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2019年5月12日 (日)

算術から崩れた身分制度

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算術から崩れた身分制度

- 数学的能力がもつ力 -

 

幕末から明治にかけての
金沢藩猪山家の家計簿を読み解く、
この本

磯田道史(著)
武士の家計簿 ―
「加賀藩御算用者」の幕末維新
新潮新書

(以後、水色部は本からの引用)

は、映画の原作にもなった
おもしろい本だが、
家計の詳細に入る前に
「算術」と「身分制度」の関係について
たいへん興味深い話を
提供してくれている。

今日は、その部分を紹介したい。

 

 猪山家に転機が訪れたのは、
五代目の猪山市進のときである。

享保16(1731)年に、はじめて
前田家の直参に加わったのである。

「御算用者」
としての採用
であった。
栄転といってよい。
御算用者になるには
「筆算」の才が要る。

つまり、筆とソロバン
優れていなければならない。

猪山家は菊池家の家政を担うなかで、
ソロバンをはじき帳簿をつける
「およそ武士らしからぬ技術」
を磨いており、
これが栄転につながったのである。

猪山家は「算術」ができたために
「栄転」できた。

ところが江戸時代、
武士社会で「算術」は
次のように考えられていたらしい。

武士とくに上級武士は、
算術を賤しいものと
考える傾向があり

算術に熱心ではなかった。

熱心でないどころか
「学ばないほうがよい」
とさえ考えていた。

上級武士の子弟には
藩校で算術を学ばせないように
していた藩がかなりある。

鳥取藩などは、その例であり、
下級武士にだけ算術が教えられた

ソロバン勘定などは
「徳」を失わせる小人の技
であると
考えられていたからである。

「徳」を失わせる小人の技、か。
それでは熱も入らなかったであろう。

また、必要な技能ながら、
当時の世襲制度になじまない面もあった。

加賀藩は数学の盛んな藩であったが、
それでも算術の人材は不足していた。

近世武士の世界は世襲の世界である。

算術は世襲に向かない
個人の出来・不出来が如実に
あらわれるからである。

親は算術が得意でも、
その子が得意とは限らない。

したがって、藩の行政機関は、
どこもかしこも厳しい身分制と
世襲制であったが、
ソロバンがかかわる職種だけは
例外になっており、
御算用者は比較的身分にとらわれない
人材登用がなされていた

なるほど。

親が得意でも子が得意とは限らない。
身分にとらわれない登用を
せざるを得なくなっていくわけだ。

このことは、もちろん
藩だけではなく幕府においても
同じ状況だったようだ。

幕府の勘定方も同様であったことは、
笠谷和比古氏
(国際日本文化研究センター教授) 
の指摘するところである。

御算用者も世襲ではあったが、
家中の内外から
たえず人材をリクルートしていたし、
算術に優れた者が
「養子」のかたちで入ってきていた。

そうしなければ
役所が機能しない
からである。

ちょうどソロバン関係職が
「身分制の風穴」になっており、
猪山家はうまく
その風穴に入りこんだといえる。

ソロバン関係職が「身分制の風穴」に
なっていたとは。

 

この流れ、日本だけでなく、
18世紀における
世界的な流れでもあったようだ。

実は
「算術から身分制度がくずれる」
という現象は、
18世紀における
世界史的な流れであった。

それまで、ヨーロッパでも日本でも、
国家や軍隊をつくる原理は
「身分による世襲」であった。

ところが、
近世社会が成熟するにつれて、
この身分制はくずれはじめ、
国家や軍隊に新しいシステムが
導入されてくる。

近代官僚制というものである。

官吏や軍人は
「生まれによる世襲」ではなく
「個人能力による試験選抜」によって
任用
されるようになる。

とは言え、いきなり
すべてを変えられるわけではない。

 最初に、この変化がおきたのは、
ヨーロッパ・日本ともに
「算術」がかかわる職種であった


18世紀には、数学が、
国家と軍隊を
管理統御するための技術として、
かつてなく重要な意味をもつように
なっており、まずそこから
「貴族の世襲」がくずれた
軍隊でいえば、
「大砲と地図」がかかわる部署である。

フランスでもドイツでも、
軍の将校といえば
貴族出身と相場がきまっていたが、
砲兵将校や工兵、
地図作成の幕僚に関しては、
そうではなかったという。

弾道計算や測量で
数学的能力が必要なこれらの部署は
身分にかかわらず、
平民出身者も登用
されたのである。

このあたりは『文明の衝突』で有名な
S・ハンチントンの著作
『軍人と国家』や

中村好寿
『二十一世紀への軍隊と社会』
に詳しい。

「大砲と地図」がかかわる部署には
平民出身者も登用
か。

確かに、武力における数学的能力の価値が
近代になって
飛躍的に高くなっていたことは間違いない。

 

 日本でも、同じことがいえる。
十八世紀後半以降、幕府や藩は、
もともと百姓町人であった人々を登用し、
彼らの実務手腕に依存して
行政をすすめるようになる


百姓や町人の出身者に
扶持・苗字帯刀・袴着用などの
特権をあたえて、
武士の格好をさせ、
行政をゆだねる傾向が強まった。

武士と百姓町人の中間身分の存在が
政治に大きな影響を
あたえるようになったのである。

 京都大学名誉教授朝尾直弘氏
によって提唱されたこの学説を、
歴史学界では「身分的中間層論
とよんでいる。

江戸時代は士農工商の
厳しい身分制社会のように言われるが、
文字通りそうであったら、
社会はまわっていかない。

近世も終わりに近づくにつれ、
元来、百姓であったはずの庄屋は
幕府や藩の役人のようになっていく


彼らはソロバンも帳簿付けも
得意であり実務にたけていた。

猪山家のような陪臣身分や
上層農民が実務能力を武器にして
藩の行政機構に入り込み、
間接的ながら、
次第に政策決定にまで
影響をおよぼすようになるのである。

猪山家は、
その典型例であったといってよい。

さらにいえば、
明治国家になってからも、
このような実務系の下士が、
官僚・軍人として重要な
役割を果たすことになるのである。

算術から崩れた身分制度。

そう言えば、
近年インドで技術者熱が高まって、
優秀な技術者が多く輩出されているのも、
背景に
技術には身分制度を超える力があったから、
と聞いたことがある。
コンピュータエンジニアなんて
ちょっと前までなかった職業なのだから。

「数学的能力」が歴史や社会制度の中で、
どんな力を持っていたのか。
単なる計算や解法のノウハウに留まらない
「社会的側面における価値」
が見えてきておもしろい。

 

 

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