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2019年3月17日 (日)

大塚国際美術館 (4)

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大塚国際美術館 (4)

- 本物を観るということ -

 

前回に引き続き、
徳島の大塚国際美術館の魅力について
もう少し話を続けたい。

 

これまで3回にわたって
他に類のない「大塚国際美術館」
訪問時の驚きを紹介してきた。

 

この美術館、
常設展示スペースも日本最大級
(延床面積 29,412m2
 参考までに
 国立西洋美術館で 17,369m2
 京都国立近代美術館で 9,983m2 だ)
でゆったりしていて、いい。

ただ、広大なうえに、
見どころ満載の作品が多いので
結局、休まず3時間かけて歩いても
一通り回り切ることすらできなかった。

「これはすごい!」
「絶対、観る価値あり!」
「行ってよかった!」
と小学生のような言葉しか浮かばないのは
なんとも情けない限りだが、
初回に書いた
知人の言葉にウソや誇張がなかったことは
確かだ。

一方で、陶板作品に引きこまれながら、
本物を観る、とは
 いったいどういうことなのだろう?

をずーっと考えながら歩いていた。

 

ひとつ目は「劣化」をどう捉えるか、
という点。

たとえば「モナ・リザ」の場合、
現在の我々が「本物」という時、
それはすでに描かれてから
約500年が経過したものを指している。

当然描かれたときとは、特に色は
大きく変化してしまっているはずだ。

500年後の本物を観ていることは事実だが、
少なくとも描かれた時点の絵とは
ずいぶん違っているはずだ。

逆にこれから先、
つまり将来を考えると
ここで陶板上に再現された作品は
多くの場合、本物より劣化の進行が遅い。

「2,000年もつ」と館長も言う通り、
これから先は、劣化において
本物が陶板名画を追い抜いてしまう。

本物は劣化していくのに
陶板名画はそのままでほぼ変化なし。
つまり
「今はそっくり」でも
100年後はズレてしまう、とも言える。

入館時にもらった「観覧ガイド」には
初代館長大塚正士さんが
こんなことを書いている。
(以下水色部、大塚さんの言葉の引用)

・・・ 実際には学生の時に
此処の絵を鑑賞していただいて、
将来新婚旅行先の海外で
実物の絵を見ていただければ
我々は幸いと思っております。

なにしろ、この絵は陶器ですから
全然変化しません


本物の絵は次第に変化しますから、
実物の色と、陶板名画の色とでは
今から50年・100年経っていきますと、
色や姿が
おのずと違ってくると思います。

「将来新婚旅行先の海外で」の言葉に
時代を感じるが、それはさておき
このズレをどう考えればいいのだろう。

もちろん、作品のある瞬間の姿を
克明に保存することの価値に
なんの疑いもないけれど。

 

もうひとつ考えていたことは、
本物を観た「過去の体験」を
思い出した時に浮かぶ、
絵画そのものの魅力以外
様々な要因だ。

歩いていると
まさに「本物を観た」
ヴァチカンのシスティーナ礼拝堂、
イタリアのサンタ・マリア・
デッレ・グラツィエ教会、
トルコのアヤソフィア、
フランスのルーヴル美術館、
オーストリアの美術史博物館、
フィレンツェのウフィツィ美術館、
などなどでの印象が
次々と蘇ってくる。

それらの体験と、眼の前の陶板名画を
比べようと意識すると
絵画以外の部分、
たとえば、建物であったり、
建物自体の老朽化具合であったり、
光の加減であったり、
あるいは建物の廻り、
つまり建物のある街の環境であったり、
空気であったり、
そういういったものが深く結びついて
「本物を観た」と思っていることに
改めて気づかされる。

 

たとえば、
私が、サンタ・マリア・
デッレ・グラツィエ教会を訪問して、
「最後の晩餐」を観たときには、
教会付近の車の通行さえ制限されていた。
自動車通行時の、
振動による壁面の劣化を防ぐためだ。

元は修道院の食堂だった館内も
光による壁画の劣化を防ぐため
最低限の照明となっており
とにかく薄暗い中での鑑賞となった。

そこだけ車の音が抜けている
静かな空間。
そこを照らす薄暗い光に浮かぶ
キリストを中心とした構図の
傷んだ古い大きな壁画、
それが私が観た「最後の晩餐」だった。

そういったことのすべてが
再現できていないではないか、
と文句を言いたいわけでは
もちろんない。

自分にとっての「最後の晩餐」は、
「壁画だけ」を
指していたわけではない、
というだけだ。

それは、パリのルーヴル美術館や
フィレンツェのウフィツィ美術館で観た
(壁画に比べればずっと小さな)
美術品についても言えるような気がする。

私的には、美術品単独ではなく、
それに伴う空気とともに味わった、
それが「本物を観た」体験なのだ。

なので、それらと単純に比較して
どうこう言うのはナンセンス。

名画と向き合った
徳島での新たな体験としたい

そう思いながら歩いていた。

 

作品自体を味わう名画は、
そして精巧なその複製の完成度は
そのことだけで
大きな興奮をもたらしてくれる。

美術館を出てきたときの
昂ぶった気持ちは忘れられない。

未見の方、
お時間と体力に充分余裕をもって
ぜひお出かけ下さい。

原寸大の美術全集の中に身を置いて
一日をすごすことができます。

ほかのどの美術館でも体験できない
新たな美術体験をぜひお楽しみ下さい。

 

 

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