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2019年2月

2019年2月24日 (日)

大塚国際美術館 (1)

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大塚国際美術館 (1)

- 本物が一枚もなくても -

 

前々回、季節外れの
2018年紅白歌合戦の話を書いたが、
2月になってから、ニュースサイトでも
紅白関連の小さなニュースを目にした。

発信は、徳島の大塚国際美術館
紅白で米津玄師さんが
生中継で「Lemon」を歌った、
あの会場となった美術館だ。

美術館の広報担当者によると
紅白の影響か、
2019年元日の美術館Webページへの
アクセス数は過去最高、
1月の来館者数は前年1月の約1.5倍に
なったという。

多くのろうそくを並べた
バチカンのシスティーナ礼拝堂を模した
ホールからの美しい映像だったが、
「空間」が持つ独特な空気感は
TV画面を通してでも
充分に伝わってきていた。

大型ディスプレイや
プロジェクションマッピングを使った
演出ばかりになってしまっている中、
だからこそ
逆にリアルな「空間」の持つ力が
際立っていた気がする。

ところで、この
徳島県鳴門市にある
「大塚国際美術館」

ご存知だろうか。

私も一度しか行ったことはないが、
これを機会にぜひ紹介したい。

 

この美術館、
「日本一高い入館料なのに、
 本物は一枚もない」
と揶揄されることもある
ちょっと変わった美術館だ。

ところが、美術に明るい知人も含めて
行った人からは

「たしかに本物はない。
 でも、とにかく一度は観てみて!

「半信半疑だったけれど、
 実際に行ってみたら驚いた

と、いくつもの強いお薦めコメントを
いただいていた。

いったいどうなっているの?

 

まずは、館長自らの言葉で、
他に類を見ない
この美術館を紹介してもらおう。
入館時にもらったパンプレットから。

世界初の陶板名画美術館

「大塚国際美術館」は大塚グループが、
創立75周年記念事業として
徳島県鳴門市に設立した
日本最大級の常設展示スペース
(延床面積29,412m2)を有する
「陶板名画美術館」
です。

館内には、
6名の選定委員によって厳選された
古代壁画から、世界25ケ国、
190余の美術館が所蔵する現代絵画まで
至宝の西洋名画1,000余点
大塚オーミ陶業株式会社の
特殊技術によってオリジナル作品と
同じ大きさに複製
しています。

それらは美術書や教科書と違い、
原画が持つ本来の美術的価値を
真に味わうことができ、
日本に居ながらにして
世界の美術館が体験できます。

また、元来オリジナル作品は
近年の環境汚染や
地震、火災などからの退色劣化
免れないものですが、
陶板名画は約2,000年以上にわたって
そのままの色と姿で残る
ので、
これからの文化財の記録保存のあり方に
大いに貢献するものです。

門外不出の『ゲルニカ』をはじめ
戦争で散逸していた工ル・グレコの
祭壇画の衝立復元など
画期的な試みもなされ、
1,000余点の検品のために、
ピカソの子息や各国の美術館館長、
館員の方々が来日されたおりには、
美術館や作品に対して
大きな賛同、賛辞を頂きました。

このように「大塚国際美術館」は、
技術はもとより構想においても
世界初の
そして唯-の美術館
といえます。

  大塚国際美術館館長 大塚一郎

簡潔に言うと、

厳選した世界の名画を
 原寸大で陶板に複製。
 その数、実に1,000余点。
 その陶板名画を並べた美術館


というわけだ。

 

すべてが陶板、
つまり焼き物なので保存性が極めて高い。
「陶板名画は約2,000年以上にわたって
 そのままの色と姿で残る」
とは館長の言葉だが、
展示作品には触ることすらできる。

と、ここまでの説明を聞いても、
肝心な画質、つまり絵のクオリティが
イメージできないと
「再現って言えるの?」の疑問は
拭えないであろう。
まさに訪問前の私がそうであった。

陶磁器の絵皿、の延長線しか
浮かばないのでどうしても名画とは
結びつかない。

というわけで、
まずは、実物を観てみよう。
(館内は写真撮影も自由にできる)

P5191929s

これが陶板、つまり焼き物なのだ。

 

P5191914s


もちろん写真だけでその「凄さ」を
伝えることがむつかしいことは
よくわかっているが、
次回、もう少し詳しく観てみたい。

加えて、陶板による複製は
単なる複製以上の価値も生み出している。
複製だからこそ、
本物にはできないこともできる。

そのあたりも含めて、次回へと続けたい。

 

 

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2019年2月17日 (日)

2050年の紅白歌合戦

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2050年の紅白歌合戦

- 初出場とトリ -

 

