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2017年9月

2017年9月24日 (日)

オーストリア旅行記 (5) サウンド・オブ・ミュージック(その1)

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オーストリア旅行記 (5) サウンド・オブ・ミュージック(その1)

- 50年後の集客力 -

 

映画「サウンド・オブ・ミュージック」は
1965年に公開された
ロバート・ワイズ監督、
ジュリー・アンドリュース主演の
ミュージカル映画だ。

第38回アカデミー賞で、
作品賞、監督賞、編集賞、編曲賞、録音賞の
5部門を獲得している。

映画を見たことがなくても、
「ドレミの歌」
「エーデルワイス」
「私のお気に入り」

などの曲は、一度は耳にしたことが
あるのではないだろうか。

これらの曲はすべて、
「サウンド・オブ・ミュージック」
からだ。

ブロードウェイに一時代を築いた
作曲:リチャード・ロジャース
作詞:オスカー・ハマースタイン2世
ロジャース&ハマースタインの最後の作品。

ブロードウェイ・ミュージカルと映画で
知られるようになった
これらの名曲の数々は、
いまやスタンダードになっている。

 

今日は、ザルツブルクで参加した
「サウンド・オブ・ミュージック・ツアー」
の様子を書きたいと思う。

「あぁ、あの映画ね。
 確かに観たことあるし、
 『ドレミの歌』も知っているけれど
 ストーリやシーンなんて
 大昔のことですっかり忘れているよ」

という方も多いと思うので、
思い出せる程度の簡単な説明は
できるだけ添えたいと思っているが、
いずれにせよ、
ゼロからの解説は難しいので
「観たことがある」という方を前提に
書き進めてしまう失礼はご容赦願いたい。

 

ここ で事前予約をした
「サウンド・オブ・ミュージック・ツアー」
は、簡単に言うと
映画のロケ地を巡るツアーだ。

ロケ地を巡ると言えば
最近は、アニメや漫画などの
舞台となった場所を訪問することを
「聖地巡礼」
などと言ったりしているようで、
マスコミの報道でも耳にすることが
めずらしくなくなったが、
本件、名付けるにしても、もう少し
言葉を選ぶべきではないだろうか。

さてさて、
「サウンド・オブ・ミュージック」、
ロケ地を巡る、と言っても
現在ヒット中の映画の、ではなく、
50年以上も前の映画の、だ。

いったい、どの程度の人が集まるのだろう?

少人数でのグループツアーをイメージして
集合場所に向かった我々夫婦は、
まず最初に、
集合場所に集まっている人の数に
驚いてしまった。

皆、時間にも正確で、
定刻よりちょっと早め揃っている。
ガイドさんの案内で、
映画のシーンがペイントしてある
大型バスの横に並んだ。

P7117743s

ガイドさんは
乗車時、チケットの確認とともに、
「何人のグループ?
 どこから来たの?」
を聞いている。

結局、60人近くが乗り込んだ。
大型バスがほぼ満席。
夏休みの季節とはいえ、
平日火曜日の朝に、だ。

P7117744s

 

いよいよ出発!

マイクを握ったガイドさんは
「私は英国出身で・・・」
と自己紹介を始めたが、
そのこと自体を疑いたくなるような
明るい空気を第一声から振りまいている。

イギリス的というよりも
アメリカ的なノリ。
世界中から集まってきた
映画のファンを
ジョークを交えながら
早口の英語でグイグイ引っ張っていく。

ただ、こちらの英語力では、
説明の英語が正確に
聞き取れなかった部分も多々あるので、

『サウンド・オブ・ミュージック』の秘密
瀬川裕司 (著)
平凡社新書
(以降水色部は本からの引用)

と 映画のDVD/Blu-ray

で補足・確認しながら、
振り返ってみたい。

 

そもそもこの映画のストーリが
「実話」に基づくものであることは
よく知られているが、

トラップ一家の物語は、
まずマリア・アウグスタが
1949年に自伝として書き下ろし
(大佐は47年に死去していた)、

それを原作とするドイツ映画
『菩提樹』(1956)
『統・菩提樹』(1958)が撮られた。

そして、『菩提樹』に感銘を受けた
メアリー・マーティンと夫の
リチャード・ハリデイが
新たな脚本と音楽を書かせ、
ブロードウェイ・ミュージカル
『サウンド・オプ・ミュージック』
が誕生した。

