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2019年7月

2019年7月28日 (日)

松江城「堀川めぐり」

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松江城「堀川めぐり」

- 堀から見る、橋、石垣、そして町並み -

 

島根県訪問時には松江市内に
宿をとった。

今日は、松江城の堀川めぐりを
楽しみたい。

【堀川めぐり】
松江城を囲む堀は、
一部築城(1611年)と同時に造られ、
今もそのままの姿を残している。

400年もの歴史がある。

その堀を小舟でめぐるのが
「堀川めぐり」。
一周「約3.7km」のコースを
約50分で一回りする。

途中3箇所、乗船場があるが、
一日券1500円を購入すると
丸一日、3箇所での乗り降りが自由。
まさに乗り放題で楽しめる。

Img_4205s

(写真はすべてiPadで撮影)

船は全長約8m、幅約2mの小さなもので
乗客は全員、靴を脱いで乗りこむ。

屋根の下に屈(かが)みながら進んで
直接床に座るスタイルだが、
全員が腰を下ろすと、船頭さんから
さらなる説明があった。

「堀川めぐりは、一周する間に
 17の橋をくぐります
 ところが、その内4つの橋は、
 橋げたが低く
 そのままでは、船の屋根が
 ぶつかってしまい通れない
のです。

 なので、そういった低い橋をくぐる時は、
 船の屋根を下げて通過します。

 ちょっとやってみましょう」

船頭さんがスイッチを入れると
屋根がゆっくり下がってきた。

「これでもまだ半分ですよ、
 もうひと息、頑張って下さい」

予行演習を和やかに進める
話術も巧みだ。

予習を済ませると、船は加速しながら
堀の真ん中に出ていった。

 

「カラコロ広場乗船場」を出発してから
ほどなくすると、
実際に低い橋が迫ってきた。

Img_4199s

「はい、屋根を下げますよぉ。
 気をつけて下さい」
の船頭さんの声のもと
まさに全員前屈体勢に。

Img_4200s

ごらんの通り、かなり屈(かが)む。

無事通過すると、
「困難を乗り越えた」というほど
大袈裟なことでもないのに、
乗客間にちょっとした一体感というか
なごやかな空気が
流れるような感じがするから
不思議なものだ。

ちなみに、屋根を上下に動かす
油圧シリンダーはこんな感じのもの。

Img_4204s

忘れがちだが、
屋根を下げて通過するということは、
「適正な水位が維持されている」
ということが前提になっている。

水位が上がりすぎると屋根がぶつかって
通り抜けられなくなるし、
逆に、水位が下がりすぎると
船底をこすってしまうことになるからだ。

この細かいコントロールは、
宍道湖のほとりにあるポンプ場
「松江堀川浄化ポンプ場」にて
実施されているらしい。

ポンプによる制御があってこそ、
安心して船を運航できるわけだ。

 

天守閣に一番近い、
「大手前広場乗船場」まで来た。

Img_4211s

城の石垣も
堀から眺められるのはいい。

このあと、松江城の見学に出かけたのが、
その話は次回、
回を分けて書きたいと思う。

城見学の後、残りのコースに乗るために
「大手前広場乗船場」から再度乗船。

城の北側
【塩見縄手(しおみなわて)】
と呼ばれるエリアの前をゆく。
Img_4238s

江戸の町並みが残っている。

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船からの眺めもいいが、
降りてちょっと歩いてみることにした。
3番目の乗船場「ふれあい広場乗船場」
で降りて塩見縄手の方へ向かう。

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小泉八雲記念館

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小泉八雲旧居

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八雲が家のたたずまいを
どんな言葉で書いたのかが、
掲示してある。

「自分の今度の家は
 或る高位のサムライの昔の住宅で、
 カチュウヤシキ(家中屋敷)である。

 城のお濠の縁にある街路、
 いなむしろ道路とは、上を瓦が蔽うて居る
 長い高い壁で仕切られている」

 

武家屋敷

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堀にかかる松も
長い時間を感じさせる。

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長い塀も絵になる。

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堀を挟んで右側が城内。
このあたりは石垣がない。

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「ふれあい広場乗船場」の前には、
観光客が自分で記念撮影ができるよう
写真撮影用のカメラスタンドがあった。

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「カメラを置く」
だけでなく、
「スマホを挟んで立てる」
ためのブロックが
台の左側に設置してある。

いつのまにか、
セルフタイマーによる記念撮影も
スマホが主流になっているのだろうか?