前回
季節外れの紅白歌合戦ネタを書いたが、
書きながら思い出したことがあるので、
もうひとつ紅白ネタで続けたい。
(歌手名は敬称略で失礼します)

更に振り返って、
去年ではなく、2015年末のこと。

その年、
2015年 第66回NHK紅白歌合戦
のプログラムは、

レベッカが初出場で「フレンズ」を歌い、
紅組のトリが
松田聖子「赤いスイートピー」
白組のトリが
近藤真彦「ギンギラギンにさりげなく」

というものだった。

3曲とも確かに大ヒットした曲だが、
流行っていた時代をリアルで知っている
昭和のオヤジとしては、
別な意味でかなりびっくりした。

発表年を2015年から見ても
「フレンズ」      1985年=30年前
「赤いスイートピー」  1982年=33年前
「ギンギラギンに・・・」1981年=34年前
ということになる。
初出場のレベッカは1984年(31年前)の
デビューだ。

1985年の年末に
30年後、つまり2015年の紅白はねぇ
 レベッカがようやく初出場となり、
 聖子ちゃんとマッチが
 それぞれトリをとるンだよ。
 しかも歌は、
 『赤いスイートピー』と
 『ギンギラギンにさりげなく』。

 レベッカのNOKKOは52歳、
 聖子ちゃんは53歳、
 マッチは51歳だけどね。」

なる予言をしても、
おそらく誰一人信じてくれなかったであろう。

当時、53歳で歌う松田聖子なんて
想像すらできなかったし。

なのに事実は想像の世界を超えてくる。

 

というわけで(?)
その不思議さを実感するため、
(2050年まで紅白が続いているとは
 思えないし、正確には31年後だが)
ここで大胆に予言してしまおう。

30年後、2050年の紅白はねぇ、
 家入レオがようやく初出場となり、
 AKB48とEXILE(エグザイル)が
 それぞれトリをとるンだよ。

 家入レオは56歳。
 ABK48には、
 59歳の前田敦子と62歳の大島優子も
 合流して、
 EXILEでは
 70歳のATSUSHIと66歳のTAKAHIRO
 がボーカルをとるらしいよ」

笑うがいい。
1985年の人も同じように笑ったはずだ。

 

 

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2019年2月10日 (日)

勝手にシンドバッド

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勝手にシンドバッド

- 『今何時?』の意味 -

 

もう2月も半ばになってしまったけれど、
今日は紅白歌合戦について少し書きたい。
(歌手名は敬称略で失礼します)

昨年の大晦日は
いろいろな条件が重なったこともあって、
ウン十年ぶりに
NHK紅白歌合戦を最初から最後まで観た。

世代や性別ごちゃまぜで
複数の人がテレビの前に集まって
あれやこれや
好き勝手なことを言いながら観る、
というのが、やはりあの番組の
一番の楽しみ方なんだなぁ、を
改めて再認識した夜だった。

最後、
「勝手にシンドバッド」で
桑田佳祐やユーミンが
北島三郎までを巻き込んで
大暴れしたのは、
昭和世代の私にとっては
おおいにお祭り気分に浸れた瞬間だったが、
考えてみると(好き嫌いはともかく)

 浜崎あゆみ  も
 安室奈美恵  も
 倖田來未   も
 Kinkikids   も
 SMAP      も
 モーニング娘。も

そこにはいなかった。

椎名林檎も米津玄師もよかったが、
平成最後の大晦日に
盛り上がって目立っていたのは
昭和の歌手ばかりだったのは、
なんとも感慨深い。

さて、
「勝手にシンドバッド」で
まさに勝手に思い出したものが
いくつかあるので、
今日はそれを紹介したい。

 

(AA) ドラマ
  「歌謡曲の王様伝説  阿久悠を殺す」

一色伸幸さん脚本の
「歌謡曲の王様伝説  阿久悠を殺す」
という刺激的なタイトルのドラマのことは
ここに少し書いた。
ドラマの中にこんなセリフがある。

青年:
  『勝手にしやがれ』と
  『渚のシンドバッド』、
  阿久悠の代表作だ。

  ふたつまとめて蹴飛ばしてる。
  『勝手にシンドバッド』!