公演は59年から63年まで続けられ、
その終了を待って、
映画化権を買っていた
20世紀フォックスが
64年に撮影をおこない、
翌年に公開した。

その後、義母の自伝の内容に
不満を抱いていた長女アガーテも
回想記を世に送っており
- そもそもマリアの自伝には
事実と異なる記述がかなりあったのだ -
世にはさまざまなヴァージョンの
<トラップ一家の物語>が
存在するわけである。

とあるように、

「トラップ一家の実話」
「書籍 マリアの自伝」
「ドイツ映画 菩提樹」
「舞台 ブロードウェイ・ミュージカル」
「米国映画 ミュージカル
    サウンド・オブ・ミュージック」
「長女の回想記」


と大きく分けて6つの
<トラップ一家の物語>がある


特にミュージカル映画は、

物価変動を考慮に入れて
2012年に集計された
歴代興行収入ランキングでは
『風と共に去りぬ』(1939)
『スター・ウォーズ』(1977)
に次いで第三位とされ、
VHS、DVD等の販売数やレンタル回数も
計算に含めると、
視聴した人の数だけでいえば
第一位であると考えられている。

と世界的に大ヒットしたわけだが、
地元オーストリアやドイツでは
日本や米国ほど
親しまれた映画ではないようだ。

そのあたりの説明からツアーは始まった。
地元では人気がないンだ。

その理由には、
オーストリアとナチの関係の描き方、
「エーデルワイス」の曲の扱い方、
実話やドイツ映画との相違点、などなど
いろいろあるようだが、
日本人の私には、
細かいニュアンスまではよくわからない。

ガイドさんは、
「英語のツアーには
 こんなにたくさんの人が集まるのに
 ドイツ語のツアーには
 人が集まらないのを見ても
 それはすぐにわかるでしょ」
と笑いを取ってまとめていた。

 

【レオポルツクローン宮殿】
「地元での不人気」という
ちょっと意外な話を聞いているうちに、
最初の訪問地、
レオポルツクローン宮殿付近に到着した。

バスを降りると、
60人でも驚いていたのに、
別のツアー会社のツアー客とも遭遇した。
いったいどれだけの集客力があるのだ、
この映画は!

そういえば本にはこんな記述もあった。

ザルツブルクのロケ地を訪ねる
バスツアーは、
世界各地から訪れたファンで
連日にぎわっている。

主催者の話では、
一日二回挙行されるツアーには
連日200人以上が参加し、
3分の2は製作当時に
生まれていなかった
年齢層の人々だという。

我々夫婦が参加したPANORAMA社の
ツアーだけで午前午後の毎日二回。
一度参加しただけなので
統計的なことは何も言えないが、
本の数字、大袈裟なものではない気がする。

バスを下りると、
一部雲がかかってしまっているものの
静かな湖の向こうに
ウンタースベルク(Untersberg)山が
こんなふうに見える。
緑も美しいが、山の形にご注目あれ。

P7117745s

ここは、トラップ一家の屋敷から
「湖方向の絵」を撮るときに使われた
ロケ地。

(以降、映画からのシーンは黄色枠で)

Sm10157

マリアと子どもたち全員が、ボートから
落ちてずぶ濡れになるこのシーンでも。

Sm10837


ウンタースベルク山を背にするように
湖畔を大きく回って歩くと
対岸にこの屋敷が見えてくる。
これがレオポルツクローン宮殿。

P7117752s

左後方には、ザルツブルクの
ホーエンザルツブルク城塞も
小さく見えている。

宮殿は現在ホテルとして使われているため、
ツアーが案内するのは、
「対岸からの眺め」のみ。

対岸から宮殿を眺めながら、
こんな感じでガイドさんの説明を聞く。

P7117756s

「宮殿を眺めながら」と書いたが、
実はこの宮殿、映画には登場していない。

映画に詳しい方は、
「トラップ一家の屋敷って、
 あんなに白かったかなぁ、
 黄色の印象があるのだけれど」
と思ったはずだ。

「屋敷の庭から湖方向の絵」は
上の映画のシーンからもわかる通り
確かにあの位置から撮影されたのだが、
逆向き、つまり屋敷が背景に映る
「湖から屋敷方向の絵」は
全く別のところで撮影され、
後から繋げて
会話が成立するようにしたらしい。

なんて面倒なことをしたのだろう。

帰ってきてから上の参考図書を読むと、
正確にはあの宮殿の庭そのものではなく、
そのすぐ横に作られたセットからの
撮影だったようだが、
いずれにせよ、
「湖方向の絵」は
あの宮殿の「あたり」から
撮影された、ということのようだ。

