてショックで方向を
 見失ったりしているのでしょう」

とは、日本伝書鳩協会会長の
屋内一郎さんの言葉。

それにしても
条件さえ良ければ千kmという距離を
1日で帰るというハト。

いったいどうやって帰路を掴むのであろう。

ハトが帰巣に使っているのは、
まず地形などの視覚情報

見覚えのある場所で放せば
一直線に家に帰る
鉄道を見つけると線路沿いに飛ぶ。

そして、方角。これは、
太陽の位置と体内時計を
組み合わせて判断
しているらしい。

人工照明によって体内時計を
6時間ずらしてやると、
ハトは鳩舎から90度ずれた方向を
目さして飛んでいく。

地形や太陽との角度のほか
地磁気を感じていることも
確かめられているようだ。

地磁気を感じることも、
実験で確かめられている。
ただし、手術で磁気を
感じられなくしたハトもちゃんと
帰巣することが多いところからすると、
どの程度頼りにしているかは、
はっきりしない。

ほかにも、
遠近両用眼鏡のような視力、
紫外線も見える視覚、
低音波も聞こえる聴覚、
千枚もの写真を覚えられる記憶力、
などなど、個々のすぐれた能力の
調査は進んでいるようだが、
帰巣のメカニズム自体が
明確になっているわけではないようだ。

飼育は、1964年の東京オリンピックのころが
ピークだったらしい。

そうそう、こんな記述もあった。

公園などで見かけるドバトは、
伝書鳩が逃げ出して
半野生化したものといわれる。

あの、
のんきそうにしている公園のハトにも
1000kmを飛んで巣に帰る能力が
備わっているのかもしれない、と思うと
ちょっと見直してしまう。

 

 

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2020年3月 8日 (日)

鄭人履を買う(ていひと くつをかう)

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鄭人履を買う(ていひと くつをかう)

- 『韓非子』の寓話 -

診察と言いながら患者の方を見ず、
検査結果が表示されている
モニタばかりを眺めている医者に
「目の前にいる患者を
 診ようとしないでどうする」
とはよく言われることだが、
そんな非難の声を聞くようになって
もう四半世紀ほどは経つような気がする。

ところがそんな状況は改善されるどころか
ますますデータ偏重へと流れている。

実態が目の前にありながら
「データだけを見る」の傾向は、
医療の現場だけでなく
いまや、あらゆる領域に蔓延している
と言っていいだろう。

先日もある技術セミナの中で、
「居酒屋の仲居さんの帯の中に
 モーションセンサを仕込み、
 移動や立ったり座ったりの動きを把握、
 疲労度や負荷具合がデータとして
 分析・把握できる」というシステムを
紹介している企業があった。

遠隔地に数万人もいるというならともかく
店内の仲居さんの様子は、
直接仲居さんの動きを見たほうが
ずっと正確で早い気がするが。

そもそもモーションセンサで
把握できることなんて、
仲居さんの体調のごくごく一部だし。

とまぁ、データのみに頼ってしまって
現実を活かしきれない、
活かそうとしない例は
まさに枚挙にいとまがないが、
この件、コンピュータ活用が広がった
「最近のこと」というわけではないようだ。

なんと二千年以上も前の
中国の書物にでてきている。

以下の本に教えてもらう。

加藤徹(著)
絵でよむ漢文
朝日出版社

(以下水色部は本からの引用)

紀元前3世紀の韓非(かんぴ)の著、
『韓非子』にある寓話だ。

鄭人履を買う
(ていひと くつをかう)

で知られている。

鄭の国の人が、
靴を買おうと思った。

あらかじめ
自分の足のサイズを測って
メモを作成し、市場に行ったが、
そのメモを家に忘れた。

メモを取りに帰って市場に戻ると、
店はすでに閉まっていた。

靴を買いに行ったのに
サイズのメモを忘れたから買えなかった。
買いに行った本人の靴なのに。

なんとも象徴的で
うまい話を持ってきている。

ある人が
自分の足で実際に靴を
 履いてみればよかったのに

と聞くと
「メモ書きは信用できるけど、
 自分は信用できないよ」
と答えた。

 

著者の加藤さんは

自信がない人は何もできない
肩書き入りの名刺を忘れると、
自己紹介もできない。

事前に書いた原稿を読みながら
でないと、演説もできない。
そんな人々を諷刺する寓話である。

と書いているし、
実際最後の行は

曰「寧信度、無自信也。」

日わく
「寧(むし)ろ度を信ずるも、
 自ら信ずる無し」と。

となっているので、正しくは
「自信のない人への諷刺」
なのかもしれないが、

私は読んだ瞬間、
昨今の
データがなければなにもできない、
というデータ偏重の風潮を
強烈に風刺しているように感じた。

人曰「何不試之以足。」

人曰わく
何ぞ之を試みるに
 足を以てせざる
」と。

データばかりを見て、
目の前の実態を見ようとしない、
そんな現実を目にするたびに
「何ぞ之を試みるに
 足を以てせざる」と
言いたくなることはよくある。

もう一度書く。
『韓非子』の著者韓非(かんぴ)は
紀元前3世紀、二千年以上も前の人だ


ちなみに

『韓非子』は
君主の政治の方法を論じた書。
悪の帝王学、
東洋のマキャベリズムの書として
有名。

らしい。
私は寡聞にして
名前しか知らなかったが。

 

