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2019年6月

2019年6月30日 (日)

島根県の民藝めぐり(1)

(全体の目次はこちら


島根県の民藝めぐり(1)

- 出雲民藝館 -

 

鳥取県の民藝めぐりに続いて、
お隣、島根県の民藝も見てみたい。

今日も参考図書は

 私の好きな民藝
 鞍田崇 他著
 NHK出版

(以下水色部は本からの引用)

 

【出雲民藝館】

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(写真はすべてiPadで撮影)

なんとも立派な門が出迎えてくれる。

昭和49年(1974年)に開館した
出雲民藝館の建物は、
出雲地方きっての豪農だった
山本家の寄付によるものだという。

民芸運動に賛同したのは
職人たちだけではなかったのだ。
民芸の趣旨に感銘を受けて、
さまざまな形で協力した人々がいた。

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民藝館入り口の長屋門は
まさに堂々たる構え。
江戸時代、延享3年(1746年)の建造で、
出雲大社造営の棟梁が手がけたという。

入場料を払うと、
正面の母屋には
 今も人が住んでいます
ので
 公開されている
 本館と西館だけを
 見学するようにして下さい」
と注意された。

Izumomingei1

まずは本館を見学。

本館は、3千俵もの米俵を収蔵していた
米蔵を改修したもの。

入ると最初にこんな額が。

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「民芸の性質」とある。

民芸の性質
 * 庶民的なもの
 * 実用的なもの
 * 数多く作られるもの
 * 安価を旨とするもの
 * 健康なもの
 * 簡素なもの
 * 協力的なもの
 * 伝統に立つもの

もちろん「民芸」に
かっちりとした定義があるわけではないが、
個人的にはこれに
 * 自分の暮しにフィットするもの
 * その土地の素材を大事にしたもの
などを勝手に足しながら
楽しんでいるかもしれない。

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壁にかかっているのは、
出雲地方で婚礼の際に使われた
嫁入り風呂敷
筒描染という伝統技法で、
家紋や吉祥文を染め抜いている。

風呂敷の下に並んでいる大きな壺は、
石見焼の大野壺。

「石見焼の巨大な野壺は、
 廃棄されそうになっていたものを
 協力者が見つけて、わざわざここに
 運んできてくれたそうです。
 その情熱に頭が下がります」
と事務局の方。

江戸末期から昭和初期にかけての
ものを中心に、布志名焼、石見焼
はじめとする陶磁器や、
かつてこの地方で盛んだった藍染、
木綿絣(もめんかすり)、
木工品などが展示されている。

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出雲民藝館事務局の方によると、

「展示品は、
 出雲民藝協会の会員や、
 県内外の協力者が寄付してくれた
 コレクションがもとになっています。

 すべて暮らしの中で
 使われてきたもの
で、
 その健康的な美しさとともに、
 そのような品を使う
 暮らしの美しさをも
 伝えたいというのが、
 この民藝館の趣旨です」。

 

西館は材木蔵を展示館として改修。
山陰の作り手による民芸品のほか、
農耕具なども並ぶ。

藍染の絵柄のデザインがすばらしい。

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昔の農工具なども
そのまま保存・展示されている。

私自身、農家が多い地域で育ったせいか、
子どものころに、近所の農家で
見た記憶のあるものもある。

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入り口となっていた長屋門の一角に
小さな売店もある。

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靴を脱いで上がる畳敷きの部屋で、
大きくはないが、
出西窯、湯町窯、森山窯、
袖師(そでし)窯、白磁工房

といった地元の陶磁器や、
木工品、和紙、染織など、
島根の手仕事を幅広く集めている。

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訪問日は2019年5月5日。
連休中の一日にもかかわらず
我々夫婦が訪問したとき、
他の訪問者はゼロ。

館内をゆっくり静かに見られたし、
売店では
他のお客様に気兼ねすることなく
事務局の方と
自由に話をすることができたが、
完全な貸し切り状態というのは
それはそれで寂しいものだ。

