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2020年1月19日 (日)

「四十にして惑わず」か? (2)

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「四十にして惑わず」か? (2)

- 口誦(音)で伝わったがゆえに -

 

安田登(著)
身体感覚で『論語』を読みなおす。
―古代中国の文字から―
(新潮文庫)

(以下水色部本からの引用)

を読んで、論語の
「四十にして惑わず」
(「四十而不惑」)


を考えてみる2回目。

前回は、
*孔子が生きたのは2500年前。

*『論語』がまとめられたのは
 孔子が活躍した時代から
 500年から700年ほど経った後漢の時代。

*500年の間は文字ではなく、
 弟子の口から口へ、口誦で伝えられた。

*この500年間に漢字も増えていった。

*孔子の時代の漢字はわかっている。
 その視点で「四十而不惑」を見ると
 「四十而不惑」の中の
 最も重要な漢字「惑」は
 孔子の時代には存在していなかった。


という衝撃の事実までをお伝えした。

「惑」という字が、
孔子が生きていた時代には
まだなかったなんて!!

だったら、孔子は
何を言おうとしていたのだろう。
そしてそれは、どんな漢字で
表現されるものなのだろう?

今日はそこから始めたい。

『論語』の中で、
孔子時代にはなかった漢字から
当時の文字を想像するときには、
さまざまな方法を使います。
一番簡単なのは、
部首を取ってみるという方法です。

部首を取ってみて、
しかも音(おん)に
大きな変化がない場合、
それでいけることが多い。

「惑」の漢字の部首、
すなわち「心」を取ってみる。

「惑」から「心」を取ると
「或」になります。

古代の音韻がわかる辞書を引くと、
古代音では「惑」と「或」は
同音らしい

となると問題ありません。

そして「或」ならば
孔子の活躍する前の時代の
西周(せいしゅう)期の
青銅器の銘文にもありますから、
孔子も使っていた可能性が高い。

 孔子は
「或」のつもりで話していたのが、
いつの間にか「惑」に
変わっていったのだろう、
と想像してみるのです。

口誦伝承で、
「音」は伝わっていた。

孔子時代に「或」のつもりだったものが
500年以上にも渡って口承されるうちに
孔子時代にはなかった漢字の「惑」に
置き換わってしまった。

もしそうだとしたら、
元の意味はどうだったのだろう。

 さて、では「或」とは
どんな意味なのでしょうか。
その古い形を見てみましょう。

「或」この右側は、
「戈(ほこ)」であると
漢字学者の白川静氏はいいます。

あるいは、
これは「弋(よく・矢)」で、
「境界」を表すという説もあります。
同じく漢字学の泰斗である
加藤常賢(じょうけん)氏や
赤塚忠(きよし)氏の説です。

白川静氏も、この字が
「境界」を表すというのには賛成で、
左側の「口」の上下にある「一」が
境界を表すといいます。

 ここでは両説の優越を
云々(うんぬん)することは
措(お)いて、
どちらにしろこの文字が
「境界」に関する文字である
ことは
確かなようです。

「戈」や「弋(矢)」で
地面に線を引いて境界を示す。

子供のころ、
地面に棒切れで線を引いて
「ここから奥は俺の陣地」
なんていうのと同じです。

「或」を
「口」で囲むと「国(國)」になるし、
「土」をつけると「域」になります。

ともに
「区切られた区域」をあらわします。
「或」とはすなわち、境界によって、
ある区間を区切ることを意味します。


「或」は分けること、
すなわち境界を引くこと、
限定することです。

藤堂明保(あきやす)氏は
不惑の「惑」の漢字も、
その原意は
「心が狭いわくに囲まれること」
であるといいます
(『学研漢和大字典』学習研究社)。

さあ、ここまでくると、
「四十而不
ではなく、
「四十而不
の意味が見えてきた。

 四十、五十くらいになると、
どうも人は
「自分はこんな人間だ」
と限定しがちになる。

「自分ができるのはこのくらいだ」
とか
「自分はこんな性格だから仕方ない」
とか
「自分の人生はこんなもんだ」
とか、
狭い枠で囲って
限定しがちになります。

「不惑」が「不或」、
つまり「区切らず」だとすると、
これは、

そんな風に自分を
 限定しちゃあいけない。
 もっと自分の可能性を
 広げなきゃいけない


という意味になります。
そうなると
「四十は惑わない年齢だ」
というのとは
全然違う意味になるのです。

いやぁ、
「或」でもいい意味ではないか。
惑よりもよりフィットしている。

安田さんは、
こういった古代文字発掘の成果を
今までの解釈の否定とは
捉えていない。

 むろん、だからといってこれは
今までの読み方を否定するものでは
ありません。

なんといっても
『論語』が2000年以上も
読まれ続けてきたのは、
古典的な読み方によってなのです。

それは、
一冊の古典を2000年以上も
伝え続ける力を
持っていた読み方です。

 その古典的な読み方に加えて
近年の古代文字発掘の成果を
加味した読み方をもってすれば
『論語』はさらに
すごい古典になると思うのです。

たまたま「惑」の一文字について
話を進めてきたが、
この古代文字の発掘は
「惑」も含めて、
さらなる大きなテーマを
我々に突きつけてくる。

長くなってしまったので、
その話は次回に。

 

 

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