「屋敷方向の絵」は別なところで。

ガイドさんは、
A方向とB方向で会話になっているシーンを
撮影を真似て
A方向だけ、B方向だけに分けて演技し、
おおいに皆を笑わせていた。

初対面で、
最初はどことなくぎこちない感じだった
60人が、少しずつガイドさんのペースに
慣れていく、というか巻き込まれていく。

それを感じてか
さらに饒舌になるガイドさん。

ロケ地巡りは始まったばかりだ。

 

 

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2017年9月17日 (日)

オーストリア旅行記 (4) ザルツブルクの発祥

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オーストリア旅行記 (4) ザルツブルクの発祥

- ザルツは塩、ブルクは城 -

 

最初の夜から時差ボケと無縁の
熟睡ができたおかげで、
目覚めもさわやか。

ホテルの朝食はバッフェスタイル。

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チーズ、ハム・ソーセージ、
パン、シリアルなどなど
種類が豊富で
全部味見してみたくなる。

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はちみつは、
トルコのホテルで見たものと同様
巣から直接取るスタイル。
味というよりも
見た目にインパクトがある。

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レストランの入り口には、
ややピンク色を帯びた
きれいな色の大きな岩塩が。

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そう、ここはザルツブルクなのだ。

ザルツブルク(Salzburg)

salzが「塩」
burgが「城、要塞、砦」
つまり、「塩の城」という
意味の名を持つこの町は、
周囲の岩塩鉱から産出される
塩の取引で繁栄を続けてきた。

ザルツブルクの旅行記を始めるにあたって、
まずは、その起源に関わる
古い歴史的な施設・建造物から
話を始めたいと思う。

どれもその起源は8世紀。

現在の建物は当時のものではないが、
その名は、創立時より絶えることなく
ザルツブルクの歴史を支えている。

 

【ザンクト・ペーター教会】
696年に聖ルペルトが
この地方の布教活動の拠点として
僧院を創設した。
今日、ドイツ語圏に現存する
最古の修道院のひとつとなっている。

付属のザンクト・ペーター教会は、
現在はこんな感じ。

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12世紀半ばにゴシック様式で改築された。

この教会には、
岸壁をくり抜いて作った共同墓地、
祈祷のための
洞窟「カタコンベ(Katakomben)」がある。

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岩山に張り付くような構造が印象的だ。

隣接するザンクト・ペーター墓地は、
鉄細工の墓碑と花が美しい。

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鉄柵で区切られた墓地も特徴のひとつ。
鉄柵の文様も区画ごとに違っている。
鉄細工の墓碑といい、
いい鉄工の職人がいたのだろう。

P7117996s

映画
「サウンド・オブ・ミュージック」の最後、
墓地に逃げ込むシーンの
モデルになっているのもこの墓地だ。

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左上後方には
ホーエンザルツブルク城塞が見える。

 

訪問時、タイミングよく
独特な形状の鐘塔からは
町中に鐘の音が鳴り響いていた。

P7118009s


今回は、カメラの他にコンパクトな
ICレコーダ

も携帯していたので
その時の鐘の音を思わず録音。

「カセットデンスケ」や「生録」
なんていう言葉が躍るカタログを
ある種の夢とともに集めていた、
そんな時代の思い出もある
オジサン世代の私からすると、
この手軽さでこの音はないだろう、
というのが正直な感想だ。

30秒ほど貼っておきたい。
小さな町の過去へと誘(いざな)う
音の雰囲気が少しでも伝わるだろうか。

 

そのまま教会にも立ち寄ってみた。
静かに扉をあけた瞬間、
その空気感に足が止まった。

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あの外見から
この身廊が想像できるだろうか。
思っていたよりもずっと大きく、
美しいだけでなく
荘厳な雰囲気に包まれている。

しかも、運がいいことに
オルガンの演奏が始まった。

この空間で聞く、この音楽。
やさしく包み込まれるような幸福感。

神聖な響きは、宗教を越えて
心にやすらぎを運んできてくれるようだ。

P7118018s


696年のザンクト・ペーター教会に続いて、
714年にはノンベルク尼僧院が創設される。
映画「サウンド・オブ・ミュージック」で
最初に主人公マリアがいた尼僧院だ。

 

