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2018年10月 7日 (日)

オーストリア旅行記 (59) ウィーン美術史博物館(1)

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オーストリア旅行記 (59) ウィーン美術史博物館(1)

- ウィーンは厚化粧した老婆? -

 

ここに書いた通り、
マリア・テレジア広場を挟んで
向かい合って建っている双子博物館。

自然史博物館 と
美術史博物館。

ウィーン自然史博物館がこれで

P7169438s

P7148748s

 

ウィーン美術史博物館がこれ。

P7148747s

外観では区別がつかない。

 

【ウィーン美術史博物館】
美術品のコレクションも
もちろんすばらしいが、
自然史博物館と同様、
建物自体も見応え充分。

P7169360s

館内で撮った美術品の写真は、
旅行記 (47)(48)(49)(50)(51)
でも、すでに挿絵代わりに使っているが、
自然史博物館では禁止されていた写真撮影が
なぜか(?)こちらでは許可されていた。
撮影OK/NGの基準は
いったいどんなところにあるのだろう?

階段回りもこの雰囲気。

P7169361s

休憩時に軽食のとれるカフェテリアも。

P7169366s

大理石の床と柱の模様が美しい。

P7169362s

大天蓋もこの迫力。

P7169363s

大きいだけでなく、
細部まで美しい。

P7169373s

 

そのうえ、展示室ではなく
階段の壁面上部に
世紀末の画家「グスタフ・クリムト」の
作品を観ることができる。

P7169376s

『エジプト』
『古代ギリシャ』
『16世紀のフィレンツェ』など、
芸術の発展過程をテーマに描いている。

P7169375s

 

この博物館、
「美術史」とついているが、
美術史全体を系統的に網羅したような
そんな展示にはなっていない。

そもそものコレクションに、
ハブスブルク家支配領域の変遷や、
一族の伝統となった
芸術的嗜好などによる偏りが、
明らかに存在している。

P7169379s

 

長らく対抗関係にあった
フランスの作品はほとんどないし、
また16世紀ヴェネツィア絵画の
充実ぶりと比較すると、
それ以前のイタリアの作品は乏しい。

それでも、そういった偏りを
事前に知って観たとしても、
壮大なコレクションは
圧倒的なパワーをもって
観るものに迫ってくる。

P7169416s

 

そもそも偏りのない美術館なんて
どこにもないのだから、
「美術史」という名前につられて
網羅性を期待すること自体
間違っているのかもしれない。

 

工芸品も多いが絵画だけを見ても、
フェルメール、ラファエロ、クラーナハ、
ルーベンス
などの傑作がめじろ押し。

P7169418s

 

特に有名なのは世界最多の点数を誇る
ブリューゲルのコレクション。

ブリューゲルと言えば、
この本が思い出される。

中野孝次 著
ブリューゲルへの旅
文春文庫

(以下水色部、本からの引用)

ブリューゲル絵画の解説本ではなく、
あくまでも中野さんの体験にもとづく
エッセーなのだが、独特な文体は
不思議な空気感を運んでくる。

そもそも、これまで
美しいだの、すばらしいだの、
旅行記の中で
さんざん褒めまくってきた
ウィーンの街を、
中野さんは、こんな言葉で
描写している。

1966年春、わたしはウィーンにいて
憂鬱をもてあましていた


パリの軽快な放射線的構成とも、
ベルリンの雄大な
幾何学的直線とも違う、
宮殿や教会や国立オペラ劇場や
公園を中心に
それぞれ魅惑的な閉鎖空間を
つくっている、

活気のない、古く壮麗な
このバロック都市
にきて以来、
なぜ憂鬱にとりつかれたのか
自分でもわからなかった。

ともかく憂鬱はつねに胸にあり、
それは胸を噛んだ。

それはまるで、
この町を歩けば必ず目に入る
装飾過剰の建築物、
曲線や渦状線や
人柱像で構成された柱列や、
複雑な円や方形の
組合せからなるファッサード
が、
かれら自身の憂鬱を
わたしのなかに注入して、
ここに留まるかぎりその毒から
逃れられないかのようだった。

その壮麗を
否定することはできない。

だが、威圧すべき異民族を失って、
1918年以来
空しく過去の壮麗さのなかに
まどろんでいる
このあまりに伝説的な都市の外観は、
わたしには
若い日の栄華のままに正装し
厚化粧した老婆を白昼に見るような
印象を与えた


それは途方もなく空しく、
無用な装飾にみちすぎていた。

死ぬ日のくるのを着飾って待っている
老人の都市だった。

いくら自分の気分が憂鬱だからと言って、
「若い日の栄華のままに正装し
 厚化粧した老婆を白昼に見るような
 印象を与えた」って
この記述はないンじゃないか、と
個人的には思うが、
街の印象とは、
もちろん見る人の気分との組合せで
存在するものだから、
自分とは違ったウィーンが
見えている人がいると思えば
かえって興味深い。

そんな中野さんに、美術史博物館の
ブリューゲルの絵画は
どんなふうに映ったのだろうか?

 

ちょっと長くなってきたので、
続きは次回に。

 

 

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