技術との共生、歩み寄り
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技術との共生、歩み寄り
- 「はさみの法則」と英国の自販機 -
ラジオを聞いていたら
「VoiceTra(ボイストラ)」
という
翻訳アプリケーションの話をしていた。
ボイストラは、
個人の旅行者の試用を想定して作られた
研究用の音声翻訳アプリで、
無料ながら
なんと31言語に翻訳できるらしい。
音声翻訳なので、
スマホにインストールして
あとは話しかけるだけ。
31言語に翻訳してくれる。
すごい時代になったものだ。
で、その利用方法の説明の際、
より正確な翻訳となるよう、
「はさみの法則」を意識してほしい、
なるコメントがあった。
「はさみの法則」とは、
* はっきり言う、
* さいごまで言う、
* みじかく言う
の最初の文字を繋いだものとのこと。
法則、という言葉の違和感はともかく、
アプリケーションが話者の意図を
より正確に理解するために、
話者にこんなポイントで
歩み寄ってほしい、と言っているわけだ。
アプリケーションや新規機器の開発に
長年携わって、というか苦労してきた
エンジニアのひとりとして、
この「利用者からの歩み寄り」は
大きなテーマのひとつだ。
「勝手にやってほしい」
「自動でやってほしい」
は、新製品開発のきっかけとなる
要望のひとつではあるが、
どんなもの(アプリケーションや機器)でも
利用する際には必ず
「利用者からの歩み寄り」を
必要としている。
ここのところ実現度が
急速に高まっている自動運転も
実現された暁には、
「昔は自動車があっても、
目的地に行くためには
自分で運転をしなければ
ならなかったらしいよ」
なんて会話がなされるのかもしれない。
「はさみの法則」も「運転」も
技術との共生に必要な歩み寄りのひとつだ。
共生への歩み寄りと言えば、
ずいぶん前に読んだ、
英国の自販機のエピソードが
なかなかおもしろかった。
古い文章だが、「共生」を
ちょっと違う角度から考えさせるネタを
含んでいたのでここで紹介したい。
翻訳家の永井淳さんの
「イギリスという国」
という題のエッセイの一部。
(雑誌「現代」1992年1月号
以下水色部、本からの引用)
煙草の値段が高いうえに、
街を歩いていても
日本のように煙草屋が多くない。
ヘヴィ・スモーカーには
不便なところだが、
さいわいホテルにはたいてい
自動販売機が置いてある。
そこでは
一箱二ポンドなにがしかする煙草が
どの銘柄もきっかり二ポンドで買える。
これなら街で買うより
安あがりだと喜んだのは早計だった。
しばらくして気がついたのだが、
20本あるべき中身がすかすかで、
かぞえてみると17本しか入っていない。
しかもよく見るとその旨ちゃんと
断わり書きしたテープが
箱に巻いてある。
つまり自動販売機が
銘柄による値段の違いを区別したり、
釣銭を出したりするほど
賢くないために、
煙草会社に自販機専用のパックを
わざわざ製造させているのだった。
こういう物の考え方が
合理的かどうかを問題にする前に、
日本だったらそんな旧式の機械は
さっさと追放して、頭のよい機械と
入れ替えてしまうだろう。
既定サイズの2ポンドのものだけ扱える、
そんな自販機に合う、
そんな自販機で売れる「商品」を
メーカ(この場合は煙草会社)に
作ってもらう。
商品に合う自販機を作る、のではなく
自販機に合う商品を作る。
なんとも強烈な歩み寄りを
メーカ側に求めていて興味深い。
(さすがに開発時は違ったと思うが、
値上げ等により
機器の仕様が現物に
fitしなくなったのであろう)
地下鉄切符の発券機にもいえる。
そこではちゃんと
釣銭の出る新式の機械と並行して、
釣銭は出ませんと断わった
旧式の機械も依然として
使われているのだ。
小銭をきっかり
持ち合わせている人は
古い機械でも不自由はないわけで、
たんに古くなったからというだけで
あっさりお払い箱にしてしまう習性は、
かの国にはないらしい。
技術部分への歩み寄り以上に、
「多少不便でも
作ったものは長く使おう」
という価値観が
大きく働いている結果なのかもしれない。
いずれによせ、
技術との共生は、共生感の変化は、
単なる便利なものの登場以上に
興味深い分野だ。
純粋な、技術的な課題であっても
国ごとの、あるいは民族ごとの
文化的価値観のなかで
最適解を模索していく感じが
またおもしろい。
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