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2018年10月21日 (日)

オーストリア旅行記 (61) ウィーン美術史博物館(3)

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オーストリア旅行記 (61) ウィーン美術史博物館(3)

- ブリューゲル「バベルの塔」 -

 

美術史博物館の目玉のひとつが
ブリューゲルの「バベルの塔」だ。

ただ、日本を出発する少し前、
首都圏の電車では、
この吊り広告をよく目にしていた。

Babel2017s

なので、
「バベルの塔は、今、日本にあって、
 ここウィーンにはないンだよな」と
運の悪さに残念な気持ちでいた。

ところがところが、
展示室に入ってみたら、
正面のこれが目に飛び込んできた。

P7169405s

「ない」と思っていたものが
眼の前にある!

どうして!?

その場で疑問は解決しなかったのだが、
日本に帰ってきて、
改めてポスターを観て納得。

はっきりと「ボイマンス美術館所蔵」の
と書いてあるじゃないか。

「ウィーン美術史博物館」の
「バベルの塔」ではなかったのだ。
日本に行っていたのは。

ブリューゲルの「バベルの塔」は
何作かあると聞いていたので、
そのうちの一作なのだろう。

改めて並べて見てみよう。
上がボイマンス美術館のもので
下がウィーン美術史博物館のもの。

Bruegelp2s

Bruegelb2

ただ、そう思ってみると
中学だったかの美術の教科書に
載っていたのは、
「美術史博物館」のものだった気がする。
この左下の部分、教科書で見た記憶がある。

 

この「バベルの塔」についても

中野孝次 著
ブリューゲルへの旅
文春文庫

(以下水色部、本からの引用)

で触れられている。
前回の「雪中の狩人」に続いて
中野さんにはどんなふうに見えていたのか
ちょっと覗いてみよう。

 

 ウィーンの美術館に一点だけ、
いくら見ていても納得できず、
なにかわけのわからぬ
奇怪なグロテスクなものを見たという、
ほとんど不快な印象を
残したままになっている絵
があった。

P7169422s

彼は身構えて絵の前に立った。

画面中央に巨大な
赤茶けた無気味な姿を
でんと据えているバベルの塔は、
現代人の生半可な感情移入なぞ
にべもなく拒んで、
依然としてただそこに立っていた。

まったくこれは現代人の感性を
嘲笑するために
描かれたような絵である。

まるで地殻の底からふき出た
奇怪なできものだな、と
わたしは思う。

画面中央に居据った
この化物さえなければ、
これは実にすはらしい
海浜都市の描写なのに、と。

「奇怪なできもの」とは
すいぶんな言われようだ。

「できもの」以外の
都市俯瞰図とも言える部分については
「すばらしい海浜都市」の描写とまで
言っているのに。

 

Bruegelb1

われわれは純技術的に見て、
画家が当時の土木建築術の各工程、
道具、建造物の外観、材料、
労働形態、運搬器具、石工、大工、
煉瓦工、船の各態、等々に、
いかに広く正確な知識を持っていたかに、
驚嘆するほかはない。

ブリューゲルは彼がこの途方もない
建造物の総監督
ででもあるかのように、
それらの全部を
認知していたに違いないのである。

では彼はここに、ルネサンスとともに始った
近代科学の進歩のすはらしさを顕賞しようと
したのだろうか?

「まったくなんという途方もない
 巨人的な絶望的な企てだろう」
と嘆きながらも
「わたしは細部の驚くべき緻密さ正確さに
 感心するのをやめ、また退いて」
絵を全体として捉えようとする。

それでも、

わたしはこの十年間に、
さまざまな研究者の解説を読み、
知識はそれなりにあったが、
実際に絵をまた前にしてみれば、
知識は
知覚の養いになってくれなかったこと

あらためてわかるだけである。

 

そしてこの絵の不気味な感じを
こんな言葉で表現している。

悪夢。
たしかにそうだ、とわたしは思った、
あの天に聳立(ショウリツ)する
巨大な建造物が、
人間の理性と労働の勝利という
はればれしい印象よりは、
むしろ無気味な、悪魔的な企て、
あるべからざるなにかのように
印象されるのは、

すでにそれが建造の過程において
崩壊の予感を孕んでいる


感じられるからに違いない。

「すでにそれが建造の過程において
崩壊の予感を孕んでいる」とは
なんとも絶望的な言葉だ。

 

悪夢、と言いながら
丁寧に鑑賞を続ける中野さん。
最後はこんな言葉で結んでいる。
お気に入りの「雪中の狩人」に比べると
同じ画家ながら
ずいぶん対照的な印象を残したようだ。

しかし結局
本当のところはまだわからないな、と
わたしはふたたび呟くしかなかった。

赤茶けた塔のイメージが
また浮かんで、消えた。

それは「雪中の狩人」のような
幸福な印象を残さなかった

実際に絵を目の前にすると、
全体のバランス以上に、
細部の書き込みのすごさに
引き込まれてしまう。

人もモノも動いており止まっていない。

絵はある瞬間を凍らせて
焼き付けてしまうものではない。
ブリューゲルに限らず「いい絵」は、
前後の時間をちゃんと感じさせてくれる

 

P7169413s

 

おまけ:
美術館の展示物の目玉のひとつに
コレがある。いったいこれは何か?

P7169383s

なんとこれは
食卓用塩入れ(イタリア語でサリエラ)。
16世紀のイタリアの金細工師であり
彫刻家でもあった
ベンヴェヌート・チェッリーニの作品。

驚くべきことに、一枚の金板から
型なしで打ち出されたもの
らしい。
まさにルネサンス期の傑作。

これを模して美術館の外にはコレがある。

P7169437s

流行りの「インスタ映え」という言葉が
ふさわしいのかどうかよくわからないが、
美術品の一部になりきって
写真を撮りたくなる気持ちが
よくわかる。

次々と順番を待つようにして、
皆、楽しそうにポーズをとっていた。

 

 

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