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2017年12月10日 (日)

オーストリア旅行記 (16) ハルシュタット遺跡の発見

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オーストリア旅行記 (16) ハルシュタット遺跡の発見

- ヨーロッパの源流のひとつ -

 

「世界一美しい湖畔の町」と呼ばれ
世界遺産にもなっているハルシュタット。

ホテルにチェックインし、
身軽になったので
さっそく町歩きにでかけたのだが、
景色を楽しむ前に、
少し歴史を振り返っておきたい。

前回の最後にこう書いた。
繰り返しになってしまうが、
もう一度書きたい。

ザルツブルク(Salzburg)は、
salzが「塩」
burgが「城、要塞、砦」
つまり「塩の城」という意味だった。

ハルシュタット(Hallstatt)も、
ハルはケルト語で「塩」
シュタットはドイツ語で「町」
つまり「塩の町」
を意味している。

どちらも「塩の町」。

なぜケルト語なのか?
なぜ塩なのか?

参考図書として、

鶴岡真弓, 松村一男 (著)
図説 ケルトの歴史:
歴史・美術・神話をよむ
(ふくろうの本/世界の歴史)
河出書房新社

を読みながら、
背景となる歴史を眺めてみたい。
(以下水色部、本からの引用。
 2017年11月に新版が出たばかりだが、
 引用は旧版から)

 

ハルシュタットは、

「豊かな塩山を背景に、
 ハプスブルグ家の『塩』の御料地として
 栄えてきた」

のように紹介されることも多いため、
時代的にハプスブルグ家と
同期して考えてしまいがちだが、
実はその起源は恐ろしく古い

そもそもハルシュタット文化とは、
考古学上A期からD期に別れているものの、
なんと
紀元前1200年から紀元前475年ごろ
のことを指す。

つまり今から見れば、
3200年前から2500年前!


岩塩の採掘も、
紀元前8世紀ごろには盛んだったようだ。

参考図書にもこうある。

ハルシュタット時代には、
東方にスキタイ人、
南東にイリュリア人、ギリシア人、
アルプスの真南にエトルリア人がいたが、
ケルト人は地中海と北方を結ぶ
「塩の道」の交易路を支配していた


前700-500年頃まで
ヨ-ロッパにおける岩塩採掘の
センターとして栄えていた
のである。

今も一部は現役ながら、
「世界最古の岩塩坑」として
観光客に公開されている
「ハルシュタットの岩塩坑」の歴史は、
2500年以上ということになる。

 

というわけで驚くほど古くから
塩によって栄えていたハルシュタットだが、
その名を広く世界に知らしめたのは、
「ハルシュタット遺跡の発見」だった。

ハルシュタット遺跡の発見は
1846年

塩山の管理官ゲオルグ・ラムザウアーが
ハルシュタットC期(前750-600年)
とD期(前650-450/400年)
に当たる墓を発掘、

リンツやウィーンの発掘隊が加わって、
1863年までの17年間に
980の墓、
1万9497点の出土物が発見
された。

(中略)

シュリーマンによるトロイア発掘より
四半世紀も早い、
もうひとつのヨーロッパ源流の
大発見となった
のである。

「ヨーロッパ源流のひとつ」とは。

ここからの多くの出土品、
(装身具や武具、馬具、什器など)に
チェコ、スロバキア、オーストリア、
ドイツ南西部に展開された
この時期の鉄器の特殊性が認められたため
同地の名称で呼ばれるようになった。

参考図書の言葉を借りれば

ハルシュタット文化は
この遺跡を名祖(なおや)として、
東西に広がっている

 

なお、
このハルシュタット遺跡の発掘時には、

56年に皇帝フランツ・ヨーゼフと
皇后エリザベートが
第507号墓発掘に立ち会っている。

このお二人、56年以外にも
ここハルシュタットに立ち寄っているようだ。
湖畔にはこんな記念碑

P7138565s

も建っていた。

P7138566s

 

さて、
ずいぶん前置きが長くなってしまった。

町の散歩に出かけることとしよう。

険しい山肌に張り付くように
木造の家々が並んでいる。

P7128239s

それぞれの家には、
花が工夫して飾られており

P7128223s

見上げながら歩くだけでも気持ちがいい。

P7138266s

山と湖に挟まれた町は狭いので

P7128241s

町に入る車を制限している。

つまり、一般車両は
自由に町には入ってこられない。

P7128224s

大型バスはもちろん、
通常の観光客は、
町の入り口にある
大きな駐車場に車を停めて
基本的には皆、徒歩で町に入ってくる。

湖畔に出ると、
その独特な雰囲気に
思わず足が止まってしまう。

P7128235s

山と湖と
山肌に張り付く木造の建物の
バランスがなんとも言えず、
言葉にならない。

P7128218s

湖畔のレストランも
この景色の中で食事ができるなら、と
大盛況だ。

P7128221s

対岸の山々も美しい。

P7128229s

家から直接船にアクセスできる
京都、伊根町の舟屋のような家々も
湖畔に並んでいる。

P7128226s

まだ明るいが時間としては
もう午後7時。

P7128228s

湖畔を歩きながら、
夕食に向かうことにした。

 

 

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