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2017年11月 6日 (月)

オーストリア旅行記 (11) サウンド・オブ・ミュージック(その7)

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オーストリア旅行記 (11) サウンド・オブ・ミュージック(その7)

- どこからどこへの山越え? -

 

オーストリアのザルツブルクを、
映画「サウンド・オブ・ミュージック」を
キーに巡っていく報告も
今回で一旦、ひと区切りとしたい。

内容のほうは、これまで同様、
『サウンド・オブ・ミュージック』の秘密
瀬川裕司 (著)
平凡社新書
(以降水色部は本からの引用)

と 映画のDVD/Blu-ray

で補足・確認しながら、
進めていきたいと思う。
(以降、映画からのシーンは黄色枠で)

 

【馬の水飲み場】
祝祭劇場のすぐ隣(となり)にあるのが、
この「馬の水飲み場」。

場所といい、その装飾といい、
ちょっと唐突な感じがするが、
前回書いた通り、
お隣、祝祭劇場は、
元は大司教の厩舎だった。
ここは、そこで飼われていた
「馬のための水飲み場」として
作られたものらしい。
馬は一時、130頭もいたという。

P7117919s

現在の姿になったのは1732年。
中央に馬の調教場面の像が立ち、
壁には馬の美しいフレスコ画が並んでいる。

P7117916s

ただ、実際に行ってみると、
画よりも、そのすぐ後ろに迫った
ざっくり削られた岩山に驚く。

しかも横にはトンネルまで。

P7117920s

トンネルの通りを挟んで、
すぐ左側はもう祝祭劇場だ。

映画「サウンド・オブ・ミュージック」
の中では、マリアと子どもたちが
ピクニックに行く時に前を通っている。

Sm05024

一瞬映るだけなので、知らなければ
もちろん何かはわからないし、
映画の中で説明も一切ないが、
この美しい施設が、
まさか「馬の水飲み場」だったとは。

 

【ザンクト・ペーター教会の墓地】
ここでも少し触れたが、
ザンクト・ペーター教会の
鉄柵で区切られた墓地は、
映画「サウンド・オブ・ミュージック」
の終盤で、
トラップ一家がナチスに追われて
墓石の裏に隠れるシーンの
モデルになっている。

区画ごとに違う鉄柵の文様は、
この墓地の特徴のひとつ。

P7117996s

モデルにしただけで、
撮影はセットで行われたため、
直接ここがロケ地というわけではない。

暗い画になってしまうが、
映画のシーンも貼っておこう。

ナチスに見つかってしまうのではないか、
というヒヤヒヤ、ドキドキのシーンだ。

Sm24607

Sm24633

 

【山越え】
そして映画の最後、
ナチスの追跡をかわしたトラップ一家は、
国境線が封鎖されているため、
徒歩で山を越えて
逃亡先のスイスへと向かう。

Sm25217

山越えのロケ地は、
ロスフェルト(Rossfeld)。

雄大な山並みが美しい
このシーンについては、
ロケ地ツアーのときも
ガイドさんから説明があった。

Sm25313

この撮影現場は、
ザルツブルクのすぐ南方向の山で、
バスの中からも指差しながら、
「あの山の尾根が
 国境越えの最後のシーンのロケ地なんです」
と紹介していた。

ただ、次の言葉に
バスの中は笑いに包まれた。
「あのあたりはドイツとの国境なんです」
「スイスとの国境なんて、
 ザルツブルクからはものすごく遠くて、
 とても歩いてなんかいけないわけで」

物理的な位置関係をちょっと確認しておこう。

Amapbr1

青がオーストリア、
黄がドイツ、
緑がスイス。
★印がザルツブルクの位置で、
◎印が山越えの撮影現場。

なるほど、ザルツブルクから
歩いてスイスとの国境を越えるのは、
7人の子ども連れには厳しそうだ。

また、ナチスから逃げている一家が、
ドイツとの国境に
わざわざ向かっているというのも
笑える。

上に挙げた瀬川さんの著書でも

このあたりもドイツとオーストリアが
国境を接している地域だ。

映像を見るかぎり、
一家はドイツ側から
わざわざオーストリアに
戻ろうとしていることになる

(ケールシュタインハウスはドイツ、
 ロスフェルトは
 ほぼ国境線上に位置する)。

最後に、
はるか遠方に街のようなものが
うっすら見えるが、
それはザルツブルクだ。

この映像だけを情報源とするなら、
トラップ一家はドイツへの遠足から、
いま帰宅中であるように
思えてしまうわけである。

と書かれている。
映画のストーリとのギャップが楽しい
裏話のひとつ
だ。

ところで、先にも書いた通り、
サウンド・オブ・ミュージックは
実話に基づく話だ。

映画ではない、
実話のほうはどうなっていたのだろう?

<実話>では、
コンクールでの優勝後、
一家はヨーロッパ各地で
コンサート活動を展開する


つまり
『サウンド・オプ・ミュージック』
とは異なって、
彼らはナチによる<併合>の前から、
プロとして活動していたわけである。

そして一家は国外に逃亡する。
<実話>としては、
屋敷のすぐ裏のアイゲン駅から
鉄道に乗ってイタリアに行き、
1938年10月にロンドンから
アメリカ行きの船に乗った。

つまり、トラップ一家は
<山越え>などしていない


そして39年1月、米国で末子の
ヨハンネス・ゲオルクが生まれる。
同年3月、滞在許可の期限が切れたために
一家はいったんヨーロッパに戻り、
主に北欧諸国でコンサート活動をおこなう。

そして10月、
米国での居住許可を得た彼らは、
あらためて
「ザ・トラップ・ファミリー・シンガーズ」
として全米を股にかけての
コンサート活動を展開する。

合唱団としての活動と
ヴァーモント州ストウの
「トラップ・ファミリー・ロッジ」
の経営によって、一家の名前は
広く知れ渡るところとなった。

 

7回に分けて
「サウンド・オブ・ミュージック」関連で
繋いできたザルツブルク旅行記だが
映画関連ネタは一旦これで終了としたい。

ロケ地巡りが楽しめる町の魅力を
瀬川さんはこんな言葉でまとめている。

(ロケ地を巡る)
このような現象が起こるのは、
『サウンド・オブ・ミュージック』が
人気作品であるからだけでなく、
ザルツブルクに
<そのままの風景>が残っているから
だ。

撮影から50年近くが経っているのに、
そこへ行きさえすれば、
記憶にある風景が肉眼で見られるのである。

たとえば50年前の邦画を好きな外国人の
映画ファンがわが国に来たとしても、
めったに(そのままの風景)には会えまい。

そこには、いうまでもなく
歴史的建造物等を大切にする
ヨーロッパの伝統があるわけだが、
ザルツブルクでいえば、
狭い旧市街にロケ地が集中しているので、
二時間ぐらい歩けばほとんどのポイントは
押さえられてしまう。

まるでザルツブルクが
『サウンド・オブ・ミュージック』の
テーマパーク
であるかのようなのだ。

 

次回からは、
「サウンド・オブ・ミュージック」
からは離れて、
ザルツブルクの町の魅力を紹介したい。

 

 

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