【大聖堂】
起源の古いもののもうひとつは大聖堂。
創建は774年。
12世紀に後期ロマネスク様式で改築後、
17世紀にバロック様式で建て直された。

訪問時は、ザルツブルク音楽祭のための
大掛かりな準備が進行中で、

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正面のドーム広場には入れなかったため
横からの写真になってしまうが

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こちらの方は、上に書いた
ザンクト・ペーター教会と違って、
その高さ、大きさから
ある程度内部を見る覚悟(!?)ができる。

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さぁ、内部に入ってみよう。

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身廊は長さ101m。

主祭壇のまわりに配置された
パイプオルガンに目にゆく。

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柱部に分散された配置。

モーツァルトはここで洗礼を受け、
1779年からは
オルガン奏者も務めていたという。

最後部にはオルガンの
大きなパイプが並んでいる。

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数々の壁画や

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華麗な漆喰装飾の天井も見逃せない。

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第二次世界大戦で大きく痛み
その後、修復されたものだが、
主祭壇上の丸天井も美しい。

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大理石で覆われた大ホールには、
約1万人を収容できるという。

ザルツブルク生まれの
指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤン
葬儀もここで執り行われた。

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* ザンクト・ペーター教会
* ノンベルク尼僧院
* 大聖堂
起源はすべて8世紀。

その8世紀、当時の司教が、
バイエルン公から献上された
「塩泉からの収入」を財源にしていたことが
「塩の城」
ザルツブルクの名前の由来という。

755年
「ボニファティウスの生涯」の中に
ザルツブルクという名前が初めて登場する

その後も、塩との縁は深く、
15km南にあるバート・デュルンベルクで
採れる岩塩は「白い金」と呼ばれ、
外地に送る際の通行税が、
継続的に富をもたらし
町の繁栄を支えてきた。

ザルツブルクは長い間、
大司教を領主と仰ぐ
神聖ローマ帝国内の一独立国だった。
編入前に短期間バイエルン王国に
併合されていた歴史はあるものの、
ハプスブルクの
オーストリア支配下に入るのは、
1816年のウィーン会議のあと、
つまり19世紀に入ってから
だ。

1000年以上もの間、
大司教が治めた国であり、
オーストリア支配下に入ったのは19世紀。
この点は頭に留めて町を眺めたい。

歴史ある旧市街と歴史的建造物は、
1996年、
「ザルツブルク市街の歴史地区」として
ユネスコ世界遺産に登録
されている。

 

 

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2017年9月10日 (日)

オーストリア旅行記 (3) ザルツブルクでの最初の夜

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オーストリア旅行記 (3) ザルツブルクでの最初の夜

- 問題は傘がない -

 

インフォメーションセンタで
必要な情報を得て歩き出した我々夫婦は、
ザルツブルク中央駅から

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こんな街並みを楽しみながら、
ザンクト・アンドレー教会の前まで来た。

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2両連結のトロリーバスが走っている。
ここからミラベル宮殿の
庭園を抜けることにした。

 

美しい庭園の向こうに
ホーエンザルツブルク城塞が見える
ミラベル庭園を抜けて、

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と、この写真にピンと来た方は
かなりの
「サウンド・オブ・ミュージック」通だ。

50年以上も前の映画
「サウンド・オブ・ミュージック」
については、前回書いた通り
翌日4時間のツアーに
参加することにしたので、
その報告の時に、
まとめて書きたいと思う。

旧市街と新市街を分ける
ザルツァッハ川まで来た。

Img_9946s

橋の向こうが旧市街。
旧市街に向かいながら、
ミュルナー小橋から左側を見ると
この景色。

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ホーエンザルツブルク城塞と旧市街は、
ほんとうに絵になる。

川を越えて、
お目当てのレストランを目指す。

レストランに行く前に、
そのすぐ近くにある
アウグスティーナ・ブロイ
を覗いてみることにした。

P7117693s

ガイドブックに
オーストリアで最大規模のビアホール
と書いてあったからだ。

ドイツのビアホールは
何箇所かで経験があるが、
オーストリアはどんな感じなのだろう?
ちょっと雰囲気に触れてみたかった。

「アウグスティーナ・ブロイ」は
1621年、アウグスティーナ派の
修道院の僧侶たちが創設した醸造所、
とのことで、
入り口はきわめてわかりにくいというか、
地味。

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看板はあるものの、この扉がほんとうに
「オーストリアで最大規模のビアホール」
の入り口なのだろうか?

