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2019年12月 1日 (日)

「人間を写字・計算の機械にするのか」

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「人間を写字・計算の機械にするのか」

- 精神の発達と体からの刺激 -

 

前回紹介した
「人類の自己家畜化」関連の本から
もう一冊とりあげたい。

尾本惠市(編著)
人類の自己家畜化と現代
人文書院

(以下水色部は本からの引用)

本の中にある井口潔さんが書いた
「ヒトにとって教育とは何か」という章から
キーワードを3つピックアップしたい。

 

(1) 「種の保存」と「精神の発達」
1912年にノーベル賞をとった
アレキシス・カレルの言葉。

アレキシス・カレルは
フランス生まれの実験外科研究者で、
生涯をニューヨークの
ロックフェラー研究所で過ごした。

1912年にノーベル賞を取ったが、
晩年にかかるころ
「科学研究はすればするほど
 福祉から離れていく」

ことに気づき、

1935年に
『人間、この未知なるもの
 (Man, the unknown)』を著わした。

また彼の死後出版として
『人生の考察
 (Reflections on Life)』がある。

 彼はそのなかで、
人間が繁栄を続けていくのに
守るべき三つの原則として、

 種の保存、
 個体の保存、
 精神の発達


を挙げている。

現代は「知」の
それも生活に役に立つ「知」の、
不快を退ける「知」の
価値ばかりが高く評価され、
それ以外の徳目は明らかに
低く評価されてしまっている。

そのことが、本来あるべき
「精神の発達」を
歪(ゆが)めてしまっているのではないか。

「種の保存」と「精神の発達」を
同レベルで羅列していることが新鮮だ。

 

(2) 体からの刺激の意味
1981年にノーベル賞をとった
ヒューベルとヴィーゼルの
子猫の「感覚遮断実験」が紹介されている。

 生まれ立ての猫の片目の
上下の瞼の皮膚を縫い合わせ、
数週間後に縫い糸をとって瞼を開くと、
縫い合わせた目の視力は失われていて、
その後いくら視覚を刺激しても
視力は生まれなかった。

要するにその目の視力は
永久になくなったのである。

一方、縫い合わせなかった方の目は
普通以上の視力を持った。

また同じ実験をおとなの猫にしたが、
視力が失われることはなかった。

このように、
「視る」という能力は
自然に現れるもののように思われているが、
そうではない。

「視るという体験」をして始めて
観ることが出来るようになる
のである。

 発達途上の脳の機能を発達させるには
「感覚的経験」が不可欠なのである。

しかもその経験は
生後まもなくの時期になされることが
必要である。

その時期を臨界期といい、
その時期を失すると
重大な障害が起こる。

脳には最初から「見える」仕組みが
備わっているわけではなく、
「目で見る」ことによって、
つまり、見るという体からの刺激が
脳に伝わることで初めて
「見える仕組み」が
脳内に構築されるわけだ。

身体からの刺激、の意味は大きい。

 

(3) 「人間を機械にするのか」
福沢諭吉の言葉。

(中略) 欧米の文明を
一日も早く取り入れるために、
明治5年に学制をしき、
学校の制度をつくった。

政府が決めた内容の知識を、
決められたときに、決められた期間に、
決められた場所で一様に
学習しなければならないようにした。

 福沢諭吉は
人間を写字・計算の機械にするのか
とこの政策に反論したが、
容れられなかった。

そして決められた通りに
学習ができたかどうかの成績で
順位がつけられ、
人間の評価が決まるような
制度をつくった。

無意識のうちに
人間は不活性化され、
「人間の自己家畜化」は
促されたといえる。

約150年前の福沢諭吉の不安は
まさに的中してしまったようだ。

精神の発達が不十分で
写字・計算の機械のような人間が
大量に生産されてしまっている。

「不快」を悪と決めてつけて
「快」ばかりを追求したせいで
あらゆることがバーチャルとなり
「体からの刺激」は貧弱になる一方だ。

「体からの刺激」によって
ちゃんと成長する仕組みがあるのに
自らそれらに蓋をして
生命としての喜びの機会を失っている。

「家畜化」という言葉が
適切かどうかはともかく
「進む道」が、生物として
生き生きと生きる道から
どんどん遠くなっていって
いいはずはない。

 

 

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