 

「ふれあい広場乗船場」から
「カラコロ広場乗船場」までは
外堀に相当するので
城からは離れることになるが、

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京橋川を通り、
また違った景色を楽しむことができる。
私が乗った船では
船頭さんが歌まで歌ってくれた。

冬には「こたつ船」になるらしいが
この堀川めぐり、石垣はもちろん
景色も船頭さんの話も、
そして場合によっては歌までも楽しめる。

松江観光の際はぜひ。お薦めだ。

 

 

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2019年7月21日 (日)

足立美術館(2)

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足立美術館(2)

- 借景の庭を上空から見ると -

 

米国の日本庭園専門誌
『The Journal of Japanese Gardening』の
「日本庭園ランキング」で
16年連続日本一に選ばれている足立美術館。

前回に続いて、
今日は庭師の方の言葉を紹介したい。

これほど完璧な庭、
いったいどんな人が
どんな思いで日々の世話を
しているのであろうか?

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(写真はすべてiPadで撮影)

 

この庭の責任者、
庭園部長・小林伸彦さんに取材した記事が、
2017年4月22日
朝日新聞フロントランナーに
あった。

「一幅の絵画」を守る庭師
の見出しで紹介されている。
(以下、薄緑部記事からの引用)

 春のツツジ、夏の万緑、
秋の紅葉、冬の雪景色……。
四季の移ろいに合わせながら、
カンバスとなる庭園の細かな輪郭や、
庭木、白砂の質感を維持するため、
専属の庭師6人を率いる。

「生い茂ろうとする
 木と名石のバランス、
 そして庭園全体の調和を
 いつも考えて仕事をしています」

庭と借景の山々の一体感も演出する。
手前のマツの葉を薄くし、
奥に向かって濃くなるように
枝葉を残す


奥を淡くすると山が遠のき、
庭と引き離されたような印象を
与えてしまう。

絵画の遠近法とは逆の論理になる。
この濃淡の調整で庭園の均衡を保つ。

この記事の通り
「庭と借景の山々の一体感」が
ひとつの見もので、
実際庭を目の前にしても
まさに揺るぎない一つの作品として
迫ってくる。

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小林さん自身、
初めてこの庭に出会ったときのことを
次のように述べている。

--足立美術館との出会いは?

26歳の時、転職先の造園会社から
応援で派遣され、驚きました。

庭と借景の山は
県道や田んぼで
隔てられている
んですが、
それが連なっているように
見えるんです。

そんな庭は
京都でもお目にかかれません。

さらに来館者から
「きれいな庭ですね」
と声をかけられる。

京都での修業の時は、
お客さんとの会話が
ほとんどなかったので新鮮でした。

毎年応援に行くうちに、
ここで自分の人生を賭けてみようと
決めました。

この借景の庭、実は
県道と田んぼで分断されている!?

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現地での解説でもそう言っていた。
でも、実際に庭を目の前にすると
にわかには信じられない。

帰ってから地図で確認してみて
さらに驚いた。

Googleマップの衛星写真を拝借して
空から眺めてみよう。

Adachimap

写真の中央下、
緑色破線の矩形で囲まれた部分が
いわゆる美術館の敷地で、
近景を構成している庭があるところだ。

その先に、まさに県道、
県道に沿って川、
そのうえ広く田んぼまである。

遠景を構成している山は
さらにその先。

美術館からメインとなる
枯山水庭や白砂青松庭
を眺めている角度を
黄色い扇型で重ねてみた


うーん、この角度の景色を
借景含めてこの作品にしてしまうとは。
窓ガラス越しに眺めてもこの美しさ、
この統一感。

Img_4166s

 

お客さんは
気づかないかもしれませんが、
開館時間までに
必ず枯れた葉を取り除き、
コケを補充しています。

「ツグミがミミズを食べるために
 ほじくり返したコケも見逃しません」
と言い切るような
きめ細やかな手入れだけでなく
長期視点での準備も万全だ。

--それでも庭木は高くなり、
 太りますね。

美術館の近くの
仮植場(かしょくば)で、
様々な大きさの
400本のアカマツや
40本のクロマツ
を手入れしています。

幹が太くなってくると、
すぐに元の大きさ、
形のものと植え替えられるように
するためです。

役目を終えた木は捨てず、
山に植えます。

大きめのマツが必要になる将来に備え、
仮植場に移すこともあります。

現地の解説では、
「庭に重機が入れられないので
 大きな木の植え替えも
 すべて人力による手作業で行われる」
と言っていた。

毎朝の手入れから長期視点での準備まで
美しさ維持への心配りが
16年連続日本一を支えている。

Img_4187s

 

この記事の中で、もう一箇所
響いたところがある。

--将来にわたり
 技をどう引き継いでいきますか?