半信半疑で階段を下りていく、

P7117694s

が、ここまで来ても、
下が大きなビアホールに
なっているとは思えない。

階段を下りるにしたがって
賑やかな声が一歩一歩近づいてくる。

 

下まで下りると、
大きなホールが広がっていた。

屋内のテーブル席はこんな感じ。

P7117696s

200人収容のホールが4つもある。

しかも建物は斜面に立っていたのか、
階段をずーっと下りてきたのに、
そのまま屋外にでることができる。

その屋外になんと1500席!
季節がいいせいか、月曜日の夜に
こんなに混み合っている。

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料理は、並んだ店に好きなものを
各自で買いに行くセルフサービス形式。

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肉屋に人気があるようだ。

P7117700s


肝心のビールは
サイズを指定してまずチケットを買う。
その後、
ビアマグを自分で棚から手に取り、
なぜか各自、水で洗ってから、
チケットと一緒に
ビールカウンタに差し出す。
すると目の前で、
そのジョッキに注いでくれる、という
こちらも料理同様セルフサービス。

サイズは500mlと1リットルの2種類のみ。

P7117699s

見て回るだけでも楽しい。

もちろんここで飲んでもよかったのだが、
目的のお店がすぐ近くにあったので
雰囲気だけを味わってから、
そちらの店を目指した。

ビアホールから出ると、
空は黒い雲に覆われていた。
ポツポツと大粒の雨が落ち始めている。

目的のレストランは
そこから歩いて3分程度。
「雨が降ってきたから急ごう」

1663年開業の老舗レストラン
熊のサインが目印の
ベーレンヴィルト」を目指した。

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店に到着すると
「予約はありますか?」
「いいえ」

月曜日の夜でもあり、
特に高級店というわけでもないので、
予約のことは全く気にしていなかった。

でも、席はありそうじゃないか。

ところが、タイミング悪く、
降り出した雨を避けて、
テラス席の客が
店内に移ってきている。
そのために席がないという。

しかたがない。
周りにいろいろな店が
並んでいるわけでもないので、
先程のビアホールに戻ることにした。

すでに夕立の雨脚は
強くなり始めており、
雷鳴も響いている。

濡れながら駆け足でビアホールに戻ると
事情は当然のことながらこちらも同じ。
屋外にいた客が
次々に中のホールに移ってきているので、
さきほどまでは空いていた広い室内も
大混雑。

なんとか席を確保し、
ここで夕食をとりながら、
夕立が止むのを待つことにした。


定番のソーセージや

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ラタトゥイユや塩パン

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人気店の肉

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などなど、
典型的なビアホールめし。

特徴あるちょっと甘口のビールも、
名前がよくわからないので
エィヤで思い切って買ってみた食べ物も、
どれもすごくおいしくて、
味になんの不満もなかったのだが、
食べ終わっても
雨音、雷鳴ともにまだまだ元気で、
雨のやむ気配が全くないので
どうも落ち着かない。

レストランならタクシーを
呼んでもらうことも頼めそうだが、
セルフサービスのこのホールでは
そんなことを頼めそうな人もいない。

傘も小バッグがすっぽり入るビニール袋も
日本から持ってきているのに、
ふたりともホテルに置いてきてしまっていて
肝心なときに手元にない。

コンビニや売店もないので傘も買えない。

さて、雨の中、どうやってホテルに戻ろう。
歩けば30分ほどだろうか?
ずぶ濡れになって歩いて帰るか。
とにかく初日。
できれば早く帰って
ホテルのベッドで休みたい。

最短ルートを探そうと
インフォメーションセンタでもらった
観光地図を広げてみたが、
極端に短いルートがあるわけでもない。

「困ったねぇ」

 

妻も地図を眺めている。
しばらくすると、
やおら顔をあげてこう言った。

「この21番のバスに乗れば
 帰れるンじゃない?」

「ほんと?」

ふたりで小さな文字と細い線を追った。
路線別のルートが
わかりにくい地図であったが、
確かに店の近くを通り、
ホテルのそばまで行っている。

「よし、これにトライしよう!」

バス停の位置も、運転間隔も
もちろんぜんぜんわからなかったが、
もう夜も9時を過ぎているので、
少しでも早いほうがいいだろう。

雨は上がっていなかったが、
まずはバス停を探そうと
店を飛び出し、
ルート沿いに歩き始めた。

バス停はすぐに見つかった。
時刻表を見ると9時台に2本。
時間通りならあと十数分で来る。

やった!