多くの民芸品を見た中では、
藍染の様々な絵柄が
妙に強く印象に残った民藝館だった。

 

 

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2019年6月23日 (日)

鳥取県の民藝めぐり(2)

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鳥取県の民藝めぐり(2)

- 陶芸家・山本教行さんの言葉 -

 

前回、山陰の民芸における
吉田璋也の貢献について書いたが、
彼の影響を受けた人の作品も含めて
鳥取県内でもう二箇所、
民芸関連の場所を訪問したので
今日はそこを紹介したい。

 

【岩井窯】
鳥取市内から車で30分ほど離れた
緑豊かな山の中にある。

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(写真はすべてiPadで撮影)

作品展示室のほか、
岩井窯の器や土鍋で
お茶や食事ができる喫茶室、
創作資料のために自ら蒐集した
国内外の手工芸品を展示する
参考館も併設されている。

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作品展示室のものは
購入もできる。

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気に入ったものがあったので
「サイズ」や「枚数」等、
在庫についていくつか聞いてみたが、
残念ながら連休の前半で
ずいぶん売れてしまったようだ。

象嵌(ぞうがん)技法の結び模様や、
人気の高い掻き落としの牡丹柄等、
特徴のある作品が並ぶ。

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この窯の当主、山本教行さんと
吉田璋也との出会いについては
この本から一部引用したい。

 私の好きな民藝
 鞍田崇 他著
 NHK出版

(以下水色部は本からの引用)

クラフト館岩井窯と名づけられた
この工房の当主、山本教行さんも、
吉田璋也の薫陶を受けた一人。

16歳のときに璋也に出会い、
よく自宅に遊びに行ったり、
美術館の展示替えを
手伝ったりしたそうです。

「そこでもの作りに対する以上に、
 吉田先生の
 生活スタイルに憧れました

と山本さん。

璋也自身のデザインによる
家具や器に囲まれた
美しい暮らしに感動、

陶芸家になりたいというより前に、
 こういう暮らしがしたいと
 強く思わされました
」。

そのときの思いの延長線上にあるのが、
こちらの工房です。

 

工房が紹介された多くの本や雑誌、
作品展のちらし等も並んでいたが、
窯紹介のパンフレットを見ていたら
山本教行さんが、
こんな素敵な言葉を載せていた。

日常生活の中であたりまえすぎて
それほど気にならないのに
それでいて
常に大切に思えるものがある。
そういう物が焼けないかと思う。

私が作ったというより
生まれてきたと思えるものが
焼けないか
と念じてやまない。

「生まれてきたと思えるもの」か。

そんな精神が反映されたような
素敵な皿に出会えたので
2枚購入。

お手洗いの
「手洗い器」にも作品を使っている
気の遣いよう。おしゃれだ。

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外には大量の薪が積んである。
その前で眠っている犬も
じつに気持ちよさそうで
なんとも穏やかな空気感がいい。

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【倉吉】
鳥取市内から車で約1時間。
国の重要伝統的建造物群保存地区
に選定された
玉川周辺の白壁土蔵群が有名な倉吉。

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多くの観光客が訪れている。

江戸後期から昭和初期の建物が多い街並みも

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歩いていて楽しいが、
地図好きの私は、
街のど真ん中でこんなものを見つけて
ちょっと興奮してしまった。

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一等水準点。
一等水準点自体が珍しいわけではないが
街中でここまで大きく明示してあるものは
見た記憶がない。水準点は
国土地理院の地図には明記してあるので
場所はすぐにわかるのだが、行ってみると
忘れ去られたような標石が
寂しくしていることが多い。
ここの標石は幸せ者(?)だ。

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さて、この街並みの中にある
【COCOROSTORE】
民芸品を集めた素敵な店だ。

福光(ふくみつ)焼
国造(こくぞう)焼
上神(かづわ)焼といった
地元・倉吉の陶器のほか、
大塚刃物鍛冶(かじ)の包丁など
鳥取の手仕事を揃えている。

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古い建物をリノベーション

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目立つ看板は出ていないが
立ち寄る人は絶えない。

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自然栽培のごまや、
無農薬大豆で作るみそなど、
地元産の食材も扱っている。

