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2018年7月22日 (日)

オーストリア旅行記 (48) ハプスブルク家の鼻と顎(あご)

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オーストリア旅行記 (48) ハプスブルク家の鼻と顎(あご)

- 顔の特徴、血縁あればこそ -

 

前回
マクシミリアン1世を取り上げた。

ウィーンの美術史博物館にある
アルブレヒト・デューラー作の
油彩肖像画(74cmx62cm)の
写真を再度添えたい。
この肖像画から、どんなことが
読み取れるだろうか。

P7169411s

(自然史博物館の方は撮影禁止だったが、
 美術史博物館の方は写真OKだった)

中野京子 (著)
  名画で読み解く
  ハプスブルク家12の物語
  光文社新書


(以下薄緑部、本からの引用)

にいろいろ教えてもらおう。

 マクシミリアン1世は
黒いビロードの大きなパレット
(ベレー帽の一種)をかぶり、
深みを帯びた緑色をバックに立つ。

右手の指の形からして、
おそらくテーブルか地球儀に
軽く手を添えているのであろう。

左手には石榴(ざくろ)を持っている。

この果物は、
果肉にびっしり種子がつまっているため
「豊穣」のシンボルとなってきたが、
一方でまた、そうした無数の種が
丈夫な皮におおわれているところから、
君主の下における
人々の結束の象徴ともされた。

P7169411s1

石榴(ざくろ)にそんな意味があったとは。


 着ている赤いコートは
なかなか豪華で、裏地は毛皮。
襟と袖口を折り返してある。

襟の折り返しが
肩と上腕をすっぽり覆うほどなのは、
じゅうぶんな防寒が
必要だったから
であろう。

P7169411s2

 

グレーの髪、目の下の隈、
たるんだ頬や顔中の皺から
北国の寒さがこたえる年齢だ
ということが察せられる。

P7169411s

 

 画面上部左に、
ハプスブルク家の紋章である
双頭の鷲が、皇帝の冠を戴いた
ワッペン型の中に描かれており、
その横には、皇帝を讃える
ラテン語の銘文が読める。

内容はざっと次のようなものだ。

「史上最大のマクシミリアン帝は、
 正義と知恵と寛容において、
 また特にその高邁さにおいて、
 他のあらゆる王たちに優っていた。

 皇帝は1459年3月9日に生まれ、
 1519年1月12日、
 59歳9カ月と25日で崩御した。

 この偉大なる王に栄光あれ」。

P7169411s3

つまりこれは、
マクシミリアン1世逝去後の作品
ということがわかる。

 

同じ美術史博物館には、
マクシミリアン1世の
こんな肖像画もある。

P7169381s

ちょっと前置きというか寄り道が
長くなってしまったが、
今日の本題に移りたい。

上に貼った2枚の肖像画を見て、
なにか気づくような
顔の特徴があるだろうか?

 

婚姻をひとつの柱として発展してきた
ハプスブルク家の歴史を考えるとき、
血が繋がっているからこそ、の
顔の特徴はかなり重要で、
ちょっと気をつけてみるだけでも、
「これ、ハプスブルク家の人かも?」と
絵画をみる際の楽しみ、想像力が
大きく変わってくる。

もう一枚、同じ美術史博物館にある
無名画家による
『マクシミリアン一世と家族』
の絵をご覧あれ。

P7169410s

後列左の赤いパレットをかぶった王が、
マクシミリアン1世だ。
横顔なので鷲鼻と受け口がはっきりわかり、
デューラーの肖像とは別人のようだ。

その隣の黒いパレット姿が、
フアナの恋してやまなかった
フイリップ美公、

右端が1世の妃マリア。

前列へ行くと、
左がマクシミリアンの孫で、
オーストリア・ハプスブルクを継いだ
フェルディナント1世。

右端の人物に関しては諸説あり、
男女どちらかも意見がわれている
(「カール五世の妻」説、
「マクシミリアンの孫娘の夫」説など)。

注目は、ひときわ顎(あご)の大きな
中央の黒パレットで、
これがカール5世の若き日の姿だ

ちょっと寄って見てみよう。

P7169410ss

ティツィアーノの肖像画では
どれも髭をたくわえているので
さほど目立たないが、
同時代人の証言によると、
カールは極端な受け口のせいで
歯の噛み合わせがひどく悪く、
常時口を開けていた
とまで言われる。

おそらく絵よりもっと下唇が垂れ、
顎は突き出ていたに違いない。

そしてこの優性遺伝が、
血族結婚をくり返すことで
子々孫々に伝えられ、とりわけ
スペイン・ハプスブルクにおいて、
極端に歪んだ形で出現する
ことになる。

鷲(わし)鼻、
出張った下顎
という
ハプスブルク家の特徴。
これを意識するだけでも
絵画への興味がずいぶん変わる。

ぜひ心の片隅に
留めておいていただければ。

 

さてさて、顔の説明に登場した
マクシミリアン1世の孫、
カール5世

彼こそが
ハプスブルク家絶頂期の皇帝だ。

次回は彼の話から続けたい。

 

 

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