 

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2020年3月 1日 (日)

第11回「日本語大賞」

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第11回「日本語大賞」

- 「あなたを思っているよ」 -

NPO法人・日本語検定委員会による
第11回「日本語大賞」の入選作が
2020年2月19日に発表された。

テーマは、
小学生、中学生の部「おもしろい日本語」
高校生、一般の部「美しい日本語」
計4065点の応募があったという。

文部科学大臣賞受賞作品は
読売新聞教育ネットワークのサイト
全文が読めるので、興味を持たれたら
ぜひ全文をお読みいただきたいが、
リンク先がいつまで公開されているのか
わからないし、その中には
印象深い言葉や表現もあったので
自分へのメモとして
一部をここに残しておきたい。

(以下水色部は受賞作品からの引用)

 

小学生の部の受賞は
シアトル日本語補習学校 小学6年の
川澄美紅(かわすみ・みく)さん。

日本語補習学校ということは、
月-金の平日はシアトル近郊の
現地校に通っているのであろう。
英語と日本語の両方を
真摯に学んでいることが
文章から伝わってくる。

川澄さんはアメリカ在住ゆえ
現地で英語字幕付きの「名探偵コナン」を
楽しんでいるようなのだが、
見ていると「字幕がヘン」と思うことが
あるようだ。

特に挨拶、

「いってらっしゃい」
「ただいま」
「おかえりなさい」
「おつかれさま」

などに対する英語字幕。

どうしても英語に
しっくり当てはまる言葉がありません


「あえて言うならこう言うかも。」
というのはないわけではないですが、
その場に合いません。

その結果、字幕でも
無理やり当てたような
おかしな英語が出てきます

 

一対一で正確に訳せない、と
言い放つだけでなく
「あいさつ」が持っている意味を
次のように感じ取っている。

生活の中のあいさつは、
日本独特の表現方法で、
あなたを思っているよ。」
というメッセージがかくされています。

「あなたを思っているよ」か。

シンプルながらなんとも核心を突いた
鋭い指摘だ。

メール等で気軽に使ってしまっている
「よろしくお願いします」
という言葉についても・・・

確かに、相手に
「適当に済ませておいてね。」と
お任せする時に言うのですが、
ただ無責任に「お任せ」するのではなく、
「ご苦労やご面倒をおかけします。」
という相手を思いやる気持ちも
ふくむといいます。

「あなたにやっていただくけれども、
 その責任は私にもある。」

という宣言で、言ってみれば

「私とあなたで一緒に
 その問題を解決しましょうね。」

という
前向きな態度なのかもしれません。
「あなたを思う気持ち」が
言葉に息づいていることを知りました。

英語環境で育ちながら
日本語についても
ここまで考察できるなんて。

 

中学生の部の
南雲円香(なぐも・まどか)さんは
「仕事の虫」「勉強の虫」とは言うけれど
「料理の虫」「スポーツの虫」と
は言わないのはなぜだろう、
の疑問に向き合いながら
『蝶に化けるかもしれない私の「虫」を
 堂々と大事に育てたいと思う』

力強い決意を聞かせてくれている。

 

高校生の部の
ミノヴィッチ たまらさんは、
勉強熱心なセルビア人のお父さんを通じて
日本語の豊かなオノマトペや、
断定を避ける「かも」など
日本語のおもしろさに気づいていく。

ほかにも

多くを語らない反面、
日本語に感情を伝える為の言い方が
数多くある事には驚きます。

他言語よりも
気持ちを伝えることに関しては
より熱心かもしれない
と思います。

日本語には心や胸という言葉を
含んだ表現が多い
からです。

例えば「胸をなでおろす」という言葉は
胸に手を当ててホッとしている様子が
目に浮かびます。

「待ってます」と言わず
心待ちにしています」だと、
言われた相手もこちらも
温かい気持ちになります。

他にも
心温まる、心が通じる、心が晴れる、
心が狭い、心配り、
胸を打つ、胸に迫る、胸に沁みいる、
など
思い出せる範囲でも沢山あります。

心や胸を含む多くの言葉。
言葉がコミュニケーションの質に
影響する例として実にいい。

 

一般の部の
星野有加里(ほしの・ゆかり)さんは
雪を背景に、
「ひとひら ふたひら」
「風花」
などの美しい言葉を
卒業間際の教え子と交わす。

教え子の

「こうやって先生と一緒に
 雪を眺めたこの瞬間も、
 忘れないと思う。

 卒業して何年か経っても、
 雪を見たらきっと思い出すよ

の言葉が、
ひとひら、ふたひら、風花
といった単語の美しさを越えて
響いてくる。

 

それぞれの生活の中で、
日常の言葉を豊かに感じる感性。
どれも素敵なエッセイだ。

 

 

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