ここでは、無地茶色の
国造(こくぞう)焼の皿を1枚購入した。

今回、時間的に町の散策は
ほとんどできなかったのだが、
ちょっと時間をとってぶらぶらしてみたい
そう思わせる小さな、素敵な町だった。

 

 

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2019年6月16日 (日)

鳥取県の民藝めぐり(1)

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鳥取県の民藝めぐり(1)

- 吉田璋也(しょうや)の功績 -

 

大山登山で嬉しい達成感を味わえたうえ、
皆生(かいけ)温泉の恩恵にも浴したものの、
登山ド素人の我々夫婦は、予想通り、
足の筋肉痛を避けることはできなかった。

というわけで、登山の翌日は
「あまり歩かなくてもいいコース」
で動くことにした。

今回の旅行では、大山登山のほかに
もうひとつ、
ぜひやりたいと思っていることがあった。
それは、
「民藝の焼き物を見て回ること」。

というわけで、登山の翌日は、
「鳥取県の民藝に触れる一日」
とすることにした。

 

鳥取県の民藝を語るうえで欠かせないのが
吉田璋也(1898-1972)」だ。
まずは、彼が作った
「民藝美術館」から話を始めたい。

なお、参考図書は、
 鞍田崇 他著
 私の好きな民藝
 NHK出版

(以下、水色部は本からの引用)

 

【鳥取民藝美術館】

Tottorimingei1

吉田璋也さん、
どんな人だったのだろう?

山陰の民芸の発展に
大きく貢献した吉田璋也(しょうや)


開業医だった璋也は、
「民芸のプロデューサー」を自任。
地元の手仕事の伝統をもとに、
職人たちを指導して、
新しいデザインの民芸品を作らせ、
また職人の集団「鳥取民藝協団」も
組織しました。

こうした「新作民芸運動」を背景に、
璋也は昭和24年(1949年)、
自分が蒐集した民芸品を展示する
鳥取民藝美術館を開設した。

JR鳥取駅からすぐのところにある。

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(写真はすべてiPadで撮影)

 

1階には、璋也がデザイン
もしくはプロデュースした民芸品を
メインに展示してある。

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焼き物に限らず、家具や障子の桟や

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コンセントカバーのような小物まで、

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吉田璋也のセンスが感じられる。

2階には、蒐集した民芸品。
コレクションは鳥取地方に
限定されたものではなく、
日本はもとより中国等海外からのものもある。

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この美術館の目的は

来館者に民芸品の美しさを
伝えることだけでなく、
職人たちに民芸の美の基準を
示すこと
にありました。

ここにあるものを手本に、
新しい民芸品を
作ってもらおうと考えたのです。

 

民藝美術館のとなりには、
昭和7年(1932年)に吉田璋也が開いた、
日本初の民芸店「たくみ工芸店」がある。

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この民芸店、開店の理由が感動的だ。

「すごいと思うことですが、
 璋也は職人たちの生活のため、
 自分が作らせたものを
 すべて買い取ったんです


 それを売るための場所が
 必要だったんですね」

と美術館の理事が語っている。

さらにその隣には、
昭和37年(1962年)
民芸の器で郷土料理を提供する、
「たくみ割烹(かっぽう)店」
オープンする。

こちらは実際に
民芸品を使っている姿を見せ、
その使い勝手を知ってもらう場所、
と位置づけられている。

写真左から
「美術館」「たくみ工芸店」「たくみ割烹」
の3棟が並んで建っている。

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今回訪問した時には、
割烹店の前(写真右下)には
入店のための行列ができていた。

 

ちなみに美術館の人の話によると、
通りを挟んだ反対側ある
吉田歯科医院は
吉田璋也のお孫さんがやっている
歯医者さんらしい。

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美の実例・基準を提示するだけでなく、
職人に作らせたものをすべて買い取って
それを売る場、使う場を設けながら
新しい作品を作る機会を与えていく。