庭園部は50代から20代までと
世代のバランスが良く

心配していません。

庭師は体が資本。
年を取って木に登れなくなれば
潮時かもしれません。
木の下から部下にあれこれ言うと、
煙たがられるだけですから。

 

(1) 日々のきめ細やかで丁寧な
  庭園のメンテンス

(2) 距離のある借景を活かすセンス

(3) 400本のアカマツをはじめ、
  仮植場(かしょくば)に中長期視点で
  用意されている植替用の木々たち

(4) 7人の部署ながら
  技の継承を意識した年齢構成

庭園だけでなく、
庭園「部」自体の成長も視野に入っている
強力なリーダに支えられてこその
「16年連続日本一」だ。

 

 

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2019年7月14日 (日)

足立美術館(1)

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足立美術館(1)

- 16年連続日本一の庭園 -

 

足立美術館は、実業家の
足立全康(ぜんこう1899-1990)さんが
生まれ故郷の島根県安来市
1970年、71歳のときに開館した美術館だ。

島根県松江市から車で約30分。

横山大観をはじめ近代日本画を
メインに蒐集している美術館だが、
この美術館の名を
内外に轟(とどろ)かせているのは、
なんといってもその庭だ。

枯山水庭、苔(こけ)庭、池庭など
複数の「庭」を目当てに
訪問する観光客が多い。

丁寧に手入れされた庭は、
米国の日本庭園専門誌
『The Journal of Japanese Gardening』の、
「2018年日本庭園ランキング」で
第一位に選ばれている。

しかも、
全国の日本庭園900か所以上を対象にした
同誌のランキングにおいて
今回の選出により
「16年連続日本一」をも達成しているのだ。

ちなみに
2018年日本庭園ランキング
ベスト5は

 1位 足立美術館(島根県)
 2位 桂離宮  (京都府)
 3位 皆美館  (島根県)
 4位 山本亭  (東京都)
 5位 京都平安ホテル(京都府)

となっている。

日々変化し続ける庭において
16年連続日本一とは。

 

いったいどんな庭なのだろう?
我々夫婦も期待いっぱいで
入館の列に並んだ。

おもしろいのは
美術館なのに入館した人は皆、
まずは庭の眺めを探して
キョロキョロしていること。

実は慌てずとも、入り口から
巡回コースが作られており、
館内を順に歩くだけで、
各所から庭を眺められる構造に
なっている。

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(写真はすべてiPadで撮影)

私が訪問したのは
改元に伴う連休中だったため
バスでやってくるような団体客も含めて
まさに多くの訪問者で賑わっており、
「ゆっくり愛でる」
という雰囲気ではなかったが
それでも庭の美しさには
たちまち目を奪われた。

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「ゆき届いている」
この言葉が最初に浮かんだ。

 

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全体のレイアウトだけでなく、
ゴミはもちろん、枯れ枝や落ち葉さえ
一本一枚も落ちていないほど、
手入れが行き届いている。


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そのうえ、
借景も含めた遠近感の設定が絶妙で、
空間がどこまでも広がっていくような
不思議な開放感がある。

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この美しさ、どう表現すればいいのだろう。

 

歩くに従い少しずつ角度を変えて
違った顔を見せてくれる。

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パノラマ写真を使って
広角的に池の周りを写すとこんな感じ。

Img_4176s

 

館内には窓枠を額縁に見立て、
庭園を絵画のように
眺められる仕掛けもある。

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縦長に切り取ればまさに掛け軸だ。

Img_4178s

この「生の掛け軸」となる
「壁の穴」は、
足立さんが師と仰ぐ、
「米子商工会議所の名誉会頭だった
 故坂口平兵衛さんの発想を
 頂戴したもの」
と足立さん自身が自伝
庭園日本一
 足立美術館をつくった男
』に
書いている。

本によると
「床の間に穴を開けるなんて」と
猛反対する職員や大工を前に、
足立さん自らがカナヅチを持って
壁をぶち抜いてしまったらしい。

 

それにしても、これほど完璧な庭、
いったいどんな人が、どんな思いで
日々の世話をしているのであろうか?