なんとか雨を避けるために
近くの建物に寄ったが、
石造りの建造物には
いわゆる軒下というものがない。
扉部分の「へこみ」に
ふたり寄り添うように隠れて
なんとか時間が来るのを待った。

ほぼ定刻、21番のバスが来た。

念のため乗る時に地図を見せて
「ここに行くか?」
とドライバーに確認。

ドライバーの返事が
うれしかったこと、うれしかったこと。

運転席横の
妙に大きなタッチパネルのついた
発券機でチケットを発行してくれた。

P7117708s


二人で5.2ユーロ。
日本円で700円くらいになるので、
日本のバスと比べると高いが、
今回のように、
困っているときに助けてもらえると
こんな安いものはない、という気がする。
チケットを見ると
夜9時38分のことだったようだ。

170710bus


バスはホテルのすぐそばにまで行ったため、
結果的にほとんど濡れずに
帰ってくることができた。

ホテル到着が夜10時過ぎ。
日本を出発してから
もう29時間くらいは経過している。
羽田発の深夜便だったので、
ベッドで寝られるのは45時間ぶりくらいか。

ようやくベッドに潜り込んだ。

時差ボケを微塵も感じることなく
翌朝まで爆睡の第一泊目。

本格的な観光は明日からだ。

 

 

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2017年9月 3日 (日)

オーストリア旅行記 (2) ザルツブルク到着

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オーストリア旅行記 (2) ザルツブルク到着

- ホームは番線だけでなく -

 

ウィーン国際空港(VIE)に到着。

ドバイからウィーンへの路線には、
ムスリムの女性も数多く搭乗していた。

ヒジャブと呼ばれる黒い布で
頭を覆うだけでなく、
ニカーブと呼ばれる布で顔も隠して
目だけを出している女性も多い。

こうなると、身体のうち
人の目に触れるのは、
わずかに目の周り数cmだけ、
ということになる。

そのせいか、目の周りだけ
かなり凝った化粧をしている人もいる。
さすがに「写真を撮らせて下さい」とは
とても頼めないが。

何かを食べるときは、ニカーブの下に
食べ物を差し入れてモグモグしている。
あれでは味も
よくわからないのではないだろうか?

ちなみにオーストリア入国の際、
パスポートコントロールでは
いったいどうするのだろう?と
ちょっと興味を持って見ていた。

目だけでは
顔の照合もなにもできないではないか。

見ていると、検査官に向けては、
ニカーブをはずして顔を見せていた。

ニカーブ部分を
片開きのドアのように開けることは
けっこう簡単にできる構造に
なっているようだ。

 

ドバイからの(総2階建て)エアバスA380は、
ほぼ満席だったので、
全部で600人くらいは
乗っていたのではないだろうか。

パスポートコントロール通過後の
荷物を受け取るターンテーブルの周りは
何重にも人が取り囲み
大集団となっていた。

前回書いた通り、
ちょっと無理はしたものの、我々夫婦は
全荷物を機内持込みにしていたので、
ターンテーブルの前で
荷物を待つ必要は一切ない。

まだ、テーブルが回りだしてさえいない
大集団の横を「するり」と通り抜け、
あっという間に
到着口に出てきた。

さぁ、まずは駅を目指そう。

 

最初の宿泊地ザルツブルクまでは
オーストリア連邦鉄道ÖBBの
「レイルジェット」という
高速長距離特急列車で約3時間。

今回は、乗り降り自由の
ユーレイルパスを買っていたので、
まずは使えるように
有効化(validation)
してもらうために、
ÖBBのチケットオフィスに寄った。

P7107628sa

 

ある程度は並ぶことを覚悟していたのに、
行ってみたら
タイミングがよかったのかガラガラ。

レイルパス購入時の手引には、
切符のカバーの所定欄に、
事前に乗る区間を書き込むように
書かれていたが、
validationするときに聞いてみたら、
「日付さえちゃんと書いてあればOK」
とのこと。

指定日乗り降り自由の切符なのに、
いちいち区間を書くのは面倒、
というよりナンセンスだ、
と思っていたので、
この回答には妙にスッキリ。

パスポート番号を記入してもらい、
日付を記入して、スタンプをもらい
いよいよ切符として使えることになった。

「ザルツブルクに行きたいのだけれど」
と時間を聞いたら、
「14:03には乗れるよ」とのこと。

事前に調べたときは、
飛行機到着が13:00頃なので、入国や
チケットのvalildationの手続きを考えると
15:03発の電車に乗れたらいいほうかも、
と思っていたのだが、
それよりも1時間も早い電車に
乗れることになった。

ずいぶん得した気分。

ホームを確認すると「1D-F」とある。
1番線?