「民芸のプロデューサー」として
なんという実行力だろう。
エピソードと共に話を聞くと
忘れられない名前になる、吉田璋也。

最後に、人柄を偲ぶため
民藝館の入館パンフレットの写真を
添えておきたい。

Yoshidasyoya

 

 

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2019年6月 9日 (日)

伯耆富士「大山」一日登山

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伯耆富士「大山」一日登山

- 海抜ゼロメートルが見える山頂 -

 

今回の旅行では、知人の薦めもあり、
鳥取県大山(だいせん)の登山に
トライしてみることにした。

我々夫婦は登山に関しては
完全にド素人。

でも、大山観光局のHP
鳥取大山(だいせん)観光ガイド
を見てみると、
「お子さま~初心者ならコチラ」
と、夏山登山のルートを示している。
時間も往復約6時間。

「なら、大丈夫か」と
天気予報をこまめにチェックし、
旅行期間中のベストな天候の日を
「登山日」とすることにした。

「初心者用」と案内が出ていて、
「6時間」と書いてあるのだから、
我々夫婦のようなド素人でも
6時間あれば往復できるのだろう、と
出発前は疑いもなく信じていた。

なので朝食もゆっくりとって、
その日、
登山口近くの駐車場に到着したのは
午前9時すぎ。

連休中、かつ天気も上々だったので、
駐車場では、リュックを整えたり、
靴を履き替えたり、
準備をしている人たちが何組もあった。

 

いよいよ出発。
大山の頂のひとつ
弥山(みせん)山頂1710mまで
標高差約950mの登山開始だ

 

登り始めてまもなくすると、
登山道右手奥に阿弥陀堂の案内が。

知らなければ
そのまま通り過ぎたと思うが、
出発前、宿の人が妙に強く立ち寄ることを
薦めてくれていたこともあり、
ちょっと寄り道してみることにした。

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(写真はすべてiPadで撮影)

いやぁ、これ
独特な風格と品があり、
確かに一見の価値がある。
建物も中の仏像も
共に国の重要文化財に
指定されているらしいが、
教えて下さった宿の方に感謝。

 

登山道に戻って登山を続ける。

この基本ルート、
ほとんど平坦部がなく
ただひたすら上り坂が続く。

連休中のせいか、登る人も多いが
我々のような素人グループは
歩く速度も休憩の間隔も似ているので、
抜いたり抜かれたりが何度も続く。
なので、
そのたびに同じ人たちと同じ挨拶を。
双方
「あれ、さっきもしましたね」
と苦笑い。

登山道はよく整備されているが、
岩がゴロゴロしていて、
階段状ながらじつに歩きにくい。

5合目あたりまでは、
ブナやミズナラ、ケヤキなどの
林の中を進む。

5合目を過ぎたあたりから
ようやく視界が開けて来た。

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雪の残る北壁が美しい。

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岩ゴロゴロの道が続くので、
「底の硬いトラッキングシューズに
 履き替えておいて
 ほんとうによかったなぁ」
を実感する。
スニーカや運動靴では足への負担が
かなり増していたことだろう。

 

歩いていると山の中腹で
なぜか小さく音楽が聞こえてきた。
「こんなところでどうして?」

見ると、
腰に小さなスピーカをぶら下げて
そこから音楽を流しながら
登っている人がいる。

うーん、これはイカン。

同じ「音を出しながら」でも、
熊よけのベルの音を
響かせながら登る人はなぜか許せるのに
こっちはダメ。

止めろ、とも言えないので、
まずは先に行ってもらい、
音が聞こえなくなってからまた歩きだす。

今回の登山では一日往復する間に
そんな「スピーカさん」に
3人も遭ってしまった。

Bluetoothスピーカの登場が
きっかけだろうが、
どうか、流行(はや)りませんように。

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7合目を過ぎたあたりからは、
登山道の一部に雪が残っており、
さらに慣れない動きをすることに。