なぜか忘れられないセリフのひとつだ。
リンク先にある通り
オリコンチャートの1位獲得曲
108曲目と109曲目には
沢田研二の『勝手にしやがれ』
ピンク・レディーの『渚のシンドバッド』
並んでいる。

 

(BB) 嘉門達夫「勝手にシンドバッド」
替え唄の名作が多い嘉門達夫にあって、
その中でもピカイチだと思っているのだが、
残念ながらこの曲の知名度は低いようだ。

カラオケにも
「替え唄メドレー」などは必ずあるのに、
この曲はないことが多い。

♪今何時? そうね ダイアン・レイン

♪今何時? 僧はボンサンね
と歌っているのを聞いて
思わず引き込まれてしまった。

♪胸さわぎの腰つき

♪このお鍋はフタつき

♪部屋探しの風呂つき
と歌うセンス。

1990年、シングルとして発表されたあと

アルバム
(1) リゾート計画
(2) THE BEST OF KAMON TATSUO


(3) ゴールデン☆ベスト
  ~BEST OF 替え唄&ヒットソングス
   1989-1996 ~
(4) 嘉門達夫BOX 
  怒濤のビクター・シングルス

にも収録されている。

ちょっとだけ聞いてみよう。

♪胸さわぎの腰つき
♪バカ騒ぎのモチつき
♪部屋探しのフロつき

 

(CC) 『今何時?』の意味
ツイッターのTL(タイムライン)には、
この曲を「初めて聞いた」という若い方の
「なんで何度も『今何時?』って聞くの?」
「時計がないってこと?」
なる疑問が流れていた。

それに対して、実にスマートに
解説しているつぶやきがあった。

リツイートの繰り返しゆえ
出処がわからないのだが、
内容に敬意を表して
ここに記載させていただきたい。

「今何時?」は
デート中に女性が男性に
問いかける言葉で、

 [1] 門限なので帰る。
 [2] 退屈ですよ。
 [3] 何で誘わないの?

の3つの意味があります。

男性側は、
 ♪だいたいね
 ♪ちょっと待ってて
 ♪まだ早い
などと返事をしながら
どの意味なのか探っている、
というわけか。

うまいことを言うものだ。

 

40年経っても古さを感じさせない名曲は
喚起させるものも多い。

 

 

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2019年2月 3日 (日)

幕末の志士たちの年齢

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幕末の志士たちの年齢

- 30代が新しい時代を -

 

以前、オーストリア旅行記を書く際、
同時代を生きた歴史上の人物の年齢関係を
少しでもイメージしやすくするために、
オリジナル棒年表を作ってみた。
たとえば、 こんな感じ

エクセルの表に
氏名と生没年月日を入力すると、
VBAの簡単なプログラムが走って
年表用のバーを書いてくれる。

すると、記事を読んだ方から
「幕末の人物で同じような棒年表を
 作ってみてもらえないか」
なるリクエストをいただいた。

では、作ってみよう。

 

最初に、オリジナル棒年表の見方について
簡単に説明したい。

* 棒の左端の数字は生年
* 棒の右端の数字は享年
  (死んだときの満年齢)
* 棒右欄外は氏名
* 棒の色
  60歳までは20年区切り
    0 -20歳  緑
    20-40歳  青
    40-60歳  黄
    60歳以上 紫

* 今回だけ特別に[#数字]にて、
  明治維新時の満年齢
を示す。
  なお、日にちで指定することに
  あまり意味はないが、
  年齢計算のために必要ゆえ
  今回は「1868年10月23日」を
  明治維新の日として計算した。

この仕様にて幕末の人物に関する
棒年表を作成すると次のようになる。

通常は、生年順で作成するのだが、
作って眺めてみると
かえって時代の流れが
わかりにくくなってしまったので、
今回は、没年順に並べてみた。

Bakumatsu1


読者の皆様は、この年表の
どの部分に目がいくことだろう?

1853年の黒船来航から
1868年の明治維新までわずか15年。
その短さもよくわかる。

でも、なんと言っても
一番印象的なのは、
明治維新時の年齢「#数字」。
勝海舟の45歳が最高齢で、
木戸孝允は35歳、大久保利通は38歳。

ひとり、ふたりが若かったのではない。
明治政府設立に関与したほとんどの要人は
棒年表の青い領域、つまり40歳以下だ。

こんなに若い人が中心となって
「中央官制・法制・宮廷・身分制・
 地方行政・金融・流通・産業・経済・
 文化・教育・外交・宗教・
 思想政策など」(Wikipediaから)
明治時代、
まさに信じられないほど多岐に及ぶ
改革が進んだのだ。

 

一方、明治維新を迎えられなかった
上段に目を遣ると、
30歳前後という若さで亡くなりながらも
多大なる影響を残した
吉田松陰、高杉晋作、坂本龍馬らが並ぶ。
それぞれが思い描く「新しい世」にむけて
まさに志士としての無念さが偲ばれる。

 

ちなみに
(本音では比較さえしたくはないが)
現(2019年2月)第4次安倍改造内閣の
平均年齢は64歳だ。

 

 

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