P7107634s

駅の表示を注意してみると
「1」は番線で、
「D-F」はホームでの区画、
つまり前の方とか、真ん中あたりとか、
ホームで電車が停まる位置を
示しているようだ。
(首都圏の鉄道で言う、
 乗車口番号のXX番からYY番に
 相当する感じか)

P7107631s

場所まで丁寧に教える必要があるのか?
という気がするが、
コレを見てある失敗を思い出していた。

もし、あのとき、この指定があれば、
あの失敗は避けられたはずだ。

 

場所はイタリア北部、Chivassoという駅。
仕事で出張中だった私は、
同行者とふたりで
(「荒川静香さんが金メダル」の
2006年冬季オリンピックが開催された)
トリノ(Trino)を目指していた。

電車の時刻表を見ると2番線。
定刻の少し前にホームに行くと
電車がちょうど停まっていた。
迷わず乗車、まもなく電車は
時刻表通りの時間に発車した。

「うまく乗換えられたね」と
ホッとしたのもつかの間、
窓から見える夕日の向きを考えると
どうも走っている方向が
180度違う気がする。

そんなバカな。
「これからループ状に
 大きく回ってから行くんだよ。きっと」
などと呑気に構えていたのだが、
もちろんそんな大きな方向転換はない。

イヤな予感は的中しており、実際には
完全に逆方向の電車に乗ってしまっていた。

やむをえず途中で再乗換えしてUターン。
仕事のほうは事なきを得たが、
ふたりともこの間違いについては
どうしても納得がいかない。

なぜ違う電車に乗ってしまったのか?

偶然にも翌日またChivasso駅で
乗換えることになった。
我々は前日の謎を解明すべく、
ふたりで再度時刻表を見に行った。

そして、ある事実を知ってビックリした。

同じ番線に、短い電車が2本停まっており、
全く同じ時刻に、同じ番線から
東西両方向に向けて
2本の電車が発車する
のだ。
西方向がTrino行きで、
東方向がNovara行き。

つまり、同じ2番線の電車でも、
西側に停まっている電車に乗れば
西向きに出発し、
東側に停まっている電車に乗れば
東向きに出発する。

こんなにわかりにくいことがあるだろうか。
西に行きたかったのに、
同じ番線の東側の電車に乗って
発車を待っていたということなのだろう。

みんな間違えないの?

この経験以来、番線だけを信じちゃダメ、
と思うようになったので、
今回のウィーンのような
ホームのエリア表示は
丁寧だな、とは思いこそすれ
余計なお世話、という感じはしない。

 

閑話休題

空港下の駅はホームもきれいで気持ちいい。

P7107630s


待っていた電車が来た。

P7107636s

いわゆる二等自由席だが、
天井からの液晶パネルで
行き先と到着時刻の確認ができる。

P7107650s


発車。
車両の構造のせいだろうか
びっくりするくらい音が静かで、
滑るよう動きだした。揺れも少ない。

車両の清潔感といい、案内表示といい、
ガイドブックが広げやすい
コンパクトなテーブルといい、
車内はじつに快適。

WiFi(ネット)も面倒なユーザ登録等なしで、
サクサクと繋がる。

それにしてもオーストリア連邦鉄道ÖBBを
代表する高速長距離特急列車の名前が
レイルジェット」。
速い感じは伝わるが、
遊園地の子どもの乗り物名みたいで
個人的な言葉感覚ながら
どうも実際のイメージと合わない。

 

出発後、
大都市ウィーンの南側をかすめたあとは、
あっという間に、
豊かでゆったりとした田園風景となった。

P7107646s

黄色いところは「麦」で、
緑の部分は「とうもろこし」
と思われる車窓の景色が延々と続く。

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小さな集落にも
雰囲気のある教会が真ん中にあったりして
初めての国の景色はちっとも飽きない。

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予定通り3時間ほどでザルツブルクに到着。

P7107652s

あとで名前を知ることになる
ザルツブルクから見える代表的な山、
ウンタースベルク(Untersberg)山や
自転車でそのまま乗車しようとする客など
特徴的なものが後方に写っているが、
この時は全く気づいていない。