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大人たちはへっぴり腰だが、
子どもたちはスイスイ行く。

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ケガには要注意だ。

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こまめに休憩をとりながら、
ようやく8合目あたりまで来た。
このあたりまで来ると
見事な景色が眼の前に広がってくる。

疲れた体を励ましてくれる、
とはまさにこのこと。

海抜ゼロメートルとなる
日本海と海岸線が遠くに見える。
日本海まで含めて全景色を独り占め、
そんな気分になる。

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8合目から山頂までは
国の天然記念物
ダイセンキャラボク群落
の中を抜けていく木道が続く。
残雪とのコントラストもいい。

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いよいよ山頂が見えてきた。

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山頂に到着すると、
南側への展望が一気に開け
まさに360度の大パノラマ!

大山の他の頂(いただき)、
剣ヶ峰、天狗ヶ峰方向へと
連なる峰々、そして
これまで見ることができなかった
南側斜面が一望できる。

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雄大な景色と
ひんやりとした風を楽しみながら
なんとか登れた達成感と共に、
遅めの昼食をゆっくりとった。
山頂でのおにぎりの味は格別だ。

「大山頂上1710.6m」の碑と共に
記念写真を一枚。

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ガイドでは4時間になっていた上りに
結局5時間かかってしまった。
我々登山ド素人夫婦の実力としては
こんなもの、ということだろう。

山頂には山小屋があり
500mlのペットボトルのお茶が
500円で売っていた。
買ったわけではないが、
「自分で運んで売る」で考えると
あの坂を運んで来て500円は安い。
私にはとても500円では売れない。

 

さぁて、いよいよ下りのスタートだ。

そのまま空に飛び立てるのではないか、
と思えるような木道が
吸い込まれるように景色の中に延びてゆく。

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山頂付近は残雪も多い。

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残雪と雄大な北方向の景色。
左上小さな点は登山者だ。

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下りも険しい岩の道が続く。

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山頂山小屋の人が薦めてくれたこともあり
下りは途中から
「行者コース」を採ることにした。

5合目あたりから下、
長い長い階段が続く。

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木々がまっすぐ上に伸びることができず、
こんな状態になってしまうのは、
雪のせいなのだろうか。

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以前、
志賀高原でも同じような光景を見た。

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「行者谷」と呼ばれるあたりにくると
行者コースならではの景色
出会うことができる。

もちろん山の新緑も美しいが、

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なんと言っても、ここでは
ドーンと目の前に広がる
大山北壁の大パノラマ」がすばらしい。

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雪の残る雄大な北壁を前に、
「あの右側の頂まで登ったンだ」
と思えると、十分、達成感というか
自己満足に浸れる。

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行者コースは、
大神山神社のところにある
「登山口」に下りてくる。

奥宮が美しい。

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奥宮前の石垣が崩れかかっており、
付近は、立ち入り禁止になっていた。

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「崩れかかった石垣」を見る機会は
ありそうで意外にないが、
実際に眼の前で見るとちょっと怖い。

「登山口」まで戻ってきても
駐車場まではまだ20分ほど、
坂を下らなければならない。

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大山神社、大神山神社奥宮
への参道ともなっている、
これまた石の道が続く。

今日はもう8時間も歩いているのに
一番の希望は
「土の上を歩きたい」

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ようやく駐車場に戻ってきた。
午後5時半。

思わず夫婦ふたりで
登った頂を仰ぎ見てしまう。

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山頂で昼食タイムを取ったとはいえ、
結局往復に8時間かかってしまった。

スピードを競うものではないけれど、
大山観光局HPにある
「6時間」で往復することは
少なくとも今の我々夫婦には絶対にムリ。

正直言って、そうとうバテた。
ド素人が登るとは、こういうことか。

 

素人ながら、装備について感じたことを
忘れないうちに
備忘録代わりにメモっておきたい。

(1) トレッキングシューズ
やはり足は基本。
今回は8時間も山を歩いていながら
途中で「土の上を歩きたい」と思うほど
岩の道が続いたせいもあるが、
だからこそトレッキングシューズ等
底の厚くて硬い靴の有効性は高かった。