ここの庭師の方の話が
以前少し詳しく新聞に出ていたことがある。

次回、その話を紹介したい。

 

 

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2019年7月 7日 (日)

島根県の民藝めぐり(2)

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島根県の民藝めぐり(2)

- 出西窯とObjects -

 

島根県の民芸めぐりの2回目。
今日は、
島根の民芸の代表選手のひとり、
出西(しゅっさい)窯から訪問したい。

今日も参考図書は

鞍田崇 他著
私の好きな民藝

NHK出版

(書名または表紙画像をクリックすると
 別タブでAmazon該当ページに。
 以下、水色部は本からの引用)

【出西(しゅっさい)窯】

Img_4270s

(写真はすべてiPadで撮影)

窯元だが大きな販売展示館
「くらしの陶・無自性館」が
隣接している。

吹き抜けを備えた2階建てで
多くの作品を一覧できる。

Img_4272s

この出西窯、
戦後間もない昭和22年(1947年)に
農家の5人が始めたらしい。

開窯して間もなく、
河井寛次郎や濱田庄司に会い、
民芸運動に参加することを一同決心。

民芸の巨匠らの指導を受けつつ、
手仕事による、
実用的で美しい器作りを目指します。

以来70年、
郷土の土や釉薬の原料にこだわり、
土作りから一貫して工房内で生産

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深い青色が印象的な
呉須釉(ごすゆう)の器など
いくつかお目当ての作品があったのだが、
鳥取の岩井窯同様
希望するサイズのものは
残念ながら
連休前半で売れてしまっていた。

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工房では「登り窯」も公開されている。

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50年以上も使っているという
歴史のあるものだが、
今でも年に数回、
火を入れられるらしい。

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この棚いっぱいとなれば
相当な数が焼けることだろう。

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縁に鉄砂引きを施した
呉須釉(ごすゆう)の器
は、
出西窯を代表する製品で、
深みのある青は
「出西ブルー」と呼ばれている。

焼くことで浮かび上がる
まさに焼き物ならではのブルーだ。

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また開窯から現在に至るまで
共同体の形をとり、
器を共同製作しているのも
この窯の特徽です。

「分業ではなく、陶工の各人が
 決められた種類の器を、
 成形から釉掛けまで
 受け持っています

 効率的かどうかは別として、
 分業だとつまらないでしょう」

とは、出西窯代表多々納さんの言葉。

現在は研修生を含め
13名が陶器の製造に携わっているという。

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販売展示館には
次々と客がやってきていて、
観光地並に大賑わい。

Img_4282s

工房と販売展示館の裏には、
出西窯の器を使ったBakery&Cafe
「ル コションドール出西」があり
焼き立ての美味しそうなパンの匂いが
駐車場にまで流れてきている。

Img_4285s

よく見ると駐車場から直行、
このパン屋さんだけが目当ての客も
結構いるようだ。

 

出雲松江藩の城下町として栄えた
松江市内で寄ったのは

【objects:オブジェクツ】
ここも倉吉のCOCOROSTOREと同様
古い建物をリノベーションして
店舗にしている。

Img_4190s

もとはテーラーだったらしく
レジを兼ねたカウンタは
テーラーの時のものを
そのまま利用している。

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「東西に長い島根には
 窯元が点々とあって、
 各々の風土に合ったものを
 作ってきました。

 例えば石見(いわみ)は、
 採れる土がきめ細かく
 よく伸びることから、
 水甕(みずがめ)などの大物を。

 一方、出雲は
 藩主の松平不昧(ふまい)公が
 茶人だったので、
 茶陶の伝統があります。

 それぞれ特徴は異なりますが、
 全般に道具として
 しっかりしたものが多いのは、
 民芸運動が与えた影響が
 大きい
からだと思うんです」。

とは店主の佐々木さんの弁。

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扱っているのは
湯町窯や出西窯、森山窯、岩井窯といった
山陰の窯元をはじめとする焼き物のほか、
岡山の漆器やガラス器、
真鍮のカトラリーなど。

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*窯の素敵な皿を一枚購入。

Img_4192s

 

ojbectsのあるエリア、
他にも古いレトロな建物が多い。

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ちょっと怪しい店も含めて
散策が楽しめる。

 

 

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