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2019年4月14日 (日)

「保存」と「変革」の矛盾の解決

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「保存」と「変革」の矛盾の解決

- 「岡崎フラグメント」の妙 -

 

中屋敷均 (著)
生命のからくり
講談社現代新書

(以下水色部、本からの引用)

は、たいへん内容の濃い本で、
まさに「生命のからくり」に
興味のある方には、
自信をもってお薦めしたい一冊だが、
その中でも
「岡崎フラグメント」の話が
特に印象的だったので、
今日はその部分を紹介したい。

 

本では、遺伝子やDNAについても
丁寧に説明しているが、
今日の紹介では、
そのあたりは全部前提知識として
省略したい。

DNAの複製について、
詳しいことはともかく

「二本鎖のDNAがほどけて
 一本鎖が2本できる。
 それらが各々鋳型になることで
 新生鎖を1本ずつ合成していき、
 最終的には、
 2本の二本鎖DNAになっていく」

ということは理解している、
を前提に話を進めていきたい。

さて注目すべきは
2本に別れた一本鎖が、
鋳型となって、新生鎖を合成する
その瞬間の合成の仕方
だ。

なんとこの2本、同じ方法で
新生鎖を合成するわけではない。

その部分、ちょっと引用したい。
子鎖とは、ほどけた一本鎖を指している。
ヘリカーゼとは二重螺旋のDNAを
部分的にほどいていくタンパク質のこと。

右側の子鎖は、DNAの二本鎖が
ほどけると同時に合成が
連続的に進んでいくが、

左側の子鎖では合成が
へリカーゼの進行方向と
逆向きに行われ、
不連続な短いDNA断片を
次々と合成しては、
それをつなげていくという形で
DNA複製が起こる。

イメージとしては、
前向きに押しながら
どんどん雑巾がけをしていく
作業と、

後ろ向きに
ちょっと下がっては前を拭き、
またちょっと下がっては前を拭く
という行為を繰り返すことで
雑巾がけをしていく
作業との
違いのようなものである。

明らかに後者は、作業効率が悪く、
また作業ステップも
複雑になってしまう。

上手な喩えを思いついたものだと思うが、
「雑巾がけ」はイメージがしやすい。

一気に直線的に
前向きに押しながら拭いていくか、
後ろ向きに下がっては前を拭き、
下がっては前を拭き、を繰り返しながら
全体を拭いていくか。

この「拭く」時に、
新生鎖が合成されると思えばよい。

ちなみに後者のような
DNA複製様式が起こっていることを
証明したのは、
名古屋大学の岡崎令治であり、
その業績を称えて、
これらの短いDNA断片は
「岡崎フラグメント」
と呼ばれている。

このような複雑な
DNAの複製様式が存在することは、
発見当時、
非常な驚きをもって受け止められ、
夭逝した岡崎が生きていれば、
ノーベル賞は確実だったと言われている。

日本の分子生物学の歴史に
輝く業績である。

生物のDNAの複製が、このような
複雑な様式になってしまうのには
理由がある。

DNAの複製を担う酵素の特性上、
シンプルに両側で連続的に複製することが
困難なのだ。

炭素の連結が絡む説明の詳細は
本に譲りたいが、
DNA開鎖の進行方向に背を向けて、
短いDNAをいくつも作って
後でつなげる
という
複雑な複製様式になっている現実は、
もう一方の
連続的な複製との対比で考えたとき
たいへん興味深い。

44歳という若さで世を去ってしまった
岡崎令治氏。

このふたつの複製様式の存在は
古澤満氏らが1992年に発表した
「不均衡進化論」に繋がっていく。

連続鎖と不連続鎖を生む合成様式の差は、
遺伝子の突然変異率に差を生むからだ。

連続してスムーズに合成が進む
連続鎖と比べて、
合成の過程が複雑な不連続鎖は
ステップが多くミスが生じる確率、
つまり突然変異率が高い。

つまりこのことにより、
これまでに書いてきた
生物の根源的な矛盾、
「情報の保存」と
「情報の変革」の共存が
実にスマートに解決される


すなわち子孫DNAのうち

変異の多いものが
「情報の変革」を担当し、

変異が少ないものが
「情報の保存」を担当すれば良い。

シンプルだが、なんと画期的な
アイディアなのだろう。

古澤はこれを
「元本保証された多様性の創出」
と称しているが、

子孫の中に

親の形質をよく保存したものと、

親の形質から
大きく離れたものを作り出す仕組みを
持つことで、

常に
継続した生命の存続を担保しながら、
変異によってできた
新たな遺伝子型を
次々と試すことが可能になる


変異したものの中に
親より環境に適応したものが現れれば、
今度はそれを出発点として
この過程を繰り返すことで、
さらなる発展が可能となる。

これはまさに元本を2倍にして、
一方のみをギャンブルに使う
『ふしぎなポケット』戦略である。

種の「保存」と「変革」という
生命の持つ相反する要求を
どう共存させているのか?
そのひとつの解が
ここにあるのかもしれない。

この不均衡進化論では、
DNAの複製という
生物の最も根源的な機構に、
生物の持つ
二つの対立する根源的な性質を
うまく織り込んでいることが、
実に象徴的である。

DNAの2本の鎖は、その1本から
「自己の保存」を担う、
言うなれば「静」の子孫が、

そしてもう1本からは
「自己の変革」を担う
「動」の子孫が生まれてくる。

その2本の鎖が、
しっかりと手をつなぎ、
螺旋の姿で絡まり合い、
私たちの細胞に収められている。

「情報の保存」と「情報の変革」という
矛盾を解決するために、生物が生み出した
元本保証された多様性の創出」という
優れた戦略を支える機構は、
ここまでに紹介して来た
非対称牲による
不均衡な変異の創出だけではない

実に興味深い
生物が持つ「生命のからくり」だ。

 

 

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