(2) 手袋
岩場だったり、雪が残っていたり、
寒さ対策というよりもケガ防止の意味で
手袋はかなり役に立つ。
登るときに踏ん張るために岩を掴んだり、
滑りそうになったときに、
岩なり木なり枝なりを
身を守るために掴んだり、
「安心して掴める手」は身を守るために
重要だ。

(3) サングラス
紫外線から目を守るだけでなく、
眩しさ低減は
疲労低減にもつながる。
若いときはそれほど気にならなかったが、
中年オヤジになると
その有効性をより強く感じる。

 

その夜は、登山口の駐車場から
車で30分ほどの、日本海に面した
皆生(かいけ)温泉に泊まった。

大浴場に向かうわずか数段の階段で
夫婦ともに足を引き摺るさまに
お互い笑いあう夜。

まさに温泉とビールが
「くぅーっ」と沁みた夜だった。

ちなみに本記事のタイトル「伯耆富士」は
「ほうきふじ」と読む。
伯耆とは伯耆国(ほうきのくに)、
旧国名のひとつだ。

 

 

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2019年6月 2日 (日)

世界遺産「石見銀山」銀山地区

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世界遺産「石見銀山」銀山地区

- ノミの跡と鉱脈枯渇のタイミング -

 

世界遺産「石見(いわみ)銀山」のうち
古い町並みが残る大森地区の話を
前回書いたが、
今日は銀山地区について。

まさにメイン、鉱山と坑道部分だ。

 

まずは銀山について
その概要を簡単にまとめておきたい。

石見(いわみ)銀山は、
1526年に九州博多の豪商
神屋寿禎(かみやじゅてい)によって
発見されて以来、
1923年の休山まで、
約400年にわたって採掘が続いた
世界有数の鉱山遺跡だ


1595年のヨーロッパで作られた
日本図(ティセラ日本図)にも記述があり、
大航海時代の16世紀、
ヨーロッパ人に知られた
唯一の日本の銀鉱山だった。

16世紀半ばから17世紀はじめ
日本の銀は
世界の産銀量の約1/3を占めていた
が、
そのかなりの分は石見銀山のものと
考えられている。

高品質で信用が高かった石見の銀は、
アジア諸国とヨーロッパ諸国を
交易で繋ぐ重要な役割を果たした。

2007年、
環境に配慮し、
自然と共生した鉱山運営
行っていたことが特に評価され
「石見銀山遺跡とその文化的景観」
として、世界遺産に登録
された。

 

さて、観光に戻ろう。

予約なしでも入れる
龍源寺間歩(りゅうげんじ まぶ)
と呼ばれる坑道は、
大森地区から約2km緩やかな坂を
上っていった先にある。

間歩(まぶ)というのは、
寡聞にして初めて知った言葉だったが、
銀鉱石を採掘するための坑道のことらしい。

さて、龍源寺間歩の入り口まで来ると
訪問時、新元号「令和」の
まさに記念すべき初日だったこともあり、
こんな特別企画をやっていた。

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「平」「成」「令」「和」の漢字が
名前に含まれる人はタダでどうぞ、と。

我々夫婦には
どの文字も含まれていなかったので
通常通りの入場料を払って
入り口に向かった。

 

入り口周辺は、シダに覆われている。

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この鉱山周辺に見られるシダは、
ヘビノネゴザというオシダ科のシダで、
貴金属を好む性質を持ち

金銀山発見の手がかりになったと
言われている。
ちなみに、ヘビノネゴザは
漢字で書くと「蛇の寝御座」だとか。

いよいよ中に入る。

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狭い。
人ひとりがやっと通れる大きさ。

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壁面には、
ノミのあとが粗々しく残る

 