P7107653s


「ザルツブルク」と聞いて
理由(わけ)もなく古めかしい駅を
想像していたのだが、
これまた近代的できれいな駅だった。

Img_9939s

駅から歩いて7,8分のところにある
予約していたホテルにチェックイン。
まだ、午後5時半。
荷物を置いて身軽になったので、
早速下調べに出かけることにした。

まず出かけたのは、
駅構内にある観光客向けの
インフォメーションセンタ

目的は4つ。
(1) 観光地図をもらう。
(2) 映画
  「サウンド・オブ・ミュージック」の
  ツアー内容を確認する。
(3) 滞在中に予定されている
  コンサート情報を得る。
(4) ザルツブルクカードを購入する。
  
(2)と(3)については
希望に合う内容であれば予約する。

行ってみると、
駅構内にあるせいか、混乱しないよう
「電車の情報はないよ」
「電車のチケットはないよ」
との注書きあり。
「観光情報」だけの案内所だ。

P7117656s

まずは、観光地図をもらう。
観光スポットだけでなく、
細かなバス路線の記載もある。

世界中どの街に行っても、
地元の地図を見るのは大好きだ。

記載するものの優先順位、
記載方法の違い、配色の違い、
地図に描き込むための
様々な工夫を見ているだけで楽しい。

ところで、もらった地図にあった
この細かなバスの路線情報が
数時間後の予想外の事態に対して、
大きく役立つことになるのだが、
この時点では、もちろん
そんなことになるとは夢にも思っていない。

 

映画「サウンド・オブ・ミュージック」の
ツアー
は、
ふたりともこの映画が大好きだったので、
以前から少し興味があった。
いわゆるロケ地巡りだ。

ただ、市内の歩ける範囲に
多くのロケ地があることは
わかっていたので、
それらを回るだけなら
自力で回ればいいと思っていた。

ところが聞いてみると
郊外のロケ地がメインになっているようだ。

もちろんそれらだって、
バスを乗り継いで行けないことはないが、
点在しているため、
自力で回るときわめて効率が悪い。

というわけで、
訪問内容が希望に叶っていたこともあって
ツアーに申込むことにした。

その場でツアー会社に電話し、
予約してくれたうえ、
チケットも発券してくれた。
翌朝9時出発の4時間のツアー。
どんな時間になるのか、
たのしみ、たのしみ。

 

コンサート情報もいくつか得られた。
ちょうどザルツブルク音楽祭という
大きな音楽祭の直前で、
シーズンでないことはよくわかっていたが、
せっかくモーツァルト生誕の地に
2泊することだし、この乾いた空気の中で、
音の響きをたのしみたいと思っていた。

まだ、
街の規模も様子も全くわからないので、
コンサートについては
場所と時間と内容だけを教えてもらい、
もう少し検討することにした。

「予約やチケットの発行も
 ここでできるから、
 決めたらまた来て」

 

ザルツブルクカードは、一度購入すれば
市内の主な観光スポットと交通機関が
有効な時間内、
無料になる観光客向けのカード。

Salzcard

日付指定ではなく、
最初に使った瞬間からの時間数。
なので上記サウンド・オブ・ミュージックの
ツアーの後、
つまり翌日午後から使い始めれば
めいっぱいフル活用できそうなので
24時間有効なカードを27ユーロで購入した。

 

インフォメーションセンタでは
ずいぶん丁寧に対応してもらえた。
十分な基礎情報が得られたうえ、
準備もできたので、いよいよ観光開始だ。

 

ちなみに、
インフォメーションセンタもある
ザルツブルク中央駅の
駅舎正面はこんな感じ。

P7117663s

市内を走るトロリーバスの架線が
ごちゃごちゃとしている。

 

駅の裏側は対照的にこんな感じ。
屋根の曲線が美しい。
屋根の下にビッシリ並んだ自転車にご注目。

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今後よくみかけることになるが、
オーストリアでは、
自転車の利用、活用が
社会インフラの一部として
ほんとうによく考慮されている。
ここは駅直結の自転車置場。
整然と置かれている。

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飛行機の中で寝たとは言え、
日本を出発してからすでに25時間くらい
経っている。

「今日はもう夕方だし、
 長時間フライトで疲れているし、
 サクッと街の規模と様子を掴んだら、
 夕食だけ食べてホテルに戻ろう」

そんなことを言い合いながら、
まさに軽装で歩き出した。

「夕食を食べてホテルに帰る」
そんな簡単なことなのに
まぁ、旅にはいろいろなことがある。

なかなか思った通りにはいかない。

 

 

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