途中には、
岩石の隙間に板のように固まっている
鉱物の層(鉱脈)を追って掘り進んだ
「ひおい坑(こう)」と呼ばれる
さらに小さな坑道がある。

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もちろん
水対策も重要で、
「竪坑(たてこう)」と呼ばれる
垂直に掘られた排水用の
坑道もある。

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なんと、さらに約100mも下にある
別の坑道へ排水していたらしい。

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とにかく狭く、閉所恐怖症でなくても
独特な恐怖感が背中についてくるのを
振り払えない。

トルコで見た
デリンクユ地下都市でもそうだったが、
もしここで閉じ込められたらどうしよう、
の思いが一瞬でもよぎると、
地下が持つ、
まさに逃げ場のない岩の壁の圧迫感が
胸に迫ってくる。

もちろん実際に掘り進んでいた鉱夫は
単なる「狭さ」だけでなく、
「息もできないほどの粉塵」や
「わずかな明かり」や
「送風により確保される空気(酸素)」や
「いつ襲われるかもしれない水」や
「崩れるかもしれない岩盤」などなど
そういった不安や恐怖とも
常に戦っていたわけで
整備された観光用の坑道を歩いて
「追体験した」とはとても言えないけれど
それでもそれらを想像するうえでの
「息苦しさ」は十分に感じられる。

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龍源寺間歩は、江戸時代前期からのもので、
昭和18年(1943年)まで稼働していた。

「横幅2尺高さ4尺を、1日5交代で、
 10日で10尺掘ったと伝えられている」

尺貫法をメートル法に変換して書くと、

「横幅60cm高さ120cmを、
 1日5交代で、10日で3m掘った
 と伝えられている」

ここの間歩は全体で約600mあるが、
その約1/4、157mのところから
新しく坑道が設けられ
平成元年に観光用に公開された。

新坑道には、
「石見銀山絵巻二巻」が
十数枚の電照板で展示されている。

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伝統技術による銀生産は
江戸時代から綿々と続けられていたが、
明治維新を迎えた19世紀後半から、
ヨーロッパの産業革命で発展を遂げた
新技術が導入されるようになる。

ところが、ちょうどそのころから
銀鉱石が枯渇。
鉱山活動は停止に向かっていく。

そのことが、伝統技術による銀生産の跡を
良好に残すことに貢献
した。

銀鉱石が枯渇していなければ
ノミの跡が残る坑道も、
拡張のために大きく削り取られて
何も残らなかったかもしれない。

そうなれば、「遺跡」としても
保存されることはなかったであろう。

「枯渇のタイミング」も
「遺跡」となるためには重要だ

という点もおもしろい。

 

ようやく間歩から出てきた。
まさに、ホッとする。

 

間歩の出口から少し歩いたところの
小さな小屋で「匂い袋」を売っていた。

P5013157s

前回も書いた通り、
石見の世界遺産エリアには、
土産物屋がぜんぜんなく、
「**饅頭」やら「**キーホルダ」やらを
目にしないで済むのは実に気分がいい。

この小屋では「匂い袋」が
土産物として売られていたものの、
工場で作られるような量産品ではない。
作った「香木師」の署名付きで売っている。

中身は、付近に自生しているクロモジ

爪楊枝としてよく使われる素材だ。

このクロモジ、
木(枝)のままではほとんど香りはしない。

ところが木槌や瓶のようなもので
叩いて潰すと、独特な香りがでてくる。
実演付きで、その場で香りを
確認させてもらったのだが、
まさに自然のままの素朴で実にいい香り。

ナン年たっても叩けば香る、とのこと。

素朴な香りが気に入ったのでひとつ購入。
誰かへの土産にするか、
クローゼット等にかけておくか、
用途は決まっていないけれど、
人工的でない香りはどこか落ち着く。

そう言えば、シロモジのほうは
山梨県の山中湖畔で見たなぁ、と
ぼんやりと思い出す。

 

間歩出口からゆっくり歩く。

振り返っても山は豊かな緑で覆われており、
その岩の下に間歩が蟻の巣のように
広く広がっていることは
まったく想像できない。

 

 

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